TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第83話 TS少女とオーバーホール

 

 

 時は少しさかのぼり、レスキュー班が船内に突入してしばらくした頃。

 

 緑谷と永久は、ナイトアイ事務所のサイドキックであるバブルガールから提供された情報……要救助者がいると予想されるエリアを片っ端から捜索し、幾度かの空振りを含みつつも、船内数カ所に監禁されていた、人身売買の被害者達を救出し、船に乗せることに成功していた。

 最初に助けた子供達を船に乗せた後は、蛙吹とピクシーボブもそれに戻っている。

 

 何度かそれを繰り返した時、不意にピクシーボブが、妙な匂いが漂ってきていることに気づいた。

 

 それは、トラップ発動のためにキュレーターが散布し始めていたオイルの匂いだった。

 間一髪脱出艇に、あるいはクルーザーに全員が退避し、さらに脱出艇はクルーザーから距離を取ることで炎に巻かれるのを回避した。

 

 しかしその結果、位置が悪かった緑谷と永久、そしてまだ船内にいるマンダレイがクルーザーに取り残されてしまった。

 緑谷と永久は2人は通信で脱出艇か何か見つけて何とか逃げると伝え、そのままマンダレイを探すため、そしてまだ見ていない区画を念のため確認するためにその場を後にした。

 

 その途中からは、サー・ナイトアイと別行動になって船内を駆け回っていたルミリオンと合流したりもした。雄英の先輩後輩ということで互いに自己紹介の時に驚いたりもしたが、今はそんな場合じゃないと協力して捜索を再開。

 

 しかし、幸か不幸か、予定されていた区画を全て調べたが、残された者はいなかった。

 

 いや、『幸』とは言えないだろう……何せ、洸汰達がまだ見つかっていないのだから。

 オイルによる海上炎上網が発生した時点で、救出艇に洸汰達は回収できていなかった。つまり、まだ船内にいると目されていただけだが……見つからない。

 

 もしかしたらマンダレイが既に保護しているのかもしれないが、それを確認することもできない。先程からマンダレイの無線が全く繋がらないのだ。ジャミングによって聞こえづらい、つながりづらいということではなく、反応・手ごたえがない。

 

 不安を覚えながらも走っていた緑谷達だったが……その時、

 

 

 ―――ピキィィイィン!

 

 

 まるで何か、電流が走ったような感覚を、緑谷は覚えた。

 

「……えっ!?」

 

「? どうしたの、緑谷君?」

 

「緑谷? 何か見つけた?」

 

「いや、今何か……」

 

 何かが聞こえた……というわけではない。

 何かが見えたわけでもない。匂いを感じたり、何かに触れたわけでもない。

 

 ただ、上手く言い表せないが、第六感的な何かを『感じた』。

 まるで、保須市でのステインの逮捕直前のあの瞬間のように……それは、『殺気を感じた』というものに近い感覚だった。

 

 だが緑谷には、今の感覚は殺気や敵意の類ではないということも同時にわかっていた。

 むしろまるで……それは、助けを求めているかのような『何か』を感じた。

 

(この感じ……声みたいだけど声じゃない……コレ、さっきも似たような……)

 

 船に入った直後、およそ声というものが聞こえる距離ではない場所で、助けを求める子供たちの声が聞こえたような気がした、数分前の出来事を、緑谷は思いだしていた。

 

 言葉をしゃべれない赤ん坊が、懸命に泣くことで意思表示をし、親に、周囲に助けを求めるのと同じように……言葉というものを介さずに、誰かが助けを求めている。

 

 客観性に乏しく、支離滅裂ですらある。しかし、彼の語彙ではこうとしか表現できない。

 

 永久にそれを伝えれば、『それなんてニュータ○プ?』くらいの返しは期待できたかもしれないが……それより前に、緑谷は2度、3度とそれを感じ取り……その時点で、今まで幾度となく起こったことが、今回も彼の体に起きた。

 

 考えるより先に、体が動き出した。

 

「ごめん、こっち!」

 

「え、ちょっ……こっちって何!? 何か見つけたのかい!?」

 

「……さーせん先輩、私も行きます! ああなると緑谷まず止まらないんで!」

 

「ちょっ……2人共!? ああもう!」

 

