TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第50話 TS少女と保須市炎上

 ほどなくして他のプロも到着したので、彼ら・彼女らと協力して、私達は列車からの乗客の避難誘導を完了させることができた。

 幸いにして、けが人はほとんどおらず、いても急ブレーキで前の座席に頭をぶつけたとかその程度。むしろ最初に車内に突っ込んできた例のプロとやらが一番重傷で……その人も普通に自力で動けるし、応急処置だけしたら、自分も避難誘導に加わってたから大丈夫そうだった。

 

 思ってたよりずっと早く済んだそれの後のことを、普通の警察と鉄道警察、そして他のプロの人たちに任せ、私達は保須市に繰り出したんだが……

 

「何だ……コレ……!?」

 

「1、2、3……おい、何人兄弟だよあの脳無っての」

 

 高台から見た感じ……脳みそ丸出しのマッチョモンスターがあちこちに……見える範囲で4体はいるぞ。そいつらが好き勝手暴れてるもんだから、町は破壊され、ヒーローも振り回されて(物理的な意味でそうなってる者すらいる)てんてこまいだ。

 

「緑谷、お前が電車で見た奴、どれ?」

 

「この中には……いない」

 

「マジか」

 

 じゃ最低でも5匹いて暴れてんのかこの怪物ども。

 形状的には、脳みそ丸出しの半裸マッチョってところ以外は似てるとこないな……

 

 腕が4本ある奴、翼が生えてる奴、脳だけでなく頭蓋骨までむき出しっぽい奴、脳に直接下あごがついてるみたいな奴……こいつだけ体色黒いな? 図体もデカいし、暴れ方もどことなく似てる気がする……USJで見た脳無に一番近い。

 

 しかし、こうして見ると……

 

「フィクションでよく見る、悪の組織の改造人間みたいだな、まるで」

 

「え?」

 

 思わず私が呟いてしまったその言葉に、緑谷が聞き返してきた

 

「いやほら、よくあるじゃん。特に昔のヒーロードラマとかにさ、普通の人間が、悪の秘密結社に捕まって改造手術を施されて、異形の怪人にされてヒーローと戦う、みたいな話。そういうのって、共通のエンブレムが埋め込まれてたり、共通点ある見た目してるだろ? なんかそれ思いだした」

 

 脳みそが丸出しっていう、まるで狙ったかのように強烈な特徴が共通していて……さらに名前は『脳無』。いや、脳あるけど……思考能力が存在しないがごとき暴れ方、って意味ではそうか?

 

 ……何となく言っちゃったことだけど……え、マジでそうだったりするコレ?

 『敵連合』、改造人間作ってんの? マッドサイエンティストとかいる? 死○博士的な。

 

 おい、何か軽視できない気がして来たぞこの思い付き……見た感じ、あの時のアレと同じように、『個性』複数持ってるのがいくらか確認できるし……その改造手術のせいで、個性複数持ってたり、痛覚がないがごとく暴れまわったり、思考能力がそもそもないのも……

 

「推察は後だ。先程と同様に市民の避難誘導を行う。必要に応じて『個性』使用を許可する」

 

「脳無と戦う……ってことですか?」

 

「それはプロヒーローが主に担当する。君たちはあくまで警察と協力し、市民の誘導と護衛だ。敵が向かってきた場合の自衛や、避難にかかる障害の排除時などだ」

 

「グラントリノとの合流は!?」

 

「誘導中に合流できればそれでよし、遭遇出来なかった場合は、避難誘導が一区切りしてから改めて捜索して合流だ。以上、動け!」

 

 ベストジーニストの指示に従い、引き続き市民の避難誘導に当たる私達。

 

 しかし、この現場はさっきよりもずっと危険で……すぐ近くで脳無が暴れてるから、瓦礫とかヒーローとか脳無そのものとか色々飛んでくる。怪我人もわんさかだから、進みが遅いし。

 

 しかも、どうやらこれらの脳無は見境なしに暴れてるようで、近くにあるものをとりあえず攻撃して殺傷しようとする。ヒーローだろうと一般人だろうと関係なく。そしてそのためにためらいなく町やら施設やら設備やらを破壊する。

 

 緑谷も忙しく動き回っていた。機動力を生かして動けない怪我人を確保して連れてきたり、落ちて来そうな看板とか窓ガラスを『テキサススマッシュ』や『デラウェアスマッシュ』で撃ち落としたり吹き飛ばして市民を守り、負傷したヒーローを回収したり。

 

 私も……私は主に力仕事だったな。動くのは緑谷に任せて、倒れてくる信号機や落ちてくる看板なんかを受け止めて安全なところに置いたり、瓦礫で道がふさがってるのをどかしたり、戦闘に巻き込まれて引火・爆発しそうな位置にある車を動かしたり。

 

