合宿地の森林地帯、その中程に、洞窟……とまでは言えないが、岩壁にできた洞穴があった。
せいぜいが、数人が雨宿りできる程度の大きさでしかない、ただの穴、あるいは窪みである。入り口からやや角度があるため、奥の方は見づらくなってはいるが、それだけだ。明かりも漏れて入ってくるし、狭苦しさも特に感じない。
毒ガスを吸った永久は、意識のないままそこに寝かされ……その、上半身下着だけのあられもない姿を、息を荒くして、1人の少年が見下ろしていた。
敵名『マスタード』を名乗る彼が、いったいどこの誰で、いくつなのか。そんなことは、雇い主である死柄木や、それを仲介したブローカーも特に興味のあることではなかったし、知りもしなかった。
ただ、目的を遂行するだけの頭と実力、そして実績や経験があれば、それでよかったがゆえに。
あえて説明するならば、彼は少し前まで、どこにでもいる中学生だった。
ただ、色々な要因が重なった結果として……それらは、外的にもたらされたものもあれば、自業自得という他ないようなものもあるが……挫折し、俗に言う『負け組』と呼べるような形になってしまった。そしてその結果、ひねくれて日の当たる道を棄ててしまったという過去を持つ。
自分だって上手くやれていれば、もっと評価されていた。ただ、ちょっと運が悪かっただけ。少しの失敗が、たまたま大きく見られてしまっただけ。
なのに、世間はそれをわかってくれない。学歴や、目先の成績しか見ようとしない。
自分はもっとやれるのに、こんな所でくすぶっていていい人間ではないのに、それをわかってくれない。わかってくれない世間が悪い。
だって、自分はこんなにも要領がよくて、こんなにも強力な『個性』も持っている。それを使って、色んなことができる。
世間はそれすらわからず、正しく評価できず……それどころか、それを危険視して自分をコミュニティから排斥するようなことまでやった。
そんな間違った評価ならいらない。自分は、自分を正しく評価してもらえる者のところへ身を置いて、その為だけに力を振るおう。
そんな、傍から見れば、単なる癇癪、あるいは逆切れとしか思えないような、中身のない思考に身をゆだねた彼は、『敵』に身をやつし、いくつもの犯罪に手を染めて来た。
そして今、また別な犯罪に手を染めようとしている彼は……前準備として、永久の……無抵抗の少女の口元に、ポケットから出した麻酔ガスのスプレーの先端を近づけ、しゅうう……と吹き付けていく。
その麻酔ガスを『個性』で操り、永久の鼻と口の周辺に停滞させ……呼吸に乗ってどんどん体の中に吸い込まれていくようにした。
『お楽しみ』の最中に、間違っても目を覚まさないように。もし万に一つそうなったとしても、抵抗する力が残らないように。薬を使って、その力を奪っていく。
「……っ!?」
そんな永久が、ふと見ると……しかし、見間違いでなく、目を開けているのを見て、マスタードはぎょっとする。まさか、ガスが効いていないのかと。
反射的に腰の拳銃に手を伸ばしかけたが、直後に理解し、それを抑える。
目はとろんとしており、何も映していない。恐らく、体に触れたり、動かしたり、ガスを吸わせたりしたことによる反射や、無意識に起こる反応のようなものだろうとあたりをつけた。
実際それは間違っておらず、この時の永久には相変わらず、はっきりとした意識はない。ゆっくりと瞬きする程度で、自分の身に何が起こっているのかなど、わかっていない。
気を取り直してマスタードは、十分な量のガスを吸わせた後、永久を地面に寝かせた。そして、あらためてその体を、上から下までなめるように見る。
スカウトが来てもおかしくない、かわいらしい顔。モデル顔負けの高身長に、やや筋肉質ながら、ひきしまっている見事なスタイル。それでいて、体は女性らしい丸みを帯びていて柔らかそうだ。
特に、布一枚で隠されているたわわな実り……その感触のすばらしさは、彼自身が既に体験して知っていた。
今は隠れているが、恐らくは、ズボンと……そして上下の下着に隠されている場所にも、見事な光景が広がっているのだろう。
振り乱すようになっている長めの黒い髪も、虚ろな目も、全てがそそる要因に思える。
自分のような負け組や、裏社会に生きる者では非合法な手段でも用いなければ……いや、たとえそうしたとしても縁のないような、極上の雌。それが今、無防備にその身をさらけ出している。
ましてやこの少女は、エリートで有名な雄英ヒーローの生徒。広く世間にもその存在を知られており、ファンも少なからずいる……自分とは真逆の立場にいる存在。スポットライトを浴びながら、輝かしいランウェイを歩く人生を歩くことが約束されているのであろう、勝ち組。
そんな少女を、これから自分が思う存分穢してやるのだと思うと、ぞくぞくと得も言われぬ快感が今から湧き上がってくるのを、マスタードは感じていた。
(汚してやる……見た目や学歴だけの、ちょっと評価される機会があっただけの勝ち組なんて、本当に強くて優秀な奴には奪われるしかないんだって教えてやる……証明してやる!)