 即座に緑谷を信じる判断を下した永久と、困惑しつつもそれを追うルミリオン。

 

 何度か曲がり角を曲がって走っていく緑谷。走るごとに、どんどん頭に聞こえる『声』は強くなっていく。『フルカウル』まで使って加速し、止まることなくそこへ向かって走る。

 マンダレイの『テレパス』とは似て非なる感覚だが……この『何か』の発信源は同じくマンダレイだと、途中から緑谷は確信できていた。まるで、彼女の心の叫びが、声にしなくともあふれ出す感情がそのまま入ってくるかのよう。

 

 そして、急ブレーキで足を止める緑谷。

 そこまでくると、最早その救援信号は……はっきりと何を言っているのか、あるいは言いたいのかを感じ取ることができた。

 

 

『誰か……この子たちを……助けて!!

 

 

 

 ―――そして、

 

 

 

「SMAAAAAAASH!!!」

 

 

 

 横の壁目掛けて振りぬかれる拳。

 大穴が開いて隣の通路と一続きになり、その向こうに見える……満身創痍のマンダレイ。その背後には、洸汰と……恐らくは、島乃真幌・活真兄弟と思しき2人をかばっている。

 

 一瞬の躊躇もなくそこに飛び込み……前回、似たようなことになってしまった時には、残念ながら噛みまくってしまったセリフを、今度こそ彼は言い放つ。

 

 

 

「もう大丈夫……僕が、来た!」

 

 

 

 そして、場面と時間が合流する。

 

 

 ☆☆☆

 

 

Side.緑色出久

 

「デク……君?」

 

「お前っ……!?」

 

 マンダレイと洸太がそれぞれ驚いて呟く声を後ろに聞きながら、僕はどうにか状況を整理しようとしていた。

 保須市と状況似てるなあ……思わず飛び出してよくわからない場面に飛び込んじゃった。

 

 けどこれも同じように、それ自体に後悔はない。そうしないとおそらくは、いや確実にまずかったであろう場面だからだ。見るからに。

 

 子供たちを守って戦ったのか、それとも先に会敵していたのかはわからないけど……恐らくマンダレイは既に交戦していたんだろう。

 しかし、現状を見るに、敵側は傷らしい傷も負っていない。力及ばずというか、マンダレイに勝ち目はない状況だったようだ。

 

 するとあの妙な感覚は、マンダレイからの『テレパス』による救援信号? いや、それ以前に使っていたそれとは、まるで感じ方が違ったような……相手を問わず使えるはずなのに、栄陽院さんや通形先輩には届かず、僕にだけ届いた理由も気になる。

 そもそも、ここまでになる前に、何でマンダレイは『テレパス』で連絡を寄こさなかったんだろう? 猫耳型の装備が壊されてるみたいだから、無線連絡が使えないのは理解できたけど……。

 

 ……疑問は尽きないけど、考えている暇はなさそうだ。

 

 勢いで飛び出しちゃったけど……目の前にいるこの4人は、ネームドヴィランとその仲間。

 中心にいるこいつが、サー・ナイトアイから提供されてた映像情報にあった『オーバーホール』で……その周りの奴らが部下、か。全員同じような、くちばしみたいな形のマスクをつけてる。……ペストマスク、っていうんだっけか?

 

 ネームド……名前を付けられて呼ばれるようにまでなった敵の恐ろしさは、保須市で既に体感している。情報にあった恐ろしいほどの強『個性』のこともあるし……油断していい相手じゃない。

 まして今回は手下たちがいるとなると……しかし、幸か不幸かこっちも1人じゃない。

 

「デク君……今、壁壊して……ど、どうしてここが!?」

 

「勘、ですかね……」

 

 マンダレイに聞かれて適当言っちゃったけど、実際よくわからないから仕方ない。……今みたいな聞かれ方したってことは、やっぱりマンダレイの『テレパス』じゃなさそうだ。

 

「か、勘って……いえ、それよりも今はこの子達を!」

 

「それはもちろんですけど、マンダレイもですよ! ちゃんと全員で、無事に帰るんです! でないと子供たち……洸汰君泣いちゃうでしょう!」

 

「なっ、泣くかよ!」

 

「泣かなっ……泣かないわよ!」

 

 洸汰君の方は予想通りだけど、女の子の方――真幌ちゃんだっけ?――も言い返してきた。気が強い子なのかな? それとも、弟を怖がらせまいとしてか……

 どっちにしろ、僕は誰も泣かせるつもりはない。マンダレイもちゃんと助ける!

