TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第15話 TS少女と割とガチの死闘

Side.三人称

 

 現状は、パッと見た限りでは、勝勢は1-Aの生徒たちに傾いたと言ってよかった。

 

 緑谷と永久に加え、爆豪、切島、轟が合流。人数の面でも上回っている上、敵の戦力の1人である脳無を轟が凍らせて拘束している。

 

 無論、残る死柄木と黒霧も決して油断していい相手ではないのは確かだが、それでもアドバンテージは生徒側にあると言えた。

 氷、爆破、硬化、そして増強型が2人。豊富とは言えないまでも個性のバリエーションもあり、様々な状況に対応できるはずだ。

 

 しかし、不利な状況に追い込まれている……と思われる側である死柄木は、焦るよりも露骨に不機嫌さを表に出すばかり。がりがりと首元をかいて悪態をつく。

 

「はぁ……全くどいつもこいつも……まあ、とりあえず脱出口が抑えられてるのはまずいか。脳無、爆発の小僧をやっつけろ、黒霧を取り戻す」

 

 そう、手短に告げると、氷で拘束されて動けないはずの脳無が、ぐっと体に力を入れて動く。

 途端、ばきんという音と共に……脳無の体の凍っていた部分が砕けた。しかし、脳無は先程炎に焙られた時と同じように、全く動揺どころか痛がる素振りも見せない。

 

 驚く轟達の目の前で、脳無の体、割れて欠損した傷口から、びきびきと赤黒い肉が盛り上がっていき……見る見るうちに元通りに『再生』した。

 その衝撃的かつグロテスクな光景を見ていて、驚きのあまり反応が遅れた爆豪。次の瞬間、死柄木の命令通りに、爆豪目掛けて脳無の拳が迫る。

 

 ――ビッ! ゴウッ!!

 

 直撃すれば爆豪の首から上を爆散させていたであろうその拳は、しかし彼に当たることはなく……およそ人体が立てる音とは思えない、風を切る轟音と共に空振りしていた。

 

 しかし、全く何にも当たらなかったというわけではなく……

 

「……あっ、ぶな!」

 

「てめっ……何してやがるデカ女!」

 

 脳無の拳が振るわれる直前、爆豪を横から突き飛ばすようにしてかばい、自身も大きく上体を反らせて間一髪その拳を回避した……永久にかすっていた。

 その腹部から胸の部分をわずかにかすっただけで、頑強な素材で形作られた永久のコルセット型スーツは千切れ飛んでいた。胸元を抑えるものがなくなり、永久の豊かなバストがぶるん、とこぼれ出て露わになる。

 

「っ……おい、大丈夫かよ爆豪! 栄陽院!」

 

「るっせぇ大丈夫に決まってんだろクソ髪!」

 

「私も大丈夫! けど、かすっただけでコレって……風圧、っていうか威力ヤバい。おっぱい千切れるかと思った」

 

「……軽口が叩けりゃ大丈夫か」

 

「け、怪我無いのはよかったけど、栄陽院さんその、胸! 胸出てるから! いったん下がってしまって……」

 

「いいよ別に、見られても減るもんでもないし……裸よりも隙見せる方がまずいでしょ、こいつらには。おっぱいやコルセットじゃなくて、今度は首から上が吹っ飛ぶよ下手したら」

 

 そう言いながらも、永久は一応、学ラン型の上着のボタンを留めて前を閉じ、とりあえずトップレス状態になっている上半身を隠す。

 それを確認してほっとする緑谷だが、依然として危機的状況は継続している。

 

 死柄木は変わらず健在なのに加え、黒霧は爆豪から解放され、氷で拘束していた脳無も、再生を完了している。相変わらず表情、どころか感情と呼べるものを感じられない、不気味な沈黙を保っていた。

 その脳無のたたずまいを見ながら……緑谷は高速で頭を回転させていた。

 

 状況はかなりまずい。先程から一変して、こちらが不利になってしまっている。黒霧が解放された上に、脳無も五体満足のまま自由になり、今しがたその圧倒的な戦闘能力を見せつけたばかりだ。

 

 この場にいる誰よりも優れているであろうスピードとパワー、こちらの攻撃による負傷をものともしない再生力。その動きを見ている限り、痛覚を覚えていないようにすら見え……一発一発が必殺の威力を誇る攻撃が、一切の躊躇なくこちらに振るわれるのだ。

 まだ未熟も未熟な自分達では、この敵達にどう立ち向かえばいいのかわからない。しかしだからと言って思考を止めてしまえばそれこそ終わりだ。ゆえに、緑谷は必死で考える。

 

