「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!」
そんなセリフと共に、オールマイト先生、1-Aの教室に降臨。
No.1ヒーローの登場に、教室中が興奮と感動の渦に包まれる中……オールマイト先生が発表した本日の『ヒーロー基礎学』は……なんと一発目から戦闘訓練。
場所はグラウンドβ、入学前に提出した『個性届』と『要望』に沿って業者に発注した『コスチューム』に着替えて集合、とのことだ。
戦闘用の装備で戦闘訓練か……いきなりにも程がある気がするが。
なんてことを考えてたら……考えを読まれたわけじゃないだろうが、オールマイト先生は言い放った。
「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!! 自覚するのだ! 今日から自分は……ヒーローなんだと!」
そうして着替えを済ませ、グラウンドβ……というか、入試の時に使った市街地型の演習場じゃないのかここ。
そこに集まった私達に、オールマイト先生は今日の訓練内容を説明してくれた。
「敵退治は主に屋外で見られるが、統計で見れば屋内の方が凶悪犯出現率は高いんだ……君らにはこれから、『敵組』と『ヒーロー組』に分かれて、2対2の屋内戦闘訓練を行ってもらう!」
設定は、テロリストが市街地のアジト内に核兵器を隠していて……ヒーローはそれを処理しようとしていると。設定が海外ドラマみたいだ……先生が考えたのかな?
敵役が先にビルに入って準備を整え、5分後にヒーローが行動開始。
ヒーロー側の勝利条件は敵2名の確保か、核兵器の確保。核兵器の方は、張りぼての爆弾にタッチするだけでいいそうだ。
敵の確保については、気絶させるか行動不能にするか、あるいは事前に渡された『確保テープ』を体のどこかに巻き付けることで達成とする。
一方、敵側の勝利条件は、同じくヒーロー2名の確保か、あるいは制限時間15分の経過。
コンビ分け及び対戦相手はくじで決定されると……なるほど。
で、そのくじ引きの結果決まったのが……次のような形だ。
緑谷・麗日コンビ VS 飯田・爆豪コンビ
轟・障子コンビ VS 尾白・葉隠コンビ
蛙吹・常闇コンビ VS 八百万・栄陽院コンビ
砂藤・口田コンビ VS 瀬呂・峰田コンビ
耳郎・上鳴コンビ VS 芦戸・切島コンビ
ううむ……チームにも対戦の組み合わせにも、一癖も二癖もありそうなのがそろったな。
☆☆☆
1回戦、緑谷・麗日コンビ対飯田・爆豪コンビは、ヒーローチームである緑谷達の勝利で終わった。2人共ボロボロになっての辛勝だったけど。
それに対して、敵側はほぼ無傷……ただ、何か爆豪は終了後、何か考えこんでたのかぼーぜんとしてたな。オールマイト先生が現場行って声かけるまで、過呼吸気味になって汗だくだった。
双方のチームに課題の多かった試合だったと思う。
戦闘後の公表でオールマイト先生……というよりも八百万先生に言われた通り、爆豪は連携の『れ』の字もない戦いだったし、麗日は状況把握が甘く、訓練だということに甘えた立ち回りだった。緑谷は、作戦構成こそ見事だったものの、そこに至るまでの過程がガタガタでズタボロに。
特に緑谷と爆豪は、どっちも通路と壁面吹き飛ばすわ、パンチで建物を縦に貫通させるわ……ビルぶっ壊しかねない威力の攻撃を……『核兵器』が本物だったら完全にアウトだもんなアレ。
ということで、MVPは飯田……そう言われた瞬間。じーんとして感動してたな。
ただ……やはり、緑谷は『いい』な。
あの、ビルを縦に最上階まで貫通させたパンチ……あの瞬間に発揮されたエネルギーは、今の私の全力と同等、いやそれ以上かも……!
例によって腕ぶっ壊してたから、制御できていない状態だとしても……あれだけのパワー、そしてさらに残されている伸びしろ……。
何より……どれだけ痛めつけられても、ヒーローとして大事なことを心の中から捨てることのない精神、その状態で冷静に状況を分析する頭脳……そして、オールマイト先生もほめていた、彼が『ヒーロー候補生』足らんとする純粋さと正義感……!
