TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第87話 TS少女と病室の密談

 

Side.緑谷出久

 

 長いような短いような沈黙の時間の後、最初に口を開いたのは、サー・ナイトアイの方だった。

 

「今日の朝刊に載っていましたね、オールマイト。昨日は散歩がてら事件を4件、解決したそうで」

 

「ああ……どれもチンピラ同然の『敵』の喧嘩だったから、そこまで時間も手間もかからなかったがね。食後のいい運動になったよ」

 

「それはよかった……と言っていいものか。相変わらず、ヒーロー活動に精力的な様子で……引退は、まだ考えてはもらえないか」

 

 鋭い視線に強い眼力を乗せたままの、ナイトアイの言葉。

 くぼんだ眼窩の奥の目に、少しの動揺を見せて……しかし、オールマイトは首を横に振った。

 

「まだこの世界には『象徴』が必要だ。私がそれでいられるうちは……私の手元に、『残り火』があるうちは……私は、人々の心の拠り所でありたい」

 

「それを、全てを知っていて見ているわずかな者がどれだけ……いや、やめよう。もう何度も話したことだ。……何を言っても、貴方を叛意させられないことを、私は知っている」

 

 少しトーンを下げた声でそう言って、ナイトアイはちらりとこっちを見た。

 

「あなたが引退する時が来るとしたら……その『残り火』が消えた時か……全てを託すに足る『後継者』が、真に生まれた時だけなのだろう」

 

「……そうかもしれないね。後者に関しては、おかげさまで順調だよ。私もびっくりするほどにね」

 

 ニヤリと、頬のこけた顔で笑うオールマイト。

 ……何か、不思議な気分だ。褒められてるのはわかるのに……何でだろう、感情の表し方がわからない。どう反応していいのか……いまいちわからない。

 

 モヤモヤする……何か、今の会話の中に……僕が気付けてない、あるいは、知らない何か……重大な事実が隠されている気がして。

 オールマイトと、ナイトアイ。彼ら2人だけが理解できている、何かを前提にすえた話がされているような気がして。

 

 けど、それを聞くより前に、ぽん、とオールマイトの大きな手が、僕の頭に置かれた。

 筋肉量こそ『マッスルフォーム』よりも頼りないが、手の大きさや身長なんかが変わっているわけではないから……やはり、大きくて力強さを感じる手だ。

 その握った拳で、何百万、何千万の笑顔を守ってきた、英雄の手だ。

 

 優しく僕の頭をぽんぽん、と労わるように軽くたたきながら、オールマイトは続けて言う。

 

「君が、通形ミリオ君を育ててくれていたことは、根津校長からも聞いて知っている。『ワン・フォー・オール』の後継者候補として、私に紹介してくれるつもりだったということも」

 

「……! 通形先輩が、『ワン・フォー・オール』の……!?」

 

 前にナイトアイは……そうだ、保須市で会った時だ。

 『ワン・フォー・オール』には、もっとふさわしい人物がいる、と言っていた。それも、単に僕がふさわしくないという意味じゃなく……誰か、もっとふさわしい人を知っている、とでもいうような言い方で。

 

 それが、通形先輩だったのか……! ナイトアイの事務所でインターンとして雇用しているのも、実力を買っているのはもちろん、そのためにナイトアイ自身が育てていたから……

 確かに、通形先輩の『予測』を軸とした戦い方は――船で少しの間交流しただけでも、その片鱗をうかがい知ることはできた――ナイトアイのそれに通ずるものがある気がする。

 

 そして、それは今も……?

 

「無個性の中学生を後継者にすると言った時は、君には猛反発されたっけね。私の考えていることが理解できないと、もっとふさわしい者がいるはずだと」

 

「……当たり前だろう。志だけで務まるものではない……『平和の象徴』の名は、安くはない」

 

「仮にもその立場に立つ者として、安く見ているつもりはないさ……君が言っていることはよくわかっていた。それでも私は、彼にならそれが務まると思ったんだ。事実彼は、私の予想を、期待をいい意味で裏切り続けている……今でも君は、彼では力不足だと思うかい?」

 

 そう、オールマイトはナイトアイに問いかける。

 自然と、僕も……オールマイトに従うように、ナイトアイの方に視線を向けてしまう……答えを期待し、問いかけるような視線を。

 

 2人分の視線を受け止めながら、ナイトアイは少しの間、目を閉じて考えて……

 

「……いい意味で予想を裏切る。その表現が的確なものであろうことは、私としても異論はない」

 

「…………!」

 

