TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第82話 TS少女と混迷のクルーザー

 時は少し遡る。

 

 緑谷達と別れて捜索を続けながらも、マンダレイの頭の中には、常に洸汰のことがあった。

 

 仕事を疎かにするつもりは決してない。しかし、彼のことも全力で探したい。探さなければならない。自分がもっとしっかりしていれば、洸汰が自分にもっと心を開くようにしていれば、こんな事態にはならなかったかもしれない。

 

 不安と後悔が次々に浮かんでは消える中、まさしく猫を思わせる素早さと身のこなしで船内を駆け抜けていたマンダレイだが……その捜索途中、予定外にして最悪の連中と遭遇してしまう。

 

 通路を走っていた時、前方の壁が突如として崩れるように開いた。

 驚いて急ブレーキをかける彼女の目の前に、ペストマスクで顔の一部、あるいは全部を隠した集団が現れる。

 

 その直後、集団の中心に立っている男と、目が合った。

 

「……ん? おいおい、ここにもヒーローか?」

 

 その言い方から、その男……あるいは男達は、そのヒーロー側に属しているのではないようだと取れるが……それよりも先に、マンダレイは男達の風貌から、既に情報として受け取っている、今回最も注意すべき『敵』の名を思い出していた。

 

「……オーバー、ホール……!?」

 

「ヒーロー、のようですね……ふむ、あなたは誰ですか? 目的は?」

 

 そのオーバーホールの隣にいた、黒装束に、ペストマスクで顔全体を覆った部下らしき男が、なんとも率直に、正面からマンダレイに問いかける。

 そんな風に馬鹿正直に聞かれても、こちらも馬鹿正直に答えたりは普通しないだろう。会話の流れで何か情報を聞き出そうとするような意図でもあれば別だが。

 

 しかし、その声が耳に届いた瞬間、マンダレイの口はほぼ勝手に動き始めていた。

 

「私はヒーローチーム『ワイルドワイルドプッシーキャッツ』のマンダレイ。この船に乗せられている人身売買の被害者達と、従甥の洸汰の救出が目的…………ッ!?」

 

 言い終わって初めて違和感に気づいたかのように、はっとして自分の口をふさぐマンダレイ。

 つい言ってしまった、というレベルを超えて、明らかに不自然なほど自然に、自分の口は相手の望む情報を吐き出していた。

 

 即座にこれが『個性』であることを察したマンダレイだが、警戒する彼女をよそに、オーバーホールは『へえ?』と何やら興味深そうに声を上げる。

 

「何だ。俺達を追って来たんじゃなくて、人命救助が目的か……ヒーローは大変だな、やることが多くて……それが例え、やりたくもないことでも」

 

「…………?」

 

 一瞬、オーバーホールの目に、好奇心のようなものが浮かんだのを見たマンダレイ。

 困惑するも、すぐに思い直して……自分がやるべきことを考える。

 

(ネームドヴィラン……部下3名随伴……オーバーホールとあのメガネペストマスク以外は個性も不明……4対1じゃ交戦は無理。どのみち私達の主目的は救助。ここはやりすごすしか……いや、その前にこのことを皆に……)

 

 考えがまとまる前に、オーバーホールが口を開く。

 まるで天気の話でもするかのように、軽い調子で尋ねてくる。

 

「それで? 助ける相手は見つかったのか、ヒーロー?」

 

「……あいにくとまだね。だからさっさと探しに行きたいんだけど……」

 

「そうか。ならさっさと行くといい」

 

「…………!?」

 

 あまりにあっさりと言われたその言葉に、マンダレイは逆に面食らう。

 どうにかしてこの場面を切り抜け、被害者達を、そして洸汰を助けに行かねばと考えていたところに、思いがけず向こうから逃がす旨を告げられた。

 言葉だけ見れば喜ぶべきことではあるが、同時に警戒と困惑も湧き出てくる。

 

「こっちも暇じゃない。ここまで騒がれたら、俺らも組ごとさっさと逃げて、ほとぼりが冷めるまで息をひそめる必要がある。そもそもこっちも『探し物』が見つかってなくてな。ヒーローではあるが、俺達にちょっかい出してこないなら危害を加える気はないし……そんな時間もない」

 

(……情報で聞いた内容とは今のところ一致してる。この男は何かを……恐らくは取引で受け取るはずだったものを探してる。それを最優先としているなら、この申し出は本当に……)

 

「まあ、悪党を見逃すのには抵抗もあるだろうが……理由はあるんだ。助けを待っている人のところに駆けつけるって大義名分がな。ここはひとつ、賢い選択をしてくれると嬉しい」

 

「……そう、それなら……」

 

 その瞬間、

  

 

 ――パァン!

