「では午後の部を始める! 午前中にOKが出た者は、ピクシーボブのところに行って指示を仰げ! 他のものは引き続き『我ーズブートキャンプ』で基礎トレだ!」
「「「サー……イエッサー……」」」
虎の号令に、懸命に答えようとする生徒達。
しかしながら、午前中にあまりにも密度の濃い時間を過ごしたために、疲労が抜けきらずに全員フラフラの様相だ。弱音を吐こうとはしないあたり、流石のガッツである。
A組からは尾白や切島、B組からは宍田や回原など、単純な増強型、あるいは体を鍛えることで『個性』の成長につながると目される者がそこにいるが、全員足元がおぼつかないレベルだ。
しかし、虎も別にそれを押して動かせようと思ったわけではなかった。
いくら校訓が『Plus Ultra』、限界を超えると言っても、無理をし過ぎて壊れてしまっては元も子もない。既に彼らが体力的に限界であることは、ラグドールの『サーチ』による解析でわかっており……ゆえに、それに対する対処も用意してあった。
「午後の部を始める前に……お前達にプレゼントがある」
「……? プレゼント?」
不思議そうに聞き返す切島。
彼らの目の前で、虎は後ろの方に置いてあった謎の木箱(午前中はなかった)を持ちあげ、切島達の前に差し出す。
中を見ると、そこには……栄養ドリンクか何かと思しきガラス瓶が、人数分入っていた。
1人1本取り出して飲むように指示され、言われた通りそれを手に取り……ラベルを見た宍田がそれに気づいた。
「? 何ですかなコレは……『トワビタンE』?」
誰も聞いたことがないような商品名である。そもそも、ラベルには、その製品名?以外に何も表記がなく……ふたのところには、『消費期限:今日中』と書かれている。明らかに市販品ではないし……名前がどうにも気になった。
そこでふと、尾白は、クラスメイトのとある少女の『個性』を思い出し、
「……コレ、もしかして栄陽院さんの?」
尾白の脳裏によぎったのは、自分の『エネルギー』を他人に分け与える力を持つクラスメイト。そしてそれは、人に直接渡す以外にも方法があった。
もう随分前になるが、USJの時に、彼女が『エネルギー』を溶かし込んだ牛乳を、回復アイテムとして自分に持たせて渡したことがあった。飲めば力がみなぎり、疲れが吹き飛ぶ、まさしく回復アイテムと言える代物。
それに対しての虎の返答は……肯定。
「左様、栄陽院永久に『個性』の訓練がてら作ってもらったものだ。それを飲めば、失った体力はたちどころに回復する! グイッと飲み干してブートキャンプを再開するのだ!」
☆☆☆
時刻は、もうそろそろ正午、ってくらいの時間帯。
午前中の訓練……補充して、使いきって、補充して、使いきって……その繰り返しだった。
限界以上の充填と、その状態でおもり満載のそりを運び続けたおかげで、体中が痛い……筋肉痛とか、あるいはそれに類する状態だと思う。単にスタミナだけじゃ解決しない何か不調が、私の体に起きてる。
あるいはこれこそが、私の『限界突破』のために必要な過程なのかもしれないけど……どっちみち、もうこれ以上は動けそうにない……。
限界を超えて、それも我慢して動き続けて……限界の限界くらいにまでなってる。弱音とかじゃなく、ホントにもう体が動かん。
しかし、きちんとそれを察知したらしい母さんが、すぐにそこに現れた。
あれ、今度は、なぜか相澤先生も一緒だ……どうしたんだろ?
「お疲れ様、永久。うん……いい感じに限界みたいね。それじゃあ、ここからは休憩もかねて……もう1つのトレーニングメニューに移りましょうか。では先生」
「はい。お前ら、それそこ置け」
「「「ういっす……!」」」
と、声が聞こえて……よく見るとそのさらに後ろについてきていた、砂藤と口田、障子が、手に持っていた大きな木箱を、それぞれ地面に置いた。
A組でも特に大柄でパワーもある……身長で言えば、2位から4位にあたる3人だ。どうやら、荷物運び係として動員されたらしい。お疲れさん。
身長1位? 私ですが何か?
