100話て……三桁て……おかしいな、当初このSS、30とか40話くらいで終わると思ってたんですけどね(節穴)
これもひとえに、感想をくださったり、応援してくださった読者の皆様のおかげだと思っております。
これからも楽しんでいただけるように頑張りますので、今後ともどうぞよろしくです。
切島・爆豪と物間・吹出の戦いは、以前よりも柔軟に戦えるようになった爆豪が、それぞれの『個性』とそれに由来する動き――物間は最初に切島をコピーしに来るはず、など――を読み切って、それを逆手にとった戦略で、切島達の勝利。
飯田・上鳴と塩崎・八百万の戦いは、相手の個性への警戒そのものを逆利用して『罠はないという罠』……すなわちシンプルな物量で待ち構えていた塩崎と、ブラフと万が一の備えを同時に受け持っていた八百万の策が見事に結実し、塩崎たちの勝利。
砂藤・障子と鉄哲・骨抜の戦いは、互いに慎重になるがゆえに、長く一進一退の戦いと膠着状態が続いたものの……鉄哲と戦っていた砂藤が、骨抜が柔化させた地面に引きずり込まれ……そうになった瞬間に障子が骨抜を吊り上げるように捕獲、カードを破壊。その後、自力で拘束から脱出した砂藤との2対1で鉄哲を破り、砂藤達の勝利となった。
そして、残る1組の戦い。
追試を受ける本人である芦戸と瀬呂は、芦戸が軽快に動いて『酸』で攻撃する中を、瀬呂がテープを用いて縦横無尽に動き、テープの先に重りになる鉄パイプや瓦礫などをつけて、遠距離で応戦するのに徹していた……その頃。
彼、ないし彼女のパートナーである2人は……いっそ気持ちのいいほどに、小細工なしで真っ向から立ち会っていた。
ぶぉん、と、
弧を描いて迫る永久の回し蹴りを、4つ足になるまでに姿勢を低くして交わした緑谷は、そのまま懐に飛び込もうとして……しかし、目の前にかざすように出された手を前に、急カーブして側面に回り込む。
その頃には永久は体勢をほぼ立て直して迎撃する構えになっていたが、構わず握った拳を突き出し……しかしやはり、腕を使ってガードされる。
お返しとばかりに踏み込んで放たれる永久のストレートパンチを、その肩に手を乗せて跳び箱のように飛び越えて回避する緑谷。
そのまま空中で体をひねって、首元に手刀を叩き込もうとするが、今度は永久がストレートパンチの勢いそのままに前に転がるように出て、側転の要領で距離を取った……
……かと思いきや、地を蹴って即座に反転、そして跳躍。飛び膝蹴りを打ち込んでくる。
緑谷は空中で少々無理やりに体勢を変え、足に装着したアイアンソールでそれを迎え撃ち……しかし空中では踏ん張りがきかずに押し切られ、蹴飛ばされる。
ダメージはないが、体勢が崩れた状態で放り出された。
それを隙と見た永久が、着地と同時にさらに踏み込んできて追撃の拳を放つも……その瞬間、突如として勢いよく上方向に逃れる。
余りに予想外な動きに驚いた永久が振り返ると、そこには……両腕から伸ばした、黒緑色の光で形作られた紐を、左右の建物に伸ばして、それを手繰るようにして離脱した緑谷の姿が。
それも一瞬のことで、緑谷が顔をしかめると同時に、紐は消えてしまったが。
「出たな、謎能力……でもいいのか? それ、ここで使って……」
永久からすれば、恐らくは緑谷が隠していたであろうそれを、審査のため、確実に先生方が見ているであろうこの場で使ってしまっては、隠すこともできなくなる、という意味での心配だったのだが……緑谷はと言えば、不敵に笑っている。
「問題ないよ。一部の先生にはもう話して、っていうか相談してあるし……そもそも僕自身、まだよくわかってないし、慣れてない力なんだ。いつまでも怖がって押し込めてちゃ、何も変わらない」
「あ、そうなんだ。なら……遠慮や心配はいらないか」
永久からすれば、自分よりも先に先生方――どの先生かはわからないが、恐らく担任の相澤か、何かと縁があるらしいオールマイトあたりだろうと予想できた――に話していたというのは、ちょっとだけ寂しいと思わなくもなかったが、それも結局は我が儘というもの。
