「ジーニスト!? 大丈夫ですかベストジーニスト!」
「っ……ぐ……あ……? だ、ダイナージャ、か……? なぜ、ここに……」
朦朧としていた感じだったが、名前を呼ばれたからか、急速に瞳に光が戻っていき……それでもちょっと頼りないというか、不安定な感じではあるものの、意識は戻ったようだ。
その目にきちんと、私を映している。
「いやまあ色々ありまして……すいません非常時ってことでそれは流してください。ギャングオルカから、負傷してるはずだって聞いてきたんですけど……大丈夫、じゃないですね聞くまでもなく」
ギャングオルカから聞いた話じゃ、彼らはベストジーニストをリーダーに、脳無保管庫を襲撃して、死柄木達が戦力として運用できる脳無を奪うのがその役目だったらしい。
実際最初は上手く行ってて、そこに保管されてた『脳無』は全部回収できた。
だがその直後、あのパイプ仮面……『オール・フォー・ワン』とかいうラスボス的にヤバい『敵』が現れ、一撃で全滅させられ……このいやに開けた瓦礫の大地もそれで作られたという。
その攻撃で、Mt.レディもギャングオルカも大ダメージを食らったらしい。さらには、一緒に来ていた虎さんも、おそらくは。まだ見つかってないけど。
(……って聞いてたけどこの傷明らかにおかしいな……よっぽど当たり所が悪かった? 瓦礫が当たった? いや破片とかはないし……その後応戦しようとして追撃でも食らったか?)
広範囲を破壊する衝撃波を食らったんなら、全身打撲とかになってると思ってたんだが……ちょっとコレ、R18-Gなレベルの傷だ。胸の部分がえぐれてるぞ……子供見ちゃいけない奴だよ。
肋骨砕けてるし、内臓とか、欠けたり潰れてるかもしんない……気のせいかもしれないが……左右で肺の形が違う気がするんですがコレは……
この大傷は普通の措置じゃヤバい。間に合わないかも。
今すぐ医療機関とかに搬送できれば、命は助かるかもしれないけど……内臓とはいえ欠損レベルの大傷となると、確実に後遺症が残る。最上級の治癒系個性を持つリカバリーガールでさえ、欠損に至った肉体は治せない。
……だが、手がないわけじゃない。
『治』せないなら……『直』せばいい。
『治癒』じゃなく、『修復』すればいい。ちょうど私の手元には、うってつけの『個性』が……『オーバーホール』がある。
ただ、それにも問題がある。直すにも、材料が要る。
緑谷の手と足を直した時は、千切れたそれが……パーツがきちんと取ってあったからどうにかなかった。しかし、ジーニストのそれは、どうやら明らかに消し飛んでしまっている。
他のところから持ってくる? それじゃ別な不具合を起こすかもしれない。それなら……
「ないなら……作ればいい。ジーニスト自身の体を、ジーニスト自身が……それを後押しする……材料だけ、こっちから提供すれば……」
できるはずだ。できる気がする。今の私なら。
何となくわかってきている。あの時……ナインから『オール・フォー・ユー』ごと、色々な『個性』を奪い返してからこっち……『個性』が融合・変容して、私にとって使いやすい、都合がいい形になっているということに。
それこそが、恐らくは……『オール・フォー・ユー』の真骨頂。
主のあり方に、あるいは『個性』に合わせて自らを作り替え……持ち主ではなく、その主にとって最適な『個性』となる。そしてそれは、『混ざった』個性にも適用される。
ナインが使っていた『気象操作』が、私が使った時と奴が使っていた時で微妙に感じが違うのは、そういう理由なんだろう。治崎を気絶させた落雷や、Mt.レディを援護した暴風……ナインが使ってた時よりもスケールは小さいというか、コンパクトにまとまっていた。
てっきり、まだ奪いたての力だから、私が使いこなせてないだけだと思ってたが……違った。
変わった分、使いやすくなっていたんだ。私に……そして、緑谷にとって。
なら、『気象操作』だけじゃない……『オーバーホール』も、きっと……私に都合よく、私の力を生かせる形で……変わっているはず。
いや、変わっていなくても構わない、今から変える。変われ。
作り替えろ、力を……全ては主の、緑谷のために。
応えろ、『オール・フォー・ユー』……!
