時刻は午前10時ちょい過ぎ。
本日の天気は気持ちのいい快晴。しかし、カーテンは閉められているので外の景色は見えない。
まあ、今やってることを考えれば、カーテン開けっ放しにしとくのはまずいのはわかるので、仕方ないけども。
私は今、ベッドの上で上半身裸になり――無論、ブラもつけていない。ガチのトップレスだ――前から後ろからじろじろと見られたり、手であちこち触って、具合、ないし感触を確かめられたりしているところだ。身動きは指示されたもの以外は許されず、なすがままにされている。
時折『ひゃ』とか『ん…』とか声が漏れそうになるけど、恥ずかしいのでどうにかこらえている。
今だけ我慢すればいい。この時間も、すぐに終わる……もう少し耐えていれば、終わってくれる。私は、キレイな体で解放されるのだ。
時間にして数分もなかったであろう、しかし妙に長く感じた、その試練の時は……ようやく終わりを告げた。
「はい、ちゃんと全部、跡も残さずきちんと治ってるわね。今日の午後、もう退院していいわよ」
エロいことされてると思った? 残念、単なる診察でした。
もちろん、見てくれてたのはちゃんと女医の先生である。
きちんと私は『ありがとうございます』とお礼を言って、病人着にそでを通して着る。
きっちり前のひもを締めてからカーテンを開け、かなり高いところまで登ったおひさまの光を病室内にご招待。その上で、退室する先生と看護師さんを見送った。
☆☆☆
あの後起こったことを、かいつまんで説明しよう。
まず、気絶させたヒーロー殺しを拘束し、爆豪の当初の案通りに、轟に氷塊で階段を作ってもらい、それを上がって上に戻ろうとしたんだけど……なんか、崩れた後の穴が瓦礫でいい感じに埋まってて、通れそうになかった。
道理で上の方に見える光、やけに小さいなと思った……。穴崩さないようにゆっくり瓦礫どかして、脱出経路確保から始めることになったよ。
それも数分で普通に終わったからいいんだが、その後にまた一波乱……いや、二波乱? いや、まだ起こってないものも含めれば三波乱かな?
まず、脱出した私達の目の前には、当然ながらさっきまで一緒に戦っていたプロヒーローの人達の姿があった。
エンデヴァー、ベストジーニスト、グラントリノ(飛んで私らを救出しに行こうとして通れないからどうすっかなーって考えてたらしい、下手に崩して崩落したらヤバいからって)、そしてその他何名か。
しかし、なんか見覚えのない人たちが増えてたんだよね。2人ほど。
そのうちの1人は、どうやら飯田の職場体験先の事務所の人……ノーマルヒーロー・マニュアルさんであるらしかった。飯田、その場で叱られてた。
しかしもう1人は……身長2mくらいある、やせ型にメガネのサラリーマン然とした男性。
どこかで、あるいは何かの資料とかで見覚えがある顔だったので、どうにか思いだそうとしてたんだが……それより先に、緑谷がその正体を言い当てた。
その名は、プロヒーロー『サー・ナイトアイ』。
派手にメディアに出てくるタイプのヒーローではないが……かなり有名なヒーローだ。
かつてただ1人、オールマイトの
何でこんな隠れた大物がここにいるんだとぎょっとしたが、どうやらグラントリノに用事があって会う約束をしてたが、この事件が起こったので加勢しにきたそうな。
マジか、そんな偶然あるんだな……すごい人に会っちゃったよ……
……と、思ってたんだが……どうもその約束とやら、も1つ裏に何か事情があるらしいんだよなあ……聞く限り。ないし、観察する限り。
それはまあ置いといて……波乱、2つ目へ行こう。
飯田が怒られたり、緑谷が怒られたり、轟が心配されつつ怒られたり、爆豪が怒られたり、色々あったんだが……その直後、拘束したはずだった翼の脳無が復活して、逃げようとした。
で、その際、なぜか緑谷をつかんで飛び去ろうとした。とっさのことだったので、その場の誰もすぐには反応できなかった。
しかし、例によってベストジーニストが『ファイバーマスター』で脳無が履いてるズボンの繊維を操って動きを制限し、その間にグラントリノかエンデヴァーあたりが撃ち落とすか……と思われたんだが、それよりも早く動いた者がいた。
飛び去る時に落とした脳無の血液が、その場にいた女性ヒーローの1人の頬にかかってたんだが……それをすれ違いざまに舐め取って、ヒーロー殺しが飛び出したのだ。
