『フルカウル』
それが、緑谷が考えた新しい技の名前らしい。
技って言うか、ただ単に今まで体の一部分で、しかも瞬間的にしか発揮できなかった『個性』の力を、全身で使えるようにしたってだけではあるけど……今迄から考えれば雲泥の差なのは確かだ。
現に、『フルカウル』を使うようになってから、緑谷の動きは格段に良くなった。
感覚としては、まだ1~2%程度しか性能を出せていないとのことだったけど、それでも身体能力は爆発的に上がっている。
入学式の日に(入学式をバックレて)やった、個性把握テスト。同じ内容を『フルカウル』状態でやって記録を再度測ってみたんだけど……上位入りは間違いない記録が出たからなあ。
身体能力が関係ない長座体前屈と、テストの時に指ぶっ壊して大記録を出したソフトボール投げ以外は全部記録更新。そのソフトボール投げも、数字こそ下がったが、総合的な成績としては、クラスでも上位に食い込めるレベルにまで一気に上がった。
まだまだできたばかりの発展途上でコレは……正直、予想以上だな……。
これなら、嬉しくなって技名とかつけちゃうのも仕方ないってものか。
動けるようになったのが嬉しいのか、緑谷は演習場を縦横無尽に飛び回ってはしゃいでる。すごいいい笑顔で。かわいい。
しかし、ちょいちょいずっこけて顔面から壁に突っ込んだり、ダイナミックにしりもちをついたり、顔面から床に突っ込んだりしてしまっていた。
まだ制御が甘い証拠だな。これから安定して使い物になるように、そして徐々に出力を上げていけるように、訓練を重ねないと。
「それはわかるんだけど……わざわざ訓練方法を寝技にする意味ってあるの?」
「こっちの方が、意識してどこにどのくらい力を籠めるかってのを調整しやすいからな」
床に突っ伏して足を曲げ、伸ばせないようにされている緑谷。
それを、上から覆いかぶさる形で押さえている私。
例によって、的確な部位に的確な力を、的確な順序で発揮させることができれば簡単に解除することができるので、緑谷がそれを探って実践するの待ちだ。なお、間違った力のかけ方をすると、逆に関節とかに負担がかかって痛い。
こんな感じの訓練を、今日はもう何回も繰り返しているが、流石に慣れて来たのか、緑谷も素早くクリアすることができるようになってきている。
まず足首、次に膝……つま先を支点にしてぐいっと背中と腰を押し上げる。そのまま腹筋と背筋で姿勢を起こし、僅かに隙間ができたところで腕も振りほどく……よし、達成と。
「お疲れさん。だんだん早くなってるなー、緑谷。覚えいいじゃん」
「ははは、ありがと……栄陽院さんの教え方が上手いおかげだよ。実際に力を入れる所まで試させてくれるし、本当に助かってる。ただまあ、出来れば寝技以外の方法もとってくれたらな~……って思わなくもないけど……」
「……そんなに嫌か?」
「い、いやその、嫌ってわけじゃないけど……その、やっぱり、は、恥ずかしいっていうか……」
「………………」
――むぎゅ
「ふぉあ!? ええええええ栄陽院さん!? な、何でだだだだだ抱きしめっ……!」
「いや、なんかかわいいなーと思って、思わず」
「かわっ!?」
「親戚の小学校中学年くらいの子が生意気にも異性を意識し始めて、去年まで普通に抱っことかしてたくせにちょっと素っ気なくし始めたのをほうふつとさせる微笑ましさ」
「一応同い年ですけど!?」
や、わかってるんだけどさ……サイズ的にもちょうどいいっていうかね? 絶妙に抱き心地いいし……いやもちろん、きちんと効率を重視した結果として私は人間ギプス役やってるんだけど。
「それに、私自身こうして鍛えて、細かい制御も覚えたから、地味だけど確実に成長見込めるってわかってる方法だし……変な話、愛着というか思い入れもあるんだよ」
「へえ……栄陽院さんも、誰かにこうしてもらって、寝技で覚えたの?」
「いや、私の時は普通にそれ用のギプス使った。けど今持ってないから人力で代用してるだけ」
「あ、そうなの……」
あ、ちなみに緑谷はもう解放してます。
その上で、訓練終了後の柔軟をきっちりやりながら、そんな会話を交わしているところ。まだ顔がちょっと赤いけど、持ち前のストイックさゆえだろうか、筋肉や関節各部のケアは、教えた通りにきちんとやっている。
