「……え? 誰、あれ……?」
誰かがそんな風に呟いた。
誰が言ったのかは、わからない。誰がそう言ってもおかしくない状況だったし……もしかしたら自分が言ったのに気づいてないだけかもしれない、とすら思う。
あ、ありのまま……やめようふざけるのは。さすがにちょっとそういう雰囲気じゃない。……てかなんかさっきもこんなのやったな。
もうなんかシリアスが過ぎてむしろそういう空気に逃げたくなってくるくらいだけど、ちょっと今は真面目に思考しなければならないようだ。
簡潔に言おう。オールマイトが……しぼんだ。
さっきまで、筋骨隆々を絵にかいたかのような、逞しく、頼もしい姿で拳を振るっていたオールマイト。AFOとやらを相手にしても、一歩も引かない勇猛な戦いぶりを見せていた。
それが……今、AFOの何度目かの攻撃を相殺した直後……土煙の中から現れたその姿は……一瞬前まで見えていたそれと、全く違うものになっていた。
鋼のような筋肉に覆われていた体は、ヒョロヒョロとしか言いようがないような痩せた体躯に。
体にぴったりフィットしていたスーツは、隙間ができてぶかぶかに。
頬がこけ、骸骨を思わせる、不健康そのものな見た目になり……トレードマークだったはずのV字の前髪は、力なくしなだれている。
……私の、私達の記憶が確かなら、あそこに立っていたのはオールマイトだったはずだ。
あるいは、見えないくらいの速度で入れ替わりやら何やらが起こっていないのなら……つまり今あそこに、同じように立っている彼が、オールマイトだということになる。
見た目で一致するところが、金髪くらいしかパッと出てこないが。
「な、なあ、アレ……オールマイトか?」
「え、や、いやいやいや……何で? え、見た目、全然違……え?」
思わず、と言った感じでつぶやいてしまったらしい切島に、ちょうど隣にいた取陰が、狼狽えた様子を隠せないままに言い返す。それを皮切りに、皆次々と……
「服、は、同じっぽいけど……何なの? あの姿……」
「ひょっとして、あの黒仮面の攻撃とか『個性』でああなった、とか?」
「つか、あの顔、ってかあの見た目……どこかで見たことあるような気が……」
皆、いきなり目の前で、オールマイトがあんな姿になってしまった現実を受け入れられていない。
というか、私もそうだが……いきなり、あまりにも意味の分からないことが起こったせいで、どう反応していいものかすらわからない、って感じだ。いやホント、この状況何なんだ?
周囲にいる他のプロヒーロー達も、状況がわかってないみたいできょとんとしてるし……いや、ナイトアイとグラントリノだけは様子が違うような……?
あれが本当にオールマイトだとして……さっき誰かが言ってたように、デバフ系の『個性』か何かで、力を奪われてあんな風になった、と考えるのが適当だろうか?
……そんな風に私も思っていたんだが、すぐ近くで、
「そん、な……ひみ、つ……!」
かすれたような声で、すぐ隣にいた私くらいにしか聞こえないであろう音量で……愕然とした表情で呟いていた緑谷を見て、何か違いそうだ、と思い直した。
同時に、彼は何か知っているっぽい、とも。
どういうことか、と聞くよりも早く、場面が動く。
「大したものだね、その姿……『トゥルーフォーム』を晒されようとも、依然『平和の象徴』は、少なくともその精神は健在というわけか。本当に、大した人柱っぷりだな、オールマイト」
トゥルーフォーム……直訳で、本当の姿?
やっぱり、アレは間違いなくオールマイトで……しかも、デバフでああなったわけじゃない、と?
