オリジナルストーリーなのでちょっと内心恐々としてますが、楽しんでもらえるように頑張ります! よろしくお願いします。
あと、先ほど年齢制限版を久しぶりに更新しましたので、そちらもよければどうぞ。
今回は第60話のIFです。
第61話 TS少女と2つの『新企画』
「はふー……あー、ちょっと長風呂しちゃったな……ん?」
緑谷との仲が一歩前進した夜。
いつもより少し長めのお風呂を終えて、私が脱衣場で体をふいていると、ふいに……部屋の外に、人の気配を感じた。
しかし、別に焦ることはなかった。よく知ってる人の気配だったから。
その人は、この部屋の合いカギも持ってるので、勝手にはいれても不思議はない。……若干、間が悪いんじゃないかって気はしたものの。
遠慮するような相手でもないので、私はいつも通り、きっちり体をふいて水気を切ってから、薄手のバスローブを着て脱衣場の外に出る。
風呂出てすぐ寝るなら裸のままでもいいんだけど、これから色々やることあるから、湯冷めしないように一応、ね。
今そこにいる人と、話すことがあるかもしれないし。
で、その人こと、私の母さんは……リビングのソファに座って、首元のネクタイを緩めて、メガネまで外して、リラックスしてくつろいでいる所だった。
「あら、お風呂入ってたのね、永久。お邪魔してるわよ」
「来るなら来るって一言連絡くらいくれればいいのに……ゲストルームの掃除とかしてないよ?」
「いいわよ、そのくらい自分でするわ。それに、誰がいつ泊まってもいいように、こまめに掃除してるでしょ、あなた」
……まあ、それはね。
誰が、っていうか、彼が、だけど。いつトレーニングや勉強会を兼ねたお泊り会になってもいいように。
しかしどうやら、この母はその辺も全部お見通しのようだ。
こちらを見てニヤニヤ笑っているその目は、私がゲストルームに泊める相手が男性であることも、その男性がどこの誰であるかも、見透かされている圧を感じる。
それどころか……
「ふぅん……一歩前進、ってとこかしら?」
「……何でわかんの?」
「わからいでか。こちとらあなたの母親で、『オール・フォー・ユー』の大先輩だってのよ」
……だそうだ。
必死こいて決意して告白(懺悔?)してくれた緑谷の思いを受け止め、そのお返しに私の思いを性癖込みでカミングアウトしたのが、僅か数時間前のこと。
まだ記憶に新しく、風呂の中でシャワー浴びながら鼻歌歌っちゃうくらいに私をご機嫌にしたその出来事を、たった一目見ただけで見抜くこの母の眼力は、やはり底知れない。
「機嫌もよさそう。きちんと受け入れてもらえた、ということかしら?」
「まあ、まだまだ壁がなくなったところだけどね……女として意識はしてもらえてるみたいだし、きちんと私の……こう言っちゃなんだけど、体にも魅力は感じてもらえてるみたい」
「……ふぅん……」
そう言った途端、なぜか静かになる母さん。
さっきとほとんど同じ笑みを向けてくるが……なぜかその笑みは、どこか違う意味を含んでいるように思えた。気のせいか、視線も何か……意味ありげな気が……。
こちらをじっと見ながら、半開きのジト目で、ニヤニヤ笑っているその様子は……嘲笑、って程じゃないが……どこか不敵な笑みに見える。
「まあ、私から見ても、エロい体に育ったとは思うけれどね。それでも……」
それでも?
「……永久、ちょっとあなた、服全部脱いでみて」
「は?」
何を言い出すんだ突然、と思いつつ聞き返してみるが、母さんは『いいから』というばかりで……自分はソファに座ったまま、手と目で私に促してくる。
正直、ちょっと困惑しているものの……一応言われた通り、私はその場でバスローブを脱いだ。
たわわに実った胸に少し引っかかるも、するりと滑るように脱げて、足元に落ちるバスローブ。
当然だが、その下から現れた私の姿は、生まれたままのそれである。
その姿をじっと見る母さん。何を言うでもなく。
時折、私に指示を出してくる。
「後ろむいて。回れ右」
「足、肩幅に開いてみて」
「腕、横に広げて水平に。体がよく見えるように」
……さっきから私は、何で生みの親の前でこんな……ストリッパーみたいなことをやらされてるんだ……?