「1年と少し前まで、間違いなく何の力も持たない、一般人だった彼が……ひいき目なしに、プロの領域にも足を踏み込めるだけの力を、今すでに持っている。ミリオからも同様の評価をもらっていたようだ。現時点で確かにある実力に加え、驚異的な成長速度。それらにはきちんと理由が存在するとはいえ、その部分……言ってみれば『人脈』も実力の一部だ。そしてオールマイト、貴方が認める、英雄の精神……これだけ揃っていて……私の私的な感情だけで『不適格』だと断ずるのは、非合理的というものだろう……複雑な気持ちではあるが、そうだな……認めざるを得ない」

 

 一拍、

 

 

「緑谷出久……君は確かに、『ワン・フォー・オール』を受け継ぐに値する力を持つ者だと」

 

 

 一瞬、僕もオールマイトも……失礼な話、ナイトアイが何を言っているのかわからなかった。意外過ぎて、上手く頭に入ってこなかった。

 

 けど、徐々にその意味が理解できていくにつれて……何とも言えない気持ちが心の中に広がってきた。隣に座っているオールマイトも、やせた顔でもよくわかるような、安心したような笑みを浮かべているのが見えた。

 

 2人共、ようやく理解できた。

 言っていた通り、複雑そうな心境ではありそうだが……それでも間違いなく、今この瞬間……ナイトアイが、僕のことを認めてくれたのだ、ということを。

 

 しかし、話はそこで終わらず……『だが』とナイトアイは、いい感じになっていた空気を断ち切るように言葉を続けた。

 以前として鋭いままの目を僕に向ける……むしろ、さっきまでよりも真剣みが増したような眼差しだ。

 

 『目は口程に物を言う』とよく言ったりするが……まさにそんな感じだ。

 ナイトアイの目からは、僕に何か……あまり好ましくない、少なくとも、素直に褒めたり認めたりするようなことを言うのではない、ということだけは伝わってきた。

 

「だからこそ私は、君に問わなければならない。そしてオールマイト、あなたも聞いて知っておくべきだ……『ワン・フォー・オール』に起こっている、異変を。その意味を」

 

「……異変……?」

 

「ミリオから既に報告は受けている。君は船の中で、いくつか不可思議な行動をとっていたと。手がかりゼロの状態にも関わらず迷いない足取りでマンダレイの元にたどり着いたことや……紐や鎖のような見た目の光を発していた、ように見えた、という報告もあった。いずれも、『ワン・フォー・オール』にはない力だ。君は元々『無個性』である以上、君の個性由来の力というわけでもないな?」

 

 剣呑、というほどではないけど、正直に答える以外の反応は許さない、とでも言うようなナイトアイの目。その隣では、驚いたような表情になっているオールマイトが……こちらもやはり、驚いたような、そして説明してほしそうな目になっている。

 

 少したじろぐというか、気圧される僕だけど……そもそも僕の方からも、今ナイトアイが言ったことについては、オールマイトに相談するつもりでいたんだ。願ってもないというか、ちょうどいいというか……。ナイトアイにも一緒に話すことになるのは予定外かもだな。

 

 それでも、彼もまた『ワン・フォー・オール』の秘密を知る一人だ。複雑ではあるが、知られて困るようなことでもないし……そのまま、部屋にいてもらったままで話そう。

 

 

 昨日見た夢を……そしてそれが意味しているのであろう、『ワン・フォー・オール』の成長について、僕が知る限りのデータを。

 

 

 

「『ワン・フォー・オール』の成長……歴代継承者の『個性』とは……」

 

「そして、『継承者』ではない者達の意思……なるほど、オールマイトやその先代が扱っていた頃の性質とは、大分異なるようだ……そのようなことになっていたとは」

 

 表情こそ変えないが、頬のあたりにたらりと一筋汗を流しているナイトアイ。

 その横では、こちらはガリガリの顔でも割とわかりやすく驚いているオールマイトがいた。

 

 どちらも、今僕が話した内容は……流石に予想外というか、かみ砕いて飲み込むのに苦労する程度には衝撃的だったようだ。復帰するまでにもう少しかかるかなあ。

 と、思ったんだけど、流石はプロ。すぐに気を取り直して、あるいは気持ちを切り替えて、今聞いた内容に関して考え始める。

 

「現時点でとはいえ、今の君より実力で勝るオールマイトにも、そのさらに先代達にも表れなかったであろう特殊能力……『身体能力』以外のそれを、いくつも発現させているということか。『黒鞭』と、もう1つ……マンダレイの居場所を察知した、他者の居場所を察知する能力、か?」

