TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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途中で寝落ちして間に合わなかった……(涙)


第73話 TS少女と今後のカリキュラム

Side.麗日お茶子

 

 正直な話、デク君を誘った時は……半ば勢いだったんだと思う。

 

 あの『かくれんぼ』の時、アレも勢いでだったけど、嫌われてドン引かれてもおかしくないレベルのやらかしをしてしまって、色々と覚悟したけど……それでもデク君は、私を嫌いになることもなければ、責めることすらなく。

 むしろ、自分が悪いみたいに、いつものあたふた具合でペコペコ謝ってきたのには、悪いけどちょっと笑いそうになってしまった。

 

 そうして、今まで通りデク君と仲良くできる、と安堵したと同時に……欲が出た。

 

 もっと仲良くなりたい。もっとお近づきになりたい。

 今はまだ友達で、それ以上のことをしようとすると、途端にどっちもあたふたしてしまうくらいの距離でしかないけど……できることなら、もっとその先へ進みたい。

 

 ……それがもしかしたら、自分の友達を押しのけることにつながるかもしれなくても。

 

 そんな覚悟と共に私は、ある種絶好のタイミングで届いていた、ガンヘッドさんからの『ワーキングホリデー』の知らせを利用して、デク君をそこに誘った。

 そして今こうして、2人一緒にお世話になっている。

 

 今、デク君の隣で私が一緒にいられるっていう、この時間が幸福で……ううん、ここで満足してたらあかん。せっかくの貴重な時間、この機会を生かさんでどないする!

 もちろん、ガンヘッドさんから任された仕事もきっちりこなしつつ、この一緒の時間を大切にして……うん、もっと仲良くなれるように……!

 

 

 

 そして、『初心者講座』の手伝いの仕事は、午前・午後の部ともに無事に終わって……夕方になってからやけど、ガンヘッドさんは私とデク君の稽古を見てくれるようになった。

 

 私の場合は、学校の戦闘訓練やら何やらでさらに磨きをかけた、他ならぬガンヘッドさん直伝の『G(ガンヘッド)M(マーシャル)A(アーツ)』の進捗と、動きその他の修正。そして、これから先の自主トレの方向性について。

 

 デク君の場合は、戦闘全般における体の使い方やら、こう直したほうがいいっていうアドアイスとか全般についてなんやけど……

 

「んー……」

 

 模擬戦の中でデク君の動きを見ていたガンヘッドさんは、一旦戦いを中断して、何やら少し考えこむような姿勢になった。どないしたんやろ?

 デク君も少し気になってる様子、というか、不安そうになってるけど……

 

「デク君の場合は……あんまり僕がこう、って教えられることはないかもしれないね」

 

「え!? ど、どういうこと……ですか?」

 

 デク君もびっくりしてそう聞き返してけど、私もびっくりした。

 

 教えられることが……ない!?

 どういうこと? そ、それってまさか、デク君もうそれだけ強いからとか……とか一瞬アレなことを思ってしまったけど、どうやらそういう意味ではなかったようで、

 

「デク君の場合、ちょっと体のつくり方とか鍛え方が独特なんだよね。加えて、戦闘スタイルも……割と既に定まってる感じがしてるし」

 

「? と、言いますと?」

 

「デク君ってさ、率直に言えば、オールマイトとかと同じように……強力無比なフィジカルにものを言わせた接近戦がメインの戦闘手段なんだよね。実戦で使う技も、そういうコンセプトで……というか、モロにオールマイトリスペクトの構成になってるし。『デトロイトスマッシュ』とか」

 

 成程、たしかに。デク君、体育祭でもそうやったけど、オールマイトの技マネしとるね。

 

「そういう人自体は少なくないというか、どこにでもいるんだ。高校・大学を問わず、ヒーロー科に通うヒーロー志望の生徒さんの中にも、そういう人は少なくないし……今日だって、体験教室に来てくれたちびっ子の中にも、そういう感じでやりたがってる子もいたし。けどはっきり言って、その多くはまあ……言い方が悪いけど、形だけなんだよね。結局は喧嘩殺法というか、身体能力……多くは増強系の『個性』に振り回されてる人が多いというか、生かしきれてないというか」

 

 けど、と続ける。

 