というか、私達が話していた間にも、AFOとオールマイトは話していた風だったんだが……そんなに大きな音量じゃなかったからか、聞き逃してたな……。
そこから、話は私達に、あるいは聞いている全ての者達にとって都合のいい方向に進んでいく。
あるいは、AFOは狙って語り、聞かせていたのかもしれない。一体、この光景はどういうことなのかを。今目の前で、何が起こっているのかを。
その話の通りなら……オールマイトとAFO、この2人は、数年前にも一度戦っている。
その時の壮絶な戦いに、オールマイトは辛くも勝利したものの、その代償は大きかった。
本来なら、引退どころか、そのまま病院で寝たきり生活になってもおかしくないほどの傷を負い……重篤な後遺症も残り、大きく力を落とすこととなった。
戦闘時には筋骨隆々の姿に変化できるものの、本来の姿はやせ衰えてしまい、戦えるのは一日にせいぜい数十分から数時間が限度。それも、徐々に短くなってきていた。
そんな体でも、『平和の象徴が倒れるわけにはいかない』と、無理を押して戦い続けて来たのだという。最早戦えない体であるという事実を、必死に押し隠して。
と……皆が聞き入る中で、そこに横から割って入る人が1人いた。
☆☆☆
「……何だ、それは……?」
呆然と立ち尽くし……といった様子ではないが……わなわなと震える声で、目の前の出来事が信じられないとでも言うように。
その身から噴き出す炎の揺らぎに、まるで精神の動揺を現しているかのようにして……エンデヴァーは、目の前で大きくその姿を変えたオールマイトを、ただ1人、自分が超えられずにいる男を凝視していた。
超えられないと絶望した圧倒的な力強さが、微塵もなくなってしまったその痩躯を。
「ふざけるな……何だ、その姿は……何だその情けない姿はァ!?」
オールマイト以外見えていないかのように吼える姿に、ヒーロー達も……轟も、何も言えない。
「ショックだったかな、エンデヴァー。長年君が超えられずにいた絶対強者……その真の姿が、そんなにも……おっと」
直後、AFOの頭があった位置を、目にも留まらぬ速さで、錐のように細く長く尖った、エッジショットの足が通過する。
さらにそこから追い込むように、ジーニストの操る繊維が縛り上げ、動きが鈍ったところに、ミルコの蹴りが叩きつけられる。
「抜かせ、破壊者……!」
「動揺しているかと聞かれれば……成程否定はできん。だが……だからといって……」
「ムキムキだろうがヒョロヒョロだろうが……オールマイトはオールマイトだろォがよ!」
立て続けにぶつけられたその言葉に、内心AFOは驚いていた。
が、すぐに納得する。ヒーローとは、こういう生き物だった、と。
そのままミルコの蹴りを難なく、その後に続いた4連撃も含めて受け止めるも……今度はその反対側から、凄まじい速さで飛び込んできたホークスが、『剛翼』の中でも長く大きな羽を剣のように振り抜く。そのまま通り抜けて、攻撃直後で体勢を崩していたミルコを抱えてその場を高速で離脱し……そこに、エンデヴァーの『ヘルフレイム』の炎が吹き付け、AFOを包みこんだ。
それすらこともなげに、腕の一振りで打ち消してしまうAFO。しかし、周囲を取り囲むヒーロー達の目には、あきらめも絶望も微塵もない。
追撃しようとすれば、放った攻撃を阻むかのように、暴風が吹き荒れて盾になる。空から舞い降りて来たターニャが起こしたそれで防ぎきれなかったものを、今度はパンドラズ・アクターが姿を変えた純銀の聖騎士が切り払い、届かせない。
ふと見れば、周囲の瓦礫の山と化した建物から、虎やシンリンカムイ、ウワバミやラバーエンプレスといった面々が、瓦礫をどけ、取り残されている人々を懸命に救助している様子が見られた。
「我々には……あなたと共に戦うだけの力は、ない。せめて、これくらいしか……」
「あなた達の邪魔にならぬように……! 周りは我々にお任せください!」
「だから……お願いします、オールマイト!」
―――勝ってくれ!
その場にいる者も、そうでない者も……あるいは、テレビの向こうでこの闘いを見ている者達も、かもしれない。
皆がそう思っているかのように、声を上げたかのように……オールマイトは、全身にそんな思いが叩きつけられたように感じた。
もしかしたら、錯覚かもしれない。いや、普通に考えてそうだろう。遠く離れたここに、日本中に散らばっている人々の声など、聞こえようはずもないのだから。
それでも、そんな意思を感じたと……それだけで、オールマイトが……No.1ヒーローが奮起するには、十分なきっかけだった。
そして、その周囲を囲むように立つ、他のヒーロー達もまた、それぞれの思いを胸に秘めて、一歩も引かずにAFOに相対している。
