TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第81話 TS少女と洋上の死線

 

 

 

「POWERRRRRR!!!」

 

 その少年、あるいは青年は、あらゆる場所から出現して戦っていた。

 

 壁をすり抜け、天井から滲み出し、床から湧き出て……縦横無尽に飛び回り、仕切るものなどないがごとく……というか実際に壁も床も物理的に無視して、すり抜けて動き回る。

 時に死角から不意打ちで、時に反応も許さぬ速攻で、部屋の中にいる無法者達を叩きのめす。

 

 その奥で、青年に守られる形を取りながら、何やら機械をいじっていた長身の男がいたが、少しして、やっていた作業が終わったのか、振り返って部屋の中の惨状を目の当たりにした。

 

 様々な武器で武装したアウトローな男たちが、死屍累々そこら中に倒れ伏している光景。

 

 それをたった1人でやってのけた青年……自らの事務所で雇用している『ヒーローインターン』生である、通形ミリオこと『ルミリオン』を視界に収めると、その男、プロヒーロー『サー・ナイトアイ』は、満足げにうなずいた。

 

「ご苦労、ルミリオン。怪我は……あるはずもないか、この程度の連中相手に」

 

「あれ、サー。随分早かったですね。通信はもういいんですか?」

 

 先程『船の外に通信を飛ばすから5分ほど扉を守っていてくれ』と言われていたルミリオンだが、その半分もないくらいの時間でナイトアイが出て来たのを見て、少し驚いた様子だ。

 

 それを気にする様子もなく、サー・ナイトアイは無線の電源を入れっぱなしにして部屋を出て、駆け足で廊下を走り始める。

 

 途中、何人かマフィア、あるいはヤクザと思しき者に遭遇するも、鎧袖一触とばかりに無力化して、足を止めずに走り抜ける。

 ある者は彼が高速で投擲する重量5キロの超重量印によって、ある者は壁も床も天井もナイトアイも透過して襲い来るルミリオンの拳の一撃によって、全く相手にならずに叩き伏せられていった。

 

「予想よりも外からの応答及び対応が迅速だった。すぐに救助用の船と人員を回してくれるそうだ。後のことはバブルガールに任せておけばいいだろう」

 

「それはよかった! なら我々は甲板に戻りますか? なんか逃げられたと思ったオーバーホールも一緒に乗っててまさに修羅場ですもんね、今」

 

「そうだな……迅速に場を収める必要がある。オーバーホールはもちろんだが、キュレーターも非常に危険な『敵』だ。……船が沈む前にケリをつけなければ」

 

「沈むとは穏やかじゃないですね……『予知』したんですか?」

 

「しなくともわかる。あんな連中が暴れていればどのみち不安定な足場などそう長くは持たん。それに……恐らく『キュレーター』は……最初からそのつもりだ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.緑谷出久

 

 要救助者の移送を済ませた後、ナイトアイ事務所のサイドキックであるバブルガールから、簡単な説明をもらった上で、僕らは大型クルーザーに突入。

 入り口は都合よく、横っ腹で不自然な形に歪んで外れていたドアがあったので――多分、本来は接岸した状態で使うものなんだろうな――そこから入った。

 

 そのまましばらく道なりに進んで……

 

「まって! ……何か聞こえなかった?」

 

「? 何か、って……何が?」

 

「人の声でもしたかしら? 私は聞こえなかったけど……」

 

 栄陽院さんとピクシーボブには聞こえなかったみたいだ。反応を見るに……マンダレイも梅雨ちゃんも同じかな?