「お世辞でも何でもなく言うけど、デク君の場合は、体の動かし方も、使う技も、体のつくり……筋肉のつき方とかそういう部分すらも、徹底的にそれに合わせて自分を構築している。それも……体育祭の時よりもはるかにそのレベルを増した状態で。完成度が段違いだ」

 

「は、はあ……あ、ありがとうございます」

 

「よほど努力をしてきたんだろうねえ……結論から言って、デク君には、小手先だけの技や、中途半端に武術の動きを取り入れて、下手に今の戦い方、動き方を崩すようなことは必要なさそうだし、むしろ逆効果かな、って思ったんだ。応用ができないわけじゃないけど」

 

 すごいなぁ、デク君……さっきから褒められっぱなしや。

 褒められ過ぎてデク君の方がもうなんか恐縮しとる。汗すごい。

 

「それじゃあ、僕はどうすれば……武術の動きはもう、取り入れない方がいいんでしょうか?」

 

「いや、全くそうってわけじゃないよ。今の戦い方を崩してまでそうする必要がないっていうだけで……今の戦いに生かせそうな、知識や経験として覚えるのは全然ありだと思う。そうだねえ……ウラビティちゃんに近い教え方になるかな、結果的には」

 

「えっ、私?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 それに、『うん、そうだね』と頷いてくれるガンヘッドさん。

 

「職場体験の時、ウラビティちゃんには接近戦の基礎や、暴徒相手の制圧術なんかを教えたよね? 後は君は、手で触れることが『個性』の発動条件だから、それと相性のいい動き方とかも」

 

「はい、そうでした」

 

 近接格闘の基本的な動きや、相手の腕を絡めとって引き倒したりする技術なんかを教わった。ナイフとかの武器を持って襲ってくる相手に対して、素手で戦う方法なんかも。

 どれも、初心者の私にもすごくわかりやすくて、1週間で『最低限実戦でも使える』レベルにまであっという間に鍛え上げてもらったっけ。

 

 そ、そのせいで、一時期ちょっと変な感じになっちゃったりもしたけど……呼吸音が『コォォォ……』って感じになって、梅雨ちゃんとかに『何があったの』って心配されたり……

 

「けど本来のウラビティちゃんの方向性は、災害時とかの救助をメインにしたヒーローだ。だから職場体験では、本格的な戦い方の他に、その動きとか技術を応用して、これから作り上げていくであろう自分個人の戦い方に生かすノウハウも教えたよね。恐らく、僕が教えた動きそのままがこの先も使われることはない。君に合わせた動きに、訓練や戦いの中で磨き上げられていくはずだって」

 

「それを……僕にも?」

 

「うん。君の戦い方そのものを僕が教える、磨き上げるのは残念だけど難しい。けど、その栄養になりそうな色々な技術やノウハウを教えることはできそうだからね。簡単に言えば、色々な武術の動き、技……そういったものの中から、デク君に有用そうなものを選んで、『広く浅く』教えるよ。それを君の戦い方に合わせて、君が自分で応用していってみるんだ。恐らくそれが一番、最短で君の力になる。それでどうかな?」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

「うん、いい返事! じゃあ時間もそんなにないから、さっそく始めようか。このやり方ならウラビティちゃんとも同時進行で一緒にやれるね。ウラビティちゃんもそれでいい?」

 

「はいっ! 頑張ろうねデク君!」

 

「うん、よろしく麗日さん!」

 

 方向性が定まったことで、お互いにガッツポーズで励まし合う私とデク君。

 

 それをガンヘッドさんは、なんだか微笑ましいものを見るような目で見ていた。

 いや、マスクのせいで目そのものは見えないんやけど……そんな気がした。

 

 

 

 こうしてこの日、夜、少し暗くなるまで稽古をつけてもらって……それが終わった後、夕飯をご馳走になった。

 最近事務所の近くにできたらしい、評判のイタリアンのお店で。オシャレや。ご馳走様です。

 

 その席で最後の講評とか、今後のアドバイスもしてもらって、食べ終わってからその場で解散。

 学校に提出する書類も全部記入して渡してもらって、駅までサイドキックの人に送ってもらって……私達の『ワーキングホリデー』は、終わりを告げた。

 

 訓練としてももちろん身になったし、その……デク君とも一日一緒に過ごせた、すごく有意義な一日やったなー、って思った。

 

