薄暗い部屋の中で、いくつもあるモニターに『実技試験』の映像が流れていた。
机についてそれらをじっと見る、様々なコスチュームに身を包んだ……ヒーロー達。
彼ら、彼女らは単なるヒーローではない。ここ『雄英高校』の教師陣……その中でも、今回の入学試験・一般入試の試験官として選ばれた者達だった。
1つの町を模して作った広大な試験会場で実施されている模擬戦等の様子を、何台、何十台と設置されているカメラで逐一チェックしている。その目的は、不慮の事故による死亡者・重傷者を出さないためと……もう1つ。
一般には公開されていない、『
仮想敵ロボットの撃破ではなく、他の受験者の危機を助ける行為によって審査制でつけられるポイント。ヒーローに本質的に必要だと言われている、自己を顧みず他者を助ける精神性と信念の強さが得点になる。
無論、この判断基準を見抜いて点数のためにそれを行う者も出てくるだろうが、それはそれで問題ない。その際の能力の高さも含めて評価対象なのだから。
それらの採点も終わり、敵ポイントと合わせた実技試験の総合成績が最後に表示される。
その中でもひときわ大きなモニターに、2人の受験生の姿が大写しになっている。
1人は凶暴そうな笑顔を浮かべ、動きやすそうな黒のタンクトップで、両掌を爆発させながら、向かってくる敵を次々と破壊していく金髪の少年。
もう1人は、おどおどとした態度で動きもそこまでよくはないものの、終盤見せた、他者を助けるために巨大な0Pt敵に立ち向かう度胸と自己犠牲の精神、そしてその際に発揮した驚異的な破壊力が印象的な、緑髪の少年。
『救出ポイント0で1位とはなあ……後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を引き寄せて迎撃し続けた。タフネスの賜物だ』
『対照的に……敵Pがゼロで救出60Pt。アレに立ち向かったのは過去にも居たけど、ぶっ飛ばしちゃったのは久しく見てないね……』
『しかし妙な奴だな……自身の攻撃の反動で莫大な負傷とは……まるで発現したての幼児だ』
爆豪勝己と、緑谷出久。2人の少年は、対照的な評価点を持つ者達として比較されていた。
暫く話が続いた後、画面が切り替わり、その片方には、黒髪に長身の少女……栄陽院永久が映し出された。
丁度、素手の拳で仮想敵を2体まとめて薙ぎ払うように破壊したシーンが映されている。
『こちらもそうですね。敵Pのみで76点……点数は先程の彼に1歩及ばずですが、彼女は個性らしい個性を使用した様子もなく、単純な腕力のみで全て粉砕しています。見た目に現れない増強型の個性、ということも考えられますが……』
『それにしても強いな、脆く作ってあるとはいえ、金属製の仮想敵をほぼ全て一撃でとは……』
『ただ、動き方は完全に我流の喧嘩殺法だな。武術って感じはしねえ……ちと荒っぽいな』
『だがその分、きちんと自分の能力や欠点はわかっているようだぞ? 救出がゼロなのは、派手な戦い方に他人が巻き込まれるのを嫌って、誰もいない場所にどんどん移動したからだろう』
『周りが見えていないわけではないということか。まあ、だからと言ってさすがにポイントをつけるわけにはいかんが……しかしこの娘、苗字を見て思ったんだが、あの『栄陽院家』か?』
『はい。現当主の娘……三女です。提出書類を見るに、少々複雑な家庭環境のようですが……』
『そこは我々が深入りするところでもないだろう。本人の能力と人格に問題ないのなら、我々はそれを受け入れて育てていくだけだ。さて、では次に……』
手元の書類に少し気になる点があったのか、やや長めにその永久について議論が交わされた場面があったが……それもすぐに終わり、画面は次の審査対象差に切り替わった。
☆☆☆
