Side.緑谷出久
水難ゾーンに飛ばされた僕、蛙吹さん、峰田君は、峰田君の個性と僕の『ワン・フォー・オール』の合わせ技で、どうにか一網打尽にして倒すことができた。
その際、水に大きな衝撃と叩きつける必要があったから、せっかく最近制御できるようになってきた『ワン・フォー・オール』をわざと暴発させて、指1本またダメにしちゃったけど……こればかりは仕方ないと割り切った。
痛みもどうにか引いてきたし、動く分には問題ない。
その足で、相澤先生を助けるべく中央エリアに戻ってきた僕らは……黒い巨漢の敵に組み伏せられてボロボロになっている相澤先生を目の当たりにすることになった。
腕が不自然な形に歪んでいる。あの黒い奴……『脳無』とか呼ばれてた敵が、怪力で小枝みたいにへし折ってしまっていたのを見た。
水難ゾーンにいた奴らとは明らかに違う。あの全身に手みたいな装備?をつけた奴と、黒い巨漢の異形は……レベルが違う。
正面から相対しているわけでもないのに、それがわかってしまう。
しかも、そいつらと同じくらい注意が必要であろう、あの黒い靄みたいなやつまで合流した。
しかし、『黒霧』と呼ばれたそいつが持ってきた報告は、生徒を一人逃がしてしまったというもので……それを聞いた手の男――『死柄木弔』というらしいそいつは、苛立ちを隠そうともせず、悪態をつきながらも……『帰ろっか』と、撤退すると言いだした。
その言葉に、どこか気味が悪いものを感じつつも、これで終わるのかと安堵していた僕達だったが……
「けどその前に、平和の象徴としての矜持を少しでも……へし折って帰ろう」
言うと同時に、目にも留まらぬ速さでこっちに突っ込んできた死柄木が、その手を蛙吹さんの顔に向けて伸ばした。さっき、触れただけで相澤先生の肘を『崩した』その手を。
それを認識すると同時に……いや、ほとんど反射的なタイミングで僕の体は動いた。
自分が認識するより早く体が動き、全身を『フルカウル』の火花が包む。水を蹴って飛び出し、今まさに蛙吹さんの顔に触れそうになっている手を……下から殴って弾く。
ばしゃあん、と大きな水しぶき、水音を立てて振りぬかれた僕の拳は、死柄木の腕を弾いて、その瞬間素早く死柄木は後ろに飛びのいて距離を取った。
僕もすぐに自ら出て陸地に立ち、死柄木から目を放さないように構える。
「なんだよ……思ったより速いな。くそ……びびって動けないままでいればよかったのに……」
「緑谷ちゃん……今……?」
「み、みみみ緑谷ぁ!? おまっ、その……火花!? 何……」
「ごめん2人とも、説明してる時間ないんだ」
2人を背中にかばう位置に立ち、目の前でゆっくりと起き上がる死柄木に集中する。
手のようなマスクの向こうからのぞくぎょろッとした目が、酷く不気味なものに見えた。
「……ふーん……子供だけど、立派にヒーローってわけだ。そんな顔で無理して強がってまで、お友達を守ろうって?」
「……っ……!」
「鏡持ってりゃ、その汗だくで今にも泣きそうな顔、見せてやれるのになあ……まあいいや」
その瞬間、僕の目の前にすごい速さで死柄木の手が突き出され……僕は間一髪横に体をひねって避ける。よけきれず、顎の部分を覆うマスクにチッ、とかすってしまうが……つかまれるのはどうにか免れた。
けど、このまま大きく横に跳んだりしてかわすわけにはいかない。そうなったらこいつは多分、蛙吹さんと峰田君の方へ行く。
突き出された死柄木の腕をつかもうとして……しかしそれより早く、もう片方の手が突き出される。これもどうにか避けるけど、今度はガッとやや大きめの衝撃が腰のあたりから伝わってきて、ベルトにつけていたポーチの1つが粉々になった。
けど、今ので懐に入れた。素早く体を小さくし、肘を突き出してみぞおちを打つ……
(……っ、ダメだ!)
僕の肘が鳩尾に突き刺さるより早く、素早く回り込むように死柄木の手が構えられた。
このまま打てば、さっき相澤先生にしたのと同じように、肘が崩される。
無理やり技をキャンセルして体勢を崩した僕に、また死柄木が手を突き出し……
――ゴッ!!
「ぐ!?」
体勢を崩した勢いを逆に利用して、やぶれかぶれで放った蹴りが顎に当たった!