武器全部取り上げた上で拘束したはずだったんだが、どこに持ってたのか、折り畳みナイフでロープを切って逃れたらしい。
女ヒーローの頬を長い舌でレロッ……と舐めた瞬間の絵面は、それはもう色んな意味でヤバかった(タイミングよく? 悪く? 見ちゃったんだよね私)んだが……それはさておき。
ヒーロー殺しの個性『凝血』によって、脳無は動けなくなり墜落。緑谷も取り落とした。
緑谷はそのまま落下したと同時にそこを離れたものの……入れ違いに脳無に飛びかかったヒーロー殺しが、その頭部にナイフを突き立ててそれを殺害。その上で、私達に……というよりも、エンデヴァーやベストジーニストといったプロヒーロー達に向き直った。
トップヒーロー2人、トップヒーロー相当2人というこの状況下で、なおも『逃げる』ということを選択せず、自分の信念の通りに『偽物』を殺そうとして。
直後にやはりベストジーニストが『個性』でその衣服を操って拘束していた。腕も足も動かせないように……さらにははためいているマフラーっぽい布まで操ってぎっちぎちに縛ってだ。
それによって動けなくなっているというのに……その時私達は、奴から目を離せなかった。
『『
『誰かが血に染まらねば……! 『
『来い……来てみろ、贋物共……俺を殺していいのは、
動けないとわかっているのに、その気迫だけで……その場にいる全員が気圧されていた。
その直後、ヒーロー殺しは……元々、体力やら何やら限界に達していたらしく、立ったまま気を失っていた。
それが分かった瞬間、私達のほとんどが、足腰から力が抜けて、道路にへたり込んでしまっていた。私達職場体験生から、プロヒーロー達まで。
エンデヴァーすら後ずさりするほどに凄まじい威圧感は……今こうして、どっかの誰かがネットにアップしてる動画を見ていても思いだす。
(どこの誰がこんな動画、あの場面で撮ってたんだか……あっちこっちの動画サイトに、UPされては削除されての繰り返し。こりゃネット上から完全に消すの無理だろうな……あちこち荒れるぞ)
その後、ヒーロー殺しは逮捕され、私達もほとんどが結構な傷を負っていたので、詳しく検査したりするのもかねて、全員入院した。それが、昨日の夜のこと。
私は1人だけ女なので個室だが、男連中は4人同室だそうだ。
この後、遊びに行く予定である。あと、何か全員集めて話もあるらしいし。
その時に話されるであろう事柄こそが、3つ目の波乱なわけなんだが。
で、やってきました男病室。
私は病人着……ではなく、雄英の制服である。ベストジーニストの事務所の人が持ってきてくれた。
この後、このまま事務所に直帰して、職場体験に復帰する予定だからだ。私と爆豪は、ほとんどケガもなく、すぐにでも退院できる体だってことが分かったからね。
私の場合だけど、昨日は体のあちこちにあった打撲痕とか色々も、既になくなって奇麗な体というか肌を取り戻してるから。斬られた傷もないし……なんだったら、傷とかの半分くらいは、途中の避難誘導とかの時に、倒れて来た信号機受け止めた時とかの奴だし。
そんな感じなので、もう私はそろそろ退院できるわけだが、その前に全体で色々話すことがあるってんで、男部屋に来たのである。
来てみると、緑谷と轟、飯田が病人着で、爆豪がもう、私と同じで退院するところって感じだった。爆豪も、細かいのを除けば切り傷程度だしな。
部屋にあった椅子に座って適当にくつろいでいると、病室のドアがノックされ、グラントリノとマニュアル、それに……何かスーツ着た犬の異形型っぽい方が来訪。
その犬の人、面構さんというらしいが、なんと保須警察署の署長さんなんだとか。えらい大物来たな。
思わず立ち上がって礼しようとしたところ、『そのままでいいワン』って……気遣ってもらったのはありがたいけど、語尾……。
で、どういう話をしに来たかと思えば……なんか、職場体験中の無免許の学生が、担当のプロヒーローの許可なしに個性を使って戦闘、犯罪者とは言え、ヒーロー殺しその他に対して危害を加えたことが問題になります、的なお説教だった。
それに対して、爆豪はまあ予想通りとして、轟も『じゃああそこでプロの人や飯田を見捨てればよかったのか!』ってけっこう切れたり、『結果オーライなら規則などうやむやでいいとでも?』的な話になってヒートアップしそうになってた。
が、その話にはまだ続きがあり……これらの事実を公にすれば、皆処分は免れないものの、あくまで私達を『巻き込まれた被害者』とし、ヒーロー殺し確保やら何やらの功績はエンデヴァー達のものにしてしまうことで、まあ、言い方は悪いが隠蔽が可能だとのこと。
