TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第19話 TS少女とマッサージ

Side.緑谷出久

 

(どうして……どうしてこうなった!?)

 

 依然としてパニック状態の頭は、冷静に何かを考えるということを許してはくれない。

 というかそもそも落ち着ける気がしない。こんな状況で落ち着くことができたとしたら、それはむしろそっちの方がまともな神経かどうかを疑う。

 

 どうにかしてこの状況を打破しなければならない。さもないと大変なことになる。

 それはわかってるが、この状況はそのために僕が動くことすら容易には許してくれないものだ。動けばそれだけで取り返しのつかないことになる可能性すらあり、しかしこのまま黙ってなすがままになっていていいはずがない。

 

 たとえこの状況が、見た目のみならず実際にとても心地よく、ともすればこのまま待っていれば、自分を目くるめく快楽の縁へ連れて行ってくれるものかもしれないとしても……譲れない一線がある。

 ヒーローとして、男として、それだけは、それだけは許容できない!

 

「ああ、ほら緑谷動かないで。オイル塗るから」

 

「ひゃうん!?」

 

 と、覚悟を決めた瞬間に、背中から栄陽院さんに抑え込まれて……同時に、むき出しの背中にとろっとした感触が触れる。今言ってたことからして、彼女が手でオイルを塗ってくれているんだろう。

 

 ……白状してしまうと、今僕は、彼女の部屋のリビングで……床に敷いたタオルマットの上に、ごろんとうつぶせの姿勢で横になっている。

 

 しかも、半裸で。

 裸で、腰にタオルを巻いただけの姿で。

 

 その状態で僕は、今から栄陽院さんにマッサージをしてもらう……という状況だ。

 

 ……本当に、どうしてこうなった……!?

 

 

 ☆☆☆

 

 

 時は少しさかのぼり、僕が栄陽院さんと一緒に、トレーニングジムを出て、栄陽院さんの部屋に戻ってきたところまでさかのぼる。

 

 2人共ジムのシャワー室で汗を流して、もってきておいた部屋着に着替えていたので、そのまま部屋でしばしゆっくりくつろいだ。

 体を休めるついでに、持ち込んだ学校の課題をやったりして。

 

 途中で栄陽院さんがジュース持ってきてくれたんだけど、すっごい美味しかったな……汗いっぱいかいたから、つい飲みすぎちゃったかも。

 

 その直後あたりで、ジュースのビンのラベル部分に書いてあった値段が5ケタだったことに気づいて青ざめたけど、栄陽院さんは全く気にせず飲んでいた。

 ていうか、1万円超える値段のジュースなんてあるんだ……初めて知った。

 

 聞けば、ドイツ産の輸入品目なんだそうだ。昔知り合いに貰って飲んでからお気に入りで、割とよく買って飲んでるんだって。

 せ、せれぶりてぃ……。っていうか栄陽院さん、ドイツに知り合いいるのか?

 

 その後、栄陽院さんがキッチンで夕食を作ってくれた。

 

 手伝おうかって言ったんだけど、1人で作る方が慣れてるし、疲れてるだろうからゆっくりしててくれって言われて……せめて、食器とかテーブルの用意はさせてもらった。

 

 している間も、正直ちょっとドキドキが止まらなかった。だ、だって、女子が手作りしてくれた料理を食べる機会があるなんて……我が世の春って奴だろうか。

 

 そんなに長くない髪を頭の後ろで縛り、エプロン装備で手際よく料理を作っている栄陽院さんが、すごく輝いて見える。あまり見慣れない普段着姿は、予想通りと言えばその通りのズボンスタイルだけど、長い手足の彼女にはかえって、すごく映えると思えた。

 

 キッチンに立つ女の人って、こんなにも魅力的に見えるものだっただろうか。最近はつまみ食いを繰り返しながらご飯を作るお母さんしか見てないからちょっと忘れかけていたよ。

 

 のんびりリビングのソファでくつろぎながら、僕のために食事を作ってくれる女の子をぼーっと見ている。……なんかいいなあ……こういう時間。

 

 ……ただ、その手元に目をやると若干の、いや割と強烈な違和感が襲ってくるけど。

 

