TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第63話 TS少女と緑谷の1日

 

Side.緑谷出久

 

 朝、目が覚めた僕は……昨日までとは違うベッドで目を覚ました。

 

 ベッドどころか、部屋が違う。部屋のあちこちに飾られているオールマイトグッズは、紛れもなく僕の私物だけど、その設置場所その他は、僕が今まで寝起きしていた部屋とは微妙に違っている。

 部屋の広さや間取りがそもそも違ってるから、当然と言えば当然だけど。

 

 一瞬、きょとんとしてしまったけど……すぐに思いだす。

 ああ、昨日……引っ越したんだっけ、と。

 

 トップヒーロー育成プログラム『デウス・ロ・ウルト』。その一環として、僕は普段の生活習慣から徹底的に変えて、基礎となる体を作るため……昨日からこの部屋に引っ越したんだった。

 

 

 

 ここは、栄陽院さんが住んでいるタワーマンション……その、栄陽院さんの部屋と同じ階層フロアの一室だ。この部屋丸々、僕の生活スペースとして提供されている。

 はっきり言って持て余すほどの広さなんだけど、まあ……豪華すぎるって点に文句をつける気はないので、ありがたく使わせてもらっている。

 

 引っ越すに際して、お母さんを説得するのは大変だったけど……僕がどれだけこのプロジェクトに本気なのかを根気強く説明したら、どうにか納得してくれた。

 

 ただし、なるべく頻繁に顔を見せに帰ってくること、1日1回は近況報告の電話をすること(勉強や仕事の邪魔にならない程度でよしとする)、ってのを条件にだけど。

 

 そうして荷物をまとめ、この部屋に……実は、栄陽院さんの部屋の隣室であるここに引っ越してきたわけだ。ここで暮らす僕にとっては、衣食住全てが修行となる。

 一刻も早く、オールマイトの期待に応えて、次代の『平和の象徴』になるために、やれることを全部やる。そう考えていた僕には、ここでの新生活は願ってもないものになるはずだ。

 

 朝起きたらまず、パジャマを脱いでジャージに着替える。

 このジャージも特別製で、ギプスみたいにより体に負荷をかけてくれるため、より効率的に体を鍛えることができるものだ。しかも、僕に合わせて作られたオーダーメイドらしい。体育祭の特訓の時に使ったウエイトスーツの強化版みたいなもののようだ。

 

 加えて、同様にその時にも使った、低酸素環境やら何やらを再現できるマスクも身に着ける。より効率的に体に負荷をかけられるように。

 

 さらには、ジャージにもマスクにも、各部に電極の役割を果たすパーツやら何やらが内蔵されていて、バイタルをコンピューターで随時モニタリングできるそうだ。ハイテク。

 

 これらに着替えた上で、トレーニングジムで軽く汗を流す。

 どこのジムかと言えばもちろん、このタワマンから地下通路を通っていける、体育祭の特訓でさんざんお世話になったあそこだ。このたび、僕もこのマンションの住人になったので、フリーパスをもらえた。これで、栄陽院さんに付き添ってもらわなくても、あのジムに1人で行ける。

 

 もっとも、同じように栄陽院さんもトレーニングに来るから、どっちみち一緒になるんだけど。

 

 メニューは、あくまで『軽く』なので、文字通り朝食前の運動っていう程度だが……決して雑にやるわけではなく、1行程1行程しっかり集中して、使う筋肉を意識してこなす。

 ランニングマシンで走り込みを行い、軽く筋トレをして体に負荷をかけ、各部を温める。体中の筋肉をバランスよく使って、全体的に熱が感じられるくらいに。

 

 そしてこのメニューだけど、毎日微妙に違ってくる。

 常駐している専任のインストラクターの人が、トレーニングに付き添いつつ指示してくれるので、それに従ってこなす感じ。その時々の感触で微調整したりする。

 

