TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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年度末でリアルの職場が修羅場的に忙しくなっております……毎日更新ついに途切れた……無念。

それと今回、デク君への『ご褒美』、その言わば前半部分?になります。
展開が強引だとか、お気に召さない的な方がいましたらすいません。


第40話 TS少女と『デウス・ロ・ウルト』

Side.緑谷出久

 

 雄英体育祭。

 それは、『かつてのオリンピック』に代わる日本の一大イベントだ。『個性』を使って競われる様々な種目、そこで見せられるド派手なバトル、エンターテイメント。

 

 テレビの、あるいはPCの前の視聴者を熱狂させ、またそれを生で観戦するチケットはプラチナ級の希少価値として取り扱われる。

 当然ながら視聴率もすんごいレベルであり、放送時間中のテレビCMの放送権は巨額で取引され、また実際にそこでCMを流すことに成功した場合の経済効果は、ゴールデンタイムで放映するそれの数十倍とも言われている。

 

 そして、そこで活躍した選手ともなれば、一時ではあれど超がつく有名人扱いだ。

 お茶の間の話題を掻っ攫い、電車やらバスに乗れば声をかけられることになる。話題性の強さによっては、ネット上で何日も取り上げられたり、プロヒーローのようにファンがつくこともある。

 

 けれどそれは、あくまで一時的なものだ。1つのステータスとして残ることはあれど、基本的にそういうお祭り騒ぎも、やがて収まっていく。

 

 なぜかってそりゃ簡単な話だ。一時の、それも限られた空間での活躍になる『雄英体育祭』よりも、今まさに現役で戦い続け、様々な『敵』を倒して活躍する現役のプロヒーローの方が、話題性に事欠かないからだ。

 

 不動のNo.1『オールマイト』を筆頭に、事件解決数最多の『エンデヴァー』、若者たちのトレンドの最先端としても人気根強い『ベストジーニスト』など、彼らは日々のヒーロー活動で、長年のキャリアで、一時の話題なんかじゃびくともしないほどの人気を誇っている。それから比べれば……まあ、自虐的になるつもりはないけど、『雄英体育祭』の上位入賞なんて些細なものだ。

 

 

 

 ……そう、だから……こんなことになんて、なるはずないんだけどなあ……!?

 

 

 

 そこは、どう見ても庶民が利用するようなレベルじゃない、一泊何万とか十何万するような超高級ホテル。

 

 あらかじめ用意させられていた、ドレスコードに合致する正装に着替えさせられ、見るからにセレブリティな人々が行きかう中を、完全なVIP待遇で案内され、連れてこられたのは、窓から絶景が見える展望カフェ……的なところ。

 

 壁際に何人ものメイドさんが、当然のように完璧な礼儀作法で待機しており、ちらりとメニューを見た限りでは、コーヒー1杯に4桁の値段が普通についている……そんな場所に案内された。

 

 極めつけに、僕の目の前の席には……黒髪のすごい美人なお姉さんが、優しい微笑みを浮かべて座っていて……

 

「緑谷出久様、このたびは栄陽院コーポレーション企画テストプロジェクト『次世代ヒーロー育成総合支援事業『デウス・ロ・ウルト』超特設クラス』の説明会にお越しいただきありがとうございます。私は、本日の事業説明を担当させていただきます、栄陽院コーポレーション本社企画開発部部長を務めております、栄陽院育乃と申します。緑谷様におかれましては、日頃より愚妹がお世話になっているとのことで……永久の姉としてもここでご挨拶させていただきますね」

 

「栄陽院さぁぁん!? 何コレ!?  何コレ!? お願いだから説明ください! 僕今の状況何一つ理解できてないよ!?」

 

 失礼だとは思いつつも、僕は目の前にいるお姉さん――栄陽院さんのお姉さん!?――から視線を外し、僕の横、隣の席で気まずそうにしている彼女に助けを求めた。

 

 

 

 ちょっと時を巻き戻す。

 

 

 

「緑谷出久様ですね、お迎えに上がりました。どうぞお乗りくださいませ」

 

「え、ええと……ひ、人違いでは……ない、ですか?」

 

「……? 緑谷出久様ではいらっしゃいませんでしたか?」

 

「い、いえ、僕は確かに緑谷出久ですけど……なんで、僕の家に、こんな立派な車……」

 

「では問題ございません。永久お嬢様の指示によりお迎えに上がりました、どうぞこちらへ」

 

 一瞬『トワオ・ジョーサマ』って誰だろ、って思ってしまった。いつも会ってる栄陽院さんの、その……親しみやすくて、どっちかと言えば豪快?なイメージが強くて……それでいつも忘れてるけど、そうだった。彼女、『栄陽院家』っていうすごい名家の出身だったんだっけ。