置いた瞬間の音がやけに軽かったことや、『ガチャガチャ』って硬質な音が聞こえたこと、やけにそっとおいたことからすると……割れ物でも入ってんのかな?
なんて思いながら覗き込んだら……そこにあったのは、何十本ものガラスの瓶。見た目的には、栄養ドリンクのそれっぽい大きさと形である。
ふたぎっちり閉まってるし、中身入ってるようだけど……何だこのラベル?
「『トワビタンE』……何ですかコレ? 新手のジョークグッズ?」
「お前の特訓に使う道具だ。同時に、他の連中にとっての回復アイテムだな」
母さんと先生曰く、ここから私は、さっきまでと同じように、医薬品の高カロリーゼリーでエネルギーを補充しつつ、この大量のビン……の中に詰まっている特殊な薬品に、それを溶かし込んでいく、という作業に移るそうだ。
ちょっと復習だが、私の『エネルギー』は、飲み物なんかに溶かし込むことができる。
そしてその溶かすものが、高カロリーであり、動物性たんぱく質に近い成分であるほど、大量にエネルギーを溶かすことができ、また長持ちするという特性がある。
このビンの中身は、薬品とは言いつつも、清涼飲料水の類と言っていいようなもので、成分は動物性たんぱく質などが主である。そのため、私の『エネルギー』を、市販品の牛乳やカフェオレよりも効率よく、大量に溶かすことができる。もちろん、人体には完全に無害だ。
私はまず、ゼリーを胃の限界ギリギリまでドカ食いして、その後すぐにこのビンの中のドリンク剤にエネルギーを溶かし込んでいく。
ここで重要なのは、ゼリーを消化しきってエネルギーを充填できた後に充填するのではなく……まだ消化・吸収が終わっていない時からエネルギーを充填しようとし続ける。吸収出来たら、片っ端から注ぎ込む形にする。
これによって、食べてから消化・吸収が終わって『エネルギー』に変わるまでの時間の短縮をめざす、というものだ。必要にせっつかれ、引っ張られて、体というか胃腸の機能が、素早く消化・吸収を済ませられるように強化される形にするのが狙いである。
体育祭の時、エネルギーを使いすぎて、その後の補充も間に合わず……爆豪戦でエネルギー欠乏を引き起こしてしまったことからもわかる通り、私にとっては『エネルギーを蓄えておく』ことが至上命題なのだ。
しかし、いつもそう上手くいくわけではない。それこそまさに、体育祭の時みたいに。
どうしても残量が少なくなってしまう時というのは来る。そうなった時、素早く必要なカロリーを補給することができれば、すぐに戦闘に戻ることや、味方の回復を行うこともできる。そのための特訓というわけだ。
エネルギーを切らさないように。切らしたとしても、即座に回復できるように、と。
そして、もう想像はついてると思うけども……私が修行の過程でエネルギーを充填したドリンク剤は、そのまま栄養ドリンク、ないし回復アイテムとして、今あちこちでトレーニングを続けている、A組、B組の面々の体力回復のために有効利用されるとのこと。
まあ、ただ作ってそのままじゃもったいないからね。合理的だ。
それに私がエネルギーを注いだ『回復アイテム』は、飲んだら即座に体力に変換されて回復するからな。ぶっ続けで『個性』伸ばしの訓練に取り組めるわけだ。
まあ……効率的に修行に取り組めるのはともかく、疲れても回復して即修行に戻ることになるローテーションに置かれることが、果たして当人たちにとって幸せかどうかは……人によるだろうけども……。
まあ。それはいい。私は私の修行をするだけだ。
それから私は、エネルギーの過剰充填で痛む体が回復するまでの間、誰が名付けたんだかわからない『トワビタンE』を作り続け……およそ1時間半ほどかけて、用意されたビン全てに『エネルギー』を注ぎ、回復アイテムを作り終えた。
その頃にはちょうど私の体も回復していたので、また私も午前中と同じ筋トレに戻る。
ただし、今度やるのは前までと同じ『そり引き』ではなく……
「ちわー、三河屋でーっす……」
「……栄陽院? 何してんのお前?」