そんな緑谷に、そろそろ恒例になりつつあるカフェオレ(エネルギーin)を渡し、
「しばらくはこんな感じで、強化状態での体の動かし方を覚えていこうか。なまじいきなり力が出るようになった分、頭での認識と現実の運動能力の違いが事故につながったりするから、地味なのはわかるけど疎かにできない部分だよ。コレ、経験者は語るって奴ね」
「ってことは……栄陽院さんも制御に失敗して怪我したことあるの?」
「んー。流石に緑谷みたく骨バッキバキってのはなかったけど、勢いつきすぎてパンチと同時に肘と肩脱臼しちゃったことはあった。ただのパンチがそのせいでリーチ伸びてロケットパンチみたいになっちゃってさ、あっはっは」
「は、ははは……面白そうに話してるけど、すごく痛いよねそれ?」
うん。脱臼って人にもよるけどめっちゃ痛いからね実は。
「うまく体が扱えないうちから下手に実践訓練とかすると、そうやって体壊したり変な癖がつくから、基本は大事だって繰り返し教えられたっけ……体ができてることと、戦えること、あと『個性』を使いこなせること、この3つは全部、関係はあれど基本別物に考えるべき。以上、おわかり?」
「う、うん、ありがとう! すごくためになると……やっぱり、栄陽院さんに頼んでよかった!」
「……本当なら、あんたがお世話になってるっていうその人が真っ先に教えるべきことなんだけどね、これも」
「………………」
何とも言えない気分になったまま、その日の訓練は終わった。
☆☆☆
そんな感じでちょいちょいテンポ崩したり、これまでの緑谷の訓練方法にツッコミどころを発見したりするものの、訓練自体は順調に進んでいます。
今のところは、ほぼ一方的に私が緑谷の面倒を見てるような感じだけど、まあそれは仕方ない。
私は私で自主トレはちゃんとしてるから問題はないし、緑谷が順調に育ってくれれば、徐々に私の訓練の相手として、組手とか色々することもできるだろうし。その時に恩というか、かけた分の手間は返してもらうってことで。
楽しみだなあ……緑谷、あとどのくらいで、どこまで強くなるかなあ。
そう考えると、頼りない私の表情筋はいとも簡単に緩んで笑顔を作ってしまい……その様子を横で見ていた砂藤と瀬呂に見られた。
「お、何だ栄陽院、お前そんな風に笑って」
「何だ、腹減ってたのか? そんなに昼飯楽しみだったのかよ」
「うん? いや、そういうわけじゃ……なー……いわけでもなくもなくない」
「いやどっちだよ」
びしっ、と『なんでやねん』的なジェスチャーと共に言う瀬呂。
ちなみに、本物の関西人(だと思う)である麗日は学食派なのでここにはいない。今は昼休みであり、同時に我々生徒たちにとっては待ちわびた昼食の時間である。
瀬呂もいつもは学食派らしいんだが、時々こうして教室に残って、私や砂藤など弁当派の面々と一緒に食べることもある。
理由というかそのきっかけは、偶然学食に行くのが遅くなった日に、私達の昼食シーンに遭遇したことだった……と思う。
実際、今日も何やら期待するような目でこっちを見てるし。
「それで? 今日はどんなの作ってきたんだよ栄陽院?」
「瀬呂、何そんな期待するような目で見て……自分のあるんだからたかるのやめなよ」
「いやいやいや、たかるってそんな人聞き悪い……ただのホラ、ほほえましい弁当交換じゃん。女子高生とか教室でよくやるアレだって、何もおかしなことないって」
「お前ちょっと自分の性別言ってみ」
「けどよ栄陽院、たかり云々は別にしても……お前の昼飯、っていうか弁当に注目すんなってのは無理だろ。見た目からして」
そんな風に言う砂藤の見ている前で、私は鞄から弁当箱を取り出し……机に置く。
―――ドスン。
弁当箱らしからぬ音と共に。
たった今、私の学習机の面積の半分近くを占領して置かれたのは、黒塗りのお重タイプの弁当箱(5段重ね)である。運動会とかのイベントの時に主に活躍する、家族全員で食べる前提のサイズのアレだ。
ちなみに、それが入っていた私のカバンは登山用リュックである。教科書とかいれても余裕ある容量だし、手も自由になるので、長年のお気に入りだ。
で、その弁当箱をさらに段ごと分割して展開する。あっという間に私の机だけでは足りなくなったので、周りの机……尾白や砂藤、あとここにはいないけど飯田のも(許可は取ってある)合体させてそこに広げる。