 

 いつもお邪魔してるマンションだってすごい豪邸で、使わせてもらってるトレーニング設備もすごく豪華な……それこそ、庶民の僕には一生縁がないものだって、初めて見た時にも思ったものだったはずなのに……もう忘れかけて、っていうか慣れかけてたんだろうか。

 

 そんなことを考えながら、僕はその……恐らくはリムジンとかそういうアレなんであろう(車あんまり詳しくないから知らない)、黒塗りの高級車に乗った。

 

 ……床が柔らかい!? 広い!? 座席がソファみたいにふかふか!? 何コレ、本当に車の中!?

 

 え、飲み物!? 飲み物出るんですか……メニューあるんですか!? うわ、種類もめっちゃ多い!?

 ええと……とりあえずジュースか何か……あっはいそれでいいです。

 

 そうして車に揺られることしばし。僕が連れてこられたのは、県外の都市部にある超のつく高級ホテルだった。普通に暮らしていたなら絶対に縁なんてなかったであろう場所、そこにこれから入るんだと思うと、口の中が乾いてカラカラになるほど緊張する。

 

 ……今一度思いだしてみるけど、今日の僕の用事は……栄陽院さんからの呼び出しだ。

 

 体育祭の閉会式と、そしてその後のホームルームも終わったその直後、栄陽院さんに『明後日、時間ある?』って聞かれた。

 

 なんでも、その……体育祭優勝したご褒美、ないしお祝いしたいから来てくれって言われて……けど、呼ばれた場所はいつもの彼女の家じゃなくて。迎えを寄こすからそれに乗って来てくれって……それが、さっきの黒塗りの高級車だった。

 

 やるとなったら豪快な栄陽院さんのことだ。またドッキリばりに突然とんでもないところに……高級レストランとかに連れていかれるんじゃないかって、心配しつつも、ちょっと楽しみにしてたところもあった。厚かましいのは承知だけど、うん、どうしても期待しちゃったというか。

 

 ……レベルが違った。何この住む世界が違う空間。落ち着かない。帰りたい。お腹痛い。

 

 しかしそんなことをできるはずもなく、周到にも用意されていた正装に着替えさせられた。このホテル、入るのにドレスコードあるんだって……。初めてだよそんな場所……なんならフィクションの中だけの存在だと思ってたことすらあるよ……。

 

 その中に入ると、ロビーに待っていた栄陽院さんが出迎えてくれた。

 そこでまた驚かされた。

 

 いつもの彼女は、制服こそ女子のそれではあれど、ジャージしかり戦闘服しかり、すごく活発で男勝りな感じの服装が多かった。彼女自身のイメージもそんな感じだったから、自然と私服とかもそう言う感じなんだろうな、と思ってた。というか、部屋着はそうだったし。

 

 けど、案内されたホテルの展望カフェで待っていた彼女は……ドレス姿だった。

 ロングスカートのワンピースみたいな形で、袖が肩までなくて腕が全部出てるタイプ。そこに、派手すぎない程度にネックレスなんかのアクセサリーをあしらって身に着けている。

 

 普段と印象の違う彼女に驚く僕を、けど彼女は『よっ!』って、普段通りの感じで出迎えてくれて……それはすごく安心した気がした。けどやっぱり、その姿はその……新鮮で、そして奇麗で……しばしの間ぼけーっとして見てしまった。

 

 しかしその直後に『あれ?』と気づくことになる。

 彼女の隣に、もう1人……ロングの黒髪の女性が座っていて、その人もまた、僕の方を見ていたのだ。……こっちの人は、多分、いや間違いなく見覚えない。

 

 栄陽院さんの家族かな、って思ったけど、あんまり似てないなあ。

 

 そんな感じできょとんとしてた僕を、栄陽院さんが手招きして席に座らせ……そして、冒頭に戻る。

 

 

 

「ごめんな、緑谷……ホントは今日は、あくまで体育祭優勝と3位入賞の祝勝会みたいに考えてたんだけど、緑谷が来るって知った義姉さん達に目つけられちゃってさ……」

 

 と、ばつが悪そうにする栄陽院さん。

 

 彼女曰く、本当は今日は、あくまで僕と2人でささやかにお祝いをする予定で……ちょっと贅沢して食事とか色々しよう、みたいに考えてただけだったんだそうだ。

 このホテルを含め、この周辺施設はほとんどが『栄陽院コーポレーション』の傘下で……つまりは、彼女の実家が経営しているらしいので、色々融通利くから、僕を招待して色々遊ぼうって。

 

 うん、まあ、この時点で既に『ささやか』でもなければ『ちょっと贅沢』なんてレベルでも絶対にないと思ったんだけど……彼女からすれば、ちょっと奮発して友達にご馳走する、くらいのものなんだろうな……八百万さんもそうだけど、お金持ちの金銭感覚すごい……。

 

 けど、それはまあ仕方ないから一旦さておいて……さっきお姉さんの、育乃さんだっけ? が言ってた……すごく長い名前の、ヒーロー育成支援何とかって、一体何のことだろう。そもそも栄陽院さんのお姉さん、一体僕に何の用事があって会いに来たんだ?

