TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第80話 TS少女と湾岸騒乱

 

 『ウォーターホース』という名のヒーローがいた。

 彼らは、夫婦でチームを組んでヒーロー活動を行っている珍しいタイプのヒーローであり、対敵はもちろん、水難救助や火災現場の消火活動などにおいて、目覚ましい活躍を見せるヒーローだった。

 

 しかし彼らはある時、ある強力な『敵』の手によって殺されてしまう。

 一般人を逃がすため、助けるために懸命に戦い、敵の顔……左目に深手を負わせることに成功するも、2人共が帰らぬ人となった。

 

 その、たった一人の息子を……出水洸汰を残して。

 

 彼にとって不幸、ないし最悪と呼べたのは、両親の死もあるが、むしろそこから先だった。

 

 一般人を守って死んだ『ウォーターホース』のことを、周りの人が彼の前で、こぞって褒め称えたのだ。立派に戦ったのだと、彼らは無力な一般人を守ってその命を燃やしたのだと。誇っていいのだと。

 自分の両親の死を、たとえどんな形であれ肯定されるようなことを言われた少年が、どんな風に思うかなど、考えもせず。

 

 かくして、両親の死を呼び込んだとすら言える『ヒーロー』そして『個性社会』への不満感を、恨みすら募らせた彼は、これまで誰にも心を開くことなく生きてきた。

 従叔母であるマンダレイに引き取られてからも、ヒーローである彼女達に心を開くことはなく、しかし身寄りが彼女達しかいないから、仕方なく従っていたような形。

 

 そんな彼のことを心配に思いながらも、『ヒーロー』である自分の言葉では彼の心を救えない、彼の心には届かないと諦めてしまっていたマンダレイは、時間が心の傷を癒してくれるのをじっと待つことしかしてこなかったし、できなかった。

 

 そして今、それすらもできなくなりかねない事態を前に、どうか無事でいてくれと、マンダレイが特に信じてもいない神仏に祈っていた……その時だった。

 

 

 ―――ウゥ~~~!!  ウゥ~~~!!

 

 

「「「!?」」」

 

 突如、セルキー事務所全体に鳴り響くサイレンの音。

 何事かと、部屋にいた全員の視線が、ここにいる中で唯一この事務所の常勤ヒーローであるシリウスに向かう。

 

「非常事態を告げるサイレンです! 周辺のヒーロー事務所や所轄の警察署からの応援要請なんかの時に鳴るんですが、こんな時に一体……!?」

 

『所轄警察署より応援要請! 港湾エリア洋上にて船舶火災発生! 観光用の屋形船2隻がヴィランの攻撃を受けて炎上している模様! 相当数の乗船者が水上に投げ出されて救助を待っている状態とのことです! 一刻を争います、動ける人員は至急現場に急行を! なお、付近にネームドヴィラン2名を含む敵組織2つの存在を確認していると、セルキー所長及び、プロヒーロー『サー・ナイトアイ』から報告アリ! 救助に向かう際はそれらとの接触に十分注意してください!』

 

 放送設備越しに聞こえて来た、混沌にも程がある、一体何が起こっているのかわからない状況報告に、全員がしばしの間混乱して目を白黒させていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 全ては、不幸な偶然がいくつも組み合わさった末の結果だった。

 

 その日、指定敵団体『死穢八斉会』の若頭、治崎廻……ヴィラン名『オーバーホール』は、数名の部下を引き連れて、ある取引を行う予定だった。

 

 その相手は、主に日本国外で活動し、様々な国際的な裏取引・密輸等を行うブローカー・伊佐奈。ヴィラン名『キュレーター』。

 

 そして取引の内容は、発注していた武器・兵器類――特殊なものを含む――の引き渡しである。

 

 誰にも知られず、ひっそりと金と品物の受け渡しをして終わるはずだったこの取引だが、そこにケチがついたのは、直前の取引現場だった。

 

 取引に必要な品物を、誰も見ていない山の中で受け渡してもらう手はずになっていた死穢八斉会の構成員が、その現場をキャンプ客の子供に見られ、取引の内容も聞かれてしまったのだ。

 偶然そこにいた、島乃真幌と島乃活真、そして出水洸汰の3名に。

 

 逃げようとしたその3人を捕まえたヤクザたちは、このままここで殺しても死体の始末が面倒だと考え、一旦生かしたまま連れ去った。

 そしてその先で、余計なトラブルを呼び込んだと苛立った治崎に叱責されるも、今回の取引相手であるキュレーターは、人身売買も行っていたと思いだした彼は、金になれば儲けものと考えて、すぐには目覚めないよう薬を使って眠らせ、取引現場に連れて来たのだった。

 

 それだけならばまだよかったのだが、彼らにとってさらに不幸だったのは、元々治崎が、あるいは『死穢八斉会』そのものが、あるヒーローにマークされていたことだった。

 