完全なラッキーパンチ(キックだけど)。しかしチャンスには変わりない。後転の要領で体勢を立て直しながら距離を取り――
「驚いたけど……やっぱガキだな」
その途端、物凄い力で地面に叩きつけられて、息が詰まった。
一瞬意識が飛んだかと思った。けど、痛みと苦しみで逆に気絶できなかった。
「な゛、んっ……!?」
うつぶせに抑え込まれている状態――しかも、コンクリートの地面にひびが入るほど強く――で、どうにか首を動かして見上げると……さっきまで相澤先生を抑え込んでいた黒い敵が、片手で僕を背中から抑え込んでいた。
「俺の手を警戒するってことは、さっきの戦い見てたんだろ? なのにそこの先生と同じやり方で負けちゃうなんて……雄英も大したこと教えてないのかな」
抑えられる力が強すぎて、息が上手くできない。
このまま窒息死するんだろうか、それとも、その前に相澤先生みたいに力で叩きつぶされるのか……はたまた、死柄木のあの手で粉々にされるのか……
妙に頭が冷静に動くことに、自分でも少し不気味というか異常を感じていた。って言うかコレひょっとして、死ぬ間際に景色というか時間がゆっくりになるっていうアレじゃ……
遠くの方で『緑谷ァ!』と峰田君が叫んでいるのが聞こえる。
『僕のことはいいから相澤先生を連れて逃げて』って、どうにかして伝えたいけど……ろくに声も出せない。まずい、このままじゃ皆……
と、その瞬間……すごい爆発音が響き渡ったかと思うと、それとほぼ同時に、背中を抑え込んでいた力がすっとなくなった。
まだ体中が痛いけど、どうにかして立ち上がって、音のした方を見ると……一体この一瞬の間に何があったのか、そこは火の海になっていた。所々に、さっきまではなかったと思う、機械の部品みたいなのが落ちてるようだけど……
死柄木はしりもちをついて倒れていて……それをかばうように、さっきの脳無ってやつが仁王立ちしていた。周りの地面と同じように、脳無の体が燃えている。酷いやけどのような状態になっている箇所も確認できた。なのに、本人は痛がったり慌てるそぶりも全くない。ただただそこに立っているだけというその状態が、酷く不気味なものに見えた。
何が起きたんだろうと困惑する僕の耳に、その声は聞こえて来た。
「うおっ、何かに使えるかと思って持ってきたけど、やばいな火炎放射器……こんな威力あるんだ」
「いや、少なくともアレは火炎放射器の本来の使い方じゃないよ……まあどっちにしろ物騒なことに変わりはないんだけどさ」
その瞬間、僕の体は伸びて来た蛙吹さんの舌に絡めとられて彼女の所に引き戻され、それと同時に……たった今中央エリアに戻ってきた、栄陽院さんと尾白君も、同じ場所に駆けつけたところだった。
☆☆☆
火災エリアの敵を片づけて、ついでに何かに使えそうだってことで火炎放射器その他装備をいくつか強奪して、大急ぎで中央エリアに戻ってきた私と尾白。
そこで見たのは、ボロボロになって倒れ伏している相澤先生と、黒い敵に押さえつけられている緑谷、プールの縁で動けずにいる蛙吹と峰田。そして、今回の主犯と思しき手だらけ男と、その横のワープ野郎。
とりあえず背中に背負っていた火炎放射器を全力で手の奴に投げた。
そしたら、図体に似合わないすごい速さで割り込んできた黒い奴が仁王立ちで盾になって、激突した瞬間に燃料がまき散らされて引火、爆発。周囲一帯が火の海に、黒い奴は火達磨になった。
……直撃させないように手前の地面狙って投げたのに、あんなとこにいきなり割り込むから……
しかし何か効いてない様子だったので、ちょっとおかしいなと思いつつ緑谷に合流。もちろん、その途中で相澤先生を回収してくるのも忘れない。
「尾白君、栄陽院さん……無事だったんだ……」
「いやそれこっちのセリフだぞ緑谷!? お前こそ大丈夫か?」
「大、丈夫……ちょっとまだ息しづらいけど、すぐ治ると思う」
「だといいがな……蛙吹、峰田、2人はケガとかは?」
「ないわ。でも、相澤先生が……」
「早く手当しないとやべぇよ! あの黒いのにボロボロにされて……それでも最後まで戦ってくれて……!」
峰田の言葉を聞きながら、その『黒いの』に目をやると、驚くべき光景があった。
火が消えているのはいい。転がるなり払うなりすれば消えるかもしれないし。
けど問題は……その火傷の後がぐじゅぐじゅ蠢いて、急速に治っていってる点だ。こいつ、再生系の個性持ちなのか?