個性の指導にかかることなら、学生である以上、それが可能なら教員に頼るのは正しい手順だ。
恐らく、その後自分や、『デウス・ロ・ウルト』関係者にも話すつもりだったのだろうとあたりをつけて……今は永久は、戦いに集中する。
永久は今度は、長い脚を生かして大股で素早く踏み込んで、そのまま突っ込む。
勢いを乗せたタックルをかましてくるが、読んでいた緑谷は斜めにすり抜けるようにしてこれを回避し、すれ違いざまにその足を払って転ばせる。
が、永久は手をついてそこを起点に、まるでカポエラのように回転することで、簡単にそれをいなして攻撃につなげる。ここでも足の長さによるリーチと遠心力が牙をむく。
あえてそれを受け止めて反撃しようとした緑谷に対し、それを逆利用して……ガッ、と緑谷の腕が自分の足を捕らえた瞬間に、腕のばねを最大限使って跳び……
「わぷっ!?」
「おっと失礼っ♪」
そのまま、体が逆さの状態で緑谷に抱きついた。
体は向かい合わせだが、上下が逆なため……必然的に、緑谷の腰や下腹部のあたりに永久の顔が来る。同時に、緑谷の頭も永久の腰あたりに来て……というよりは、思い切り両方の太ももで頭をがしっと挟まれてホールドされていた。
勢いに負けてそのまま倒れ、組み伏せられているような状況。もしこのままどちらかが上体を起こせば、もう片方の頭の上に乗っかって座るような形になる。
見方が見方なら、少々、いやかなり刺激的というか……色々と問題がありそうな光景である。
もしこの光景を彼らの小さな同級生が見ていたなら、間違いなく血涙を流して悔しがると同時に、大声でそのポージングの名前を叫んでいただろう。
突然のことに緑谷も動揺し、頭に血が上って顔を赤くしそうになるが……それよりも先に、はっとして気付く。照れている場合ではないことに。
別な意味で、この体勢が……というよりも、永久に密着している現状が危険だということに。
「まずっ……『オクラホマスマッシュ』!!」
その場で強制的に体を回転させて永久を振りほどき、すぐさま距離を取って体勢を立て直すが……時すでに遅し。
先程までよりも、多少ではあるが疲れが取れて……しかし、体が重くなっていることに気づく。
(やられた……『エネルギーバインド』!)
密着している間に『エネルギー』を流し込まれ、それを媒介に自分の体の動きを制限する『エネルギーバインド』をかけられたことに、歯噛みする緑谷。
永久はというと、『まだ浅いな』と、己の技量不足を反省しつつ、ひとまず少し自分に有利に戦況が傾いたことを確認していた。
(やっぱり……栄陽院さんとの戦いは、僅かな時間の接触も命取りになりかねない……。接触した端からエネルギーを送り込まれて縛られるし、そもそも馬力だけならA組でも最強クラス……今だって、組み付かれてすぐだったからよかったけど、もう1秒抜け出すのが遅かったら、きつくしがみつかれて振りほどけなくて終わってたかも……)
(ホントすばしっこくなって……緑谷、捕まらないな……ガードすらほとんど取ってもらえないとは……確実に警戒してるな、私のこと。一瞬一瞬の接触で気長にやるってのも手だけど、ここ最近の緑谷は戦いの中で急激に成長するようになってきたし、先読みも磨きがかかってきてるから……時間をかければかけるほどどんどん攻撃が当たらなくなる……)
互いに様子見の時間、わずかな隙間に考察を交えて戦う2人。
ふとしたきっかけでそれが崩れれば、また拳や蹴りを交えた戦いに戻り、流れが途切れると離れて隙を伺い……を繰り返す。
そんなやり取りの中で、ふと何の気なしに口を開いた永久。
それはせいぜい、インターバルの間の時間を潰す程度の意図しかない、単なる軽口だった。
少なくとも、最初は。
「それにしても、ちょっと不思議な感じするな、こういうの……」
「え? 何が?」