 でも、僕には何となく……何か聞こえた気がした。

 

「シリウスさんがいればよかったんだけど……あの人の『グッドイヤー』なら、超音波でも聞き取れるわ」

 

「今更ながら、探知タイプの不在はこういう時痛いね……でも、それならそれでやりようは、っと」

 

 言いながら、ピクシーボブは頭の猫耳型ヘッドギアについているギミックをいじり……集中するように目を閉じる。

 誰が言うでもなく皆が自然と黙り、待つこと数秒……はっとしたように目が開かれた。

 

「こっちから、僅かだけど人の声を拾えた! 音域が高い……たぶん子供!」

 

 どうやら、ヘッドギアに備わっている収音機能みたいなのを使ったらしい。なるほど……災害現場で、か細い人の声を聞き取って探すのに役立ちそうな機能だ。

 

 ピクシーボブの先導に従い、5人で走る。ほとんど一本道だけど、1度だけあった曲がり角では、そのおかげで迷わず、止まらず走れた。

 

「けろ……結構距離があるわね。緑谷ちゃん、よく聞こえたわね」

 

「……言われてみれば。緑谷そんな耳よかったっけ?」

 

「え? ど、どうだろ……運とか、位置がよかったんじゃないかな?」

 

 そんなことを梅雨ちゃんと栄陽院さんの2人に言われて、僕自身『そういえば……』とちょっと不思議に思ったりもしたけど、それより先に、前を走っていたピクシーボブが立ち止まった。危うく玉突き事故を起こしそうになったが、どうにか僕らも急停止する。

 

「ここ、っぽいけど……ずいぶん大きな扉ね、しかも分厚そう……」

 

「防火扉並みね。子供がいるってことは、ここは監禁用の部屋か……あるいは、それに使えるくらいには頑丈な作りなんでしょうね。力技で突破するのは……無理?」

 

 マンダレイの問いかけに、ピクシーボブと梅雨ちゃんは苦々しげな表情になる。

 僕と栄陽院さんは……こんこん、と扉を叩いてみて……

 

「僕や栄陽院さんならできると思います。ただ、蹴破ったりすると、中にいる子供たちが危ないですから……」

 

「なら……こうだな」

 

 と、言って栄陽院さんは……おもむろに、肩を回して準備運動するような動きを見せた。

 そしてその後、扉の歪みを利用して、指を上手く引っ掛けるようにして手でつかむと……

 

「押してダメなら……引いてみろって、ね!」

 

 ―――バギィン!!

 

 そのまま……力任せに扉を引っぺがした。

 カギをかけていた留め具と、蝶番みたいな金具が一緒に引きちぎられて、あっさりと扉は開いた。

 構造的にも強度的にも絶対にありえない開き方だし、二度と閉まらなくなったが。

 

「……その言葉、そういう使い方する奴じゃないと思うんだけど」

 

「ツッコミは後よ。どうやら……あたりだったみたいね」

 

 マンダレイの言う通り、引っぺがした扉の向こうには、何人かの子供が入っていた。

 

 皆、怯えてこっちを見ている。……あまりに乱暴に出入口を作ったからか……はたまた、こんな状況に置かれたから、もとから怯えてたのか。

 ……僕らがヒーロー、ないし、自分達の味方だってことはわからないみたいだな……言ってわかるかな?

 

 幸い、ケガをしているような子はいないみたいだが……どうしよう、と僕らが考えていると、すたすたと僕の、そして栄陽院さんの隣を抜けて、梅雨ちゃんが部屋の中に入っていく。

 

 子供の1人、男の子らしい子が、他の子を守るように前に立ちはだかった。

 その子自身も、息は荒く、足は震えてるし、泣きそうだし……無理してるの丸わかりだけど……それも気にせず、梅雨ちゃんはその目の前まで歩いて行って……ぐっ、とサムズアップした。

 

「……?」

 

 突然のことに、若干恐怖が薄れて、きょとんとしてる男の子に、さらに梅雨ちゃんは、

 

「えらいわね。自分より小さい子を守ろうとして……あなた、強い子だわ」

 

「……えっ……」

 

 ゆっくり、急がず……落ち着いて言い聞かせる。

 

 こちらへの警戒心が緩んだタイミングで、梅雨ちゃんはぽん、と男の子の頭に手をやり、少し乱暴かなってくらいの強さでわしわしとなでた。

 もう片方の手は……落ち着かせつつ、ぬくもりを確かめるように、肩に。

 