「スルーかこの野郎。……栄養ドリンクの宅配だよ。ほれ、コレ飲んで頑張れ」
と、汗だくになって捕縛布の訓練をしている心操に、担いでいる箱から取り出した『トワビタンE』を2本渡す。
1本は心操に、もう1本は……そこでうずくまってお腹を押さえている青山の分だ。
確か、青山の個性の『ネビルレーザー』……1秒以上連続で射出すると腹壊すんだっけ? 麗日のそれに通ずる扱いづらさだな……使いすぎた後に起こるであろう悲劇も含めて。
「ありがと……コレ飲んで大丈夫なのか?」
「一応きちんと人体には無害だって聞いてる。私はただ『エネルギー』を溶かし込んだだけだからそれ以上は知らん……もし腹壊したら文句は相澤先生に言え」
ちょっと不安そうにしながらも、ぱきゅっ、とふたを開けてドリンクを飲み干す心操。青山も、まだちょっと苦しそうにしつつ、それに続く。
もともと小さいビンで、内容量も多くないので、すぐに全部飲んで……驚いた表情に。
「……すごいな、ホントにすぐに回復するんだな。手足の痛みなんかは取れないみたいだが」
「『疲労』には効くけど、体の大なり小なりの『損傷』には効きが悪いからな……でも多少回復が早まる効果はあるから、それで納得してくれ」
「……整腸作用☆、とかは?」
「……さー……多分ないと思う」
すまん、青山。その辺は自力でというか、『個性伸ばし』の課題だろうから、頑張ってくれ。
「しかし、心操はトレーニングしてるの『個性』じゃないんだな?」
「俺の『個性』は特殊すぎるからな……鍛えて強化できるようなものじゃない。鍛えるとすれば、それを扱う俺のスキルや発想力の方だし……そういうのはどうしても一朝一夕に鍛えられるもんじゃない。だからこの合宿では、併用して戦えるように全体の底上げをするそうだ」
「それでその布の訓練か……」
「まあ、『個性』に関しても何もしないわけじゃなく……どっちかというと座学とかメインで応用力を鍛える方向だそうだ。後は、まだできてないけど……サポートアイテムでいい感じのを作れそうだからって、雄英の方で研究してくれてるらしい。ところで栄陽院、聞いていいか?」
「? 何?」
と、体に染み渡ったエネルギーのおかげで疲れが取れ、呼吸もだいぶ落ち着いてきた心操は、汗を拭きながら……私が背中に担いでいる
「それ、ただの背負子じゃないよな? 滅茶苦茶重そうに見えるんだが……金属製か?」
「そんな生易しいもんじゃねーよ……100㎏や200㎏じゃないんだぞコレの重量……コレ使って私、午後ずっと配達のために歩き回ってんだよ」
今更になるかもだが、私は今、さっき作った『トワビタンE』……回復アイテムのドリンク剤を、あちこちでトレーニングしている同級生たちに配って歩いている。
マンダレイから『テレパス』で指示が来るのだ。次はどこそこにいる誰のところに行って、栄養ドリンク何本届けてくれ、って。
その際に使っているのが、この特別製のでかい背負子なんだが……さっきまで私が引っ張ってたそりに乗せてた『超圧縮おもり』が大量に埋め込まれている特別製である。
当然ながら、午前中と同じように『限界突破』で体を強化しないと歩くことはおろか、持ちあがりもしないので……まあ、そういうことだ。
この背負子に、作った栄養ドリンク全部と、栄養補給用のゼリーを入れて(こっちはまた定期的に飯田が補充してくれる)歩き回っている。ずっと。
……きっつい。
けどコレ、色んな人の訓練風景を見ることになるので……それが気晴らしにはなる。
熱湯に手のひらをつけて汗線を広げて爆破の威力を増す試みを続けている爆豪。
激痛や出血に耐えて個性を使い続け、上限を上げようとしている瀬呂や峰田。
走り続け……時々私にゼリーを届けてくれる飯田。燃料であるオレンジジュースの代わりにもなるので、受け取ると同時に飲み干してまた走っていった。
午前中と同じく、ギプスをつけた状態でひたすら『大拳』でサンドバッグを殴っている拳藤。
パンドラズ・アクターが用意した様々なモンスター達を相手に戦い続けている鎌切。