「私らってさ、『デウス・ロ・ウルト』の戦闘訓練で、いつも散々模擬戦とかやってるじゃん? けどそれっていつも、基礎体力とか戦闘技能を鍛えるために、『個性』禁止とか、身体強化だけにしぼってだったから、こんな風にガチの何でもあり、手札全部使ってやるような戦いって……実はほとんど経験なかったな、って、今こうして戦ってて思った」
「そう言われればそうだね……多分、この先のカリキュラムでならあったんだろうけど、まだ基礎固めの時期みたいだからね、僕ら。そう考えると、貴重な実戦経験になるのかな、コレ?」
「かもね。実際……ここでこうして緑谷をガチで相手にしてみて、その身体能力とか、身のこなしの厄介さみたいなのを……理解できたつもりでできてなかった部分を痛感するわ」
「ははは……そっくりそのまま返すよ」
不思議なもので、いつも一緒に訓練しているにも関わらず、わかっていなかった互いのことが、拳をぶつけあうことで理解できるという感覚に、2人共新鮮さを思えていた。
「そういう意味じゃ、私はこういう機会が……まあ偶然のことだし、元々後々用意されてたのかもしれないけど……こういう経験ができてよかったかな。こうして緑谷のことをより多く知れば……その分、私がどうやればより役に立てるかわかるってもんだし」
最後の方は小声で、にひひ、と笑って放たれたその言葉に、緑谷は一瞬ドキッとするも……すぐに、さっきまでに増して真剣な顔に戻る。
いつもならそのまま顔を赤くしておろおろし始めてもおかしくない緑谷の変化に、ふと不思議に思った永久だが……そこに今度は、緑谷の方から言葉がかけられた。
「栄陽院さんは、さ……そんな風に、いつでも僕のことをまず考えてくれるよね」
「? そりゃまあ……何をとは言わないけど、前にああまで言っちゃったしね。今更隠そうとも思わないし……それがどうかした?」
「うん……最近はさ、そうやって言ってくれることにも、変な話……僕も少しずつ慣れてきてさ。それをでも、嬉しいなって思う反面……このままじゃいけないな、って思うようにもなって」
「……? あー……私に悪くっていうか、負い目とかに感じるってことなら、そんな風に思う必要はないぞ? 正真正銘、私がしたくてやってることだし……」
「うん、わかってる。でも……それもあるけど、そうじゃない」
「……?」
先程からどうも話が見えなくなり、頭の上に『?』を浮かべる永久。
その場をつなぐための軽口のトークだったのはもう忘れて……警戒しつつも、聞き入っている。
「こないださ……マンダレイと洸汰君が家に来てさ。そこで色々話したんだけど……そこで、マンダレイ、言ってたんだ。相手が動くのを待ってるだけじゃダメだって。もし何か望みが……どうしたいとか、どうなってほしいとかいうのがあるなら、自分からも動かなきゃいけないんだって」
「……はあ」
壊理ちゃんに会いに行ったあの日だろうか、と思い返しつつ、永久は続きを聞く。
「思い返してみれば、今まで……栄陽院さんから、色々なものをもらって来た。そのほとんどは、言い方が悪いけど……僕は君から、与えられるまま、流されるままに受け取っていた気がする。君はそれでいいって言ってくれるけど……今までずっとそうあってきて……別に誰も困ってないし、これからもそれでいいんじゃないかって、どこか思ってた。でも……今なら、そんなんじゃダメだってはっきり言える。真剣に僕のことを考えて、僕と向き合ってくれてる君に失礼だって」
「……んーまあ、そりゃそうしてくれればうれしいけど……私は別に、緑谷に何かを強制するつもりはホントに……」
「それじゃもう、僕の気がすまなくなってるんだ。変な話っていうか、今更勝手なもの言いかもしれないけど……栄陽院さんをもらうのに、それじゃ僕は胸を張って『君が欲しい』って言えない」
「……へ?」
余りにもさりげなく、あっさりと、緑谷の口から飛び出したその言葉に、一瞬呆ける永久。
その直後、何を言われたのか一拍遅れて理解して……常ならば緑谷がやるような反応を取ってしまう。顔が一瞬で赤くなって、変な声が出た。思考も盛大に乱れてパニック寸前である。
