Side.緑谷出久
合宿も今日で3日目。
昨日と同様、各自の『個性』に見合った『個性伸ばし』の訓練を続ける僕らヒーロー科、及び編入有力コンビの2人。
ガッツリ食べて、ぐっすり寝て、皆元気いっぱいで朝を迎えることができたからだろう、進捗はすこぶる順調である……と、思う。少なくとも、僕の見える範囲では。
かっちゃんはどんどん爆発の威力や、瞬間的に発揮できる火力を上げてるし……飯田君も加速力やスタミナが徐々に伸びてきている。
切島君は防御力が、砂藤くんや上鳴君は『個性』の許容量が伸びていっている。尾白君や梅雨ちゃんも、『個性』由来の器官……尻尾や足、ベロを使った動きが洗練されてきている。
なるほど……ホントに『使えば使うほど鍛えられる』ってわけなんだな……
そんな皆に比べて僕は……そこまで劇的な変化は起こっていないので、ちょっとこのままでいいのかな……なんて焦ったりしているんだけど、地道な積み重ねが力になる、っていうのもまた事実。『デウス・ロ・ウルト』で、それを僕は痛感している。
「と、いうより……まさにその『デウス・ロ・ウルト』があるからこそ、君の能力の伸びは緩やかになっているんですけどね?」
と、僕の手足に新しい『ハードラバースーツ』を装着させながら、ラバーエンプレスは言う。
う……また一層動きづらくなってるな。力と動き、両方に気を配って……しかし、意識しすぎないようにして……効率的に体を動かなさないと。
しかし、今、先生が言ってたことって……?
「? どういう意味ですか、今の?」
「言葉通りですよ。緑谷君と永久ちゃんは、大なり小なり、『デウス・ロ・ウルト』で、夏休み以前から『個性』を強化してきましたからね。未熟なところから目に見えて強化されるなんていう段階は、とっくの昔に通り過ぎてます。今は徐々に、少しずつ、確実に積み重ねていく段階です」
なるほど……最初に相澤先生が言ってたみたいに、僕らのほとんどは『個性そのものは大して成長していない』……だからこそ、効率的に訓練を積み始めれば、最初のうちは、目に見えるスピードで成果が現れる例も多い。さっき上げた人達みたいに。
でも、僕や栄陽院さんはそのへんのステージはとっくに通り過ぎてるから、実感しづらいと。
「もっとも、まだ全く、あるいはほとんど手を付けていない『強化方針』があって、そっちに進むことができればまた違ってくるんでしょうけどね。永久ちゃんみたいに」
「栄陽院さん? たしか……消化吸収のスピードを上げてるんでしたっけ?」
「普段、実技方面の能力を鍛えることに比重を置いてると、どうしてもそういう点の強化には手が回りませんからね。それに対して、緑谷君のトレーニングはひたすら反復・ひたすら経験だから、似たような感じになっちゃって、成長が緩やかになるのは仕方ないかもしれません」
シンプルで、鍛え方が自然と定まってきてるからこそ、か。
僕の『ハードラバースーツ』を仕立て上げた後、ラバー先生はまた別な生徒のところへ行き……僕は、パンドラズ・アクターから指示されたメニューをこなし続ける。
その時々でメニューは違う。パンドラズ・アクターが出したモンスターとのスパーリングの時もあれば、飯田君や梅雨ちゃんみたいに、アスレチック的な地形と走ったり跳び回る時もある。
単純な『身体能力』ってのは、シンプルなだけに、使い方や発想次第でいくらでも応用が利くようになるから、色々なやり方になるのは道理でもあるか……この合宿は、ただ単純に戦闘能力を伸ばすだけじゃなく、『個性』そのものを、ひいてはそれによってできること自体を伸ばす、あるいは増やすことが目的だからな。
なら、もっともっと頑張らないと……って思ってる傍から、体力がもうそろそろつきそうになってフラッと来て……
―――ぽふっ
「よいしょっと。いいタイミングだったみたいだな、緑谷」
「わっ!? え、栄陽院さんか……びっくりした」
その瞬間、いつの間にか来ていた栄陽院さんに抱き留められて……すぐさま『エネルギー』を注がれて、体力が回復していく。
抱きしめられている間の感触がまた……うん、その……癒されるし。
少し前までの僕なら、赤くなってドキドキして、休憩どころじゃなかったんだろうけど、今の僕は、むしろ感触やら何やらを堪能しながら、リラックスしてこの時間を過ごせる。
それこそ、彼女とならこれ以上の…………ん?
「…………あれ? 栄陽院さん……なんか、このエネルギー……いつもと違う?」
「え? 違う、って……いや、別に何も違うとこなんかないけど……普通に、いつもと同じ感じに、同じ『エネルギー』を注いでるだけなんだが……何か変だったか?」
と、きょとんとして言ってくる栄陽院さんだけど……あれ、なら僕の気のせいかな?
