楽しんでいただけるように頑張ります!
さて、体力テストです。
○第1種目 50m走
『エンジン』とかいう足が速い個性を持つ飯田の独壇場かと思いきや、その他にもかなり早い人は多くいた。蛙っぽい見た目の女の子や、地面を凍らせてスケートみたいに滑走した男子、あの爆豪って奴は、爆風で加速してたし。
私は、普通に走った。このくらいの距離なら……瞬発力の問題だ。『個性』使っても使わなくても大して変わらないと思うし……後に温存したい。
それに……全力で走るとちょっと困る問題が他にも1つあるからな。
一緒に走った尾白とそんなに変わらないタイムでゴール。私の方が少し早かったけど。
しかし、飯田や爆豪と比べればそんなでもないタイムだと思うんだが……何でか皆、私の方を見てざわついている。何か、気になる点でもあったんだかな?
「お、おい見てたか瀬呂、今の……」
「あ、ああ見てたぜ上鳴……すげえ揺れ方だった……! あのサイズであんな豪快に走ったらまあ、そりゃあ、そうなるとは思ってたが……」
「よ、予想以上だ……あふぅ……この学校入ってよかった」
「おい、そのへんにしとけ、先生こっち見てんぞ。女子も何人かゴミを見る目になってる」
「そんなこと言ったってよお……しょうがねえじゃねえかよ、あんなもん見せられたら……」
「峰田、前かがみになるなよキモいから……あ、尾白お疲れ。残念だったなお前、あのお宝映像見れなくてよ」
「……いや、見えてた。後ろからでも……横からはみ出して……」
「………………マジか」
○第2種目 握力
腕が6本ある覆面男子……障子とやらが540㎏という大記録を出していた(3本腕全部で握って)。コレは純然たるパワー系種目だからな、私も……力を入れるならここか。
「……エネルギーチャージ、握力強化上限……500%」
『力』を手に集中させていく。ためておいた力を、ここで燃やす……一気に吐き出すイメージ……!
確かに私の手が熱くなり、力がみなぎってきたのを確認しつつ、握力計を握る。
「……栄陽院、420㎏」
障子程とは言わないまでも圧倒的なその記録に、ほとんど全員戦慄していた。
『マジかよ』『さっきはそんなに普通だったのに……どこにそんな力が』『いや、普通ではなかったけどよ』『た、確かにそれはそうか……』『男子サイテー』……何かちょいちょい関係なさそうなセリフが聞こえてくるな。
「ほい、尾白、次だろ?」
「あ、ああうん、ありがとう……すごいな、420㎏って……栄陽院って、増強型の個性なのか?」
「そんな感じだよ。時間ないから詳しくは説明できないけどな、ほれ」
ちなみにこの種目、最高成績は……八百万という女子だった。
しかし、計器を握るのではなく、『個性』で作った万力できりきりと圧迫して……1.2tという記録をたたき出していた。おい、いいのかあれ? 握力じゃないじゃん。
……いいそうです。個性で出したものだから。マジかよ、自由だな。
○第3種目 立ち幅跳び
……一瞬程度なら問題ないだろう。
さっきと同じように、脚力を強化して跳び……記録は35m。
ここでも、着地の瞬間に何か視線が集中するのを感じた……ああ、うん、だんだんわかってきた。この視線の正体というか、理由と言うか。
○第4種目 反復横跳び
ここで事件は起きた。
ゆえあって最低限の強化でコレをこなした私。記録は59回。
それでもかなり早い回数ではあるが……謎のブドウみたいな球体をスプリング替わりにして残像ができるほど跳んでいた少年・峰田を始めとして、超えてくる奴はいっぱいいた。
で、その峰田を筆頭に数名の男子が、やってる最中の私をガン見していたので、私の予想はやはり当たってるんだと…………
――ぶちん
「…………あ゛」
嫌な感触がしたので、測定終了後に挙手して先生を呼び止める。
「すいません、相澤先生、ちょっと外していいですか?」
「? どうかしたのか、栄陽院?」
「いえ、激しく動きすぎて上の下着がぶっ壊れました。すぐ戻るので着替えさせてもらえればと」
言いながら、私はホック部分が引きちぎれてしまったブラジャーを、シャツの下からずるりと抜き取って先生に見せた。あー、これ修理無理だな、買い直しだよ……
「「「ブフォッ!!?」」」
と同時に、男子たちの方から噴き出すような音が一斉に聞こえた。
何ごとかと振り返ってみると、男性陣の半分以上が口を、というか鼻のところを押さえている。前かがみになっている男子も結構いた。