普段弄る側であることが多い永久であるが、さすがにこんな不意打ちは想定外だった。
しかも、緑谷にそんな自覚はなく……というか、自分が今何を言っているのかすら、正確に把握しているのか怪しい。
真剣なのはわかるが、そう思うあまり頭が動いていないのではないか、感情が仕事していないのではないかと思うくらいに、真剣度100%である。不自然なほど雑念を感じない。
ともすれば、修行の中で『感覚や感情と思考を切り離し、いついかなる時も冷静に考えて動く』という訓練の成果、あるいは、思考している自覚がないほど自然に頭を働かせる『直観力』の会得に至ったことの弊害なのかもしれない。
しれないが、少なくとも今、緑谷はそれを自覚することはできないまま、話は続けられる。
「栄陽院さんとカミングアウトし合ったあの日……いや、それよりもっと前、体育祭の後の『ご褒美』の日からずっと考えてたんだ。男女の付き合い方をここから先……望む形に一歩進めるのが、こんな道筋でいいのかって。結局、その答えは出なかったけど……それでも、流されるまま行ってなんやかんやで、っていうのは違う気がした。そんな感じで欲しいものを手に入れても、その先ずっと納得できない気持ちが残るんだと思う。何かの度に、ことあるごとにそんな風に思えてしまうくらい……僕にとって栄陽院さんは、大切で、かけがえのないものになってるんだって、知った」
「……っ、ぐ……」
「そう思うってことは、僕の方から君に対して抱いてる気持ちがあるってことだ。それを伝えずに待ってるだけなんて、やっぱりおかしい。たとえ欲しいものが手に入っても、自分の方からも全力でぶつかって手に入れることとはやっぱり違うことなんだと思うから……だから僕は、ちゃんと、胸を張って伝えられるようになりたい。だから……」
「だ、だから……?」
「……押し込めて、見ないふり、気付かないふりをするのはやめた。恥ずかしくても、上手く言えなくても……僕の方からも、嘘偽りなく、全部伝えた上で……その上で、貰う。貰ってく」
そう言いきって、緑谷は拳を構えなおす。
真剣な気持ちの全てを語るうちに、自然と精神の全てが一色に染まっていき、結果的にある種のルーティーンのような役割を果たしていた。今の緑谷の頭の中には、ただひたすらに真剣に、目の前にいる永久と向き合い、己の全てを出しきるという意思だけがある。
「だから……今日の夜、話があるから。永久……君の家で待ってて。……貰いに、行くから」
そう、静かに言い切って……その瞬間、緑谷の肉体に火がついた。
そう思えるほどに……雑念の一切をそぎ落とした純粋な闘志は、これまでにない出力と純度で『ワン・フォー・オール』を制御させることに成功しており……文字通り、己の全てを呼び起こして、緑谷は永久との戦いに飛び込んでいった。
そして、それを受け止めるべく、微動だにせず待ち構えている永久はというと……
(待って!? 待って!? え、何!? なんかコレ……え、まだ戦ってる最中だよね私ら!? 今なんかコレ……え、ちょ、直接的にこそ言われてないけど、告白されなかった今私!? 緑谷ちょっと今自分で何言ってるかわかって言ってた!? わかってない可能性大! いや、まあ、うん、う、嬉しいんだけどね!? と、時と場合ってもんが……さ、さすがに動揺誘う作戦とかってわけじゃなさそうだけど……ってかそうだったらさすがに私でも傷つくけど……なんかすごい真剣だし多分違うと思う。……っていうか今日の夜話があるって言ってたけど、話すことなくね!? もう何か今全部言っちゃってね!? 思いっきり『欲しい』って言われたよ!? また名前で呼ばれたし! あともう私が『はい』っていえばそれでもうコレ終わりじゃ……それとも何!? 夜はもっと進めるというか、もっと凄いことでもするっていうのか!? よーしそれならそれで大歓迎だ……って駄目だ私の方もなんか頭がバカになりつつある……っていうか何にしてもこの状況で今から戦えとか無茶だろォオ!?)