 

「居場所、っていうよりは……まるで、マンダレイが『個性』の『テレパス』を使った時みたいに、彼女の、心の声……って言えばいいのかな? そういうのが感じ取れたんです。それも、はっきり『声』として聞こえたっていうよりは……助けてほしい、っていう感情そのものを感じ取れたような感じで……その感覚のまま走ったら、マンダレイのところに行けたんです」

 

 わかりやすいように、それでいて正確に伝わるように。

 言葉を慎重に選んで説明する。

 

「……そういう話を聞くと、君に初めて出会った日を思い出すな。あの時も君は、爆豪少年を助けるために、考えるより先に、勝手に体が動いていた……助けを求める人の居場所がわかるなんて、君にぴったりな能力じゃないか。君の『個性』がそうだったらぴったりだったかもしれないね」

 

 そんな風に言ってくれるオールマイト。ははは……そうだったらよかったのかもですけどね。

 

「ですが、そんなことはない。そして当然、その『個性』ないし『能力』にも心当たりはない、と」

 

「はい……『黒鞭』が、歴代継承者の1人のそれであることは、あの夢の通りだとすればわかっているんですが……『心の声』の方は、よくわからなくて……説明も難しいし。他の継承者の『個性』なのか……それとも、それ以外の人のなのかも……」

 

 僕が『それ以外』と言ったところで、ナイトアイのメガネの奥の目がきらりと光った気がした。同じようにそこに注目している、とでも言うように。

 

「……それが一番大きな問題だな。『継承者』でもない者のビジョンの存在……それも、その中に、君の同級生……栄陽院永久の姿があった、か。事実だとすれば……明らかにただ事ではないな」

 

「疑うわけではないけど、確かだったのかい、緑谷少年? 本当にそれは……夢で見たのは、栄陽院少女だったのか? よく似た誰かではなく?」

 

「そう、ですね……何ぶん夢のことなので、絶対に記憶違いではないと言い切るのも難しいんですが……少なくともあの時は、そうとしか見えませんでした。それに、栄陽院さんだけじゃなく、そのお母さん……『アナライジュ』の姿もありましたし、偶然とか見間違いだとも……」

 

 ……あんまりこういうことを人前で言うのもアレなので、とっさに言葉を濁してしまったけど、あの感触といい、匂いといい、そして目が合った瞬間の……第六感的な感覚といい……

 どれをとっても、あの夢の中で会った彼女は、栄陽院さんだったと思う。

 

 アレが単に僕の脳が作り出した妄想……もとい、イメージとかじゃなく、きちんと意味のあるビジョンなんだとしたら……何で彼女が、そして『アナライジュ』や他の人たちまでも、あの『ワン・フォー・オール』の空間にいたんだ? どんなつながりで、一体何のために?

 

 彼女の『個性』……その、本当の名前として教えてもらった『オール・フォー・ユー』……ひょっとしてそれと、何か関係があるんだろうか?

 栄陽院さんは、現実の世界でだけでなく……あんな、こう言っちゃなんだけど、よくわからない世界でまで……僕の力になろうとしてくれているのか……?

 

 同じように考えつつも、これといって何か結論が出たわけでもなさそうだったオールマイトは、

 

「元々彼女……栄陽院少女は、緑谷少年がここまで強くなったことにおけるキーパーソンの1人だった。彼女の個人的な、かつ特別な感情についてはまあ置いておくとしても……彼女の『個性』の特異性や、それが生み出す予想だにしない現象……いよいよというか、放置するには問題が大きくなりすぎている気がしてきたな」

 

 ううむ、と口元に手をやって、考えこみながら唸るオールマイト。

 その隣にいるナイトアイも……こちらもこちらで色々と考えていたみたいだが、はっきりとした答えが出たわけでもないらしい。

 

 ……それにしては意味ありげな視線を向けてくるけど。心配するような視線を。

 

「『オール・フォー・ユー』……『オール・フォー・ワン』に似た名前の個性に加え、『ワン・フォー・オール』の異空間に姿を見せた……最早、名前が似ているだけの偶然とは考えづらい。少なくとも、『ワン・フォー・オール』の異変に関しては、彼女はほぼ確実に何らかの形で関与していると見てよさそうだ……話を聞かないわけにはいかないね」

 

「ですが、正面切って話を聞くわけにもいきません。こちらからの情報開示は最低限にしておく必要がある……『ワン・フォー・オール』にかかる情報も明かすべきではないでしょう。もしかすると、彼女自身は無自覚、という可能性もありますからね」