緑谷に関しては、少し調べた。それでヒットしたのは……約1年前に、とある町で起こったという『ヘドロ事件』。
流体の体を持つヴィランに対して、相性が悪いとか場所が悪いとかの理由で、その場にいたヒーローたちが、人質にされている中学生を放置して立ち尽くす中、一般人の少年が飛び出してその人質を救おうとしたっていう話。ネット上に動画も残ってた。
ちなみにそれ解決したのはオールマイト先生で、その人質がなんと爆豪。マジか。
表の報道では、人質にされながらもそのタフネスで耐え抜いた爆豪の心の強さとかが賞賛されてたけど、義姉さんに頼んでちょっと裏から調べてみたら、その時に飛び出したのが緑谷だと判明。
当然、無茶な行動だからってその場にいたヒーロー達にきつく叱られたみたいだったけど……義姉さん達が調べてくれた情報の中には、その場にいた野次馬の証言もあった。飛び出す時、緑谷は……爆豪に『何で来た!?』って言われて、こう答えていたそうだ。
『君が、助けを求める目をしてた』……と。
「…………うん……いい」
「はい? 何かおっしゃいましたか、栄陽院さん?」
「うん? ああ、いや、何でもないよ八百万。えっと……って、あ、すげえもう2回戦終わりそうだな……準備しとくか」
「えっ!? あ、そ……そうですわね。私達は次でしたか」
画面の向こう側では、一瞬でビル全体を凍結させた轟・障子ペア(っていうかほぼ轟)が、余裕の歩みで核兵器にタッチして、尾白・葉隠ペアに勝利していた。
右で凍らせて左で燃やすのか……強い、っていうかもう怖い。さすがは推薦入試……。
「……相手が悪かったなー、尾白達は」
「そうですわね……あれはそれこそ、専用の装備でもなければ対応できないでしょう。葉隠さんに至っては、その……隠密性を最重視して、全部脱いでしまっていましたし……」
「……透明人間っていう意味では正しい判断ではあるな。倫理的にはアウトだけど」
つか、葉隠のアレはコスチュームの意味はあったのか?
「正面から戦えば尾白も強いと思うぞ? 多分だけど、格闘技経験者だし」
「そうなのですか? どうしてそのようなこと……お聞きになったので?」
「いや、入学初日に握手してさ、その時触ってわかったんだけど、すごく硬かった(手が)。大きくて(手が)厚くて(手の皮が)、ごつごつしてたし(手が)。相当使い込んでたと思う。本人もがっしりした体格でパワーもあるから、まともにやったらかなり苦しい(戦闘が)」
「なるほど……そういえば尾白さんは、栄陽院さんの後ろについていましたね(座席が)。言われてみれば、立ち姿も見事なものでした……経験豊富なのでしょうね(格闘技の)。そうなると、単純な近接はもちろん、組技や寝技などもお得意なのでしょうか」
「だな。派手な技ばかりにかまけてそのへんを疎かにしてるとは思えない。まあ、実戦で使う機会はそう多くないだろうが、拘束するのとかは得意だと思う。一旦組み付かれて、そのままのしかかられて押さえつけられたら、抜け出すのは至難の業だな。それに、あれだけ長くて太くて立派なものも持ってるんだ(尻尾)、体格も合わせてフルに生かせば強力な武器になる」
「そうですわね。長くて太くて立派で毛深くもありますものね(尻尾)。弾力もあるから受けるのも得意でしょうし(防御力という意味)」
「み、峰田……」
「わかってる、わかってるよ上鳴、瀬呂。そういう会話じゃねえってのは……けどよぉ……」
「う、うん、わかる……あの2人がああいうこと言ってるってだけでやべえ……」
さー、出番だ。
☆☆☆
私達がヴィランということで、5分早くビルに入って作戦タイムと相成ったわけだが。
「ところで栄陽院さん、先日の体力テストやそのコスチュームの形状からして……あなたの戦闘スタイルは接近戦ということでよろしいでしょうか?」
私の体全体を上から下まで見ながら、八百万はそう聞いてきた。
「? ああ、まあな。近づいて殴るくらいしか……いや、本気出せば拳とか振りぬいた勢いで衝撃波みたいなの出せなくもないけど、どっちにせよ緑谷のフルパワーには及ばないと思う」