(一番ヤバいのはあの脳無とかいう敵だ……四肢を欠損してもすぐに再生するデタラメな再生力に、かすっただけで特殊素材のスーツを引きちぎるほどのパワー、動くのが見えないほどのスピード、そして全力の栄陽院さんの攻撃でもびくともしないタフネス……どれか1つとっても厄介どころじゃない。まるでオールマイトみたいな……そういえば轟君が、あいつは敵達の対オールマイト用の秘密兵器だって……そもそも彼らはオールマイトを殺すつもりでここへ来た。蛙吹さんも『殺せる算段がついてるから来たんじゃないか』って言ってたし、だとしたら少なくとも、敵側はあの脳無ってのがオールマイトに勝てるくらいに強いと確信してる? いや、というより……)

 

 そこまで考えて、ふと緑谷は、先程までの戦いのシーンのいくつかを思いだす。

 同時に、ふとある疑問に思い至った。

 

「……オールマイトにも勝てる……というより、オールマイト『には』勝てる敵……?」

 

 ぼそっと呟くように言ったその言葉は、ちょうど近くにいた轟と爆豪、永久には聞こえていた。

 

(こいつは決して、こっちの攻撃が何も全く通じないわけじゃない。轟君の氷結攻撃は通じてたし、再生されてしまったとはいえ、それで一度は手足を奪うこともできていた。栄陽院さんが火炎放射器を投げつけて攻撃した時も、燃えて火傷してたし、爆発した時の金属の破片とかが刺さったり食い込んだりしてた。血も流れてたようだったし、細かい傷も体中に……するとおかしいぞ、『細かい傷』ができるような金属片の衝突、そんなのよりも栄陽院さんの拳の方が何倍も威力があるはず。にも関わらず、後者は全く効かず、前者は……効いたかはともかく傷つけることができていた。この差は何だ? 単純な威力じゃないとすると……攻撃の種類? 熱や冷気、そして、刺さったり食い込むような鋭利な攻撃が効くってことは……)

 

「ひょっとしてあの脳無って奴……『個性』か何かで、打撃が効かないんじゃ……?」

 

「おっ、何だよよくわかったなぼさぼさ頭君。その通り……こいつの名は『脳無』。さっきそこの氷のガキが言ってた通り、対オールマイトの秘密兵器さ。さっきお前らも見た『超再生』と、相手の攻撃を無効化する『ショック吸収』の個性を持ってる。それでいてパワーはオールマイトと殴り合いができるレベルになってる、超高性能のサンドバッグさ。お前達はもちろん、オールマイト本人だってこいつには勝てないよ」

 

「こ、個性を2つ持ってるって? しかも、オールマイト級のパワー!? 冗談だろ!?」

 

 切島は驚きのあまり、悲鳴じみた声を上げるが、残りの4人はむしろ『なるほど』と、今の死柄木の説明に納得していた。

 

 この脳無という敵はいわば、オールマイト相手でこそその真価を発揮できる存在なのだ。

 非常に強力な打撃によって戦うオールマイトを完全に封殺するため、真正面から殴り合いできるだけのパワーと、それにおあつらえ向きの『個性』を持った、いわば天敵のような存在。

 

 気になるのは、まるでそうなるように狙ってこの敵を『作った』かのように話す死柄木の喋り方だったが、それはともかくとして、4人の頭の中に1つの考えが浮かんだ。

 

『コイツをオールマイトと戦わせるのは、まずい』

 

 無敵のNo.1ヒーローを信じていないとは言わない。しかし、明らかにオールマイトを本気で殺すつもりでこうして行動を起こし、それに見合うだけの性能の手駒をこうして見せつけている。

 さらに、黒霧や死柄木の個性もまた、厄介で強力なものだ。脳無だけを戦わせて自分達は見ているだけとも思えない以上、最初から全てを見据えて行動している彼らを放置するのは危険。

 

 かといって、自分達に何かができるとも思えない。

 対打撃、対オールマイトの兵器だとは言っても、そもそもの戦闘スペックからして異常なレベルなのだ。ダメージの通る攻撃手段があったとして、未熟な自分達では勝つのは難しい。

 緑谷も、永久も、轟も、爆豪すらも、それをわかっていた。

 

 しかし、誰一人として――もちろん、切島も含めて――諦めようとはしなかった。

 

 何か手はないか、どうすればいい、と皆が逡巡する中、

 

