「仕事中に内容の変更とか勘弁してもらいてーんだが……」
『悪いとは思っとるよ。その分手当には色を付けるから勘弁しておくれ。……想定外の事態であることに変わりはないが、実戦テストのデータをとれるのならそれはそれで好都合じゃしの』
ため息交じりに、通信機の向こうのドクターに苦言を呈するキュレーター。
その隣にいるウォルフラムは、ビジネスの体裁を重視するキュレーターの意見を理解しつつも、
「まあ、やることは変わらないってんなら問題ない。ちょっとの間時間が伸びるだけだ……残業手当が出るだけだとでも思っとこうや」
「一昔前の日本人でもねえのに、時間外労働に対して物分かりのいいこったな。まあ今回は……その方が俺達も楽できそうだからよしとするか」
キュレーターとウォルフラムの見る先では、病院襲撃犯の首魁であり、同時に、自分達が回収を依頼された標的でもあるナインが、何人ものヒーローや、ヒーロー科の学生達を相手に、部下であるスライスと共に猛威を振るっている所だった。
最初、周囲のヒーローや学生、一般人もろともに蹴散らして標的を回収しようとしていた2人だが、現状を知ったドクターが、ナインの戦闘能力及び『個性』の定着度合いに関するデータを取る絶好の機会だと見て、そのまま静観するように指示を出したのである。
調子のいいことだと思う所がないわけではなかったが、ウォルフラム達にとっても益のある話だった。ヒーロー達との戦闘で疲弊してくれれば、捕獲もしやすくなるだろうからだ。
自分達を発見して取り押さえようと向かって来たヒーロー達を素早く無力化した2人は、しばしの間隠密行動に切り替え、観戦に徹することとして、それきり口をつぐんだ。
☆☆☆
どうしようこいつめっちゃ強い。
明らかにネームドヴィラン級だろ……まあ、こんな風に大胆不敵に公的機関に襲撃なんぞかけてくるんだから、それ相応ではあろうとは思ってたけど……駆けつけてくれたヒーロー達、まるで相手にならずに蹴散らされちゃったよ。
しかもやはりというか、こいついくつも『個性』を使ってくる。
もう何ていうか……1つの『個性』の応用とかじゃ明らかに説明できないもん。技自体は単純だけど、バリエーションが豊富すぎる。ジャンルも違いすぎる。
爪をビームみたいに飛ばして……っていうか、爪からビーム出してるのか? どっちなのかわかんないけど、とりあえず『爪ビーム』とでもいうべき技。
半透明のバリアみたいなものを出して、こっちの攻撃を防御してしまう技。形とか範囲は自由自在なようで、前面の一部だけに出して、爪ビームで反撃してきたり、全方位からの攻撃を全方位のバリアで防いだりしていた。
さらに、衝撃波みたいなものも。特に目に見える形じゃなかったんで予想ではあるんだが、とびかかったヒーロー達が、周囲の瓦礫ごと吹っ飛ばされたもんだから……多分あってると思う。
そして、なんか青いドラゴンみたいなのを背中から出して……何だ一体コレ? 常闇の『黒影』と同じような、使い魔的なアレか?
……そしてここに、真幌ちゃん達の――正確にはそのお父さんの――証言が正しいとすれば、『個性を奪う』っていうものがあって……つまりこれらはやはり、単一の『個性』を使い方を変えてるとかじゃなくて……全部違う『個性』? 他人から奪ったもの?
……他人から『個性』を奪って自分のものにできる、って……どんな反則技だ……!?
苦戦しているヒーロー達やクラスメイト達を、そして真幌ちゃん達を助けるために飛び込んだはいいけど……逃げる隙が全くないし、しかももう1人仲間がいたもんだから、そっちにも手を回さないといけなくて……
今、私はこっちの赤い髪の女の相手をしてる。真幌ちゃん達の方は、緑谷に任せて。
コイツ、髪を刃物みたいにして切り付けてきたり、飛ばしてきたりする。見切れない速さじゃないし、私のコスチュームは防刃使用だから、その下に仕込んである装甲と合わせてどうにか対抗で来てるけど……キッツいなコレ!
(手数が違いすぎる……っとにもー、こちとら病み上がりだってのに!)
