TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第125話 緑谷VSマスキュラー

 

「すっげぇなおい、お前! 肉弾戦でここまで食らいつかれたの初めてだぜ! そんなひょろいナリでよくこんだけやれるじゃねえか!」

 

「……げっほ……っ!」

 

 緑谷とマスキュラーとの戦い。

 それほど長い時間になっているわけではないその戦いだが、攻撃の一発一発が一撃必殺級の威力をもって襲い掛かるマスキュラーの相手は、緑谷にはかなりの緊張感を感じさせており、わずか数分の戦いが、数十分か数時間かとも思えるような疲労をのしかからせていた。

 

 肉体的な疲労はまだまだ問題ないが、精神的なそれはバカにできない。

 

 もう何度も経験していることとはいえ、こちらを殺す気で来る『敵』というのは、対峙するだけで相応に精神に負担がかかる相手だ。それが、そこらのチンピラなど問題ではない戦闘能力を持っているならなおのこと。

 

 以前に『死穢八斉会』の乱破と戦った時と同様、回避主体のインファイトで攻めようとした緑谷だったが、早々にヒットアンドアウェイに切り替えた。

 

 速さこそあったが、攻撃をよければこちらの攻撃を届かせられるあの時と違い、マスキュラーの攻撃は、筋肉を『増強』することで攻撃範囲まで広がる上、多少の被弾をものともしないレベルのタフネスも同時に発揮される。

 

 単純な攻撃力・防御力においては上を行かれている。素早さとテクニックでどうにかしのいでいるが、こちらからの攻撃が中々痛打にならない。

 攻撃個所に筋繊維を出現させて強化することで防御力を上げられてしまい、衝撃が届かないからだ。それをさせないくらいに速さを重視した拳なら当たらないこともないが、それだとどのみち威力が足りない。

 かといって威力を上げようとすれば、今度はこちらのスピードが殺されて……そのわずかな差で、また筋肉による防御壁を形作られてしまう。

 

 単純、ゆえに攻略困難。

 

 しかも先程、『ここから本気で行く』と言って……何やら左目をえぐり出し(どうやら義眼だったらしい)、ポケットから出した別な目と入れ替えた。

 そうなってからさらに攻撃が強烈かつ苛烈になり、直撃こそしていないものの、何発か掠ったり余波を食らって、緑谷は負傷していた。現状はやや劣勢だ。

 

(100%の力……それをぶつけられれば多分、筋肉の防御も抜けるかもしれない。でも絶対じゃない……やってしまえばその後の結果に関わらず、僕はもう戦えなくなる……いよいよとなったらやるしかないだろうけど、今は、継戦能力を捨ててまで攻めるわけには……そうなると……)

 

 もしこれが、永久や洸汰ら、守るべき無力な者がそばにいて、一刻も早く倒さなければならない、余裕がない、という場面であれば、迷うことなく100%を使っていたかもしれない。

 

 しかし緑谷の心には同時に、『後に続かないようでは半人前』という、散々相澤から聞かされてきた自分への反省点が残っている。

 

 それに加えて、この合宿を襲撃してきた敵は『複数いる可能性がある』とマンダレイの『テレパス』で言っていた。ならばこの男を退けた後、第2第3の戦闘が起こらないとも限らない。

 『決して戦闘せず撤退を』とも言っていたが、そう上手くいってくれるかなど怪しいものだ。敵はこっちの都合も何も知ったことではなく、ただただ殺しに来るのだろうから。

 

 そしてもう1つ……この後動けなくなったら困る理由として……

 

(伝えなきゃいけない……誰かに……できれば、先生かマンダレイに、こいつらの目的を!)

 

 先程マスキュラーが漏らした言葉が、緑谷の脳裏にはしみついていた。

 

『爆豪って奴、どこにいるよ?』

『お前とさっきの女、そういや、死柄木の『殺すリスト』に名前があったな……』

 

(僕と栄陽院さん、それにかっちゃん……生徒が殺害対象ってことか!? それが狙い……少なくとも、その1つ……この3人だけなのか、それとも他にも? 3人の共通点……体育祭上位入賞者? それとも保須市の一件の関係者? だとしたら轟君や飯田君も……何にせよ……)

 

 一部分だけしか聞いていない緑谷は知る由もないが、実際には彼らへの指示は、緑谷や永久については殺害であるが、爆豪に関しては誘拐及び勧誘……である。どちらにせよ見過ごしていい事態ではないが。

