鬼狩りの鬼   作:syuhu

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吉原遊廓2

遊郭へはその日のうちに向かう予定だった。救出はなるべく早い方が良い。日が経つに連れ、天元の嫁たちの安否が危ういものになっていく。生存の可能性が低下していく。そう思っていたのだが。

 

「ダメよ、独孤くん。潜入するのなら、急ぐことよりも準備を整えることの方がずっと大切なの。もし先に感づかれて、人質として天元さんのお嫁さんたちを使われたら、私たちには為す術が無くなる」

 

カナエの助言は至極まっとうなものだった。考えられる中で最も都合の悪い状況。それは連絡の途絶えた彼女らが死んでいることではなく、生きているのを利用されることだ。俺よりもずっとカナエの方が先を見ている。柱としての経験の長さ故だろう。その冷静さに助けられた。

 

「私としのぶで準備をするから、あと1日猶予をちょうだい。それに、炭治郎くんもずっと訓練続きだったから、休ませた方が良いでしょう?」

 

「確かに、そうだな」

 

炭治郎を継子にしてから、日のあるうちは只管にヒノカミ神楽を繰り返し舞わせ続け、日が落ちたら手合わせをして、疲労で倒れたら終わりにするという無茶な訓練を続けている。強いているわけではなく、望んだのは誰でもない炭治郎だ。

 

『今、俺はきっと恵まれています。だから、恵まれているうちは最短を走らなきゃいけないと思うんです』

 

それを聞いた時、なんと心の強い少年だろうと感嘆した。家族を殺され、唯一生き残った妹さえも鬼にされた者が言える言葉では無い。折れず、曲がらぬ、まるで日本刀のような精神を持つ少年だ。

 

炭治郎の目には、燃え盛る強い意志の炎が灯っていた。ならば、その支援をするのは柱である自分の責務だ。お館様に頼み、特例としてしばらく新しい任務対象から除外してもらった。寝室には、せめて休息中は充分休めるよう、珠世さんに頼んですぐに深い眠りにつける香を炊いてもらっている。

 

彼は今一足飛びで強くなっている。その刺激を受けてか、善逸くんと伊之助くんも訓練と任務を繰り返し、急激に力をつけてきている。相互に作用しあう理想的な循環。今回炭治郎を連れて行くのは、その成果を見る機会でもあった。

 

「炭治郎は、出発の時まで休ませよう。後で血鬼術を使って眠らせておくよ」

 

「そこまでするの?」

 

「あれ、放っておいたら多分休まないと思うから」

 

急な休みに寝ようにも眠れず、疲れるために身体を動かします!とかわけのわからないことを言って、一晩中舞いを続けている光景が目に浮かぶ。炭治郎は頭が硬いのか、そこらへんの融通が利かない。善逸くんと伊之助くんはその点では問題ないが、目を離すと休みすぎる。足して2で割ってくれたらちょうど良いのに、なんとかならないものか、あれ。

 

「ねぇ、独孤くん。一つ確認したいんだけど」

 

そんな思考に割り込むように、カナエが口を開いた。

 

「なんだ」

 

「もし、上弦と戦うことになった時。今の私は通用すると思う?」

 

真剣な瞳だった。彼女は諦めていない。童磨との戦いで深手を負い、長い時間呼吸を続けられなくなった身体でも尚、研鑽を重ねている。求められているのは世辞では無い。息を吐いてから、正直な意見を告げた。

 

「時間稼ぎは充分できる。ただ、それだけだ。身体が動かなくなったらそこで終わりだろう」

 

「うん、そうね。私もそう思うわ」

 

返答はカナエの想定と近いものだったようだ。カナエは腕を上げた。童磨と戦った時より速く、強く、正確に動けるようになった。だが、上弦相手でそれは決定打となり得ない。どれだけの傷を与えたところで、上弦の持つ回復力と頑丈さはそれを嘲笑うかのように無効化する。さらに、今のカナエのようにごく限られた時間しか動けないのであれば、尚の事上弦とは戦うべきではない。だから。

 

「―――使うつもりなら、ここぞという時に、5分だけ。それが今のカナエの限界だ」

 

「…ええ。ありがとう、独孤くん」

 

