TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第72話 TS少女と最後の性癖

 

「麗日に『ワーキングホリデー』に誘われた?」

 

「う、うん……『ガンヘッド』のところなんだって。その……それで、どうしたらいいかと」

 

 夕方のトレーニングの前に、緑谷が私と、ターニャ、ラバー、ビスケさんの講師陣を前にして相談してきたのは、そんな話だった。

 

 聞けば、今日の昼休みに麗日に『どうかな?』って誘われたらしい。ちょうど『もう1人くらい誘って来てもいいよ?』って言われてたのに加えて、緑谷は格闘主体の接近戦型だから、ガンヘッドのところで学べることも多いんじゃないか、って。

 それ以外の理由がないでもないとは思うが……まあ、まずいいとしよう。

 

「でも、ガンヘッド事務所って、こないだ聞いた話だと、『インターン』や『ワーキングホリデー』はやってないんじゃなかったっけ? それで麗日落ち込んでたじゃん、当てが外れたって」

 

「なんか、やっぱり方針転換して、無理のない範囲でやることに決めたんだってさ。ほら、こないだの休みに、砂藤君と口田君がクラスで初めて『ワーキングホリデー』に行ったでしょ? その時の評判が学内と業界の両方に広まって、『意外といいかも』って見直す動きが出てきてるみたい」

 

 それは私も知ってる。

 砂藤と口田。この2人はこないだ、他のクラスメイト達に先んじて『ワーキングホリデー』を体験した。それぞれ、スイーツヒーローの経営する事務所兼洋菓子店と、酪農ヒーローの経営する牧場で勉強してきたはずだ。

 

 2人共、そこでの仕事を手伝いながらヒーローとして学べることを学ぶ形で、2日間ほどお世話になって戻ってきたはず。期間が短いから『職場体験』ほど濃密な時間ではなかったようだけど、それでも得るものの多かった時間だったって2人とも言ってた。

 

 それに加えて、監督してくれたヒーロー達からは、『忙しい時に仕事を手伝ってくれて助かった』っていうお礼も言ってもらえたらしい。

 

 口田はそれに加えて、お土産に生チョコ(自家製)貰って来た。

 クラスのみんなにおすそ分けしてくれたので、みんなで食べた。美味しかった。

 

 2人は仕事を手伝う報酬として、色々教えてもらったり、稽古をつけてもらったような感じだったらしい。そしてその仕事ぶりは、きちんと満足してもらえるものだったと。

 

 この結果を受けて、クラス及び業界では、この『ワーキングホリデー』を、要するに……学生バイトとサイドキックを足して二で割ったみたいなもんだと受け取れる、という感じに落ち着いたようだ。『職場体験』よりも短期で、面倒を見る必要はあるが、腕は確かな子を気軽に?雇える。

 あるいはもちろん、個人的に『教え導きたい』と思う子を雇ってもいい。『職場体験』と同様に。雇用条件も相談して決められるし。

 

 そういう感じで、『インターン』ほど肩ひじ張った扱いでなくてもよさそうだという評判になり、プロヒーロー側の『ワーキングホリデー』受け入れのハードルが下がったのだ。

 ゆえに、今まではNGだった事務所の中にもOKに変更するところが出てきていた。なるほど、ガンヘッド事務所もそうだったのか。

 

 聞けば、ちょうど今度の休み、カルチャーとか体験学習的な格闘講座の仕事(副業)があるそうで、そのイベントの手伝いをしてもらう人手として麗日に受け入れOKが出たという。

 お給料は出ないけど、交通費、食費その他の経費は全て負担される。それに加えて、麗日に報酬として提示されたのは、『職場体験』の時と同様の、近接格闘の個人指導だそうだ。

 

 で、もう1人くらい連れてきてもいいってことで、麗日は緑谷に声をかけたと。

 さっきも言ってたけど、緑谷の戦闘スタイルを考えれば、いい経験になるだろうしな……例えたった1日でも。

 

 けどそれは、普通の雄英生と同様に過ごしていれば、っていう前提であって……今緑谷は、超ハイレベルのトレーニングを毎日行って体を鍛える『デウス・ロ・ウルト』を実施している最中だ。勝手にそんなのを受ければ、メニューが狂うことも考えられる。

 ゆえに私達にこの場で相談した、ってことだろう。

 

 そして話を聞きながら、緑谷の目は……なんだか申し訳なさそうな光を帯びながら、私にちらちらと向けられていたようだったんだが……果たしてアレは何だったのかね……?