 

 一刻も早くこの闘いを離脱、あるいはこの男を撃破し、このことを伝えなくてはいけない。しかし、背を向けて無事に逃げられるような相手ではない。

 それでいて、力押しで勝つのは難しい。後のことを考えれば、なおのこと。

 

 それなら、と、緑谷は……違う手に打って出る。

 

「……ふぅ……」

 

「……ん……?」

 

 不思議がるマスキュラーの目の前で、緑谷の全身を覆っていたスパークが徐々に弱まり、消えていく。そのまま、線香花火くらいの大きさしかなくなってしまった。

 完全に消えることはないようだが、感じられる力強さがほとんどなくなってしまっている。

 

 いぶかしむような視線をしばし向けていたマスキュラーだが、すぐに表情を獰猛な笑みに戻し、

 

「何だァそりゃ、ガス欠か? それとも罠か何かか? まあ、どっちでもいい……殴ればわかる!」

 

 増殖させた筋繊維を腕にまとわりつかせて強化し、思い切り殴りかかってくる。

 迫ってくる、一撃で自分を殺しかねない威力のそれを……緑谷は、抵抗せずに眺めていて……

 

 直撃の瞬間、ほんの一瞬、眩いばかりのスパークが放たれる。

 

 ギリギリまで引き付けてからの回避。そこからの急加速。

 一瞬にして高出力の『フルカウル』を発動させた緑谷は、すり抜けるようにしてそれをかわし……拳が降りぬかれた直後の、マスキュラーの懐に飛び込んだ。

 

 が、その時には既にマスキュラーは、胴体周辺に筋繊維をさらに発生させていた。

 

「油断したところをやれると思ったか!? ひょろい奴の考えそうな小細工だ、丸わかりだったぜ!」

 

 この状態では、打ち込んでも大したダメージを与えられないだろう。

 しかし、似も関わらず……マスキュラーの目の前で、緑谷は不敵に笑っていた。

 

「あっそう……じゃあ、これもわかってたか?」

 

「……あぁ?」

 

 はったりか、はたまた何か隠し玉があるのか。

 いぶかしむマスキュラーの目の前で、緑谷は腕を振りかぶり……しかし、その動きは、先程までとは違う。

 

 拳を叩きつけるそれではない。まるで……

 

(突き出す拳じゃねえ、薙ぎ払うような動き……手刀(チョップ)? それともラリアット? いずれにせよ……そんなんじゃ俺には届かねえぞ!)

 

 最大出力の『フルカウル』を示すスパークは一瞬だった。今の緑谷の腕には、それよりもかなり弱い火花しか残っていない。その程度の威力では、仮に筋繊維に覆われていない個所に当たったとしても、全く痛打ではない。

 

 ゆえに、己の腹を狙って迫るその一撃を、そのまま腹筋で受け止めるつもりでいて……失敗した。

 緑谷の攻撃。それは、拳でも、手刀でも、ラリアットでもなく……

 

 

 ――バッチィィイィン!!

 

 

 破裂音、ともいうべき強烈な音を響かせて放たれた……平手打ちだった。

 

 インパクトの瞬間、何だそりゃ、といぶかしみ、呆れすらするマスキュラー。

 この期に及んで、女子供が使うようなビンタを当てて、一体何をする気だったのかと。

 

 しかしその直後、事態は一変する。

 

「……っ!? ごあぁ……ん、だこりゃぁ……っ!?」

 

 打たれた個所から、身を切るような強烈な痛みが迸り……盛大に思考を遮った。

 余りに予想外の事態に、場慣れしているマスキュラーですら隙を晒してしまうほどに。

 

 余りの痛みに対する反射的な防御反応。全身の筋肉が強張り、それを抑えようとする。

 しかし、一向に痛みは引かない。

 

(何だ!? ただのビンタが、何でこんなに痛ぇ!? こいつの『個性』か!? ただのパワー系じゃ……)

 

「お前……今『個性を使った攻撃か?』って考えてるだろ」

 

「……!?」

 

「残念、外れだよ……これは、ただの技術だ」

 

(『鞭打』……うまくいった……! 『デウス・ロ・ウルト』の修行中に、ビスケさんとラバー先生に教えてもらった技……同じ『打撃』でも、殴る蹴るとはまた別の……鞭と同じで『痛み』に特化した攻撃技術……!)