 プロヒーロー『サー・ナイトアイ』。かつてオールマイトのサイドキックを務めていた経歴を持ち、様々な事件解決にその手腕を発揮してきた凄腕。

 彼が、事務所で雇っているインターン生であり、雄英高校ビッグ3とまで言われるうちの1人、通形ミリオ……ヒーロー名『ルミリオン』と共に、不穏な動きをしている治崎達を張っていたのだ。

 

 そして、海外で活躍する凶悪なネームドヴィランとの武器や違法薬物、さらには人身売買までも行っていた――洸汰達の拉致は治崎達にとっても予定外のことだったが、ナイトアイ達には彼らの悪事の1つにしか見えなかったし、実際そうする気だった――現場を押さえることに成功。

 

 もともと沿岸部での取引ということでチームアップを要請していた、セルキー事務所を含む複数のヒーロー事務所の人員によって包囲を完了し、いざ摘発という段階になって……一瞬早く治崎達に存在を感づかれてしまい、双方から数人の構成員を逮捕、物資の一部を押収したものの、治崎と伊佐奈を含む主要メンバーに、強行突破による逃走を許してしまう。

 

 そしてそこから、治崎と伊佐奈にとっても予定外の方向へ話は進んでいく。

 取引が、ただ邪魔になっただけではなく……ご破算、喧嘩別れに終わってしまったのだ。

 

 双方、車で逃走中……双方の首魁同士による、電話での会談が行われた。

 

「……どういうことだ?」

 

「言葉通りだオーバーホール。お前とはもう取引はできない……信頼を失ったからな。あのヒーロー共、お前らを張ってたんだろ? それに気付けず、不用心に取引を設定して現場を晒したお前のミスだ。そんな間抜けとはもう取引できない」

 

「……そうか、わかった。なら例のブツだけでいい、渡せ。金は払う」

 

「渡せるか、あんなもの。信頼もできない相手に……一発で足がつきかねないような代物だぞ」

 

「足がつくのはお前が甘いからだろ」

 

「何とでも言え。沈みゆく泥船に乗ってやる気はない。さっさと帰れ」

 

「……こっちも、アレを手に入れずに終わるわけにはいかない。渡さないなら……」

 

「力ずくで奪うか? やってみろ」

 

 死穢八斉会は、海外の違法研究所と密接な関わりを持つキュレーターに対して、『ある銃弾』の開発を委託していた。

 特殊な有機素材を材料にしたそれは、今後死穢八斉会が裏社会を牛耳るためのビジネス・資金源の1つとして考えていたもの。その試作品の開発を、キュレーターを介して依頼していたのだ。

 

 今回の取引のメインの商品はその銃弾であり、彼にとっては何が何でもそれは、研究データと共に持ち帰らなければならないものだった。

 

 だが特殊すぎる代物であるがゆえに、発注や輸送に痕跡が残りやすく、キュレーターにしてみれば、仮にこの後治崎達が摘発されてお縄になり、その銃弾が押収されてしまえば、そこから自分達やその協力者に捜査の手が及ぶ可能性もある。ゆえに、信頼できない奴には渡せない。

 

(俺達の方で独自に進めているものとデータを突き合わせて研究すれば、『銃弾』と『血清』は完成する……ここで持ち去られるわけにはいかない。最悪、コイツを殺してでも……!)

 

 この瞬間、治崎と伊佐奈は敵同士になり、ヒーロー達を巻き込んだ三つ巴の『抗争』へと事態は悪化したのだった。

 

 

 

 その数分後、あらかじめ用意していたボートで沖に出た伊佐奈たちは、ヒーローの追跡を振り切るため、たまたまそこにいた屋形船2隻を攻撃、沈まない程度に破損させて火を放った。

 

 徐々に燃え広がる炎、上がる悲鳴、たまらず飛び降りて助けを求める無関係の一般人。

 

 ナイトアイ達は否応なしに彼ら、彼女らの救助に人手を割かざるを得ず、セルキー事務所を中心としたヒーローの半数近くと、救助用に船のほとんどが離脱した。

 それでも救助に手が足りず、沿岸の警察の船舶と、セルキー事務所に待機していた、マンダレイ達を含む動ける人員全てを投入し、100人を超える屋形船の乗員乗客の救助に当たっていった。

 

 その隙に伊佐奈達は、あらかじめ洋上に停泊させていた大型クルーザーに戻り、日本から脱出すべく舵を切り……加速するより早く、間一髪乗り込んだナイトアイ達ヒーローチームがそのクルーザーに乗り込んで、戦闘が始まった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「じゃあ何か!? 今あそこに見えるクルーザーに、その『キュレーター』ってのと……それを追って、ナイトアイやらルミリオン……って誰だかよく知らんけど、ヒーローチームも乗り込んで戦ってるわけか!?」

 

「道理でさっきからなんか爆発音とか聞こえるわけだ……」

 

 現在、沿岸から乗ってきた船で、屋形船の客の救助活動を行っている永久達は、インカムや通信機越しに聞こえてくる通信で逐一状況を把握し、沖に停泊している大型クルーザーに注意を払いながら、1人、また1人と救助していく。

 