「……皆、話があるんだ。そのまま聞いて」

 

 この場にいる中で最も気が弱い、しかし、誰よりも『ヒーローらしい』と言われる1人の少年が、敵達に感づかれないように、4人にどうにか聞こえるように……口を開いた。

 

 

 

 にらみ合いと言うか、膠着状態と言うべきか、

 現実の所には、圧倒的な力を前にどうしていいかわからず、蛇に睨まれた蛙のような状態……脳無を前にして動けないでいる雄英生の現状を、死柄木はそのように解釈して、手の形をしたマスクの向こうで歪んだ笑みを浮かべていた。ヒーローたちが手も足も出ず、立ち尽くすしかない無様さを、心の中であざ笑っていた。

 

 しかしそれにも飽きてしまい、さっさと殺してしまおうかと脳無に指示を出そうとした……その時だった。

 動かない、動けないと思っていた雄英生達が、突然弾かれたように動き出したのは。

 

 爆豪が黒霧と死柄木を睨みながら側面に回り込み、永久は正面から脳無に突っ込んでいく。ここだけ見るとただの自殺行為だが、その背後で轟が周囲に氷塊を出現させているのを見ると、何か企んでいるのだろうとも考えられた。

 

 しかし、小細工など圧倒的なパワーで引きちぎればいいと一笑に付す死柄木は、改めて脳無にゴーサインを出そうとして……

 

 突然、永久がとめていた学ランの前部分のボタンを外す。

 走っている勢い、ないし正面からの風圧で、学ランがマントのように大きくばさっと目の前に広がった。

 

 必然的に、閉じて抑えていた……というか、隠していたその下が、何も纏っていない永久の裸の上半身がまたあらわになる。

 

 目の前で突如敵が露出行為に及んで唖然とする死柄木の目の前で、形のいい、大きな2つの乳房が、たゆん、と揺れた。

 

 しかし、そんなサービスシーンを前に、死柄木たちが、常の緑谷や尾白のように取り乱すかと言われれば……残念ながら否と言う他なく、

 

「はぁ? お前……何だそれ、色仕掛けで隙でも作るつもりだったのかよ、くっだらねえ……」

 

「浅はかな。全く、天下の雄英生もこれでは程度が知れますね……考えの稚拙さもそうですが、はしたないを通り越して下品というものだ」

 

「こんの……10代の乙女の玉の肌を見といて好き勝手言いやがって! まあ別にいいけどね……本命は私じゃないしぃ?」

 

「!」

 

 その瞬間、大きく広げられた学ランと、轟が展開していた氷の塊に隠れて走り出していた緑谷が、爆豪とは反対側から飛び出し、急カーブして死柄木の眼前に迫ってきていた。拳を握った腕を振りかぶって。

 

「ふん……だからどうした。遅すぎて奇襲になってないんだよ」

 

 緑谷の動きは、脳無を使わなくても、死柄木個人の戦闘能力でも十分対応可能なレベルだ。

 常人よりは確かに速いし力もあるが、動きは素人。攻撃を見切るくらいわけはないのは、死柄木が自分で経験して知っていた。

 

 しかし死柄木は、たっぷり余裕をもって、先程と同じように緑谷の攻撃を受け止めて、自分の『崩壊』の個性でカウンターを叩き込むべく身構える。拳が来ようと、フェイントで肘が来ようと足が来ようと、その手でつかんで五指で触れることで、崩して塵にしてしまえるように。

 

(よし……今だ!)

 

 だが、緑谷はそのまま殴るモーションに入ることはなかった。かといって、フェイントで蹴りや肘を放つこともなく……彼が移ったのは、投球のモーション。

 

 叩きつけると思わせていた手に握っていた何かを、死柄木の足元に投げつけ……直後、それが炸裂して周囲に強烈な光と音をまき散らす。

 

「なっ……スタングレネード!?」

 

「おのれっ、小癪な真似を……光に紛れて攻撃するつもりか!」

 

「てめえらにじゃねえけどな!」

 

 直後、手のひらで起こした爆発で加速して飛び込んできた爆豪。

 その標的は、死柄木でも黒霧でもなく……閃光の中でも変わらず棒立ちになっている脳無だ。

 

 その顔を左右からガシッと両手でつかみ……爆破する。それを終えると、すぐさまその場から飛びのき……そこに轟の冷気が届いて、今度は先程よりも大きい範囲を氷漬けにする。

 

