鬼狩りの鬼   作:syuhu

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上弦の壱

誰一人動けなかった。上弦の陸でさえも、先程の戦いを忘れたように静止していた。静寂に包まれた花街の中、誰かが歩く微かな砂利の擦れる音だけが響く。場を支配しているのはその誰かだ。腰に刀を下げ、闇夜に溶け込んでしまいそうな黒色の着物を着た誰か。おかしな話だ。ただ歩いているだけなのに目を離せない。ただ歩いているだけなのに、全身を抑えつけられるような重圧を感じる。傍に立つカナヲに至っては、寒さに耐える子供のように小さく震えていた。

 

月が雲を抜け、ようやく月明かりがその姿を浮かび上がらせる。目眩さえしそうな重苦しさの中、その何者かの両眼に刻まれた文字を、確かに見た。

 

「上弦の、壱」

 

声を出した瞬間、その何者かと―――上弦の壱と目が合った。異様とも言える形相だった。鬼を象徴するような赤い目が6つ。その全ての目が、まっすぐに自分を見ている。そしてゆっくりと目を細めたかと思うと。

 

「―――不愉快、極まりない」

 

瞬間、鳴り響く金属音。音は自分のすぐ近くから。歪な、ギョロギョロと動く目のついた奇怪な刀を振り下ろす上弦の壱と、その一刀を日輪刀で受け止め防ぐ独孤さん。上弦の壱の刀は自分に向いていた。独孤さんが割り込まなければ、上弦の接近に気付くことも無く自分は絶命していただろう。

 

「裏切りの鬼か…」

 

「こいつは殺させない。特に、お前にはな、黒死牟」

 

鍔迫り合い動かない両者。しかし、その膠着は上弦の壱の言葉と共に、容易く打ち破られた。

 

「この者は、受け継いだ者だ…。捨て置けぬ…ここで、斬る」

 

月の呼吸 伍ノ型 月魄―――

 

日の呼吸 炎舞

 

技を出そうとした上弦の壱よりも早く、その危機に気付いた独孤さんが割り込み、日の呼吸で初動を潰す。

 

日の呼吸 陽華突

 

続けざまに繰り出した突きは、刀の側面で受け止められて不発に終わる。しかし威力までは殺しきれず、上弦の壱は弾かれたように後方へ飛んでいく。

 

「――――――」

 

上弦の壱を追うべく跳躍する直前、独孤さんは一瞬だけこちらに視線を向け、何も言わないまま跳んでいった。だが、聞こえた。ここは頼むと。言葉にしなくても、独孤さんの強い意思が伝わってきた。

 

日輪刀を握る手に力が入る。殺されかけた恐怖など吹き飛んだ。尊敬する人が自分を信頼し、任せてくれたのだ。ならばそれに応えずして、何が継子か。

 

「上弦の陸。お前を―――斬る!」

 

決意を言葉にした瞬間、全身が燃えるように熱くなる。まるで身体の中で火を焚べたかのようだ。足に、腕に、指先に、身体の末端まで熱が巡り、力が漲る。

 

不思議な感覚だった。身体はこれ以上無く熱を帯びているのに、頭の中は水で冷やされたように冷静。これに近い感覚を知っている。ヒノカミ神楽を繰り返し舞い続けた時だ。疲労で身体から余計な力が抜けきり、思考にぼんやりと靄がかかり始めると入る領域。世界に自分一人が残され、全てを削ぎ落として舞に集中できるあの感じとよく似ていた。

 

ヒノカミ神楽 輝輝恩光

 

技を繰る。今の自分に出来うる最短、最善、最高の完成度で。

―――竈門炭治郎の額には、覆い尽くすような痣が浮かんでいた。

 

 

「―――は、ぁ」

 

黒死牟と正面から向かい合い、独孤は息を吐いた。黒死牟が炭治郎と遭遇すれば、即座に殺しにかかるだろうことはわかっていた。あの耳飾りを見て奴が正気でいられるわけがない。黒死牟という鬼の起源が、それを許さない。

 

だからこそ最優先で炭治郎を守り、あの場から引き離した。この距離でも安心はできない。奴の使う血鬼術の前では、多少の距離などあってないようなものだ。

 

「日の呼吸…何故、貴様に使える…」

 

「見たから。聞いたから。完成された手本さえあれば、俺はそれを再現できる」

 

「ならば尚の事、理解できぬ…。あの小僧の使う技は…完成に至っていない」

 

「俺の手本は、炭治郎じゃない。その源流だ―――継国巌勝」

 

「――――――」

 

最早誰も知るはずの無い、今は失われた名を呼ぶ。驚愕に目を見開いた黒死牟は、しかしすぐに平静を取り戻し、低く唸った。

 

「なるほど…覚えのある懐かしい気配は、そういうことか…」

 

―――違う。聞こえてくるのは唸りでは無い。笑いだ。くつくつと、出会えたのが心底喜ばしいことであるかのように、黒死牟は笑っている。

 

「私がまだ人であった頃、鬼狩りを支える医師がいた…。呼吸も使えず、痣も無く、だが縁壱と同じ世界を見る、奇跡のような人間だった…。―――その者の名を、久彦という」

 

「知ってる。俺の祖先だ」

 

「そうか…。―――そうか」

 

黒死牟の姿が消えた。そして飛来する、月を模った斬撃が8つ。かわし、そらし、打ち消す。技は温存する。でなければ、死角から迫る黒死牟本体に太刀打ち出来ない。

 

月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮

 

日の呼吸 幻日虹

 

高速で身を捻り回避。黒死牟の背後に跳び、技の後隙を狙う。

 

日の呼吸 斜陽転身

 