 

「そうね、まずはそこからきちんと順序良く話していくべきことだったわね……永久の言った通り、今日は私……と、もう1人後から合流する予定なのだけれど……」

 

「ごめーん、会議長引いちゃって! 待ったー? あ、やっぱもう来てるかー」

 

「……今来たようだけど、私達は、永久が会う相手が君だということを知って、ぜひとも紹介してほしいって無理を言って同席させてもらったの。だから、永久を責めないであげてね?」

 

「そうそう、そんな感じ。ごめんねー、いきなりこんな話持ってきちゃってさー、で、姉さんもうどこまで話した?」

 

「まだ来たばかりだからこれからよ。はあ……ごめんなさいね、重ね重ね。どちらも騒がしい妹で」

 

 なんか増えた。

 

 僕と栄陽院さんの到着に少し遅れる形で、同じく黒髪の、少しウェーブがかかった女の人がカフェに入ってきて、お姉さんの隣に座った。話の内容からして……こちらも栄陽院さんのお姉さん? おしとやかそうなこっちの人とは違って、活発そうな感じだ。

 これで、4人掛けの席のうちの3つが、モデルや女優も顔負けの美人姉妹3人で埋められちゃってる形になった。残る1つに座ってるのが僕って……す、すごい場違い感……。

 

 さっきから一向に緊張が収まってくれない中、運ばれてきたカフェオレでカラカラの口の中をどうにか潤しながら(めっちゃ美味しい。さすがお値段4桁)、僕は話を聞く姿勢に入った。

 

 

 

 話を聞くことしばし。

 

 僕は、さっきまでとは別な意味で驚かされていた。

 

「プロヒーローではなく、まだ学生の、ヒーローの卵と呼ばれているうちから適用可能な支援事業……? 各種資格取得に必要な講座の開設、住居の紹介、サポートアイテム等の独自支援、他にも個人個人に合わせた育成カリキュラムの設定から訓練施設の手配・連絡調整……」

 

「そう。それが、弊社『栄陽院コーポレーション』が企画する、次世代ヒーロー育成総合支援事業『デウス・ロ・ウルト』よ。言葉の意味は、『神がそれを望まれる』」

 

「神……ですか?」

 

「大仰なタイトルでしょう? もっとも、まだ仮のタイトルなのだけどね……でも、やろうとしていることは……多少の皮肉込みで、その言葉に沿っているようなものだっていう意見もあって、暫定的にその名前を使っているの。今のこの社会に本当に必要な、しかしそれを成すことができない社会体勢、世論の流れに一石を投じるというのが、この制度のコンセプトだから」

 

 栄陽院さんのお姉さん……育乃さん曰く、この制度は、聞かせてもらった印象ほとんどそのままではあるが……現在いる優秀なヒーローの卵の中でも、特に優秀な者にスポットを当てて、集中的かつ極限まで効率化した教育を受けさせることにより、次代のトップヒーローを育てる、というのを目的にしているらしい。

 

 それだけなら、雄英のヒーロー科……いや、それのみならず、各高校や大学にある『ヒーロー科』と名のつくところなら、多少なりどこもやっていることだ。成績優秀者を特別な講座なんかに参加させて、さらに上を目指させたり、なんてのは。

 

 けど、『栄陽院コーポレーション』が企画しているこの事業は、規模が違う。普通なら、その学校の中、あるいはそこと提携している事業所や、協力関係にあるヒーロー事務所までで完結してしまうそれを、国内にある無数の関係機関に加え、海外にまで手を伸ばして行おうという試みだ。

 

 カリキュラムの難易度・完成度自体も半端じゃない。何せこの事業……その中でも『超特設クラス』の説明について言えば、これは『雄英ヒーロー科』に在籍し、そのカリキュラムについてこれる能力がある生徒を対象に行うことを前提に組まれている。

 足りない能力を補い、今ある能力を伸ばす……簡単にそう言ってしまえる内容であっても、そのレベルがそもそも段違いなのだ。

 