あの場にいたヒーロー達に口止めは既に完了しているので、あとは私達がきちんと口をつぐめば万事オーケーだそうだ。手早いな。
面構さん曰く、『前途ある若者の偉大なる過ちにケチをつけさせたくないんだワン』だとさ。ありがたい。皆できちんとお礼言いました。
ただその後さらに詳しく聞いたら、そもそも今回の話、何が何でも処罰される対象になるのは(隠蔽しなければ)、実は飯田くらいのものらしい。次点で緑谷。
というのも、私は終始きちんとベストジーニストの指示に従って行動してたし、崩落に巻き込まれた後のことはそれこそ本当に事故だ。お互いにベストは尽くしていたので、非はない。
次に緑谷だが、彼はグラントリノの『座ってろ』という指示を無視しているものの、その後の行動……避難誘導の手伝いとか避難民の護衛とか、そのへんはこちらもベストジーニストの指示及び監視の元行われているので、無許可とか無監督で云々って部分はあまりない。
その後さらに『飯田がいなくなった』という連絡で行方くらましたのはアレだけども。
爆豪と轟は、目を離した扱いにはなっているものの、監督者であるエンデヴァーが『まあ大丈夫だろう』として認めた扱いにすれば、なかったこと、あるいは大丈夫なことにはできるらしい。
飯田だけは、自分からマニュアルさんから離れるわ、ヒーロー殺しに積極的に襲い掛かるわでツッコミどころ満載だけども。
隠蔽のことも含めて、総じて皆『じゃ最初からそう言ってよ』的なことを皆思ったものの、本来ダメなことであることに変わりはない。きちんと話してきちんと反省してもらう必要があったんだって、ぴしゃりと言われた。ごもっともです。
そんなわけで、ベストジーニスト以外の監督役のヒーロー達には、監督不行き届きでいくらかの罰則が科せられるそうだが、そんな大したものではないということだった。
調子のいいもの言いかもしれないが、よかったよかった。
こうして、私達が『ヒーロー殺しを捕縛した』という功績は、罰則なしと引き換えになかったことになったので、私達は回復し次第、それぞれ職場体験に戻ることになった。
さっき言った通り、私と爆豪はもう今日退院。
轟、飯田、緑谷はもうちょっと検査とか治療でかかるそうだ。
特に飯田は、左腕の傷が少々酷くて、軽い後遺症が残るらしい。手術すれば治る見込みもあるそうだが、何だか色々考えているようだ。まだ纏まらないっぽいが。
とりあえず、まだ入院する3人には、私特製の『エネルギー入りカフェオレ』を1人1本進呈しておいた。緑谷に『いつもの奴だから』って言ったらすぐ分かったようだ。説明とか任せる。
なお、材料は例によって私の『エネルギー』と、病院の売店で買ったカフェオレだ。
ゆっくり休んで、元気になってからまた頑張ってくれよ。無理はよくないからな。
こうして、波乱の『ヒーロー殺し』騒動は終わりをつげ……私達はそれぞれのタイミングで、残る日程の『職場体験』を全うするべく全力を尽くすこととなったのだった。
今日を入れて残り4日。頑張ろう!
……ああでも、1つ気になることがあるっちゃあるな……
ズバリ、緑谷のことだ。
怪我が心配とかはまあいいとして……そろそろ緑谷が、恐らくは抱えているんであろう、何らかの秘密って奴が気になってきた。
謎が多い『個性』のことを筆頭に、この職場体験中も気になった点がさらに増えたからな……
ごく最近『個性』が発現したっていう遅咲きっぷり。
技という技がオールマイトリスペクト。まあ、これはただ単に緑谷がヒーローオタクで、オールマイト大好きだからってことかもしれないが。
以前梅雨ちゃんが言ってた通り、オールマイトによく似た『個性』。
体育祭の時に轟が言ってた通り、オールマイトに目をかけられ、たびたび個人的に呼び出されたりしている。
そして今回の職場体験。指名を受けた4000件以上の事務所の中から、オールマイトの恩師であるグラントリノを選択……というよりも、そのグラントリノから指名をもらっているっていう点の方を見るべきか。
挙句の果てには、メディアへの露出が決して多いとは言えない、オールマイトの元サイドキックであるサー・ナイトアイの来訪。
グラントリノに会いに来たって言ってたけど、それって果たしてグラントリノ『だけ』に会いに来たんだろうか……?