朝、ベッドの上で目が覚めた私は……もっと寝ていたいという誘惑を断ち切り、ふかふかの柔らかい布団を押しのけて起き上がる。
その下からは……何一つ衣類を身に着けていない裸体が現れる。布団をどかしたことで、まだ窓を開けていない薄暗い室内で、それがあらわになった。
……寝る時に何も着ないで全裸で寝るのって、割と気持ちいいんだよな……。肌が直接布団に触れて、体全部が包まれてる感じが意外とこう……
コレ、親譲りの感性らしい。母親もそうだから。
最初は裸族とかどうかと思ったんだけど、1回興味本位でやってからはちょっとその……病みつきになって……なんか、エロい習性が身についてしまった。
立ち上がって大きく伸びをすると、よく育った胸部装甲がふるん、と揺れる。
上から見ると、その大きさで足元が見えづらいレベルのそれは……自分のものながら、いい形してるなと思う。さすがに自分の体に欲情はしないが、エロい体に育ったもんだ。
全裸のまま洗面台に向かい、顔を洗って歯を磨き……そのまま部屋に戻って箪笥から下着を出す。特に何も考えず、目についたブラジャーとパンツを身に着け、他の衣服も手早く……
「……また大きくなったか? 胸がきつい……」
『あの日』と同様、女になって初めてわかる辛さである。
男だった頃は、人並みのスケベ心もあったし……女性の大きなおっぱいには、夢と希望がつまっているんだとか何とか、アホなことを考えていた時期もあった。
しかし、いざ自分がその立場になると……サイズ更新による余計な出費と肩こりを誘発するだけの、どっちかと言えば邪魔者という認識が強くなってしまった。
それだけならまだしも、揺れるから動くのに邪魔になるし、外出ると視線を集めるし、電車に乗れば痴漢に遭うし……あと、他の女子からの憎しみと羨望のこもった視線が割と怖い。
中学2年の時、ある希少価値(婉曲表現)な女子から、更衣室で着替え中に『ちょっとわけろや!』とすごい形相でわしづかみにされた時は……ただただ怖かった。もがれるかと思った。
似たようなことが在学中に8回あった。女子怖い、マジ怖い。
女だから女子更衣室も女湯も入り放題だー、なんて考えは一瞬で吹き飛んだ。
女の体に精神も引っ張られてるのか、『同性』の裸なんか見てもそんなに興奮しなかったし……むしろ、過激なスキンシップと、自称『持たざる者』の皆さんの嫉妬の視線が怖くて……
そもそも最近の私は、精神はしっかり女のそれで……ただ単に、男の価値観と記憶が混ざってるだけ、みたいな感じになりつつある気すらするしな……ってそんなことより服だよ。
「まあ、お金に困ってはないから、服買うの自体は別にいいんだけど……」
ひとまず他の、比較的ゆったりした服を選んで着ると、手早く朝食の準備にかかる。
私は中学生ながら、この家で一人暮らしをしているので、炊事洗濯掃除その他、家事は自分でやっているのだ。
これには私の家庭環境が関係している。ちょっと特殊なのだ。
私の母は、私を生んですぐに父と離婚し、その後しばらくは女手一つで私を育ててくれた。そのため私は、実の父親には会ったことがない。
その数年後、母は国内でも有数の資産家一族である『栄陽院家』の跡取り息子と再婚し、私共々苗字が『栄陽院』になった。
しがない一般市民から資産家のお嬢様にランクアップした私だったが、周囲からの目は冷ややかだった。
再婚した相手……つまりは私の義父は、こちらも奥さんと別れている。ただしこっちは、離婚ではなく死別。死に別れて独身に戻ってしまったわけだ。しかも、子供もいた。
そこを、当時新人秘書として働いていた(どんな経緯でそんなところで働いてたんだろうか)私の母が優しくしてあげたらベタ惚れされて、そのあまりの熱意に負けてゴールインしたらしいが……後妻とその連れ子なんて、名家のお堅い価値観からすればそりゃ……ねえ?