足りない材料は、私が補う。それならたっぷりある。
作るものは、ジーニスト自身の体の一部。なら情報は、設計図は……遺伝子という形で、ジーニスト自身が持ってる。
「ダイナージャ、何を……!」
「痛いですけど我慢してください。すぐ終わらせます」
傷口には触れないようにして、首元の、肌が露出してる部分と、デニムのコスチュームの部分の両方に触れる。幸い、痛くはない様子で、表情は変わらない……いや、もしかしたら痛みを感じてないのかもしれないけど……なら余計に余裕はない。
細胞分裂とかの延長上だと考えろ。ジーニストの肉体を媒介に、私の『エネルギー』を材料に、肉体のパーツを作る。本来は自然治癒では作り出せないようなパーツも、作らせる。
それを使って、修繕を実行する。これらを一続きにやれれば……理論上は、欠損だろうと、材料がなかろうと……『修復』できるはずだ。
それだけでも超一級品の『オーバーホール』を、作り替えて、進化させろ。
名前どうすっか……そうだな、『個性』名までは変えなくていい。あくまで技として……そういうこともできる的な感じで……よし、行ける。行け。
治癒系・修復系の最上級……イメージしやすいものがいいな。私の知ってるものの中で、何でもありレベルで、問答無用で『直す』力とくれば……これだ。
技名決定。インスパイアで悪いが、名付けて……
「『
―――バツン、バツン、バツン、バツン、バツンバツンバツンバツンバツンバツンバツバツバツバツバツバツバツバツバババババババババ……!!
「……っ、ぐ、おぉぉおおぉぉおおっ……!?」
『オーバーホール』による修復は、一瞬とは言え激痛を伴う。それが断続的に、連続して襲ってくるとなれば……かなりの苦痛だろう。
それでも、ジーニストは意識を失うことなく保ち続け……治療してるこっちもけっこう長く感じた、しかし時間にして数秒程度であろう、修復は終わった。
「……どうです? 調子は……って、いきなりこんなこと聞かれてもアレかもですが……」
「……いや、問題ない。ああ……本当に、『いつも通り』だ。これは……驚いた」
一緒に直したコスチュームを含め、そこにはまさに『いつも通り』のジーニストがいた。
欠損状態だった胸部分もすっかり元通りになっている(コスチュームに隠れてて見えんけど)。
そして、きっちりその修復に使われたとわかるように、私の『エネルギー』はごっそり減っている。
まあ、まだまだ余裕はあるが……やっぱ、『個性』使用自体に加えて、欠損を回復させるほどのエネルギーは小さくはないか。
それでも、直せてよかった。後悔なんぞあるはずもない。
ベストジーニストの回復を喜ぶと同時に、私は別な意味でもその成功を喜んでいた。
新しい力ができた。今ある力の使い方もわかった。
この力があれば、もっと緑谷に……
―――ド ク ン !!
……来た。ここで来た。
アレだ。『個性』の胎動……緑谷が力を欲した時、私の『オール・フォー・ユー』がそれに応えようとしている感覚。
正にたった今新しい力に目覚めといてアレだけど……それ以上を欲するか。
……前言撤回。ゆっくりしてる時間はないな。
求められるなら、応えよう。さて……緑谷は今、どういう状況だ? 私は今、何を求められてる……? 感じ取れ、教えろ、『オール・フォー・ユー』。
私は、何をすればいい……何をすれば、何を捧げれば、彼の力になれる? 緑谷を助けられる?