なんか、今こうして注いでもらってる『エネルギー』は……体力が回復するのとかは同じように感じてるんだけど……昨日と、ちょっと違う気がするんだけど。
上手く言えないけど、昨日よりもよくなじむというか……違和感なくすっと受け入れられるというか……
もともと栄陽院さんの『エネルギー』は、その即効性は無類といっていいものがある。手渡しにせよ『回復アイテム』経由にせよ、摂取した端から体力を回復させるから。
今感じてるのもそれに違いはないんだけど……昨日までよりも、より僕の体に合っているというか、すごく思い通りに動かせそうな……
違和感がない……いやむしろ、馴染みすぎて違和感がある……だめだ、ホントに何ていったらいいか分かんない。
自分の貧弱な語彙力を恨めしんでいると、今度は栄陽院さんがふと思いついたように、
「……ひょっとして緑谷、注がれたエネルギーを認識しやすいとか、思った通りに扱いやすい、みたいな感じになってる?」
それを聞いてはっとした。
それだ、まさにそんな感じだ!
注ぎ込まれたエネルギーが即座に体力その他の回復につながって、僕のものになるのは今までと同じ。けどその後、より長く、より細かくその存在を、流動を感じ取れる。
十分に体力が回復したところで、栄陽院さんから放してもらった僕は、試しにその状態で『フルカウル』を発動させてみて……より正確に今の状態を把握できた。
今なら、上手いこと言葉にできる気がする。
僕の体に注がれ、僕のものになった『エネルギー』……それが、どこにどれだけの量流れているかがわかりやすい。それだけじゃなく、自在に位置・量その他を変えられる気がする。
僕の今の『ワン・フォー・オール』の許容上限は、おおよそ30~35%だ。このくらいなら、常に全身に、安定して無理なく力を張り巡らすことができる。
少し前までもうちょっと少なかったんだけど……栄陽院さんを『僕のもの』にして、自分に自信がついた分、なのかな。現金なもんだけど……そういう成長って、フィクションじゃなく現実にもあるものなんだな。
ただ、『ワーキングホリデー』での経験上、たいていの『敵』を相手取るのには、ここまでの強化を常時やっている必要はない。もっと少なく……15~20%程度で十分足りる。
相手を制圧できるだけの身体能力や、障害物を排除する破壊力はもちろん、20%力を発揮できれば、遠距離技である『エアフォース』も使えるし、ごく短時間なら『黒鞭』も使える。
そして、今のこの感覚なら、その辺の調整が……
「……右腕30%、左腕25%、両足20%……!」
自分の中にエネルギーが流れているのを、そしてその流れている量を各部で変えるようにイメージ……口にした言葉通りに、部位ごとの強化度合いを変える。
右腕に最も力強く……左腕はそれより少し力を抜いて、両足は更に少なく……余裕をもって。
……そこから……
「右腕15%、左腕20%、両足35%……!」
イメージと共に強化度合いを変更……やっぱり!
いつもよりイメージしやすいし、素早く力の込め具合を変えられた! 前よりもずっとスムーズに、力を流動させられる!
きちんと狙った通りに力が変わっている証拠に……今の状態で、両手で『エアフォース』を放ってみる。
15%しか強化していない右腕では、風圧は出るものの、すぐに拡散してしまって、近距離に暴風ないし衝撃波を起こすのがせいぜいだ。
対して、20%強化している左腕からは、結構な距離まで届く衝撃波が出た。
もっとも、どちらも発目さん考案のグローブをつけないで撃ってるから、その状態より収束や飛距離は甘いけど……
さらにその後、体の各部でそれぞれ違った強化度合いで『ワン・フォー・オール』を発動し、気のせいでも何でもなく、その切り替え・流動が素早くできるようになっていること、わかりやすく認識できていることを確認した。
彼女に……栄陽院さんにエネルギーを注いでもらってからだ。それが目印になるみたいに、自分の体の『力』をより自在に動かせるようになってる。
いや、この感じなら……慣れていけば、僕自身の力を同じようにきちんと認識できて、素早く動かせるようになるかも……何回か練習は必要だろうから、都度、栄陽院さんに協力してもらう必要はあるかもだけど。
そう話したら……いやまあ、彼女のことだ、返事なんて決まってたな。
「任せなって緑谷、いつでも好きなだけ、喜んで練習付き合うからさ!」
にかっ、と笑う栄陽院さん。
彼女の協力があれば、このエネルギー把握と操作の能力を完全にものにできる。そうすれば……僕はもっと強くなれる。
……けど、何でいきなりこんな風に、彼女の『エネルギー』を介して、自分の力を正確に認識したり、操作できるようになったんだろう? 今まではそんなことなかったのに。
彼女の『個性伸ばし』の影響かな? 『個性』が成長したおかげで、今までできなかったことができるようになったとか、今までとは違う使い方ができるようになったとか……
……それとも……
(『個性伸ばし』とはまた別な部分で、彼女の『個性』に異変が起きてる……とか?)