必然、机を貸してもらってる砂藤とかとは一緒に食べることになるわけで……それがきっかけで仲良くなった感じである。
特に砂藤は、自分も弁当を自ら作って持参することも多いお弁当男子なので。人は見かけによらないもんだ(失礼)。
そして、机を一部貸してもらってる面々には、迷惑料として私の弁当をちょっとつまんでもいい権利をプレゼントしている。自分で言うのもなんだが、割と好評である。
ちなみに瀬呂は特にそのへん関係ないのだが、一回私の弁当風景を見てからは時々交ざりに来る。
いやまあ、いいんだけどね? みんなでワイワイ食べるのとか嫌いじゃないし。ちょっとわけるくらいなら全然……ただ、あんまり行き過ぎたたかりとかには断固として対処するけども。
この日の弁当タイムには、砂藤と尾白に加え、飛び入り参加で瀬呂と葉隠、それに八百万が参加している。後ろの2人は初だな。
「わー、すっごーい永久ちゃんのお弁当! 今日も豪華ー!」
「豪華……というよりは、豪快、って感じだな。メニューも何かこう、がっつりしたものが多いし」
「あ、それは確かに言えてるな……とりあえず好物全部突っ込んだ感じに見える」
「和洋中全部入ってるな……いやでも、どっちにしろめっちゃ美味そう」
ちなみに今日の弁当の中身は、主食のおにぎりに加え、弁当定番のオムレツやハンバーグ、鶏のから揚げ、牛肉のしぐれ煮、きんぴらごぼうに海藻サラダ、餃子、シュウマイ、小籠包などなど。
うん、瀬呂のツッコミに反論できん。実際に適当に今日食べたいもん作って突っ込んだし、冷凍食品そのまま突っ込んだ横着メニューも多い。
「確かに美味しそう……ですが、少々栄養バランスに難がありませんか? 野菜が少ない気が……お肉ばかりでお魚も食べた方がよろしいかと。味付けも濃そうですわね……」
「いーじゃん八百万、こういう味が濃くてカロリーも高い料理好きなんですー私は。あと野菜は多分足りてるから、絶対量的には」
「……確かに、野菜も量はあるんだよな……全体の量が多すぎてバランスは壊滅的だけど」
「お重の1段全部ハンバーグってすごい光景だねー……わんぱく男子の夢ではあるかもだけど。……って、アレ? 形が微妙に違うのが混じってる気が……」
「お、よく気付いたね葉隠。ここからこっち側はスコッチエッグなんだ」
「10個くらいあんだけど……卵1パック丸々1食分の弁当に使うってすげーな。でも美味そうだから1個貰っていいか?」
「いいよいいよ、持ってって。いっぱいあるから。あ、瀬呂、その漬物美味しそうだね? 自家製? 貰っていい?」
「おう、いいぜ。じゃ俺、さっきからから揚げが気になってるから貰うわ。見た目からして柔らかくて美味そうだってわかるもんな」
「じゃあ俺は……小籠包もらっていい?」
「いいよー尾白。あ、砂藤、スコッチエッグ食べるなら端の方にソースあるからお好みでどーぞ」
「餃子が美味しそう……でも、午後も授業あるのにニンニクの匂いが出てしまうのは乙女としてちょっと気になる……」
「あ、葉隠。この餃子弁当用のニンニク抜きの奴だから匂いの心配はいらないよ?」
「よっしゃいただく!」
「で、では私は牛肉のしぐれ煮をよろしいでしょうか。実は先程から気になっていまして……」
そんな感じで、時に軽口を交えつつ楽しい弁当タイムを過ごす。いいなー、こういう時間。
美味しい食事は偉大だ、あっという間に人と人を仲良くさせる。
私の場合、弁当の見た目とそれを完食する私自身のインパクトもあったかもしれないけど、それがきっかけに打ち解けていけたのは確かなわけだし。入学してまだ数日だってのに、こうしてクラスの男女が交ざって仲良くお弁当トークできるくらいに仲良くなってるんだから何も問題ない。
まあ私の場合、まだ確かに私の中に残っている『前世:男』の価値観が、男の子相手のトークをしやすくしているってのもあるのかもしれないけども。
小学校とか中学校の時からそうだったからな。女の子ならちょっとついていけない、あまり興味を持たないどころか話題にもしたがらないような事柄でも、私は男子に交じって熱く語ることができたから、私の交友関係の起点は女子よりも男子だった気がする。