 

 

 オーバーホールの横……というか下というか。まるで小さなぬいぐるみが歩いているかのような、ある種異様な風体の……恐らくは部下であろう何者か。

 

 その腹の部分から……突如として銃口が生え、それと同時に乾いた音が響く。

 マンダレイがはっとした時には……二の腕に軽い衝撃があった。

 

 咄嗟にそこを見ると、自分のむき出しの二の腕にめり込むようになっている……恐らくは銃弾と思しきそれが見えた。

 しかし、銃の威力であれば貫通してもおかしくないであろうに、少しの鈍痛を覚える程度にとどまっている。それがかえって……ただの弾丸ではない証明であるようで、不気味だった。

 

「まあでも」

 

 続くオーバーホールの言葉が聞こえた瞬間、視線を外したことを迂闊だと気づいたマンダレイは再び前を見て……薙ぎ払うように振るわれた巨腕に吹き飛ばされ、廊下の壁に叩きつけられた。

 

「か……っ……!?」

 

 息が詰まり、意識が飛びそうになる。機械チックな猫耳型ヘッドギアが、攻撃の衝撃で固定部分が壊れ、外れて落ちた。

 

「お前を見逃しても……他のヒーローを応援に呼ばれちゃこっちも困る」

 

 ずり落ちるように壁から落下しながら、マンダレイは床に落ちたヘッドギアを、今彼女を跳ね飛ばした巨漢が、バキン、と音を立てて踏み潰すのを見た。

 

「折衷案だ。俺達の邪魔をしないよう……迅速に死んでくれ、ヒーロー」

 

「っ……お断り……っ!?」

 

 どうにか起き上がろうとしながらも、マンダレイは今の状況を『テレパス』で仲間達に伝えようとして……それが使えなくなっていることに気付く。

 

(ど、どうして……このクルーザー程度の大きさじゃ、端と端にいたところで効果範囲外になるはずが……まさか、さっきの銃弾……! い、一体何なの!?)

 

「どうした? 『個性』でも使えなくなったか?」

 

「……!」

 

 オーバーホールの一声で、やはりこの異常はこいつらの仕業だとマンダレイは悟った。そんな彼女に、先程の黒装束が言う。

 

「お前の『個性』は何だ?」

 

 聞いてしまったが最後、マンダレイの口は……話すのもつらい体調も構わず、勝手に動く。

 

「私の『個性』は……『テレパス』。念じたことを、通信のように、他者に届ける……ある程度距離が離れていても使える……1人だけに送ることも、一度に多数に送ることも、可能……っ」

 

「おいおいおいマジかよ。ははは、ファインプレーだな入中! 『個性破壊弾』撃っといてよかったじゃねーか」

 

(……『個性破壊弾』……? やはり、さっきの弾丸が……)

 

 入中、と呼ばれた小さなぬいぐるみのような『敵』。

 腹に銃口を引っ込めながら口を開く。その声は、見た目に似合わずかなり野太いそれだった。

 

「バカ野郎、活瓶……ホイホイ喋ってんじゃねーよ。ってもまあ、別にいいか……コイツはもう殺すわけだし」

 

「だな。あ、殺す前に吸っといていいか?」

 

「ダメだ。お前吸ったら体もデカくなるだろ……この狭い船内でこれ以上動きづらくなる気か」

 

「ああ、それもそうか」

 

「そのへんにしとけ、お前ら。時間がないんだから、さっさと聞くこと聞いてずらかるぞ。まあ、放っておいても死ぬだろうが……念には念を入れて息の根は止めていくか」

 

「? いや、まだそこまで重傷じゃねー感じだけど?」

 

 「いや、ろくに動けない程度の傷なら十分死ぬさ。あの……」

 

 

 ―――ズゥゥウウゥン……!!