 

 そしてその話を聞いて、ターニャ達講師陣、そして私がだした結論はというと……

 

 

 ☆☆☆

 

 

 数日後、日曜日。

 

「雄英高校から来ました、緑谷出久と申します。ヒーローネームは『デク』です。今日1日、どうぞよろしくお願いします!」

 

「うん、よろしくねデク君。ウラビティちゃんから話はよく聞いてるよ。すごく仲のいい友達なんだってね?」

 

「が、ガンヘッドさんっ! ……え、えと、私もあらためてよろしくお願いします!」

 

「はい、よろしくね。それじゃ、早速打ち合わせに入るからついてきて」

 

 緑谷と麗日は、それぞれのコスチュームを着込んで、早朝からガンヘッドの事務所を訪れていた。今日のイベントに、『ワーキングホリデー』として参加して手伝うと共に、その報酬という形で稽古をつけてもらうために。

 

 聞いていた通り、事務所内に様々な格闘技用の道場が設置されており、恐らくここで基礎トレなどを行うのだろう、と緑谷には予測できた。

 

「今回の講座では、基本的に指導役は僕と僕の事務所のサイドキックがやるからね。2人にやってもらうのは、雑務とかの手伝いや、お客さんの案内整理なんかが主になるから、今日1日のスケジュールさえしっかり頭に入れておいてくれれば大丈夫だよ。昼食休憩は皆でまとまって取るからね。それと、2人へのトレーニングは、これから実力や身体能力の把握もかねて軽く道場で見せてもらうのと、講座が終わってからの2回。どっちもここの道場でやるからね。その後、夕食を食べながらでも1日の講評とかを行って解散、っていう形になるから、よろしくね」

 

「「はい!」」

 

 ガンヘッドのサイドキックらしき男性からタイムテーブルをもらい、2人は元気に返事をした。

 

 そして、やっぱり麗日は今日も考えていた。

 

(やっぱり、喋り方かわいい)

 

 なお、緑谷はガンヘッドのコスチュームや事務所の風景に夢中で(必死で表情には現さないようにして、だが)特に考えなかった。

 ヒーローマニアの緑谷ゆえ、知識として既に事前に知っていたというのもある。

 

 ……そして同時に、ふとこんなことも考えていた。

 

(……栄陽院さん……僕が麗日さんとここに来るの、反対しなかったな……)

 

 少し、寂しげな顔をして。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「よかったのか、永久?」

 

「? 何が、ターニャ?」

 

「緑谷出久のことだ。今日、あの麗日とかいう女子とデートなんだろう?」

 

「デートじゃなくて『ワーキングホリデー』でしょうが」

 

「いーや、デートだと思いますけどね。学校で何度か見ましたけど、あの子、確実に緑谷君のこと好きですよ?」

 

 本日、日曜日。

 訓練の合間の休憩中のターニャと私の会話に、横からラバーが割り込んできて言った。

 

 今日は朝から緑谷が不在なので、私1人でトレーニングしている。

 まあ、寂しくない、物足りなさがないと言えば嘘になるけど……

 

「ターニャ達だって許可出してたじゃん。日程に余裕はあるから、多少なら問題ないって」

 

 こないだ緑谷が『行っていいですか』って聞いた時に、そう答えていたのはターニャだ。ビスケとラバーともきちんと話し合って決めてた。

 その後私にも確認取ってきたから、OK出して……その時、なぜか緑谷が少し驚いたような顔をしてたっけな。

 