どんどん息が荒くなる。
息をするのに邪魔だったので、マスタードはつけていたガスマスクを外した。『個性』により、毒ガスは洞窟には入ってこないようにコントロールしているため、問題ない。
本来ならば、敵に――この場合はプロヒーローや雄英の教師、あるいは生徒に――接近されないように、されても優位に立ち回れるように、ガスは自分を中心に濃度を高くして渦を任せているのだが、入り口をふさいでおけば十分だと、今はお楽しみの方が大事だと判断して。
誰にも邪魔されず、世間的にも知られたステータスを持つ勝ち組を、無抵抗の美少女を思う存分好きにする……仄暗い情欲を開放しようと、マスタードは永久に覆いかぶさる。
その瞬間、依然、とろんとしたままの彼女の目と、目が合った。
しかし、光の灯っていないその目で見られたところで、何も怖くはない。帰って興奮するだけだ。
自由になった口で一層息を荒くし、劣情を隠そうともしない。
着こんでいる学ランの下で、わかりやすく体の一部分を変形させ……上からも下からも、わかりやすく、これからすることへの期待を漏れ出させている。
マスタードは、永久の豊満な胸元……その谷間に手を突っ込み、その内側から引っ掛けるようにしてブラに手をかけ、ぐいっと引っ張り……
「へへっ、じゃあ早速……恨むなら、自分自身を恨めよ。ちょっと人生上手くいったくらいで調子に乗って、ヒーローなんて馬鹿な夢を持ったお前が悪いん……ん?」
そこまで言って、ふと何かに気づいたマスタードは、動きを止める。
彼は『個性』により、操っているガスが漂っている範囲内で起こったことを感知することができる。その部分で何かが動いたことによる、ガスの揺らぎなどによって。
ガスの密度が低いとその精度は下がるのだが、半径数十m以内であれば何も問題ない。近づかれる前に、拳銃で迎撃して殺せばいい……今まではずっとそうしてきた。
今、マスタードは、ガスの外縁部に何らかの接触を……しかも、その動きからして、一直線にこちらを目指していると思しき何者かの存在を感じ取った。
しかし何だよこんな時に、と、悪態をついて思う……よりも早く、その異常さに気づく。
(……は!? 速っ……)
たった今外縁部にその存在を感じ取った『何者か』は……一瞬のうちに凄まじい速さで森を、ガスが充満しているはずの場所を突っ切り、自分が今いるこの場所目掛けて突き進んでくるのだ。
迷って闇雲に走っているものの動きや速さではない、明らかにここを目指している。一切の迷いなく……恐らくは、自分がここにいることもわかって。
慌てたマスタードは、今度こそ腰から拳銃を抜き取ろうとして……
「S M A S H !!!!」
―――ドガゴォォオオォオォン!!