幸い、エネルギーはたっぷりあるから、戦い自体は問題なくできてるけど……。
あの食欲は、この事態を虫の知らせ的に私の中の何かが予期して……んなわけないか。
「失せなさい……子どもに用はないの。ナインの邪魔はさせないわ」
「私なんぞよりよっぽど小さい子供を追い回して泣かせといてよく言う……盗人猛々しいってのはこのことだな。……まあ、『盗む』対象がだいぶ特殊みたいだけ、どぉ!?」
行ってる最中に髪の毛を束ねて曲刀みたいにしてきたものを振りぬいてきたので、体を反らしてそれを避けつつ、蹴り上げ……ても、すぐにはらりとほどけて髪に戻ってしまい、蹴りはあえなく空回り。変幻自在のコレが鬱陶しい!
「へぇ……『知ってる』んだ? その子達、あるいはその父親から聞いたのかしら?」
「否定しないってことはガチかよあの情報……どんな『個性』だ」
「彼が、彼の……私達の宿願のために手にいれた力よ。いずれ、この世界全ての頂点に立つための……!」
「(……手に入れた? それじゃまるで、後付けで習得したみたいな……)そりゃまた、大きく出……っ!?」
その瞬間、視界の端に……あの、ナインとかいう奴に、首を捕まれて拘束されている緑谷が見えて……とっさに私は走り出していた。
当然のように、『させない!』と進行方向上に割り込んでくる女。今更だけど、さっき『スライス』とか呼ばれてたな。
それを私は、足元の瓦礫を……その中に埋まっていた『ある物』ごと蹴り上げて、地面の砂で目つぶしする感じでスライスに向けて飛ばし、行く手と視界を遮る。
当然、刃物に変化した髪の毛で切り払われるが……
―――ボゥン!
「……っ!? 何、これ……粉……消火器か!?」
瓦礫と一緒に蹴っ飛ばしてた消火器も一緒に両断してしまい、爆発。周囲に消火剤が飛び散って視界を盛大に妨害し……その直前に既に横向きに走り出していた私は、大回りする形で緑谷の元に走り出した。
☆☆☆
「……っ……げほっ、えほ……!」
「……!? 『個性』を奪えない……潜在的に複数の『個性』を有しているのか? 今の私のストックには、収まりきらないか……」
(今、何て言った? 『個性』を奪う!? じゃあやっぱり、こいつ、真幌ちゃん達のお父さんの『細胞活性』を……他人の『個性』を奪うなんて、それってまるで……『オール・フォー・ワン』じゃ……!?)
緑谷の、自分の『盾』を揺るがしかねないほどのパワーを目にしたナインは、奪う価値がある個性だと判断し、自分のものにしようと試みるも……弾かれるような形で失敗してしまう。
それによって拘束から逃れた緑谷は、至極当然ながら、今ナインが言っていた言葉について考え……かつて、オールマイトに聞かされた、まさにそんな『個性』を持つ『敵』について思い出していた。
オールマイトに瀕死の重傷を負わせた……彼をして『巨悪』とまで称された最悪の『敵』を。
(こいつ、何か関係があるのか……? 『オール・フォー・ワン』は確か、『敵連合』のブレーンの可能性が高いって前にオールマイトが言ってた。だとしたらこいつも……)
「お前……やっぱり『敵連合』なのか……!?」
「……いきなり何だ? どんな思考を経てその可能性に行き着いたのかは知らないが、そうだな……関係者と言えなくもない、と言っておこうか」
玉虫色ともいえる回答。
ナインにしてみれば、連合……というより、その協力者であるドクターの実験に参加したのは、自分の目的のために利用する意図あってのことであり、『連合』の仲間になる気は微塵もない。
最終的に『力』でもって全ての頂点に立つ。それがナインの野望であり……そのための踏み台として利用したに過ぎないのだ。ゆえに、回答はこういった形になり……さらに言えば、連合とみなされようがみなされまいが、特にどうでもいい話だった。
変わらず無感情な瞳のまま、困惑しつつも思考を続ける緑谷に歩み寄ろうとするナインだが……その間に飛び込んできた者を見て、顔色を変えた。
「……っ!」
「無事か、緑谷!」
「っ、栄陽院さん! あっちの敵は?」
「悪り、お前がヤバそうになってんのが見えて、ちょっと撤いて……はいないか。どうにか加勢できないかってこっちに来たんだ。まだぴんぴんしてる」
