TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第57話 TS少女と救助レース

Side.緑谷出久

 

 その日の一番の目玉は、『オールマイト、登場の挨拶ネタ切れ疑惑』で始まった『救助レース』だった。

 

 工業地帯を模した運動場で行われたその訓練は、運動場の外からいかに早く要救助者の元にたどり着けるか、というのが課題で、いくつかのチームに分かれて、タイムを競う形で実施された。

 

 入り組んだ複雑な構造ゆえに、立体的に動ける瀬呂君やかっちゃん、常闇君あたりに特に有利だと思われたけど……これだけ建物が密集してて、しかも構造が入り組んでいるなら、足場があちこちにあるのと一緒だ。フィジカルを生かせる僕や栄陽院さん、砂藤くんなんかにも相性がいい。

 

 その分、足場が不安定だったりするだろうから、落下事故なんかには注意が必要だったけど……最初の組だった僕は、この1週間の間にさらに上手く使えるようになった『フルカウル』のおかげで、瀬呂君に1分近くの差をつけてトップでゴールできた。落ちないように慎重にやってこれなら、かなり上達したって言えるんじゃないかな。

 

 1位通過の証である、オールマイトお手製らしい『助けてくれてありがとう』のたすき(そのままくれるらしい。家宝決定)をかけて観客席に戻ると、麗日さんや切島君、栄陽院さん、八百万さんなんかが『すごいね!』って褒めてくれたのは嬉しかったな……オールマイトにも褒められたし。

 

 慢心するつもりはないけど、こういう空気の中にいると、自分が多少なりとも上達したんだってことが実感できる。

 

 褒められるためにやってるんじゃないとはいえ、やっぱうれしいな。

 これをモチベーションに……もっと頑張ろう。繰り返しだけど、慢心だけはしないように。

 

(……中学時代じゃ、考えられないことだよな……あの頃は、『無個性』だったから、雄英のヒーロー科に行きたいって言っても笑われるだけだったし。まあ、気ばかり逸って、けど何も具体的に努力なんてできてなかった僕にも原因があるんだろうけど)

 

 最近こういうことを考えると、ふと思ってしまうことがある。

 

 あの頃も……例えば、『無個性』だって言われたことにもめげず、諦めずに、トレーニングとか続けてたら、僕の人生はもう少し違ったんだろうか?

 

 クラスのみんなや先生にも、僕の夢を一笑に付されたりすることはなかったんだろうか? 『君の努力はすごいと思うけど、現実を見たほうがいいよ、危ないよ』くらいにソフトに言ってくれる人がいたんだろうか。

 かっちゃんも、何か態度を違く……する様子がちょっと想像できないけど……

 

 ……過ぎたことを今更悩んでも仕方ない。ここまでにしよう。

 けど、この気持ちは忘れないようにしよう……もう、無駄に人生の時間を使うのはやめよう。できる努力をしないで、後になってから後悔したりするのは、もうたくさんだ。

 

 幸いにして、僕は今、オールマイトと作った急造の肉体を、栄陽院さんの施術で最良に近い状態に調整してもらっている。足踏みしていた分の時間を、いくらかでも取り戻している。

 だからここからは、使える時間をきちんと有効に使って、僕自身の努力で強くならないと。

 

「うん、もっと頑張ろう!」

 

「もっと頑張るん? デク君、やっぱ頑張り屋さんやねえ」

 

「えっ、うん、アレ……声に出てた?」

 

「あはは、うん。あ、ほら、次のレース始まるで?」

 

 麗日さんの言葉に、ちょっと恥ずかしくて赤くなりつつ、モニターを見ると……ちょうど次の組のレースが始まるとこだった。

 メンバーは……かっちゃん、常闇君、栄陽院さん、梅雨ちゃん、葉隠さんか。

 

 始まると同時に、かっちゃんは爆速ターボで加速……速ッ!?

