この時期の雄英のカリキュラムは、主に期末試験、及び夏休みの『林間合宿』に向けて実力をつけるように、基礎固め、及び知識や技能の習得に特に力を入れている。
ゆえに、まあ何というか……地味、もとい地道なカリキュラムが多い。
それでも、それらは母さん……『アナライジュ』の手によって強化・最適化されているし、内容において細かいところを説明しようとすればきりがない。
なので、学校生活については凡そ割愛させてもらうとして……私達が今もってこなしている、『デウス・ロ・ウルト』について、引き続き説明していこうか。
ラバーが講師に加わり、『ハードラバースーツ』を使って訓練をするようになってから、訓練内容はさらに高密度なものになっていった。
一挙手一投足に負担がかかって鍛えられる上、その状態でターニャやビスケさんと、あるいは緑谷とのスパーリングをこなす。無駄な動きが多いと、あっという間に体力を奪われて動けなくなってしまうし、そもそも訓練についていけなくて一方的にどつき回されることになる。
2人共、こっちの体調やら何やらについてもきちんと考えて教えてくれるいい講師だけど、気のゆるみなんかが原因で起こるミスなんかには厳しいからな。そう言うことにならないように、私達は自分の動きを意識し、そして相手の動きを常に観察・予測して動いている。
今はこうして『意識して』『集中して』行えることを、繰り返していくことで徐々に『当たり前』のものにし……無意識レベルでできるようになるのがまずもっての目標だ。
そのくらいできなければ、一線級の戦いの中でやっていくことはできない。
また、このスパーリングには、ラバーも時々加わる。
積極的に戦闘に参加するタイプではないとはいえ、ラバーもその実力はプロヒーローにふさわしいそれを持っているし、『個性』を使って戦う能力も一級品だ。
今のところ、私も緑谷も、2人一緒にやったスパーリングででも一撃も入れられていない。
もちろん、その時にラバーが『ハードラバースーツ』のゴムを操って妨害してきた、なんてことはなく……自分が武器として操るゴムと、その技量だけで手玉に取られた。
戦闘モードのラバーは、超硬質ゴムの装甲マントを、まるで翼のように展開し、攻撃に防御に振り回して、割とダイナミックに戦う。
ゴムと言っても、速度その他の要素によっては、金属と変わらない、あるいはそれ以上の殺傷能力……もとい、攻撃力を有する。
よく、アクション映画や小説とかで、銃でゴム弾を撃つシーンとかがある。あるいはゴムのナイフで格闘訓練したりとか。
ああいうのって、材質にもよるけど……当たると相当痛いらしい。特にゴム弾は、貫通したりはしないけど、威力は銃弾そのものだから……その衝撃が逃げずに叩きつけられる。そのため、骨が折れたりとか普通にするそうだ。貫通することで威力が逃げたりしないから。
また、防御に使って破損したとしても、ラバーは個性でそれを一瞬で修復し、再利用できる。形態操作系の個性って、そういうとこも反則級に便利だよな……。
今日のスパーリングでは、ラバーがゴムの翼を大剣みたいに使って薙ぎ払い、叩きつけ、さらにその合間合間にゴム弾やゴムナイフの刃を高速射出してくるもんだから、2人そろって手も足も出ずにすっ転がされたなあ……。
攻撃力や身体能力では私や緑谷が上なのに、ことごとく動きの出足を潰されて……それらを生かせないままに惨敗だった。ああいう戦い方もあるんだな、と知った。
加えて、ラバーの持つ中で、『マント』と同じかそれ以上に凶悪な武器が……鞭だ。
コイツも当然ゴムで作られているわけだが、攻撃力はやはり高い。
硬度や重量さえ伴っていれば、ゴム製の鞭っていうのは、振るう人が振るえば普通に骨折とかの重傷すら引き起こすからな。訓練だから、そこまではされないけど。
が、それ以上にヤバい点が……『痛い』というところだ。
何を当たり前のことを言ってるんだ、って思った? それを使って攻撃されるんだから、そりゃ痛いのは当たり前だろ、って。
そういう問題じゃないんだよなあ……。
人間の肉体にとって、実質的・絶対量的なダメージそのものは大したことなくても、時に表面上の『痛み』の方が深刻であることも少なくない、と言われている。
体の損壊具合が大きく、治療も長引くような傷は、そりゃ脅威ではあるけど……時に、傷自体は大したことなくても、その際の痛みが強烈過ぎて、実際のダメージ以上の事態を引き起こすことだって珍しくないのだ。痛みで呼吸ができなくなったり、気絶したり、最悪ショック死すらする。
鞭による打撃は、その最たるものの1つだ。鞭って、叩かれると滅茶苦茶痛いんだよ……実際のダメージよりも何倍も『大げさ』な痛みが叩き込まれるんだよ。