 あと、時々脳無が襲ってくるのでそれの撃退もだな。

 幸いと言うか、あの時ほど強い脳無はいなかったので(こっち来たのは白い脳無だけだったが。黒い脳無はもしかしたら強かったのかもだが、知らん)、比較的簡単に撃退できた。そうするとそのまま別なところに襲い掛かるんだが、大抵はそこはプロヒーローが引き受けてくれるのでどうにでもなった。あくまで私たちの仕事は、誘導と護衛だ。

 

 なお、ベストジーニストはさっきまでとは段違いに忙しく動き回っているので、流石に常に私達を目の届くところに置いておく、ということはできていない。

 

 ほどなくして、受け持った地区の避難誘導は大体終わったんだが……タイミング悪くベストジーニストがおらず、無事にひと段落付いたことに、私や緑谷、そして他のプロヒーローの人達がほっと一息ついてしまった……まさにその時。

 

 私の通信に、その情報は入ってきた。

 

『ダイナージャ! 近くにベストジーニストいる!?』

 

「え? いえ、今丁度いないんですが……何かありましたか?」

 

『さっき現場にいる別なサイドキックから情報入ったの、合流したら伝えて! 例のインゲニウムの弟君……姿が見えなくなったって!』

 

「はい!? 飯田がいなくなった!?」

 

「……!」

 

 すぐ後ろで、緑谷が息をのんで驚いたのがわかったが、構わず私は通信を続けた。

 ……その時、振り返っておけばよかったと、後になって後悔することになる。

 

 具体的には……ほんの十数秒後だ。

 

「この騒ぎの中でですか? 移動中にはぐれたとか?」

 

『そこまではわからないの! 直前まであなた達と同じように、別な地区で避難誘導に参加してたのはわかってる。マニュアルも一緒にいたみたい。ただ、少し前から……ここ数分くらいだと思うけど、気付いたらいなくなってたんだって! 自分でいなくなったのか、別な脳無や『敵』に攫われたのかはわかんないけど……一応周囲注意して見てて!』

 

「わかりました! 緑谷、今連絡があって、飯田……が……」

 

 振り返ると、そこには……すでに、緑谷の姿はなかった。

 一瞬、頭の中が真っ白になって……あいつの性格を失念していたことに気づく。

 

(……しまった……アイツこそ、こういう場面で我慢できるような奴じゃなかった!)

 

 

 ☆☆☆

 

 

「あいつをまず、助けろよ」

 

「……!?」

 

 避難誘導の最中、路地裏の奥に見つけてしまった……兄の仇。

 

 反射的にそちらへ向かって走り出し、殺されかかっていた名も知らないプロヒーローを助ける形で戦闘に突入した飯田だったが……圧倒的な実力差に、なすすべなく地を這うこととなった。

 傷だらけで倒れ伏しながらも、『殺してやる!』と怨嗟をぶつけた彼に返された言葉は……予想外にも程がある、あまりにも『真っ当』な言葉だった。

 

「自らを顧みず他者を救い出せ。己のために力を振るうな。目先の憎しみに捕らわれ『私欲』を満たそうなど……ヒーローから最も遠い行いだ……ハァ……」

 

 そして、そのまま……飯田の命を刈り取る凶刃が振り下ろされようとした瞬間……

 

 

『SMAASH!!』

 

 

 緑色のスパークが、夜の闇を切り裂いて、ヒーロー殺しを殴り飛ばした。

 

「助けに来たよ……飯田君!」

 

「緑谷……君!? なぜ、ここに……!?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.緑谷出久

 

 あのまじめな飯田君が、ひと段落付いたところだとしても、現場を放り出していなくなるなんて絶対におかしい。

 即座に僕の脳裏には、最悪の可能性が浮かんで……気が付いたら、体が動いていた。

 

 飯田君は、『ヒーロー殺し』を見つけてしまったのかもしれない。

 

 ワイドショーとかで見た情報をもとに、路地裏を片っ端から探して走った。

 それだけじゃ範囲が広すぎるから、今ちょうど騒ぎが起こっていない場所で、なおかつ破壊されている痕跡がある場所……その周辺の路地裏を、しらみつぶしに。

 

 結果は、的中。見事にと言っていいかはわからないけど、倒れている飯田君と、別なプロヒーロー(多分)、そして……ニュースで流れた通りの風貌の『ヒーロー殺し』を発見。

 

 飯田君は……これもワイドショーで見た推測通りだが、体が自由に動かなくなっているらしい。恐らく、ヒーロー殺しの『個性』。

 斬るのが発動条件なのか、それとも……

 

「……仲間が助けに来た。いいセリフじゃないか……だが、俺にはこいつらを殺す義務がある。ぶつかり合えば当然、弱い方が淘汰されるわけだが……さァ……どうする?」

 

 その瞬間向けられた、ヒーロー殺しの目は……冷たく、殺意に満ちていた。

 しかしどこか、『熱』を感じさせるものでもあった。冷たいのに熱い……不思議な感じだ。

 