「……どうした、ダイナージャ? できれば、この状況の説明を……」
「よろしいかしら、ジーニスト。申し訳ないのだけど……今、ちょっと『個性』の関係で取り込み中みたい。声をかけるのはよしてあげて」
「! あなたは……」
「職場体験では、娘がお世話になったようで。状況の説明は私がするわ」
「……わかった、お願いしよう、アナライジュ。しかし、彼女は放っておいても?」
「ええ。……同じ『個性』を持つ者として、私もよくわかっているわ。大丈夫よ」
(今この子は……この子の『個性』は、覚醒と変容の最中にある……邪魔はしちゃいけない。一体どういう形になるかはわからないけど……ここが正念場よ、永久。主が求めるならば、それこそは至上命題。『幾瀬』の名に恥じぬ献身を。己の全て、見事、彼に捧げてみせなさい!
……私が、あの人にできなかった分まで……! あの人の『個性』と共に!)
☆☆☆
故意か偶然か、周囲に遮るものがなく、かなり開けた空間で……その2人は戦っていた。
互いにインファイトにおいて効果を発揮する力を持つ者同士ではあるのだが、それにしてはその2人……緑谷と死柄木の戦いは、傍から見ていてやや奇妙なやり取りになっている。
攻撃と回避はともかくとして、やたらと寸止めや、自分から攻撃を外したり、動きとしてやや強引なモーションのそれが多くみられる。
緑谷が突き出した拳を死柄木が受け止める……というよりも、その突き出される軌道の先に手をそっと置いておくようにすると、緑谷の方がそれを察知して拳を止める。あるいはわざと外して、その際の勢いを次の攻撃に利用する。
死柄木がつかみかからんとする手を緑谷は回避する、あるいは払いのけるようにしてかわし、カウンターで攻撃を叩き込もうとするが、死柄木はネコ科の肉食獣を思わせる、予備動作がほとんどないしなやかで素早い動きで追撃をかける。薙ぎ払うようにして振りぬかれたその手を、緑谷はかなり無理やり体勢を変えながら回避する。
傍から見れば、緑谷が奇妙な動きをしているように見えることだろう。攻撃しようとはしているものの、徹底的に死柄木に手で触れられないよう、時にビビってると言われても仕方ないくらいの強引な回避を行い、攻めたいんだか逃げたいんだかよくわからない、奇妙な動きだ。
が、その駆動は決して間違った判断や臆病な精神のもとに行われたものではない。
チッ、と死柄木の手が何かにかするだけで、今回の場合はそこにあった瓦礫が、その一部をまたたく間に『崩壊』させ、塵になる。
(……っ……掠っただけでコレって……USJの時より、『崩壊』が段違いに速い……! 死柄木の『個性』も、成長してるのか……!)
「Plus Ultra、だっけか? まーまーいい言葉だよな……やってみて成功して見ると、これはこれで面白かった」
まるで緑谷の頭の中を読んだかのように言う死柄木だが、
「まあ、俺の場合は微妙に違うんだけどな……どっちかっていうと、『戻った』感じらしいし」
「戻った……? どういうこと、だっ!?」
『個性』だけでなく、身のこなしまでも以前とはまるで違うものになっている死柄木は、2段、3段構えの、引っ搔くような連続攻撃で緑谷を攻め……何度目かの緑谷の回避の際に、かなり大きな瓦礫にその手をばしん、と叩きつける。
たちまち崩壊する瓦礫。しかも、その周囲にある鉄骨やら何やらに至るまで『崩壊』が伝播し、崩れ去っていく様子に、緑谷はぎょっとした。
(速いだけじゃない! 直接触れてないものにまで『崩壊』が……ここまで凶悪になってるなんて……洒落にならないぞ、この『個性』……!?)