感謝をしないで欲しい。カナエを思うのなら止めるべきだ。ならば、ここで彼女を止めない自分は、ただの薄情者なのだから。

 

 

カナエは『京極屋』、しのぶちゃんは『荻元屋』、カナヲと炭治郎は『ときと屋』。各店に潜入し、秘密裏に天元の嫁を探して情報を得る。潜入方法には、最も確率が高くある程度自由に動ける『遊女』として入り込んでもらったのだが。

 

『4人とも無事に潜入出来た。ま、予想通り簡単だったな』

 

天元の報告を聞き、ほっと息を吐く。カナエはともかく、しのぶちゃんとカナヲは若干の不安があったのだが、全くもってただの杞憂だったらしい。半ば取り合うような勢いで売れていったそうだ。

 

「しのぶちゃんはどうだった?ボロ出してなかった?」

 

『ああ、うまく皮を被ってたな。任務が終わったら労ってやれよ』

 

「そりゃ勿論」

 

怒りの矛先がこちらに向くのはもうわかってる。対処を考えておかなければ、爆発した時の被害が増えるだけなのだ。

 

『カナヲってのも、お前の継子と一緒にしたらすぐに売れたぜ。あの設定が役に立ったな』

 

「なら良かった。空いてる時に時間に考えておいたかいがある」

 

身内に不幸があり、以来他人とうまく会話が出来なくなってしまった少女。そしてそれを甲斐甲斐しく支える、少女と親しくしていた幼馴染。違和感無く入り込めるうえに、カナヲが何か失敗をしても炭治郎が助けられる、という色々と便利な設定である。

 

元々カナヲには支援をつけておく算段ではいた。ならばぜひ炭治郎くんを、というのは二人を見てきたカナエの案だ。魂胆はなんとなく読めている。すぐにそういうのに繋げるのはカナエの悪い所ではあるが、カナヲと炭治郎の相性が良いのは否定できない。だからこそ、あの設定で自然と二人が助け合えるように都合をつけたのだ。

 

『まぁ、ともかく潜入はうまくいった。それはともかくとして、だ』

 

天元がとんとんと札を叩く。―――ここに天元はおらず、勿論姿は見えていないが、連絡先から伝わる振動でわかった。

 

『これはなんだ?』

 

「血鬼術で作った連絡用の札。さっきも説明しただろ」

 

『そういう問題じゃねぇ。お前、()()()()()()便()()()()()()()()

 

俺は太陽のある日中のうちは一切活動できない。だから考えたのがこの札、愈史郎くんの目隠しの術を元にして作り出した"遠鳴きの札"。付与した術は実に単純で、音声を相互にやり取りできるという、ただそれだけの札。

 

「連絡を取り合うならあった方が良いかなと思ったんだけど、そんなにか?」

 

『軽い、嵩張らない、動力もいらない。俺が忍びとして活動していた時にこれがあったら、5倍は効率良く仕事をこなせた』

 

それは凄まじい。これも、蝶屋敷を出るのが1日延びたから考えついた代物だ。欠点として、日に当てたら札ごと消えるから常に懐に入れておかなければならないのと、俺から離れすぎると機能しなくなるが、その条件さえ満たせばいつでもどこでも連絡ができる。緊急時には助けも呼べる。言われてみれば確かにこれ、鬼殺隊全員に配っても良い程のものなのでは?

 

「そうか。ならうまく使ってくれ。俺は夜になるまで寝てるから」

 

『…お前、今どこにいるんだ?』

 

「地面の下」

 

『土竜か蚯蚓みてぇだな』

 

うっさいわ。俺だってやりたくはないが、日光を避けるなら地下が最も安全なのだ。

 

「ともかく、日が落ちたら連絡くれ。ああ、日の当たらない場所を見つけたら、もう一つの札も貼っておいてくれよ」

 

『わかってる』

 

そう告げて、天元との連絡を切る。眠るのは何も怠けているわけではない。目隠しも遠鳴きも消耗の少ない血鬼術ではあるが、積み重なった時の負担は無視出来ない。もし上弦との戦闘を控えているのならば、休めるときに休んでおきたかった。ーーーだというのに。

 

「…穴か?」

 