ここまで思考0.1秒。かつてない早さで頭を回して……パニックになっていた。
しかしそこは永久も修行の成果である。どうにか感情と思考、そして体の操作を切り離し、緑谷の攻撃を受け止め、あるいは受け流して戦いに戻る。
パニックで頭が回らないのを逆に利用して、無駄に頭を回さず、最小限の思考で……ある種の『無我の境地』の中で動くという高等技能(のようなもの)を、この場で開眼していた。
開眼の経緯は若干微妙だが、この瞬間彼女もまた1つ強くなったのだ。経緯は微妙だが。
……しかしながら。
喜ばしくもというべきか、どうしてそうなのかと戸惑うべきか……かつてないほどに澄んだ思考の中に身を置いている緑谷は、今までとは全てが違っていた。
それこそ……パニックの中にあって、無我の境地でどうにか戦えていた永久が……それに気づいて驚愕し、そのパニックから結果として抜け出すほどに。
火花1つ1つの明るさが、輝きが違う。
心なしか、僅かにだが髪の毛が逆立っているように見え……体全体が光を纏っているかのよう。
疾風怒濤、そう表現するのがふさわしいというほどに、スピード、パワー、テクニックが全て備わった連続攻撃が、決して大柄とは言えない緑谷の体躯から繰り出され続ける。
市街地という環境も相まって、前後左右上下に足場に事欠かない点もうまく利用し……グラントリノのように、縦横無尽の立ち回りの中で、拳を、蹴りを繰り出して永久を追い込んでいく。
永久もさるもので、磨き上げた戦闘技能と恵まれた体躯、そして『エネルギー』によって生み出される驚異的なフィジカルで迎え撃つ。
何より、彼女自身が緑谷のことを思っているがゆえに、緑谷に対する理解は人一倍あり……それゆえに模擬戦や、先程までの戦いの中でも、その知識と経験から手を先読みして対抗する、ということが可能になっていた。理解しているがゆえの強みとして。
しかし、それでもなお、食らいつくのが精いっぱい……どころか、徐々に押されて行っているのを、永久は感じ取っていた。
1分前、1秒前、一瞬前よりも、緑谷が強くなっていく。自分との戦いを糧にして。
理解と経験から緑谷の動きを予測しても、やがてはその更に先を予測されて追い抜かれた。
一合一合打ち合うごとに拳が鋭く、強くなり、また防御や受け流しはより堅牢になる。
こちらのダメージが増えていき、あちらにはろくにかすりもしなくなる。既に、攻撃が緑谷の腕なり足の真芯を捕らえる感触は、感じ取れなくなっていた。
ついには攻撃の出足を見抜かれてかわされ、防がれ、潰される。
さらにはそれを回避や防御にまで応用される。防御は抜かれ、退避・回避はタイミングを狂わせたり、回り込まれて許されず。思惑がことごとく外されていく。
打てる手が少なくなっていく。
千の手を打ち込もうとも、千の返しが待ち受けている。
自分との戦いが、まるで食らいつくされ、平らげられていくような感覚に、永久は陥っていた。
この闘いそのものを緑谷が今、まさに糧にして成長し、そのままの勢いで自分を超えようとしている。
自分という存在が……今まで、少なからず彼にとって壁であったそれが、今、打ち砕かれようとしている。
この表現が正しいかどうかはわからないが、近い部分はあるはずだ。少なくとも、今までは。
始まりは、あの日……緑谷に『個性』の使い方を教えるため、ジャージ姿で何もない訓練室で、2人で努力し始めた日。
あの時はまだ、緑谷よりも永久の方が強かった。それは、緑谷もわかっていただろう。
それが、共に努力を重ね、心の距離を縮める中で、2人の実力差も狭まっていった。
緑谷の成長は、永久にとって喜ばしいことだったし……しかしそれでもまだ、長きにわたる鍛錬で積み重ねた力と『個性』、そして緑谷への理解が、自分を緑谷の『壁』にしていた。
それが今、とうとう終わろうとしている。
緑谷は今、永久という壁を打ち砕いて前に進もうとしている。
……いや、違う。この表現はふさわしくない。
永久は、抗う全てを打ち砕かれ、全てをはぎ取られて……
その上で、緑谷に全てを奪われようとしているのだ。
言っていたまさにその通り、緑谷は私の全てを自分のものにしようとしてくれているのだ。
心も、体も、力も、技も、『個性』も……何もかも。
そんな思考に頭の中を埋め尽くされながらも、永久は戦いつづけた。
しかし、それが『戦い』である時間は、もう、長くない。
拳を突き出しても、最早通じない。
蹴りを振りぬいても、最早通じない。
先読みしようとする。読み返される。
何かしようとする。する前に潰される。
ついには、『個性』すらも。
打ち込んだエネルギーに干渉できない。緑谷の意思の力に振り切られ……効かなくなった。
(通じなくなっていく……私の、全部が……! 全部全部、緑谷の『糧』にされてく……私の全部が、緑谷の力になっていく……!)
