オールマイト先生が来てからは、早かった。
あっという間に事態が収束した。
何か、あいつらが『対オールマイトの秘密兵器』とか言ってたあの黒い敵は、私達を絶体絶命の所まで追い込みこそしたものの、間一髪間に合ったオールマイト先生の必殺のパンチ、そのたった1発で星になった。
マンガみたいに、空のかなたに飛んでいった。ドーム型の屋根を突き破って。
その後、流石にもう分が悪い……どころじゃなく、逆転の目がないと悟ったのか、死柄木と黒霧の2名は退却を図り……しかし、同時に駆けつけていたスナイプ先生の銃弾に両手両足を撃ち抜かれていた。
さらに、13号先生が負傷を押して『ブラックホール』で吸い込んで拘束しようとしてたが、さすがに距離がありすぎたためか、吸い寄せる前に逃げられてしまった。ワープで。
その後は、オールマイト先生を含めた先生方が迅速に動いた。
その時改めて見て知ったんだけど、スナイプ先生だけじゃなく、プロヒーローの先生方が何人も駆けつけていた。校長先生曰く、動ける先生を片っ端から集めたとか。
そういや、生徒一人逃げられて応援呼びに行かれた、って話してたって緑谷が言ってたな。なるほどこのことだったか。
そして、呼びに行ってたのは……飯田か。早いはずだ。
プレゼント・マイク先生にブラドキング先生、エクトプラズム先生にパワーローダー先生、他にも名前がまだわからない先生も含めて、何人も。
先生方はそれぞれ散らばって、まだ行方が分からないクラスメイト達の捜索や、周囲の状況確認、ヴィラン残党の制圧に向かっていった。
で、そのうちの1人であるミッドナイト先生が……他の先生方に目配せしてから、こっちに跳んでやってきた。
彼女が目の前に降り立つと同時に、私とミッドナイト先生の周囲を囲んで隠すように、地面が盛り上がって壁が出来上がった。床がコンクリだから……セメントス先生だな、これは。
そして、『隠している』というこの状況から、女性であるミッドナイト先生が私の所に来た理由をようやく理解した。
ついでに、私がまたトップレスになっていたことも思いだした。
あー……コルセット吹っ飛んだ上に、緑谷守るために学ラン投げつけて、死柄木とかいう手だらけマンに塵にされちゃったからな……上半身の衣服が、ない。
敵との戦いの後、女である私がここにこうして半裸でいる。この状況は、事情を知らない大人が見れば……あまりよくない予想をしてしまってもおかしくないだろう。
「栄陽院さん、大丈夫? 怪我はそこまでないようだけど……ひどいこと、されなかった?」
そう、心配そうに言ってくるミッドナイト先生。最悪の事態も想定して、私を精一杯気遣ってくれているのがわかった。純粋に嬉しい。
……真剣な態度と、モロ女王様なコスチュームとのギャップが激しいとか思ってはいけない。
「大丈夫です。これはその……そういうことされたとかじゃなく、戦闘の余波というか、結果でこうなっただけなので。攻撃をかわしきれなくて、コスチュームが吹っ飛びまして」
「そう……ならいいのだけど。無理はしないでね、まだあなたは……って、あら? その、抱き抱えてるのって……」
と、そこでミッドナイト先生、私が胸に抱き抱えている緑谷の存在に今頃気付く。
包むものなく丸出しになっている胸に、顔をうずめるようにしている緑谷。顔は真っ赤である。
そう言えばさっき、とっさにかばって抱きしめて……そのままぎゅっと抱きしめっぱなしだったっけな。いっけね。
「え、ええっと……ふ、二人はそういう関係、かしら?」
「ぷはっ!? い、いいいえ違ががが違いますミッドナイト先生! コレはその、えっと不可抗力と言うか気が付いたらこうなっていてっていうか栄陽院さん! は、早く前隠して!」
「あはははは……ごめん緑谷。えっと、さっきとっさに敵の攻撃から緑谷を……あー、大技の反動で動けなくなってて、回避が難しそうだったので、抱き抱えてかばったんですよ。それだけです」
「あ、そうなの。しかし、コスチュームなくしてるってのにためらいなくそんな……体張るわねえあなた……。というか、そのまま囲っちゃっておいて何だけど……男子に思いっきり見られてるって言うか、そんな風に抱きしめてたのに、恥ずかしくないの? 大丈夫?」
「あーまあ別に、減るもんじゃありませんし……ガチの非常事態でもありましたから、仕方ないというか……気にしませんよこのくらいは」
「こらこら、女の子がそういうこと言っちゃダメよ、栄陽院さん。あなた可愛いんだから……無防備だとか不用心だってたまに聞いてたけど、こういうことだったのね」