 

「? どういう意味ですか、ナイトアイ?」

 

「『個性』という名の特殊能力には、未だにわかっていないことも多い……『ワン・フォー・オール』に成長の余地というものがあったのと同じように、時に人は、自らの『個性』が持つ一面、ないし可能性というものを知らぬままに使い、そして時に他者に影響を及ぼしていることがある」

 

 ナイトアイ曰く、恐らく栄陽院さんが何らかの形で僕の『ワン・フォー・オール』に影響を及ぼしているのは、ほぼ間違いない。しかしそれを、彼女が狙って引き起こしているのかどうかはわからない、ということのようだ。

 無意識のうちに、彼女の『個性』が勝手に作用して『ワン・フォー・オール』に干渉しているとか、そういう可能性があるということだ。

 

 僕もどっちかというと、そっちの可能性の方が高いと思うな……彼女が何かを狙って僕に近づいてるとか、邪な何か思い、ないし狙いを抱いているとかは考えづらいし……信じたくない。

 

 ……あと、ちょっとアレな方向に考えが飛ぶけど……僕のために『全てを捧げて尽くす』とまで言ってくれた彼女が、変なことを考えているとは……ちょっと考えづらいと思う。

 いや、言ってる内容がそもそもぶっ飛んでるのはそうだけど……それでも、彼女は真剣だし。

 

 もっとも、同じように『違うとは思うが』と言っているナイトアイの考えていることは、友達である彼女にそんなことを考えていてほしくないという、僕のような願望ではなく……『故意でない可能性がある以上、こちらから『ワン・フォー・オール』に関する情報は明かせない』という警戒によるものだろう。

 

 継承される個性『ワン・フォー・オール』は……平和の象徴・オールマイトがナチュラルボーンヒーローであるという世間の認識に直結してしまうトップシークレット。それが露見してしまうような行動は、どのような場面であれ慎まなければならない。

 

 だからもし、栄陽院さんに何ひとつ自覚がなく、単なる偶然とかで『干渉』してしまっている場合、こちらから不用意な情報を与える形にもなりかねない。それも警戒すべきだ、とナイトアイは言ってるわけだ。

 

 こちらからは情報は極力渡さず、しかし相手からは望む情報を聞き出す……す、すごく難しそうに聞こえるんだけど、そんなことできるかな……

 

「……見るからに腹芸が苦手そうな君に、そこまでは望まん。それは私がやろう」

 

「? ナイトアイが……彼女から話を聞くのかい?」

 

「そのつもりです。それと、それにも関わることですが……1つ、いや2つだな、君に頼みたいことがある」

 

 そう、ナイトアイは僕の目を見て、ぽん、と肩を叩いて言ってきた。

 その瞬間、なぜかオールマイトがぴくっ、と震えて、何かに気づいたような仕草を見せた気がしたけど……そのまま特に何も言わなかった。……何だったんだろう、今の?

 

 そのまま、ほんの少しの時間、僕を見つめていたように見えたナイトアイ。

 しかし、僕が何か言ったり、反応するよりも早く……なぜか、僅かに眉間にしわを寄せる。

 

「……あの、頼みごと、って? あ、もちろん、僕にできることなら何でも……」

 

「ほう? ならば、ミリオに『ワン・フォー・オール』を譲渡してほしい、とでも頼めば、貴様はそれを聞いてくれるのか?」

 

「え……えぇぇえ!?」

 

「……冗談だ、本気にするな」

 

「ナイトアイ、そういう冗談緑谷少年からしたら心臓に悪いからやめなさい」

 

 な、何だ冗談か……よ、よかった……

 ナイトアイ、真顔で言うからわかりづらいよ……通形先輩やグラントリノ曰く、ユーモアと笑いを大事にする人らしいけど、悪いけどとてもそうは見えない……少なくとも、今はまだ。

 

 通形先輩は、『もし君がサーのところにインターンにでも来ればよくわかるよ! その代わり、キャラっていうかイメージがだいぶ崩壊するのを覚悟しないといけないけど』という、なんだか反応に困るようなことを楽しそうに言ってたな……ちょっと気になるな。何があるんだ、事務所に。

 

 ふとそんなことを考えていた僕は……それゆえに、次の瞬間ナイトアイにかけられた言葉に、余計に驚いてしまった。

 内容がその……あまりにタイムリー過ぎて。

 

「1つ目だが……君に、私の事務所に『ワーキングホリデー』に来てもらいたい」

 

「へぁ!?」

 

 うん、ほんとにタイムリー……。しかし、何でいきなり?