 ……話に聞いてはいたが、デカい。

 何がって? 調理器具が。

 

 クラスでも噂になってたし、実際に彼女の弁当箱を見たこともあるから知ってはいたけど、栄陽院さんは『個性』の関係もあってかなりの健啖家らしく、弁当も普段の食事も、大量に料理を作って食べるんだそうだ。

 それを効率よく、というか一気に作るためだろう。フライパンも鍋も、まな板も包丁も、どれもこれもかなり大きい。大人数用のパーティーメニューでも作るのかってくらいのサイズだ。

 

 それを調理するコンロとかの設備も大きい。特注品じゃないかなアレ? わざわざ設置したのか? こだわってるなあ……何人前の料理が出来上がるんだろう。

 まあ、ここには2人しかいないし、そもそも普段は彼女は1人で作って食べてるわけだが。

 

 しかし、調理工程はかなり豪快ではあるものの、出来上がる料理はどれもおいしそうなものばかり。いい匂いもしてくるし……気が付けば僕は、リビングからお腹を鳴らしてキッチンの栄陽院さんをガン見してしまっていた。

 そうしたら苦笑しながら『もうちょっとかかるから待ってて』って……ああ、やっぱいい、この若奥様感……。

 

 ほどなくしてできた料理は……やはりというか多かった。

 炊飯器に炊きあげられた白米のほかほかご飯に、肉じゃが、豚のショウガ焼きに青椒肉絲に麻婆春雨……デザートの果物類はともかく、ガッツリ系の料理がこれでもかと。何人分だろこれ……。

 しかし、残ることはないんだろう。見てる端から彼女の口の中、ひいてはお腹の中に消えていってるから。

 

 もちろん、僕もいただいている。いろんな料理を少しずつって感じで、何かこう……レストランのバイキングとかにいるみたいな感じだ。楽しい食卓である。

 もちろん味も美味しい……出来たてだからどれもあったかくてなお美味しい。

 ついつい行儀悪くかきこんで食べちゃったりしたけど、栄陽院さんは咎めることもなく苦笑して『誰もとらないからゆっくり食べなよ』って言ってくれた。

 

 ただし自分も食べる+食べるの早いからもたもたしてるとなくなることはあり得る、とも言ってた。

 いやそれあんまりゆっくりできないんじゃ……何、最終的には任せる? あっそう。

 

 栄陽院さん曰く、きちんと栄養バランスとかも考えて作ってくれたらしいので、心置きなく、遠慮なくたくさん食べていいとのこと。明日から本格的に特訓なんだし、力をつけておけって。いくらでもあるからじゃんじゃんお代わりしていいって。

 

 実際にすごい量を作ってあるのは見てわかるし、まさにいくらでも食べたくなるほどにどれも美味しいので、お言葉に甘えてお腹いっぱい食べさせてもらった。

 あー、幸せ……なんて言うんだろうコレ、感動的な満腹感だ。体中の細胞という細胞が、食べて体の中に入ってきた栄養にじんわり浸ってる感じ……

 

 いっぱい運動したあとだから余計にそう感じるのかな。もうなんか、このまま寝たいかも……

 

 けど、ここまでしてもらってホントにだらけてるだけなんて流石にまずいと思い、せめて皿洗いくらいはしようと思ったんだけど、『食器洗い機あるから』と言われて撃沈。

 

 

 

 そしてその直後、『先にお風呂入ってきなよ』と言われた。心臓止まるかと思った。

 

 

 

 い、いや、何もおかしなこと言われてるわけじゃないのはわかるんだけど、ほら、今の今まで美味しい料理とかで頭から抜けかけてたけど、ここ女子の部屋なわけで……僕は男子なわけで。

 そこで、お風呂どうぞとか言われたら、例え彼女に他意が何もなかろうと、そりゃ緊張しない方が嘘ってものじゃないですかわかりますわかるよねわかってください反論は認めない。

 

 ここまでしてもらって一番風呂なんて、とは言ったが、『いいからいいから』と押し切られて、あれよあれよという間に、使い方を簡単に説明されて脱衣場に放り込まれた。

 

 観念して、なるべく無心でさっさと入ってしまおうと心に決め、先に失礼することにした。

 

 ……広いな、お風呂……僕の部屋とかより全然広い。湯舟は足をのばせるどころか、横になってしまえるくらいの大きさだし、ジャグジーまでついてるし……置いてあるシャンプーやボディソープがすごくいい匂い……。

 

 ……ここで毎日、栄陽院さんも……か、考えるな、深みにはまる!