彼女が今やってる訓練は、『強化上限の底上げ』と『消化吸収のスピードアップ』の2つだ。どちらも、今回の異変につながりそうなものじゃない……
加えて、まるで僕のサポートをするのに都合よく設定されたかのような、今回のこの能力……
そして、これは関係あるかどうかわからないというか、そもそも思い付きのようなものだけど……昨日の夜の、あの夢。
栄陽院さんの力が……というより、まるで栄陽院さん自身が僕の力になって、さらに大きな力を手にするかのような、あの……力強く、頼もしく……けど、どこか不吉な夢。
これら全ては……無関係なことか? 一度に起こったのは……偶然か?
……偶然、と考えるのは苦しいのかもな……何せ、ナイトアイの話の通りなら、僕の『ワン・フォー・オール』と、栄陽院さんの『オール・フォー・ユー』は、原点を同じくする力だ。
かつて『奉生一族』に発現したという、まだ名もなき『力をストックする』個性。そこから派生して誕生し、異なる形で育てられてきた2つの力。
以前の夢の中で、初代は『2つに分かれた道が、1つに戻ろうとしている』という趣旨のことを言っていた……。
それが、僕と栄陽院さんの力が合わさって、巨悪を倒す力になる……という意味ならいい。何も問題ないし、そうであってほしい。
けど、昨日見たあの夢はまるで……栄陽院さん自身が僕の『力』になるような暗喩に思えた気がして……少し、怖い。
どうしてか、たかが夢、と切って捨てられない。
もしかしたらこの異変は、それに関係があるものなんじゃないか……だとしたらもしかして、栄陽院さんの力は……
(僕のために……あるいは、僕の成長や、必要に合わせて……形を変えている、みたいな……?)
午前中の訓練は、その栄陽院さんの『エネルギー』により、思っていたよりもずっと進んだ感覚を手にすることができた。
その代わりに、色々と気になることもできてしまったけど……そのうち、解決しようと思う。
……それに……前々から思ってたんだけど、僕、彼女に対して……このままでいいのかな?
『ご主人様』云々のことじゃない。
僕の『個性』……オールマイトから受け継いだ『ワン・フォー・オール』のことについてだ。
このことについて、彼女に秘密にしておいたままでいいのかな……って、最近、思う。
もちろん、入学直後にオールマイトにきつく言われたことは、今もきちんと覚えてる。
この『個性』の存在はトップシークレット。気軽に誰かに話していいものじゃない。
理由は大きく2つ。
1つは、オールマイトという『平和の象徴』が、ナチュラルボーンヒーローであるという世間の常識に触れてしまう、その認識を揺るがしてしまう事柄であるから、その露見を防ぐため。
そしてもう1つ。この『個性』の存在を知る者を、強大な悪との戦いに巻き込んでしまうことを防ぐためだ。
『ワン・フォー・オール』の継承者は、いずれ巨悪と戦う宿命を負う。その時、この力の秘密を知り、積極的に関わってきた者は、その戦いに、何らかの形で巻き込まれてしまうかもしれず……現にオールマイトは、それを防ぐために、親友であるデヴィッド博士や、教師としての同僚である相澤先生達にも内緒にしていた。
この『個性』について知っているのは……根津校長、リカバリーガール、グラントリノ、警察の塚内さん、サー・ナイトアイ、そして僕と……この間話した、デヴィッド博士だけだ。
少なくとも、僕が知っている限りは、だけど。
情報流出の懸念を少しでも減らすため、この秘密は誰にも話してはいけない。
……その考え方からすれば、栄陽院さんにも……例え、彼女が僕を『ご主人様』として一生ついてきてくれる意思を持っていても、どれだけ彼女にお世話になっている立場だとしても……話すわけにはいかない。
けど……何だか最近、『個性』関連でも彼女にとって、僕の『ワン・フォー・オール』の成長が……他人事じゃなくなってるような気がするんだよなあ。
変な夢はともかく――いや、アレも気になるけど――彼女の個性、その性質が、僕に都合のいい形に変わっている気がする。午前中のあの一件で、彼女に注がれたエネルギーは、より僕が『ワン・フォー・オール』を使いこなすためのきっかけになったわけだし。
もっとも、もちろん、その場限りの正真正銘の偶然だってことも考えられるけど……そうじゃない気がするんだよなあ……。
まあ、そのあたりは……この合宿が終わった後、オールマイトやサー・ナイトアイに改めて相談しよう。
どう結論付けるにせよ、放置していていい問題じゃないことは確かだし……この合宿期間中に、さらに何か異変があれば……それも検討する材料になるだろうから。
もちろん、それが僕の力になってくれるようなものであり、いつか『巨悪』に立ち向かう力になってくれるのであれば……それは、喜ばしい。
けど、もしも……そこに何か……上手く言えないけど、許容しきれないような代償、あるいは犠牲がついてくるようなら……僕は……