「でも、もう大丈夫よ。私達、これでも一応ヒーローなの。あなた達を助けに来たわ。……一緒に、おうちに帰りましょう」

 

 ところどころ聞き取れなかった――なんかこの船、ちょくちょく破壊音とか戦闘音があちこちから聞こえてくるから――けど、梅雨ちゃんは1つ1つ、ゆっくり言葉を紡いで……適宜、ガッツポーズみたいなジェスチャーとかも交えて、その子たちに言い聞かせていく。

 

 そのうちに、男の子……だけでなく、後ろにいた女の子たちも、目に涙がたまっていく。

 けど、恐怖とか悲しみのそれじゃないのは、僕達から見ても明らかだった。

 

「う、うわぁぁああぁ―――ん!」

 

「怖かった、怖かったぁ……」

 

「帰る……おうち、帰る……連れてってぇ……!」

 

 そして、安堵の涙と共に……3人共、梅雨ちゃんに抱き着いてきて泣き始める。見た目相応の、弱弱しく……しかし、だからこそ守ってあげなければいけない子供3人がそこにいた。

 3人分の突撃を食らって……自分も小柄で軽い体だからか、梅雨ちゃんちょっと『おっとっと』ってなりかけてたけど、どうにか持ちこたえて、3人とも抱きしめてあげてた。

 

 ……慣れてるというか、様になってるというか……。

 でも凄く優しくて、見てるこっちも安心するような光景だ。ヒーローの1つのあり方だな。

 

「……すごいね、梅雨ちゃん。ていうか、なんか手馴れてるね、梅雨ちゃん」

 

「けろ……ありがとう、緑谷ちゃん。私にも弟や妹がいるから。こういうの割と慣れてるの」

 

「なるほど」

 

 胸に抱き抱えて3人の子供をあやす梅雨ちゃんは、褒められてちょっと照れてるらしく、ちょっと赤くなっていた。

 

 それを見て……いつも冷静でポーカーフェイスな梅雨ちゃんだから、そんな様子がちょっと新鮮で。

 子供達との様子というか、絵面が微笑ましいのもあって、こっちまでにっこり笑ってしまう。

 

 ……なぜかもっと梅雨ちゃんが照れたように見えた(といってもわずかな差だけど)。

 え、何で?

 

 不思議に感じて、不意に振り向くと……マンダレイもなぜか顔を赤くして、僕からさっと目を反らした。視線を空中に泳がせて。

 

 隣にいるピクシーボブは……なぜか闇を背負って壁パンを始めた。ブツブツと何か呟きながら。

 何を呟いてるのか聞こえないけど、なんとなく聞こえなくてよかったと思えた。

 

 そして栄陽院さんは……なんでガッツポーズ?

 

 文字通り三者三様の反応に、僕がさらに頭の上に『?』を増やして浮かべていると、

 

「そ、それよりも……早くこの子たちを外に連れていきましょう。怖かったでしょうし、早く避難させてあげなきゃ。それに、まだ船内の捜索は続くわ、時間は有効に使わないと」

 

「おっと、そうだった。じゃあ……フロッピーと私が外まで一緒に連れてくよ。マンダレイ、デク、ダイナージャ、あなた達は引き続き船内の捜索を……頼める」

 

「……ええ、わかった」

 

 腐ってもそこはプロ。一瞬で再起動したピクシーボブの言葉に……少し間を置いて、マンダレイも同意する。

 目線は、助かったと安堵してまだ泣いている子供たちを捕らえてはいるけど……どこか、違うものを見ているような気がした。

 

 少し考えて、理由に気付く。

 ちょっとだけヒーローらしくない、しかし、1人の人間として……あるいは、『保護者』としては、極めて正常な考えだ。おそらく、コレで合ってる。

 

(洸汰君……じゃなかった。女の子2人だし、どっちも黒髪……真幌ちゃんと活真君は茶髪だって話だし、どっちとも違うか)

 

 彼女達も心配だし、助かったのは喜ぶべきことだ。

 しかしそれはそれとして、一刻も早く捜索を再開したい……こんなとこだろう。心の内は。

 