 そしてその内容は、僕と栄陽院さんでは微妙に違う。

 まあ、性別や体型、戦闘スタイルなんかが違えば、そりゃ求められる体のつくり方も違うだろうからね、それは当然だろう。

 

 加えて、内容はインストラクターの人が考えているのではなく(微調整はともかく)、前日までの僕らの体調やら何やらを踏まえて、『アナライジュ』を始めとした、このプロジェクトに協力している腕利きのトレーナーやアナライザーなどが協議して考えているそうだ。毎日。

 

 トレーニングをこなし終えたら、きっちり水分補給をして、整理体操もした上で部屋に戻る。

 

 戻ったら軽くシャワーを浴びて汗を流し、制服に着替える。

 その頃には、常駐してくれている給仕係の人が、朝食を作ってくれているので、リビングでそれを食べる。

 

 ……なんか、お母さんでもない女の人に食事作ってもらったりするなんて、不思議な気分だけど……よく考えたら、僕よく栄陽院さんにそうしてもらってたな。

 

 朝食のメニューは、あからさまに節制用とか、体鍛える用みたいな偏食じみたものじゃなく……むしろ、普通によくある朝食メニューが多い。トーストとか、ベーコンエッグとか、定番メニューが主に並んでいて、特に堅苦しい感じも何もなく、普通に食べられる。

 

 一昔前のアスリートやボディビルダーみたいに、たんぱく質が多い食品だけとか、プロテインとか、そういう腹の満たし方をしていない。栄養バランスとかは考えられているけど、全体的に子供の弁当で喜ばれそうな、あるいは僕も好きなラインナップだ。

 

 なんなら、事前に希望を出しておけば、ある程度それに沿ったものを作ってくれすらする。

 量もちょうどいいし、朝からきっちりたっぷり腹を満たすことができる。

 

 ちなみに……食事はひょっとして、栄陽院さんが作ってくれるのかな、なんてふと思ってたりしたんだけど……よく考えたら、彼女もこのカリキュラム参加者の1人だもんな、そんな暇はないか。

 ……ちょっと残念に思ったのは内緒である。

 

 残さず全部食べて……皿洗いとか後片付けは、これまた常駐している、家政婦というか、ハウスキーパーの人にお任せ。

 僕は普通に準備をして、普通に学校へ行く。

 

 ……ああ、説明しそびれたけど……給仕の人や家政婦の人は、別に僕の部屋に常駐してるわけじゃない。このフロアの、また更に別の部屋が住み込み用のスペースになってるのだ。

 

 このタワマンのこの階層、どうやら全部屋『栄陽院コーポレーション』で買い取って押さえたらしくてさ。だから、階層ごと『デウス・ロ・ウルト』のために使えてるんだよ。やることが豪快どころじゃないな……毎日考えられているトレーニングメニューといい、気合の入り方が違う。

 その分期待されているってことにもなるから、こっちも気合入るけど。 

 

 

 

 学校での過ごし方自体は何も変わらない。

 

 雄英の授業カリキュラムは、元々プロヒーロー育成のために考えに考え抜かれた最高峰のレベルのそれだ。それに加えて、今のは『アナライジュ』の協力でさらに強化・効率化されてるから、これ以上何かいじったり工夫する必要はない。

 

 昼に学食で、あるいは弁当で何食べるかとか、それすら何も指定されないので、今までと何も変わらず過ごし、1日を終える。

 

 ただ1つ違う所があるとすれば、放課後に不定期で栄陽院さんと行っていたトレーニングは行わず、まっすぐ家に……マンションに帰ってくることくらいだ。

 雄英の訓練室じゃなくて、放課後の鍛錬その他もトレーニングジムで行うので。

 

 あと、放課後に『フレックスタイム』の貯蓄のための補講を受けることもある。

 その場合は、それが終わってから、やはりまっすぐ部屋に帰る。

 

 

 