金属の体自体の強度を上げるために、竈に入って自分を熱している鉄哲。……赤熱して全身真っ赤だな……冷めてから飲めよ。ビン割れるぞ。
その他、虎さんのとこでブートキャンプやりつつ、適宜自分専用の訓練もやっている、切島、尾白、宍田、回原……etc。
皆、頑張ってんなあ……
そして、最後は……
「よっす、緑谷……お疲れ。今休憩中?」
「あ、栄陽院さん……お疲れ様。えっと……ウエイトトレーニングか何か?」
「まーそんなもん。あと、回復アイテムの宅配」
「宅配……あー、そういうこと」
余程ハードなトレーニングをこなしていたんだろう。木に背中を預けて座って休んでいる緑谷のところにたどり着いた。ちょうど体力を使い果たして休憩中だったようだ。
なら、タイミング的にはジャストだな。
さて、ここで普通なら、他と同じようにドリンクを渡して終わりなわけだが……
「それじゃあ、僕も貰えるかな? それ……えーと、なんて言うか……」
「あー、悪い緑谷。ちょっと緑谷の場合は事情が違ってさ……母さんから、直接『エネルギー』を渡すように言われてるんだ」
「え、そうなの? 何で?」
「理由は聞いてない。ただ、私の訓練に関わるから……とかで」
ここ来る前、またマンダレイから指示が入って、緑谷にドリンクを届けるように、その居場所と共に『テレパス』が来たんだが……その直後、母さんが直接やってきて、そう指示されたのだ。
緑谷に対してだけは、ドリンクじゃなくて、私が直接エネルギーを注げ、って。『オール・フォー・ユー』の強化に関わることだから、って。
……あの時、母さんはわざわざ『オール・フォー・ユー』という言い方を使った。ということは、やはり何か意味があってそういう指示を出したんだろう。私が『主』としている緑谷に対してだけ、そういう方法を取るように指示したってことは……そう言うことのはずだ。
理由は教えてくれなかったが、まあ、別に疑うことでもないし、不都合もない。『ゼリー』食べたからエネルギー自体はたくさん貯蓄あるし、何も問題ない。
あと、私自身もそっちの方が色々嬉しい。
と、いうわけで……
「それじゃ、失礼して」
「あ、うん……」
私は、緑谷の傍で立膝をついてしゃがみ込むと……緑谷の頭をぎゅっと胸元に引き寄せて抱きしめ……エネルギーを注ぎ込む。
必然的に、緑谷の頭部は今、私の胸を変形させてそこに埋もれる形になっている。感触もばっちり伝わってるだろう……汗のにおいもかな。ちょっと恥ずかしい。
緑谷は、ちょっと緊張してびくっと反応したようだったけど、特に抵抗もせずにそのまま抱きしめられて……エネルギーが体に満ちていき、楽になっていくのに合わせて、呼吸を整えていた。
まあ、もっとすごいことやってるからな。このくらいは……人目があるならともかく、平気ってことだろう。うん……もういいな。
十分エネルギーを注ぎこんだと判断した私は、そのまま緑谷の頭を放そうとした……その時。
―――どくん
(……う……?)
突如、私の胸の奥から……心臓の鼓動のような、しかし微妙に何か違うような……得体のしれない何かが感じられた。え、何だ今の?
この感触……前にも覚えが……そう、たしか……
「……えっと、栄陽院さん?」
「え? あ、ああごめん緑谷、ボーっとしてた。ほら、終わったよ」
「あ、うん、ありがと……」
そう誤魔化しつつ、記憶の糸を手繰り寄せる……あ、思い出した。
そうだ。入学当初、まだよく知らないうちに……緑谷を見ることに感じてたアレに似てるんだ。
入試の会場で、初めて緑谷を見た時。
『個性把握テスト』で、緑谷がボールを投げて大記録を出して見せた時。
戦闘訓練の場で、限られた手札で緑谷が爆豪と戦い、勝ちをもぎ取った時。
それらの時に感じた、私の中における『オール・フォー・ユー』の胎動……それと同じ何かが、私の中で起ころうとしている……?
『主』も定まって、身も心も捧げた今になって、一体なぜ……いや、あるいは……
(今だからこそ、か……?)