TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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今回は……また説明回っぽくなったかなあ。


第68話 TS少女と修行のコンセプト

 

Side.緑谷出久

 

 コスチューム改良に関する相談を終え、家に戻ってきて、また今日もターニャさんと地獄の特訓……かと思いきや、今日はさらにトレーニングメニューが追加された。

 

「姿勢制御が甘い! 動くときに不必要に姿勢を崩すな! 自分のペースを乱して生まれる一瞬の隙が実戦ではあんたを殺すわよ!」

 

「はっ……はい!」

 

 さっきから延々30分、ぶっ続けで僕は組み手というか、実戦形式の戦闘訓練を続けている。

 

 相手は、ここ最近教官を務めてくれているターニャさん……ではなく、時々『ピアノマッサージ』でお世話になっている、ビューティービスケットである。

 

 この人、本業はヒーローで副業としてエステティシャンをやってるわけだが、その他にも様々な顔を持つ。整体師、化粧品や健康食品の研究家、管理栄養士、宝石鑑定士……エトセトラ。

 色々な技能や資格を持ってる、実に多芸なお方だ。

 

 そのうちの一つに、『心源流』っていう武術の師範であることがあげられる。

 美容・健康方面の第一人者である彼女だが、その戦闘能力はプロヒーローの中でも上位に位置するものであり、徒手空拳の達人なのだ。

 

 本人はなぜかそういう方面でメディアに出ることを嫌うらしいので、戦っている映像なんかはほとんど存在しないんだが。

 

 だが、実際にこうして徒手格闘で訓練をつけてもらうと……その実力が本物なんだと実感する。

 強いのはもちろん、その指導の的確さや、僕の体の動きが甘い部分を鋭く突いてくるところなんかが、『師範』という肩書が伊達でも何でもないんだとわからせる。

 

 動きづらそうなゴスロリ服だっていうのに、それをものともしない鋭く素早い動きで、拳を、蹴りを叩き込んでくる。

 

 戦いってものに触れ始めてまだ決して長くない僕にもわかる、武術経験者特有の『筋の通った動き』って奴がよくわかる。

 僕や栄陽院さんの動きは、身体能力に物を言わせた我流格闘だ。体幹やら何やら鍛えてるから、動きと同時に色んな方向に姿勢が崩れたりするのを力ずくで素早く直してカバーし、それによる隙をなくしている。勢いに引っ張られず体勢を立て直す訓練とか、いっぱいしたし。

 

 けど彼女……ビスケさん(毎度長いのでこう呼んでいいって実は言われてる)の動きには、そもそもその『体勢が崩れる』部分がない、あるいは極端に小さいように見える。

 極限まで最適化された動き、というより最早『体の動かし方』がそうなっている戦闘は、コンマ1秒のよどみもなく動作1つ1つが連結していく。

 

「私みたいに1つの『武術』を習得しろとは言わない。けど、見て受けて、盗めるところは盗みなさいな! 武術ってのは良くも悪くも、いかに効率よく戦い、倒すかを主眼に置いて、先人たちが連綿と受け継ぎ、研磨してきたいわば技の結晶! 色々な部分に、異なる戦い方にも応用できる技術が組み込まれてるもんだわさ! それを見つけて自分のものにするのよ!」

 

「っ……はい!」

 

 道場のようになっている室内を縦横無尽に駆け回り、戦いながらビスケさんの動きを1つ1つ見極めていく。ブレない体の軸……制動、慣性制御……

 攻撃1つ1つどころじゃなく、移動から攻撃、その後の移動までが一続き……何一つ力を無駄にしない、無意識レベルで計算された見事な体の、力の連動……なまじ戦いというものに慣れて来たがゆえに、今目の前でビスケさんがやっていることのレベルの高さがわかる。わかってしまう。

 

 一番最初に覚えた、体の各部を連動させてより大きな力を、より効率的に発揮する……その技法のさらに応用の位置にある技。それを、当たり前のように……!

 

(一朝一夕でできるはずがない、いわば武の極致……それでも、どれだけ道のりが長く遠くても、それが新しい力になるなら……僕も!)

