「父親と一緒にここにいるとはな……那歩島に行く前に知れてよかった」
パニックになっている報道陣をスルーして敷地内に入った、その男……ナインは、かなり大きな病院の建物を見上げながら、抑揚の少ない声でそう言った。
それにつき従うように歩いている、3人の仲間と思しき男女。
その1人……長い髪の女が、周囲を見回して……夜間の警備が集まりだしたのを見て、
「じゃあナイン、早くターゲットを探しましょう。あまり時間もなさそうだし……キメラ、マミー、あれらの対処と陽動と、頼むわよ」
「おう」
「了解」
獣の異形型の男と、全身赤い包帯の男がそう短く答え……左右に散開するようにかけていく。
行った先で、警棒で武装した警備員たちを、遠慮なく『個性』を使って蹴散らしていく。
それを見送った後、女……スライスは、ポケットから写真を出した。つい先日襲った、ある一般人の懐から拝借していたものだ。
どうやらそれは家族の写真らしく、子供2人と楽しそうにバーベキューをしているところが映っている。キャンプにでも言ったのだろうか。
「標的は、この間のターゲットの子供……この2人でいいのね?」
「姉と弟、どちらか片方くらいは、『細胞活性』を受け継いでいてもいいだろう……父親1人では足りないとは……誤算だったな。余計な手間を食った」
「でも、大丈夫かしら? この病院……例の『雄英』の生徒が入院しているところよ?」
「問題ない。たかだか学生が邪魔をしたところで……私の歩みは止められんし、それを恐れて小細工に走るようでは、お前達と目指す世界の……王者として君臨するのに、ふさわしくなどない」
淡々とそう言って、ナインはスライスから写真を受け取り……今一度顔を確認して、すぐに返す。
そこには、紛れもなく……島乃真幌・活真の姉弟の姿が映っていた。
するとその時、キメラとマミーの猛攻をかいくぐって、2人の警備員が、ナインとスライス目掛けて駆け寄ってくる。
しかしそれに、スライスは髪を変化させた刃を、ナインは爪の弾丸を飛ばして、一蹴する。
決して軽くない傷を負ったであろう警備員2人が、夜の病院の窓ガラスを割って中に叩き込まれるのを見ながら……特に何も感じるところのない様子で、ナインは今一度、病院の建物を見上げた。特に、何の気もなしに。
その瞬間、
「……運がいい」
入院患者がいる病棟で、明かりがついている部屋のうちの1つ。
そこから……小さな背丈で、精一杯身を乗り出してこちらを見ようとしている……2人の子供の姿が、顔が見えた。
つい十秒ほど前に、写真で見たばかりの顔が。
「おい、何だよアレ……何だよあの『敵』!?」
「い、いや『敵』だとは限らな……ああいやどっちみち個性使って攻撃なんかしてる時点で『敵』認定か、公には……」
「しかも何か4人もいるし、どいつもこいつもヤバそうなんだけど……ていうか、このタイミングで病院襲撃されるってマジ何なの? ……ひょっとして、アレも……『敵連合』……?」
「マジかよ!? ってことは狙われてるのまた俺達ってことかよ……何なんだよこないだから、どこ行っても何しててもあいつらぁ!?」
「落ち着け皆! まだそうと決まったわけじゃないだろ! パニックになるな!」
パニックになりかけた面々を、B組の委員長、拳藤が一喝して、強制的に黙らせる。
流石だな、こんな時でも冷静に……ってまあ感心するのは後にして、今は落ち着いて……けど、何をすればいいか考えて、きちんと迅速に動かないといけない。
ヒーロー科の中でも、実戦経験が豊富なあたりのメンバーが比較的早く立ち直り、冷静に状況を分析し始める『バァン!』あ、爆豪帰ってきた。こいつもそっち枠だったなそういや。
「あ、かっちゃん!」
「どけデク!」
「進行方向上にいないけど……」
扉を開けて入ってきた爆豪を、ちょうどその横側にいた緑谷が見て(そのまま歩いても一切邪魔にならない位置だな、確かに)呼び止める。止まらんけど。
「おい、誰かアレ最初から見てた奴いるか? 何が起こってる?」
「上鳴」
「あ、お、おう。なんか、報道陣がたむろってた正門のところがいきなり爆発して……んで、そのまま堂々と正面から入ってきた感じだった。それだけだな」