 泳ぎが上手くない客や小さい子供などは、セルキーや蛙吹を始め、水中で有利な『個性』を持つ面々が優先して救助し、その他の客達も随時、浮き輪を投げたりロープを伸ばしたりして救助していく。海から人を引っ張り上げる際には緑谷を始めとしたパワー系の個性持ちが、救助後に体調などに不安がある者に対しては永久らサポート系の個性持ちが奮闘した。

 

 そして、ようやく全ての要救助者を船に収容したところで……大型クルーザーの方からひときわ大きな爆発音が響き、火柱が上がっているのが見えた。

 蛙吹や緑谷、麗日がはっとしてそっちを振り向き、呟く。

 

「……あっちは随分派手にやってるみたいね」

 

「ネームドヴィラン『キュレーター』……確か、海外で主に活動してるヴィランだよ。個性は『鯨』……超がつくほど強力なパワータイプだ。水中じゃ最強クラスとも言われてる」

 

「さすがデク君……敵にも詳しいんや」

 

「ヒーローのこと調べてると、戦った敵についても色々知ることになるから。もっとも、僕の敵関連の知識が現場で役に立つのは……ヒーローと戦ってなお逃げ伸びた敵に対してくらいだから、実はあんまりありがたくないかもだけど……」

 

「それよりマンダレイ、警察から連絡は? 洸汰君の行方は……」

 

「……いいえ、さっき通信で情報が入って……どうやら摘発現場にはいなかったって。ただ、毛髪なんかの痕跡があったから、一時的にあの現場にはいたみたいなの。つまり、連れ去られて……」

 

「今、あの船の中ってこと!?」

 

 と、ピクシーボブの声と同時に、またしてもクルーザーの方から爆発音が響く。今度は先程よりも大きな火柱が上がった。燃料か何かに引火したのかもしれない。

 

 直後、熱を含んだ衝撃波がここまで届き、決して強くはないが突然だったそれに、そこにいた面々が顔をしかめる。救助されたばかりの人々の中には、すぐ近くで起きている爆発に悲鳴を上げる者も多かった。

 

 目は口程に物を言うというが、今のマンダレイはまさにそんな状況だった。

 その悲痛なまでの表情が、血が出るほどに噛みしめた唇が、涙を浮かべた目元が、助けに行きたいと雄弁に物語っている。

 

 しかし今、自分はここで救助活動中、持ち場を離れるわけにはいかない。ここで苦しんでいる人達を放って動くことはできない。

 12年を超えるプロヒーローとしてのキャリアの中で磨かれたプロ意識が、彼女に個人の感情で動くことを許さずにいたが……救いの手は、意外なところから現れた。

 

 ―――ガガ……ガガガ……

 

 爆音と悲鳴の中、最初にその音を耳でとらえたのは、シリウスの『グッドイヤー』だった。

 音源は船の無線機。そこに、何者かが通信を入れている。

 

 駆け寄って音量を最大まで上げたと同時に、それでも常人が聞き取るにはやや頼りない音量で、声が聞こえて来た。

 

『こちらはプロヒーロー、サー・ナイトアイ。現在、大型クルーザーにて『キュレーター』及びその一味と交戦中だが、船内にて、人身売買の被害者と思しき一般人達を発見。ここにいては巻き込まれる可能性があるゆえ、保護を求めたい。救助用に船を回してほしい。中型船舶1隻あれば足りると目されるが、敵の妨害が危惧されるゆえプロヒーローの同乗を推奨。繰り返す……』

 

 その通信を聞いたマンダレイは、誰よりも早くシリウスに駆け寄って、言った。

 

「私が行きます!」

 

「マンダレイ、あなたは……」

 

「私達が乗ってきた船なら、中型の中でも大きめのサイズだから人員も収容できます。今乗っている要救助者を他の船に請け負ってもらえれば動かせます……行かせてください!」

 

 シリウスは一瞬考えたようだが、特に矛盾がある発言ではないこともあり、うなずいた。

 ……私情が入っていないといえば嘘だろうが、それでもプロヒーローである以上、マンダレイの腕は確かだし、救助に関してはノウハウもある。

 

 更に数秒考えて、素早く人員の選定を済ませる。

 タイミング悪く、他の船の大半は、限界まで屋形船の乗員乗客を救助して積み込んだところで、港に戻ってしまっている。ここにいる面々から突入班を選ぶしかなかった。

 

「マンダレイの乗っている船の要救助者をこちらの船に全員移して! その後、マンダレイ、ピクシーボブ、デク、ダイナージャ、フロッピーの5名で救助に向かってください! ただし、戦闘は基本避けて、救助と捜索のみに絞って活動を! 敵との戦闘は先行したヒーローチームに任せてください、無暗な戦線拡大は被害を徒に拡大させることに繋がります……よろしいですね!?」

 

「「「了解!」」」

 

 名前を呼ばれた5人は、シリウスからの指示を頭の中で反芻し、そうでなかった者達も含めて迅速に動き出す。

 わずか数分で要救助者の移送を済ませ、船の各所から既に炎上を始めている大型クルーザーに向かって船を出した。

 

 

 

 


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