 

 

 その後、僕らはピクシーボブが言った通りに分かれ……梅雨ちゃんとピクシーボブが船外に向かって子供達を逃がしに、残る3人は船のさらに深部へ潜っていった。

 

 そして、進んだ先で道がT字路になっていて、2つに分かれていたので……手を増やして捜索するため、僕と栄陽院さんが右、マンダレイが左に進む形で分かれ……それぞれ捜索を始めた。

 

 さっきから、聞こえてくる戦闘音や、破壊音の頻度、聞こえてくる場所・方向なんかが増えてる……時間、あんまりなさそうだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ところ変わって、甲板。

 

 何人ものプロヒーロー達を相手に、2人のネームドヴィランがその圧倒的な強さを見せつけていた。

 

 自分達の部下たちは、既にヒーロー達の手によって倒されてしまってはいるものの、個人としての戦闘能力が元々群を抜いている2人……『オーバーホール』と『キュレーター』。

 それぞれ、床や壁を変形させたり、体の一部を異形に変形させて、遮蔽物や敵の攻撃ごと全てを薙ぎ払い、船が壊れるのも構わず暴れ続ける。

 

 不幸中の幸いは、この両者が対立して争っているということだ。

 オーバーホールはキュレーターの持つある持ち物を狙って、キュレーターはそれを奪われまいと、お互いの力をぶつけあっている。

 

 その余波だけで周囲のヒーロー達や、今自分達が乗っている船もまた甚大な被害を被っている。遠からず取り返しのつかないことになりそうな光景であるが、全く意に介さず、2人は争いを続けていた。

 

 オーバーホールが床に手をつくと、彼の『個性』で即座に床が分解されて粉々になり……その一瞬後、無数のとげのような形に姿を変えて伸び、キュレーターに襲い掛かる。

 

 しかしキュレーターはそれを避けるそぶりもなく、迫りくる凶器を見ていて慌てることもない。

 数秒後には自分を串刺しにするであろう、高速で伸びてくるそれを黙ってみていて……しかし着弾の直前、コートが変形した、巨大な尾びれのような何かを振りぬいて、その全てを粉砕した。

 

 キュレーターに傷一つもつけること叶わず、金属のとげは全て砕け散った。破片が飛び散り……さらに、今の攻撃に巻き込まれ、数名のプロヒーローや、彼らの仲間のはずのヤクザやマフィアまでもが、船から海に叩き落された。それを見て、どうにか避けることに成功し、甲板に残っているヒーロー達が青ざめる。

 

「おい、やべえぞ! 今ので何人か……!」

 

「怪我人が海にっ……おい、セルキー! 他にも……水系の個性の奴らは救助に回ってくれ! 海の中じゃあんたらが一番動ける……ここは俺達が残るからよ!」

 

「だ、だが、ここでこれ以上人員が欠けるのは……」

 

 既に敵の手勢、ザコ敵はあらかた倒し、残っているのは敵の首魁2人のみ。あとは、オーバーホールの周囲に数人の直属の部下達がいて彼を警護している程度。

 

 にも関わらず、その首魁2人があまりに圧倒的過ぎるがために、既に人数でも勝る立場となっているヒーロー達は、攻めあぐねている……どころか、全く歯が立たず、戦況を押し込めないでいた。

 危険度超級のネームドヴィラン2名。その壁があまりにも厚い。今いる戦力では突破できない、仕掛ければ確実に返り討ちに遭う。犠牲者を出さないので精一杯。ゆえに、彼らは動けずにいた。

 

 そんなヒーロー達の焦燥を意にも介さず、ヴィラン2人は睨み合う。片やペストマスクを、片や潜水用の金属のマスクを顔に装着した2人が、どちらも表情をわかりにくくさせて相対している光景は、奇妙な不気味さを見ている者に覚えさせる。

 

 はぁ、とため息まじりに、キュレーターは呟くように言う。

 

「人の船だと思って好き勝手しやがる……あーあー、コレ修繕にいくらかかるんだか」

 