 

 あの彼女の玉の肌がここで毎日磨かれてるのかとか、あのいい匂いや柔らかい感触はこれらのシャンプーやボディソープによって保たれてるのかとか、自分は今彼女がいつも使っている湯舟に裸で身を預けてるんだとかあああああああ考えるな緑谷出久ぅ!

 

 肉体的な疲労はとれたけど、精神的な癒しと疲弊がプラマイゼロくらいになった気がする入浴の時間を終えて、早いとこ着替えて戻ろうと思った僕だったが……脱衣場に戻って、着替えがなくなっていることに気づく。

 

 え、どういうこと? 忘れてきた?

 い、いや確かにここに持ってきたはず……きちんと畳んで、替えのシャツとパンツと、部屋着の上下をここに置いておいたはず。何でないの?

 

 いま、僕は全裸だ。このままじゃ外に出られない。

 なので、一旦タオルを腰に巻いて……恥ずかしいのは我慢して栄陽院さんに声をかける。

 

 タオル一枚の半裸姿で女子を呼ぶとか女子の前に出るとか、普通に考えれば悲鳴上げられて通報されても文句言えない暴挙だけど……これまでのことを鑑みるに、多分栄陽院さんなら気にしないだろう。普通に『どしたの?』とか聞いてくる気がする。

 きちんと事情を説明すれば、『ドジだなー』とか言って笑って許してくれると思う。こういう時には彼女の男っぽい感性がありがたい……いや、こんな状況そうそうないだろうけど。

 

 ともかく、意を決して脱衣場の扉を開け、恐る恐る栄陽院さんを呼んだら、すぐにやってきた。

 しかし、その後の彼女の反応は、驚かれるでも普通にされるでもなく……『こっち来て』と突然僕の手を取ってリビングに引っ張っていかれた。ちょ、ちょっと!? 僕、お風呂上がりで裸……

 

 そしてリビングに来ると、そこにはフローリングの床に、厚手でふかふかのタオル地でできているらしいマットが置いてあって、僕はそこにうつぶせに寝かされて……

 

 ……で、冒頭に至る。

 

 

 

「え、えええ栄陽院さん!? ま、マッサージってそんな、何でいきなり……い、いいよ別にそんなことしなくても!?」

 

「そんな遠慮しなくていいって、私こういうの結構得意だし、疲労回復にも効果あるからさ」

 

「い、いや、疲れくらい寝ればとれるし……そ、そもそも何でわざわざ裸でやるの!? 今のでなんとなくわかったけど、脱衣場から僕の着替え持ってったの栄陽院さんだよね?」

 

「正解。服着ちゃったら脱がなきゃいけない分手間でしょ? だからお風呂あがったら直行してもらおうと思って」

 

「いやだからそもそも……百歩譲ってマッサージはいいとしても、だから何で裸なのさぁ!?」

 

 せめて、せめて服を着させてよ!

 今ホントに僕、体を隠してるのこの薄い布のバスタオル一枚だけなんだけど!? この下何も着てないんだけど!? 取れたりめくれたりしたら見えちゃうんだけど!

 

 その上さらに、なんか栄陽院さんも妙に薄着になってるし! なんでそんな薄手のシャツ?と、下なんてスパッツだけじゃないのそれ!? ズボンとかちゃんとはいてよ!?

 

 いつの間にか……おそらく僕が風呂に入っている間にだろうが、彼女は着替えていた。

 上も下もぴったり体に密着する、体の線が出まくりの超薄着(物理的に)で……下はさっき言った通りスパッツだし、上は……さっきはシャツって言ったけど、これレオタード系か?