 そして何より、帰りの電車……疲れてしまったらしいデク君が、その、隣で寝てもうて……

 

 その……こてん、って倒れ込んで……リクライニングシート倒してなかったから、横に、私の方に体が……頭が……

 びっくりしたけど、ぶっちゃけ嬉しかったので、そのまま駅に着くまで堪能させてもらいました。

 

 いい一日やった……うん、誘ってよかった。明日からもまた頑張れそうや。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 緑谷と麗日の『ワーキングホリデー』から2日後。

 時刻は、まだ昼過ぎ。緑谷も永久も、普通にまだ学校にいる時間。

 

 緑谷から提出された『ワーキングホリデー』の報告書類を見ていたターニャとビスケ、それにラバーは、今後の教育プランを練るために打ち合わせを行っていた。

 

 手元の資料は、その報告書ともう1つ……昨日1日と今朝の朝練から取れたデータである。

 

 淹れたてのコーヒーを口にして、その豊かな風味を楽しみつつ、ターニャは口を開いた。

 

「思った通りだな。緑谷出久……奴を『ワーキングホリデー』で外に出したのは正解だった」

 

「より正確に言えば、『ガンヘッド』のところに行かせたのが正解だった、かしらね?」

 

 ビスケがそう付け加え、ターニャは否定しない。

 他の2人同様、無言のまま、手元の資料を……『ワーキングホリデー』前後の緑谷の動きや戦闘能力を記載したそれを、見比べるようにしている。

 

 そこに記されている内容は、専門用語やら何やらが多分に含まれて入るが……要約すれば、『ワーキングホリデー』の前後で大幅に緑谷が成長しているというものだ。

 

 もちろん、たった1日で目を見張るような劇的な改善や、戦闘能力の向上があったわけではないが……『たった1日』の間に起こったことだと考えれば、劇的と言ってもいいかもしれない差でもある。それほどまでに、彼の変化、進歩は講師チームの目を引いた。

 恐らく、普通のヒーロー志望の学生が同じ成長を遂げるとすれば、1週間や2週間ではとても足りないだろう。雄英生の才覚をもってしても同じことだ。

 

「普段の訓練の段階でそうかもしれんとは思っていたが、今回のコレで確信が持てた。緑谷出久は ……今の自分にない経験を積ませた時の成長幅が、異常に大きい」

 

「あの子にそれほどまでの才能があったとは……ちょっと予想外だわ。私の目も曇ったかしらね」

 

 はあ、とため息をつくビスケ。彼女もまた、教育に関しては一家言ある身の上であり、今までそのスパルタ指導で多くの優秀なヒーローを国内外で育ててきた。

 

 その中でも特に優秀だった2人がいた。

 1人は、遺跡探索ヒーローとして世界中を旅してまわっている父親に会い、追いつくため。

 もう1人は、『殺し屋一族』と呼ばれる代々ヴィランの家に生まれながら、その呪縛を断ち切って飛び出し、ヒーローとして自由に生きるため。それぞれヒーローを志した。

 

 数々の試練を与えられながらも、2人共立派にヒーローとして大成し、今は自らの国で辣腕を振るっているはずだ。何なら時々、エアメールなどで連絡も取っている。

 

 無類の宝石好きでもあるビスケが、それぞれ『ダイヤモンドとサファイアのような輝きを持った最高の原石』と評するほどに、稀有な才能と力強い向上心に溢れていた2人。

 

 その2人を思い出してみて、そこに緑谷出久という少年を見比べてみると……

 

 精神性は素晴らしいものだと確かに思う。ただ、こういまひとつ、彼女の第六感にビビッとくるような才能、ないし何かを感じないのも事実だったし、何なら今もそう感じている。

 

 だが事実、緑谷という少年は、磨けば磨くほどにその輝きを増していく。

 まるで、原石そのものが、元々持っていた限界を超えて成長しているような実感。あるはずのなかった輝きが、後から後から溢れてくる。

 こんな生徒は初めてだと、ビスケも教えながら困惑していたものだ。

 

「底が見えないほど深く、しかし澄んだ輝きを放つエメラルド……いや、全容を見せないほどに色鮮やかな、万色の輝きを秘めたオパール……」

 

「相変わらずわかりやすいのかあいまいなのかわからん例えだな」

 