ちょっと呆れたような感じでため息をつくミッドナイト先生に、私が苦笑いを返していると、
「あ、ああああああの! え、栄陽院さん……き、着るものないならほら、コレ! コレ貸すから着て! 隠して!」
そう言って、緑谷が自分が来ていたジャージの上を差し出してきた。
自分は見ないように、硬く目をつぶった上で顔を反らしながら。
正直どうしようかと思ってたとこだったので(今更)助かる。お言葉に甘えて、ちょっと貸してもらうことにした。
「ありがと緑谷、今度洗って返すから……んしょ、っと」
「い、いえ、どういたしまして…………えっと、もういい?」
「うん。もう着た」
「そっか、ならよかっ…………ぅわぁ」
ほっとして私の姿を改めて見た緑谷だが、再び顔を赤くして絶句していた。
緑谷のジャージ、ありがたく着させてもらったはいいものの……かなり無理して胸を中に収めたので、その……胸の部分がぱっつんぱっつんなのだ。激しく動いたらはちきれそう。
加えて、緑谷のジャージってMかLサイズ(多分)だけど、私の体格、というか身長だと最低でもXLとかないとだから……丈が足りなくて腹出しルックみたくなっちゃってる。
まあでも、折角貸してもらった服に文句言っちゃいけないよね。
「いやーありがと緑谷。さすがに私もアレで帰れって言われたら恥ずかしかったからさー……最悪、さきっちょに絆創膏貼ってそこだけでも隠そうかとか考えてたから、いや、助かった」
「さきッ……絆創、膏……!」
「あなたねえ……自分のことに無頓着にも程があるわよ。女の子なんだからもうちょっと……」
『まったくこの子は……』みたいな顔で見てくるミッドナイト先生に呆れられていると、外からセメントス先生が『個性』で壁状の囲いを解除したので、その指示に従って入り口付近に集合することに。怪我人の把握とかしたいらしい。
そっちに目をやると、既に私達以外のクラスメイト達は全員そこに集まっている様子。あそこで状態を確認して、
軽い傷を負っている者はあちこちにいれど、1人もかけることなく、クラス20人全員がこうしてそろっている。
それを確認して、私は改めてよかった、と感じ……同時に、この騒動はようやく終わったんだな、という実感を改めて持つことができた。
「あーじゃあ緑谷早く行ったほうがいいかもね。個性の反動とはいえ、結構腕きついでしょ? 一時は動けなくなってたくらいだし」
「それを言ったら栄陽院さんだって、背中にきついの食らってしばらくうずくまってたじゃない」
「ちょっと待ちなさい、あなた達そんな怪我してたの? 聞いてないわよ全くもう……はいさっさと行く! バカ話してる場合じゃなかったんじゃないの」
ミッドナイト先生にぴしゃりと言われて、私と緑谷は駆け足で集合場所に向かった。
……ただ、私が食らったのは敵じゃなくて爆豪の攻撃だったんだが……まあ、言わぬが花か。
☆☆☆
USJから学校に戻り、制服に着替えてようやく一息ついた私。いやー、疲れた疲れた。
リカバリーガールから『チユ―――!!』してもらったおかげで、傷はすっかり治っている。
それでも流石にというか、今日は大事を取って、学校もう終わり、1-A帰宅ってことになったので、ご厚意に甘えてゆっくり休もうかな、今日くらいは。
家に戻り、部屋のベッドにごろんと横になったところで、今日のことを思い返す。
さっきの事情聴取の中で、追加で聞かされた内容も含めて。
今日襲って来たあの謎な集団は、『
もっとも、どちらもこっぴどく失敗に終わったけど。
オールマイト先生はさすがの強さというか、『秘密兵器(キリッ』とか言ってたあの黒い奴……脳無とかいう奴も、たったの一撃で吹き飛ばしてたし、残った主犯格である、死柄木弔と黒霧の2人も、その後何もできずに逃げ帰った。両手両足にスナイプ先生の銃弾食らって。
生徒たちを殺すために散らばらせて待機させていたらしい敵達は――といっても、こっちは全然死柄木とかより大したことない、チンピラ程度だったが――ことごとく生徒が自分達で撃退。
取り残した者達も、駆けつけた先生方が捕縛していた。
終わってみれば呆気ないものだと思ったが、それでも本物の敵が相手だった以上、何か一歩間違えば、私達の身に悲劇が起こってたかもしれないんだ。そのへんは注意しよう。
あっけないと言えば、あの、一撃で敗れた『秘密兵器』……脳無についても聞いた。
あの後、施設外の雑木林で脳無を発見、拘束して連行したらしいんだが……その際に軽く調べたことで、あれほどあっけなく脳無が吹き飛ばされた理由がわかったとのことだった。