八百万の言った通り、私のコスチュームは、わかりやすく近接戦闘用だとわかる作りをしていた。
一言で言ってしまえば……改造学ラン。もちろん、男用の。
学ランの上下を、上着の前のボタンを留めずに着崩して着ている。上着は丈の長い、いわゆる『長ラン』と呼ばれるタイプで、激しく動くとマントみたいに翻る。
中に着ているインナーはタイツスーツみたいなぴったり体に密着するタイプ。色は白で、手首と足首、そして頭を除く体全体を覆っている。腰から上は、胸の上のあたりまで、コルセットみたいなものでおおわれている。見た目的には、サラシを巻いたようなデザインだ。
腰に巻かれたごついベルトには、いくつかのポーチみたいなケースがつけてあって、小物類をいくつか入れられるようになっている。
これらに加えて、頑丈なブーツを履いて、暗視装置付きのバイザー(普段は帽子のつばの部分に隠れている)と無線機が搭載されている特殊学帽をかぶれば完成。これが私の『戦闘服』だ。
無論、これら全て戦闘用の頑丈な特殊素材なわけだが、逆に言えばそれだけだ。学帽以外に特殊な装備みたいなものはない。
単純に頑丈さだけを追求した作りで、攻撃手段は単純に肉弾戦だからだ。
「アレは……今思いだしても不思議ですわ。まったく個性を制御できていない、まるで個性が発現したての子供のような……この年になるまでトレーニングも何もしてこなかったのでしょうか?」
「私有地以外では個性の使用なんてできないからなあ……そもそも、あんだけのパワーだし、ろくに訓練できる場所もなかったんじゃないかな? あるいは、試すたびに大怪我するから、発動するだけでも危険だと考えてろくに訓練もさせられなかったか」
「なるほど……よくよく考えれば、雄英生がこんな実戦的な訓練をできるのは、リカバリーガールという優秀な養護教諭がいてくれるからですものね。一般の家庭環境では、確かに……」
「治癒系の個性は数が少ないからな。使うたびに大ケガするくらいなら使わない、っていう選択肢があってもおかしくはないだろうな……さて、緑谷のことはおいといて、作戦考えないと」
「そ、そうでした……もう3分くらいですわね」
喋りながらも八百万は『創造』を続けていた。彼女の体から、湧き出すようにぽとぽとと無機物が生み出されている光景は、なんというか……不思議な見た目だ。
ていうかコレ……ひょっとして確保テープ?
「ええ。私の能力で大量に作ってトラップを設置します。通路もですが、それよりも窓を中心にした方がいいかと」
「窓? それは……ああ、蛙吹か」
「ええ、彼女の個性は『蛙』ですから……蛙のように壁を伝って侵入してくるようなことも考えられるかと。それに常闇さんの個性も、同じようなことができなくもないですし」
確かに……結構な色物コンビだよな。あの2人。
蛙もそうだけど、常闇の『
あ、ちなみに今喋ってる最中だけど、簡単な罠をあちこちに作ってる。口動かしながら手もきちんと動かしてる。
「けど、守ってるだけで勝てるほど甘くもないだろ? どっちも立体的に動ける個性だ……多分、トラップは見極めて突破してくるぞ。この短時間で複雑なトラップを仕掛けるのは無理だし……まあ、八百万が『創造』できるなら別かもだけど」
「作れないことはありませんが、私の個性は作るものの構造が複雑であればあるほど、大きければ大きいほど、時間も脂質も多く消費してしまいますので……確かに難しいですね」
…………ふむ?
「それなら、簡単な構造のものなら手早く大量に作れたりする? 例えば……」
八百万に、今ふと思いついた作戦と共に、作ってほしいものを提案する。
「……ええ、それでしたら構造もよく知っていますから、少し手を入れたとしても、残りの準備時間でもそれなりの量作れるかと。ただ……大きさ的にかなりのものになりますので、材料となる脂質がとても……」
「なるほどな……よし、それなら問題ない。私に考えがある」
「……? 考え……ですか?」