流石に疑問を禁じ得ないんだが、一通り私の体を隅から隅まで見た後、母さんは『うん』と呟いたかと思うと、すっくと立ちあがって、私の傍に歩いてくる。
そして……
―――むぎゅ!
「ふぁ、っ!?」
突如、私の胸をわしづかみにした。痛くない程度にだけど、びっくりして思わず声が……!
「うんうん、私から見てもいい体というか、美味しそうに育ったわねえ……この体を好きにできる、未来のご主人様は幸せ者ね、間違いなく」
「ちょ、母さん……さっきから、一体何を……」
手を止めずムニュムニュと揉み続ける母さんに、あらためてそう問いかけるが……母さんは答えず、『でも』と私の言葉を遮るようにして言う。
「まだまだね」
「?」
「女としても、ヒーローとしても……雌としても……まだまだ荒削り。原石の域を出ない。好いた男に自分を『納品』するなら……もうちょっと体を作ってからにした方がいいわよ?」
そう言ってようやく胸を放した母さんは、その直後、私の顎のあたりを、つん、と指で軽くつつくようにした。
……そして、次の瞬間。
―――ぴきっ
「……え……!?」
突如、私の体から一気に力が抜けて……私はそのまま、床にどさっと倒れ込んだ。
え、い、今、何が起こったの? ちょっと触られただけのはずなのに……いきなり手足が全く動かなくなったんだけど!?
まるで、ヒーロー殺しの『個性』を食らったみたいに……いや、私実際にそれ食らったことはないから、その感覚はわからないんだけど……全然、指一本ろくに動かせないっていう状況は、それに通じるもんがある……と思う。
「ま、それは育成の順序ってものを考えた結果でもあるから、仕方ないと言えばそうなんだけどね……それでも親としては、娘がいざご主人様にその身を捧げる時には、心も体もより完璧な状態でそうなってほしいと思うわけなのよね?」
「母さんっ……こ、これ、何!? 今、何したの!?」
「心配しなくてもすぐに動けるようになるし、一体何をしたのかもきちんと教えてあげるわ。今週末から始まる『アレ』……あなたにもちゃんと、ぴったりの強化プランを組ませてもらったから……ガッツリ頑張って『貯めて』いらっしゃいな」
「こ、今週末からって……『フレックスタイム』と『ワーキングホリデー』? 私の行先……母さんなの?」
「ええ。ま、私だけじゃないけどね……それでも、私以上にあなたの『個性』を……『オール・フォー・ユー』を使える者も、教えられる者もいないもの。当然でしょう?」
とん、と同じ個所をまたつつく母さん。
そうするとすぐに、私の体に自由が戻った。動けるようになった私は、上体を起こすと……服を着るのも忘れて、その場で、さっきまで全く動かなかった手足を、ぐーぱー開いたり閉じたりして感触を確かめていた。
何だったんだ、今の……母さんの話からすると、『オール・フォー・ユー』の……『無限エネルギー』としての能力の1つ、なのか?
アレは確かに、自分の体を強化したり、色々なエネルギーの代替にしたり、他者に譲渡して回復させたり、応用性はかなり広いけど……こんな使い方はなかったはずなのに……いや、ただ単に私が、教えられていなかっただけ……?
思わず母さんの方を見ると、母さんは私の傍にしゃがみこんで、くいっと私の顎を指で引いて(顎クイって奴か)、目線を無理やり合わせるようにさせた。不適で、どこか妖艶さも感じさせるまなざしが、私の心の中まで見通すような感触を覚える。
「今までのあなたには、まだ早かったから。十分地力が育ってからじゃないと、この手の応用は変な癖や、頼った戦い方に育ちかねないからね……あえて教えてなかったのよ」
「それを今、話したってことは……今の私は、一応お眼鏡にかなった、と?」
「そう取ってもらって構わないわ。ま、それでも十分とはまだまだ言えないから……この機会に、どこに送り出しても恥ずかしくない、立派な『雌』になるように仕込んであげる」
「雌、て……」
「ふふ、間違ってはいないでしょう……? 間に期末試験を挟んで、およそ2ヶ月……その間に、ご主人様に心も体も全部捧げて満足してもらえるような、極上の女に磨き上げてあげるわ。期待して、覚悟していなさい」
ぺろり、とした舌なめずりをしながらそんなことを言う母さん。
どうやら私のこれからは、これまでにも増して前途多難な道のりになるようだ……この人、いくらでも試練をぶつけて鍛え上げて、教え込んで……私を育て上げるつもりでいる。
実の娘を、1人の男の元に、『納品』して、満足してもらえるように磨き上げるつもりでいる。
……それに関しては望むところというか、完成度を上げてくれるなら願ったり叶ったりなので、黙ってついていくけどもね?