 

「いいタイミングでお仲間が登場ってか……。よかったなと言いたいが……」

 

 と、オーバーホールが呟くように言うと同時に……その横に立っていた巨漢が、弾かれたように飛び出してくる。思い切り拳を振りかぶりながら。

 狙いは……僕の頭。

 

「……ちょっとショッキングな映像が増えるだけだ」

 

「こんにちは、死ね!」

 

 そんな言葉と共に……恐らくは言葉通り殺すつもりで、僕の頭目掛けて、その巨大な拳を、ペストマスクの巨漢は振り抜いて……しかし拳は、空しく空を切る。

 代わりに、今の一瞬で懐に飛び込み、カウンター気味に放った僕の拳が、その巨漢の横っ面に突き刺さってのけぞらせた。

 

「……ほぉ」

 

「あ゛っ……!? ごふ!?」

 

 何が起こったかすぐには理解できなかった巨漢の鳩尾に、追撃に、押し返すような形の蹴り――ヤクザキックっていうんだっけか――を叩き込んで吹っ飛ばした。

 

 とんぼ返りして飛んできた巨体を、さっと避ける残りの3人。

 

「このガキ……!」

 

 悪態をつきながら、黒メガネのペストマスクが銃を取り出してこっちに向けてくるけど……そこにもう僕はいない。

 飛んできた巨漢に気を取られて僕から視線を外した一瞬の隙に、床を蹴って壁に跳び、その壁を蹴って天井付近に跳び上がっている。

 

 その状態で、指ではじいて飛ばす空気弾……『エアフォース』を放ち、黒メガネの手から銃を取り落とさせる。

 怯んだところに追撃をかけるべく、グラントリノみたいに、壁を何度も蹴って縦横無尽に跳び回り、狙いを悟らせず、なんなら目で追えもしないくらいに動きながら、動揺する黒メガネに追撃を打ち込もうとして……

 

 その軌道上に割り込んできた手に、言いようのない不吉な予感を感じて、急遽中止。

 飛び退って、マンダレイ達の前に戻りつつその全体を見ると……やはりというか、その『手』の主は、部下をかばう形で文字通り手を出してきた『オーバーホール』だった。

 

「ほぉ……勘、ないし危機察知能力はあるみたいだな」

 

「……知り合いに物騒な手とか指を持ってる奴が多くてね……経験則かな」

 

「そうか、大変だな」

 

 特に感情のこもってない、いかにも間を持たせるためだけって感じの会話。

 

 とはいえ、言ってることは割と本音だったりする。……手のひらが爆発する幼馴染や、触れられると塵になる手を持つ敵なんかが……後者は知り合いにカテゴライズしていいのかは微妙だけど、実際にいるし。

 

 ……もっとも、そんな2人と比較してなお、この男の手は危険なんだろうが。

 

 事前情報として聞かされている、こいつの『個性』……『分解と修復』。手で触れたものを分解し……直後に修復する、規格外の強個性。一瞬で壊し、直後に元通りに組み上げる……あるいは、自分の望む形に改造して組み上げてしまう。

 甲板であったらしい戦いの内容を聞く限りだと、床を無数のとげに変形させて突き刺してきたり、太い柱に変形させてそれを倒して押しつぶそうとしてきたり、変幻自在だったらしい。

 

 さらにそれを応用すれば、触れたもの全て『分解』し……そのまま『修復』しないことで、防御不能、一撃必殺の攻撃手段にすらなる。

 

(触れられなければいい……なんてのんきなこと言っていられる相手じゃなさそうだ。自画自賛になるけど、さっきの僕の動きにあっさり反応された。『個性』だけの奴じゃないってことだ……)

 

 直後、話に聞いていた通りの光景が目の前で再現された。

 オーバーホールが壁に手をついた直後、そこの壁が一瞬崩れたようになったかと思うと……直後に何本もの太いとげになって、こっちに襲い掛かってきた!? しかもご丁寧に、よければ後ろのマンダレイ達に当たるルートで……!