外から、岩壁をぶち抜いて侵入してきた……と同時に放たれた緑谷の蹴りによって、何が起こったか知るよりも早く、洞窟の岩壁に叩きつけられて、めり込んだ。
当然ながら、その瞬間にはもう……意識など、どこかに消し飛んでいた。
☆☆☆
マスキュラーを倒した緑谷は、その直後に感じた……あまりにも弱弱しい、しかし確かな、永久の『助けて』という感情に……考えるよりも早く、体を動かしていた。
永久の声が聞こえて来た方を見ると、森の一角に、おそらくは毒ガスと思しきそれが充満しているのを見つけることができ……そちらに意識を向けると、今度ははっきりと、その方向に彼女がいることを察知できた。
それと同時に、彼女の傍に、恐らくは『敵』であろう何者かがいることも察していた。
そして、その者が今、最も強くさらけ出している感情が……『劣情』であることも。
その瞬間、考えることをやめた緑谷は、今自分が立っている岩壁を蹴り砕く勢いで跳躍し、同時に、これまでに成功したことがないほどの出力と射程で『黒鞭』を発動。永久の気配がするあたりに向けて一直線に伸ばし……急激にそれを巻き取るようにして自分を移動させた。
ものの数秒とかけずに、間にあった距離をゼロにした緑谷。
その勢いのまま、岩壁に突っ込む形になるが、一切ためらわず緑谷は、激突と同時に『セントルイススマッシュ』を放って岩壁を粉砕、その向こうに空洞が広がっていることを認識する。
そして一瞬と間を置かず、そこにいた、敵意を放っている学ランの男……マスタードを蹴り飛ばした。
その直後、振り返った緑谷が目にしたのは……
「…………っ……!?」
上半身の衣服を全て剥ぎ取られ、あられもない姿で横たわっている永久の姿だった。
見れば、上着は見当たらないが、ブラジャーはマスタードの手に引っかかっている。
丁度指を引っ掛けた状態で緑谷に蹴り飛ばされたため、結果として今まさに『ぶちん』と切れてしまったのだが、そんなことまで緑谷が知る由もない。
一瞬で頭に血が登り、握った拳をマスタードに追加で叩きつけかけた緑谷だが……すんでのところでそれを止める。
その耳に、苦しそうにうめく永久の声が聞こえてきたために。
怒りを込めた視線で一瞥するにとどめると、マスタードはそのまま放置し、永久の様子を見る。
幸いと言っていいのか、服こそ脱がされているが……乱暴された形跡はない。
動けない様子なのは……外の毒ガスを吸ってしまったか、あるいはもっと他に、麻酔か何かを使われてしまったのかも、と当たりをつけた。
ふと外を見ると、マスタードが気絶したため、ガスが霧散して消えていくのが見えた。
これなら運び出せる、と安堵した緑谷は、永久の上半身を起こすような形で抱き上げ……しかしやはり反応がないのを見て、自分が運ぶしかないな、と思い至った。
その上で、抱え上げる前に……ぎゅっ、とその体を抱きしめた。
理由はわからない、ただ、そうした方がいいと、そうしたいと思えた。
お互いの頭がお互いの肩に乗るように、正面から抱き合うような形にして彼女の、力の入っていない裸体を抱きしめ……彼女の存在を、温かみを確かに腕の中に感じながら、緑谷は、言った。
彼女に聞こえていないだろうことなど、承知の上で。
「もう大丈夫……もう、大丈夫だよ、永久…………僕が、来た……!」
優しく語り掛けるような声で言われたその言葉は、確かに耳から入って、永久の脳内に吸い込まれ……
―――ど く ん
その瞬間、少女の体内で……またしても、自覚なく……『何か』が胎動を始めていた。
☆☆☆
「……っ、栄陽院さん!」
「! 起きたか、栄陽院!」
目を覚ました私が、『知らない天井だ』と言うよりも早く……視界に飛び込んできた緑谷の声が響いて……それに続いて、他の生徒達の声も聞こえた。それに交じって、B組の担任である、ブラドキング先生の声も。
なんか、頭がぼーっとしてるが……徐々に意識がはっきりしていって、それと同時に、何が起こったのかも思い出してきた。
確か、緑谷と一緒に洸汰君を迎えに行って、そしたらそこに筋肉ムキムキ……どころじゃなく、筋肉むき出しの敵がいて……緑谷がそいつを相手して、私が洸汰君を連れて逃げて……
けど途中でガスに巻かれて、洸汰君はたしか、ガスにやられる前に投げ飛ばしてどうにか範囲外に出したものの、私は力尽きてそのまま……
そして、その後……
『へへっ、じゃあ早速……』
『もう大丈夫……もう、大丈夫だよ、永久…………僕が、来た……!』
…………あー……最高の記憶と最低の記憶が一緒に……
そこでふと私は、自分の上半身……トップレスだったはずのそこに目をやるが、そこには……