女の子がテディベアや着せ替え人形、可愛いデコレーション小物の話をしている傍で、変身ヒーローやカードゲームの話題に花を咲かせたり……男子に交じってサッカーや野球、バスケとかしてたこともあったっけな。
地元であったカードゲームの大会で優勝した時は、
しかもその時使ったのが、かわいい女の子系のモンスターで固めたお色気デッキだったっけ……あんなんでよく勝てたもんだ。あの時の私はやんちゃだった……。
まあ、年齢を重ねるうちに徐々に女子の価値観とかもわかるようになってきたから、中学も半ばになるくらいには、どっちにも適応可能なハイスペック(?)ボーイッシュ女子が完成してた。
代わりにその頃には、体型はボーイッシュとは言えなくなってたから、否応なしに女子扱いする男子が大半になっちゃったけど。ちょっと寂しかったな。
私はもう、今世の性別は『女』だと割り切ってはいるし、人格も女だと思う。
が、心のどこかに『男』が残っているのも確かだ。
私は、中学時代に何度か男子に告白されたことがあるが、それらは全部断ってきた。
好みじゃないとか、恋愛する気になれないとかじゃなくて……単純に、男を『異性』として見ることができなかったからだ。恋愛の対象として、心躍る青春時代を過ごす相手として、どうしてもイメージできなかった。
かといって女子相手だったらそういう気になるのかって言うと、それも微妙なんだよなあ……体に価値観が引っ張られてる部分も確かにあるから。
女子を見て可愛いと思ったことは何度もあるし、心の中に残る『男』の部分が反応したりすることもなくはない。女子更衣室とか女子トイレを使う時に、緊張しなくなり、罪悪感も覚えなくなるまで随分かかったもんだ。が、それでもやはり恋愛の対象にはならない。
じゃあ結局私はどうしたいんだ、っていう話になるわけで。
男も女も異性として見れないなら、私は将来どういう道を行くのか。生涯独身のまま人生を終えるのか、なんて言う風に何度も考えたが、答えは出なかった。
その答えは、今も出ていない。
尾白や砂藤、瀬呂を、一緒にバカ話をしていて楽しい男友達として見ることができる。
葉隠や八百万を、女子特有のスキンシップもありのおしゃべり友達として見ることができる。
それは友達という関係だからだ、と言えばそれまでだけど……結局私は、中途半端に男と女の価値観がまじりあった感覚を根付かせてしまったような気もしてならない。
男子に対して親しみやすい性格である一方、危機意識みたいなものが希薄で、平気で薄着になったりするから無防備で不用心だ、って何度も女子に注意されたことがある。
男性のようでもあり、女性のようでもあり……しかし結局そのどちらとも言えない。
長らくそんな感じで、なあなあにしてきた私に……しかし今、確かに一石が投じられようとしている。この所毎日のように、放課後に一緒にいる少年によって。
…………ふふふ。
「おい、また何ニヤニヤ笑ってんだよお前。そんなに美味かったか瀬呂の漬物」
「あ、いやそういうんじゃなくて。ごめん、ただの思いだし笑い」
「むむっ、その思いだしたものとは一体……先程の幸せそうな顔からしてズバリ、それは男の子だね永久ちゃん! アオハルだね!」
「ええっ、そ、そうなのですか?」
……葉隠、鋭いのかあてずっぽうなのか、はたまた適当に言っただけなのか……
「そういうんじゃないって、今の所その手の話は影も形もないし……ていうかこのたった数日だけの付き合いでもわかり始めて来たけど、葉隠ってそういう話題好きだね」
「そりゃもう! 花の女子高生ですからコイバナは大好物ですともー! ねーホントにそういう話ないの? 割とさっきのにやけ顔はホントにビビッと来たんだけど」
「コイバナレーダーの感度調整し直しな。目下私の恋人は家にある特大フライパン(焦げ付き防止加工)とそれで作る料理だよ」
「栄陽院お前……男の俺が言うのもなんだけどよ、それ女子としてどうなんだ? よくOLとかが『仕事が恋人』とか言ってるのと同じくらい哀しいだろ」
「そうだよ永久ちゃん。一度しかない高校生活だよ! レモン味の甘酸っぱい青春時代を送ろうよ!」
「私の青春はデミグラスソース味なんだよ」
「こんな『色気より食い気』を地で行く女子初めて見たぜ……」
……こんなこと話してたらそりゃ女子扱いされづらいわな。