 

「爆豪速ッ!? え、何アレ、めっちゃスピード出てねえ!?」

 

「ロケットエンジンみてーだ……つか飛んでんじゃん普通に。小回りも聞いてるし」

 

「きちんと施設への被害も出さないようにしてるね」

 

 切島君達も同じ感想を抱いたようで、唖然としている中、僕は轟君を見た。

 彼なら、この光景を解説してくれそうな気がして。

 

「親父から、爆破を効率よく使った移動なんかについても聞いてたからな……ただ単に爆破を起こすだけじゃなく、どの方向にどう動きたいかにあわせて、爆破の規模はもちろん、形やスパン、それに圧縮というか……密度を調整することで、より速く、より自由自在に空中を動けるようにって」

 

「No.2ヒーローの指導の成果か……そりゃ成長するわ」

 

「けど、No.4ヒーローの方も負けてないみたいだよ? ほら、永久ちゃん見てみ」

 

「え? 栄陽院が何……うおぉぉお、何じゃありゃ!? 新体操!?」

 

 芦戸さんの声につられて別なモニターを見ると、栄陽院さんが、まるで体操の鉄棒か平行棒をやるみたいに、ダイナミックというかアクロバティックな動きで、壁から壁へ移動していた。

 

 さっきまでの僕と同じように、フィジカルとテクニックに物を言わせた移動だけど……僕と違って手と足の長さ、そしてそこで生まれる遠心力なんかを存分に生かした飛び方だ。

 すごいとは思うけど……僕が盗める、ないし参考にできる部分は少ないかもな。

 

「ふおぉ……ふつくしい……なんか、動き自体に鮮やかさを感じる」

 

「……9.0」

 

「何の得点だ、峰田」

 

「ていうか、やっぱり軍服似合うよな……凛々しい」

 

「うん。手足も長いし、男性的な服装が映える……あれ、トレンチコート着てなかったかさっき?」

 

「あ、私預かっとるよ? 激しく動くから邪魔んなるかもってゆーとってん」

 

 あ、そう言えば栄陽院さん、黒の上下の軍服だけだな。まあ、どこかに引っかかったりすると悪いから、今回はコレつけないで行く選択にしたのか。麗日さんに預けて。

 

「ちなみに峰田、さっきの得点、残り1.0点って何よ?」

 

「胸が揺れねえ……あんなに激しく動いてんのに……くっ、色気はあるけど、フィットし過ぎってのもあれなんだよなあ! こうして見てるとわかるぜ、軍服ってのはそれを脱がすところまで、そしてその際のリアクションや表情まで全部含めて初めてエロとして成立するんだよ!」

 

「そんな視点で見てんのはあんただけだよ」

 

 み、峰田君はまた……。

 耳郎さんの氷点下のツッコミや、皆のもの言いたげな視線もお構いなしに画面を凝視している。

 

 しかし、そんな峰田君の煩悩に手を差し伸べる者が……意外なところにいた。

 

 ゴールまでもう少しってところで、道が交差する場所に出た栄陽院さんだったが……その行く手に、突如横の物陰から、常闇君と『黒影』が飛び出してきたのだ。

 

「えっ!?」

 

「む!?」『ア?』

 

 ―――ガ ツ ン!!

 

「うわああ、ぶつかった!?」

 

「い、痛そう……ってやべえ、落ちるぞ!?」

 

 クラッシュした直後、2人は空中に放り出されて……まずい、と思った次の瞬間、栄陽院さんがとっさに壁にズガン!と拳を突き刺して落下を止めた。

 

「常闇!」

 

「っ……すまん!」

 

 そして、落ちそうになる常闇目掛けて手を伸ばす。

 常闇は声を頼りに、振り向きざまに手を伸ばしてつかもうとして……

 

 ――がしっ、ぶちぶちぶち!

 

 腕をつかもうとしたみたいだけど失敗して……軍服の袖の部分をギリギリつかむにとどまった。

 しかしそのせいで、小柄とはいえ男子、決して軽くはない体重をかけられた、彼女の袖の部分の布が引っ張られて……軍服のボタンが外れて(ちぎれてはいないようだ)、栄陽院さんの胸が大きくはだけて露わに……ッ!

