「資料、確認しました。短い時間でここまでの仕事……お見事です、アナライジュ」
『お褒めの言葉、ありがとう、イレイザーヘッド。私の仕事の成果……まあ、まず一区切りといったところだけど、お役に立ちそうかしら?』
「ええ……少々カリキュラムを組みなおす必要はありそうですが、まさに今、あいつらに必要とされているものでしょう。……荒療治とは言わないまでも、中々にハードなものになりますね」
その日は、雄英高校1年ヒーロー科の生徒たちにとって、『職場体験』が終わった翌日だ。
雄英高校の職員室にて、1年A組担任、イレイザーヘッドこと相澤は、何度目かになる電話越しでの打ち合わせを行っていた。
相手はもちろん、今回、生徒達を育てるためのプラン立案を依頼している、隠居したところを引っ張り戻して協力してもらったプロヒーロー……『アナライジュ』だ。
昨日までの『職場体験』の様子について、各ヒーロー事務所から報告が上がってきている、生徒達の『仕上がり具合』についてのデータは、雄英高校経由でアナライジュに送られた。
それが、昨日の夜7時頃のこと。
そして、それを元にして、ヒーロー科40人全員分の『強化プラン』
今は昼前の時間だ。朝早くに学校に来て、既に届いていたデータにどうにか目を通した相澤は、それについて最終確認等の意味で電話をかけていた。
『それにしても、今年の1年生は……恵まれてはいるけど大変ね。ただでさえハードな雄英高校のカリキュラムに、例年にない特殊な課題が加わるんだもの。1学期から試練の連続だわ』
「彼らがそれが必要とされる状況に置かれているのも事実です。既に、今年夏の『仮免』取得に向けて、様々なカリキュラムを前倒しで実施するよう調整が進んでいる。それなら……どうせやるなら徹底的にやるべきでしょう。中途半端で終わるのが、一番時間も労力も無駄になる」
『それは同感だけれどね……まあ、そのあたりの調整は、実施する側のあなた達の手腕に期待させてもらうとするわ』
「じゃあ、以後引き続き……ひとまずこいつらが半人前のひよっこになるまでを目途に、よろしくお願いします」
『ええ。それじゃ……私、徹夜した分これから寝るから、失礼するわね』
「ご苦労お掛けします」
受話器の向こうで電話が切れた音を聞いた相澤は、一息ついて、自分も受話器を置いた。
そして、今しがた話していた資料が表示されているパソコンの画面を見て、不足な点がないことを再度確認し……印刷ボタンをクリック。
視界の端で、プリンターが動き始めたのをちらっと見て確認した後、しばし印刷が終わるまで、背もたれに体重をかけて体を預け、リラックスして待つことにした。ドライアイ気味の目に、目薬をさして潤いを補充するのも忘れない。
これから行うこととなる、ある『追加カリキュラム』……それに関係する、生徒個々人の課題やらデータがびっしりと書き込まれた資料。決して少なくない枚数ゆえ、そこそこ時間もかかる。
じんわりと目を潤すと同時に、目薬の薬効が視神経の疲れを取っていくのを感じながら、相澤はこれからのスケジュールに思いをはせる。
(これから中間試験を挟んで、期末試験まではしばらく基礎固めの時期が続く……その間にある、わずかな『暇』すら『力』に変え、生徒個々人の経験を形作るのが今回のカリキュラムの目的だ。上手くやれれば、林間合宿を待たずして生徒達の実力水準は大きく上がる。平時から言えば、やりすぎ、ないし詰め込みすぎと言えるであろうスケジュールだが……今回は、このレベルが必要だ)
暫く待って、印刷の音が聞こえなくなると、相澤は目薬をティッシュでふき取りつつ、印刷された資料を持って机に戻り、あらかじめ用意していた封筒にそれを詰めていく。
封筒は全部で
半分はB組の担任……ブラドキングの受け持ちだ。後で渡すため、自分の受け持ち分とは分けて置いておく。
「リスクもなくはない。博打の要素も大きい。それでも、乗り越えさえすれば……あいつらは強くなる。初日に言った通りだ……試練を用意してやるのが、壁になってやるのが、雄英の役目」
それでも、彼の目に迷いはなかった。
準備をここまで進めて今更だということもあろうが、それ以上に……彼は、教え子たちを信じていた。