 光と音が収まった時、脳無は頭の両脇から血を流し、肘から下を氷漬けにされ、しかしやはり全く反応を示さずに棒立ちしていた。

 攻撃を警戒して飛び退った死柄木と黒霧は、またしても脳無と引き離されてしまった形だ。

 

「チッ……目くらましと同時にうまくやったつもりだろうが、意味ねえってわかんねえのかよ。脳無、さっさとガキを殺せ!」

 

 傷つこうが凍らされようが、『超再生』を持つ脳無には関係ないことだ。子供がどれだけ抵抗したところで痛打にはなりえず、圧倒的な力でねじ伏せる。

 そして、自分だけが脳無にその力を振るう命令を出すことができる。

 

 そう信じて疑わない死柄木は、また脳無が拘束を引きちぎって再生した後、絶望に顔を歪ませる雄英の生徒たちを1人ずつ木っ端みじんにして行く光景を心待ちにして見守った。

 

 しかし、数秒待っておかしいと気づく。

 

 自分は命令を下した。殺せと。

 しかし……脳無が動く気配がない。

 

「脳無! おい、何をぼさっとしてる! 早く抜け出てガキを殺せ……おい、脳無!?」

 

 呼べども怒鳴れども反応がない。絶対服従のはずの自分の命令に、応えない。

 一転して自分が困惑している死柄木の耳に、落ち着いた声音の言葉が届いた。

 

「おかしいと思ってたんだ……攻撃が効かない、超再生ですぐに治るのはいいとしても、お前の命令があった時以外で、あまりにもこいつは動かなすぎる。それこそ、自分の体が燃やされてても、氷漬けにされても、身をよじったり火を消そうとする素振りすらなかった。それで思ったんだ……こいつは、どういう理由でそうなのかは知らないけど、お前の命令なしじゃそもそも動かないんじゃないかって。今、あるいはあらかじめ命令されたことしかしないんじゃないかって」

 

 スタングレネードを投げた直後、爆豪の突撃と轟の冷気に巻き込まれないよう、永久(学ランはまた閉じている)の隣に飛び退って戻った、緑谷の声だった。

 

「『個性』の関係でそうなってるのか、それともお前らが何かしたのかはわからない。けど……こいつは多分、自分で考えて動くことができない。なら、お前の命令を届かなくできれば、こいつは何もしないただのウドの大木になる! だから目つぶしして隙を作って、かっちゃんにそいつの鼓膜を爆破して耳を聞こえなくしてもらった!」

 

「バカな……だとしても脳無には『超再生』がある! そんなもんあっという間に復元して……」

 

 死柄木が反論を終える前に、爆豪の両の手のひらから、ぱらぱらと何かが零れ落ちて床に当たり、カチャカチャと音を立てる。

 

 死柄木がとっさにそれを目で追って見ると、それらは……小さな金属片。それも、爆発でひしゃげたような形をしていたり、焦げて煤がついているもの。

 

 それを見て、死柄木よりも黒霧が先に、その意味に気づいた。

 

「成程……鼓膜を爆破するのと同時に、細かい金属片を脳無の耳の中に叩き込んだわけですか」

 

「再生するっつっても、再生すべき所に邪魔なものがあったらそれもできねえわなあ? 今そいつの耳の中は鉄くずでいっぱいで、鼓膜が復活するスペースなんかねえよ!」

 

「この、ガキッ……ふざけた真似しやがって……! なんてことしてくれてんだよ、せっかくオールマイトを殺すために作った脳無なのによぉ……!」

 

 ガリガリガリガリと、苛立ちに任せて首元や腕をかきむしる死柄木。

 その様子も、脳無に声が届かなくなってしまった今、駄々をこねる聞き分けの悪い子供、程度にしか映らない。癇癪に任せて喚く姿は失笑すら誘う。

 

 しかしそれとは逆に、あくまで冷静さを保っている者がもう1人残っている以上、安心することはできなかった。

 

「なかなかどうしてよく考えるものだ……認めましょう死柄木弔、彼らは私達の想定の上を行った」

 

「何をしれっと言ってんだよ黒霧……さっさと脳無を回収しろ! 耳から鉄くずを取り出せばまた使えるようになるだろうが!」

 

「承知しました。やれやれ、人使いの荒い……」

 

「させねえっつんだよ、黒モブが!」

 

 黒霧が動く素振りを見せた途端、横合いから爆豪が突っ込んで殴り飛ばそうとするが、それよりも早く黒霧の手の靄が渦を巻いてその前にあふれ出した。

 