(当たらねえ……USJの時とは、いや体育祭から比べても動きがまるで別物……フィジカルもそうだが、反応がやたら早くなってるな。まるで反射、あるいはそれ以上……)
一方で死柄木もまた、予想を超えて強くなっている緑谷の現状に舌を巻いていた。
AFOから指南を受けて(直接ではないが)戦う術をもともと身に着けており、さらに最近、自分の過去、封印されていた記憶を呼び起こした死柄木は、今までとは一線を画する戦闘能力を身に着けていた。自分にこんな力があったのか、と、確かめた際には死柄木自身驚いたほどに。
そこに、さらに強化された――正確には、本来のスペックに戻った――『個性』を含めて考えれば、そこらのヒーローの1人や2人は相手にならないであろう実力になっている。
それでもなお、触れられもしない見事な体さばきを見せる緑谷。
焦りこそなけれど、死柄木はこのまま続けても決定力にかける、と判断し……どうしたものかと考える中、ふと、視界の端に……AFOと戦っているオールマイトが目に入った。
死闘を繰り広げている両者ではあるが、よく見ると時折、オールマイトの視線がこちらに向いているのを確認することができた。
偶然ではない。明らかにこちらを気にするような視線を伴って。
向けられるそれは、緑谷に3割、死柄木に7割、といったところ。
それを見て……死柄木の心中に浮かんだのは、どうしようもない呆れと、苛立ちと嘲り。
そして、すぐに思考の外にその光景を追いやることによる『無関心』。はぁ、とため息すらこぼして見せた。無意識のうちに。
そして、昨今そういった感情の動きに敏感になってきている緑谷が、『感情感知』で僅かにそれを感じ取って……困惑する。
緑谷もまた、視界の端で、AFOとオールマイトが戦っているのには気づいていた。自分を心配してか、はたまた別な理由か、頻繁にこちらに視線を寄こしていることにも。
オールマイトに対して、『社会のゴミ』だの『ラスボス』だのと散々に言っていた死柄木である。憎しみや怒りといった感情を湧き出させるならまだわかるが、まるで憐れむかのような感情を向けたり、鬱陶しそうにするのはなぜか。
(そういえば、こいつの雰囲気自体、前に会った時とは何か違うような気もするし……いや、後にしよう。時間もあるわけじゃないんだ……兎にも角にも、まずはこの場を……!)
深呼吸して心を落ち着かせながら、緑谷はそれと同時に、心を乱さず、しかし強く震わせ……そこに外付けでつながる感覚器を呼び起こす。コスチュームの各部に組み込まれた『サイコフレーム』が、それまでとは違う、鮮やかな、透き通った緑色の光を放ちだす。
「本気モードって奴か? なら、こっちも……」
そう言って死柄木は、膝をついて地面にしゃがむ形になり……その右手を押し当てた。
瓦礫の地面にぽん、と置かれたその手から……凄まじい勢いで『崩壊』が周囲に伝播する。
死柄木を中心に、前後左右の全てを砕き割りながら広がっていくそれは、あっという間に緑谷の足元にまで届き、その靴が乗っている瓦礫にひびを入れ……
その瞬間、緑谷は地面を割る勢いで蹴飛ばして跳躍した。
一瞬で死柄木の面前にまで飛び込み、しかしそれを読んでいた死柄木は、残る左手を突き出して、緑谷を貫かんと迎え撃つ。
それをさらに予測していた緑谷は、『ニューハンプシャー』と『オクラホマ』の合わせ技で、空中にいながら軌道を変えて回避する。
そしてそこから死柄木の側面、手が届かない位置を蹴り上げる……というよりは、その無理な姿勢ゆえに掬い上げるような形になって、しかし狙いどおり、地面から引きはがす。
その状態で自分は地面に降り立ち、改めて、地面を踏みしめて勢いをつけて拳を放つ。
だが死柄木もとっさに、掬い上げられる勢いを利用して体勢を変え、空中にいながらその身を緑谷に向き治らせることに成功し、手を突き出す。
交差する両腕。そして攻撃。
クロスカウンターのように、緑谷の拳は死柄木の鳩尾に吸い込まれ……死柄木の手は、緑谷の顔と肩、荷の腕をかすめた。
瞬間……一瞬だけ、緑谷の放つ『サイコフレーム』の光が、ひと際大きくなったように思え……
「うっ……ぐぅうぅぅっ!?」
「ご……がっ、は……!」
次の瞬間には、死柄木はそのまま数m吹き飛んで地面に転がり……緑谷は右肩の部分を押さえてその場に膝をついた。
瓦礫の地面を転がって、その体に細かい傷をいくつも作る死柄木。どうにか止まったところで起き上がろうとするが、クリーンヒットした拳により、息が詰まって体が上手く動かない。肋骨も……折れてはいないようだが、ひびくらいは入っていてもおかしくはない。鳩尾を中心に全身の痛みが、動く力を奪う。
緑谷もまた無事ではない。掠っただけでまたたく間に瓦礫を塵にするその『崩壊』により、緑谷の二の腕から肩にかけてと、顔の右側の一部に、深刻なダメージが入っていた。塵になってこそいないものの、ひび割れたようになっているそこからは、どくどくと血や、よくわからない液体が流れだしている。激痛が走り、右の目は見えず、音も右側は聞こえづらくなっていた。
どちらも決して浅くない傷を負った2人だったが……今、彼らの心において、その意識の大半を向けられているのは……その傷や痛みではなかった。相対している敵ですらなかった。
(何だァ、今の……?)