 『クラス』が違えばその限りではないが、全体としてこの事業は、それさえできればもう十分、と言われるようなレベルのヒーロー、あるいはその卵を、さらに成長させるコンセプトだ。

 一流を超一流へ、超一流を超々一流へ、プロヒーローをトップヒーローへ、そしてトップヒーローを……それこそ、正真正銘の『頂点』へと連れていくのを見据えたプラン。

 

 今のこの社会は、『ヒーロー飽和社会』なんて言われるくらいに、玉石混交ながらヒーローの数は多く、大小合わせて全国に数千・数万の事務所が存在する。彼らは時に他人を蹴落としてでも注目を集め、実績を出して生き残っていく……『生存競争』がそこでは起こっている。

 

 皮肉にも、だからこそその中で生き残ってきたヒーローには、社会でやっていけるだけの何らかの『力がある』ということにもなるんだが……逆に言えば、そこで満足されてしまう傾向が強い、という見方もできる。

 『生き残った奴は、やり遂げた奴は強い』そして、『強い奴は放っておいても十分強くなる』。そんな考え方が、どこかで主流になってしまっていた。

 

 『夢破れて去る』『ついて行けず振り落とされる』者達にまでは流石に手は回らないし、そのあたりはむしろ、彼ら彼女らが所属する学校や塾の仕事だ。

 

 だから『栄陽院コーポレーション』が目を付けたのは、むしろその『生き残った』方。

 生存競争を勝ち抜き、勝者となった者達を……そこで満足させず、さらに上のステージへ連れていくことで、より強力なヒーローを育て上げ、社会に解き放つ、というもの。

 

 高校や大学のヒーロー科や、ヒーロー事務所だけでは手が届かない部分に、企業や政財界といった角度からより強力かつ的確な支援を行うことで、伸びる者をさらに伸ばす。

 社会が今すでに認めていても、他人がそれ以上を求めなくとも、関係ない。本人にまだ成長する余地がある限り、それを本人が求める限り……さらなる成長の機会を、さらなる飛躍を。

 誰が望まなくとも、誰が考えなくとも、さらにその先へ至る道を用意する。

 

 ゆえに、『神がそれを望まれる(デウス・ロ・ウルト)』。

 

「その事業の話を……どうして僕に?」

 

「もちろん、君にそのテストケースとして参加してもらいたいからよ、緑谷出久君」

 

 そう言って、長女の方のお姉さん……育乃さんは、僕の前にさらに資料を広げた。

 

「さっきも言ったように、この事業はあくまでまだ企画段階。様々なデータを集めて検証を重ね、1つの事業として形にするまでにはまだまだ時間がかかるし、データも、そして実績も足りてない。私達は今、それに協力してくれるテスターを求めていたの」

 

 続けて、もう1人のお姉さん……次女だという、成実さんも。

 

「現在、過去の様々なデータからできる分に関しては、この事業で行う支援の内容を私達は作り、案として固めてあるわ。それを実際に『ヒーローの卵』に実践してもらい、どの程度の効果を発揮するか……それを検証する段階に来ているの。対象者のレベルに合わせて、『普通』『特設』『超特設』の3つのクラスに分けて、ね」

 

「『普通』クラスと『特設』クラスにおいては、関係企業とのコネクションを使って、ごく少数ながらテスターを既に選定して、すでにテストを始めているわ。けど、『超特設』についてのみ……まだテスターが見つかっていなかったのよ」

 

『普通』クラスは、一般的な高校のヒーロー科生徒……の中でも、最上位と言えるくらいの者達を対象にしたレベル。より上を目指すための力を会得するためのプラン。ゆくゆくは『ヒーロービルボードチャート』上位に食い込むレベルにまで育てるのが目標だそうだ。『普通』でコレか。

 

『特設』クラスはさらにその上。国内でも有数のレベルのヒーロー科の、やはり最上位レベルの生徒を対象とする。それらをさらに上へと押し上げ、トップヒーローの育成を目指す。

 

 そして『超特設』クラスは、まさに最上位の中の最上位。国内最高峰である雄英高校のレベルを前提に置き、そこからさらに優秀な生徒を育て……見据える目標はトップの中のトップ。

 それこそ……トップ10や、冗談抜きにNo.1ヒーローすら見据えていく、天井知らずのプランを考えているらしい。

 

「考え得る限り全ての手を尽くして、1つの金の卵を徹底的に磨き上げる。大真面目に『頂点』に至るためのプランよ。コレはもはや、商売であっても、ただの商売ではない、と考えているわ」

 

「商売であっても、ただの商売じゃない……」

 

「現状、日本の犯罪発生率が6%に抑えられている理由……知っているわよね?」

 