 

 避けるわけにもいかず、僕は両腕に許容上限いっぱいに力を込め……バチバチとひと際激しくスパークさせながら、立て続けに拳を放って、その全てを粉々に粉砕した。

 僕自身にも、後ろにいるマンダレイ達にも、1発の攻撃も届かせずに。

 

 しかしその瞬間、今度はオーバーホール……ではなく、その足元にいた小さいぬいぐるみみたいな奴に動きがあった。

 その腹から、突然……銃を持った手が飛び出てきて来た!? 何だアレ!? あの小さいのの個性か!?

 

 それにはっとしたマンダレイが、顔を青くして口を開く。

 

「気を付けて! その銃弾に……」

 

 言い終わるより早く、僕の眼前に、見慣れた黒いコスチュームの背中が立ちはだかった。

 

 同時に、ズシン、という大きな音も。そしてその直後、バァン、キンッ! という音が立て続けに聞こえた。

 

 一瞬遅れて、今何が起こったのかを把握する。不意を突かれそうになったのを、追いついてきた栄陽院さんがかばってくれたのだ。

 僕もマンダレイ達もまとめて……例によって豪快な方法で。

 

 ちょうど近くにあった防火扉(金属製。大きい。重い)を取り外して、というか留め具のところから引きちぎって、僕の前に飛び出しながらそれをドン、と床に横向きに叩きつけるように置いて壁、というか盾にした。その直後に発砲されて……しかし銃弾は、金属のドアに阻まれた。

 

「んなぁ!?」

 

 向こう側から驚愕する声が聞こえる。さっきの発砲した敵だろうか?

 まあ、僕も本日二度目のドア破壊(例によって引きちぎられてるあたり……)を前にしてちょっと驚きとか色々で変な汗かいてるけど……まあ助かったのでよしとしよう。

 

 しかし、見た目によらず野太い声だな……なんて思っている前で、栄陽院さんは視線をちらりとこっちによこしつつ、拳を振りかぶるようにする。

 

 やりたいことを察した僕も、拳を振りかぶって……同時に、その防火扉を殴る。

 

 ガガァン! と轟音を立てて、巨大な壁が迫る勢いで飛ぶ防火扉。それと通路の隙間から、オーバーホール達が驚愕している様子が見えて……その直後、彼をかばうために、大柄な、いかにも肉弾戦が得意そうな部下が飛び出してきて、両腕で扉を受け止め……

 

 その直後、連中の背後から壁を『透過』して通形先輩が飛び出してくるのが見えた。

 

 その時、僕か、あるいは他の誰かがはっとしてしまったのかもしれない。

 銃を拾い直したところだったらしい、黒メガネの部下が、何かに気づいて振り向き、とっさに突き飛ばすようにして彼をかばった。

 

「危な――」

 

「何ッ!?」

 

 

「POWERRRRRR!!!」

 

 

 凄い速さで振るわれた2発の拳が、そのサングラスと、足元にいた小さい敵を殴り飛ばした。

 

 オーバーホールをかばって食らった黒メガネの方は壁にたたきつけられ、恐らくは気絶。

 手元から零れ落ちた拳銃をそのまま通形先輩がキャッチ。

 

 ぬいぐるみ?の方は、その体の小ささゆえに扉の隙間からこっちにまで飛んできて……

 

「サッカーしようぜ、お前ボールな!」

 

 ―――ドゴォ!!

 

「なバギャッ!?」

 

 また独特というか微妙なセリフと共に栄陽院さんが放ったサッカーボールキックで再度逆方向に吹き飛び、鉄の扉に激突して気絶……

 

 ……したと思ったら中からすごい大柄な筋肉質の男が出て来た!?

 え、何アレ!? あんなの中に入ってたの!? 『個性』か!? なんてギャップ……あ、でも声はむしろ納得いったかも、あの体格だと。

 

 手に拳銃を持っていたけど、それも同時に取り落として……かしゃん、かしゃん、とこっちに転がってきたので、拾っておく。

 一応マンダレイに渡す。肉弾戦は厳しいくらいにはボロボロだし、自衛手段になる……かな?