(今、何か見え……?)
2人が交差した瞬間……よくわからないことが起きていた。
それが気のせいでも何でもないことを、2人共が感じ取っていた。
恐らくは、『サイコフレーム』の放つ『心の光』が引き起こしてしまったのであろう、ある種の『奇跡』が……またしてもここで、予想外の出来事を引き起こしていた。
緑谷と、死柄木。
2人は今の、一瞬としか言いようがないほどに短い時間の中で……2人は、互いの心を垣間見ていた。
『ごめんなさい、ごめんなさい、お父さん……!』
『この人が……おばあちゃん……?』
『ヒーローだったんだって!』
『あの女はおばあちゃんじゃない、家族を棄てた鬼畜だ! ヒーローは……他人のために、家族を傷つけるんだ!』
『だって……転弧が見たいって言った!』
『待って、やりすぎだよ!』
『……もう、やだ……皆、嫌いだ……!』
『死 ね え !』
(これ……って……)
突然のことに、緑谷と死柄木は、とっさに互いに距離を取り……そのまま沈黙している。
その時、緑谷の脳裏に、一瞬にして駆け巡った光景は……衝撃的、などという言葉では到底収まらない光景、そして……事実だった。
(おばあちゃん……祖母、ってこと? この人って……オールマイトが言ってた、先代の……志村、菜奈……死柄木の名前、志村、転弧って……じゃあ、死柄木はそんな……! しかも、コレは……死柄木の、これ……記憶? 家族……『個性』の事故……死んで……)
死柄木弔が、まだ『志村転弧』だった頃の記憶。
ヒーローについて話すことすら禁じられ、家の『ルール』に背いたことを咎められ、手を上げられ……助けてもらえず、裏切られ……
そのさなかに起こった『個性』の発現。
制御しきれない『崩壊』。巻き込まれ、崩れ去って死んでいく家族。その中心で泣き叫ぶ子供。
そして、殺意と共に突き出された手……明確に、父をその手にかけた。
その時感じた、途方もない快感。
善意が悪意に、愛情が憎悪に裏返り……『志村転弧』が『死柄木弔』になった、そのあまりにも残酷な真実が……一瞬にして、緑谷の頭の中に流れ込んできた。
そして……予想外の事態は、他ならぬ死柄木の方にも。
(っ……何だコレ、一体……精神攻撃か? ………いや、違う……何だこれは…………コレは、誰……いや、俺は……知って……なぜ、この人の顔が……今……何だ、この記憶、感覚、感、情……!?)
『心の光』を通して垣間見たのは……かつて一度だけ、たった一枚の写真でだけ目にした……自身の祖母だという女性の姿。
ヒーローコスチュームに身を包んだ……多くの人を救い、多くの人に愛されたという人物。
しかし……その家族だけは、救わなかった、幸せにしてくれなかった……父をして『鬼畜』と呼んでいた存在。
記憶が戻ってなお、写真一枚分の知識しかなかったはずの、その祖母が……なぜかその一瞬、目の前に現れた。幻や錯覚などとは、到底思えない、はっきりとした『気配』と『意思』と共に。
『辛い時、苦しい時こそ笑うんだ。世の中、笑ってる奴が一番強いんだからな!』
『もう限界だって思ったら、自分の
『弧太郎、大好き。お母さんはお空からずっと、見守ってるからね』
(こいつは……なんで緑谷出久の中に、この人の意思が……!?)