自分のいるよりもさらに下。しかしそう遠くはない場所から、微弱な振動を感じる。耳を澄まし、土に触れた指先に神経を集中させれば、振動がより明確に伝わってくる。ここより下に大きな空洞がある。そしてそこには、土の中に住む生き物とは思えない大きな何かがいる。日光を避けるなら土の下。そう思うのは俺だけじゃなかったらしい。

 

「あー、天元」

 

『なんだよ』

 

「鬼の巣、のようなものを見つけた。ちょっと調べてくる」

 

 

「笑い方がどこか不自然なのよ。もっと自然に微笑むことはできない?」

 

「…申し訳ありません」

 

―――なんなのだ、これは。荻本屋の女将さんに頭を下げながら、胡蝶しのぶは思う。どうしてこうなった。いや、こうなった理由はわかっている。潜入任務なんて、経験も自信も無いのに受けてしまった。断るべきだったのだ。例え、独孤さんからのお願いであっても。姉さんの笑顔を取り戻し、珠世さんと自分とを繋げてくれた恩があったとしても。そう簡単に頷いてはいけなかったのだ。

 

『…無理に決まってる、そんなの』

 

どんな理由があっても、最終的に自分は今回の任務を受けてしまっただろう。それだけの恩がある。少なからず情もある。他の人ならばいざしらず、独孤さんに頭を下げられてしまっては、断る素振りすらも出来なかった。

 

しかし、そう難しいことではないはずだったのだ。長期間の潜入にはならなそうだったし、お手本にすべき人が身近にいた。いつも笑顔を浮かべ、人当たりの良い姉さんの真似をすれば乗り切れるだろうと思っていたのだが―――考えが甘かった。遊女は人を相手にする職業だ。上辺だけの真似事など容易く見破られる。その結果、私はこうしてうまく笑えないという致命的な欠点を指摘されている。

 

「まぁ、来てすぐは難しいかもしれないけどね。でも笑顔は女の基本なんだから、出来るようになってもらわなくちゃ困るわよ?」

 

「はい、精進します」

 

再び頭を下げながら、女将の部屋を後にする。襖を閉めると無意識のうちに溜息が漏れた。どっと疲れた。慣れないことをすると心が疲弊する。一時的な任務なのだから適当に流してしまえればよかったのだが、痛い指摘だっただけに真面目に受け止めてしまった。

 

何度か頭を振って思考を切り替える。すべきことを為す。そのためには余計なことに頭を使っている場合ではない。ともかく、少しでも情報を集めなければ。そう思い歩き出すと、食事を盆に載せた遊女とすれ違った。

 

「あの、それはどちらに?」

 

「これ?まきをさんよ。具合が悪いらしくて、部屋から出てこないから運んであげてるの」

 

"まきを"。それは他でもない、まさに今探している天元さんの嫁の名前。

 

「でしたら、私が持っていきます。ご挨拶もしたいので」

 

「そう?ならお願いね。でも、多分挨拶はできないと思うわよ。声をかけてもほとんど返ってこないし。人のいる気配だけはするんだけど」

 

「わかりました。ご親切にありがとうございます」

 

盆を受け取ってからまきをさんの部屋の場所を聞くと、そそくさと遊女は去ってしまった。なんて都合が良い。これは本人に接触出来る絶好の機会だ。

 

「まぁ、本人がいれば、だけど」

 

可能性は低いだろう。潜入や情報収集の専門家であるくノ一が、具合が悪い、などという理由で連絡が途絶えるとは思えない。しかし部屋にいないならそれはそれで、もうここにはいない、という情報が得られる。そして何者かがまきをの行方を偽装している、という情報も。

 

「―――お食事を運んできました。お加減はいかがでしょう?」

 

まきをの部屋の前で正座し、声をかける。しかし返事は無い。それどころか、中からは人がいる気配すら無い。

 

「失礼します」

 

もう一度だけ声をかけ、襖を開く。予想通り室内には誰もいなかった。室内は凄惨な有様。壁という壁に斬りつけたような跡が走り、僅かだが人のものらしき血も残っている。ここで何かがあったことは明白。傷の付き方から見ても人の所業とは考えづらい。となれば、下手人は恐らく。

 

ひゅう、と風が吹いて頬を撫でる。窓も空いていない室内で風?そう思った時には、もう遅かった。

 