「だから、そういう意味で言っているのではなくてな……」

 

「いいんですか? 緑谷君、他の女の子と一緒に出かけさせたりなんかして」

 

 と、ラバーも一緒になって呆れたような声音と共に言ってくる。

 ああ、なるほど……2人が気にしてたのはそこか。

 

「お前相手に婉曲表現でものを言うといつまでたっても話が前に進まんからはっきり言うが……惚れた男を他の女と遊びに出してよかったのか、という話だ。ラバーの話通りなら、その麗日という少女は緑谷に気があるのだろう? 横から掻っ攫われるようなことになるかもしれんぞ」

 

「ああ、うん、確かにそれはやだな……でも……」

 

「でも?」

 

「……緑谷がもし、本気で、心からそう望むなら……私は身を引くよ、多分」

 

 私がぼそっと言ったその言葉を聞いて、2人は……

 

「「やっぱりか」」

 

 ため息交じりにそう言った。

 

「価値観は母親と同じということか……難儀なものだな」

 

「本当ですね……自分から男に食い物にされに行く女の子ってところで共通してます。……叶恵もそうやって、自分が子供まで生んだ旦那のことを諦めて見送ったんでしたっけ」

 

 母さんの盟友であり、当然ながら私が生まれる前からの付き合いであるラバーは、嫌な過去を思い出しているような表情でつぶやいていた。

 

 食い物にされに行く、とか失礼な……私はただ、そう、多分母さんもそうだったんだろうけど……自分の全部を捧げられる相手がそう望むなら、って話をしてるだけだってのに。

 ……まあ、それが世間一般から見て異端な考え方だっていうのはわかってるよ。

 

 もちろん私だって……緑谷のことは好きだ。大好きだ。

 ご主人様としても私をもらってほしいし……叶うなら女としても彼を支えたいと思う。彼の傍で。選んでくれるなら私は、誰より献身的に彼を支える覚悟も自信もある。私の持てる全ての力と知識を使って、だ。

 進んで他人とくっついてもらいたい、私を置いて行って欲しいなんて思わないし、麗日が私からそうして緑谷を攫っていってしまうことを、怖くないとは言わない。どっちかっていえばそうしては欲しくないし、私から緑谷にアプローチだってする。貰ってくださいって。

 

 それでももし、緑谷が心からそれを望んでしまったのなら……私は涙を呑む決断をするんだろう。なんというか……そんな気がする。

 

「……相変わらず損な性分だな、お前の家系は」

 

「かもね…………っていうかさあ」

 

 そこまで言って私は、はぁ、とため息をつきながら、

 

「そういう話になると、警戒しなきゃいけないの多分麗日だけじゃないんだよね……私が知ってる限りでも何人か、緑谷のこと狙ってそうな女の子いるもん」

 

「あら、そうなんですか?」

 

「まあ、雄英体育祭という大舞台で活躍したのだ。ファンが増えるのに不思議もあるまい、そのほとんどはにわかだろうがな……」

 

 ターニャの予想通り、1学年……どころか他の学年にまで波及して、最近の緑谷はファンを急激に獲得していっているし、男子としての彼を意識している女子も少なからず存在する。

 入学当初は『地味でよくわからない奴』っていう評価がほとんどだったが、今ではそのヒーローにふさわしい心と、1学年の頂点に立った(爆豪と同着でだが)その実力を高く評価して狙っている女の子も多いのだ。

 

 その中でも特に彼のことを魅力的に思っているのは……今現在私が知る限りでは、私と麗日と、もう1人……。恐らく、USJで彼に命を救われたという、あの子だ。

 まあ、これといって目立ったアプローチの類はないから、私の目が節穴だって可能性もあるが。

 

 果たして緑谷は、誰を選んでくれるんだろう。

 私、麗日、残るもう1人……あるいは、全く別な誰か……はあんまりないと思うけど……はぁ。

 

 

 

