胡蝶と手を組んで一番助かったのは、柱の活動範囲を知れたことだった。なんでも、一般の鬼殺隊員は任務を受けて移動するのが基本だが、柱はそれぞれに警備担当地区が決まっており、そこから大きく動くことは稀なのだそうだ。
おおざっぱに地区が書き込まれた地図を見ると、確かに今まで会った柱は、その柱の担当地区の中だった。ならば出会ったのも頷ける。同じ範囲で鬼狩りを行っているのだから、そりゃ遭遇しやすいわけだ。
「私の警備地区内にいれば、ある程度はかばってあげられるけど」
「助かる。でも、ずっといるわけにはいかない」
鬼を狩る。呼吸を身体に馴染ませる。やるべきことは多い。一箇所に留まっていては、それらが蔑ろになってしまう。
「うん、そう言うと思った。でもね、悲鳴嶼さん―――岩柱の担当するところには行っちゃ駄目よ」
「なんでよ」
「殺されちゃうから」
にっこりと微笑む胡蝶。脳髄に刻み込む。岩柱、胡蝶よりもやばいやつ。会ったら即逃げよう。
次に有用な情報だったのは、呼吸について。基本となる5つの呼吸のこと。そこから派生する呼吸もあり、優秀な隊士は新たな呼吸を生み出すということを聞かされた。
既存の呼吸に合わせるのではなく、自分に合った呼吸を作る。その発想は言われてみれば当然のもの。しかし、何故か今まで思いつきもしなかった、斬新な発想でもあった。
聞けば、胡蝶も水の呼吸から派生した花の呼吸を使うらしい。いくつか型を見せてもらったが、なるほど、これは女性特有の柔軟さを活かした呼吸だ。習得はできるだろうが、特性を活かせないなら意味がない。これは優れた身体能力と身体の柔らかさを併せ持つ、胡蝶だからこそ使う意味がある。
「混ぜたりはしないのか?」
「混ぜるって?」
「例えば、風と水。2つを混ぜて、長所をうまく取り入れるとか」
攻撃と速度に優れた風の呼吸と、あらゆる場面に対応できる水の呼吸。この2つを掛け合わせ、どんな状況下でも鋭い攻撃を行える、新しい呼吸を作り出す。そんなことが出来たなら、柱へと大きく近づける気がする。
「うーん、そうね。可能性は零では無いだろうけど」
「難しいかな」
「基本の呼吸は、それぞれが完成されているもの。下手に混ぜるといいとこ取りじゃなくて、どちらも中途半端になってしまうかもしれないわね」
「あー、なるほど」
それはいいとこ取りではなく、ただ希釈しただけだ。何にも特化していない技など、相手取っても何ら怖くない。
「それにね」
「うん?」
「今まで、誰も考えなかったと思う?」
「……思わないなぁ」
うまくいかなかったか、もしくはうまくいったが使い物にならなかったかのどちらかだろう。やってみる価値はあるが、どうやら道程は険しそうだ。
正直な話、地力を効率良く上げるなら、柱の剣技を直接見るのが一番手っ取り早い。鬼は肉体を鍛えることができない。だから必然、強くなるための手段が限られる。人を食うか、鬼舞辻の血を増やすか。どちらも出来ない以上、他人から盗んで技術をつけるしか道が無い。
欲を言えば風柱にもう一度会いたいが、次会ったらどちらかが必ず死ぬことになる自信がある。どうやらあの日以来、鬼狩りの鬼は絶対に殺すと息巻いて、今まで以上に鬼殺に打ち込んでいるようだし。このまま腕を上げて、いっそのこと上弦を滅ぼして欲しい。そこまで考えて、一番聞かなければならないことを思い出す。
「…なぁ、胡蝶。柱の中に、月の呼吸を使う剣士はいるか?」
「いないわ。不死川くんに聞くまで、そんな呼吸があることも知らなかった」