「―――間抜けだねぇ。態々部屋に入ってくるなんて」

 

「ぐっ…!」

 

何か帯状のものが一瞬で全身に巻き付き、拘束された。力を入れて抜け出そうとするが、帯は柔軟に力を受け流して離れない。血鬼術だろうか。腕や脚を縛る帯からは、鬼特有の嫌な気配がする。

 

「"まきを"を探しに来たんだろう?自分から餌になりにくるなんて、鬼狩りっていうのは本当に愚かで、下らない」

 

ギシギシと拘束する力が増していき、ついには帯に身体が飲み込まれていく。―――これがこの鬼の異能。人間を帯の中に取り込む血鬼術。人を攫うにはうってつけだ。これなら誰にも気付かれず人間を調達できる。例え鬼狩りであろうとも、取り込まれたら一巻の終わりだ。

 

「お前は美しいから、貯蔵庫で保管してやろう。感謝しな、まきをと同じ所に連れて行ってやるよ、食糧としてね。何か言い残したいことはあるか?叫んでももう無駄だろうから、一言くらいは猶予をあげる」

 

口元を覆っていた帯が緩む。圧倒的優位になったものの余裕か、帯はぐねぐねと動いていかにも機嫌が良さそうだ。ならば、一言だけ。

 

「気色悪い」

 

「…は?」

 

「気色悪い、気持ちが悪い、見ているだけで吐き気がする。まるで蚯蚓か、針金虫みたい。そんな姿で活動していて恥ずかしくないの?」

 

「――――――」

 

言いたいのはそれだけ。ずっと胸につっかえていたから、全部吐き出してすっきりした。やはり私に姉さんの真似は無理だ。姉さんはこんなことを言わないし、考えもしないだろうから。

 

「そうか。それがお前の遺言だ。無様で滑稽で、鬼狩りに相応しい」

 

帯が身体を呑み込むべく蠢いた。ああ、本当に無様で滑稽だ。―――自分に起きた異変すらも感じ取れないなんて。

 

「―――あ?」

 

帯に取り込まれつつあった身体が戻っていく。上半身、下半身、ついには拘束も緩みきり、容易く脱出した。部屋の床に着地し、背筋を伸ばす。不快な感触だった。脱出できるとわかっていても、できればもう二度と同じ目には遭いたくない。

 

「な、ん」

 

未だ自分に起きたことに気付かない帯は間抜けそうな声をあげる。しかし、もう満足に口もきけないらしい。吐き出したのは、言葉にもならないただの音だった。

 

「鬼を痺れさせ、動けなくする毒よ。いつ打ち込まれたのかもわからなかったでしょう?」

 

右手を開き、掌に収まり切る大きさの注射器を見せる。針は相手が刺されたことにすら気付かないほど細く精巧。なんせ、あの鉄珍様に作って貰った逸品だ。中に入っていたのも珠世さんと共同で開発した麻痺毒。即効性こそ無いが、一度打ち込めば上弦相手にも通用する。

 

「ありがとう、べらべらと余計なことを喋ってくれて。おかげで、まきをさんがまだ無事なのもわかったわ」

 

にっこりと心の底からの笑顔を向ける。本当に、この気色悪い蚯蚓には感謝しか無い。まきをさんの無事も、貯蔵庫なる人間を保存しておく場所があることも、この鬼の血鬼術も全て知れた。潜入の結果としては上々だろう。これの頭が悪くて助かった。鬼がいる可能性があると知っていて、何の準備もしていないはずが無いのに。

 

「が、ぎ」

 

帯は床に這いつくばったまま、死にかけの虫のようにびくびくと震えている。正直見るに耐えない。鬼のくせに、一丁前に苦しんでいることすらも憎たらしい。

 

「―――さようなら。その無様で滑稽な言葉が、お前の遺言よ」

 

部屋の窓を開く。差し込んだ日光が降り注ぎ、帯はあっという間に消滅していった。あとは今入手した情報を天元さんに伝えるだけ。ひとまずは、良い報告ができそうだった。

 

 




吉原遊郭編では主人公以外が活躍する予定です。でも主人公の見せ場もある予定です。予定は未定なのでどうなるのかわかりませんが。

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