その言葉通り、一拍遅れてスライスが追いつき、ナインの隣に立つ。
しかし、彼女が口を開くよりも先に、
「スライス。あの少女は……君が戦っていた相手か?」
「ええ……ごめんなさい、ナイン。虚を突かれて……あなたの邪魔をさせてしまったかしら」
「……いや、構わない。むしろ好都合だ」
「……?」
気にしないだけならまだしも、『好都合』とまで言ったナインの意図が読めず、スライスは不思議そうに、隣にいる彼の方を見る。
その目は……よく見るとわかる程度に、光を放っていた。
「棚から牡丹餅、とでも言えばいいのか。運がいい……予定変更だスライス。B型の『細胞活性』は……あの子供はもう、いい」
その言葉に、スライスのみならず、活真と真幌を守って戦っていた緑谷や永久も驚くことになる。なぜいきなり、わざわざ狙ってこんな襲撃をかけて来た標的を諦めたのかと。
それについてろくに考えもしないうちに……ナインは、続けて言った。
「代わりに……その少女の『個性』を奪う」
「「……っ……!?」」
永久を、指さして……そう言った。
立て続けに言い放たれた予想外の言葉に、絶句する緑谷と永久。
彼らに構わず、スライスはナインに問いかける。
「いいの? A型の『細胞活性』だけでは不足だったのでしょう? あなたの力を振るうには……」
ナインの有する個性の中の1つに――そしてそれは、奪ったものでも後付けしたものでもなく、はじめからナインが持っていた『個性』である――強力ゆえに、使うほどに細胞が死滅していくという、大きすぎる副作用を持つものがあった。
用語として『細胞障害性』というカテゴリーに分類される、ピーキーな力だった。
それを十全に使うため、ナインは真幌と活真の父親から、細胞の分裂を促進し、肉体を回復させる『細胞活性』の個性を奪い取った。デメリットの部分を相殺するために。
しかし、彼の『個性』だけではまだカバーしきれなかった。
被験体としてドクターから受けた処置により、『個性』を奪う、という力を得て、大幅なパワーアップを果たしたはいいものの、副作用もまた酷くなっていたのである。
それをカバーするために、その息子である活真の『細胞活性』を狙っていたナインだが……ここに来て彼は、それよりもさらに魅力的なものを、その目で見つけていた。
奪った『個性』の1つであり、ラグドールが使う『サーチ』に近い、対象の能力を看破する目を使って、彼は……永久の『個性』を見た。
対外的に『無限エネルギー』で通されている……エネルギーを蓄えて、それを様々に応用して使うことができる『個性』を。
そして、その使用用途の中には、肉体を活性化させて回復を加速させることができるものもあると知り……その瞬間、ナインの標的は、移った。
「問題ない。『細胞活性』は今あるものだけで十分だ……その分をカバーして余りある『個性』だ。強力で、応用範囲も広い。同じ『個性』を2つ持っているよりもよほどいい」
「そう……なら、了解よ」
「……よかったな緑谷、これで真幌ちゃん達、狙われなくてよさそうだわ」
「笑えないからやめて……栄陽院さん。あいつら明らかに本気だよ、絶対に捕まっちゃダメだ! 捕まったら……多分、本当に『奪われる』!」
最早、ナインとスライスは……緑谷が背後にかばっている、真幌と活真には、目は向いていない。興味すら抱いていないし、気にもしていない。
2組の目は……今は、永久に向けられている。
彼女がその身の内に宿している……ナインが欲している『個性』に。
「一応、言っておく」
警戒状態の2人に対して……1歩目を踏み出す前に、ナインは声をかけた。
「抵抗するな、命まではとらない。いや、何もしなければケガすらしなくて済む。ただ……『個性』をもらうだけだ。守るべき一般人の代わりになれるのなら……ヒーローとして本望だろう?」
「それはひょっとしてギャグで言ってんのかお前……それで頷く奴とかいるわけないだろ」
「奪わせない……誰だろうと、誰の命も、『個性』も!」
「そうか、ならば……力尽くで奪うまでだ」
特に残念がるそぶりも見せず、ナインは今度は言葉ではなく、爪の先に光を宿した手を、まるで銃口のように、2人に向けた。