一度見た血鬼術を再現する血鬼術。
その特異性こそが、鬼の精鋭たる十二鬼月のうち、下弦の壱にまで上り詰めた最大の要因だった。通常の鬼狩りは血鬼術を一つしか警戒しない。そこに2つ目、3つ目の血鬼術を使えば、容易く不意をつける。そうやってずっと、幾人もの鬼狩り達を狩ってきた。人を、殺し続けてきた。
「は――ぁ」
畦道で立ち止まり、息を吐く。酔いは完全では無いがほぼ覚めた。稀血から離れたのが功を奏したのだろう。柱は追ってきていない。追われていたなら、今度こそ本当に死を覚悟しなければならなかった。
しかし、そうなると別の不安も浮かんでくる。果たしてあの柱は、言うとおりに回避しただろうか。血鬼術で再現した上弦の技。たった一度だけ目にしたそれは、範囲、威力、速さ、全てが人知を超えたまさしく超常の剣技。あの技だけで絶命したとは思えないが、命に関わらずとも重篤な怪我を負っている可能性は充分ある。
使うべきではなかった。だが、使わなければ殺されていた。もし、鬼殺隊の柱たる者が刀を振れない程の傷を負っていたなら、それは鬼舞辻を滅ぼす上で大きな損失だ。無事でいて欲しい。稀血によって酩酊し、技の結果など確認すら出来ずに逃げてきたが、それだけが唯一の心残りとなっている。
ともかく、じき夜が明ける。少しでも風柱の居る場所から距離を空けたいが、それで日光を浴びては元も子もない。早めに拠点となる日の差さない場所を見つけ、逃げ込もう。そう決めて前を見た時。
「こんばんは」
眼前に若い女。綺麗な黒髪と、鈴の鳴るような声。最早見慣れた鬼殺の隊服と、腰には日輪刀を下げている。
「――ッ!」
息が止まる。逃げろという本能よりも早く、身体が首を守りながら跳び退いていた。着地した時、自分の首が繋がっていることに安堵する。斬られていてもおかしくなかった。いや、斬られなかったことがおかしい程に、あの女は間合いの内側へ入り込んでいた。
「今日は、月が綺麗ですね」
女――少女と言っても良い程に若いその女性は、日輪刀を抜かず、薄く微笑む。気付かなかった。相対してる今でも実感が薄い。存在が希薄なのか。そうじゃない。あまりにも動作が、気配が自然で、そこにいるのが当たり前であるかのような錯覚を起こしているだけ。
鞘から日輪刀を引き抜こうとして、止める。刀は折れてしまった。上弦の技に耐えられず、根元から。だから今まで使うことが無かった。加減が出来ず、一度しか使えない技など役に立たない。
全集中の呼吸は使えない。だが、まだ血鬼術がある。それなりの相手でも、撒くだけなら問題無いはずだ。――柱でも無い限りは。
「私は花柱の、胡蝶カナエといいます。鬼さん、貴方のお名前は?」
「……下弦の壱、独孤。元、だけど」
「やっぱり十二鬼月なのね、よかった!名前がなかったら、なんて呼ぶか考えなくちゃならなかったから」
まるで花のような笑顔を浮かべて、彼女は――花柱は安心したように胸を撫で下ろした。予感はあった。気付かれぬうちに、相手の首を斬れる距離まで間合いを詰められるようなものが、柱で無いはずがない。
水柱。風柱。そして花柱。短期間で、こうもぽんぽんと続けて出会うものだろうか。本当についていない。いやそもそも、鬼舞辻に会い鬼にされてしまった時点で、不運であることは間違いないが。
しかし、どうする。柱相手に背を見せれば死ぬ。かと言って対抗出来る手札もない。加えて、もう四半刻もせずに夜が明ける。首を落とさずとも、柱が時間稼ぎに徹すれば、その時点でこちらは手詰まりだ。
「――は、ぁ」
深く息を吐き、意識をすげ替える。考えても答えは出ない。ならば、できる限りのことをするしかない。万に一つしかないのなら、その一に縋り付くしかないのは、人も鬼も同じだ。
「念の為に聞いておきたいんだけど、見逃してくれたりはしない?」
「うーん、見逃すのはちょっと無理かな」
「だよね。じゃあ俺も、できる限りは抵抗させてもらう」
相手の力量はわからない。だからこそ、初手で撹乱に全力を費やし、後は逃げることだけに集中する。まともな操作が出来ないことを前提になら、分身は10体程度まで一度に出せる。血鬼術を使うべく身構えると、何故か花柱は慌てた風に手を前へ突き出した。
「あ、待って待って。その前に一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「聞きたいこと?」
「うん。あのね?」
こちらの怪訝な態度に、花柱は少しだけ迷ったような表情をした後。
「――私と、お友達になりませんか?」
◆
柱は鬼殺隊そのものだ。人を守り、鬼を殺す。慈悲を持っては鬼は狩れない。相手を哀れむ心は、優しさでは無く弱さだ。肉体の強さと精神の強さを併せ持った者たち。それが鬼殺隊であり、柱であるとずっと思っていた。思い込んでいた。
「あ、でももう日が昇ってしまうから今は無理ね!今晩、ここの近くにある川原で待ってるから!絶対来てね!絶対よ!」
よくわからないことをひとしきりまくし立て、よくわからない念押しをしながらこちらに手を振り、ものすごい速さで走り去っていった花柱を唖然と見送ったのが、つい昨晩の出来事。何もかもがわからなすぎて、混乱状態のまましばし硬直してしまった程。
ようやく我に返ったのは夜明け直前。死に物狂いで日の差さない場所へ逃げ込むと、もしやこれが花柱の策略だったのでは、いやんなわけあるかと謎の思考に陥ったのが記憶に新しい。
ともあれ、結果的に命は繋いだ。見逃されただけではあるが、生きていればそれでいい。花柱の言っていたことなど一考するまでも無い。鬼と友好的な人などいるわけがないし、ましてや鬼殺隊の柱が友だちになろうなんて言うはずがない。ないのに。
「――いるんだけど」
日が落ちてから何気なく、まさかそんなわけあるまいと昨晩の場所からほど近くを流れる川を遠くから見てみると。なんか、やけに楽しそうにしている花柱がいた。
「ふんふんふーん♪」
人が乗れるくらいの岩に座り、ぶらぶらと足を揺らしながら、さらに鼻唄まで歌ってる。その姿は待ち人を心待ちにする少女にしか見えず、とても鬼狩りの頂点にいる者とは思えない。
どうしよう。あれ、絶対来るって信じてる。あんな約束にもなっていない一方的な取り付けを少しも疑ってない。どう考えてもおかしい。鬼がわざわざ、天敵となる相手のところに来るわけがないというのに。
踵を返してその場を立ち去る。柱とて人なのだ。中にはおかしなやつもいる。それが知れただけでも、ここに来た意味はあったのだろう。だから、去ることを気に病む必要などないし、あの笑顔が曇ったとしても、それは俺のせいではない。ないったらない。
「………やだなぁ。もう、ほんと、やだなぁ」
こんな自分が。あんな言葉に絆されてしまったのが。薄弱極まりない意志が。全部がいやだ。
深く、深く溜息を吐いてから花柱の元へと歩く。近づく影に気づいた彼女が、それまで以上の笑顔を浮かべたのは、当たり前のことだった。
ここからルートが大きく変わります。
・胡蝶カナエ生存ルート
GoodエンドとNormalエンドの二つ
・胡蝶カナエ死亡ルート
TrueエンドとNormalエンドの二つ
大雑把に全ルートの内容は考えてますが、どれを選ぶかは未定です。