いや、それは今はいい……どっちみち油断なんてできない状況だ、なら……
「蛙吹、峰田、相澤先生頼む。手当てが必要だから、13号先生たちの所へ。ここよりは安全だ」
「そうか……あの黒い霧みたいな敵がここにいるってことは、あっちにはめぼしい敵もいないかもしれないのか。生徒が逃げたって聞いた途端に逃げの一手だったし……」
「尾白、念のために2人についてってくれ。確実に何も邪魔者がいないとも限らないし……ああ、一応コレ持ってって」
言いながら私は、ポーチから牛乳(エネルギー充填済み)の小瓶を取り出して渡す。
「1本は相澤先生に。傷の治癒は大してしないけど、多少なり体力は回復するはず。残り2本は予備用。尾白が使ってもいいし、誰かにあげてもいい。上手く使え」
「……わかった。栄陽院さん、緑谷……気を付けて」
そう言い残して、峰田と蛙吹と共に相澤先生を避難させる。
残りの牛乳の小瓶は緑谷に渡してしまう。
毎日似たようなのを飲んでるからか、緑谷は何か言う前にすぐにそれの使い道を把握し、ぐいっと一気に飲んだ。わずかに顔色がよくなった……気がする。
「……何だよそれ、回復アイテムか? 学ラン女……お前回復キャラかよ」
すると、黒いのの陰に隠れていた手野郎が、首のあたりをがりがりとかきむしりながら、ブツブツと呟くように、
「ずるいなあ、全く……あんたみたいなの。こっちは回復キャラなんて便利な奴いないのにさ……ああ、ホントクソゲーだよ、ヒーローばっかりひいきされて、こっちは火傷するし喉も痛いし」
まるで癇癪を起した子供みたいにとりとめのないことをブツブツと……
しかし次の瞬間、そいつはカッと目を見開いて、
「脳無、やれ!」
号令と共に、反射的に私と緑谷は地面を蹴って横に跳び……それとほぼ同タイミングで黒い敵が、私達が一瞬前までいたところに拳をめり込ませていた。
相澤先生じゃなくてこっちを狙って来たか……むしろその方が助かるけど……何、回復キャラからつぶしに来たとでも?
つか、今のほとんど見えなかった……移動も攻撃も超速い!
しかし、攻撃を回避した今はチャンスでもある。
「エネルギーチャージ……許容上限500%! らああぁぁあ!」
今、私が腕に込められるエネルギーの限界量を充填し、腕力を最強まで強化して、黒い敵の鳩尾に拳を叩き込んだが……何だ? 殴った瞬間、妙な感覚が……
しかも……効いてない……!? 私の、自分で言うのもなんだけど、割と渾身の一撃が!?
今のまさか……殴った瞬間に、殴ったはずなのに手ごたえがないような、あのおかしい感触と関係ある……のか?
「すげー音がしたな……パワー系でもあるのかお前、ホント滅茶苦茶だな……けど残念だったな、そんな攻撃じゃ脳無には通用しない。何せそいつは……」
「対オールマイトの秘密兵器、なんだってな」
その瞬間、私が飛び退ると同時に……冷気が私の横を駆け抜けていき、脳無、とか呼ばれた黒い敵の半身を、パキィン、という乾いた音と共に氷漬けにした。
こんなことができる奴は……
「轟君!」
「悪い、遅くなった。それと……」
「隙アリだこの黒モヤ野郎!」
――ドゴォォオン!!
「ぐぅ!?」
「かっちゃん!」
轟に続き、横合いから飛び込んできた爆豪が黒い霧の奴を殴り飛ばし(アレ殴れたのか?)、そのまま組み伏せるように地面に押さえつけた。
さらに、爆豪と一緒のタイミングで戻ってきたらしい切島もこっちに合流する。
「っ……次から次へと……何なんだよこのガキ共は……俺はガキが嫌いだってのにさぁ、さっきからいちいち邪魔ばかりしやがって……」
「学校にカチコミに来てんだからそりゃガキがいるのは当たり前だろうに」
「ついでに言うなら邪魔されるようなことするからだ。平和の象徴は、お前らごときにやらせねーよ」
緑谷に、爆豪、轟、切島、そして私・栄陽院。
着々とこっちの戦力が揃っていく。もちろん、だからって油断なんてしていい相手じゃないのはわかってるが……少なくとも、仕切り直しするには足りそうで何よりだ。