……話には聞いていた、『フレックスタイム』と『ワーキングホリデー』……それらを使って、私達は期末試験を前に――ごく一部はその後もだが――さらなるステップアップに挑むことになる。
……もっとも、私と緑谷の場合は、そこにさらに加わってくるものがあるけどね。
義姉さん達が準備してるアレ……そろそろ、本格稼働する頃だし。
☆☆☆
明けて翌日、1-A教室にて。
毎度おなじみ相澤先生の目キュピーンからの髪ざわ……で静かになった教室で、話は始まった。
「さて、お前ら……中間試験ご苦労だった。と言ってもまあ、定期試験が終わったからといって、ゆっくりできる道理などヒーロー候補生にはないわけだが」
労り1割、発破9割の厳しいお言葉。朝一発目からコレだもんな……。
まあ、これから話すことを考えれば順当な導入かもだが。
「ここから夏休み前、期末試験までそう長い期間があるわけじゃない。その間……当然授業で行う実技・座学は共にレベルが上がっていく。1年のこの時期はまだまだ基礎固めの時期だとはいえ、時間を浪費して乗り越えられる道理など1つもない。1日1日を無駄にすることなく学べよお前ら……で、それに関連して、これだ」
言いながら何かのプリントを配る相澤先生。えーと何々……
「『1年次カリキュラム構成一部変更のお知らせ』……?」
プリントを見た飯田が、疑問を孕んだ声でそうタイトルを読み上げる。
他の面々も『何だコレ?』って感じの顔になっていた。説明を求めるように、先生に視線が集中する。
配り終えて教壇に戻った先生はというと、
「きちんと説明するから落ち着け。まァ……知っての通り、ここ最近『
今配った資料を見ながら聞け、というので、私を含め、生徒たちは手元のプリントに目を落としながら耳を傾ける。
「少しフライング気味に話すことも含まれてくるが……現状、雄英高校のカリキュラムは、1年次から3年次までで、その難易度や密度に差がある。授業内容の難易度自体もそうだが……これは、学年が進むほど、ヒーローとして学ぶことの割合が増えてくることに起因するところが大きい」
先生曰く、雄英高校では、1年生の時期が、授業の量、及び覚えることの量的には最も多く、忙しい部類に入るらしい。ただし、その難易度自体は比較的低い。
もっとも、あくまで『比較的』であって……偏差値79の超ハイレベル校らしく、他から比べれば十分難易度は高いんだが。
逆に、2年生や3年生になると、応用が増えるから難易度は高くなるものの、授業の量や覚えること自体はそこまで多くなくなる。そうなるようにカリキュラムを調整されているらしい。
その理由は、主に2年生以上になると、学外での、授業とは別な活動が増えてくるからだ。
その最たるものが『
これは『職場体験』の本格版とでも呼べるもので、必修の授業ではなく、生徒が任意で『プロの現場を体験する』ために行う活動である。
職場体験ほど学校側からのバックアップはなく、通常インターンは体育祭などであった指名をコネクションとして使い、生徒が自分で交渉やら何やらを行っていくことになる。
要するに『そちらの事務所で働かせてください』って売り込むわけだ。
その際、採用されるかどうかは当然、その事務所が売り込んできた学生を『使える』と判断するかどうかによって決まる。ゆえにこの活動は、指名をもらうなりなんなりして、一方的にでもプロの事務所とのつながりができていなければ、活動自体難しい。無名の、使えるかもわからない、半人前もいいところな学生なんて、そりゃ誰も金出して雇おうとしないだろうしな。
もっとも、それでも『雄英生』ってのはそれだけでかなりのブランドになるから、完全な自由募集の形にすると、それはそれで引き入れのためにいざこざが多発するため、こういう形になったそうだ。