「確かに、忍び込んできたわけじゃなかったな……不自然なくらい派手に入ってきて、走りもせずにゆっくり歩いて、扉ぶっ壊して病院の中に入ってった」
「何考えてるのかわからないあたりが怖いわね……ひょっとしたらあいつらは陽動で、他に本命がいて忍び込んでる、とかあったりするかしら?」
「可能性はあるな。てか皆、誰かあいつらのうちの1人だけでも、見覚えある奴いる?」
そう私が、部屋にいる全員に聞いてみるけど……肯定の返事はない。
ほとんどが、『ない』とか、首を横に振ったりだ。つまり、少なくとも合宿を襲撃に来たメンバーの中には、あれらはいなかったと……『敵連合』の可能性が少し下がったな。
ま、情報が皆無に等しい状態で、相手が何者かも特定なんて、できるとは思ってなかったが……しかしそうなると、重要なのはむしろここからか。
これから私達は……どう動けばいいか。
合宿の時に、相澤先生が出してくれた『戦闘許可』は、当たり前だがもう解除されてる。仮免を持っていない私達は、正当防衛とか以外で、『個性』を用いた戦闘は許されない立場だ。
となると……まあ無難に、私達が普段、ヒーロー基礎学とか情報学とかでやってるような、緊急時の対応マニュアルに沿って、ってのが一番間違いないかな。
しかし、それはそれで骨だな……
「戦闘が許可されてない今の状況で、私達がやるべきは……まず、避難誘導の手助けだ」
「拳藤君に同感だ。最悪なことにここは病院……入院患者を含め、『戦闘』に巻き込むわけにはいかない人や、自力では避難できない人が大勢いる! 一刻も早くその人達を助けなくては!」
「そう考えると、むしろ戦ってる暇とかねえな……こういうケースを想定した避難訓練とか、職員も普段からやってるだろうから、多少は楽か?」
「……そうでもない、かも☆」
割り込んでくる声。窓の外を見ていた青山が、何かに気づいたらしい。
「あの『敵』、まっすぐこっちに……入院病棟に向かって来てる。陽動と思しき2人も、無茶苦茶に暴れてるように見えて……こっちに警備員を近づけないように立ち回ってるみたいだ……☆」
その言葉に仰天して、同じように窓の外を見ると……確かに。こっち来る。まっすぐ。
言ったように、陽動の2人……狼っぽいのとミイラっぽいのも、ここを守って戦ってるっぽい。
あ、ちらほら、付近で異変を察知して駆けつけたっぽいヒーローとかが戦闘に交じり始めた……でも相手になってない、普通に蹴散らされてる。
マジかよ……よりにもよってここが狙いなのか!? 一体何が……とか思ってたら、何やら部屋の入り口が騒がしくなった。
扉が開き、入ってきたのは……え?
「ま、真幌ちゃんに活真君……何で!? どしたの!?」
「で……デク兄ちゃん、助けて!」
驚いて言った麗日……の、横に丁度いた緑谷を発見した活真君が、泣きそうな……いや、もう泣いてるっぽい顔で走ってきて、緑谷にしがみついた。一拍遅れて、真幌ちゃんも同じように。
震える声で、助けを求める……だけでなく、何かを伝えようとする彼の次の言葉に、自然と皆が耳を傾けていた。
「どうしたの、活真君! 大丈夫だよ、すぐに皆で避難して……僕らも協力するから」
「違うんだ……アイツなんだ!」
「え?」
「きっとまた来たんだ……殺す気で……お父さんを……やだよ、怖い……!」
嗚咽のせいで、途切れ途切れにしか聞こえてこない活真君の言葉だが、その直後に、ようやくするようにはっきりと聞こえる声で……真幌ちゃんが言った。
「お父さんが言ってた……! アイツなの……私達のお父さんを襲った『敵』、アイツなのよ!」
「……ッ!? 真幌ちゃんと活真君のお父さんを襲った『敵』!? それってたしか……」
「そいつに襲われて、『個性』使えなくなったって前に……『個性』を奪う敵?」
「はぁ!? おい、何だそれ、どういうことだよ!? 『個性』を奪うって……」
「い、いや、私らも聞いただけなんだけど……」
真幌ちゃん達と接点がなかったために、その話を聞いていなかった面々(主にあの一件の関係者以外)に、私達が彼女達から聞いたことを、簡単に説明する。
もっとも、伝聞でそうして聞いた以上の情報は、依然としてないんだけども。
ただ、それも終わるか終わらないかのうちに……『ひっ!』という声が上がった。
誰かと思ったら……小森か? どうしたんだろ?