 部屋に帰ってくると、またトレーニングに入る。

 

 朝と同じように、ウエイトスーツとマスクを装着してジムで、メニューに沿って体を動かす。

 ここでは、朝はあまりやらなかった筋トレやスパーリングなんかもやる。単に体を動かすだけではなく、やや、ではあるが『戦闘』を意識した動きをしていくフェーズだ。

 

 ただし、相手はもっぱら、衝撃測定機能付きのサンドバッグや、スパーリング用に調整された敵ロボットとかで、対人戦闘はほとんど行わない。前まではそこそこの頻度でやっていた、栄陽院さんを相手にした組み手とかも、ここ最近はやってない。

 もっとも、対人戦の基礎トレとかは、学校でやってるから、経験不足とか勘を忘れるなんてことはなさそうだけど。

 

 そして、ここで相手にする敵ロボットは、入試や体育祭で相手にしたような、『壊せる』前提で作られているものじゃなく……ただひたすらに強固で壊しにくい頑丈さを持っているタイプだ。

 

 見た目的にも強固で、サンドバッグに手足をつけて、さらにプロテクターをつけたような感じに見える。概ね人の形をしていると言えるけど、寸胴で動きは鈍そう。

 

 実際動きは鈍い。というか、ほとんど動かない。

 そもそも、こいつは戦闘訓練用のロボだが、こっちに攻撃してくるわけじゃないのだ。

 

 それはどういうことか……そもそもこのロボを使ってどう訓練するのか、説明しよう。

 

「それじゃあ、よろしくお願いします!」

 

「はい。それではトレーニングを始めます……マスクとゴーグルを身に着けてください」

 

 ロボの前に立った僕は、インストラクターの人の指示通り、朝も使っていたマスク(ゴーグルと一体になっている)を身に着ける。

 呼吸が制限され、慣れるまで少しの間息苦しく感じるようになり……視界も、少し狭くなる。

 

 それ以外は何も問題ないことを確認した上で、僕はゴーグル部分についているボタンを押す。

 

 するとその瞬間、寸胴で愚鈍そうなデザインにしか見えていなかった目の前のロボットに、まるで着ぐるみを着せるように、黒色の筋骨隆々の肉体に脳が露出した外見の『敵』……脳無の姿が上書きされて見えるようになった。

 

 僕の目の前で、だらりと脱力して真正面からこちらを見ている姿に、否応なしにUSJでのことを思いだしてしまうけど……すぐに、呼吸を整えて精神を落ち着かせる。

 そのついでってわけじゃないが、マスクによる呼吸の制限にももう慣れた。問題ない。

 

 さて、このいきなり外見が変わった脳無(中身はサンドバッグロボ)だが、もちろん実際にロボが脳無に変身したわけじゃない。

 この脳無の姿は、ゴーグルのレンズ部分がディスプレイになってて、そこに映っているだけだ。

 

「では、ライフ10、制限時間2分で設定。ARスパーリングを始めます」

 

 すると、視界の右上あたりに、『2:00』『LP:10』という表示が現れる。同時に目の前の脳無が、USJの時よりかなり遅いが、拳を振りかぶって僕に殴りかかってくる。

 僕はそれを避けて、カウンターの拳を脳無の胸に叩き込む。

 

 が、当然ながら拳に伝わってくる感触は、サンドバッグロボのものだ。

 何度も言うけど、脳無は目に『見えている』だけ。そこに実際にあるわけじゃないからな。

 

 また目の前の脳無が殴りかかってくる。僕はそれを避けて、またカウンターで殴る。

 その繰り返し。幻の拳を回避して、幻の向こうにあるサンドバッグロボを殴る。

 

 1度、回避をミスして、脳無の拳が僕の体にかすってしまう。その瞬間、視界の右上に表示されている『LP』の文字が、10から9に減った。

 