「本来このインターンは、通常は2年生になってから……最低でも2学期以降に説明して取り組む者が出てくるような話だし、我々教師陣からの説明も大体そのくらいの時期に行われる。それだけ『プロの現場』ってのは難易度が高い活動を行うからでもあるし……何より職場体験と違って、インターンを受ける際には『仮免』の取得が必須だからな」
「仮免、って……ヒーロー活動の、ですよね?」
と、麗日が確認するように聞く。先生は首肯して、
「そうだ。『職場体験』はあくまで、あらゆる活動を、担当になるプロヒーローの監督の下で行うという条件があったからこそ、仮免もないお前達でも、公的な場でコスチュームの着用や『個性』を用いての活動が許された。万が一の時には監督者が責任を負うって仕組みのもとでな。だが、インターンの場合は全く話が異なる。インターン生は『お客』ではなく、1人の
『職場体験』において、基本的にずっとプロヒーローが一緒にいたことや、危険なことをさせなかったことも、その辺の理由なわけだ。いくら息巻いていても、私達はまだ『卵』だから。
私の場合も、パトロールするにも座学をするにも、基本的にベストジーニストがいつも見ている所でだった。
事務仕事の学習――現場から通信をもらって資料に記録する作業とか――ではそうでないこともあったが、それだってサイドキック達が何人もいる場だったし、そもそも通信を入れて来たのはベストジーニストだったっけ。
極端な話、いくら自分の行動に責任を持つと言ったところで……何の権限もない私達では、『責任を取る』ことすらできないということだ。まだまだ学生である私達の首なんて安いもんだろう。
その問題を解決するために必要なのが、校外でヒーロー活動を行う際に必要となる『仮免』だ。
限定された状況下においてとはいえ、自分の判断で『個性』を使用することができるようになるコレがあってこそ、長期的かつ本格的なヒーロー活動が可能になる。
それを持っていない私達では、実質的に『インターン』は無理だということだ。
ところで……仮免の有無以外にも、私達がインターンを行うのが難しい理由がある。
さっき中途半端で話をぶった切ってしまった、カリキュラムやら難易度やらの話がそれだ。
『
それらは1日から、長くとも1週間程度の日程で、気軽に仕事の一部を体験するものだが、インターンは多くの場合、最短でも1ヶ月以上の契約で、しかも有償で行われる『就労』だ。
しかもその仕事内容はヒーローとしての活動。バイトみたいに休みの日や時間がある時に気軽にやっていいものじゃないので、相応の時間と手間をそこにとられることになる。
何が言いたいかっていうと、休みの日以外にも、平日、普通の授業時間がある部分をその活動に食われるってことだ。場合によっては、公欠という形で学校を休むことにもなる。
雄英の授業密度が1年の時に重く、2~3年になると比較的軽くなるのは、その分を自学自習で取り戻しやすいように、っていうのもあるのかもしれない。
ゆえに、1日1日の授業のウエイトが重く、短期間休むだけでも取り戻すのが大変だってことから……1年の時からのインターン参加はかなり難しいと言えるのだ。
そこまで先生が話したところで、ふと気づいたように瀬呂と耳郎が、
「……じゃあどっちみち俺達関係ねえんじゃ……何でこのタイミングでそんな話を?」
「今後のカリキュラム見直しの話だったはずですよね? ひょっとして、それが関係してくる?」
「そういうことだ。さっきも言ったが、生徒により多く『学ぶ機会』を与える目的で、このカリキュラムの比重からなる時間確保の難しさについて解決する案が、ここ最近の職員会議で話し合われてな。試験的なものになるが、今学期から導入することになった。プリントの裏面見ろ」
あ、裏あったんだ?