 ふと、以前、オールマイトがこんなことを言っていたのを思いだした。

 

 もう随分前のテレビのニュース、あるいはワイドショーだったかもしれない。

 その時オールマイトは、過激思想が行き過ぎて『(ヴィラン)』として扱われるようになった元ヒーローの『敵』を逮捕して、その時に応じたインタビューで言っていたんだ。

 

 その時の『敵』は、『敵』を生け捕りにすることが前提の今の社会の在り方を『甘い』と批判していた。『敵』はヒーローを殺す気で、一般市民も巻き添えにすることに何のためらいもなく来るんだから、こちらも相応の権限を持つべきだと。

 凶悪な『敵』を殺す許可を、一部のヒーローにでも持たせるべきだ、と。

 

 最終的にその『敵』はオールマイトに逮捕されたわけだが、その時のインタビューで、

 

『どんな『敵』かは、目を見ればわかります。一時の勢いや、口先だけの快楽犯罪者は、えてして薄ら暗い愉悦が目に浮かぶもの。逆に、今回の彼のように、形はどうあれ、自分の中に1つの信念を持っている、いわゆる思想犯の目は……静かに燃えている。それは殺意に満たされた冷たい眼光であり、同時に燃える炎のような熱をも感じさせる、強く、恐ろしい目なのです』

 

 その後、『まあでも、そんなに近くで注意深く『敵』の目を観察するのは危険ですから、市民のみなさんは敵を見たらすぐに通報して逃げてくださいね! HAHAHA!』とジョークでお茶を濁していた気がするが……あの時言ってたことの意味が、今理解できた。

 

 USJで戦った死柄木達とは違う。

 これが、燃えるように熱く、氷のように冷たい……己の信念を持った殺人者の目。

 

 インゲニウムを始め、合計40人ものプロヒーローを殺害、あるいは再起不能に追い込んでいる超凶悪ネームドヴィラン。オールマイト以降最多殺人数を誇る、前代未聞の殺人鬼。

 ワイドショーでたびたび語られるそれらの煽り文句は、決して大げさでも何でもないものだったんだと、思い知る。

 

 勢いでここまで走ってきてしまった浅慮を悔やむ。

 根拠も何もないから仕方ないとか思ってしまったけど、誰かプロを、多少無理やりにでも説得して……あるいは、栄陽院さんに一声かけてから来るべきだった。

 

 けど、今さらないものねだりをしても仕方ない……ならせめて、今できることを!

 

 ヒーロー殺しに見えないように、スマホを操作。

 複雑な操作はできない……位置情報だけを一斉送信。

 

 そしてもう1つ……栄陽院さんに電話をかける。

 

『もしもし緑谷!? ちょっと今どこ!? てか、今送られてきたコレ何!?』

 

 通話状態になったら、そのままそれをポーチに入れて放置。

 彼女は、さっきのままなら……常に通信をONにして、ベストジーニストの事務所と連絡を取り合ってる。だから……

 

「飯田君……安心して。相手が脳無だろうが、ヒーロー殺しだろうが……僕が守るから!」

 

『はい!? ヒーロー殺しって……あんたまた無茶苦茶なことやって……! 返事しないのはそういうわけか! そうなんだな!? そんでこのアドレス……ああもう、すぐ報告して応援送るから死なないでよ!? あとそこに飯田もいるの!?』

 

 よし、伝わった! 飯田君がここにいるってことも、ヒーロー殺しと遭遇したことも!

 これで栄陽院さんから確実にプロに事態が伝わる……時間さえ稼げば応援も来る!

 

 できれば、僕がここでヒーロー殺しを退けるのが最善だろうけど……

 

「何を言って……緑谷君! 君には関係ないだろ! コレは俺の問題なんだ……逃げろ!」

 

「そんなこと言ったら、ヒーローは何もできないじゃないか!」

 

 飯田君は飯田君で、なんだか自棄になってるみたいな感じだし……彼との話は後だ。

 言いたいことは色々あるけど……全部、後にする!

 

 頭をよぎるのは、体育祭の時……治療中に、オールマイトにかけられた言葉。

 轟君との試合で、もっと早く楽に勝てたはずだったのに、彼に『左』を使わせるために無理をして……最終的に右腕折っちゃうまでした時に、呆れつつも、こう言ってほめてくれた。

 

「オールマイトが言ってたんだ……余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって!」

 

「……! ハァ……!」

 

 なぜか、ヒーロー殺しの目に、喜色が浮かび、口角がつり上がって笑ったように見えた。

 

 少しの疑問と、圧倒的な恐怖と緊張の中で……僕は、地を蹴った。

 栄陽院さんとの、そしてグラントリノとの修行を経てなお、圧倒的に今の僕より格上であるとわかる敵を前にして……それでも、逃げるわけにはいかないから。

 

 

 

 




Q.脳無増えてる!? 何で!?

A.後でね

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