アレがホントにオールマイト級の力を持っているのかどうかはともかくとしてだが……脳無はあの時、死柄木に崩壊させられた耳がまだ治り切っていなかった上、奥の方に金属片が残っていた。
そのせいで、鼓膜はともかく、平衡感覚をつかさどる三半規管その他の再生が不完全だった。
ゆえに、平衡感覚に異常をきたしてふらふらの状態で、死柄木の命令は聞こえても、殴るために踏ん張ることも何もできていなかった。そんな状態で、生徒に手を出されて怒り心頭のオールマイト先生の一撃をもらったものだから、全く相手にならずに吹っ飛んだというわけだ。
ぐるぐるバットとかの直後の『目が回っている』状態を思い浮かべればよさそうだ……あんな状態で最強ヒーローのパンチくらったら、そりゃいくらショック吸収持ってても吹っ飛ぶわな。壊れないってだけで、踏ん張れないんだし。
なお、その件に関して私達は『ちょっとやりすぎ』と、軽くだけど注意されてしまった。
着眼点はよかったけど、この作戦は下手したら相手を……捕獲するべき敵を殺してしまうかもしれないものだったって。耳から金属片を叩き込んで、延髄や脳に届いたら、って。
緑谷は爆豪の細かな調整力とセンスを信じて鼓膜の破壊と異物の混入を任せたんだろうけど……まあ、そこだけ聞いたら確かに無茶苦茶な作戦に聞こえても仕方ないかな。
相澤先生と13号先生についても聞かされたが、命に別状はないとのこと。それはよかった。
これ以上は色々と捜査情報になるので明かされなかったが、とりあえず雄英は、明日は臨時休校になるらしいので、ゆっくり心と体を休めることができそうだ……
……と、普通ならなるんだろうが、私はちょっとそれは無理そうだ。
ベッドに横になったのはいいし、疲れてるのもそうなんだけど……同時に、今からもう既に動きたいというか、『準備』に取り掛かりたいことがあるので、私はスマホを手に、電話をかけている。
相手は……私の母だ。
「そういうわけで母さん。近々必要になると思うから、あそこにある訓練施設と……併設の諸々の用意したいんだけど。あと……」
『そう、そう……ええ、わかったわ、手配しておくわね。それにしても……ふふふ』
「? 何、母さん?」
『ようやく見つかったんだな、と思ってね。あなたにも……支えるべき人が、ね』
「……うん、もう決まった。間違いない。あの人しか……いない」
『そう……なら、私も応援するわ』
暫く話して、細かいことを確認してから、切る。
電話の向こうで、『栄陽院』の本家にいる母さんは、そう言って私の出会いと決意を祝福してくれた。同時に、全面的に私のやりたいことを応援すると言ってくれた。
私の、『緑谷出久育成計画』……その、本格稼働を。
今もこうして目を閉じると、あの瞬間、土壇場で個性のさらなる制御に成功し、死柄木を黒霧ごとドームの反対側まで殴り飛ばしたあの光景がよみがえる。
舞い散る火花、迸るエネルギー、そして、それでもなお底を見せない、緑谷の持つ『可能性』。
目に映ったそれらを反芻するだけで、胸が高鳴る。顔がにやける。
あの時の出力は、明らかに『フルカウル』で制御可能だった最大値、2%を超えていた。
一体どのくらいだったんだろう? 3%? 5%? いやひょっとして、8とか10かな?
いずれにせよ、アレは力の片鱗であり、未来への可能性だ。
だったら……それを引っ張り出してあげることこそ、私の役目。
丁寧に畳んで持ち帰ってきた緑谷のジャージ……洗うのもったいないな、ちょっと。でも、返さないわけにはいかないから仕方ない。
焦るな、落ち着け……確かにお宝を返しちゃうのは残念だけど、そのくらい、いくらでも取り返せるだろう。シーズンに入って、彼をうまく誘えれば、一石二鳥で……ふふふ。
あー……それにしても……
(クラスとかで普段は、男子相手にもボーイッシュでフランク、無防備で不用心な天然女子で通ってるけど……いや、別にあれも演技とかじゃなくてホントに素なわけだけどさ……一旦こんな風にスイッチ入ると、なかなかに変態的な思考が抑えられずあふれ出てくるな……でも、仕方ないよね。コレはもう、アレだから、宿命だから、『幾瀬』の血の)
とりあえず、目下迫ってきている『雄英体育祭』だ。
コレに向けて、緑谷を育てよう……というか、一緒に強くなろう。
今回の一件では、少なからず私自身にも、改善して鍛えるべき点が見つかったから。
今日はまあ、休んで食べて回復に努めるとして、明日から色々準備だな……
「…………ふひひ」
まあ、苦にはならないが。