通じなくなるほど、緑谷は強くなっている。
通じなくなる分、自分は緑谷に捧げている。
苦戦がもたらす苦痛の中で、そんなどこか歪な……しかし本人からすれば、当然、ないしは純粋な喜びを感じながら……最後の最後まで、永久は戦い、拳を振るい続けた。
最早、何者をもとらえることのないであろう拳を。
数分後。
全て出しつくした様子で……力が入らないほどに疲弊して、永久は地面に、大の字に寝転がっていた。
呼吸は荒い、息も苦しいのだろう。ということは、スタミナの代替になる『エネルギー』も、恐らくは底をついているか……限りなくそれに近い状態。
だというのに、その顔には……いかにもやり切ったというような、満足げな笑みが浮かんでいた。
不意に、その傍らに緑谷が立った。
彼もまた汗だくになっていて……先程までのような『フルカウル』の輝きも、真剣さ一色といった瞳のきらめきも収まっている。やはり、全力同士の戦いは、彼にとっても楽なものではなかったようだ。
それでも、緑谷が立って見下ろしているこの光景は、どちらが勝者であるのかを如実に表していた。
緑谷は永久の傍にしゃがみこむと、その襟元に手をやる。
そこには、永久が張り付けた『カード』があった。
永久は……抵抗しない。もうすでに、そんな余力すら、ない。
緑谷はそれをはぎ取って持ちあげ……永久の目の前で、ぱきん、と2つに折って壊した。
これで、模擬戦のルール的にも、言い訳のしようもなく、勝敗は決した。
そうした後も、緑谷はその場から動かず、立ち上がらず……ふいに、そっと永久の頬のあたりに手をやった。
「……さっき、さ」
「……うん?」
「大事な話……後で部屋でするって言ったけど……ごめん、なんか……それまで待ってる時間がもったいない感じかも。で、ちょうど何か今、いい感じに気分乗っててさ……今いい?」
「あははっ、何それ……いーよ、いつでも。私は緑谷相手なら、24時間365日ウェルカムだよ」
「そっか。じゃあ……」
一拍。
「栄陽院さん。君の全部が欲しいです……僕のものになってください」
「はい、喜んで。私の全部……もってけ、緑谷」
それは、本当なら……夜景の見えるレストランとかで、ムードを重視して、一世一代の決心と共に告げるようなことだったのかもしれない。
厳かで静謐な雰囲気の中で、着飾った男女が、互いに思いを告げ合うのかもしれない。
しかし今の2人ときたら、模擬戦直後で汗だく、細かい傷だらけ、土埃やら何やらの汚れだらけ。しかも、互いに敵同士として戦っていて……勝敗がついた、その直後。
2人共、正装は正装でも、ヒーローコスチューム。着飾っている、の方向性が違う。
周囲は演習場で、かなり壊れて、瓦礫なんかもあちこちに。
ロマンチックさのかけらもない。ムードもへったくれもない。
それでも不思議と……全てを出しきって、己の全てを見せ切った状態でのそのやり取りは、当の2人にはしっくりくるものだったらしい。
「……っていうか、そこは永久って呼んで言ってくれるところじゃないのー、緑谷ー?」
「へぁ!? え、えーと、それはその……ごめん、何か……まだ、かも。慣れるまでその……気長に待ってくれると嬉しい……」
「ふーん……さっきは呼んでくれたくせにぃ」
「……えっ!? ……よ、呼んでた!? いつ!?」
「やっぱ無意識かい、あのへん」
そんな、最後までおしゃれとは無縁な、気の抜けるやり取りと共に。
この日、栄陽院永久は……緑谷出久のものになった。