動き、表情、声、性格……何も知らないはずの自分が、単なる錯覚でこんな映像を思い描けるはずがない。
ならば、精神攻撃の類か何かかとあたりをつけるも、なぜかそうではないと実感できてしまう。知らないはずの出来事が、知るはずのない感情がなだれ込んできて――それこそ、知りたいとも思わなかったことすらも――盛大に死柄木の頭の中を引っ搔き回す。
『志村菜奈』がオールマイトの師匠であり、『オール・フォー・ワン』と敵対していたこと。戦いに敗れ、『オール・フォー・ワン』にその命を奪われたこと。
子供の……志村弧太郎のためを思って、戦いから遠ざけようと、息子を里子に出し、以降関わらないようにし……しかし、それが最悪の形で裏目に出てしまったこと。
ここまでは知っている。見ても驚くようなことではない。
だがそれも所詮は、AFOと、自身の父親というファクタを通して告げられて知った事実であり……こんな、まるで直接面と向かって告げられた時のような感覚は知らなかった。
(何だ……これ……何だってんだ……!?)
『皆』を身に着けた時のような、忌々しくて、鬱陶しくて、反吐が出るような……しかし、なぜか落ち着くような感覚。
それと似ていて……しかしそれよりももっと、染み込んでくるように……温かい。
忌々しくても、鬱陶しくても、反吐が出そうでも……それらを乗り越えて、彼女が自分に伝えたいと思っている気持ちが、問答無用で心に届く。染み渡ってくる。
(今更ッ! 何だってんだ!!)
それがかえって、死柄木には……くすぶっていた苛立ちを再燃させる燃料となった。
これが、恐らくは……彼女が、志村菜奈が、志村弧太郎に向けた愛情であり、幸せになってほしい、平和に暮らしてほしいという、ただその一念での願いだったのだろう。
認めざるを得ない。確かに自分は、これに……この女性の『気持ち』を受けて、少しだけ、心が温かくなった。
かつて、これを欲していた時期が自分にもあった。それを、思い出しすらした。
(だから!? 今更それが何だってんだ!?)
一番欲しかったその時に、一番必要だった時に、誰もそれに応えてはくれなかった。
『すぐヒーローが来るからね』……そう言って皆、歩き去っていった。
結局、先生に拾われるまで、自分は1人だった。
結局そうなのだ。どれだけ耳心地のいいことを囁かれても、それが届かなくて壊れ、失われていくものは必ずある。
皆が救われるわけもなく、救われなかった者は置き去りにされる。
そのまま、いかにも万事うまくいっている、平和で何事もないというように世界が続いていく。
置き去りにされた者達は、終ぞ見向きもされず、そこにいたことすら忘れられていく。そのことに、罪の意識も抱かれることはない。
だったらもう壊そう。今の社会が自分達を救わないなら、自分達の居場所がそこにないのなら、それどころか、せっかく手にした居場所も奪いに来るのなら……全部壊してしまおう。
その方か楽しいし、スカッとする。気分が晴れる。
もしかしたら、その向こうにもっとましな世界があるかもしれない。
少なくとも、今のままでは世界が自分達に優しくなることなんてありえないのだから。
(知ったことか……あんたがどんな気持ちでこの世界を守ろうとしてたのかも、どんな風に俺達を思っていた、思っているのかも……もう知らないし、関係ない……! そのいかにも幸せそうな、やることやって満足そうな顔を、俺に見せるな! 失せろッ!)
