鬼狩りの鬼   作:syuhu

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遅くなりました。


逃れ者の珠世

木々に隠れるようにして、その屋敷はあった。それ程大きくない西洋風の家屋。林の中に建てるには不似合いで、まるでこの屋敷だけどこかから切り取って持ってきたようだと思った。

 

「隠れるには、随分と目立つな」

 

「気配を消してるに決まっているだろ」

 

言われて気付く。建物の至る所から血鬼術の匂いがする。注視すると、血で目のような模様が描かれた札が貼ってある。

 

「便利だな。俺も欲しい」

 

「やらん」

 

断りの言葉を言いながら、少年―――愈史郎は屋敷に入っていく。玄関の扉を閉めた瞬間、空気が変わったのを肌で感じた。まるで世界と自分とが隔絶されたような肌触り。なるほど。こんなものを使えるなら、うまく逃げ続けられるはずだ。

 

「戻りました、珠世様」

 

「おかえりなさい」

 

返事をしたのは、着物が似合う黒髪の綺麗な女性だった。落ち着いた佇まい。相手を安心させる穏やかな声。彼女が逃れ者の珠世。鬼舞辻を裏切った最初の鬼。

 

「はじめまして、貴女を探していました」

 

「はい、あなたが探していることは、知っていました」

 

「ではどうして」

 

「あなたが、鬼舞辻にとって優先すべき抹殺対象になったからです。それも、上弦を向かわせる程の」

 

ああ、なるほど。確かに、鬼舞辻から逃げているのに、鬼舞辻が追っている奴とわざわざ接点を持って良いことなど一つもない。中々見つからなかったのは、彼女もこちらを避けていたからだった。

 

「ともあれ、ありがとうございます。愈史郎くんに聞きました、あの血鬼術は貴女の指示だったと。もしあのまま猗窩座との戦闘が続いていれば、きっと俺は生きていなかった」

 

いや、きっと戦闘にもならなかっただろう。日輪刀が完全に破壊されてしまえば、能力は上弦の足元にも及ばない。日が昇るまで攻撃され続け、そのまま消滅していたはず。感謝の言葉に、しかし珠世は目を伏せて、静かに首を振った。

 

「割り込んだのは、あなたが上弦を倒す能力を持っていたからです。そうでなければわたしはきっと、あなたを見捨てていたでしょう。だから、感謝をされるようなことではないのです」

 

その言葉でわかった。この人は善人だ。相手にも自分にも嘘を吐けない、真っ直ぐな人だ。だから、鬼舞辻の下にはいられなかった。

 

「珠世さん。貴女の目的はなんですか」

 

「鬼舞辻無惨を滅ぼすこと。あの男がのうのうと存在していることを、わたしは許せない」

 

「奇遇ですね。俺も、あの男を殺したくて仕方が無い」

 

だから刀を取った。鬼を狩るために、鬼舞辻を殺すために。

 

「力を貸してください。貴女の知識と技術が必要です」

 

「こちらこそ。あなたの力と能力は、必ず鬼舞辻を狩る刃になる」

 

どちらともなく握手をかわす。胡蝶の時もそうだった。言葉だけでなく、形にすることで信頼が結べる。この短いやり取りはきっと、その証明になる。

 

「―――で。愈史郎くんは何で、めっちゃこっちを睨んでるんでしょうか」

 

「……気にしないで頂ければ」

 

いや、気になるよ。だってあれ、怒気とかじゃなくて殺意だもの。

 

 

「愈史郎くん、珠世さんのこと好きなの?」

 

ふとした思いつきだったが、これが思いの外急所をついていたらしい。何も応えず、真っ赤になって俯いてしまったので、今のうちに珠世さんから色々な話を聞いておくことにした。

 

珠世さんのこと。愈史郎くんのこと。そして、鬼舞辻無惨のこと。話を聞く中で思ったのは、鬼舞辻は何故、あれ程に臆病なのかということ。十二鬼月となってから鬼舞辻に直接会ったのは一度か二度。普段はひたすら身を隠し、鬼を増やし、重要な事は全て上弦に命じて対処させる。それがどうにもひっかかる。

 

鬼舞辻は最強の生命体だ。柱を圧倒する上弦よりもなお強く、並び立つ存在などいないだろう。ならば、もっと傲慢であってもおかしくない。それこそ自分が主導して動けば、鬼殺隊はいつでも滅ぼせたように思える。