「……私の実感としては、緑谷君はまるで、与えられた経験をきっかけに、戦い方・動き方を思い出しているかのような印象を受けますね」

 

 と、今度はラバーが感じたことを述べ、それに残る2人は耳を傾ける。

 

「彼は確かに頭もよく、1を聞いて5、時には10を理解するようなこともやってのけます。ですがそれにしても彼の成長は速すぎる。習得までのプロセスも、天才型だとしても飛ばしすぎです……まるで、過去に経験して体に染みついている動きや戦い方を、今の経験をトリガーにして思い出している……そんな感じがします」

 

「子供の頃ピアノを習っていた者が、しばらくそれをやめていても、少し練習すればまた引けるようになる……というようなものか?」

 

「いやいやいや……それこそ無茶でしょ? 彼はこちらで与えた試練、そのほぼ全てに対してそういう反応見せてるのよ? それを『経験済みだから習得が早い』って……人生何周したらそんだけの経験を詰め込めるっての。彼が天才で、私達の目が節穴だったって方がまだ信憑性があるわ」

 

「……だが、それに近い状態なのも事実だ。経験しているはないにしても……そうか、そう考えれば、これから取るべき方策も違ってくるな……」

 

 ターニャの脳裏には、緑谷出久という少年の可能性のイメージの形として、無数の引き出しがついた巨大な棚、あるいは金庫が思い描かれていた。

 膨大な数ある引き出しの大半には鍵がかかっており、開けることはできない。

 

 しかし、ガンヘッドのところで得た、様々な武術に関する『広く浅い』経験。

 それらがいくつかのカギとなり、あちこちの引き出しの鍵穴に入り、開錠。封印を解き……その中から、死蔵されていた『才能』あるいは『能力』という宝物が解き放たれる。

 

 未だ無数にある引き出し……それらが全て『死蔵されている才能・能力』だとすれば。

 

(奴に必要なのは、『積み重ね』による地道な成長と、『本能覚醒』による成長加速……そう思っていた。もちろんそれは確かだ。だがしかし、この予想が正しければ……奴の中に眠っている才能や可能性を叩き起こすことで、乗算的に力を高められるかもしれない)

 

 奇しくもターニャ達は、今まで幾人もの先人が『経験』することによって練り上げてきた力の結晶という『ワン・フォー・オール』の根幹たる部分に到達しかけていた。

 

 しかしまさか、『成長し継承される個性』などというものの存在を知る、あるいは思い至ることができるはずもなく、やはり正体不明の『底知れない何か』という結論しか出せないまま、ターニャは思考を進めていく。

 

(もともと緑谷出久の成長速度、カリキュラムの成熟速度は、こちらの想定をはるかに超えており、カリキュラムは既に、夏休みまでに想定していた部分の7割近くを消化している。仮に期待通りの成果が出なかったとしても問題はないから『ワーキングホリデー』に行かせたが……時間、そして色々な意味で『余裕』があるなら有効活用すべきだ。その場合、さらに負荷をかけるよりも……)

 

 それから少し考え……それがまとまった段階で、ターニャは口を開いた。

 

「……今後のカリキュラムを一部変更する。余裕がある分、もっと詰め込むとしよう」

 

「まあ、今のペースでやってたら、予定してたカリキュラム、『ワーキングホリデー』を含む実地でやるモノ以外は、7月になるかならないかくらいで全部終わっちゃう見込みだし、妥当なところね。でもどうやって? 夏休み以降に予定してた分を前倒しにするの?」

 

「いや、予定通り夏休み前までは『スタートダッシュ』だ。ただ、緑谷出久には、鍛えられる土台の部分に未着手・未開発の部分が大きくある可能性が浮上してきた。ならば必要なのは、それらを叩き起こす作業だ。ガンヘッドがやったのと同じように……とにかく色々な経験を積ませる」

 

「なるほど……でもそれだと、本格的に……」

 

「永久ちゃんとは足並みが合わなくなってしまいますね。訓練そのものも、しばらくは別メニューになりますか」

 

「仕方あるまい、遅かれ早かれだ。もともと、永久の固有能力である『無限エネルギー』を鍛えるのは、我々には無理だった…………いよいよ動いてもらわねばな。『アナライジュ』に」

 

 

 

 


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