その瞬間、死柄木は『心の光』の向こうに見えた、志村菜奈の幻影を振り切り……そのわずかな間に心の中に生じた、動揺や苦悩、絶望……それらを含めた全てを苛立ちに、怒りに、そして……破壊衝動に変えた。
せめぎ合いの末に、『死柄木弔』は『志村転弧』を食らいつくした。
ふと視線を上げると……ちょうど自分の方を見ていた緑谷出久と目が合う。
その目に宿っていた動揺と、こちらの心のうちを探ってくるような、そしてそれ以上に、何やらヒーローとしての意思や使命感を燃やしているらしいその眼光を見て……死柄木は、チッ、と機嫌悪そうに舌打ちをする。
「……せっかくいい気分だったってのに……余計な世話焼きやがって……これも、ヒーロー特有のお節介って奴かよ?」
「……そう、かもしれないね。『余計なお世話』は……ヒーローの本質でもあるから」
互いに、今まで自分が知らなかったことを知った。
そして同時に、知っただけでは何も変わらないこともまた、理解した。
信じられない、信じたくないほどの真実を知り、緑谷は思わず死柄木を問い詰めようと、むしろそのまま声をかけて説得しようとすら思ったが……目を合わせた瞬間、その目の中に燃える、どす黒い怨嗟の炎を見て……やめた。
だめだ、何を言っても……届かない。
何を知っても、何を思っても、全ては破壊への燃料になってしまうだろう。
……それでも、だからといって……諦めたり、切り捨てたりするという選択肢もまた、緑谷の中には存在しなかった。
(……『声』は聞こえない。でも、確かに今……僕の中の『ワン・フォー・オール』が騒いでる……いや、多分……その中の、あの人が、かな……)
死柄木が何を見たのかは、大体想像がつく。
いや、具体的な内容がわかるわけではないが、恐らくは……彼の祖母が、志村菜奈が、いかに彼や彼の父を、そしてこの世界の平和を思っていた……それを、片鱗だけでも知ったはずだ。
他ならぬ『ワン・フォー・オール』の中に生きている思念。感じ取れる感情があるとすれば……そういったものであるはずだ。
そして、その上で死柄木が、この炎を燃やしているのなら……言葉などではもう止まらない。
もとより、祖母の仇だった人を、その事実を知りながら『先生』と慕っているくらいなのだ。もう、言葉でどうにかなる段階など、とっくの昔にすぎているということなのだろう。
それなら、自分がやるべきことは……緑谷は考え、痛みをこらえて、拳を握る。
(だめだ、足りない。僕1人じゃ……それも、今の僕じゃ無理だ……。力も足りない……きっと、今の『ワン・フォー・オール』じゃ、それだけじゃまだ足りないんだ……それなら……僕が使える、もう1つの力を、彼女の力を合わせれば……)
心を落ち着け、自分の奥底から……力を引き出すイメージをする。
それは、自分の力ではないが、自分の力と言っていいもの。求めさえすれば手に入る……自分に捧げられた力。それこそ、その力の持ち主……その、全てごと、自分のものになった力だ。
(力が必要だ……永久! 『オール・フォー・ユー』! 僕に……力を貸して!)
(……OK、もちろんだ……ご主人様……!)
刮目。
(不思議だ……目の前どころか、見えもしない位置にいるのに……緑谷の存在を確かに感じる。すぐそこにいるみたいに……いやむしろ、今まさに触れ合っているみたいに……! そして、この感覚が何を意味しているのかも、これをどう利用すればいいのかも……どうすれば、今の緑谷の役に立てるのかも……わかる……わかった!)
瞑想の後、自分がやるべきことを、今緑谷が必要としているものを悟った永久は、カッと目を見開いて……動き出した。
(鍵は、私の新しい2つの力……! 1つは、ナインとオバホから奪った力。そしてもう1つ……今まで、私の中にあることも知らず、使えもしなかった……父さんの力! この2つだ!)
やっぱ殴りヒーラーときたらこの技。というか能力名。
治癒系能力が優秀だと、それに比例して主人公サイドのケガが酷くなっていくという、少年誌のアレな法則ってありますよね。治せるからいいじゃん、的な。
ジョジョ4部とか5部で特に顕著。
そして緑谷VS死柄木、1話じゃ収まらなかったです。続く。