鬼狩りの鬼   作:syuhu

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新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


吉原遊郭5

胡蝶カナエは、相対した鬼の実力を測りきれないでいた。確かに十二鬼月に値するだけの力はある。血鬼術も強力だ。だが、上弦にしてはあまりにも弱い。現に簡単に頸を斬ることができた。精々下弦の壱か弐程度、といったところか。このくらいの鬼ならば、柱だった頃にも何人か遭遇したことがあった。

 

しかし、唯一不可解なのは頸を落としても死なないことだ。それどころか平然と頸をくっつけて攻撃してきた。頸を落としても死なない鬼。それが上弦たる所以とでもいうのか。確かに死なない特性を持つならば、これ以上無く厄介な鬼だ。

 

だが、この鬼の血鬼術は帯を操ることだとしのぶから聞いている。一人の鬼が二つの血鬼術を持つ。無いとは言い切れない。実際、すぐ身近にその例外がいる。その彼ですら下弦の壱止まりだったのだから、上弦ならばそれを超える能力を保有していてもおかしくはない。何が起こっても対応すべく備え、油断無く相手するべきだ。―――でも。

 

「わぁああああああ!!」

 

突然わんわんと泣き出した鬼を前にすれば、流石に戸惑ってしまう。屋根の上にへたり込み、自分の頭を持ちながら子供のように泣いている姿は、いっそシュールですらあった。

 

トドメをさすべきだろうか。いや、頸を斬っても死なない鬼相手にどうトドメをさせばいいのか。警戒は当然維持する。しかし何も出来ない。どうすることも出来ない。

 

「―――おい、どうなってんだこれ。派手にギャン泣きしてるじゃねぇか」

 

音も無く、風のようにやってきたのは宇髄天元だった。さしもの天元さんもこの状況を理解出来ないのだろう。頭の上に浮かぶ疑問符が見えてくるようだった。

 

「天元さん、雛鶴さんは」

 

「助かった。お前の情報のおかげだ。感謝する」

 

それならば何よりだ。京極屋に潜入中、雛鶴さんが病にかかったと聞いた。雛鶴さんが吐血した場に居合わせた遊女からも運良く話を聞けた。切見世に雛鶴さんはいる。その情報を天元さんに伝えれば、助け出すのは容易だろうと思っていた。

 

「で。なんでこいつ、頸が落ちてんのに死なないんだ?」

 

「私にもわからないの。天元さんは、今まで頸を斬っても死ななかった鬼に会ったことは?」

 

「ない」

 

「どうすればいいと思う?」

 

「知らねぇよ。どうすんだよこれ」

 

やはりそうだろう。殺せない鬼など完全に想定外だ。独孤くんに相談すれば何かしらの手はあるのかもしれないが、さすがに上弦を目の前にしてそこまでの隙は晒せない。手詰まりだった。

 

しかし、何か妙な焦燥感がある。やるべきことを忘れているような。放置してはいけないことから目を逸らしているような。言葉には出来ない、心をじりじりと焼かれているような焦りがずっと、胸の中で燻っている。

 

「ねぇ、天元さん。協力して」

 

頸だけでなく、この鬼ごと切り刻んでしまわないか。そんな自分らしくない提案を出そうとした、その瞬間。

 

「助けてよぉ!お兄ちゃああああん!!」

 

背筋を言いようのない寒気が走る。それは天元とて同じだったらしい。二人揃って刀を振るう。標的は泣き叫ぶ鬼ではなく、その背中から這い出てきた身元不明の新たな鬼。

 

だが、届かない。掠らせることすら出来なかった。刀は空を切り、後には何も残っていない。速い。あまりにも。さっきまでの上弦の鬼とは、比較にもならないほどに。

 

「―――よくも妹をいじめてくれたなぁあ。許せねぇなぁ。殺してやるからなあ、苦しませて、苦しませて、後悔させてから殺してやるからなあ」

 

そして知る。今までは前哨戦ですらなかった。上弦の陸との戦いは、ここからが始まりなのだと。

 

 

匂いが増えた。今まではまるで違う異質な匂いが。一瞬にして空気が変わった。花街全体を、突然発生した異常が覆い尽くそうとしている。見えずとも、離れていてもわかる。喉の奥に突き刺さるようなこの強烈な匂いは、正しく上弦が現れたことの証明だ。

 

「カナヲ、急ごう」

 

「うん」

 

頷いた気配を背後から感じ取り、駆け出す。地面を蹴って屋根に跳び乗り、匂いの元へと風のように走る。装備は整った。今なら鬼と戦える。少しでも天元さんたちの力になる。たとえ実力で上弦には遠く及ばなくても、何か出来ることがあるはずだ。だから急げ。走り抜け。悪鬼を倒す刀を振るうために。