 

「いいじゃん自分の部屋の中なんだから」

 

「自分の部屋はいいけど栄陽院さん以外の人がいたらそりゃダメでしょ! はしたないって言われても仕方ないよ!? いくら中にきちんと下着着てるとはいえ、分類的にはスパッツだって下着なんだから!」

 

 スパッツの下にうっすら下着の線が見えるから、ノーパンスパッツっていう最悪の可能性はつぶれたのがせめてもの救いだ。いや全然事態そのものは好転も何もしてないんだけどさ。

 

「そんなこと言ったって、オイルマッサージするんだから服着てたらできないし、塗ってあげるこっちもあんまりダボついた服だとオイルが服についちゃうじゃん」

 

「そもそもオイルマッサージである必要性は!?」

 

「問題です緑谷。この今塗ってるオイルはマッサージ用のものだけど、オイル、つまり油ってのは料理においてカロリーが高くなる要因だと言われることが多い食品です。さて、それはつまり何を意味しているでしょう?」

 

 え、いきなり何このクイズ?

 オイル……食品、油……カロリーが高い…………あっ

 

「ひょっとして、そのオイルにも栄陽院さんの『個性』を……」

 

「あたり。『エネルギー』を溶かし込んでる。これを使ってマッサージすると、疲労回復効果半端ないらしいんだよね……残業に次ぐ残業、休日出勤に次ぐ休日出勤でたまった疲れも吹き飛んで、次の日から気持ちよく会社に行けたって前にやった人は言ってた」

 

「そんなブラック企業勤めみたいな人が知り合いにいるの!? いやそれはともかく……いや別に僕はそこまでされなくても……あのホント勘弁して!? 僕きちんと毎日寝てるし食べてるし、疲れもたまったりしてないから普通に休めればそれで……」

 

 裸で女の子にオイルマッサージとか、それは流石にシチュエーションが刺激的過ぎるよ……

 

 っていうかもう一部手遅れだ。この状況に加えて、やる気満々で着替えた栄陽院さんの服装が刺激強すぎるせいで、僕の体の……どことは言わないが、僕自身の意思でどうにもならない一部分が変形してしまっている。

 なので、今から彼女を説得してマッサージを止めてもらえたとしても、起き上がって着替えに行くのはもうちょっと待って欲しい。遮るものがバスタオル一枚しかないから、確実にばれる……。

 

 ……前に彼女には、『フルカウル』の訓練の時に、もう同じ現象を見られて……というか、彼女に押し付けるまでしてしまっているけど。

 その時の実績から、恐らくばれても気にしないのはわかっているとはいえ、これはもう男としての矜持の問題でして……

 

 そんなことを考えていた僕に、手を止めずオイルを背中に塗り続けている栄陽院さんは、

 

「ダメダメ、気付いてるかどうかはわかんないけど……緑谷、きっちり疲れたまってるんだから」

 

「いや、そんなことは……毎朝気持ちよく起きれてるよ? むしろここ最近は、栄陽院さんのおかげでいい感じに運動できてるから、ぐっすり寝てスッキリ起きれてるし」

 

 これは本当だ。毎日ではないが、例の放課後の特訓や、その時に彼女からアドバイスしてもらった色々な自主トレをこなしている最近は、ぐっすり寝られる。

 質のいい疲労、っていうのかな? 疲れた分はしっかり身になってるけど、後には残らない。

 

 だから、疲れが抜けなくて朝辛いとか、そういう思いをした覚えはここ最近はない。

 

 けど、返ってきた栄陽院さんの答えは……僕の予想の斜め上だった。

 

「そうじゃなくて、私が言ってるのは……緑谷の体に慢性的にというか、抜けきらずに蓄積されてる疲労のことを言ってんの。ずっとずっと長い時間、ないし期間をかけて蓄えられた、ね」

 

「……? えっと、どういう……」

 

「これは私の予想なんだけど、緑谷、あんたさあ……多分、雄英入学する前の1年間くらいかな? 相当無茶苦茶なやり方で体鍛えてた時期とかなかった?」

 

「…………!」

 

 思わず息をのんだ。

 まさにその通りだったから。僕が、オールマイトに後継者として認められてから、雄英入学試験までの10か月間……あの海浜公園でのゴミ拾いをメインに、食事制限や睡眠時間に至るまで、全てを費やしてトレーニングに明け暮れた日々。