『遅咲き』を除くこれら全てに共通する事項……それは、『オールマイト』だ。
本人には目をかけられ、彼と関係のある人達とも関わりを持っていっている。一体何でここまでのことが、緑谷の周囲では起こるんだ?
一体彼は……どんな秘密を抱えているのだろう?
(……ま、気にはなるが……荒立てて詮索するつもりはないってことで。知るとしたらその時は……彼の方から話してくれた時だ。そんな日が来るかどうかは分かんないけど……気長に待とう)
☆☆☆
Side.緑谷出久
体育祭で優勝した、っていう1つの事実は……どこか、僕をうぬぼれさせていたのかもしれない。
その後に栄陽院さんに貰った『ご褒美』や、登校途中に色んな人にちやほやされたのも含めて……もう僕は昔の僕じゃない、なんて、すこし傲慢に考えた気がした。
幸いと言っていいのか、それについては、初日にグラントリノが叩きなおしてくれたし、色々経験も積ませてくれた。アドバイスも貰った。
前よりもさらに強くなれたであろう自覚はある……それでも慢心することは厳禁だけど。
それに、今回のヒーロー殺しとの一件で思い知らされたからな……僕、まだまだ未熟だって。
僕、かっちゃん、轟君、飯田君、栄陽院さんの5人でようやく戦えたんだから。
ヒーロー殺しがトップクラスの凶悪『敵』だったってことを差し引いても、僕が最終的に目指すものは……それくらいの、あるいは笑ってそれを乗り越えられるだけの力だ。まだ足りない……オールマイトの期待に応えるには、『ワン・フォー・オール』を使いこなして、オールマイトの後継者になるには、まだまだ足りない。
極めつけは、あの日、全てが終わった時に会うことができた……『サー・ナイトアイ』の言葉。
どうやら、グラントリノが会う予定をしていたっていう人は、彼だったようだ。オールマイトの元・サイドキック。『ワン・フォー・オール』についても知っている1人だった。
その用事っていうのは他でもない……僕を見るためだったらしいのだ。オールマイトが後継者に選んだ少年が……当時中学生の、しかも無個性だったそれが、どんな男なのかと。
その彼から僕は、
『……及第点ではある。もっと正確に、もっと厳しく言えば、『どうにか落第点ではない』というべきかもしれん』
『だが、今のままでは到底足りない……君のことを認めないわけではないが、正直に言おう……私は『ワン・フォー・オール』には、よりふさわしい人物が、後継者がいると思っている。その者に譲渡せよとまで言うつもりはないが……君がこの先もその力を使うならば、自身が『平和の象徴』足りうる存在であると、私程度納得させられなくてどうする、といったところが正直な気持ちだな』
『オールマイトの限界は近い……その時、この国が必要とするのは、僅かな希望、かすかな光ではない……確かな希望と、まばゆい光だ。それだけの輝きを、君は示すことができるか?』
『口では言わなくていい。オールマイトからそれを受け取った以上……行動で示してもらいたい。私のような青二才に、文句一つ言わせない程度には……なってみせろ、緑谷出久』
厳しい……しかし、もっともな言葉だった。
オールマイトの後継者として『平和の象徴』になる。それはどう考えても、並の人間にできるようなことじゃない。
それこそ、トップヒーロー級の力があってもなお、万全と言っていいかなんてわからない領域だ……今だに数えるほどしか実戦を経験していない僕には、夢のまた夢だ。
が、そんなこと言ってられる余裕はない。
というか、夢なんて言ってちゃいけない。僕は、そこを目指さなきゃいけないんだ。
今はまだ、力を受け継いでから間もないから仕方ない、これから徐々に強くなっていくんだとしても……全然、今の力じゃ足りないのは、最低限明らかになった。
明らかになったんなら、放置していいはずがない。もっともっと努力して、強くならなきゃ。
とりあえず、退院後にもっと強くなれるよう、グラントリノに相談するのと……雄英の先生たちにも……そして何と言っても……
(『デウス・ロ・ウルト』……栄陽院さん達に紹介してもらった、本気でトップを狙う強化プログラム……!)
目指そう、もっともっと上を……
そのためにできることは、何だってやる……やって、乗り越えてみせる!
まずは少しでも早く傷を治すため、もらった『エネルギー』入りのカフェオレを一気飲みしながら、僕はそうして決意を新たにした。