ひっくり返すとそこには……ああ、やっぱりあった。聞いてた話が。
「『ワーキングホリデー』と『フレックスタイム』の試験的導入……ですか?」
八百万が、少し困惑を滲ませた声で、そうポツリと呟いた。
他の面々の顔にも、そこに並んでいる単語を見て『なぜ?』という感想を抱いている気配が現れていた。
多分、彼ら彼女らは、『ワーキングホリデー』と『フレックスタイム』の本来の意味を知っているからこそ、なぜここでそれらの単語が出てくるか不思議なんだろう。
『ワーキングホリデー』っていうのは、異文化交流などを目的に定められている制度の1つだ。
留学生などが外国での休暇を楽しみつつ、その滞在期間中に必要になるであろう資金を稼ぐために滞在先の国や地域で就労することを期限付きで許可される、というもの、だったはず。
国同士が提携を結んでいる間柄の場合に、一生のうちの回数を限定して施行されているケースが多い。あまり頻繁ないし長期的なのは、不法就労につながりかねないからな。
一方で『フレックスタイム』は、一部の企業などで用いられている、『就業時間を自分で自由に決められる』制度のことだ。
1日に何時間以上働くこと、この時間帯は必ず出社してきていること、などという根幹のルールを守って活動すれば、何時から何時までを働く時間にするかを自由に決められる。子供の送り迎えのために時間が必要だったり、ラッシュアワーを避けて通勤したい人なんかには便利である。
ただもちろん、今相澤先生が言ったこの2つの意味は、今説明した『一般的な意味』とは全く異なる。『インターン』と同様に。
「『ワーキングホリデー』は言ってみれば、『職場体験』の第2弾、第3弾だ。自分で行く先の事務所を決めて交渉を行い、ヒーローとしての仕事を体験し、さらに理解を深める」
「え!? また職場体験やるんですか!?」
「芦戸、話は最後まで聞け。この『ワーキングホリデー』は、『インターン』と同様、必修科目ではない。あくまで生徒が自主的に行うものだ……『インターン』と、こないだ行った『職場体験』のちょうど中間みたいなもんだと思え。やるのであれば学校側からバックアップはある程度するし、活動はプロヒーローの監督下に限定されるが……日程や指導内容は決まってないし、それらの交渉や調整、そもそも売り込みから自分で行うことになる」
なるほど……まさに『中間的なもの』だな。仮免がなくても受けられるのは『職場体験』の部分だが、売り込みや調整を自分で行う『インターン』に近い部分もある。
自分が忙しくない時期に参加させてもらうとか、休みの日を中心に日程を組むとか、そう言うやり方がメインになりそうだな……まさに『ワーキングホリデー』か。
「でもそれだと、インターンと同じように、コネがない人は活動自体難しいってことですよね?」
「確かに。仮にとはいえ就労の分類だ……興味も持っていないいち学生を雇ってくれるほど、お人好しで暇な事務所などそうないだろう。原則として、体育祭で手にした指名がベースになるのか」
「ということは……また指名のない人が不利ってことかぁ……」
大事な部分に気づいた耳郎と飯田。それを聞いてへこむ芦戸。
A組で指名あったの、体育祭で活躍できた半分くらいだったもんな。
芦戸と同じように指名のなかった葉隠と蛙吹が、
「うぇーん、不公平だよー。また差がついちゃうよー……」
「『職場体験』の時に、学校側がオファーしたリストはもう使えないのかしら?」
「使えないことはないが、あくまで自主的な活動だから、希望すれば必ず受けられるなんてことは当然ない。ゼロからの売り込みと同じだ。逆に、指名が入っていなかった事務所でも、ゼロから自分を売り込む前提であれば交渉することもできる……難易度は相当高いがな。あるいは、他の誰かに紹介してもらうって手もある」
「紹介?」
「この『ワーキングホリデー』は、指名人数を1事務所あたり2名までと定めていた『職場体験』とは違い、事務所ごとの受け入れ数に上限はない。事務所自体のキャパをオーバーしなければな。例えばそうだな……近接戦闘が主体の砂藤あたりが、麗日が体験にいった『ガンヘッド』の事務所に興味を持ったとする。そこで受け入れてもらえないか、麗日を通して交渉する、とかだな」
なるほど、紹介ってのはそういう……他者のコネクションを使うのも選べる手段の1つか。
「多くの事務所は、使えもしない素人には興味も持たないが、この先あるインターンや、卒業後のサイドキックとしての雇用・確保を見据えて、雄英生とつながりを持っておきたいと思っている事務所も決して少なくはない。注目度と期待値を有効利用することだ。……とはいえ、指名数はある意味そのまま、周囲からの評価であると共に……体育祭で見せた個々の実力を示している。自分に今、本当に『ワーキングホリデー』が必要かどうかは、自分自身で慎重に考えることだな」
「……? どういう意味?」
いまいち理解できなかったらしい峰田が小声で言ったのが聞こえた。
それに、聞かれたからってわけじゃないだろうが、斜め後ろにいた轟が、