炎を燃やし、翼を広げ、足を疼かせ獰猛に笑い、襟元を正して隙無く構え、暴風を起こし、姿を変えて万能の個となって……いかなる言葉が飛んで来ようとも、揺るぎなどしないと言わんばかりの、肩を並べるにこれ以上ない頼もしさ。
とうの昔に限界を迎え、その身から力が抜け落ちようとも……仲間達とともに、揺るがぬ闘志を宿した目で、オールマイトは、中空から見下ろす巨悪を睨み返す。
そんな彼らを、AFOは……仮面ゆえに、その目を見ることはできないが……明らかに冷ややかなものを視線に乗せて見下ろしていた。
「皆が君の勝利を望んでいる……か。いかにも、ないし、これぞヒーローといった状況だな」
ちらりと視線を上げるAFO。
斜め上に向けられた目の先には、夜空を飛び回りながら、恐らくはこの光景を中継しているのであろう、テレビ局のヘリコプターが見えた。
「物は言いようだな……と、つくづく思うよ。いい気なものじゃないか、特に当事者でもなく、対岸の火事で物事を見ていられる者達の、その場その場の適当な応援……それでよく、君達ヒーローという人種は、命すら懸けて戦えるものだと、いつも思う」
ちょうどズームで戦場の様子を捕らえていたカメラマンは、AFOの視線が明らかにこちらに向いていることに気づき、どっと冷汗を流すが、プロ根性とでも言うべきものか、必死に動揺を抑えて撮り続けているようだった。
それにわずかに感心しつつも、AFOの冷ややかな視線は、そのカメラの、むしろ向こう側に向いている。
カメラの向こう、すなわちテレビの前には……視聴者が、この戦いを、安全圏から飲み物でも飲みながら、ゆっくり見ている一般人がいるのだろう。
「恐らく彼らは、最初こう思っていたことだろう。『何だかんだで今回もオールマイトが勝つ』『オールマイトが何とかしてくれる』と……あるいはもっと偉そうに、『最近『敵』が暴れすぎだ』とか、『最近のヒーローはたるんでる』とかわかったようなことを言っていたかもしれないね。そして今は、きっとこう言っていることだろう……『負けないでくれオールマイト』『あんたが勝てなきゃ誰が勝てるんだ』『どんな姿になってもあなたはNo.1ヒーローだ』……こんなところかな」
「……それが何だというんだ、AFO」
「よくもまあこんな無責任な応援を力に変えられるものだ、と思ってね。結局は皆、対岸の火事を見て騒ぐ野次馬でしかない。厚顔無恥で偉そうな評論すら飛ばして、テレビの前でわかった風な口を利いている。そのくせ、自分の足元に炎が迫る段階になると、いかにもな被害者面をして、君や他のヒーローに泣きついてくる。一見、ヒーローを信頼し、希望と未来を託す美しい絵面に見えるかもしれないが、結局は現実が何一つわかっていなかった愚か者が、突きつけられる当然の未来に『どうしてこんな目に』と泣き喚いているだけだ」
心底呆れているかのように、淡々と話し続けるAFO。
「超常黎明期、力がなくとも必死で明日を手にするために1人1人が抗い戦っていた時代を知っている僕からすれば……今のこの国は、無様を通り越して滑稽としか言えない。よくもまあこんな、無責任な傍観が成り立つような、堕落しきった平和を作り上げたものだ、逆に感心するよ」
世が荒れているのは、人々が縋れるものがないからだと。自分がその柱に、平和の象徴になるのだと……まだ志村菜奈が健在だったころ、当時のオールマイトがそう語っていたのだと、楽しそうに話していたのを、グラントリノは思い出していた。
有言実行。オールマイトは見事にそれを成し遂げてみせた。
華々しい活躍により、その存在そのものを『敵』に対する抑止力とし、犯罪率を、世界平均が20%に対して、日本のそれを6%にまで抑えた。さらには6年前には、死闘の末に一度はこの宿敵・AFOを打ち果たすまでに至った。
1人の偉大なヒーローがもたらした偉業。無敵の英雄が作り出した奇跡の平和。まさにそんな風に評されるにふさわしい世界が、いつしか形作られていた。
だが一方で、彼1人にもたれかかって形作られる、歪な平和でもあった。
「問題は多いが、人々が自力で必死に支えるがゆえに、ちょっとやそっとでは揺るがない平和。水準は高いが、たった1人に頼り切りになって、それが失われればあっというまに転げ落ちていく
「そうやって我が物顔で……人の幸せを、未来をまた奪うか、AFO! 貴様はいつもそうだ……人の弱みに付け込んで、戯れに掻き回し、付け入り、支配し、弄ぶ……。日々を暮らす人々の日常を……理不尽をもって脅かし、壊し、奪い、嘲り笑う! 私は――」
言い終えるより先に放たれた、AFOの攻撃。
幾度となく放たれ、地形を変え、町を破壊した空気の砲弾が……トップヒーロー達ですら、受け止めること叶わなかったそれを……
『フルカウル』を思わせる火花と共に、一瞬だけ、右腕1本を『マッスルフォーム』に変えたオールマイトの一撃が、相殺し、打ち消した。