そして、その強烈過ぎる痛みが、精神を大きく追い詰める。
中東とか一部の国では、『鞭打ちの刑』ってのが今も残っているらしい。決められた回数、鞭で打たれることで刑罰とする、とかいう奴。
が、その執行中に、回数行く前にショック死してしまう例も珍しくないそうだ。あまりの苦痛に耐えかねて、体と心が生きることを諦めてしまう、らしい。
当然、と言えばいいのか……鞭を振るうラバーもそういう扱い方、振るい方をよく心得ていて……私も緑谷も、何度も模擬戦の最中、ラバーの鞭に打ち据えられて悶絶させられた。
そして隙だらけのところに、攻撃力においてさらに上を行く『翼』が飛んできてぶっ飛ばされ……大体この繰り返しになる。
そしてこの訓練は、痛みによって精神を鍛えるのに加えて……痛み自体への耐性をつける訓練も兼ねている。
戦闘中に、ダメージが原因で動きを止めたり、思考を鈍らせないように。『翼』による追撃に見られるように、訓練中にそうなると容赦なく、余計ダメージを食らう展開が待ってるってことを、体で覚えさせられる。
最終的には、その痛みを無視して動けるだけの精神力を養うのが理想だと言われてる。
それも、
大いにまあ、追い詰めてくれている。実際、息が止まるほど痛くて苦しかったこともあったし……さぞかしこれらの訓練は、『本能』を刺激しているんだろうな。
そんな感じで、私達は『本能覚醒』のコンセプトの元、『追い詰められて、成長する』日々を送っている。
苦闘の甲斐あって、どんどん成長できている実感はある。
私自身の技量はともかく……普通ではありえないレベルで体作りは進んでいるし、そのために毎日、今までよりもかなり上を行く食欲に急かされながら、がっついてご飯を掻き込んでいる。
毎食担当の人に作ってもらえるようになったのは楽でいいけど……たまに台所に立たないと、料理の仕方忘れそうで怖いな。せっかく『尽くす』ために覚えた技能(個人的な食欲による後押しも大きかったが)、捨て去ってしまうのは惜しい。後で母さんあたりに相談しよう。
そして、それが『エネルギー』に変換されるよりも先に、体の材料となって吸収され、血肉になっている実感がきちんとある。
今日食べるご飯が、明日の私を作る。明日の私は、今日の私を超えていく。
緑谷と一緒にそれを繰り返して強くなる日々を、私は、苦しみながらも、半ば楽しんでいた。
☆☆☆
まあ、そんな余裕もだんだんなくなっていくんだが。
私達の成長に合わせて、修行の難易度も上がっていってるんだから、そりゃ当たり前ってものだけど……ホントに容赦なく『追い詰める』よね、私達を。
まず、修行用のコスチュームが変わった。
今までと同じように、私達のその日の状態に合わせてラバーが0から作ってくれるのは変わらないけど……装着されるそれが『ハードラバースーツ・レベル2』になった。
単純に、それまでの『レベル1』よりも負荷が強力になってるってだけなんだけど、修行の中ではそのわずかな差が大きく響いてくるので、一層油断できない時間を過ごしている。
レベル1の時に覚えた『最適な体の動かし方』を意識してやらないと、とても戦闘についていけないからな。
次に、修行する『環境』にもメスが入った。
それまで私達は、スーツに加えて、低酸素環境や暗所を再現できるマスクをつけてトレーニングをしてたわけだけど……それ以外に、トレーニングルーム自体の機能を使い、高温、低温、多湿、低気圧などの環境ストレスをかけた中で訓練を続けている。
これももちろん、体に負荷をかけるためだ。
スーツによる直接的なものよりも、僅かにいじるだけでももっと強力なストレスになるので、扱いには慎重になってるようだが。
そして、さっき言った『マスク』がさらに、特殊なガスを出すようになった。
ガスと言っても毒ガスとかじゃなく、むしろ体に有益な成分だし、薬効みたいなものはないに等しい。そもそも、一般の施設とかでも普通に使われているものだ。
一言で言うと、単なるアロマテラピーである。『森林浴の香り』的なやつだ。
緑のない都会で疑似的な森林浴を楽しめるってことで、市販されてもいるし、スパリゾートなんかでは、そういう香りに包まれるのを楽しめる疑似森林浴室なんてのもあるらしい。
訓練の合間、休憩している最中に、体に作用してリラックスさせる成分や匂いが、気にならない程度に放出され、肉体の回復機能を高める。それによって回復→修行→回復→修行の繰り返しにメリハリをつけ、同時に肉体を酷使から回復しやすいよう育てる……体自体の治癒能力や代謝機能を底上げし、本来持っているそれを最大限に強化するのが目的だそうだ。