 

「緑谷少年を……? ナイトアイ、今度は彼を自分の手で育てるつもりかい?」

 

「それもなくはないですね。君を『ワン・フォー・オール』の後継者として認める以上は、私自身もできることをしてやりたいという思いはある……他ならぬ貴方の選択でもある、尊重したいと、思わないわけではない。そしてそれ以上に、より正確に彼の力を見たいからだ」

 

「僕の、力を……?」

 

「体育祭や職場体験の時よりもかなり戦えるようになっているようだな。断片的に聞いてはいるが、『栄陽院コーポレーション』のテストプログラムとやらで、余程いい経験を積んだと見える。だが君は今回の一件ではほとんど戦闘に参加しなかったし、君の活躍を私がこの目で見れたわけではない……ゆえに、改めて今の君がどれだけの力を持っているか、そして、私が君に何を教えてやれるか……それを見たい、確かめたい……といったところだ」

 

 厳しさの中にも、きちんと僕のことを……そして、オールマイトのことを考えてもくれているのがわかる言葉だった。

 もちろん、僕にそんな申し出を断る理由なんてない。

 色々ごたごたが終わってからにはなるだろうけど、即決で僕は首を縦に振った。

 

「色々な手続きや打ち合わせは後日行うこととしよう。……状況などにもよるが、今はまだ、私やミリオの方が君よりも強い……短い期間かもしれないが、学べることを全て学ぶつもりで来たまえ」

 

「はい……よろしくお願いします、サー・ナイトアイ!」

 

「私からもよろしく頼むよ。……こんな時にばかり、頼るような調子のいいことを言って、申し訳ないと思うけどね」

 

「……あなたの役に立てることをするのに、私が躊躇する道理などありませんよ……オールマイト。さて、緑谷出久……頼み事は2つ、と言ったのを覚えているな?」

 

「え? あ、はい……もう1つは?」

 

 するとナイトアイは、くいっ、とメガネを直す動作の後に……こちらも、ある意味タイムリーなのかな、っていう感じの話を切り出した。

 

「その『ワーキングホリデー』に……栄陽院永久も連れてきてもらいたい。こういう言い方は好ましくないかもしれないが……君の頼みなら、彼女は恐らく聞くだろう?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「正直……少し意外だったよ」

 

「? 何がです?」

 

 帰り道……ナイトアイの運転する車の助手席に乗っているオールマイトは、おもむろに口を開いて、そんなことを言った。

 隣にいてハンドルを握っているナイトアイは、視線を前に固定したままで聞き返す。

 

「君が素直に緑谷少年を認めてくれたことさ。彼は確かに強くなった……けど君の言う通り、まだ君や、通形少年だったかな? 彼の方が強いのも確かだ。色々言われるんじゃないかと思ってた」

 

 もう日が暮れ始めている空を眺めながら、オールマイトは少ししみじみとした空気の中で言う。

 

「……正直、私は君に合わせる顔がないと……君にはもう、愛想をつかされているものだと思っていたしね。それだけのことをしてきた自覚もある。迷惑をかけ続けた末に、君を突き放すような真似をしてしまった……それも、二度もだ」

 

「……何を言うかと思えば。今でも私は、あなたを敬愛していますとも。まあ……色々と衝突することが多かったのは否めませんが、どちらかと言えば突き放したのは私だ」

 

 張り詰めた、とまではいわないが、奇妙な緊張感が漂う車内。

 

「……緑谷出久には、話していないのでしょう? 私の『予知』を」

 

「……ああ、言ってない。言う必要がないと思ったからね」

 

「またそうやって抱え込む……まあ、予想はできていましたが」

 

 ため息交じりに言いつつも、ナイトアイには……予想はついていたのだろう。オールマイトの返答に、特に驚いたような様子はなく、むしろ『やはりか』という呆れがあった。

 

 かつて、ナイトアイが己の個性である『予知』で見た……最悪の未来。

 オールマイトが『オール・フォー・ワン』との戦いの後、常人ならば一生ベッドの上で過ごすことになるであろう負傷を押して、ヒーローに復帰しようとした彼に向けて、ナイトアイは告げた。

 

 彼が……オールマイトが死ぬ『予知』を。

 『敵』によって、想像を絶する凄惨な最期を迎えてしまう、認めたくない未来の存在を。

 