 

 

 

 それからしばらく組み手は続き、例によってボロボロになるまでしごかれた。

 その後、シャワーを浴びて夕食、となったわけだが……その時、ふと思った。

 

 この間までに比べて、なんかまた食べる量が増えてきてるような気がするんだよな……白いご飯のおかわりはもちろん、おかずや汁物も、美味しいと思えばがっついて食べられるだけ食べるようになったし……それでお腹いっぱい食べても、お腹が痛くなったりすることはまずない。

 

 食べた分が全部力になるように、次の日の特訓ではまた最初からパワフルに動けるし……もちろん、朝食の時には食欲も回復している。

 

 そして気のせいじゃなければ……微々たる違いではあるけど、一昨日より昨日の方が、昨日より今日の方がいい動きができる。明日は今日より上手く動けるのかな、とか思う。

 

 まるで、食べて、寝て、戦うごとに、どんどん体が強く作り替えられていくようだ。

 それも、単なる肉体改造を超えるレベルで。

 

 そんなことを、食後のビスケさんの『ピアノマッサージ』の場でぽつりと話したら、隣で寝ている(マッサージ済)栄陽院さんや、同席していたターニャさんも、驚いたというか意外そうな顔になっていた。ま、まあ……中々に突拍子もないこと言ってるしね、僕……

 

 しかし、施術後の休憩時間、ビスケさんが『順調そうでよかったわねえ』と言っている横で……ターニャさんはずっとぶつぶつ呟きながら考え込んでいた。

 そして、

 

「……自覚できたのなら、いっそ教えてしまったほうがいいか」

 

 そんなことを、ぽつりと呟いた。

 どういう意味かと尋ねるより前に、ターニャさんが椅子に座り直して、僕と栄陽院さんの2人共に声をかける。どうしたんだろう?

 

 

 

 座学を終えて、後はもういつもなら寝るまで自由時間……なんだけど、今日はその前に、ちょっと話があるってことで、ターニャさんに呼び出された。栄陽院さんの部屋に。

 

 もう何度もお邪魔しているそこに行くと、ゆったりめの部屋着の栄陽院さんに出迎えられ、そのままリビングに通された。すでにターニャさんとビスケさんも来ていた。

 2人共部屋着……というか、なんかもう寝る前のパジャマとか寝間着みたいな服だ。

 

 かわいらしい女の子3人がリラックスした服装でいるところに、僕1人男子がいるって結構な疎外感とか緊張感があるんだけど……そんなことには構わず、ターニャさんは『それじゃあ揃ったし』ってことで話しだす。

 

「これから話すのは……この訓練におけるあるコンセプトについてだ。本来はお前には話さずに進めていくはずだったのだが、話してしまったほうがいいと判断した」

 

「えっ……いいんですか? それ……当初の予定とは違うんですよね?」

 

「ああ。だが、最終的な判断は私に任されているし、お前は普段から、色々と考えて動くタイプの人間だったようだからな。話して、意識させた方がより伸びるのではないかという思惑もあるし……先のマッサージの最中に言っていたことを鑑みる限り、自力で気づくのも時間の問題だ」

 

 どうやら僕らが受けていた訓練の中に、僕に意図して内緒で……おそらくは、意識させないようにして進めていた『何か』があるらしい。

 まあ、そう言う風に聞かされると、何なのかってのは気になるし、ありがたいと言えばそうだ。

 

 けど、さっきの会話の中で……? 一体、どういうことなんだろう?

 

「緑谷出久。お前、ゲームは好きか?」

 

「え? ゲーム、ですか?」

 

「そうだ。テレビゲームないし携帯ゲーム機のそれ……特にRPGとかそのあたりだな。昨今はまあ……ソシャゲとかそのへんでもいいか」

 

 ゲーム、か……うん、まあ、そこまで熱中してやることはあまりないけど、好きと言えば好きかな。まだ小さい頃は、お母さんに買ってもらったテレビゲームとかをやってた時期もあったし。

 

 ……今思えばあれらも、母さんが『無個性』という現実に打ちひしがれている僕を慰めるために、色々と打ってくれた手の1つだったのかもしれないけど……あーやめやめ、こういうこと考えると湿っぽくなっちゃうよ。

 

 けど、それがどうかしたのかな?