 

 確かに、超がつくくらいのハードな時期だったし、毎日尋常じゃないくらいに疲れていた。

 

「おそらくそれか、あるいはそれに近い状況でだと思うんだけど……確かにその時、体は一応鍛えられたんだと思う。けどその時に同時に、長期間過剰な負荷をかけ続けたことによってできた疲労が、化石みたいにこびりついて頑固に残ってるんだよ。これは疲労感とかじゃなくて、筋肉が固まってほぐれにくくなったとか、そういう形で固化しちゃってる。だから、普通に生活してる分には『疲労』として認識できないし、普通に休んだだけじゃ取れない」

 

 ……あの時の、まだ『無個性』だった僕は、人の何倍も努力しなきゃいけないと……それこそ、オールマイトの期待以上に努力しないといけないって、完全にオーバーワークなレベルの訓練をしてまで体を鍛え続けてた。

 

 その後トレーニングプランを調整してもらったけど、オーバーワークは逆効果だってオールマイトにも言われたっけな。

 

 それもどうにか乗り越えられたと思ったけど……乗り越えられてなかった、のか……?

 僕はもちろん、オールマイトも気づけていなかった形で、その時の無茶の影響が体に……

 

「その様子だと図星だね? もともと緑谷の肉体は、鍛えられてはいるけど、個性と同じで、急造というか、突貫工事で仕上げられた感じが否めなかった。本来何年もかけて作るべき体を、短期間で無理やり形になるまでに仕上げた結果、どうしても無理が生じてしまった。そうだな……ゲーム風に例えるなら、レベル上げに必要な期間は短く済んだ代わりに、能力の上昇にマイナス補正がかかった、みたいな状況かな。わかる?」

 

「うん、なんとなく……でも、そんなのどうしてわかったの?」

 

「伊達に毎度毎度、寝技訓練とか人間ギプスで体を合わせてるわけじゃないよ。緑谷の体ならこう動くはずだと思って技をかけてた私の予想と、実際の緑谷の動きや力が微妙に異なる場面が多かったから、それで違和感を覚えた感じ。ああ、これは体そのものにちょっと問題がある、って」

 

 正直に言えば……それを聞いて、少しだけショックだった。

 

 オールマイトに指導してもらって作り上げたこの体に、けちがついたみたいで……いや、栄陽院さんが本当に善意で言ってくれているのも、正真正銘の事実を的確に指摘しているのもわかるんだけどさ……

 

 でも、今の言い方だと、ひょっとして栄陽院さん、その僕の、化石みたいにたまった疲労、ないし、体にため込まれてしまった『マイナス補正』を……?

 

「もともとこのお泊り特訓の目的の半分はそれだったんだ。『体の動かし方を知る』のと……『緑谷の体を真の意味で万全の状態に戻す』。上を目指すために、避けては通れない道だよ」

 

「な……治せるの?」

 

「治せる、つか治す。明日から本格的に訓練に入るんだから、その前になんとしてもね。最低でも改善まではもっていく。そのためには当然、ただご飯食べて風呂入って寝るだけじゃダメ。私の『個性』を全力で使ったマッサージで、筋繊維の凝結を解きほぐして最善の状態にする。現状の状態を壊すわけだから、多少体組織に負担と言うかダメージがあるけど、それを自己治癒力でカバーして余りあるだけのエネルギーを体に入れてあるから問題ない。……さて、欲しがってた事前説明はこんなもんでいいかな?」

 

 話してる間に、下準備なのであろうオイル塗りは終わっていた。背中というか、うつぶせの状態で触れられる部分全体に、しっとりとした感触がある。

 

 ここまで説明されれば……僕がこの後何をすべきか、何をしてもらうべきかは……明らかだった。

 

 栄陽院さんは、こういうことで嘘を言うような人じゃない。だとすれば、僕の体に残っているという、目には見えない『疲労の化石』は、上に行く以上は無視しちゃいけないものであり……彼女はそれを解きほぐして改善することができるんだろう。

 なら答えは決まっている。僕は、オールマイトの期待に応えるために、『ワン・フォー・オール』の継承者にふさわしいだけの成長をするために……できることを全部やると決めたんだから。