「二度同じ手が通じると思っているあたりはまだまだ子供のようですね。あなたも…………彼女も」

 

「あ゛?」

 

 何のことだ、と苛立つ爆豪は、素早く自分と仲間達の周囲を確認して、黒い靄が出ていない……すなわちまだゲートが開いていないことを確認する。無論、自分の周囲にも。

 ゲートが開いていないのなら、爆発の衝撃をどこかに逃がされる恐れもない。13号がそうされたように、自分にカウンターで返される心配もない。

 

 ならば靄ごと吹き飛ばせとばかりに、爆豪は両手を前に突き出して……しかし、その瞬間、

 

「……けろっ?」

 

「っ!?」

 

「っ……蛙吹さん!?」

 

 黒霧が展開した靄の中から、爆豪の目の前に……見知った顔のクラスメイトが吐き出された。

 

 爆豪は気づいていなかった。その場にいた、緑谷、切島、轟、永久、そして爆豪自身以外に……この近くに潜んでいた、蛙吹の存在に。

 峰田、尾白と協力して相澤を運んだ後、様子を見るためにここに戻ってきて、先程までと同じように水の中から様子をうかがっていたことに。

 

 先程もそうしていた蛙吹を、死柄木も黒霧も発見していた。ゆえに、同じように隠れていたのを黒霧は即座に見つけていた。そして、遠く離れていようと正確な場所さえわかれば引き込めるワープの個性で、手元に盾として呼び出したのだ。

 

 蛙吹の登場に、1秒後の悲劇を幻視して悲鳴を上げる緑谷。

 既に爆破のモーションに入ってしまっている爆豪は、せめてどうにかして射線をずらそうとするが、無情にも蛙吹の顔面目掛けて、爆豪の渾身の爆破が放たれ……

 

 

 ――ドゴォォオン!!

 

「っ、ぐああぁぁああ!!」

 

 

 間一髪、その間に飛び込んで自分を盾にした、永久の背中を直撃した。

 

 

「っ、デカ女、お前……!」

 

「……永久、ちゃん……?」

 

「栄陽院さんッッ!」

 

 特殊素材の学ラン越しとはいえ、至近距離での両手爆破。衝撃は背中から内臓にまで届いて、流石の永久もたまらずその場に崩れ落ちる。激痛が走る背中をかばって横向きに倒れ、口からは激しくえずいていた。

 

「え、栄陽院っ!?」

 

「おい、大丈夫か!」

 

「っ……バっ、カ野郎、轟! そいつから、目離すな!」

 

 苦しみながらも怒号を飛ばした永久の言葉にはっとする轟だが、時すでに遅く、黒霧は体を覆う氷塊ごと脳無を回収し、死柄木の眼前にどしゃっと落としたところだった。

 素早く死柄木は脳無の頭、その左右両側に一瞬だけ触れる。脳無の頭の、耳のあたりなのであろう一部分がぱきり、と崩れて塵になり、中から鉄くずが、同じように塵になって崩れ出て来た。

 

 しかし、触れたのが一瞬だったからか、イレイザーヘッドの時と同じように体全体が崩れることはなく、すぐにその部分で再生が始まり……

 

「させるかぁぁああ!!」

 

 そこに飛び込んでいく緑谷と目があった。

 今度はフェイントでもなければスタングレネードを握るでもなく、本気で死柄木を殴り飛ばそうと地面を蹴ったところだった。

 

「だから遅いって……ッ!?」

 

 三たび死柄木は、緑谷の拳を受け止めようと手のひらを突き出すが、突如その視界が黒に覆われる。

 緑谷の吶喊を目にした瞬間、痛みをこらえて立ち上がった永久が、着ていた学ランを脱いで投げつけ、『崩壊』の力を持つ手もろともかぶせて動きと視界を封じていたのだ。

 

 当然、特殊素材の学ランとはいえ、死柄木の『崩壊』には耐えきれない。少しの間遮蔽物としての役割を果たした後、ボロボロと塵になって崩れ去る。

 

 しかし、その一瞬の間を置いて再び前を見た死柄木は……目の前で、今までの何倍も大きな火花を腕にまとっている緑谷の拳が、今まさに顔面に迫っている光景を目にしていた。

 

 友達を傷つけられ、恩師を傷つけられ、平穏で楽しい時間を台無しにされ、まるでゲームか何かのように命を踏みにじられそうになった。

 そんな卑劣な輩に負けてなるものか、許してなるものか、これ以上何も奪わせてなるものか。

 