「あ、あれ……あいつ……!」
窓の外を指さして、怯えながら言う小森。
つられてそっちを見ると……おい!? ちょっと!? アレって!?
「……ごめん、ちょっと皆……あたしもその……嫌なもん見つけちゃった……」
かと思えば、部屋の端の方にいた取陰が……すんごい顔色悪くして……ええぇ、こっちはこっちで何を見つけたんだよ。
視線の方向からして、今しがた小森が見つけた『あれら』とはまた別っぽいけど……
ええと、どこ見てんだ? 病院の……裏手側? ああ、ここ角部屋だからよく見え……うん? なんか土埃みたいなのがあっちに……あれ、人影も……
……えええ……マジかよ。
あっちも、こっちも、どっちも見覚えのあるのが……しかも、今めっちゃ来てほしくないっていうか、そもそも何で来たんだよって聞きたい感じのヤバいのがちょっと何ホントマジでコレ……!?
☆☆☆
正門前。
ナインたちが突入してから、まだ数分と経っていないうちに……そこに新たに、2人の人物が通りかかったところだった。
しかし残念ながらそれは、騒ぎを聞きつけてかけつけたヒーローや警察官などではない。
むしろ、そうして駆けつけようとしていたヒーローの幾人かを、『邪魔だから』となぎ倒して動けなくして、悠々とここに入ってきていた。
「奴さんここにいんのか? また派手に暴れてやがるな……ほとんどは手下どもがやってることのようだが……」
「何でもいい、さっさと『被験体』とやら、回収して帰るぞ。こんなドサ仕事、さっさと終わらせちまうに限る……」
金属の仮面と、潜水用マスクのような仮面。
どちらも顔を隠した、ネームドヴィラン2人。ウォルフラムと、キュレーター。
『AFO』の指令により、逃げ出した『被験体』……ナインの捕獲・回収のためにここに訪れた2人は、巻き起こる破壊や逃げ惑う人々の悲鳴には、特に興味もない様子で……とりあえず騒がしい方に標的がいそうだと考えて、歩みを進めていく。
途中、自分達を止めようと向かって来た警備員やヒーローを、当然のように吹き飛ばしながら。
そして他方、裏口近く。
―――バツン!
そんな特徴的な音と共に……正門の他に唯一の出入り口である裏口の門を『分解』して侵入し、ご丁寧にもその後『修繕』することで、今度は絶対に外に出られない状態にしてから……その男は、悠々と歩いて病院を目指していく。
こちらはナインたちと違い、目立つつもりはないようだ。もっとも、隠密行動と呼べるほど、忍んで行動しているようにも見えないが。
「表が騒がしいのは好都合だな……こっちはゆっくり探し物ができる。『キュレーター』の奴もいるようだが……まあいい。壊理さえ戻って来れば、あとは、組長を助け出せば……組は甦る。研究の遅れも取り戻せるはずだ」
顔に装着したペストマスクという、余りに特徴的な恰好ゆえに、遠目でもそれを見た取陰は、男の正体にすぐに気づいていた。
その男……オーバーホールは、入手した情報により、組長の孫娘であり、自分の計画の要である壊理が入院しているこの病院に、夜陰に紛れて足を進めていった。
壊理を奪還し、再び自分の歪んだ信念に向けて、誰も望んでいない修羅の道を歩んでいくために。
要所要所で『バツン!』と音を響かせて、出られない、入れないように、窓やドアを塞ぎながら、入院病棟を探し回っていく。
(……そういや、この病院には雄英の生徒も入院してるんだったな。なら……いい機会だ、壊理にきちんと教えておくのもいいか……自分が、病気なんだってことを。そして、お前を治せるのは、『分解』できる俺だけなんだってことを……)
☆☆☆
……とりあえず一言。
何だよ、このボスラッシュ!?