『Plus Ultra』の校訓の通り、困難を乗り越えて見せてくれるはずだと。
☆☆☆
職場体験、つつがなく終了。
その後に振替休日を1日挟み、登校日となった今日、1-Aのクラスではそれぞれが学んだことの情報交換……というか、『こんなことがあったぜ!』的な報告兼バカ話が行われていた。
かと思えば、期待していたような経験ができなかったと、やや落ち込んでいる者もいたし……中には、体験先で何があったのか心配になるような変化を遂げている奴もいた。
前者は主に常闇や尾白、後者は麗日や峰田あたりである。
常闇はたしか、No.3ヒーロー『ホークス』の事務所に行ったはずだが……なんか、振り回されっぱなしで、1人で全部やってしまう彼の仕事の後始末とかしかできなかったらしい。
尾白は……こう、何と言ったもんか……新宿二丁目界隈を仕切る『二丁目拳銃』とかいう、『男で女』な特殊な立場のヒーローの事務所にいたんだとか。
色々身になる経験もできたそうだが、気苦労も多かった様子で……
麗日は……なんか、7日間いっぱいそこで経験を積んだ結果、『コォォォ……』って不思議な呼吸音と共に、腰の入った見事なスクリューパンチ繰り出すようになってた。……あの時感じた気配は気のせいじゃなかったか。
なんかオーラすら纏ってるように見える……何に目覚めたオイ?
で、峰田が……『女は元々みんな、悪魔のような本性を隠し持ってんのさ!』って影のある表情でブツブツ呟くように言いながら爪を噛んでて……怖い怖い。
性欲の権化であるこいつがこんなになるとは……Mt.レディの事務所で何見たんだ?
「けどやっぱ一番大変そうだったのは……お前ら5人だよな!」
「そうそう、ニュース見てびっくりしたぜ。『ヒーロー殺し』!」
そんな、上鳴と瀬呂の声で、皆の視線が一気にその当事者5人……緑谷、爆豪、轟、飯田、そして私に集中する。
そりゃまあ……話題にもなるわな。ニュースでも連日報道されてる超凶悪犯だってのに加えて、保須市の一件では、脳無……すなわち『敵連合』まで絡んできたんだし。
当然と言えば当然だが、皆は発表された方の『真実』……エンデヴァーやベストジーニストが、今回の事件解決の功労者で、私達は巻き込まれたに等しい立場だって認識していた。
まあ、じゃなきゃ困るんだけども。色々グレーゾーンのもみ消しないし隠蔽したからね。
その話の中で、上鳴がヒーロー殺しのことを『ちょっとカッコよくね?』って言っちゃったんだが……それを気にするかもしれないと危惧された飯田は、そのことについても自分なりに既に心の整理をつけていた。
動揺した様子もなく、はきはきと自分の考えを口にする。
「確かに奴は、信念の男ではあった。好感を覚える者が出るのもわかる。だがその果てに奴が選んだ『粛清』という手段。どんな考えの元であっても、それだけは間違いなんだ。俺のような者を、これ以上もう出さないためにも……改めてヒーローへの道を俺は歩む!」
と、いつも通りのカクカクした動きでびしっと言い切る飯田を見て……私を含め、クラスメイト達は『もう問題なさそうだな』と悟っていた。
うん、この無駄に元気かつ、よくわからない動きとテンションあってこその飯田だよな。
なお、軽率なことを言ってしまった上鳴は『なんかすいませんでした』と謝っていた。飯田、別に気にした様子はなかったけども。
「けろ、でも、皆無事だったのは本当によかったわ」
「そだね……それはそれとして、他はどうだったの、栄陽院?」
「? 他って?」
耳郎の問いかけの意味が分からず、聞き返す私。
「ほら、『ヒーロー殺し』の件も大変だったろうけどさ……あんたが職場体験行った事務所って、No.4のベストジーニストの事務所でしょ? 轟と爆豪はNo.2の事務所だし……やっぱこう、普通とは一味違うエリート教育みたいなのあったのかなって」
ああ、そういうことね。
見れば、他の皆もそのへんは気になるらしく、聞きたそうにこっちを見ている。
「まあ……色々だな。私の場合は、戦闘よりも、ヒーローやってく上で必要そうなスキルを広く浅く教えてもらった感じだから……事務手続きとか、実務関係とかだよ。ためにはなったけど……聞いてて面白くはないと思うぞ?」
「けろ、そんなことないわ。学校では普通には学べないスキルであることに変わりはないもの」