 

「ふむ、ならばそこそこの知識はありそうだな。時に緑谷出久、そういったゲームの一部には……『強くてニューゲーム』というものがあるのは知っているか?」

 

「? はい、知ってますけど……」

 

 なんか、外国人の、しかもあんまりそういうのに興味なさそうなターニャさんの口からその言葉が出てくると……なんというか、若干の違和感を覚えるな。

 

 今彼女が言った『強くてニューゲーム』っていうのは、ゲーム用語の1つだ。

 周回プレイにおける、キャラクターの強化ボーナス機能のことである。

 

 例えば僕が、何かRPGをクリアしたとする。それで満足してゲームを終えてしまえばそれまでだけど……面白かったのでもう一回最初からやろう、と考えて……その時に活躍する機能だ。

 一度シナリオをクリアした人だけが使える、ご褒美というかボーナス的な機能で、様々な『得典』を使ってキャラクターを強化した状態でゲームを最初から始めることができたりするのだ。

 

 例えば、クリア前の所持金やアイテムを引き継いでスタートするとか。

 クリア前までに覚えていた呪文や特技を覚えた状態でスタートするとか。

 普通に冒険するより強い敵を出せるようになるとか。

 

 ゲームをそれなりにやったことがある人にとっては、割と誰でも知ってるレベルの知識だけど……何で今、そんな話題になるんだろ?

 

「そういうボーナス要素の中では割とメジャーなものかと思うが……『成長しやすくなる』というものがあるのを知っているか? よりゲーム風に言えば……『獲得経験値2倍』とか、『敵が落とすゴールド3倍』とか、そういう系統のそれだな」

 

「あ、はい。よくありますよね……それが何か?」

 

「それがまさに、お前に起こっている現象の正体だ」

 

「………………はい?」

 

 え、どういうこと? えっと……言ってることがよく、いや、全くわからないんですけど。

 

 精一杯噛み砕いて解釈しようとしてみると……経験値○倍、だから……僕が、僕の状況が……あの時の会話……肉体改造が急激に……

 

 ……僕の体が今、『経験値○倍』みたいに、通常の訓練で成長するよりも早く強くなってるとか、そういう風に言いたい……のか?

 そして、ターニャさん達はそれを狙ってここ数日の訓練を行っていた……と?

 

「突拍子もないことを言った自覚はあったのだが、頭の回転は早いようで何よりだ。説明も少なく済みそうでこちらも助かる」

 

「ど、どういうことですかそれ? まるでそんな、ホントにゲームみたいな……僕の体に、そんなことが起こってるって、一体……?」

 

「緑谷出久、生物が最も成長できる時というのは、どういう時だと思う?」

 

 ? 成長期、とかじゃないよね、その聞き方だと……

 最も効率のいい訓練をしてる時とか、よく食べてよく動いてよく寝てとか……そういう普通な答えでもなさそうだ。何を求められてるんだろう……だめだ、わからない。

 

 恐らく、ここ最近の僕の訓練メニューの中に、そのヒントがありそうだけど……しかし、思い返して答えを探るより先に、ターニャさんは口を開いて言った。

 

「答えは簡単。必要に迫られた時だ。より生々しく言えば……『追い込まれた時』」

 

「追い込まれた……時?」

 

「そう。後がない、力を発揮できなければそこで終わるという状況下において、生物は普段の自分の力を大きく超えた力を発揮する。『走馬灯』というものがあるだろう? 死の間際、時間がゆっくりになり、一瞬のうちに自分の人生を振り返るというアレだ」

 

 そのくらいは僕も知ってる。というか、似たようなことなら、体験したことすらある。

 雄英高校に入ってからこっち、そういうヤバい出来事に遭遇したことも1度や2度じゃないし。

 

 USJ襲撃の時もそうだし、体育祭最終盤のトーナメント、轟君やかっちゃんとの戦いの最後の一撃を放つ瞬間とかもそうだ。職場体験の時、ヒーロー殺しとの戦いの中でもあった。

 一生を振り返るとか大げさなものじゃあないけど、まるで時間がゆっくりになって、すごい速さで頭が回るという、ある種の異常な時間感覚。

 

「そういった『死に際の集中力』に代表されるように、人間の体は追い込まれると限界を超える力をしばしば発揮する。そしてそれは、刹那的なものに限らない。より強くならなければ、大きく躍進しなければ助からない……人間はそんな状況下において、限界を超えた速さ、あるいは大きさで『成長』してみせることがある。それを引き起こすのは……『本能』だ」

 

「本能……?」

 