 

「炭治郎、いた」

 

「見えたのか」

 

「うん、鬼が二体いる」

 

二体。なるほど、匂いが増えたのは単純に鬼が増えたからか。近づくにつれ徐々に見えてくる。女の鬼と男の鬼。男の鬼は天元さんが、女の鬼はカナエさんが相手取り、刀を振るっている。

 

二体の鬼からは似た匂いがした。以前戦った地面を沼にする鬼は、三人ともが全く同じ匂いがしたが、あの時と近いように思える。鬼同士が単に協力しているわけでは無い。二人が一つのものとして存在している。直感だが、そう的外れではないだろうと思った。

 

やるべきことは決まっている。自分とカナヲで片一方を相手にする。そして、カナエさんと天元さんでもう一方を討ってもらう。それが今の状況における最善。ならば、相手にすべきなのは。

 

ヒノカミ神楽 円舞

 

花の呼吸 陸ノ型 渦桃

 

飛び込み、カナエさんに襲いかかる帯を両断する。対処しきれなかった残りは、後に続くカナヲが全て刈り取った。

 

「加勢に来ました!カナエさん!」

 

「カナエ姉さん、私たちがあいつを倒します」

 

帯を操る鬼の前に降り立ち、構える。間近で見た鬼は一層濃い匂いがした。天元さんが相手している鬼ほどではないが、それでも今まで倒してきた鬼とは比較にならないほどの強さだ。

 

「…ええ、お願い。私は天元さんを助けに行くわ。二人とも、絶対に死んじゃダメよ」

 

「はい!」

 

「うん」

 

そう言い残してカナエさんがこの場を離れる。その間も油断なく鬼と向き合い、何があっても対応できるよう呼吸を継続する。

 

「…また塵虫が増えた。何人いるの?呆れるわ。どうせ全部無駄で、全員アタシたちに殺されるのに」

 

帯の鬼は苛立っている。匂いに怒気が混じり、抑えるつもりも無い鬼気が真正面からぶつけられる。だが、気圧されることはない。確かに眼前の鬼は強い。上弦だけのことはあるだろう。しかし、これ以上の鬼気を持つ者を知っている。他でもない、継子として面倒を見てもらっている独孤さんだ。

 

一度、柱と自分との差を感じたくて本気で立ち会ってもらったことがある。お互いに持っていたのはただの木刀だった。斬れもせず、命を脅かすには程遠い武器。しかし、立ち会いの際に向き合っただけで死を感じた。圧力だけでまともに身体を動かせなくなり、何もできないまま打ち込まれて立ち会いは終わった。

 

本物の強者を知っている。あの時の経験が今になって活きている。この程度はなんてことはない。俺の師匠は、こいつよりずっと強いのだから。

 

「無駄じゃない。俺たちはお前なんかに負けない。そのためにここにいるんだ」

 

「無駄よ。だって兄さんが起きたんだもの。柱も、裏切り者の鬼も、全員殺す。―――こうやってね!!」

 

視界いっぱいに広がった無数の帯が、不規則な軌道を描きながら襲い来る。焦るな。見えている。刀を三度振り、自分を狙う帯だけを斬って他は回避する。

 

帯の対処をしながら隙を見極める。この鬼の戦法は物量だ。無数の攻撃で一方的に押し切り、頸を斬るための接近すら許さない。無理をして一つでも攻撃を受ければさらに不利になる。単純だが強力。一つでも対応を誤れば、何もできないまま封殺されるだろう。―――しかし。

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣

 

容易く鬼に近づいたカナヲが技を出す。だが、あと少しの所で防御に回した帯に阻まれた。

 

「アンタ、攻撃をどうやって」

 

「全部避けたわ。だって遅いんだもの」

 

「この、糞女―――!!」

 

四方から迫る帯を、カナヲは皮一枚のところでかわし続け、決して鬼から離れない。やはり、この鬼の戦い方とカナヲは相性が良い。手数だけの攻撃など彼女の目には止まっているも同然だ。この鬼の帯ではカナヲを捉えきれない。そうなれば、ムキになって攻撃をさらにカナヲに集中させるだろう。狙うべきは、その視野の狭さ。

 

「―――ヒノカミ神楽 火車

 

カナヲに気を取られているうちに近づき、必殺の刃を振るう。頸元を守るよう数本の帯が控えているが、関係無い。それごと斬り裂く。鬼はまだこちらに気付いていない。とった。そう思ったのと同時に、背筋が凍りついた。

 