 

 

 瞬間、船全体が揺れるような感覚がして、オーバーホールの部下達は、何事かと周囲を見回す。

 同時に、オーバーホール自身は、マスクで隠れていない部分の顔に苛立ちの表情を滲ませた。

 

「……こらえ性のねえ……もうタイムアップか、くそ」

 

「え!? どういうことだよ若頭!? 何だコレ、あの鯨野郎が何かやったのか!?」

 

「……恐らくな。キュレーターの野郎……」

 

 一拍置いて、

 

「この船ごと、乗ってる奴ら全員始末するつもりだ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 一方その頃、甲板。

 

 そこは、巨大な何かが暴れたような破壊痕がそこかしこに刻まれていた。

 巨大な何かで薙ぎ払ったように破壊されている機材の数々。あちこちが水浸しになっていて、電気設備から漏電している箇所もあるようだ。甲板はひび割れだらけ、穴だらけで、まともに歩くことができそうなスペースがそもそも少ない。

 

 立っているのは、もはや3人だけ。

 

 ヒーロー側は、サー・ナイトアイと、ルミリオン。

 それ以外のヒーロー達は――救助のために自ら飛び込んだセルキーなどを除いてだが――『個性』を発動したキュレーターの怒涛のごとき攻撃によって打ちのめされるか、海に落とされた。

 

 そのキュレーターは、大型クルーザーの甲板の上が狭く感じるほどの圧迫感と共に、そこに君臨していた。

 比喩ではなく、実際に狭くなっているのだが。

 

 『鯨』の個性を開放したキュレーターの今の姿は、体長10mを超える巨大な人型の鯨、とでもいうべきそれだ。人型の手足を残してはいるものの、頭部は完全に鯨のそれになっており、肌も黒く重厚な鯨の皮膚になっている。

 

 先程までに増して防御力を増したその鎧の肌には、ルミリオンの拳もナイトアイの超質量印も、全くと言っていいほど効いていない。

 的が大きくなった分当てやすくなってはいるが、それを打ち消して余りあるタフネスだった。

 

 そして同時に、繰り出される攻撃はそれ以上に凶悪だ。

 手足を振るうだけでも、その範囲内にあるものが全て吹き飛ぶ。尾びれを振るえば分厚い鉄板すら粉々に砕け、潮吹きの水流で押し流される。頭突きで真正面にある全てを砕き、超音波に至っては……『個性』発動によって威力が底上げされたのか、最早衝撃波だ。

 

 動きは鈍重だが、当たれば即死、余波だけでもKO確実とすら言える攻撃が嵐のように吹き荒れる中を、『予測』を駆使して切り抜けて来た2人だが……流石に疲れも見え始めていた。

 

 が、そんな中……突如としてキュレーターは……しゅるしゅるとその体を縮めていき、あっという間に元の人間サイズに戻る。

 困惑し警戒する2人の目の前で、数分前まで相対していた人の姿になった。

 

「……大したもんだな、あんたら……本気で殺すつもりでやってたんだが、耐え抜かれるとは」

 

「それはどうも。しかし何のつもりだ? 降参したい、というわけではなさそうだが」

 

「そうだな……さっき言ったことの答え合わせ、かな」

 

 言いながら、キュレーターはポケットに手を入れて何かを取り出す。

 それはまるで、ライターか何かのように見えた。手のひらに収まるくらいに小さい、黒い機械のようなもの。スイッチのような部品がついているのが、夜の闇でもかろうじて見える。

 武器には見えないが、2人にはそれが、ひどく不吉なものに見えた。

 

 そして、そのスイッチを……カチッ、と押した。

 

 その瞬間、船全体が揺れているかのような巨大な振動が起こり……さすがのナイトアイやルミリオンも、バランスを崩して一瞬ふらつく。

 その間に床を蹴って跳躍したキュレーターは、船の外縁部の手すりを飛び越えて、もう半歩進めば海に落ちるというところまで行く。

 

 それを見とがめたルミリオンが、思わず叫ぶ。

 

「キュレーター! 何をした!?」

 

「言ったろ、さっきの答え合わせだ。さっき俺は『それまで生きてればな』って言ったろ? その意味さ……これが答えだ」

 

 さっき押したスイッチを見せびらかすようにしながら、キュレーターは続ける。

 

「今、この船に仕掛けておいた自爆装置を作動させた。もう間もなくこの船は完全に崩壊し、海の底に沈む。中の積み荷や、一切の証拠ごとな」

 

「「!?」」

 

「負けを認めるよ、ヒーロー。今回の取引は失敗だ。が、失敗なら失敗で、きちんと精算と損切りまでやらなきゃな。どのみちオーバーホールが暴れたせいでボロボロだったし、色々と見つかるとまずいブツもある。後始末をするには……きっぱり全部捨ててしまうのが一番いい」

 

「……不法入国の次は不法投棄か。しかも……」

 

 ナイトアイが視線を向ける先で……船の縁より下から、オレンジ色の温かい、しかし不吉な光が闇夜を照らしていた。

 