 

 修行中、何度も苦しめられた、ラバーの鞭による攻撃。

 実際体に通っているダメージよりも、その過剰なまでの『痛み』によって集中その他を阻害されてしまう、強烈にして凶悪な一撃。

 

 それを、素手でも再現可能であるとビスケに聞かされ、参考までに教わった『鞭打』という技。

 

 ガツン、と殴るのではなく、ぴしゃん、とはたく。

 上手く決まれば……威力はさほどないが、それによる『痛み』は、いかに頑丈な筋肉や骨を持っていようとも、防御できるものではない。

 

 もちろん、この個性社会……肌自体が頑丈な『個性』や、そもそも打撃が痛打にならないような『個性』の持ち主はあちこちにいる。ゆえに、覚えておけばどんな場面でも活躍できる、というような技術ではない。

 

 それでも、そうと知りつつも、貪欲に強さを求め続け、できることを全てやってきた緑谷であるがゆえの突破口だった。

 

 ――バッチィィイィン!!

 

 続けざまにもう1発。

 腰から腕を回り込ませるようにして、背中に。

 

 叩きつけられた緑谷の平手は、一拍遅れてさらなる激痛をもたらす。

 体が強張るのみならず、無意識のうちに、防御のために背中側に筋肉を発生させる。しかし、やはりそれでも痛みは引かない。全く効果がない。

 

 そして、その結果……本当に一瞬ではあるが、前にいる緑谷への意識がおろそかになり……

 

「セントルイス……スマッシュ!!」

 

 弧を描いて放たれた、その蹴りが……隙だらけのマスキュラーの膝目掛けて放たれ、直撃。

 ゴキィ、という破滅的な音と主に、その膝を破壊してバランスを崩す。

 

 そこからさらに緑谷は、もう片方の足に足払いをかけて転ばせ、倒れ込むマスキュラーの肩を踏み越えて後ろ側に回り、背中を踏みつけるようにして立った。

 

 そして、素早くその両腕を取って背中側に引き、関節技に持ち込む。

 今度は『フルカウル』も全力で使って自分の力を上げ、その上さらに『黒鞭』まで使って、絶対に振りほどかれないようにがんじがらめにして固定した。

 

 激痛に耐えつつも、何が起こったかは察していたマスキュラーは、痛みがどうにか引いてきたと同時に、笑みを浮かべて背中の緑谷を睨んで見上げ、吼える。

 

「かはっ、はぁ……やるじゃねーかよ。所々何されたのかはわかんねーけど……でもな、俺を抑え込む気かその関節技? そりゃ無茶ってもんだぜ……小細工ならまだ勝ち目あっただろうに……力勝負じゃ俺に勝てねえって、わかってたんじゃなかったのかぁ!?」

 

 そのまま、腕に力を込めて、緑谷の拘束を振りほどこうとするマスキュラー。

 しかし、今のままの力では無理だと悟ると、腕と背中に目いっぱい『筋肉増強』を発動し、腕の馬力を上げる。さらに、単純に体積を増やすことによって緑谷を引きはがしたり、関節の拘束を緩めさせることも狙っていた。

 

(まだだ……まだ! もう少し! 放すな……放すな! 狙い通りだ……このままいけば……もう少しで……!)

 

 『小細工』で必死に食らいつく緑谷と、力技でそれをねじ伏せようとするマスキュラー。

 全身全霊の力と『黒鞭』による拘束を行いつつも、圧倒的な『力』の前に、押し出される形で緑谷が引きはがされてしまうかと思われた……その時だった。

 

 

 ――ゴキッ、ボキッ、ゴキベキバキゴキブチゴキィッ!!

 

 

「…………あ?」

 

 突如、マスキュラーの背中から腕にかけて……あちこちから聞こえた異音。

 その直後、強力無比な力で抵抗を続けていたマスキュラーの両腕から、ほとんど全ての力が抜け……どさりと、その体側に落ちた。動く様子は、ない。

 

 突然いうことを聞かなくなった腕に、マスキュラーは困惑し、緑谷は……ようやく狙った効果が出たことに、警戒を続けつつも安堵した。

 

「……何だ、おい、今度も技術か? それとも今度こそ『個性』か?」

 

「どっちかっていうと、前者……あと『知識』かな。それに……お前の力と『個性』を利用した」

 

「あ? どういう意味だ?」

 

「お前、筋力と、筋肉の量で無理やり僕を引きはがそうと、あるいは拘束を解こうとしただろ……関節技に対してそれは、無理があるんだよ……まあ、技の種類にもよるけど……」