 

 そう言えば、さっき何か言いかけてたような……

 

「あ、ありがと……でもデク君。ダイナージャと、向こうの彼も……気を付けて! そいつら何か特殊な銃弾を使うわ! それに撃たれてから私……『個性』が使えなくなったの!」

 

「……!? 『個性』が……使えなく!?」

 

 何だそれ? 何かの薬品か何かか? そんなん聞いたことないけど……こんな場面で嘘を言うはずもない。

 それに、それなら逆に納得できるぞ……今の今までマンダレイが『テレパス』を使って連絡してこなかったのは、そのせいか! 使いたくても使えなくなってたんだ!

 

 途中から、声を大きくして言っていたから、向こう側にいる通形先輩にも聞こえているだろう。

 改めてその敵……オーバーホールの恐ろしさ、危険を認識していると……さっきまで涼しい顔だったそいつが、眉間にしわを寄せ、明らかに苛立っているのが分かった。

 

「さっきから次々と……どいつもこいつも……俺の邪魔を、するな!」

 

 そして、壁に手をついた次の瞬間……壁が、床が、天井が砕け散り……縦横無尽に無数のとげが形作られた。さっきよりも大量……範囲内にいる僕達全員を、皆殺しにする気満々の攻撃だ。

 自分の仲間は回避させている辺り、逆上しきってるわけじゃないようだけど。

 

 僕は後ろに、栄陽院さんは横に、とっさに跳躍して回避した。マンダレイも洸汰君達を、抱えるというか押し出すようにして、そのとげの波状攻撃からどうにか逃れていた。

 

 しかし、完全にかわすことはできなかったようで、コスチュームに少しかすってしまい……スカートと上着の前側が大きく裂けてしまっていた。

 スカートの中と胸の谷間が丸見えになってしまった状態だったけど、そんなことに戸惑っていられるほど余裕のある状態じゃない。多分、本人含め誰も気にしてないだろう。

 

 ……ああいうハプニングは栄陽院さんで割と見慣れてる……とまでは言わないが、耐性はあるしね、僕も。

 その栄陽院さんは(珍しく)無傷で回避に成功したようで何よりだ。色々と。

 

 その向こう側には通形先輩が無数のとげに貫かれて串刺しになって……ないな。全部『透過』してる。便利な個性だ……いや、それ以上に先輩の実力あってのことだろうけど。

 

 ひとまず全員無事だが……その中心で、苛立ったままのオーバーホールは、マスク越しでもわかるくらいに息を荒くして周囲を睨みつけていた。

 

「めでたい頭で……強い『個性』なんてもんを振りかざして、いい気になって……。『個性』だの『ヒーロー』だの、そんなものがあるから、社会がおかしくなる……そんなものがあるから、傷ついて行く人がいて、失われていくものがある……!」

 

「……!」

 

 その瞬間……洸汰君がびくっと反応したように見えた。

 

 ……どういうつもりで言っているのかはわからないが、なるほど……『個性』や『ヒーロー』を否定するその言葉、ついさっきマンダレイが話していた、洸汰君の『事情』に通じるものがなくもない。

 

 殉職したヒーロー『ウォーターホース』……それを褒め称えた周囲。人を助けて死ぬという、いかにも英雄らしい最期を称賛するかのような世間の態度は、ただ両親を失って悲しんでいた彼には理解できないもので……まるで、自分の親の死がいいことだったかのように扱われたその経験は、洸汰君から『ヒーロー』への、そして『個性』への好意的な感情を奪い去っていた。

 

 今のオーバーホールの言葉にそれを不意に重ねたのかもしれない洸汰君だが……それで恐怖やら不安が少しマシになった様子はない。……むしろ、不安が増してるんじゃないだろうか? さっきから震えが大きくなってるし……

 

 それに、その隣の……真幌ちゃんと活真君、かな? 2人も何やら、より不安になっているような……

 

「そんなものにあこがれて、得意げに振りかざして……挙句、間違った社会が形作られ、バカな連中がもてはやされ……今まであったものが失われていくのに誰一人目もくれず……挙句の果てに、無残な死を迎える者が次々生まれる……! どいつもこいつも、病気だ……ヒーローも、それを目指す子供も……この社会そのものが……!」

 

 言葉が紡がれるたびに……真幌ちゃんと活真くんはそうでもないけど、洸汰君の顔色がどんどん悪くなっていく。

 ……予想だけど、なまじ考えること、言うことが似てるだけに……こんな恐ろしい敵と、自分が同じことを考えてることに怯えてるのかな?