それでも文句を言われないのは、ひとえに母の教養の高さと気立ての良さ、そして妻として秘書として、公私にわたり夫をサポートする能力の高さゆえだ。
そして何より、再婚した翌年、母は男子を出産している。
すなわち、私の弟だ……腹違いならぬ、種違いの。
当時、夫の連れ子も含めて、子供は全員女性だった。古臭い価値観を残している『栄陽院』の家の者達は、後妻の子という立ち位置には眉を顰めつつも、跡取りとなれる血筋……男子の誕生を喜んだ。そしてそれを成し遂げたうちの母は、『栄陽院』の家に見事居場所を作り上げた。
しかし、それでも私への冷遇は、完全にはなくなることはなかった。
いくら母の容姿がよかろうが、いくら能力があろうが、いくら元プロヒーローという経歴があろうが…そのへんの価値観はどうしようもないってことか。血の繋がってない子供は肩身が狭い。
父は私を守るため、そして本家の連中の顔も立てる妥協点として、私にこの家、というか部屋を与えて一人暮らしをさせているのだ……要するに、穏やかに家を追い出されたわけである。
もっとも、それ以外に何か嫌がらせを受けているわけでもない。生活費も毎月、与えられている口座にきちんと振り込まれる。まだ自立もしていない、女子中学生という身分には明らかに釣り合っていない額が。おかげで貯金額は増える一方だ……ついこの間、9桁の大台に突入した。
この部屋の家賃はもちろん、光熱水費等全ての経費は父が払ってくれるし、セキュリティも万全だ。ああ、言い忘れたが今私が住んでいるここは、セレブ御用達の新築の超高級タワマンの最上層フロアの一室だ。このくらいの物件じゃないと、安心して一人暮らしなんかさせられないって。
ここまでしてもらってるんだ、文句なんてあろうはずもない。
何より……父も母も、私のことをきちんと考えてくれているし、愛してくれてもいる。
父の連れ子である、私の2人の義姉も同様だ。最初は流石にぎくしゃくしてたが、今ではすっかり打ち解けているし、ここに遊びに来ることもある。
……説明している間に朝食ができた。
以下、本日の朝食。今日のは……さほど手間もかからない、簡単なものにした。
白米のご飯。大きなどんぶりに大盛り……3合くらい。
牛乳を1リットルパックで2本。
ハムエッグ。卵10個とハム1本丸々使用。味付けはシンプルに塩コショウ。
付け合わせにウインナーソーセージを20本ほど。お好みで粒マスタードを添えて。
コーンポタージュスープ。小鍋1杯分作った。インスタントの手抜き。
生野菜と海藻のミックスサラダ。レタス、トマト、わかめ、玉ねぎ、海苔などをたっぷりボウル1杯分。1日の目安摂取量がこれ一回で余裕で取れる量。マヨネーズたっぷりかけて。
(他全部洋食だから白ごはんだけ浮いてるな。食パンがあればよかったんだけど……昨日の夜、夜食で食べちゃったのすっかり忘れてた……まあいいか、白米は何にでも合う万能主食だし)
リビングの机に持っていき、それを並べて『いただきます』と手を合わせる。
そのまま、テレビをつけて天気予報を見ながら食事をする。今日もいい天気だ……ロードワーク、ちょっと足伸ばして遠くまで行くか。
天気予報を見始めてから、『今日の占い』を見て……次の番組が始まるくらいに食べ終わった。ご馳走様でした。
ちなみに占いは11位だった。ガッデム。
皿洗いを含めた後片づけをきちんと済ませる。後でやる後でやるって言ってると、いつまでも手に付けられないで終わってしまうことが多いということを私は経験則で知っている。
特に私は、たいていの場合、食事量に比例して洗う量も……というか、洗う食器がかなり結構大きいので、時間があるうちにさっと済ませてしまわないと流し台が使えなくなるのだ。
(まあ、別に普通の食事量でも問題ないっちゃないんだけど、『個性』の関係で少しでも多く『蓄えて』おいた方が色々便利なんだよな)
パーティ用の大皿――さっきまでハムエッグが乗っていた――を洗いながら、私はふと、自分のくびれたウエストに目をやる。
リビングのテーブルの半分以上を占領する量の食事を流し込んだというのに、そこはちょっとお腹が膨れて見えるくらいにしかなっていない。それも、1時間とかけずに引っ込んで元通りになるだろう。ホント便利だ……私の『個性』。