「まだ実力不足なんだから、課外活動なんかやってねえで基礎固めに注力したほうがいい奴もいるってことだろ。地力が定まってねえのに応用メニューに取り組んでも、上辺だけの力しか身につかねえし、最悪、気ばかり逸って失敗につながりかねねえからな」
「そういうことだ。無理して『ワーキングホリデー』に出ても、それを色々な意味でのメリットに変えられるかどうかは個人個人違ってくる……そこを忘れるなってことだ。さて、これについてはこのへんにして、もう1つ……『フレックスタイム』についてだ。これは、今話した『ワーキングホリデー』その他の課外活動の助けにするために、時間に余裕を持たせるための制度だな」
『インターン』もそうだったが、学校があまり関わらない課外活動に参加する場合、公欠が増えたり、正規の授業時間が食われることも多い。学校の制度上問題なくても、そこで学ぶはずだった内容が欠落するのは、後から取り戻すにしても手間だし、損失だ。
そもそも、公欠だって無限に取れるわけじゃない。法律で『授業日数』ってものが決まってんだから。
それを何とかするために設けられたのが『フレックスタイム』。
これはざっくりいうと、『補修・補講を先に設定することでその分の休みを貯める』というか……狙って振替休日を作る制度である。
一般的な学校で、土日に授業参観や体育祭が行われた際、翌月曜日が休みになったりするように……本来授業がないところにあらかじめ補修その他を入れることで、その分を通常授業で休めるようにするのだ。制度的にも、学習内容的にも、不安を取り除いた形で。
ただでさえ1週間のうち6日授業があるこの雄英で、放課後にさらに補修を受けたり、残り1日の日曜日も登校するとかして『休日の貯蓄』を作ることで、どこかで平日休める日を作っておく。
そしてそれを利用して、まとまった日程の休日を確保した上で『ワーキングホリデー』を行ったりするわけだ。
「上手く組み合わせて使えば、限られた期間の中により密度の高い学習を詰め込めるわけだな」
「その分難易度も上がるんだろうけどな……実質、休みを返上して修行に充てると同義だぞこれ。座学系統の学習計画もきちんと立てて、予習復習しっかりしないと破たんする」
「詰め込めばいいってわけでもないしね。パフォーマンスを保つためには、適度な休養や気分転換も重要よ」
と、障子と尾白、そして蛙吹。それに、『けどよ』と切島が続ける。
「リスクはあるし大変だけど、上手くすればまた1つ上のステージにも行けるんだろ!? しかも、またプロの現場を体験できる機会にもなるし……こりゃ燃えてくるってもんだぜ!」
いつもながら熱血で向上心豊かなその言葉に、賛同する者は決して少なくない。基本的に、程度に差はあれど上昇志向を持った者が集まっているのがこのクラスだ。
見る限りでも、何人も『うんうん』『確かに』ってうなずいてる奴が男女問わず多い。
「そのあたりの判断も含めてお前達の自由だ……が、相談したいと思った場合は随時受け付ける。受けたほうがいいかどうかのアドバイスも含めてな。他に質問あるか? ……ないな、よし、ホームルームは以上。1限の準備して静かに待て」
そう言って先生は退出。
その直後、『静かに待て』という指示はどっかに放り出され、教室はたちまち今通知された『ワーキングホリデー』と『フレックスタイム』関連の話、ないし相談でいっぱいになった。皆、やるかどうかはともかく、寝耳に水な成長の機会に興味津々のようだ。
私はというと……興味はあるが、皆程驚いたり浮ついたりはしていない。
というのも……さっきからちらちらっと言ってた通り、私は事前にこれらのことを母さんから聞いていたからだ。こういう制度が始まるって、大まかにだけど。
母さんこと『アナライジュ』が携わって進められている、ヒーロー科1年生の強化のためのカリキュラム調整……この『ワーキングホリデー』企画は、その一つである。
通常時の授業やイベント、補修課題なんかの設定あたりにも既に積極的に母さんがまとめた情報は組み込まれているし、教職員は皆、リアルタイムで更新されていく生徒への指導用データノートを共有して持っているはずだ。それらを駆使し、痒い所に手が届くラインナップで『課題』ないし『試練』を用意していくことにより、皆の強化は順調に進んでいると聞いた。
単純に基礎トレや座学を繰り返しているだけに見えても、その実、色々と考えられたメニューを各自こなしているのだ。気が付かない、ないし、意識しないうちに。
そこにさらに発破をかける形で提案されたのが、この『ワーキングホリデー』。
そして、それらを支援するための制度として『フレックスタイム』だ。
さっき言ってた通り、上手く使えば、期末試験を前にして大幅なレベルアップが可能になる。
そして……だ。
私及び緑谷は、これらを上手く使って自分を強化することが『すでに決定している』。
そのためのカリキュラムもスケジュールも既に組まれている。私の母さんに加え、義姉さん達によって、色々と調整された上で。
(後で緑谷に話さないとな……例の『超特設』、いよいよ始まるって)