 

 関節技をかけられた際に、それを力ずくで破る方法は、確かにある。

 しかし、それが万事通用するというわけではない。力で上回れば振りほどけるケースもあれば、人体の構造上、どうしてもそれが不可能なケースもある。

 

 緑谷が仕掛けたのは、後者の技だ。

 

 もともとは、『追試』の際に蛙吹と取陰が仕掛けて来たそれを参考にした戦術である。一旦極まってしまえば、何らかの外的手段で『振りほどく』形でしか脱出できない技……力で振りほどこうとすると、かえって危険な技があるのだ。

 

 緑谷はそれを、『黒鞭』まで使って全力でマスキュラーにかけた。しかし、全力を出したのは、マスキュラーの体を破壊するためではなく……『関節技を維持すること』にだ。

 

 関節を極め、そのままでは動けない形に維持し続ける緑谷を、マスキュラーは『個性』による馬力と、筋肉の物量で強引に押し切ろうとした。

 もしそれにより、緑谷の拘束自体を解いてどかせていれば、上手くいっただろう。

 

 しかし、そうならないまま……緑谷が『関節技』という形を保たせているままに、マスキュラーは力をかけ続け、体積を増やし続け……その分の負担は全て、極まっている関節に降りかかった。

 

 本来曲がらない方向に力をかけ続けられている関節。その強度でもってどうにか耐えているというところに、よりにもよってマスキュラー自身が『力』を加えることで負担が増していった。

 

 ついには限界を迎え、極まっていた関節という関節が破壊されてしまい……さらにその余波で、鎖骨やら腕の骨のいくつかやらが破損し、腕が完全に動かなくなってしまったのだ。

 

「僕がかけた『関節技』は本来、かける側よりもかけられる側が力を込める方が危険な技だった……それをお前が、力まかせに振りほどこうとしてくれたおかげで、僕は技を維持しているだけで(それも一苦労だったけど)お前が自分の力で関節を破壊してくれたんだ」

 

「…………! そんなことが……」

 

「できるんだよ……人は、『個性』を使わなくたって、これだけのことができる。できるように、できている……! まあ……信じても信じなくてもいいよ、別に、もう」

 

 緑谷は、首根っこをつかんでマスキュラーを立たせると、岩壁に投げつけた。

 背中から激突したそこに、左手から出した『黒鞭』で押し付ける、あるいは縫い付けるように壁に固定する。

 

 動けないマスキュラー目掛けて……拳を振りかぶる緑谷。

 その体には……眩いばかりのスパークが迸り、明らかにこれまでで一番危険な威力であると、マスキュラーにはわかった。

 

 ただ単に、筋肉の鎧をまとったところで、防ぐのは無理だろう。両腕に同じようにして筋肉を纏わせ、クロスさせるなどすれば別だったろうが、最早その腕は動かない。

 

「……はっ……しゃーねーか、お前の方が1枚上手だったってことだな……」

 

 どこか達観したような、妙に諦めのいいマスキュラー。

 それでも一応、筋肉による防御自体は、諦めず行った。顔と首、腹の周辺に、出せる限りの量の筋繊維を纏わせたが……

 

 

 

「デトロイト……スマッシュ!!」

 

 

 

 それを撃ち抜く、最大威力の緑谷の拳が……筋繊維の鎧をバラバラにして、マスキュラーの体に突き刺さり……その背後の岩壁にまで、蜘蛛の巣状のひびが入るほどの超巨大な衝撃を叩き込み……その意識を、奈落の底へ叩き落した。

 

 その後、動かなくなったマスキュラーを前に、緑谷は少し息を整えた。

 そして念のため、確かに意識を失っていることを確認してから、岸壁から飛び降りた。

 

(かなり本気で殴ったから、多分意識はしばらくは戻らない……数時間は大丈夫だろう。仮に起きても、両腕と足も壊れてる上に、岸壁にめり込んでるから、自分ではろくに動けないだろうし……)

 

 熱をもってびりびりと痛む腕を押さえながら、緑谷はそう割り切る。

 

 折れてはいないし、ひびが入っているとかでもないだろう。それでも、確実に意識を奪うため、壊れないギリギリの威力を発揮させた腕は、しばらく動かしづらい程度のダメージにはなってしまっていた。

 

 しかし次の瞬間、緑谷ははっとして顔を上げる。

 