 友を思い、正義に燃える、緑谷出久のヒーローとしての心が、今この瞬間、また一つ『ワン・フォー・オール』の壁を越えて力を顕現させた。

 

「黒霧! n――」

 

 

 

「デトロイトォ……スマァァッシュ!!」

 

 

 

 振りぬかれた拳が死柄木の顔面を捉え、さらにその向こうにいた黒霧をも巻き込んで、爆風、というよりも衝撃波とすら言えるレベルのそれを伴って吹き飛ばす。

 中央エリアを横断し、2人は施設の反対側の壁にまで吹き飛ばされて激突した。

 

 誰よりも優しく、誰よりも地味で、誰よりも気弱であったはずの緑谷が、この瞬間、目の前で振りぬいてみせた必殺の拳の威力に、そこに居た全員が唖然としていた。

 

「デク、てめぇ……」

 

「これが、緑谷の……」

 

「マジかよ……直接見ると半端ねえ……!」

 

「けろ……」

 

 爆豪が、轟が、切島が、蛙吹が、驚愕を隠せずにいる。

 そして……

 

(……緑谷……! やっぱり、お前は……ッ!)

 

 驚きの中にも歓喜を隠しきれない様子の永久が、その潜在能力の片鱗を見せた緑谷を前に、必死で顔がにやけそうになるのをこらえていた。

 

「ハァ――……ハァ――……ハァ――……ッ、ッ……!」

 

 その当の緑谷は、振りぬいた拳に、いや腕全体に、遅れて返ってきた反動の激痛に、歯を食いしばって耐えている所だった。

 

(折れ……ては、いない。多分……でも、痛いし、熱い……とても動かせない……! 前よりは、マシ、かもしれないけど……とても、制御できたとは……っ……)

 

 がくん、と膝から崩れ落ちる緑谷。

 それを見て、やはり反動が大きいのだと悟った切島と、一拍遅れて永久も駆け寄るが……

 

 

「こ゛の゛……クソガキ……!」

 

 

 吹き飛ばした先、土埃の向こうから届いたその声が……今の一瞬の気のゆるみが、致命的なものだったことをその場の全員に知らせた。

 

 土煙の中から立ち上がった死柄木は、顔を覆っていた手の形のマスクを取り落としていた。その下に隠れていた、ぎょろりとした目と……憤怒の形相が、先程よりもよく見えた。

 顔の左半分は、今の緑谷の拳を受けてだろう、大きく腫れ上がり……よく見ると歯も一部欠けている。今ので切ったのか、鼻と口からは血が流れていて……上手くしゃべれないのか、声は先程より少し聞き取りづらかった。

 

「脳無! 殺せ!」

 

 続いて響いたその呼び声に応え……耳を、鼓膜を再生させた脳無が、視界の端の土埃の中から飛び出し、拳を振りかぶって緑谷に迫る。

 

「緑谷ァッ!」

 

「う、うおおぉぉぉおおっ、来てみやがれェェッ!!」

 

 動けない緑谷をとっさに永久がその胸に抱き抱えてかばい、自分を犠牲にしてでも緑谷を守らんと、まるで母が子を守るように、その身を盾にする。

 それをさらにかばって、脳無の前に立ちはだかる形で、切島が全身を硬化させ、拳の一撃を受け止めんと構える。恐怖を、不安を打ち消さんと、裂帛の気合をこめた咆哮で己を奮い立たせる。

 

 しかし、そんなものでは到底あの一撃は防げない。このままでは、切島も永久も死ぬ。

 それを悟った緑谷は、逃げてくれ、と声を上げようとして…………聞いた。

 

 

「よく頑張った、少年少女」

 

 

 このピンチに待ち焦がれた、その声を。

 

 

「遅くなってしまったが……後は、私に任せろ」

 

 

 そして見た。

 そのすぐ横を、風のような速度で駆け抜けて、切島の前に飛び出した、No.1ヒーローの姿を。

 

 

 

 

「デトロイトォォオオォ……スマァァアァアッシュ!!」

 

 

 

 

 振りぬかれたオールマイトの拳は、緑谷の一撃とは比べ物にならないほどの威力で……周囲に凄まじい衝撃波をまき散らし、殴りつけた脳無を、たったの一撃で、建物の天井を突き破って、空のかなたに吹き飛ばした。

 

 流石は本家本元と言うべきか、先程に倍して衝撃的な光景に言葉を失う皆の目の前で、彼は、言った。

 

 

「もう大丈夫。なぜなら……

 

 

 

私が来た

 

 

 

 


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