 もうわかってると思うが、この『LP』は、ゲームでいう所の『ライフ』とか『HP』……要するに残りの体力である。これが0になるとゲームオーバー。

 幻の脳無の攻撃が僕にヒットするとこれが削られる。これを、なるべく減らさないようにしながら、可能な限りサンドバッグに攻撃を叩き込んでいくのが、僕のトレーニングである。

 

 なお、『個性』は使わず、素の身体能力だけでやる。

 

 あまり詳しくはないんだけど、これはいわゆる『AR』……『拡張現実』という系統の技術だ。

 立体映像やゴーグル型ディスプレイに、人やモノの動きを感じ取るセンサーを組み合わせて使うことによって、現実と連動させた幻影ないし映像を投影し、色々なことに役立てる技術らしい。

 

 例えば、脳無みたいに精密かつ強力な攻撃性能を持った敵ロボットを作るのは、技術的にはもちろん、コストもかかるし大変だろう。使い捨てのスパーリング相手に使うなんてのは難しい。

 しかし、あくまでそれが『見てくれだけ』であれば……そして、実際に体にダメージを与えられなくとも、『当たった』そして『ダメージが入った』という情報を認識し、データとして表示できれば、それでも十分トレーニングには使えるのではないか。

 

 このトレーニングシステムはそんな発想の元に作られている。

 殴りかかってくる脳無は映像だけの偽物だ。殴られても、触れた感触すらない。

 

 しかし、その動きは僕のゴーグルと、体の動きを感じ取るセンサーに連動していて、僕がきちんと動いて避けなければ、『当たった』と判断して、データ化されている『ライフ』を減らすことで僕に知らせるのだ。

 

 一方でサンドバッグとしての機能は本物なので、こっちが叩くことはできる、というわけだ。そしてその威力についても測定して、データとして表示するので、ディスプレイで確認できる。踏み込みが甘かったとか、そういうのもきちんとわかるわけだ。

 

 さらに、このARスパーリングは脳無以外の敵を投影することもできる。

 

 インプットされている『敵』や『ヒーロー』の映像を呼び出し、必要に応じてサンドバッグも変えることで(そもそも使わない場合もあるが)、データ上で再現される様々な戦闘能力を相手にスパーリングができる。

 

 スナイプ先生の射撃から身を守るとか、『分身』したエクトプラズム先生を同時に複数相手にするとか、イレイザーヘッドの視界に入らないようにしつつ戦う、なんてこともできる。どれも、攻撃ないし『個性』がヒットするとデータでそれを把握できる。

 

 こんな風に、データやハイテク機器を武器にして、色んなシチュエーションでの戦闘を疑似的に再現しつつ戦うっていうのが、僕がここ数日ずっとやっているトレーニングの内容だ。ぶっちゃけこんな訓練法聞いたこともないし、すごい上流階級御用達の方法であることは間違いない。

 

 とはいえ……

 

(ハイテクなのはそうだけど、この訓練が僕の身になるかって言われると……)

 

 グラントリノのところでみっちり扱かれた上、何度も『敵』との戦いを経験したことで、いかに実戦形式、あるいは実戦によって得られる経験が大きく重いのかを、僕は知っている。

 だからこそ……ハイテクではあるけど、そのままズバリ確かな『力』に続くかどうかと考えると、いかに色々体験できるとはいえ、痛みも危機感もないこのトレーニングで、戦闘能力が上がるかと考えちゃって……無理そうだ、っていう思いがどうしてもよぎる。

 

 もっとも、最初からこのARを使った訓練は、あくまで『体を作るための』訓練だって言ってたから、戦闘そのものはそこまで重要視してないって最初に言ってた。

 対人戦闘訓練は、雄英のカリキュラムでひとまず足りるから、そっちに今は任せるって。

 

 だとしてもなあ……どうしても『ゲーム』ないし『遊び』としてのイメージが先に来る。

 