「……どーせなら全員貰ってくれないかなあ……」

 

 

 

「……久々に出たな、貴様のそのとんでもない性癖」

 

「ええ。かつてあなたがまだ10歳の頃に初めて口にして、私や叶恵すらドン引きさせたそれ」

 

 と、私が呟くように言った一言を聞いて、ターニャとラバーがジト目になった。

 

 うん、まあ、普通じゃないことを言ってるのはわかる……けど、実際そう思うので仕方ない。何というかこう……頭の悪いラブコメか、18禁ゲームの中でしかないような展開だってことも、十分わかってて……それでもあえてというか、どうしても思ってしまうことだ。

 

 かつて学校の女友達とかにぽろっと言った時は、まー色んな言われ方、驚かれ方したな。

 

『野生動物の価値観』

『雌ライオン、あるいは雌ゴリラ』

『サバンナかジャングルのご出身ですか?』

『エロゲーのやりすぎ』

『男にとって都合が良すぎる思想』

『生まれてくる時代と身分絶対間違えてる』

 

 ホントにうん、散々言われたっけなあ……そしてその後『正気に戻れ』って心配されるか、呆れるかされるまでがワンセット。

 まあ、気持ちはわかるけどね……友達がこんなこと言いだしたら、そりゃ驚くだろう。

 

 恐らく、前世:男であるがゆえに生じた、私の性癖のゆがみ、その最たる部分。

 ただ1つ……まだ私が緑谷にカミングアウトできていない、最後の性癖。

 

 

 

「いいじゃん、ハーレム。作れそうなら作っちゃえば」

 

 

 

 ハーレム肯定派。むしろ願望。

 

 前に何かの本で読んだフレーズだが……『優秀なオスは、群れを率いるものだ』。

 納得してついていけるなら、1人の男が何人でも女を引き受けて、侍らせてしまえばいい。

 

 自分の惚れた男が自分以外の女を選ぶのは、流石に私でも悲しい。それが例え、友達である麗日であっても。

 

 けど、自分も自分以外も、どっちも、あるいは全員選ぶ分には問題ない。

 

 誰かが選ばれて、誰かが選ばれない、そんな展開が好きじゃないのだ。なんなら、私自身が選ばれるかどうかに関わらず。

 前世でよく読んでたラブコメでもさあ……最終回が近づくにつれ、徐々に主人公(男)が周りにいる女の子に『ごめん』って別れを告げていく展開が見てて辛くて……

 

 だったらみんな一緒に幸せになればいいじゃん、って何度も思った。そして今も思っている。

 

 私は緑谷が好きだし、麗日も好きだ。皆で一緒に幸せになることに、何のためらいもない。

 たとえそれが、法的にも倫理的にも問題アリアリのぶっとんだ選択であろうと、私は緑谷が『誰か1人なんて選べないから全員と幸せになりたい』とさえ言ってくれれば、全力をもってハーレムルート構築に取り掛かるだろう。そして私もそこに入る。

 

 自分一人を選んでくれなくていいのかって? あえて言おう、いい。

 

 独占欲はないのかって? なくはないけど、私が信頼できる女なら、いい。

 

 自分以外にも手を出す男なんて不誠実だとは思わないのかって? まあ、相手にもよるよ。誰彼構わずって感じならさすがにアレだけど、相思相愛で私とも仲が良ければ、うん、全く問題ない。

 むしろ誇ってやるとも。私の男は、これだけ多くのいい女に好かれてるんだぞ、ってな。

 

 だからさ、麗日にその気さえあれば、ぜひにって言いたいんだが……

 

(さすがにドン引かれるよなあ……)

 

 麗日もだけど、多分緑谷も流石にコレは……真面目な奴だし、『えー……』って反応されそうで、ただこれだけは言いだせてないんだよなあ……ああ、カミングアウト、いつになるやら……

 

「というか、その性癖とか価値観そのものを直そうとは思わんのか?」

 

「思わない」

 

 

 

 


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