 

 ちょっと恥ずかしいくらいなんだ。むしろ、真剣に僕のことを考えてくれてる栄陽院さんに失礼だと思わなきゃ。

 うつぶせのまま、僕は首と目だけを少し動かし、見下ろしている栄陽院さんに言った。

 

「……よろしく、お願いします」

 

「はい、お願いされました」

 

 

 

 

 

 そうして始まったマッサージだけど……やばい。正直舐めてた。

 

 歪んだ体を元に戻すんだから、整体みたいに、痛みをこらえてやるもんだと勝手に思ってたけど……全然違った。むしろ……

 

 

「ふにゃあぁぁあ……」

 

(ひ、ひたすら気持ちいいぃ……! 変な声が口からもれるぅ……!)

 

 

 正にさっき言ってた言葉のままって感じだ。肩や背中の凝り固まった筋肉が、栄陽院さんの手でもみほぐされてほどけていき、あるべき姿に戻るかのような……そこに意味なくかかっていた力が消え、自然な形で僕の体全てに還元されるような、不思議な感覚。

 

 今までの体とは違ってしまっているとわかるのに、あたたかくて、心地よくて……どうしてか、これが本来の、正しい姿だってわかってしまうような……

 

 最初は緊張して、多少なり硬かった僕の体は、すっかりタオルマットに全てを預けて脱力してしまっている。

 け、けどこれ以上は……隙だらけな姿を見せるわけにはいかない! 多少なり緊張感は保った上で、感謝しつつマッサージをふわああぁぁ……

 

(こ、このままじゃ寝ちゃいそう……が、頑張れ僕……負けるな……ここで寝るのは流石に恥ずかしいぞ! ちょっと忘れそうになってるけど、僕今バスタオル一枚だぞ!)

 

「あー、別に寝ててもいいよ? 自分で言うのもなんだけど、気持ちよくて眠くなるでしょ? 起きた時には、前側も含めて全部終わらせておくから、疲れもとらなきゃだし無理しなさんな」

 

 ……待って。今聞き捨てならないことが聞こえた。

 

 え、前もやるの? うつぶせだけじゃなくてひっくり返して前もやるの?

 

 そ、そりゃ全身解きほぐすって言ってたし、だったら腹筋とかそのへんも範囲なのかなってはちらっと思ったけど……こ、この格好で仰向けになるのは今の10倍ぐらい抵抗があるよ!?

 主に、実際にさっきまで大変なことになっていた『変形』の関係で。バスタオル一枚のこの状況じゃ100%隠せないし。何より男は朝とか、寝て起きた時にほぼほぼそうなるんだよ!?

 

 こ、これは絶対に寝るわけには……! いや、寝なかったからって大丈夫とも限らないけど……いくら強くなるためだからと言っても、その一線だけは死守しなければ!

 

 大丈夫、僕ならできるはず! 耐えようと思うな! 申し訳ないと思え! 僕のためにここまでしてくれている彼女を放って自分だけ寝るなんて失礼だという気持ちを持つんだ! 頑張れ緑谷出久!

 

 

 僕は……僕は、マッサージなんかに負けない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……マッサージには勝てなかったよ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めると、そこはどこかのベッドの上だった。

 パジャマに着替えさせられて、布団をちゃんとかけられて、そこに寝かされていた。

 

 僕用の寝室に、客間の1つを貸してくれるって言ってたから、多分それだ。

 どうやらそこに、意識を失った……というか、耐えきれずに眠ってしまった僕を運んで寝かせてくれたらしい。きちんとパジャマに着替えさせたうえで。

 

 …………もう一度言おう。

 きちんと、パジャマに、着替えさせたうえで。

 

「…………」

 

 マッサージのために、脱衣場からこれらの服を持ち去ったのは彼女だ。だから、彼女がこの服を用意できたことは、いい。

 

 ……問題は、僕は、マッサージされてた当時、バスタオル一枚だったという点だ。

 

 確認してみるが、今僕はシャツも着ているしパンツも穿いている。その上でパジャマを着ている。

 そして、これらの肌着を身に着けるためには、バスタオルを外してから身に着ける必要がある。

 