「―――見えている」

 

刀を振るう直前、黒死牟の目がこちらを捉える。まずい。狙われていたのは俺の方だった。日の呼吸を熟知する黒死牟が、既知の技で惑うはずがなかった。

 

月の呼吸 弐ノ型 珠華ノ弄月

 

日の呼吸 灼骨炎陽

 

強引に技を切り替え、相殺する。技のぶつかり合う衝撃で後方に吹き飛ばされながらも、体勢を整えて着地した。

 

「やはりだ…お前の技は、縁壱には遠く及ばない…。縁壱の使う日の呼吸以外は全て、ただの類似品に過ぎない」

 

「…知ってるよ、そんなことは」

 

今の短い攻防だけで見切られた。結局の所、俺の使う日の呼吸は所詮は再現。多少の適性があったところで、縁壱という鮮烈な才能を目にしたことのある者の前には、よく似た別の技にしか見えないだろう。

 

知っている。これが俺の限界だ。剣士としての才覚はたかが知れる程度。血鬼術とて、鬼相手には有効打になり得ないうえに、使用回数には制限がある。透き通る世界を見れる、という長所こそあるが、同じ世界を見る黒死牟相手には有利にならない。

 

だから、始める前からわかっていた。―――俺では黒死牟に勝てない。精々が時間稼ぎ。上弦の陸が討伐されるまで、奴をここに押し留めておくのが役目だ。

 

「…黒死牟。何故お前は、鬼になった」

 

「死ぬわけにはいかなかったからだ。技を極めるため、縁壱を超えるためには、無限の刻が必要になる…」

 

「―――そのために、お館様を殺して寝返ったのか」

 

「そうだ…」

 

ああ、やはり。縁壱と巌勝は、決してわかり合うことが出来ない運命だった。人間としての幸せを求めた縁壱。最も身近に自分の求める全てを持つ者がいた巌勝。巌勝の縁壱への羨望は想像を遥かに超えていた。縁壱に追いつくために人を辞め、お館様までも殺して寝返った。そして上弦となり、かつての仲間だった鬼狩りさえも殺し続けてきた。覚悟も無く、迷いもなく、それが自分のすべきことだとでもいうように。

 

縁壱が弱ければ。巌勝が力を求めなければ。何か一つでも変わっていれば、この二人はここまで拗れることはなかっただろう。縁壱も自分を責め続けることなく、人としての幸せを掴んで生きていただろう。だが、二人は明確に道を違えた。行き着く先は、きっと―――。

 

「お前、縁壱さんに殺され損なったな?」

 

「―――何?」

 

初めて黒死牟の声に怒気が混じった。半分は勘だったが、反応を見れば結果は窺い知れた。

 

「縁壱さんはお前を探し続けていた。一生をかけて、身内の罪を背負おうとしていた。出会ったんだろう?縁壱さんに」

 

「――――――」

 

返事は無い。だが、その表情には戸惑いが見えた。

 

「縁壱さんは何を言った?何を為した?お前が憧れ続けた男の最期は、どうだったんだ?」

 

「―――黙れ」

 

「縁壱さんは、お前と兄弟でありたかった。ずっと兄と呼んでいた。裏切られても、お前を恨まなかったんだ」

 

「―――黙れッ!!」

 

「黙らない。俺の祖先は縁壱さんを救った。だが、俺はずっとお前が許せなかった。身勝手で、恥知らずで、自分の為だけに全てを犠牲にしたお前を、絶対に」

 

これは祖先の記憶を見た俺にしか理解出来ない感情だ。既に時間が経ちすぎている。数百年前、戦国の世に起きた出来事の記録など、どこにも残っていないだろう。だから、これも身勝手で独りよがりな行い。自分の感情をぶつけるだけの愚行だ。

 

刀を握る。強く、強く、皮が裂けて肉に食い込む程に、人の限界を超えた力を込めて。

 

「貴様…」

 

思い出せ。童磨との戦いで発現したあの時の感覚を、思いを。手繰れ。乗りこなせ。鬼としての力、その全てを。

 

「やはり…貴様こそが、あの方にとって最も危険な存在だ…」

 

「なら、殺してみろ」

 

奥底から力を引き出す。使いすぎればまた眠ってしまうかもしれない。だが、今黒死牟を止められないことに比べれば、そんなのは些細なことだ。炭治郎がいる。しのぶちゃんがいる。カナエがいる。守るためには、多少の自己犠牲はやむを得ない。

 

右手に日輪刀。左手に血鬼術で生み出した刀。童磨さえも追い詰めた全霊をもって、黒死牟を迎え撃つ。

 

「来い、黒死牟。―――縁壱さんの意志を受け継ぐ者は、ここにもいるぞ」

 




現状の強さランキング
縁壱>>>無惨>>黒死牟>>独孤>悲鳴嶼(痣無し)>>不死川、煉獄
ざっくりこんな想定です。悲鳴嶼さんは痣有りなら主人公と並び、原作最終盤なら黒死牟にも並ぶと思ってます。強すぎ。
主人公は自分を卑下していますが、黒死牟に勝てないというだけで普通に強い鬼です。人を喰って成長すればいずれ黒死牟にも並ぶかもしれません。なので心の中には常に、カナエの危機になったら人を食って力を得てでも守り切るという思いはありますが、それだけは絶対にすべきでは無いという葛藤もあります。

黒死牟は無惨様の命令でずっと主人公を抹殺すべく探していました。花街の近くにいたのは全くの偶然で、主人公がいち早く存在に気付いていたのは、天元に頼んで日の当たらない場所に貼ってもらっていた札で周囲を警戒していたからでした。

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