 その言葉に、僕は思わずぴくっと反応してしまいつつも、どうにか返事をする。

 

「オールマイトが……平和の象徴がいるから、ですよね」

 

「そう……1時間に3件のペースで事件を解決しているとか言われ、ファンサービスも欠かさない大衆受けするユーモラスさも併せ持ち、何よりその圧倒的な実力により、20年以上不動のNo.1として君臨する最強のヒーロー『オールマイト』。彼の存在そのものが抑止力となり、日本はこの数字を保っている……けど、私はそれだけではいけないと思っている」

 

「!」

 

「オールマイトだけに全てを背負わせていてはいけない。次の世代、そのさらに次の世代にもこの平和を残していくためには、今のこの安寧に甘んじていてはいけないの」

 

 育乃さんの言葉は……もう既に、オールマイトの残された力が少ないと知っている僕だからこそ、差し迫ったリアルな問題として、それを受け止めることができた。

 平和の象徴が……徐々にその輝きを失っていると、知っているからこそ。

 

 今のオールマイトが『全盛期には及ばない』というのは、あちこちのテレビで本人が公言していることだ。もっとも、半ばジョークとして受け取られている部分もあるし、年を取れば肉体が衰えるというのは、人としてごく自然なことだから、仕方のないことだっていう意見もあちこちにある。

 何より、衰えているとしてもその力は依然、全ヒーローの頂点に立っている。だから、大まじめに問題視する人は少ない。

 

 でも、僕やリカバリーガールのように、オールマイトの『事情』を知っているわけでもなく、現状を問題視している人っていうのは……僕が知る限りすごく少ない。このままじゃダメだと思っていて、それを実行に移そうとしている人を、僕は知らなかった。

 何だかんだで皆、安心してしまっているのだ。オールマイトは最強で、無敵で、彼がいる限りは安心だと。

 

 それが、オールマイト本人が『平和の象徴』として望んだありかたであっても……少しずつ、それが変わらなきゃいけない局面に来ている。それを、核心の部分の知識は何一つなしに、この人は察しているんだ。

 

 だからこそ、自分ができる『商売』という形で、それに貢献しようとしている。

 ゆえに、『ただの商売じゃない』。

 

「むしろ私が進めたいと考えていたのは、この『超特設』クラスのテストなの。持てる全てを注ぎ込み、それが汎用性のないワンオフとしてのやり方であっても、第2、第3のオールマイトをいつか育て上げるために。もちろん、今のオールマイトと同じやり方、あり方で社会を支えてほしいなんて言うつもりはないけど……彼に代わる『平和の象徴』は、いつかきっと必要になる」

 

「…………」

 

「今日初めて出会った君に、とんでもないことを話しているのはわかっているわ。でも、なぜかしらね……あなたにこそ協力してもらいたい、って、私、心のどこかで思っているの。『雄英体育祭』で輝かしい成績を残し、日本中にその存在を知らしめた……そして、永久や、お義母様までが一目置いている存在。それだけでなく……こうして直接会って、何か直感するものがあった気がする」

 

「姉さんのこういう時の勘は鋭いからね……かくいう私もあらゆる条件と照らしたうえで、こうして実際に会って話してみて……いいんじゃないか、って思ってるわ。まあ、永久や義母さんの人を見る目が確かなのは知ってるし、そこは別に心配してなかったんだけどね」

 

 成実さんがそう付け足した後、育乃さんは改めて、僕の目を真正面から見て、

 

「実力、意思、将来性……君はこちらの望む、全ての条件を満たしている。どうかしら、緑谷出久くん。あなたさえよければ……私達『栄陽院コーポレーション』と共に……

 

 

 

 本気で、No.1ヒーローを……『平和の象徴』を目指してみない?」

 

 

 

 ……この人達は、僕の『事情』を知らない。

 

 僕がオールマイトに見初めてもらって、力を……『ワン・フォー・オール』を受け継いだことも。

 オールマイトから、後継者として期待してもらっていることも……何なら今すでにもう、新たなオールマイトに、次の『平和の象徴』になるべく頑張るつもりでいるということも。

 

 それでも、そんな風に言われたら……僕のことを認めてくれて、期待して、後押ししてくれるというのであれば……こう返すしか、ないじゃないか。

 

 

 

「……お願い、します!」

 

 

 

 




前回、『栄陽院』の家というか会社の力を一部緑谷のために使えないかな、と画策した永久。
なんか、全面的なバックアップが約束されました。これぞ塞翁が馬、あるいはご都合主義。

なお、『ご褒美』後半、まだ残ってます。次回へ続く。

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