 ハイテクな機材と、何人もの専門家と話を合わせた『最先端のトレーニング』であるのは確かだけど……コレの先にどう体ができていって、どう強くなれるのか……具体的なところがわからない。最初に受けた説明会の時も、ささっとだったしな。

 

 恵まれた訓練環境だと思うし、感謝も信頼もしてるけど、そこんとこ、どうしても不安というか……『これでいいのか』的な思いがよぎるというか……。

 このトレーニングの後にいつもやってることがことだから、余計にそんな風に、不安に思えちゃうのかもしれないけど……。

 

 

 

 時間いっぱいARスパーリングや、その他の訓練メニューをこなして体を動かした後、今日の訓練はそこまでと切り上げる。もちろん、きちんと整理体操はした上で。

 

 で、ここからがちょっとアレな部分……。

 

 いつも通り、ジムのシャワールームで汗を流してから帰る……のではなく、汗は簡単に拭く程度にとどめて、そのまま部屋に帰る。そして、部屋についているバスルームのシャワーで汗を流す。

 

 そしてその後、体を拭いてから……パンツ一丁で、衛生担当のスタッフの人達に、健康状態をチェックしてもらう。日々の記録をつけるのと、ケガやアザなどがついていないかの確認のために。

 隅々まで見られる上に、場所によっては触診とかもされる。その上で、翌日に疲労を残さないように、必要に応じてマッサージとか整体なんかもしてもらえる。

 

 すごく助かるし快適になるんだけど……やってくれる職員さんが全員女性(しかも皆さん若くてきれいなひとばっかり)だから、流石にちょっと緊張しちゃうんだよね……。

 着衣がパンツ1枚だから、下手すると一部分が変形して大恥かくし……なるべく心を無にして、時間が過ぎる、処置が終わるのを待つようにしてる。

 

 この時、何気に助かってるのが、以前にもっとヤバい経験を……タオル1枚で、栄陽院さんっていう超のつく美少女にマッサージされた経験があることだ。それだけの経験を先にしているので、不思議とある程度こういう場面でも冷静でいられる。

 ただし、その時のことを思い出そうもんならたちまち逆効果なんだけど……。

 

 それが終わったら部屋着に着替えてゆっくり休む。

 

 一息ついたくらいで、給仕の人が夕食を作ってくれてるので、食べる。これも、栄養バランスはいいけど、特に何か制限したって感じはしない、普通のメニューだ。

 僕の好物もよく出てくるし、美味しく食べられる。

 

 その後は、学校から出ている宿題を含めた今日の復習と、明日以降の予習、その他色々と行う、勉強の時間だ。自力で解けるならそれでもいいし、予習や理解が大変なところには、『デウス・ロ・ウルト』で手配されている家庭教師の指導を受けられるので、スムーズに進む。

 

 元々勉強は苦手ってわけでもないし、サポートもあるおかげで、短い時間で効率的に学習できてる。今のところ、学業方面で不安は特にない、かな。

 

 それが終われば、本日のカリキュラムは全て終了。あとは完全な自由時間だ。

 雑誌を読むとか、テレビを見るとか、あるいはネットでオールマイトやその他ヒーローの動画を見るでもいい。好きな風に過ごせる。何をしてもいい。

 

 ただし、自主的にトレーニングするのだけはなしだ。明日までにきちんと疲労その他が抜けるように計算されてるから、オーバーワークになりかねないってことで。

 握力トレーニング用のグリップでも握ってるくらいなら、まあ大丈夫だけど。

 

 あと、お母さんに電話するのも大体この時間だな。今日は何があったとか、お母さんの方はどうだったとか、他愛もないことを話してゆったり時間をすごす。

 暫く話して、『頑張ってね』『辛くなったらいつでも帰っておいで』と激励を受けて……もういい時間だし、少し早いけどもう寝ようかな……と考えたところで、スマホが鳴った。

 

(……ああ、そっか。今日まだだっけ)

 