 突如として、『感情感知』で感じ取った……腕の痛みが一気に吹き飛ぶほどに強烈な情報が、その頭に叩き込まれてきた。

 

 『感情感知』は、相手が発する感情がより強く、より距離が近いほどその精度・感度が上がる。

 そのため……遠くから感じ取った『感情』が、どういった種類のもの――怒り、悲しみ、救難信号その他――なのかはわかっても、それが誰の感情なのかはわからない。

 

 よほど近くにいるか、あるいは……よほど親しい人物ならば別だが。

 

 そして、後者であるということは……そして、その信号が救援要請であるならば……それはイコールで、親しい誰かが危機的状況にいることを意味する。

 

 そして今、緑谷の脳内に届いたそれは……

 

「……永、久……!?」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 時は少しさかのぼり……永久が、洸汰を投げ飛ばし、ガスの外に避難させた……その数十秒後。

 

 永久が倒れ込んだ場所に、毒ガスの中を、平然と歩いて近寄ってくる者がいた。

 

「ガスの中を結構な速さで移動してると思ったら……コイツ確か、体育祭で3位になってた女か。ふん、ざまあないね……結局逃げきれずにガスに巻かれてこんな風になって。天下の雄英高校様が聞いてあきれるよ」

 

 現れたのは、襲撃犯の一人。学ラン姿にガスマスクとヘルメットを着けた、まだ年若いように見える少年、あるいは青年だった。背中には、ガスマスクと繋がっている酸素タンクと思しきそれを背負い、手には拳銃を持っている。

 

 敵ネーム『マスタード』。毒ガスを操って広範囲を攻撃し、またそのガスの揺らぎを感じ取って空間内の状況を把握することができる『個性』の持ち主だ。

 毒ガスによって、森における生徒達の動きを制限する役割を担っている彼だったが、生徒達に動きが出て来たため、それに合わせて移動していたところだった。それに伴って動いた毒ガスの領域に、永久達は逃走中に捕らわれてしまったのだ。

 

 倒れこんで動かず、苦しそうに表情をゆがめている永久の様子を見ながら、マスタードはふん、と小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

 

「大したことないね、天下の雄英ヒーロー科も。やっぱりただ学歴だけで…………」

 

 言いかけて、止めた。苦しそうに身じろぎした永久の姿を、改めて見て。

 

 先程永久は、着ていたジャージの上着を洸汰に託して放り投げてしまい……その身にまとっているのは、上半身は下着だけになっていた。

 そのため、A組において八百万と頂点を争うレベルの、胸部についた豊かな実りが、ブラジャー一枚で隠され、支えられた状態でさらされている。

 

 汗ばんだ肌や、苦しそうな吐息、振り乱された髪の毛、そして何より、永久自身の見た目のレベルの高さなども相まって……どうしようもなく煽情的な光景に見えた。

 とりわけやはり、その胸の豊かな膨らみ2つが目を引く。どうしても、そこに注意がいく。

 

「っ……すっげ……」

 

 その周囲の状況は、毒ガスにまかれているというかなり物騒なそれであるのだが……マスタードは、思わず、といった様子で、手に持っていた拳銃をホルスターにしまうと、その手で……さらされているそれの片方をむんずと無遠慮につかむ。

 柔らかく、指が沈み込むような感触が伝わり、マスタードはその未知の感覚に、ごくりと生唾をのんだ。

 

 そして、数秒ほどそのまま考えるようにしたかと思うと……その末に、何事か決めたようだった。

 

 きょろきょろと周囲を見回し、誰も見ていないことを確認すると……永久の後ろ側に回り、その体を、わきの下に腕を入れて、羽交い絞めのようにし……そのまま抱え上げるようにした。

 

「い……いいよな、ちょっとくらい……どうせ殺すなら……うん。殺す前に、ちょっと遊んだって……終わったら、ちゃんと殺せば」

 

 浅い考えの末に、本能と欲求……劣情に従った行動を取ることを決めたらしいマスタード。

 

 誰に対してのものかもわからない自己弁護のような独り言を呟きながら、かなり大柄な永久の体を、引きずるようにしてどこに連れ去っていくのだった。毒ガスを吸ったわけでもあるまいに、やけに呼吸を荒くして……何かを期待し、楽しみにする下卑た心を隠さずに。

 

 

 

 




『敵連合』の中でも、こいつはけっこう浅はかで俗物的な考えとかで動きそうだと思う今日この頃。
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