しかし、高校生になったらもっと生活が忙しくなるんだろうな……食器洗い機買おうかな、多分、特注の大きい奴じゃなきゃダメだろうけど。
この後はジャージに着替えてロードワークに行くつもりだったが、その前に郵便ポストを確認しようとマンションの1階に降りた。
タワマンの不便な点の1つは、この郵便物確認が面倒なことだよな……部屋まで届けてくれればいいのに……あ、それだとセキュリティの意味がないのか。
ポストの中を見ると、富裕層向けのダイレクトメールにまじって……見慣れない封筒が1つ入っていた。記載されている文字は……『雄英高校』。
小さく息をのんだ私は、小さな封筒をジャージのポケットに突っ込んで、部屋に戻った。
リビングに戻り……さすがにちょっと緊張しながら、恐らくは合否通知であろうそれを開く。
しかし、中から出て来たのは……小さい円形の機械だった。
戸惑いながらそれをテーブルの上に置くと、何がスイッチになっていたのかはわからないが、突然その機械の中心から光が放たれ……空中に映像が……
『私が投影された!』
「……ほぁ!?」
そこに映し出されていたのは……この国では、知らない人はいないと言えるほどの有名人。
玉石混合、数多いるヒーローの頂点に君臨する、し続ける巨星……No.1ヒーロー『オールマイト』その人だった。
テレビでよく見る、アメコミを思わせるパツパツのヒーロースーツ……ではなく、なぜか普通の社会人っぽいスーツに身を包んではいたが。胸筋でスーツ破けそうになってんだけど、仮装?
つか……え、何でコレ……雄英からの手紙(紙じゃないけど)にオールマイトが?
頭に3つ4つ『?』を浮かべたままの私の前で、映像のオールマイトはいくつかのことを語った。
まず、私の合否判定について。これは文句なしの合格。入試の成績は、全体の次席……つまりは第2位だったとのことだ。女子では1位らしい……つまり主席は、誰かは分かんないけど男子か。
……まあ、私も中身は男だが。
そしてどうやら、あの試験では敵を撃破して獲得できる『
私は、該当する行為を行っていなかったため、そのポイントはなし。撃破で入ったポイントだけでこの順位はすごいけど、出来れば今度からは周りもよく見ようね、と言われた。すいません。
さらにもう1つのニュース。なんとオールマイトが雄英に教師として務めることになったとか……こりゃビッグニュースだ。マスコミが放っておかないだろうな。
さらにさらにもう1つ。なんと私に、入学式で新入生代表の挨拶をしてほしいと。マジでか。
そういうのって、普通主席の人がやるもんじゃないのか?
「ああ、入試主席は確かに別にいるが、筆記試験では君がトップだったのさ。それに、主席の彼はちょっとこういうことに不向きと判断されゲフンゲフン。と、ともあれよろしく頼むよ」
録画だよなコレ?
ぴったりのタイミングで返事というか、疑問への答えを返されたんだが……つか、主席の人どんな人なんだ? 不向きって……無口とか? あるいは、集団の前で話すのに向かない『個性』?
「来いよ、栄陽院少女……ここが君の、ヒーローアカデミアだ!」
その一言と共に映像の再生は終わり、機械は沈黙した。
……何はともあれ、合格だ……よかった。
大丈夫だとは思ってたけど、きちんとこうして結果が出ると嬉しいもんだな。
(しかし……雄英はコレ、人数分用意してるのか? 合格者だけだとしても、ヒーロー科だと……確か一般入試で36人なんだよな? 全員分オールマイトが録った? ……お疲れさまだな)
ファンサービスも欠かさないNo.1ヒーローの勤労精神と、決して高くはなさそうだが安くもないであろう機械を、この数分のためだけに用意する雄英の太っ腹に感心しつつ、私は充電中だったスマホを手に取った。
とりあえず、実家の母さん達に連絡。
それから……時間見つけて、新入生代表のあいさつ考えないとだな。やることは多い。
そこまで考えて……ふと思った。
(『救出ポイント』なんてものがあるなら……あの時のあの少年も、合格してても全然おかしくなさそうだよな?)
入試当日に見た、あの気弱で、しかしあの瞬間誰よりもヒーローだった、もじゃもじゃの緑髪の少年のことを、私はなんとなく思いだしていた。