 ここ毎日の最後の『予定』がまだだったなと思いつつ、画面を確認すると……やはり、そこに表示されてたのは、お隣さんの名前だった。

 

『やっほー、こんばんは緑谷』

 

「こんばんは、栄陽院さん」

 

『今日はどうするー?』

 

 電話口で、軽い感じの声でそう聴いてくる。

 僕は、少し考えて……

 

「えっと……じゃあ、お願いしようかな。1本でいいや」

 

『はいよー。すぐ準備するから待ってて』

 

 そう言って電話が切れ……暫くすると、玄関のチャイムが鳴った。

 

 出ると、そこには……着心地のよさそうなナイトガウンに身を包んだ栄陽院さんが立っていた。

 さっきまでお風呂に入ってたのか、髪の毛がしっとり濡れてる。

 

 僕と同じで訓練終わりにシャワーなりお風呂には入ってるはずだけど、寝る前にしっかりもう一回入ることも多いからな、彼女の場合。

 

 で、そんな彼女が何を持ってきたのかというと……

 

「はいコレ。あ、あっためる場合はごめんだけどセルフな?」

 

「うん、あ、ありがと……」

 

 いつものカフェオレ……ではなく、パックの牛乳を差し出される。500mlの奴。

 もちろん、栄陽院さんが『エネルギー』を溶かし込んだ奴を。これ飲むと、その日の疲れがより確実に取れて……朝スッキリ目覚められるんだよね。

 

 その日の最後に、疲労度に応じて頼むと届けてくれるのだ。……なんか業者みたいに利用してるようで申し訳ないけど、全然手間じゃないからって、彼女自身は。

 ……こないだ言ってたこともあって、むしろ頼ってくれると嬉しい、とも言ってた。

 

 ちなみに、カフェオレじゃなく牛乳なのは、寝る前にカフェイン飲むと寝る邪魔になるから。

 

 それを受け取りながら、ふと……どうしても、栄陽院さんのある部分に目が行ってしまう。

 今来てるガウンはバスローブと違って、暖かそうだけど薄手の奴だから、割と体の線が出るんだよね……。

 

 彼女の、モデル顔負けのスタイルとか……豊かなバストとか……

 ……その先端のちょっと尖ってる形まで、その……

 

 ……え、栄陽院さんってたしか、すぐ寝る場合は風呂から出ても服着ない……っていうか、そのまま裸で寝るんだっけ……。

 つまりその服の下は……というか、さっき電話した時もまさに……

 

「あ、ありがとう栄陽院さん。その……じゃあ、また明日」

 

「うん、じゃね、ご主人様♪」

 

「……っ……!」

 

 ……確信犯かもしれない追撃を食らいつつも……僕は、どうにか噴き出すのをこらえて部屋に戻った。手に持っている牛乳の冷たい感触が、やたら熱い体に妙に心地いい。

 

 ……ホットミルクにしよう、コレ。よく眠れるし。

 

 ばりっ、と未開封のパックを開けて中身を大きめの耐熱タンブラーに移し、電子レンジで加熱。

 

 待つ時間の間にトイレに行って用を済ませ……出たあたりで、ちょうど加熱が終わったところだった。

 熱いのでちょっとずつ飲んで……ベッドに入る。

 

 

 

 こんな感じで、僕の1日は終わる。

 

 恵まれた環境で、充実した1日を送れていると思う。

 流石は『本気でトップを目指すプログラム』だ。普通に生きていたら……いや、はっきり言って、栄陽院さんに出会ってなかったら縁がなかったような体験を、ここ数日でいくつもしている。

 

 ……それでも、夏休みまでにもっと爆発的にパワーアップする、っていう話の割には……まだ大人しいメニューな気もする。

 サポートの充実ぶりもあるからかもしれないが、僕が去年やっていた『目指せ合格(略)』よりもだいぶ余裕あるし……。目指す場所が場所だから、あれと同じかあれより過酷になってもおかしくないって、一応覚悟はしてたのに。