 

 

「「でかした常闇ィ―――!!」」

 

 

 一部の男子から歓声が上がる。誰かという説明は最早いらないと思う。

 

 そんな状況下で、画面の中では……ちょっと表情を引くつかせている栄陽院さんが、動揺をどうにか押さえながら、語り掛けるようにして口を開き、

 

「…………あのさ、常闇」

 

「…………」

 

「お前が悪い奴じゃないのは知ってるんだ。こんなこと狙ってやる奴じゃないってこともさ。自我を持つ個性なんてそうそういるもんじゃないし、制御するのも大変なんだろうと思うよ、意思疎通……以心伝心っていうか、思考だけでできるもんでもなさそうだし。でもさ、体育祭の時といい、こうも続けてこういうことやられると、流石に私も怒った方がいいんじゃないかなって思っちゃうというか……クラスメイトをこんな風に思いたくはないんだけど、やっぱ限度ってもんが……」

 

「…………本当に、すまん……!」

 

 

 

 結局このレース、中盤のハプニングが響いて、栄陽院さんは4位、常闇君が5位だった。

 1位がかっちゃん、2位が梅雨ちゃんで、3位が葉隠さん。

 葉隠さんは『私の順位は完全に棚ぼただけどねー』って複雑そうにしてた。

 

「……っていうか、葉隠がゴールしたとこ、誰か見てたか?」

 

「いや、見てなかったというか、見えなかったというか……まあ無理ないよな、葉隠だし」

 

「画面越しだと余計わかんないよね……あ、皆帰ってきた」

 

「お帰り常闇! お前はやってくれると思ってたぜ!」

 

「ああ! さすがだぜ『黒い淫獣』! 心の友よ!」

 

「…………ぐふっ」

 

 上鳴君と峰田君が常闇君をサムズアップで出迎えたが、セリフ的にトドメだったのか、常闇君は膝をついて倒れた。

 

「常闇が死んだ!?」

 

「この人でなし!」

 

「もうやめたげてくれ……メンタル結構来てるっぽいから」

 

「被害者のあんたがかばって言うあたり違和感すごいけどね、栄陽院……まあ、あんたがいいなら、私達は常闇には何も言うことは……」

 

「栄陽院もお帰り! 久々にやったな、それでこそ栄陽院だぜ!」

 

「ああ、栄陽院と言えばハプニングと肌色だよな!」

 

「……素直に喜べないんだけど、コレ褒められてるのか私?」

 

「無視してええと思うわ」

 

 峰田君達の様子に呆れながら、栄陽院さんが麗日さんからトレンチコートを返してもらってる傍で、耳郎さんが上鳴君と峰田君にイヤホンジャックの制裁を与えていた。自業自得としか言えない。

 

 

 

 そう言えば今日の栄陽院さん……少しだけだけど、常闇君を怒りそうになってたな……。

 それに、上鳴君と峰田君にハプニングを褒められて、ちょっと嫌そうな顔というか……呆れた感じの表情をしてた。

 

 いや、あんなことされたんだからそりゃ当然ではあるんだけど……今までの彼女なら、わざとでさえなければ『いーっていーって』『減るもんじゃないし』とかいって笑い飛ばしてた気がするけど……今までと違う反応するようになったってことは……少し心に、あるいは価値観に変化でも起こったのかな……?

 

 ……個人的には大歓迎だけど。良くも悪くもどこか危なっかしかったからな、今までの彼女は……

 

 

 

 ……そして、今日もまた(と言っていいのかどうか)栄陽院さんのハプニングシーンを前にして……というか、そういう姿の栄陽院さんが、皆に見られてるのを見て……

 

 僕はやはりというか、久しぶりに……何だか、嫌な気分になっていた。

 まただ……何なんだろう、この気持ち?

 

 職場体験の前から、ちょくちょく感じるようになってきてたコレ……いい加減、はっきりさせた方がいい、のかな……?

 

 

 

 


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