 火だ、と彼は直感する。しかし同時に、なぜ海の上で、とも。

 考えて……さほど時間をかけずに、結論を導き出した。

 

「……やられたな。わざわざ我々の相手をしていたのは、時間稼ぎのためか」

 

「正解だ。俺が『鯨』になって暴れている間、船の周囲にオイルを流れ出させてた。それが今の爆発で引火して、文字通りの『火の海』ってわけだな。これで救助の船も当面は近づけない。沈みゆく船と運命を共にしてくれ」

 

(しかし……本来なら十数秒ほどで船体全てが崩れるように計算して爆薬をセットしてあったはずなんだが……オーバーホールの野郎が弄っていったのか? それとも、暴れすぎて構造がいかれて計算が狂ったか……まあいい、誤差の範囲だろう)

 

「それじゃあな、ヒーロー。リアルタイタニックを楽しんでくれ」

 

「待て、キュレーター!」

 

ルミリオンの声に今度こそ応えることはなく、キュレーターは夜の海に身を投げた。海面を覆っている油と火を突き破り、そのまま浮き上がってこなくなる。

死んだ……わけはない。『個性』の力で潜水したのだろう。最早、追うことは不可能だった。

 

 ナイトアイは、取り逃がしてしまったことに歯噛みするも、すぐに頭を切り替える。

 今、この場ですべきことは何か。自分に何ができるか。

 

「……ミリオ、ここからは救助活動だ。海に落ちた者達はセルキー達を信じて任せる……私は通信で連絡を入れた後、甲板のヒーロー達をどうにかする。ミリオは船内を駆け回って探せ。通信機は常にONにしておけ、随時情報を送る」

 

「了解です、サー! そちらもお気をつけて!」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 Side.送崎 信乃(ヒーロー名:マンダレイ)

 

(バカだな……私……)

 

 さっきまでに増して力が入らない体を、床に横たえて……私は、自分の力の無さ、認識の甘さを自嘲していた。

 そのくらいしか……もう、することも、できることもないから。

 

 オーバーホールの口から、キュレーターはこの船を、全ての積み荷ごと沈めて証拠隠滅するつもりだって聞いて、一刻も早く洸汰を助けなきゃと思って……でも、走り出した先で、簡単にさっきの巨漢のペストマスクに回り込まれてしまった。

 それでも、一撃加えて怯ませれば逃げられると思った。

 

 けど、全然思うように体が動かない状態ではそれもできず……あっさりとカウンターを食らって殴り飛ばされ、さらにそこに……オーバーホールの『個性』で突然壁が爆散して、散弾みたいになって襲ってきて……それはもう、あっさりと私は負けた。

 

 『個性』も使えず、戦う力も残ってない。もう、私に、この先に待ち受ける死に抗うことはできない。

 ……ここで殺されるのか、それとも放置されて船と一緒に沈んでいくのかはわからないけど……それでも、もう終わりなんだな、って……思ってしまった。

 

 そう思った瞬間に、向こうの曲がり角から……洸汰が現れた。

 

(そんな……こんな時に……!?)

 

 洸汰と一緒に、男のこと女の子が1人ずつ。特徴からして多分、島乃真幌ちゃんと活真君だろう。やっぱり一緒に巻き込まれていたのね……。

 無事だったのはよかったけど、私は全然安心できなかった。

 

 どうやら私の姿を確認したらしい洸汰は、目を見開いて涙を流して、絶叫しながらこっちに走ってきて……当然、そんなことをすれば、オーバーホール達にも気づかれる。

 

 その瞬間、自分でも驚いたことに……力なんて残っていなかったはずの私の体は、ほぼ反射的に飛び出して、オーバーホール達の横を駆け抜け、洸汰達との間にその身を滑り込ませた。

 上手くブレーキ踏ん張れなくて、片膝をつく。それでも、なんとか倒れずに姿勢を保てた。

 

「マ……マンダレイ!? 血が……怪我が……!?」

 

「大丈夫、私は大丈夫……よかった……洸汰、あなた達が無事で……!」

 

「まだ動けるとは大したもんだな。火事場のバカ力か……はたまたかわいい従甥とやらのためか」

 

 恐らくもう、私のことは脅威にも感じていないんだろう。オーバーホールは、無警戒に、不用心につかつかとこっちに近づいてくる。他の部下たちも一緒だ。

 どうやら……逃がしてくれるつもりはないらしい。

 

 ……大丈夫なんて大嘘だ。もう私に、戦う力なんて残ってない。

 なんとか、私が盾になっている間に、洸汰達だけでも逃がせれば……いや、無理だ。今の私じゃ……時間稼ぎすらできないだろう。

 