視界の端に何かが映る。赤色をした刃。ぐるぐると回って、高速でこちらに近付いている。死ぬ。あれを食らったら、掠りでもしたら死ぬとわかる。まずい。技を出し切れば攻撃は避けられない。この鬼の頸を斬っても、その後で殺されれば意味は無い。

 

「―――っ!!」

 

技を無理矢理に中断して跳躍する。跳び退いた瞬間、すぐ目の前を血の刃が通過した。肝を冷やした、と胸を撫で下ろす間もなく、上空から帯の雨が降る。避けたはずの血の刃も、急激に方向転換して再度迫りくる。

 

あれは多分そういう血鬼術だ。相手に当たるまで追尾する能力。あの男の鬼の血鬼術だろう。天元さんとカナエさんの両方を相手にしながら、こちらにまで攻撃してきている。回避は意味が無い。日輪刀で斬り払わない限り、斬撃は永遠に襲ってくるだろう。

 

ヒノカミ神楽 碧羅の天

 

ならば全て斬るのみ。火を纏い円を描く剣閃は、血鬼術を尽く斬り払う。どうにか凌いだ。帯鬼と距離を空け、呼吸を整える。やれる。戦えている。身体の調子も問題無い。ヒノカミ神楽を連発したのに、以前ほど消耗していない。独孤さんの元で積んだ鍛錬の成果だ。何度肺が潰れて、何度腕が引っこ抜けると思ったことか。厳しい修行は無駄じゃなかった。

 

嫌な匂い。血の斬撃がまた飛んでくる。今度は―――カナヲが狙いか。それも三つ、帯を避けた先で当たるように飛来する。花の呼吸の威力ではこの血鬼術を斬ることは難しい。そう読んだからこそ、カナヲを集中して狙ったに違いない。

 

ヒノカミ神楽 灼骨炎陽

 

だが、そんなことは許さない。カナヲの元へ跳び込み、三つの血の刃を全て斬り捨てた。

 

花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

その間に降る帯は、カナヲが迎撃する。あちらが協力して攻撃してくるならば、こっちは協力して防ぎ切るだけ。カナヲとは屋敷で頻繁に手合わせをしていた。お互いの呼吸や動きは、よく知っている。

 

「ちょこちょこと羽虫のように鬱陶しいわね。その呼吸も癇に障るわ。斬られると痛いし、再生が遅い。なんなのアンタ?早く死になさいよ」

 

ガリガリと鬼は自分の頬を掻き毟る。爪が皮膚を突き破って血が流れるが、すぐに修復する。

 

「―――取り立てるぜ。そうやって俺たちは生きてきたからなぁあ。お前らみてぇな幸せ者からは特に、取り返さねぇとなああ」

 

鬼の空気が変わった。額に逆さまの目が開き、纏う雰囲気が重苦しいものへ変化する。男の鬼に近い空気、そして殺気。息を吐き、意識を集中させる。ここからが本番だ。心を燃やせ。全力で戦い抜け。日輪刀を強く握り、駆け出そうとした、その時。

 

「―――っ、なんだ?」

 

轟音。地の底から響くような、爆発音に近い音がすぐ近くから聞こえた。全員が動きを止め、音の方に目をやる。―――瞬間、地面から大量の血鬼術の刃が噴き出して、空へと昇る。続けて飛び出してきたのは。

 

「独孤さん…」

 

そのまま地面に着地し、両脇に抱えた女性を降ろす。恐らく天元さんの奥さんだろう。独孤さんは無事、捕らわれた人たちを助け出したのだ。

 

形勢が変わった。独孤さんが来た以上、もう負けは無いだろうと思う。当然油断してはならないが、自分たちが戦える相手に対して、独孤さんが苦戦する場面が想像できない。あとはいかに被害を抑え、上弦の陸を討伐するかになるはず。

 

だが、そんな思惑とは裏腹に独孤さんは動かなかった。こちらを見る様子も無い。厳しい表情を崩さないまま、花街の彼方を睨んでいる。

 

「向こう…?」

 

釣られるように同じ方向を見た。黒い着物を着た誰かが立っている。それは不思議な存在感を放ち、目を離すことができない。

 

「―――うそ」

 

すぐ近くのカナヲが震えていた。信じられないものを見たかのように、目を見開いて口元を押さえている。―――嫌な予感がする。気付かなくてはならない。しかし気付けば全てが終わってしまうような、絶望にも近い予感。そして、カナヲが次に口にした言葉で、予感は確信に変わった。

 

「――――――上弦の、壱」




この展開が書きたくて花街編を書き始めたのでした。原作でも黒死牟と炭治郎が遭遇することに期待していたんですが叶わなかったので。


尚、しのぶちゃんは避難誘導と巻き込まれた怪我人の治療に徹しています。元から戦闘よりもその役割を期待されて潜入していました。


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