「『成長しなければ死ぬ』というような極限的状況下に置かれた時、生物は何よりも『生き残らなければ』という本能的な欲求ないし渇望を燃やす。心の奥底、自分自身も認識できていない領域でだ。そしてその渇望は、生物の肉体と精神を、常識や限界を超えて『成長』させる。何よりもまず、死という運命を回避するために、防衛本能としてそういった方向に全力を出すわけだ」

 

「……! それが、さっき言ってた『強くてニューゲーム』とか、『経験値増加』とかの意味ですか? つまり僕の体は本当に今……理屈はわからないですけど、そういう『より早く成長する』状態に、しかも狙っておかれている、ということ……? 『本能』を刺激することで……!?」

 

 そうだ、と肯定して、ターニャさんは僕の目の前に立った。

 

「私の姿を見て、どう思う? 思ったままを言ってみろ……よっぽど無礼なことでなければ、何を言われても怒らんと約束してやる。遠慮は無用だ」

 

 そう言うので、不躾にならない程度にターニャさんの姿をじっと見て……思ったことをそのまま言う。

 人形みたいにかわいらしい外見。細くて、やせ形で……とても、あんなに強くて苛烈な戦闘をこなせるようには見えない。こうして普段着でいる分には、普通の女の子に見える、と。

 

 もっとも、実際のところは180度違うレベルなわけだし、それを僕も身に染みてよーく知ってるけど……まあそれは置いといて。

 

「自分の体のことだ。私の見てくれについては、私自身よく理解している。初めて私を見た者は、だいたいそういう評価に落ち着くよ。実際私も……軍になど入っていなければ、そういう評価そのものの少女として青春を送っていたのかもしれない。だが、現実はそうはならなかった」

 

 ターニャさんはそのまま、自分の過去を簡単に語ってくれた。

 

 彼女はもともと孤児であり、ドイツのとある孤児院で育った。

 父親は軍人だったが、彼女が生まれて間もなく戦死している。母親は彼女を育てられなくなり、彼女を孤児院に預けて二度と現れることはなかった。ここまで全て、彼女が物心つく前に起こったことだそうだ。

 

 今僕らが生きている日本――オールマイトの存在により、犯罪発生率が6%に抑えられている――とは違い、ドイツの犯罪発生率は決して低いとは言えないレベルだ。

 加えて、ターニャさんがいた地方の村は治安もいいとは言えず、個性犯罪が多発していた。

 

 親による庇護もなく、社会的な地位・保証も何もない孤児だった彼女は……当時からかなり聡明だったようで、自分の置かれている状況の危うさというものを、子供ながらに悟っていた。

 そして、このままでは自分は危ない、と悟り、行動を起こした。

 

 幸いと言っていいのか、彼女には非常に強力な『個性』が宿っていたため、それを頼みに、当時試験的に運用され始めていた、軍士官学校への低年齢児の入学制度を使い、軍に志願した。

 それが何と7歳の時。彼女は、日本ならランドセルを背負って友達と楽しく学校に通っているであろう年齢で、ランドセルの代わりにダッフルバッグを背負い、リコーダーの代わりにライフル銃を持って、訓練の日々を過ごしていた。

 

 飛び級して9歳で、幼年過程のみならず、通常の育成過程も終えて軍士官学校を卒業。ヒーローとしての資格入手にも邁進し、卒業時には『個性』使用の仮免も取得した。

 

 初陣を済ませ、約1年間の従軍・現地任務の後に、今度は上層部から推薦を受けて軍大学へ入学。そこで2年間勉強し、卒業時に軍の将校過程を終了したことで『大尉』に任官。

 同時にプロヒーロー資格を取得。ドイツ軍始まって以来の超新星としてその名を轟かせる。

 

 ここまでだけを聞けば、華々しいサクセスストーリーみたく聞こえるかもだが、実際には血のにじむような……なんてもんじゃない、つらく苦しい道のりだったそうだ。小さな子供が大人に混じって訓練漬けの日々を送ってきたんだから、そりゃそうだろう。楽だったはずがない。

 

 それでも、自分にはそんなことを嘆いている余裕はない。

 身よりも、財産もない孤児。社会的に最底辺と言っていいくらいに弱い立場を捨て、確かな地位と力を手にすべく、ターニャさんは死に物狂いで修行して今の強さを得た。

 

 才能もあっただろうが、決してそれだけで至ったものではなく……そうしなければ危ない、後がないという、ある種の強迫観念の中、まさにその『本能』を呼び起こして前に進み続けた。

 その結果得られたのが、今日の自分。彼女は、そう語った。

 