「それに、あんたのは明らかに普通じゃできない経験もしてるじゃん」
「? 何が? 『ヒーロー殺し』云々じゃなくてでしょ?」
「コスチューム! ネットに上がってる画像見たよ、なんかいつの間にか女番長から女軍人になってたじゃん。すごい凛々しい感じの」
「そうそう! カッコよかったよ永久ちゃん! 女の子だってわかってるのにドキッとしちゃったもん、思わず」
「絶対ファン増えたよねーアレ! 女の子の! 宝塚みたいになったもんね!」
ああ、まあ……確かにアレはあそこだからこそできた経験ではあるな。
考案・発注からわずか1日以内にあんな完成度高いのが届くとは思わなかったし……性能もばっちりの出来だったから、大満足で今も使わせてもらってるし。
芦戸と葉隠に見せてもらった、ネット上での反応とかは、それでも少しびっくりしたけども。
なんか専用のスレッドとかも立ってるし……そこでは『壁ドンされたい』とか『お持ち帰りされたい』とか『リアル男装の麗人』とか『女だけど惚れた、結婚したい』とか書いてあるし……。
あと中には、『触手ヴィランはよ』『プリーズくっころ、ワンモア』『企画モノ全裸待機』とか、なんかヤバそうなコメントも……大部分は後で運営削除されてたが。
それに加えて、私が勉強した事務関係のスキルについても、話してみると意外と好評だった。
梅雨ちゃんが言った通り、普段の学校の授業や、手に入る資料なんかでは学べない、実際のヒーローの現場の仕事に関わる情報は、人にもよるが面白くて興味深いものだったようだ。
私が話すと、今度は皆の興味はエンデヴァー事務所に行った2人に移った……が、爆豪は聞いても答えてくれないだろうな、とみんなわかってたので、質問は必然的に轟に集中する。
「そうだな……基礎トレとして体を鍛えたりもしたが、事務所の地下にある訓練室を使って、炎や爆破の細かい制御なんかも教わってたな。栄陽院のとこと違って、こっちはかなり実戦向きというか、実力主義の現場主義で、とにかく見て、やって覚えることが多かったと思う」
「個性の訓練もやったの? ってことは、やっぱ炎熱系用のトレーニングルームとかあったんだ?」
「事務所のボスがアレだからな。資産だけは無駄にある奴だし……ヒーロー活動そのものには真面目に取り組む奴だってのは、今回の職場体験でわかった。その辺の投資感覚なんだろう」
「なるほど、やっぱ事務所によって違うんやねえ……ガンヘッドさんとこには道場あったわ。畳とフローリングと、あと……なんかレスリングとかできそうなマットの床もあったし、ランニングに使える屋内レーンもあったな。色々な武術の勉強ができるように、ってことみたいやったな」
「さすがバトルヒーロー、修行スペース充実してんのな。こうして見ると、やっぱ事務所の設備も、どんなヒーローやってるかによって違うんだな」
「そのようですわね。ウワバミさんの事務所は……メイクに使える大鏡があったり、衣装や化粧品が充実していましたわ」
そんな風に再び職場体験談義に花が咲く中、ふと気づいたように耳郎が、
「ていうか、麗日、元に戻ったの?」
さっきまで『コォォォ……』な呼吸で武人になってた麗日が、いつものぽわぽわ女子に戻っていた。よかった、こっちの方がなんかやっぱ安心するわ……
「え、あ、うん……ごめん、ちょっとその、結構濃い7日間やったから、その……忘れないようイメトレしてたら、なんかフラッシュバックしてもうてた」
「え、大丈夫なのそれ?」
…………まあ、訓練の成果が身にはなってる、ってことでいいんじゃない……かな?
ちょっと予告をば。
この後、原作通りの流れなら、期末試験に行くわけですが……ちょっとその前に、オリジナル展開みたいなの挟もうかと思ってます。
日常編数話とかじゃなく、丸々章1つとか、割とガッツリ幅取って書くかも。具体的にどのくらいの期間費やすかは……わかりませんが。
内容的には、修行パートとオリジナルストーリーが半々くらいかな?
なお、オリキャラやクロスオーバーも入ってくる予定です。あくまで脇役としてでしょうが……
そういう展開が苦手な方や、原作沿いのストーリーだけ読みたいような方にはすいませんというか、ご注意ください。
以上、破戒僧でした。