野生に生きる動物が、人間や、人間に飼育されている動物よりも治癒能力が高い場合がある、っていう話を聞いたことはないだろうか? 迷信だと思ってたんだけど、どうやらそれ、ホントにあることらしいんだよね。
……これも、ある意味『本能覚醒』の作用なんだろうか。厳しい大自然の中で生きていくにあたって、それに必要なだけのスペックを得られるように、体が適応して進化する、的な。
訓練自体もどんどんハードになり、『ピアノマッサージ』でも疲れが抜けきらなくなってきた。
しかしそれを予想していた義姉さん達は、今度持ち込んだのが、『高圧酸素カプセル』だった。
読んで字のごとく、内部に高濃度の酸素(人体に悪影響がない程度に)を混ぜた空気を充満させていて、その中で寝ることにより、高濃度の酸素を体に取り入れることができるというもの。
それにより、疲労回復や自己治癒力の向上など、様々な効能をもたらす『健康器具』だ。
一般的……とは言えないが、かといってそこまで珍しくも、貴重でもないものだ。個人でも普通に所有できるし、一昔前は、アスリートやその他著名人で愛用している人も多かったらしい。
もちろん、『個性』による効能とは比べるべくもないが、だからといってその効能はバカにできないレベルでもある。
超常以前……まだ『オリンピック』が全盛だった時代に、ある有名な選手が、ワールドカップ直前に骨折してしまい、出場は絶望的だと言われていた。しかし、この酸素カプセルを使用したことで短期間で急激に治癒を進め、見事出場を果たした、なんて逸話もある。
私達の場合もコレを使い、数日に1回、1時間ほどをこの中で過ごして、体内に高濃度の酸素を取り込むことでリフレッシュする、という時間を設けている。こうすることで治癒力はもちろん、脳に酸素が回って集中力も上がるので座学にもいい影響出てるし、1回やれば数日もつので毎日はやらなくてもいいってのもいいな。
こんな感じで私達は、どんどんトレーニングをハードなものにし、それに伴って高速で肉体を回復させるように工夫を組み合わせることで、1日のトレーニングの効率、というか密度をどんどん上げている。
日中、学校で授業を受けていることも合わせれば、相当なハードスケジュールの中で生きてるな……ちょっとコレ、まとめてみようか、試しに。
5:00 起床
5:20 トレーニング(早朝)
6:50 トレーニング終了・身支度
7:30 朝食
8:00 登校
16:15 下校・帰宅
16:30 トレーニング(夕方)
18:00 トレーニング終了
18:30 リフレッシュ
19:00 夕食
20:00 座学
21:30 自由時間
23:00 就寝(遅くとも)
こんなとこか。ゆとりあるようなないような……いや、自由時間だのなんだのが結構確保されてるから、あるにはあるんだろうな。
ただ、修行部分の密度が尋常じゃなくハードになってるから大変に感じるだけで。
それに、この時間割(と言えばいいのかどうか)は、その日その日の状況とかでいくらでも変わってくるから、こんな表に大して意味はないが。
『フレックスタイム』のために放課後補習したり、朝もっと早く学校に行く用事があったり、時折不意打ち気味に入ってくる『対尋問訓練』のせいで一部のカリキュラムが変わったり、いくらでも時間変わるし。
あと、特にトレーニングの時とかは、『もうちょっとでいいところまで行くから少し時間延長する』とか、逆に『時間前だけどキリいいから今日はここまで』とかもあるし。
ああ、その『対尋問訓練』も……いや、これは大して変わんないな。内容的には。
今までと同じ、精神的に負担になる、不安感を覚えるような内容で『耐える』というのがメインで……ただまあ、バリエーションはいくつか増えてきてるけど。
拘束されて、不自然な姿勢でそのまま放置……これが今まで私や緑谷がやってた内容だ。拘束される内容とか姿勢は変わったりするけど。
鎖付き手錠で天井から吊り下げる形にされたり。ベッドの四隅に鎖で四肢を固定されたり、服そのものがベルトだらけで、それをしめることで拘束できる、いわゆる『拘束服』だったり。最後のは、某アニメの緑髪毒舌の魔女が普段着にしてるようなアレだ。わからない? ごめん。
ただ、この訓練だけは私と緑谷は基本別室なので、緑谷の方も同じなのかはわからないが。
ラバーが講師に追加されたので、いよいよ鞭で打たれるとかそういうのも出てくるんじゃないかって少し心配してたんだが、そういうのはないようでよかった。
ただ、これも近々グレードアップするって聞いたから、少し不安ではある……どっちみち鞭打ちとか痛い系はやらないとは聞いてるけど、どんなふうにするのやら……。