 つまりはそういうことだ。

 

「緑谷ー? 起き……あ、ちょうど起きてたか」

 

 計ったかのようなタイミングで栄陽院さんは現れた。

 どうやら様子を見に来たようだ。壁の時計ふと見れば、僕がお風呂に入ってから2時間くらいしか経っていない。まだ全然、日付が変わる前だ。

 

 聞くのが怖い。けど……聞かないわけにはいかない。

 

「気持ちよさそうに寝てたし、こりゃ朝までかなーと思ったんだけど。あ、何か飲む?」

 

「いや、いい。あの……栄陽院さん?」

 

「うん、何?」

 

「これ、着替えさせてくれたの……栄陽院さんだよね?」

 

「うん、そうだけど……あのまま放置は流石に、あったかくしてても湯冷めとか心配だったし」

 

「その…………見た?」

 

「………………」

 

「………………」

 

「…………見ないように努力はした」

 

「………………でも、見た?」

 

「…………ごめん、せめて正直に言うわ。最初だけちょっとガン見した。残りは見ないようにして頑張って着替えさせたから許して」

 

「何でガン見!? ちらっと見られちゃったくらいは覚悟できてたけどガン見って何!?」

 

「いや、その……生で見たの初めてだったから、つい。……USJで緑谷には私、不可抗力とはいえおっぱい見られてるし、このくらいは許されるかなーって」

 

「うわああぁぁあん!」

 

 普通にショックなのに加えて微妙にこっちも反論に困ることを!

 何だよ許されると思ったって……でも実際こっちも見ちゃってる(その上触ってるし嗅いでる)から強くは言えない!

 

 そのまま、半分ふて寝みたくしてその日はもう就寝することにした。

 幸いと言っていいのか、マッサージで温まっていた体は、引き続きの休養を欲していたようだったので、自分でも拍子抜けするくらいにすとんと眠りに落ちることができた。

 

 ……ぐすん。明日から頑張ろう……zzz……

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 ……今日のは反省だなー……いくら何でも、緑谷には色々失礼だったかも。

 

 トレーニング終了後、家に帰って食事を作って食べさせてあげて、美味しそうに食べるもんだから、見てるこっちも嬉しくなった。

 

 作った食事を美味しく食べてくれる人がいるのって、なんかいいなあ……。世のお母さん達が、仕事で疲れて帰ってきても、子供のために食事を頑張って作る気持ちが分かった気がする。

 人によるだろって? そういうこと言わないの。

 

 その後緑谷を風呂に入れて、入っている間に……こっそり着替えを失敬しておく。

 こうすればバスタオルで出てくるしかなくなるからね。かといって風呂の前に事前に伝えたら渋るだろうし……ごめんなさい出来心だったんです。

 

 まあ、先に風呂に入ってもらったのはその他に、理由というか私の都合もあったからだが……今はそれはおいとく。

 

 その後、恥ずかしくて死にそうになっている緑谷を、あらかじめ用意していたふかふかのタオルマットの上に寝かせて、私の『個性』を使ってのオイルマッサージ。

 悪戯心はあったが、緑谷に説明したことは1から10まで本当だ。今日ここで、緑谷の成長を妨げている『疲労の化石』を全撤去する。そのつもりで張り切って施術した。

 

 最初は緊張とその他色々な感情で強張っていた緑谷だが、マッサージを始めるとすぐにそれも緩んでいき、あっという間にとろんとろんになった。寝る一歩手前、隙だらけを通り越して隙しかない感じにまで追い込まれ、口からはよだれがたらーっと垂れている。気づいてなさそうだけど。

 そこからもう少し踏ん張っていたようだが、ほどなくして陥落したので、寝ている緑谷を適宜動かしつつさっさと済ませてしまう。

 

 肩、背中、腰、横腹、ふくらはぎ、足裏、腕、手、首元……このへんでバスタオルが邪魔になってきたのではぎ取って、太ももとお尻。もっかい腰。

 ひっくり返して、腹筋、胸筋、もっかい腕、太もも、ふくらはぎ、足……

 