「……あれ? これって……何で……?」
すると、横に座っていた緑谷が……ああ、今更だけど、私はどうやら、床に敷いた布団に寝かされていて……そのそばに緑谷がついていてくれたようだ。
その緑谷が、心配そうにこっちを見ながら、
「栄陽院さん……大丈夫? 何があったか、覚えてる?」
「あー、緑谷……ええと、途中まではうっすら……かな。緑谷が助けに来てくれたところまで、ぼーっとしてたからホントにかすかにだけど……でも私、何でコレ着てんの?」
「そっか……説明するよ。寝てていいから、そのまま聞いて」
質の悪い『敵』によって捕縛され、性犯罪の被害者にされそうになり、ギリギリで緑谷に助けられた私は……どうやらそこで意識を失ってしまったようなので、その後のことを聞いた。
私を助けた緑谷は、ガスが薄まったからこれなら外に出られる、と思ったわけだが……それと同時に、現場の洞窟にラバーと相澤先生が駆けつけたらしい。
私が投げ飛ばした洸汰君は、私を心配しつつも、ガスが充満していて後戻りはできないため、必死に宿舎に向けて走った。助けを呼ぶために。
私と……緑谷にも、応援を出してほしい、助けてほしい、と。
その途中で2人と遭遇し、事情を伝え……その直後、破壊音と同時に、ガスが霧散して晴れていった。
それを見た2人は、一旦洸汰君を連れたまま、現場へ行き……ある意味で予想通り、ある意味で予想外の光景を見た。
予想通りなのは、緑谷によってノックアウトされたであろう敵がいる光景。
予想外だったのは、私がトップレスで力なく横たわり、それを緑谷が抱き上げている光景。しかも緑谷、涙をこらえて目にためているような状態。
さすがにぎょっとしたものの、ラバーが素早く私の体の状態を観て、最悪の事態にはなっていないことを確認した上で……今もこうして私が纏っている、ゴムのスーツを作り上げて着せてくれた。
当然だが、訓練用の『ハードラバースーツ』ではない、普通に着心地のいいやつだ。
その後、ラバーが『個性』を使って、意識のない私と、限界まで走って足が棒な洸汰君、壁にめり込んで気絶している『敵』を運び、緑谷も一緒に宿舎に戻ってきた。
相澤先生とは分かれて……彼は、当初の目的通り、生徒達の救出に繰り出していった。
そしてその際、緑谷の口から、この襲撃に際しての敵達の目的が伝えられたとのことで……
と、そこまで聞いたところで、私達の頭の中に、ふたたびマンダレイの『テレパス』が響き渡った。
『通達事項2つ! 1つ……敵の目的の1つが判明! 恐らくは、生徒を標的とした危害、あるいは誘拐である可能性が高い! 現在名指しで標的だと言っていたのは、緑谷出久君、栄陽院永久さん、爆豪勝己君の3名! うち2名、緑谷君、栄陽院さんは施設にて保護済み! 残る爆豪君は速やかに施設へ帰還を! なるべく1人にはならないで! また、標的はこの3人だけとは限らない……他にもいる可能性大! 全員警戒を!』
『もう1つ! 先に伝えた通り、原則としては戦闘は回避、無事に施設にまで戻ってくることを大前提として……それでもなお、それが困難であると判断できる場合……プロヒーロー・イレイザーヘッドの名において、生徒総員、戦闘を許可する!』
「……っ……相澤先生……!」
「おいおい、私有地とはいえこりゃ……思い切った手に出たな。まあ、こっちにしちゃありがたいが……」
☆☆☆
「何でですか! 友達が今ピンチなのに、指くわえて見てろって言うんですか!」
「俺達が未熟なことなんて百も承知です! それでも、じっと待ってるなんて……」
「だめだ! 先も言った通り、あくまでイレイザーヘッドが下した戦闘許可は自衛のためのものだ……お前達が自ら危険に飛び込むことを容認するものではない! 外のことはイレイザー達を信じて任せて……お前達はここにいろ!」
ある程度体も動くようになったので、広間に集まっているっていう皆のところに、私と緑谷が移動した時のこと。
そこでは、この施設の警備を担当しているというブラドキング先生に……切島や鉄哲といった……おそらくは運よく最初からここに、あるいはこの近くにいて、すぐに避難して来れた面々が、先生に食って掛かってるところだった。
聞こえて来た会話の内容からして……外に仲間を助けに行きたい、って申し出て却下された、ってところか。
まあ、そうだろうな……あくまで先生が戦闘を許可したのは、自衛のためだ。
緑谷曰く、『こんなわけのわからないままにやらせてたまるか』って言ってたそうだし……というか、それでも相当先生、危ない橋渡ってるんだけどな……私有地とはいえ、無免許の未成年に個性戦闘の許可出すって点で……