「けち臭いことを言うな……密漁と密輸、人身売買でしこたま稼いでるだろうが」

 

 一方でオーバーホールは、呆れたような苛立つような仕草を見せる。ぽりぽり、と首のあたりをかくようにしながら、しかし油断なくキュレーターを、そして周囲の状況を見ていた。

 こうしている間にも船は傷ついていっているし、2人の戦いの合間を縫って、あるいは隙をついて襲ってこないとも限らない。常に周囲に気を配り、何が起きても対応すべく構えている。

 

「船をこれ以上壊されたくなかったら……いや、半分くらいはお前が自分で壊してるが、さっさとブツを渡せ。それで俺達は大人しく退散する……なんなら金だって払ってもいい。お前からすりゃはした金だろうがな、それだって」

 

「さっき言った通りだ、そのつもりはない。……損得とはまた別な話だよ。あんなもんを俺のところに持ち込んでおきながら、身辺管理の1つもできないお前が悪い」

 

 オーバーホールの言葉で、ヒーロー達は、彼らが何かを『渡す』『渡さない』を巡って争っているのだということをぼんやりと理解した。

 

 そもそも、最初に摘発した現場も、それは何かの裏取引の現場だった。

 恐らくそれを渡す渡さないで争っているのだろうが、それが何なのかまではわからない。……だが少なくとも、ろくなものではないのだろうということはわかる。

 

 緊迫した状況の中、おもむろにキュレーターはすっ、と自分の斜め後方を指さす。

 何かを示そうとしているのか、はたまた思わせぶりな挙動によるトラップか。警戒する一同。

 

「あーそれと、そこに隠れてる奴……俺の不意を打つのは無理だからやめとけ」

 

 そう言った数秒後、甲板の後方の扉を開けて……観念した、あるいは諦めたように、長身のサラリーマン然とした男……サー・ナイトアイが姿を見せた。

 

「キュレーター……個性は『鯨』だったな。音波による反響定位……エコーロケーションか」

 

 奇襲をかけようと機会をうかがっていたことを見破られていたことに焦りはないようだ。

 メガネをくいっと直しながら言うナイトアイの言葉に、ため息をつくキュレーター。

 

「人の船に不法侵入しておいてこの不遜ぶり……日本人が慎ましやかだって時代はどこに行ったんだかな」

 

「あいにくと『敵』相手にわきまえる礼節はもたん。そもそも、貴様とてこの国には不法入国だろう」

 

「それこそあいにくだな、俺は生まれも育ちもこの国だから不法滞在にはあたらんよ」

 

「居るだけならばな。だが、出入りを不法にしているというだけでアウトだ」

 

「問題ない。証拠は残してないからな。あと……」

 

 その直後、コートが尾びれに変形して、ナイトアイがいた場所とは逆側を大きく薙ぎ払う。

 船の様々な設備が派手に破壊され……その中から、『うわっとぉ!?』という驚いたような声と共に、翻るマントが特徴的なヒーロースーツの少年が飛び出した。

 

「俺に奇襲は無意味……さっき言っただろう」

 

「くっ……すいませんサー! 失敗しました!」

 

「……いや、意識をこちらに向けさせきれなかった私の落ち度だ。……やはりオールマイトのジョークか何かをチョイスすべきだったか」

 

「はぁ……インテリな見た目に似合わず、意外と頭が……ん?」

 

 その瞬間、同じく『エコーロケーション』による異変を……そして同時に、視界外から『バツン!!』という怪音を聞いて振り返るキュレーター。

 しかし、そこには……一瞬前までいたはずのオーバーホールらがいなくなっていた。

 

 恐らく、その『個性』で床か壁を壊し、即座に修復することで船内かどこかに逃げたのだろう。

 

 しかしそれを知っても、特にキュレーターは動揺するともなければ、それを追おうともしなかった。ただ、『やっといなくなったか』とばかりにため息をつく。

 