 各部位、刺激が強くなりすぎないように注意しつつ、オイルに込めたエネルギーと、食事で消化・吸収させた、栄養素としてのエネルギーを、それぞれ体の内外から上手く使って疲労をほぐす。

 必要に応じて内臓系やその周囲の筋肉にも効果が届くように調整し、たまった疲労をエネルギーと相殺させる感じで消していく。

 

 ちなみに、バスタオルが取れたことによって見えるようになった部位は、女性としての感性がちょっとドキッと刺激されたものの、元・男の記憶を引っ張り起こせば見慣れた部位でもある。そこまで動揺はしなかったし、さらっと流して、終わったらそのまま着替えさせた。

 

 それでもちょっと緊張してしまったあたり、私は今は女なんだな、って実感した。

 

 ……あと、自分が以前持っていたものよりも、緑谷のがかなり立派だったのには少しへこんだ。

 

 そのまま無事に施術を終え、緑谷を客間に寝かせて……そしたらほどなくして起きたので、今日はそのまま寝てもいいってことと、喉乾いたなら飲み物あるよ、って伝えようとして……何が起こったのか既に把握していた緑谷に事実を告げることになり、ショックでふて寝……って感じだ。

 あー……今何か下手なこと言うと逆効果だと思うから、後で……そうだな、明日の朝、謝ろう。

 

 

 

 そんな感じで、私もその日はさっさと風呂に入って眠り……明けて翌日。

 

 いつも通り、目覚ましを止めて起きて来た私は、残る眠気を飛ばすためにばしゃばしゃと冷水で顔を洗っていると……背後に気配。緑谷が起きたみたいだ。

 私の目覚ましとか、物音を聞いて目が覚めたのか、はたまたいつもこのくらいの時間に目が覚めるのかはわからないけど、とりあえず朝の挨拶。

 

「おはよう緑谷、早いね」

 

「おはよう、栄陽院さあああ゛あ゛ぁあぁぁあああ!?」

 

 突如として響く絶叫。え、な、何!?

 洗面所に入ってきた緑谷が、『ずざざざざっ!!』とか効果音がつきそうなすごい勢いで後ずさりして、後ろの壁に激突したんだけど!? ほわっつ!? どうした!?

 

「ど、どしたの緑谷!?」

 

「え、ええええ栄陽院さん!? な、ななななななんなんなん……」

 

 ……あ、コレはもしかして、お泊りしてたの忘れちゃってた口か? 『ここはどこ!? 何で僕は栄陽院さんと一緒の部屋で泊まったりなんか!?』的な。

 ちょっと下世話な例えをすると、酔っぱらって気が付いたら同僚の女とホテルに泊まってた的な、スキャンダラスなシチュエーションに見えてるというか、勘違いしてる? 顔真っ赤だし。

 

「大丈夫、落ち着け緑谷。ほら、特訓で昨日から私んちに泊まってるじゃん。覚えてる?」

 

「違う! そうじゃない!」

 

 え、違うん? じゃあ何で……

 

「ふ、服! 裸! 栄陽院さん何で何も着てないの!?」

 

「…………あー……」

 

 そっちかー。ごめん、いつものことだから忘れてたって言うか、思い至らなかった。

 

 私ほら、寝る時基本全裸だからさー。

 昨日、緑谷に先に風呂入ってもらったのも、私割と、風呂入ってからそのまま直行でベッド行って寝る場合が多いからだし。疲れてる日は特に。

 

 昨日もついそうしちゃったよ……緑谷がいるのは忘れてなかったけど、服着なきゃいけないっていう考えが頭から抜け落ちてた。

 まあ、自分ちで好きな恰好でいるのは自然なことだし、仕方ないよね!

 

「仕方なくないよ! 何から何まで色々お世話になっておいてこんなこと言うのアレだけどさ……栄陽院さんホントもうちょっと危機感持って! 自分を大切にしよう!? 襲われるよそのうち!?」

 

「……襲ってみる?」

 

「そういうとこ!」

 

 

 

 

この世界のデクとくっつけるなら誰?

  • 永久(オリ主ルート)
  • 麗日(原作メインヒロインルート)
  • その他
  • ハーレム(英雄色を好むルート)

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