それはさておき、広間に入ってきた私達に気づいた彼ら彼女ら(ブラドキング先生含む)は、『大丈夫だったか!?』って皆で駆け寄ってきて心配してくれた。
大丈夫だ、って答えたら、皆、安心したように息をついて……で、すぐにさっきの話に逆戻った。
仲間思いで熱血なメンバーは、危険を承知で、自分達も何かできることをしたい、と申し出たものの、ブラドキング先生は頑として首を縦に振らない。
そして、同じく仲間思いであるものの、比較的冷静に物を考えている面々……B組委員長・拳藤を中心とした何名かのようだが、そいつらも、ヒートアップしかけている切島達をなだめていた。
「あんた達の気持ちはわかるよ……仲間を助けたいのは、私達だって同じさ。でもね……ここで私達が出ていって、それで怪我したり、殺られでもしたら……それこそ敵の思うつぼなんだって! 命のあるなしに関わらず、その分私達の負けになっちまうんだよ!」
「その責任をとるのは、私達じゃなく……先生達ノコ。そもそも先生達は、私達を守るために動いて、戦ってくれてるノコ……その手間や仕事を増やしたり、邪魔になってちゃ……」
「邪魔になんて……俺達はただ……!」
「結果そうなっちまうってことだろ。いくら以前より成長したからって……私達はまだ、ヒーローの『卵』でしかないんだからな。戦闘で足を引っ張ることもあれば、責任をとることもできない」
私も、そう割り込むように言って……悪いけど、拳藤達を援護する。
それを聞いて、切島達も……何かまだ言いたいことは多々ありそうだったものの、こっちの言い分の正しさもわかる分、何も言えないようだった。
自分達の主張が、所詮は単なる感情から来ているものであることを、理解しているがゆえ、だ。
……横目でちらっと見ると……緑谷もどっちかっていうとそっち側っぽいな……こらえてる。明らかに。
その様子を……ブラドキング先生も、いかめしい顔でわかりにくくはあるけど、悲痛そうな感情が見え隠れする様子で、黙って見守ってくれていた。
「荷が重いことを無茶してやって、それで失敗してもっと状況が悪くなったら……そっちの方がウラメシいでしょ? 私達は……私達にできることをやろ?」
「ん」
「そういうことだね。これからそれぞれのクラスの連中……あー、普通科の2人もだけど、続々とこの施設に帰ってくるわけでしょ? 中にはケガしてる奴もいるかもしれないし……そいつらの手当とかの準備、しなきゃいけないじゃん?」
「……そう、だね。必死で逃げて来た皆に、安心して休んでもらえるようにしなきゃね!」
柳が、小大が、耳郎が、葉隠が、それぞれに……切島や鉄哲をなだめつつ、今の自分達にもできることがある、と主張する。実際そういうのも、重要で、必要な仕事だろう。
それを理解して、どうにか切島たちも自分を納得させるに至った……と、思われたのだが、
「少なくともさ、ここまで逃げてこれれば安全ってことなんだから……それ目指して必死に逃げて来た皆のためにも……」
「さて……そうやって安心するにはちと早い気がするがな」
「「「……!?」」」
突如響く声。この場にいる、誰のものでもない。
それを聞いて、何事かと困惑する生徒達に……ブラドキング先生は、『不用意に動くな!』と一喝した上で、周囲を油断なく警戒し始めた。
しかし、どこを見ても声の主と思しき者はいない。
それきり声も聞こえてこない。
……だが代わりに、突如として……建物全体がきしむような音が聞こえて来たかと思うと……次の瞬間……
天井が、壁が、床が……ギギギギギギ、というきしむような音とともに、一気に縮むようにして全方向から迫ってきて……いや、襲い掛かってきた!?
「有事の際には避難場所として使え、籠城すらできるように……建物内の各所に金属部品による補強が行われている。大した防災意識の高さだが…………それを利用されてちゃ、意味ねーわなぁ?」
そんな……ニヤニヤと笑っていそうな声音のセリフと共に。
安全だったはずの避難場所が一転、私達に牙をむいた瞬間を前に……私は、この襲撃事件、まだまだこんなもんじゃ終わってくれなさそうだ、と……何となく直感した。
シリアルキラーが来て、性犯罪者がきて……今度は一体、どこの誰なんだよ……!?
今回、本編の中でのマスタードの解説は、原作のセリフから『多分こうだったんじゃないか』と勝手に想像して補填した感じになります。
あんまり深く考えてないので、変だったら許してください(汗)。
まあ、どの道もう出番ないですし(投げやり)。