そうか。ならばあれは、鬼殺隊から失われた呼吸なのだろう。どの呼吸から派生したものなのかもわからない。しかし、なんにしてもあれは異質だ。使ったからこそ異常性がわかる。風とも水とも違う、確立した一つの完成形。残り3つの呼吸は知らないが、恐らくどれの派生でもない。さらにその先、人として辿り着ける剣技の極致に近い場所に、月の呼吸はあるのだと思う。
「ねぇ。独孤くんは、どこで月の呼吸を習得したの?」
「習得してないよ。知ってる型は一つだけだし、本家に比べれば真似事に過ぎない」
「不死川くんを退かせる程の技なのに?」
「本物の月の呼吸なら―――上弦の壱が繰り出す技だったら、胴体が真っ二つだったよ」
目にしたのは偶然だった。下弦の壱になった時、無限城で行われた上弦の壱と弐の入れ替わりの血戦。ほとんどが理解できない天上の戦いだったが、決着となった最後の技だけは色濃く頭に焼き付いていた。しかし、何故再現できるのかは自分でもわからなかった。自分の能力を超える血鬼術は再現できない。だからこそ、上弦には上がれず下弦止まりであったはずなのに。
「胡蝶。俺が鬼舞辻を滅ぼすと決めた時、呼吸を使おうと思ったのは前例があったからだ。そいつがあまりにも強く、あまりにも恐ろしかったから、追い付くために呼吸を習得した」
「それが―――上弦の壱、なのね?」
「黒死牟という。最強の鬼だ」
一目見て、存在の格が違うと思った。勝てる、勝てないという話ではなく、そもそも比較すること自体が烏滸がましい程の差。真の強者を知って、折れかけた心を繋いだのはその美しさだった。極まった技術が、完成された剣技が、これ程までに人を惹きつけるのだとその時に初めて知った。
「上弦は皆強い。その中でも、上弦の壱は比べものにならない。多分、柱が3人揃ったとしても勝てないだろう」
水柱。風柱。間違いなく上弦と戦える実力を持っているが、それでも上弦の壱と戦えば死は免れない。胡蝶の言っていた岩柱とて、彼には及ばないはず。
「上弦の壱は、黒死牟はおそらく―――元鬼殺隊の柱だと思う」
「―――柱が、鬼に」
「前例はないのか?」
「…無いはず、としか言えないわ。だって、柱が鬼に寝返るなんてことをすれば、鬼殺隊そのものが揺るぎかねない」
「今まさに寝返ってるやつがいるけどな」
「寝返ってるのは独孤くんの方だから大丈夫よ」
それはともかく。胡蝶が言っているのは、『はず』という希望的観測だ。あってはならないという祈りだ。無かったという確証でも、断定でもない。
「でも、もし本当に上弦の壱が元柱なんだとすれば、確かに柱3人がかりでも勝てないかもしれないわ」
「柱って貴重なんだろ?記録とか取ってそうなもんだけど」
「消されてる可能性が高いと思う。だって、人の目に触れて良いことなんて一つも無いもの。お館様なら何か知ってるかもしれないけど…」
「聞けるわけないよなぁ」
出所を明かせない情報は妄言と変わらない。それも出所が鬼からとなれば、信用などできるはずもない。
「まぁ、話すべきことは話したから。この情報をどう使うかは、胡蝶に任せるよ」
「…はぁ。わかったわ。できる限りのことはしてみる」
「よろしく」
立ち上がる。夜明けまではまだ時間があるが、やるべきことを思い出した。
「鬼を狩りに?」
「それもある。だけど、今の話をしていて一つ、思い出したことがあってさ」
どこにいるかはわからない。しかし、鬼から巧妙に逃げ続ける彼女なら、俺のことを知っていてもおかしくない。こちらが探していれば、彼女の方からも連絡を取ってくるはず。
「―――逃れ者の珠世。彼女なら、もっと詳しく知っているかもしれない」
自分と同じく、鬼舞辻の呪いを外して逃げ続けている、彼女なら。
評価が一気に増えて驚いています。ありがとうございます。今後とも何卒よろしくお願い致します。