「私は……それが、許せない!」
テレビを通して人々が見守る前で、オールマイトは……歪な姿のままで、堂々と言い切った。
「尊大な物言いだ……際限なく抱え込み、守り、支え、戦い続けたその果てが……今のこれかい?」
「貴様が以前言った通りだ……ヒーローは、守るものが多いんだ……だから、負けないんだよ!」
とうに限界を迎えているのが明らかにもかかわらず、微塵も衰えぬ闘志を見せるNo.1。
その姿を、その目で見ていたヒーロー達は……今の一撃もあって、悟っていた。
エンデヴァーの炎も、ミルコの脚も、ターニャの風も……この中で特に攻撃力のあるいずれの攻撃も、通じなかった。パンドラの奥の手ならあるいは、とも思えるが、あれは隙が大きすぎる。
より強さを増したあの巨悪に……AFOに届き得る刃があるとすれば、それは……依然、1つ。
衰えてなお、頂点に立ち続けた……最強のヒーローの拳のみ。
それを悟った彼ら、彼女らは、不本意、ないし複雑な思いの者も含めて……誰が何を言うまでもなく、やるべきことを見据えて心を決める。
道を作る。
守り、導き……こじ開ける。
オールマイトが、AFOに……その一撃を叩き込むまでの道のりを……自分達が作る、と。
相手の攻撃は、どれも一撃でこちらを葬るだけの力があるものばかり。それを上手くさばきながら、オールマイトを守り……できるならば、そちらに攻撃自体届かせないようにする。
未だに全容すら見せていないであろう伝説の『敵』を相手に、それを成す。文字通り、全員が決死の覚悟で挑まねば不可能……いや、それでも実現に足るかどうか怪しいとすら言える。
それでも、そんなことで尻込みする者は1人もいなかった。
場の空気が変わったことを悟り、AFOはふぅ、とため息をつく。
「ヒーローというのは、つくづく奇特な人種の集まりだな……よかったじゃないかオールマイト、あの世への道連れには事欠かなそうだ、死後の旅路も寂しくはないだろう」
「生憎とそんな予定は入れられないさ……こちとら今年は学校の先生だ。さっさとこの騒動を終わらせて、向上心豊かな有精卵共のために、2学期の学習計画を立てないといけないんでね!」
最強のヒーローと、同じく平和のために戦うヒーロー達。対するは、超常黎明期より裏の世界にに君臨する、最凶最悪の『敵』。
とうとう始まる、最後の大一番を前に……
……そこより少し離れた場所で、密かに火がついている者達が……いた。
「ねえ、皆……話が、あるんだけど」
「何だよ、緑谷……まあ、何となくわかるけど」
「緑谷君、何を考えて……あんな戦い、僕らが割り込んでいいものじゃないぞ!」
「けろ……それにさっきも話になったけど、私達は本来は、ここにいるべきじゃない立場なのよ? 連れてこられたのは強制的にだったけど、これ以上私達の側からしゃしゃり出るのは……」
「けどよっ……オールマイトや先生達がああまでやってんのに、俺達だけ何もしないなんてよ……まだ自分達が未熟だってことなんてわかり切ってるけど、それでも……ああ、上手く言えねえ!」
「言わなくても言いたいことはわかるよ切島……ここにいる連中、大体同じこと思ってるだろうしさ」
「……何もできずに、指くわえて見てるよりは……確かに、な」
「そもそも私ら、帰れるのかねこのまま……避難しようにも、この大所帯で動いたらまず間違いなく狙い撃ちだよ?」
「こ、怖いこと言わないでほしいノコ……でも確かに……あの空気砲一発、適当にこっちに向けて撃たれるだけで壊滅間違いなし……少なくとも数人は死ぬかも」
「それに……AFOだっけ? あいつがオールマイト達を始末したら、次はどう考えても私達の番じゃん?」
「ちょっとやめろよ取陰! まるでオールマイト達が負けるみたいな、そんな……」
「けど実際、オールマイトは著しく弱体化し、No.2以下のヒーロー達はまるで相手になってない。正味な話、ジリ貧というか、時間の問題だと思うね」
「物間、あんたまで! こんな時にまでそんな……」
「別に嫌みで言ってるわけじゃないよ拳藤。……味方を鼓舞するだけじゃない、時には冷静に、冷徹に戦況を分析して、正確な現状と、今取るべき最善の方策を提示するのも大切な役目だ。……それが例え残酷な現実でもね」
「けど……実際、あんなレベルの戦いに、私達ができることなんてあらへんよ……トップヒーローでもだめだったのに、私達みたいな、ヒーローの卵なんかじゃ……」
「……さて、それはどうだろうな?」
「「「!?」」」
「え、栄陽院さん? それはどういう……ま、まさかあなたまで……」
「……いや、別に勢いとか自己満足とかでじゃなくてよ……意外と私ら、出番回ってくるかもしれねーぞ? というかむしろ、いやまさに、だな……今、取陰と物間が言った通りだ。逃げられないなら、逆に……」