 それがいつなのかはわからず……しかし、感触からして、今年か来年の可能性が高い。

 期間を逆算してそれを重々承知しているオールマイトには……その話を蒸し返すような話題を持ち出されても、特段動揺はなかった。

 

 理解した上で、彼は走っている。見えているゴールに向けて……それまでにできること全てをやりきって、最後を迎えようと、心に決めている。

 

 話した当時……そして、今でもその未来を回避したい、変えたいと願っているナイトアイとは、そこの価値観の相違によって、当時、コンビを解消するに至ったのだ。

 自分のことよりも世界の平和、人々の笑顔を優先したいオールマイトと、そんなオールマイトに生きて、幸せになってほしいナイトアイとの、ある意味必然な、悲しいすれ違いだった。

 

(そう考えると、少し似てるかな……私の後を継ごうとしてくれている緑谷少年と、その緑谷少年を何が何でも支えようとしている栄陽院少女……私達のようにならなければいいが)

 

「……先程は言いませんでしたが、私が彼を『ワーキングホリデー』で受け入れようと思った理由の一つがそれです」

 

「うん?」

 

 不意に告げられた言葉に、オールマイトは頭上に『?』を浮かべてナイトアイに聞き返した。

 

「私が終盤、彼と視線を合わせて手を触れていたのに気づきましたか?」

 

「……あの時か。君やっぱり『視』ていたんだね、彼を」

 

 その瞬間のことを思いだして、『やっぱりか』とため息をつくオールマイト。

 

 ナイトアイの個性『予知』……その発動には、条件がある。

 対象となる人物の……手でも肩でもいい、どこか体の一部に触れ、その状態で目を合わせること。

 それにより、1時間の間、その人物の取り得る行動を先に『視』ることができる。

 

 見たいと思った未来……その1コマ1コマがフラッシュバックするように、ナイトアイの脳裏に浮かぶ。他人の一生を記録したフィルムを見るようなものだ。見れる範囲は限られているが。

 

 ナイトアイが彼に『頼み事』を告げる際、肩に触れて視線を合わせた行動を見て、オールマイトは『個性』の発動を察していた。口には出さなかったが。

 

「それで……何か気になるものでも見たのかい? 緑谷少年の未来に」

 

「いや……何も」

 

「? 特に気になるものは見なかった? なら、何を気にして……」

 

「そうじゃない、そうじゃないんだオールマイト」

 

 ちょうど交差点の信号待ちに捕まり、車を停止させるナイトアイ。

 その時間を利用して、助手席で『どういう意味?』という表情になっているオールマイトに視線を向け……告げる。

 

「何も……そう、何も見えなかったんだ。彼の……緑谷出久の未来が」

 

「何……? 君の『個性』でか?」

 

「『個性』が発動しなかったわけではない……だが、まるで何かに遮られたように……コマの1つも見ることができなかった。拒まれた……いや、阻まれたんだ、彼の未来を知ることを。……こんなことは今までで初めてだ……流石に私も動揺した」

 

 今まで、ナイトアイが『未来を視る』ことができなかった人物などいなかった。

 そして、それによって得た『予知』が外れたこともまた、なかった。……それゆえにこそ、彼は残酷な未来を回避するために躍起になっているとも言える。

 

 そのナイトアイが、人生で初めて、『予知』が通用しなかった存在……それが、緑谷出久だった。

 

「『黒鞭』や、『要救助者の感知』と同じように、それもまた何かの『個性』によるものか……あるいは……」

 

(信じがたいが……未来を『予知』できない……。定まっていない、己の意思で未来を選択できるような人間であれば……。そして、あるとすればではあるが、その仕組みやからくりを知ることこそが……『視』てしまった未来の回避につながるかもしれない……あの、最悪の未来の……!)

 

 敬愛するオールマイトが目をかけている少年に対して、利己的ともいえる、不純な勧誘動機であることは否定できない。

 それでも、ナイトアイの脳裏には……直感にも似た鮮烈な感覚が焼き付いていた。

 まるで、暗闇の中に一筋の光明を見つけたように、決して無視できない、したくない可能性。

 

 オールマイトが聞き返すより前に、信号が青に変わる。

 自身の逸る心が表れてしまったかのように、ナイトアイは車を急発進させ……その勢いで助手席のオールマイトが『わっ』と少しのけぞって驚き……疑問を聞きそびれてしまっていた。

 

(私が確かめなければ……『ワン・フォー・オール』の異変も、栄陽院永久という少女の真意も……そして、彼が、緑谷出久がその身に宿している……世界の希望を守る可能性も……!)

 

 

 

 


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