 一方で、それをチャンスと受け取ったのは、そこにいるヒーロー達である。

 今まで手を出せなかった2人のうち1人が――恐らくはナイトアイとルミリオンの合流で形勢の不利を悟ったか何かの理由で――いなくなった。であれば、攻勢に出るにはここしかない。

 

 覚悟を決めた表情になるヒーロー達が少なくない数見受けられるその光景は、今彼らが何を狙っているのかが非常にわかりやすいもので……当然、それにキュレーターも気づいている。

 

 それでいてなお、慌てる素振り一つない。

 今までと同様、少しの苛立ちと、あとは気だるさをにじませたような目でヒーロー達を見渡し……

 

「どいつもこいつも、人の商売の邪魔をしやがって……」

 

 そうつぶやいた直後、今まで被っていた、潜水用マスクを外して投げ捨てる。

 

 そのために視界が一瞬塞がった隙に、ナイトアイが超質量印を投げ、同時にルミリオンが床に沈み込む。2重の速攻だが、やはりそれもキュレーターは読んでいた。

 

 ――キィィィイィ――――――!!

 

 周囲一帯に耳をつんざくすさまじい音波が放たれる。

 範囲内にいたプロヒーロー達が、ナイトアイすら含めて顔をしかめるほどの暴力的な音。さすがにこの中でさらなる行動を起こせる者はいない。

 

 唯一『透過』によって音をほぼやり過ごしたルミリオン。しかし、放たれ続けている超音波のせいで、実体化すると即座にその部分にダメージが入る。

 

「……っ……POWERRRRRR!!」

 

 だがそれも無視して、ルミリオンは懐に入り込み、拳だけを実体化させてキュレーターの腹に一撃を叩き込んだ……が、

 

(っ……硬い!?)

 

「……っ……驚いたな、届かすか、この状況で攻撃を……」

 

 お返しとばかりに放たれた超音波攻撃から、再度『透過』を使ってその場から即座に離脱し、ナイトアイの隣にまで戻る。

 

「すいません、サー、だめでした! 殴った瞬間、すごく硬くて重厚な感じがして……」

 

「……おそらく、それも『個性』によるものだろう。クジラの皮膚、及び肉体は頑強で、海で船などに衝突した際、逆に船底を損壊させることもあるらしい」

 

 ナイトアイの考察の通り、キュレーターはその『個性』ゆえに、尾びれの一撃による攻撃力だけでなく、肉体自体が鎧のような頑強さを持っていた。ゆえに、並のヴィランならば一撃で確実に昏倒させる威力のルミリオンの拳ですら、ほとんどこたえていない。

 

「どうしますか、サー? キュレーターを速攻で仕留めるの、難しそうですが……このまま放っておくと、オーバーホール……治崎にも逃げられる可能性がありますけど、どっちを?」

 

「うん? ああ、そうか……そういやお前ら、オーバーホールの方を追って来たんだったな」

 

 と、ルミリオンの言葉から思いだしたようにキュレーターが言う。

 

「それなら心配するな。もうあいつらを追いかける必要はなくなるから」

 

「……? どういう意味だ?」

 

「すぐにわかるさ……それまで生きてればな」

 

 ポケットから手を出して言った、次の瞬間……キュレーターの体が急激に膨れ上がっていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.出水洸汰

 

 友達になった……のかはわからない。

 ただ、なんかこう……遠慮しなくていいくらいの距離というか、関係っていうのは……今までにあんまり経験ない……ことはなかったけど、そんな風になったのは久しぶりで……楽しかった。

 

 パパとママが、『敵』に殺されてしまって……けど、周囲の皆はそれを立派なことだって褒めて……俺は、ヒーローってものがわからなくなった。

 何で、パパとママが死んだのに褒められるの? 何でそれが正しかったみたいに言われるの?