「で、でっけえ……アレがアレを包んでたのか……」
「い、今ああして手に持ってるということは、あの体操服の中には今、2つの果実がそのままの姿で……」
「お、俺ちょっとトイレ行ってくる……」
「峰田……走り方がキモいぞ」
そんな声が聞こえてきてようやく察した。
あ……無意識にやっちゃったけど、今のって結構目に毒……だったか。いっけね。気を抜くとすぐ忘れるというか、頭からその辺の意識が飛んでく。
「……そんなもんをこんなところで出すな見せるなこの大馬鹿者。さっさと行ってこい」
「うっす」
10分後。
「只今戻りましたー」
「あ、お帰りなさい、えーっと……栄陽院さん。予備の下着に代えてきたのですか?」
「いや、そうしたところでまた壊れると思ったから、保健室行ってサラシもらってきて巻いてある」
「さ、サラシですか……」
気遣ってくれた八百万にそう返事しておく。
運動する時は私、もっと頑丈な下着付けてくるようにしてるんだよな。特注の。
けど、流石に今日……入学式とガイダンスのはずが、バックレて体力測定するなんて思わないじゃん? 知ってたら運動用の奴着てたよ……あるいは、最初からサラシに変えとけばよかった。
あー、そしたらもっと記録出せたのに。50m走とか反復とかも。
相澤先生にダメもとで測りなおせないか聞いた。
ダメだってさ。知ってた。
……今後は突発的に運動するような機会もあるのかもと考えれば、普段から運動用の奴着ておくべきなんだろうか? でも着け心地がなー……
○第5種目 ハンドボール投げ
サラシを巻いた私にもう怖いものはない。
腕力にエネルギーを回し、思い切り振りかぶって……投げる!
「私の3時間を……返せぇ!!」
(((何その掛け声!?)))
掛け声についての追及はなしで。
相澤先生をちらっと見ると、言いたいことは大体察してくれているようだが……やはり謝罪や慰労の類を囁いてくれるつもりはないらしい。
淡々と、手元のタブレット端末に表示された記録を読み上げる。
「……栄陽院、999m」
「「「おおぉぉおお!」」」
「す、すごい……けど、そこまで行ったんなら何でもうあと1mいかなかった……」
「それ私も思ってる。なんでもう少し頑張れなかった私……!」
尾白の言葉に、抑え込もうとしていた謎の悲しみがぶり返してくる。いや、大記録なのはわかってる、わかってるよ……けどコレは下手にミスするより悔しい……。
2回目だからやり直すこともできないし、仕方ないので退散する。
そしてそのしばらく後のこと。
「SMAAASH!!」
特徴的な掛け声と共に、あの少年……緑谷出久が投げたボールが、700mを超える大記録をたたき出していた。
「…………!?」
さっきまで、どの種目でも振るわない成績だったはずだけど、ここに来て……
いや、それだけのパワーがあることは、あの入試の日にも見て知っていた。おそらくだけど……その反動が凄まじいために、そう軽々しく使えないんであろうことも。
さっき、2投目を投げる前に相澤先生……改め、抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』と話していたようだったけど……それが何か関係しているんだろうか?
「先生! まだ……動けます!」
「……コイツ……」
そんな、傍から見ていても意味が分からないやり取りに、どんな意義があったのかは、私にはわかるはずもなく。
しかし、それとは関係なく……
――とくん
入試の時と、同じ感覚。
私の胸が、また高鳴った。え、何今の?
…………ひょっとして、これが……恋?
(……いや、ないだろ)
確かに、今といい、入試の時といい……何で緑谷を見てドキッとしたのかは、未だにわからないけど……多分恋とは違うぞコレ。
第一、私は体は女だけど、心は……あー……半分くらいはまだ男のはずだ。多分。きっと。めいびー。
だから、男に恋するとか……いや、マジでない……と思う、んだが……。
しかしだとしたらこの感情は何だろう? 毎度ボロボロになってる緑谷に対して、心配してるというか、ほっとけなくて目にかけているというか、むしろ『私が守ってあげたい』的な?
そう言う感情を何て言うんだ? 恋じゃないとして………………母性?
…………余計嫌かもしれん。
あ、ちなみに全種目終わった段階で、緑谷は最下位だった。
けど、除籍は嘘だった。『合理的虚偽』とかなんとか……よかったけど、相澤先生ェ……。