鬼は染み付いた血の匂いがする。鬼は澱んだ目をしている。鬼は自分勝手な言葉ばかりを口にする。鬼と仲良くなりたいという夢は嘘じゃない。しかし、心のどこかで、そんなことはあり得ないと思っている自分もいた。
何人もの鬼と会ってきた。会話は一度も成立せず、その度に首を斬った。斬る度に、自分の心が錆びていくのを感じた。剥がそうとすれば痛みを伴い、剥がし切る前にまた首を斬った。諦めてしまえと誰かが言う。諦められるはずが無いと私が言う。この夢を捨てれば、私は私で無くなってしまう。
「大丈夫?姉さん」
擦り切れていく心の変化に気づいたのはしのぶだけ。大切な肉親。大切な妹。妹を守るために姉がいる。妹に心配をかけるような姉は、姉ではない。大丈夫よと答えるたび、私は私でいられる気がした。
そうして気づくと、知らぬうちに柱になっていた。しのぶは大層喜んでくれたが、私は柱になりたいわけではなかった。ただ、しのぶを守れる私でいられればよかった。そうやって割り切れないから、私は夢を見ているのに。
だから、鬼を狩る鬼の噂は、私にとって朗報であり悲報でもあった。鬼を狩るなら、もしかすると仲良くなれるかもしれない。しかしそうでなかった場合、夢は始めから夢で、叶うはずもないただの妄想だったということ。
知らず震える肩を抱き、それでも私は鬼狩りの鬼を探した。柱となってからは融通の利く時間が少なくなったが、それでも情報を集め、行方を追った。
そして。
ようやく出会えた、鬼狩りの鬼は。
「……下弦の壱、独孤。元、だけど」
血の匂いが薄く。目は濁っておらず。何よりも。
「じゃあ俺も、できる限りは抵抗させてもらう」
正々堂々と、自分の意志を口にする鬼だった。
◆
「――と、いうわけなの」
「…………………はぁ」
話を終えた彼女――胡蝶カナエに、曖昧な返事をする。というわけなの、じゃない。そんな話を突然に聞かされてどうしろと言うのだ。感動した、こちらこそよろしく、とでも言って欲しいのか。
「じゃあ、握手しましょう?やっぱり友だちは握手からじゃない?」
「そういうことなら、友だちじゃないから握手はしない」
「どうしてよぅ」
「俺が鬼で、君が鬼狩りだから」
実に単純でわかりやすい理屈だ。狼とうさぎが手を取り合えないように、人と鬼も手を取り合えない。ましてや鬼と鬼狩りなら、お互いに手を斬り合うのが正常だ。
「それなら大丈夫。独孤くんは鬼だけど、鬼狩りだから」
「何が?」
「もう仲良しってこと!はい、握手!」
気づいた時には胡蝶カナエはこちらの両手を握っていた。そういえばこんなんでも柱なんだった。特に間合いを詰める身のこなしに関しては、今までに会った柱の中で最も長けている。
「そういえば」
「どうしたの?」
「風柱。何か聞いてる?」
「不死川くんね。彼ならぴんぴんしてるわ。怪我が治ってないのに、もう暴れてるみたいだから」
それは大丈夫なんだろうか。まぁ、暴れてるということは刀は振れるということだ。大事ないようで安心した。で、いつになったら手を離してくれるんだろう。
「手、温かいのね」
「生きてる以上、体温はあるよ」
「うん、知ってる。でも、知らなかった」
確かめるように手を何度も握られる。不思議と不快感はなかった。
「教えて欲しい。鬼のこと、独孤くんのこと」
「知ったところで何にもならないけど」
「そんなことないわ。私は今日、鬼も温かいって知った。それは独孤くんに会わなかったら、ずっとわからなかったことだもの」
目を伏せる彼女を見て思う。やはり危うい。弱さなどではなく、その在り方が。彼女は鬼を哀れんでいる。その上で、手を伸ばそうとする。殺すべき対象に同情し、伸ばそうとした手で刀を握り、首を斬る。そんなことを繰り返していれば、いずれ心は瓦解する。むしろ、よく柱になるまで壊れなかったものだと感心すらしてしまう。
何故鬼に手を差し伸べるのか。聞くのは簡単だが、言葉にするつもりはなかった。理由のある無しに関係なく、彼女はずっとそうであり続ける。鬼を哀れみ、少しでも救おうとするのだろう。
「教える以上、こっちも聞きたいことが山ほどある。でもそれは、鬼殺隊への裏切りにならないか?」
彼女は鬼のことを知りたい。俺は鬼殺隊のことを知りたい。それはつまるところ、鬼と柱が手を組むということ。
「そうね。多分、すっごくまずいわね」
「すっごくか」
「うん。だから、内緒!」
「――は?」
「内緒にしてれば大丈夫!だって私は、友だちと会ってるだけだもの」
でしょ?と問いかけてくる花柱。…今わかった。こいつ、想像以上にやべぇ奴だ。
「それにね」
「何だよ」
「私は、私がしていることを間違っているとは思わない。きっとこれは、多くの人を助けることに繋がってると思うの」
「……多くの人を殺してきた、鬼と手を組むことが?」
「ええ。殺してきたことを後悔して鬼を狩り、昨日戦った相手のことを心配してしまう、独孤くんなら」
買いかぶりだ。殺してきたことを後悔しても、罪は消えない。かぶってきた血は今も色濃く、ずっとこの身体に染み込んでいる。風柱のことだって、鬼殺隊の戦力低下を気にかけただけで、誰が自分を殺しかけた男の心配などするか。だけど。
「――胡蝶。お前は多分、やばい奴だ」
「そうかしら?あまり言われたことが無いのだけど」
「鬼と仲良くしようなんてやつが、やばくないわけないだろ。……まぁ、鬼なのに鬼を狩ろうなんていうやつも、同じくらいやばいけど」
鬼と柱はわかりあえない。だけど、同じ変わり者同士なら、利用し合うくらいはできるかもしれない。
「俺は鬼舞辻無惨を滅ぼしたい」
「うん」
「そのために、もっと強くならなくちゃならない」
「うん」
「だから、教えて欲しい。鬼殺隊のこと。呼吸のこと。―――胡蝶のこと」
「―――うん!」
伸ばした手を胡蝶は両手で握った。その時、歯車が回り始める音を聞いた。
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