 

 マンダレイは、『いつかその意味が分かる日が来るから』って言ってたけど、そんな日、来てほしくもない。

 それじゃあまるで、俺まで『パパとママが死んだのは仕方なかった』って認めるみたいで。

 

 自然と俺は、『ヒーロー』も『個性』も嫌いになって……

 でも、『個性』の訓練――パパとママがよくやってたのを見てたから、やり方は覚えてた――だけはなんとなくやめる気になれなくて、続けていた。俺の『個性』は、パパとママから受け継いだものだから。2人を思いだせる……大切にしたい、数少ない思い出でもあるから。

 

 それでも、学校でヒーローが嫌いな子供なんて俺くらいだから、次第に友達とも遊ばなくなって……

 だから、気の合う友達と――と、とりあえず友達でいいや――一緒に遊べるなんて、その頃以来のことで……本当に久しぶりだった気がする。

 

 真幌はちょっと生意気で、今日初めて会った俺のこと、遠慮なしに振り回してきて……活真はそれに俺と一緒に振り回されながら、ちょっとだけ申し訳なさそうにしてて……

 そんな時間が心地よく思えて、気が付けば昼近くにもなっていた。

 

 そんな時だった。俺達が……事件に巻き込まれてしまったのは。

 

 正直、よくわからないままに話が進んだ。

 

 川岸に遊びに来たら、何か話している男達がいた。

 お金と、何か……白い粉みたいなものや、瓶入りの薬みたいなものを交換してた。

 

 砂利を踏んで足音を立ててしまって……逃げようとしたけど追いつかれて。口元にハンカチみたいなのを押し当てられたと思ったら、すごい眠気が襲ってきて……

 

 そして、起きたらそこは……見たこともない部屋だった。

 ただの物置って感じ。家具とかもないし、人が住めるような……いや、住めなくはないかもしれないけど、とても好んで住むような部屋じゃない。

 

 同じ部屋には、真幌と活真も捕まっていて……活真は怯えて、部屋の隅で体育座りになっていて、真幌がそれを励ましているようだ。……彼女自身も不安そうなのを隠せてないけど。

 どうやら……俺が起きたのが一番最後だったらしい。

 

 ドアにはカギがかけられている。内側から開けられないように。

 

 なんだか、床が揺れている。

 地震って感じじゃない。これは……船の上にいるんだ。

 

 しかも、あっちこっちから何か……壊れるような音や、割れるような音、爆発するような音が聞こえてくる。明らかにただ事じゃない……この状況も、活真が怯える理由の1つだろう。

 

 そんな時だった。その声が聞こえて来たのは。

 

『洸汰! わかる!? 私よ、マンダレイ! もう大丈夫、助けに来た! 今、外に救助艇で乗り付けてる……すぐに救助に向かうわ! でも、この船では今、ヒーローとヴィランがあちこちで戦ってるの、うかつに動くと危ないから、そこにいて! いいわね!』

 

 今日だけは、本当に頼もしいと思えてしまう……マンダレイの『テレパス』の声が頭に響いた。

 すぐにそのことを2人に伝える。真幌もほっとした様子で……活真も、ようやく泣き止んだ。

 

 けど、中でもひときわ大きな音が近くで響いて、同時に大きな振動が襲ってきた瞬間……ばきん、と音が聞こえた。どうやら、今の振動で鍵が壊れたらしく、ドアが開いていた。

 

 マンダレイには『待ってろ』って言われたけど、なんとなく、ここにいちゃいけない気がして……俺と真幌は、怯えている活真も連れて、ひたすら走った。

 

 そして、何度目かの曲がり角を曲がった先に……ようやく彼女を……マンダレイを見つけた。

 

 

「可哀そうになあ……。お前も……」

 

 

 彼女は、

 

 

「『個性』なんて病気を持ってなければ……そんな変な力、持たなければ……」

 

 

 マンダレイは、

 

 

 

「……こうなることも、なかっただろうに」

 

 

 

 いつもの猫のコスチュームをボロボロにされて、壊されて……血まみれの状態で、床に転がっていた。

 そのすぐそばに立っている、目つきの悪そうな……口から下だけを隠す、鳥のくちばしみたいなマスクをつけた怖い男に、見下ろされながら。

 

 次の瞬間響いた悲鳴が、真幌のものか活真のものか、あるいは……俺のものだったのか、わからなかった。

 

 

 

 


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