 せめて誰かヒーローを呼べれば……無線も使えない、『テレパス』も使えない状況じゃ、それもできない……いや、出来たところで間に合うかどうか……。

 

 考えても妙案は浮かばず、そうしている間にも、つかつかとオーバーホール達は迫ってくる。

 後ろから、怯えてしゃくりなく声や、息をのむ音が聞こえる。ぎり、と奥歯を噛みしめ、必死で恐怖をこらえているような音も。最後のが……洸汰かな。

  

 自分が情けない。あれだけ普段、いつかヒーローっていう職業がどんなものなのか、どんな気持ちであなたのお父さんとお母さんは命を懸けて戦ったのか……いつか分かるなんて言っておいて、このざまだ。私共々、彼の命を風前の灯にしてしまっている。

 

 なんてことを考えていると、オーバーホールは私……を飛び越して、洸汰に話しかけた。

 

「ガキ。すごいな、お前のお母さん……じゃなくて、おばさんだったか? まあいいか……そこのおばさん、今からお前のために死んでくれるってよ」

 

「……え……!?」

 

 洸汰の震えた声。唐突に言われたことに、理解が追いついていない……みたい。

 

「すごいもんだよな、ヒーローってのは。仁義でも忠誠心でもなく、人助けで命なんか懸けちまえるし、捨てちまえる。まあ、だからってお前らが助かるわけでもないんだが……立派なもんだ。なあ、ガキ……死ぬ前にお別れの1つも言っとくか? ちょっとなら待ってやるぞ?」

 

「え……あ……」

 

「ほら、何か言いたいことないのかよ。せっかくヒーローが、お前らのために命捨てようとしてんのによ」

 

「……やだ……!」

 

「?」

 

「そんなの、やだ……! マンダレイが死ぬなんて……!」

 

 絞り出すようにして聞こえた声。

 洸汰の、弱弱しく……しかし、不思議とはっきりと聞こえる声だった。

 

「そんなのいい、いらない! 助けなくていい……命なんかかけなくていい!」

 

「…………」

 

「立派じゃなくてもいい! だから、だから死なないで……やだ! もう……誰かのために死なないでよ、俺をまた1人にしないでよぉ……死なないでよ、マンダレイ!?」

 

「…………ッ……」

 

 ホントに、私って駄目ないとこ叔母ね……

 こんな小さな子に、こんな、血を吐くような必死な声で……こんなこと言わせるなんて……!

 

 両親を失って辛い思いをしたこの子に、今また、同じようにつらい思いをさせようとしてる……そんなこと、断じて許容していいはずもないのに!

 

(助けなきゃ……この子を……この子たちを……!)

 

 でも、私にはもう……それを自力で覆す力はない。

 どころか、戦って盾になる力すらない。こいつらがその気になれば、一瞬で全員殺される。

 

(どうすれば……私にはできない……誰か、誰か……!)

 

 助けを呼ぶ手段はない。あっても間に合うとも思えない。

 それでももう、私には……動くことで精いっぱいで、武器もなく戦えない私には……このくらいしか、祈ることくらいしかできない。

 

 視界がにじむ。洸汰達が後ろにいて見えないのがせめてもの救い。

 

 (誰でもいい……お願い……どうか……)

 

 神様仏様……なんて信じてないけど、誰でもいい。

 この願いを聞き届けてくれるなら、何だってする。何だって捧げる。

 お金? 立場? 体? 労力? 何だってくれてやる。だから……

 

……お願い。どうか……

 

 

 

(誰か……この子たちを……助けて!!

 

 

 

―――そして、

 

 

 

「SMAAAAAAASH!!!」

 

 

 

 咆哮にも等しい声と共に、目の前の壁がはじけ飛んで……その向こうから現れた、やや小柄な緑色の人影が、私達とオーバーホールの間に割り込んだ。

 

 突然の乱入者に、さすがにオーバーホールも驚いた様子だ。

 思わず、といった様子で半歩後ずさり。その彼をかばうように部下達が前に出る。

 

 そんな光景にもひるまず、揺らぎ1つ見せず、彼は立っていた。

 そして……小さいけれど、なぜか、不思議と……大きく見えるその背中を見せつけて、言った。

 

 

 

「もう大丈夫……僕が、来た!」

 

 

 

 そう言ってデク君は、絶体絶命の窮地に陥った私達の前に立ちはだかって……笑ってみせた。

 

 

 

 

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