「生き残る。ただひたすらに私はそれを、そのための力を求めた。まだ体も出来上がっていない、1桁の年齢の小娘がやるにはハードどころじゃない修行の日々を乗り越え、期待される以上の効果を引き出して成長できたのは、今思えば間違いなくそれ……『本能』の後押しによるものだ。意識の表層に現れない根源的な部分での渇望は、生きるという意思の力は、常識と限界を超えさせる」

 

「それを……僕にも……?」

 

「私が着任する前から、それは始まっていた。食事、トレーニング、その他あらゆる生活環境の改善によって、修行を始めるのに最適な状態に体を、そして生活サイクルを持っていった。さらに、それ以前に集めていたデータと照らし合わせて、お前の体に、指向性を持たせた負担をかけるようにトレーニングを続けさせた。お前自身の意識としては疲れるだけだっただろうが、お前の体は『今のままではついていけない』と感じ始めていたんだ。成長の度合いを見極めて徐々に負荷を上げていき、貴様の体と『個性』を刺激し続け、『生きようとする意思』を叩き起こしていたわけだ」

 

「それで僕の『本能』が、もっと体を強くしようとしている……?」

 

「そうだ。……とはいえ、私達としても正直予想外のペースで進んでいるがな……こちらからのアプローチに対して、反応が実に迅速で、目に見えるほど大きく表れている。まるで……既に幾度もそれを繰り返してきたかのように。昨日までの自分を乗り越えて強くなる、ということに関して、お前の『個性』はあまりにも相性が良すぎる……そんな印象を受けた」

 

 その指摘に、ついドキッとしてしまう。

 言い回しは微妙に違うが……ターニャさんが言ったことには、モロに心当たりがあったから。

 

 僕の個性『ワン・フォー・オール』は、連綿と受け継がれてきた『個性』。

 力を継承した者が、自分の力を鍛えて練り上げて、それを継承することでまた次の継承者が力を手にし、それをまた練り上げてさらに次の世代へ……という風に繰り返されてきた。

 

 『オール・フォー・ワン』の弟を、そしてオールマイトを含め、8人の継承者が磨き上げ、研ぎ澄まし、鍛え、練り上げた……8代に及ぶ努力の果てに作り上げた、究極の身体能力だ。

 

 言ってみれば、それだけ長い間、努力と成長を繰り返して、天井知らずに強くなってきた力。他の誰よりも何よりも、積み重ねて強くなるということを知っているはずだし……それに関して理解があり、また貪欲であることにも間違いはないだろう。

 

 こう言うとまるで『ワン・フォー・オール』そのものに意思があるみたいに聞こえてしまうし、流石にそれは言いすぎだと思うけど……少なくとも、『限界を突破して強くなる』というやり方は、個人的には『ワン・フォー・オール』には最もなじみ深い、効果的な修行法の1つだと思う。

 

 ターニャさんやビスケさん、その他、この修行法を提案した人達はそんなこと知る由もないだろうけど……恐らくこの方法でなら、考え得る限り、僕は最高効率で強くなれる。

 完全に直感とか、そんなものでしかないけど、そんな気がするのだ。

 

「言うなれば『本能の覚醒』。この方針は、これからも継続していく予定でいる。お前の心身に負担をかけ続け……生物の持つ生存への本能、力への渇望、成長し続けようとする意思を呼び覚まし、お前の体が最高効率を超えて強くなっていけるように働きかける。あらゆる手段を使ってな」

 

「もっとも、それをずっと続けるわけじゃあないけどね? 言わば今の時期はスタートダッシュ。これから長い時間をかけて強くなっていくあんたに、いわば最初の最初から火をつけているわけ。これからずっとボーナススピードで成長していけるようにね。そのためにも……おおよそ夏休み前までを目安に、ガンガンあんたを追い込んで本能に火をつけるわさ。覚悟しときなさいな」

 

 ビスケさんも加わってそう説明というか、宣告してくれる。

 

 体の中に眠っている『生きる意志』を呼び覚まして、それによって『成長する力』を得る、か。

 そこだけ聞くと単なる根性論みたく聞こえるけど、実際に僕の体は、そして『個性』はそれに応えている。『本能』の声に耳を傾けて、どんどん体を強くしていっている。

 だからわかる。これを繰り返せば……僕はもっと強くなれると。

 