 

 ……まあ、ここから変わってくるのかもしれないし……今はまずは、1日1日を無駄にせず、大切に生きていくことだけ考えていよう。

 

 少しまだドキドキしてたけど、疲労自体はあったので、体が休息を欲して……そのまま普通に寝れた。よかった。

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 緑谷が眠りに落ちた丁度その頃、

 

 隣の部屋で永久は、彼の予想通り、何も着ていない状態でいた。洗面所に立って、ぽい、と脱ぎ捨てたガウンを洗濯機に放り、自分はそのまま、言葉通りの『身一つ』で寝室に……行こうとして、洗面所の鏡に映っている自身の姿を見る。

 

 全身とまではいかないが、バストアップくらいの範囲で、みずみずしい肌の裸体が映っていた。

 

「色々な意味で仕込みは上々、と……ふひひ。ああ……今日も思いっきり胸、見てたなー……一言言ってくれれば貸すんだから、遠慮することも自分でどうにかすることもないのに」

 

 『男のチラ見は、女にとってガン見』という言葉がある。

 永久にとっては、転生前に聞いたことがあるという程度の言葉だったが、女になった今となっては、不思議とそれもはっきりわかるものだった。

 必死に見ないように、意識しないようにしていた緑谷の努力は、見事に無駄だったわけだ。

 

 もっとも、それを本人は気にしていないどころか、喜んでいるのだが。

 

「しかし多分、緑谷、『思ってたより楽だな』とか考えてるんだろうな……もう、色々と『改造』は始まってるのに、それに気づかずに……」

 

(ま、今はそれでいいだろう。お望み通り、もっと過酷な訓練も……すぐに来るから)

 

 そんなことを考えた永久は、寝る前に何か飲み物でも軽く、と考えて冷蔵庫を開け……ふと、買い置きしてある葡萄のジュースに目が行った。

 

 ドイツからの輸入品で、お値段は日本円で5桁。永久の好物である。

 体育祭の時の『お泊り特訓』で口にして以来、緑谷にも好評な銘柄だ。

 

 これにしよう、と手に取ったそのビンの……ラベルに書いてあるドイツ語を見て、永久はふと、このジュースの存在を教えてくれた――というかお土産にプレゼントしてくれたというか――ある『友人』のことを思いだしていた。

 

 少し特別というか、珍しい銘柄のそれは、現地でも有名なワインの酒蔵で作られたものである。

 ワイン用の葡萄から、発酵途中にアルコールを止めて作られており、葡萄本来の濃厚でありながらスッキリとした甘みで、後味も爽やか。べたべたと残る感じが全くない。

 永久は飲んだことがないのでわからないが、その濃厚な味は大人に言わせると、アルコールこそ入っていないが『ほぼワイン』であるらしい。

 

 たしか、『彼女』はそんな知識を自慢げに語っていた。

 

 同じくドイツの菓子であるシュトルーデルという焼き菓子を、よく一緒に作って、このジュースと一緒に飲んだり食べたり楽しんでいたものだ。

 

 もっとも、彼女自身は確か、ジュースよりもコーヒーが好きらしく……まだ味覚が子供だった永久は、そこだけは理解できなかったのだが。

 

 

 

(ドイツ、か……そういや、義姉さん達が言ってたけど、教官としてあいつが呼ばれたんだったな。会うのも久しぶりだな……あいつが軍大学に入ってからだから……2年、いや3年ぶりか)

 

 

 

 




Q.引子ママよく納得してくれたね?

A.この世界線のデク君はそこまで大怪我の回数や頻度もないので、まだ心に余裕がある模様。加えて夢に向かって順調に邁進している息子を応援したい親心がまだ勝ってます。


Q.最後の『友人』って誰?

A.次か、その次くらいに出てきます。誰でしょうね。

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