 

「いたのです」

 

「え?」

 

「鬼舞辻に並び立つ、人間が」

 

―――そして、珠世さんは話してくれた。自分が鬼舞辻を離反するきっかけとなった出来事を。鬼舞辻をあと一歩のところまで追い詰めた、たった一人の人間のことを。

 

「あの方の名前すら知りません。でも、私の今はあの時から始まりました。感謝をしてもしきれない、恩人です」

 

そう結んだ珠世さんの言葉は、半分程度にしか頭に入っていかなかった。鬼舞辻に並ぶどころではない。鬼舞辻を圧倒出来る人間が、かつて鬼殺隊にいたという事実。驚愕よりも先んじて、背筋を寒気のようなものが走った。鬼となって強靭な肉体を手に入れ、呼吸を習得してさらに強くなった。それでも、鬼舞辻どころか上弦にすら届いていない。さらに高みへと至るには、血の滲む修練を積み続けなくてはならない。

 

しかし、その人間はきっと初めから高みへと至っていた。才能や天凛ではまだ足りない。神に愛され、全ての素養を持って生まれ落ちた、正しく選ばれた人間だったのだろう。

 

「その剣士は、一体何の呼吸を?」

 

「…わかりません。私に見えたのは、攻撃していたはずの無惨が、全身を斬られて地面に伏せるところでした」

 

「なんでもいいんです。微かでも見えたこと、感じたことを、教えてください」

 

「……静かな、まるで長い年月を経た大樹のような剣士でした。なのに動く時は風よりも速く、神楽のように美しい剣技だったと、記憶しています」

 

「そう、ですか」

 

脳裏に、一人の剣士が浮かんだ。それは上弦の中で最も強く、美しい剣技を持つ男。

 

「珠世さん。その剣士は、上弦の壱ではありませんか?」

 

「―――どういうことでしょう」

 

静かな、しかしはっきりとした怒気を感じる。当然だ。恩人がその後鬼になっていないか尋ねるなど、愚弄している。

 

「上弦の壱、黒死牟は、恐らく元鬼狩りの柱です。それも、人間だった頃から強い剣士ではないかと」

 

「…なるほど。そういうことですか」

 

珠世さんは少しだけ考える素振りをしてから。

 

「違うと思います。無惨は、もう一度あの方に会えば殺されるとわかっていたでしょうから。そもそも、出会うことがありません」

 

「そうですか」

 

鬼舞辻の臆病ともいえる慎重さは、その剣士によって与えられたものだろう。自分を殺せる人間の存在。それを知ってしまったからこそ、次を恐れ続けている。であれば、元凶となった男に二度と会うはずがない。寿命が尽きるまで息を潜めていたはず。

 

「ですが、その鬼となった元鬼狩りには、心当たりがあります」

 

「本当ですか」

 

「はい。あの方に斬られる直前に、鬼舞辻は鬼殺隊の剣士を鬼にしていました。恐らくはその者が、今の上弦の壱ではないかと」

 

やはり、過去に鬼殺隊員を鬼にしていたか。上弦は百年以上顔ぶれが変わらず、壱は不動だとどこかで聞いた。ならばほぼ間違い無く、その時の剣士が黒死牟だ。

 

「ですが、それ以上のことはわかりません。十二鬼月自体、私が鬼舞辻を裏切った後で出来たものなので」

 

「いえ、充分です」

 

今まではただの想像だったが、おかげで確証に近いものが得られた。黒死牟の正体。そして、鬼舞辻を追い詰めた剣士。珠世さん以外からは絶対に聞けない情報だ。

 

「珠世さん。実は、俺は鬼殺隊の柱とも、協力関係を結んでいます。今の情報は、出処を明らかにしても大丈夫でしょうか」

 

「…はい。独孤さんが信頼に足ると判断した方なら、私も信じることが出来ます」

 

「ありがとうございます」

 

もしかしたら、いつか胡蝶と珠世さんを会わせることも出来るかもしれない。そうなれば、鬼殺隊にとっても大きな力になるはずだ。そんな未来を夢想する。

 

「独孤さん。実はあなたにもう一つ、お伝えしたいことがあります」

 

「伝えたいこと?」

 

「あなたの使う血鬼術―――術者の意思で自在に形を変える能力について、です」


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