 2人に視線で『やれるな?』と問いかけられているように感じながら、僕ははっきりと頷いた。

 

「わかりました。これからも……よろしくお願いします!」

 

 

 

 こうして、ターニャさんからの説明会は終わり、僕らはその場で解散して自室へ戻る……かと思いきや、ターニャさんが『それともう1つ』って感じで、帰ろうとする僕を呼び止めて、

 

「緑谷出久、さっきまでの話で大体はわかったと思うが、これからも私達は基本方針として、お前に負荷を、試練を与え続ける。それも、どんどん厳しくなっていくようにな。その際に覚えておくべきこととして……『欲する』ことを忘れるな。常に心の中に置いておけ」

 

「? 欲すること……ですか?」

 

「要するに『欲望』だ。単語だけ聞くと外聞が悪いと思う者もいるかもしれないが……人の発展の歴史というのは、イコールで欲望をかなえてきた歴史だ。こうしたい、ああしたい、アレが欲しい、コレが食べたい……人は常に、己の欲望と向き合って生きている。そしてその欲望をかなえるためにこそ努力し、時に歴史を変える力にすらしてきた。そしてそれは、ヒーローも例外ではない」

 

 例えば、と続けるターニャさん。

 

「お前が戦った『ヒーロー殺し』ステイン。奴の主張では、ヒーローとは私を滅して他者のために尽くす者。そこに見返りを求めてはならない……そういう感じだったと思うが、私はそれが正しいとは思わん。何を心に抱いて、何を力に変えるかなど人それぞれだ。ならば、何かを求めて、目標・目的に据えて行動する方が、己を奮い立たせるのに効果的かつ効率的だ」

 

 そう言って彼女は、再度僕の目の前に立った。

 

 真正面から、その奇麗な瞳で、結構な近い距離で僕の顔を覗き込んでくる。しかし、不思議と……恥ずかしい的な意味でドキドキはしない。

 ……何か真面目な雰囲気というか、凄みみたいなものをむしろ感じている。

 

「今更な問いかけではあるが……お前、『平和の象徴』になりたいそうだな?」

 

「……! ……はい」

 

「立派な目標だ。それ自体は一向にかまわんだろう……だが、その『平和』のために、お前が他の全てを犠牲にしてしまうようなことはするな。私を滅し、公に全てを奉げる果てにあるのは、1人の人間としての意思が存在しない……願いを受け止めるだけの器。ある種の人柱だ。私はお前に、そんな未来を歩んでほしくはない。人間は皆、己の欲と共にあり、上手く付き合っていくものだ。それが多すぎてもいけないが、少なすぎても歪になる……そうだな、こんな言葉がある」

 

 一拍置いて。

 

 

 

「禁欲の果てにたどり着く強さなど、たかが知れたもの。強くなりたくば食らえ」

 

 

 

 なんていうか……随分刺激的、ないしワイルドな格言?だな……。

 

「己の欲望から目を背けるな。欲しいという気持ちを捨てるな。全て受け入れて、力に変えろ。欲することは罪ではない、欲するに足る者となれ。欲しいもの全て、胸を張って食らいつくせ」

 

 とん、と、その小さな拳で軽く僕の胸を叩く、あるいは押すように押し付けた。

 

「今言った言葉の意味は、いちいち説明はせん。……何、すぐにわかるさ。ここから先は、お前の中のそういう『欲』を引っ張り出して、そしてそれと戦い、そして受け入れることも修行のうちだ。意味を理解し、そして実践することができた時……お前は1つ上のステージに行けるだろう」

 

 そう言ってターニャさんは、ちらりと横を見る。

 その視線の先には……部屋着でソファにのんびり腰かけている、栄陽院さんがいた。

 

 なぜ視線を向けられたのか彼女もわからない様子で『?』と首をかしげていたけど、ターニャさんは何も言わずに、今度こそ部屋を後にした。

 

 僕も、それを追ってじゃないけど……栄陽院さんの部屋を出て、その日はこれでお開きになった。

 

 ……ターニャさんが言ってたことの意味、か……いつ頃わかるんだろうな? 早いとありがたいな。

 

 

 

 




というわけで、若干無理やりな理論ですが、緑谷君達に課している修行のコンセプトと、ついでにこの世界のターニャの過去的なアレでした。

そして、某鬼さんの名言をそんな彼女に言ってもらいました。
違和感……ないといいな。

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