 

 例えば、そう考えているからって、自分が行く先があんな恐ろしい男みたいになってしまうのかとか、自分は周りからああ見えているのか、とか……洸汰君、年齢の割に頭がいいみたいだから、そんな必要ないことまで考えてそうで不安……ってのは僕の考えすぎかな?

 多分だけど、そう思う理由も、その先に見ているものも全く違うだろうから、そんな風に思う必要はないのに……。

 

 当然、そんなことに気づく由もないオーバーホールの語りは続いている。

 続いているが、周囲を油断なく睨みつけていて隙がないので、通形先輩も踏み出せないでいるようだ。

 

「だから、俺がそれを変える……あるべき姿に戻す……この力が、そして壊理の力があれば、それが……!」

 

「……超人社会の否定……『個性病気論』だったかな? さっきマンダレイが言ってた弾丸といい……この社会を壊すために作ったとか、その為に動いているとか、そんな感じか?」

 

「どーですかねえ……この手の連中にそんな殊勝な心構えがあるとは思えませんけど」

 

 と、通形先輩がつぶやいた疑問に、栄陽院さんは、まるで挑発を含んだような口調で返す。

 

「昔の資料で読んだことあるんですけど、ヤクザってのは良くも悪くも、社会の隙間に生きる人種だそうですよ。社会制度が行き届かないところに巣食い、そこに転がる闇を飯の種にする……それが、時代劇に出てくる侠客みたいなものか、はたまた弱者を食い物にする奴らかはあるにしても、そんな活動家みたいな、金が動かないのに動くようなもんじゃないでしょ。ましてやそんな、特殊すぎる薬物だの弾丸だの作ってるとしたら……もっと儲け話なんてありそうなもんだ」

 

「例えばどんな?」

 

「所謂マッチポンプなんてどうです? 『個性』を壊す毒をばらまいて、『個性』が使えなくなって困る人を量産し……そのせいで死人が出たり、問題が大きくなり始めたタイミングを見計らって、その解毒剤みたいなものを高値で売るとか。金は手に入る、恩も売れる、名声も高まる……表向きWin-Winの関係の出来上がりです。ま、裏の仕組みに気づかれたら終わりですけどね」

 

 栄陽院さんがからかうように言った言葉に、オーバーホールの目が少しだけ大きく見開かれたように見えた。

 ……え、もしかして当たった? あるいは、近いこと考えてた?

 

 挑発じみた物言いだったし、なんなら僕から見ても『何てこと考え付くんだ』って思っちゃったから……怒るならまだわかったんだけど……戸惑ってるとなると……。

 防火扉を受け止めた大柄な部下も、なんか『あらー……』なんてことをつぶやいてるし……本当にそんなこと考えてたのか……!?

 

 栄陽院さんも何か反応がおかしいことに気づいて『え?』って感じになってるし……

 

 見事にいい当てられた形になっていて、この構図は間抜けに見えるけど……やろうとしてることに目を向ければ……悪辣極まりない。

 

 通形先輩が、気を引き締め……何が何でもここで捕らえる、って感じの表情になったのが、ここからでもよく見えた。

 あの人は理解したんだ……コイツは絶対に、ここで逃がしちゃいけない敵だってことに。

 

「……活瓶」

 

「おう? 何だい若頭」

 

「お前はその女と、緑色のガキを殺せ。確実にここで殺せ。……こっちの金髪は俺が殺す。絶対に……この船から生きて出すな。息の根を止めたのを確認してから戻ってこい」

 

「聞かれたからには、ってわけかい? 了解した。あっちの猫女とガキどもは?」

 

「俺がやる。今、な」

 

 その瞬間、再び壁に触れるオーバーホール。今度は、両手で。

 そして、さっきよりも大きく、通路全体がうごめき始めて……全てが崩壊し、そして作り替えられていった。

 

 

 

 


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