Side.緑谷出久
あの一件……洋上での救出&脱出劇から、まだ日も経っていない今日……僕と栄陽院さんは、またしても『ワーキングホリデー』に来ていた。
期末試験も近いってのにね……けどまあ、試験勉強に不安はないから、問題はない、と思う。
体験先の事務所は、病室で話があったとおり……『サー・ナイトアイ事務所』。
僕は、ナイトアイとオールマイトの意向で、栄陽院さんは、僕が誘ってついてきてもらった形だ。
そして、そこで任される……というか、参加することになった仕事はというと……なんと、あの一件の後始末である。
指定敵団体『死穢八斉会』の摘発、及び残党狩りだ。
と言っても、既にその本部に対しては、他のヒーロー事務所や警察の捜査本部による家宅捜索の手が入った後らしい。それも、相手が武力行使で持って抵抗してくることを見越して、複数人の武闘派、ないし対凶悪犯罪で活躍しているヒーローを動員して。
リューキュウにギャングオルカ、ミルコにベストジーニストまで動員されたっていうから驚きだ。凶悪なネームドヴィランが所属していた組織……それだけ警戒されていたってことだろう。
しかし、そのガサ入れ自体は……予想されていた通り抵抗はあったものの、想定よりもずっと大人しく進めることができたらしい。何人か強引に突っかかってくる者を退けて以降は、大人しく、抵抗せずに奥まで捜査員達を招き入れて、物証の提出にも応じたって。
同行してたミルコの機嫌が、暴れられなかったことで逆に少し悪くなっていったくらいに。
それもそのはず……『オーバーホール』につき従っていた幹部、ないし直属の部下たちは、既にその組にはもういなかったのだ。
『オーバーホール』が逮捕された報告を受けて、あるいは連絡がつかなかった時点でそうするつもりだったのかもしれないが……『八斉衆』という名前のついていた直属の部下達は、間一髪の差でその場を逃れていた。彼が何やら進めていたらしい、裏ビジネスの資料の一切を持って。
そういう話を、大人しく投降した……残っていた組員から聞かされたそうだ。
その他にも、興味深い話や……聞き逃せない話も、いくつか。
現在、『死穢八斉会』の組長は、病により意識不明の状態で床に臥せっており、もちろん会話なんてできる状態ではないこと。
そんな状態なので、組の実権は若頭である『オーバーホール』……治崎が握っていたこと。
治崎の方針は、組長の本来の方針とは大きく違っていたため、反発が大きく……しかし治崎はそれを、恐怖統治によって無理やりまとめていたこと。
今まで彼に逆らおうとして、あるいは抜け出そうとして命を失った者は数知れないこと。
……組長の現状も、治崎の仕業であると睨んでいる組員がほとんどであること。
治崎が、組長の本来の方針……古き良き『任侠』を行くそれとは真逆の、どす黒いビジネスを進めていたらしいこと。しかし、自分が信頼できる部下にしかその詳細を教えていなかったため、今ここに残っている者達では、恐らくそれを教えることはできないこと。
そして……そのビジネスに、組長の孫娘である『壊理』という少女が利用されており……幹部達は、その子を連れ出して逃げたらしい、ということも。
そして、僕らが動き出したのはそのしばらく後だ。
その目的、というか、現場でやっていたことは……
『こちらシンリンカムイ! 目標を目視で確認、国道○○号線を南下するコースで逃走中! 速度……目測で100km/hオーバー! 周囲に一般車両多数! 間もなくウワバミ事務所の設置したトラップゾーンにさしかかる……交戦はおそらく避けられん、各車両は集結を!』
「こちらナイトアイ事務所、了解した。1分30秒後に現着見込みだ」
『ファットガム事務所も同じくや! ここからなら1分かからへんさかい、先に始めとこか!』
『足並み揃えた方がいいから待っといた方がいいかと思いますけど……あ、ホークスです、今こっちも目視で……対象の車両とカムイ君の両方を確認しました』
猛スピードで車を走らせながら、ナイトアイは無線で他のヒーロー達と連絡を取り合っている。
僕と栄陽院さん、そして通形先輩は、その車に同乗して現場を目指している所だ……『死穢八斉会』の、逃走している幹部格達の確保と、『壊理』ちゃんの保護のために。
警察の協力により、逃走している連中の居場所はわかったけど、奴ら……『八斉衆』は警察の検問を力づくで突破し、僕らが到着する前に逃走した。現地の警察が追っているけど、道交法なんて丸っと無視した暴走運転で今も逃走している。市街地だろうとお構いなしにスピードを出して。
追跡していた僕ら『ナイトアイ事務所』に加え、出張なんかで管轄外であるのも含めた、付近にいたヒーロー……ファットガム、ウワバミ、シンリンカムイ、そしてなんとNo.3ヒーローであるホークスまでもが急遽チームアップして対応に当たっている。
さらには、それらの事務所の中には、僕らと同じく『ワーキングホリデー』に来ている切島君や八百万さんまでもいて……身内多数、思わぬ規模の大捕り物になった。
ほどなくして僕らの位置からも、追跡対象の車両が見えるようになった。違う道路を通って遠くから見えるからよくわかる……確かに、すごいスピードで飛ばしてるな……。
あのスピード、途中で何に当たろうと関係なしで飛ばすつもりで走ってるんだろう……それこそ、無関係の一般車両に当たったり、一般人をひいてしまってもお構いなしに。
見ている間だけでも何回か危ない場面が……一般人が引かれそうになっているところがあったんだけど、それより早く、何かに引っ張られるようにその人が進行ルートから外されて、離れた安全な位置に放り出されていた。
恐らく、ホークスの『剛翼』だ。無数のしなやかで強靭な羽を飛ばし、操れる『個性』。
そのホークス本人は、車から100mくらい離れたところを、自分の『個性』で飛んでる。
すると、『八斉衆』の乗っている車――大型のバンみたいなそれ、2台――が、新路上にあった棒みたいなものを踏み越えて走って……しかしその瞬間、ガクッとスピードが落ち、まともに走れなくなったようだった。遠くから見て、明らかにスピードが落ちていっている。
もっとも、何が起こったのかは知っている。事前に作戦は聞いていたから。
さっきシンリンカムイが無線で言っていた通り……あれは、ルートを読んで先回りしたウワバミ事務所が仕掛けていたトラップだ。より正確に言えば、八百万さんが個性で作ったもの。
海外で、警察の検問なんかでも使われているらしい道具であり……名前は忘れたけど、地面に設置しておくと、その上を通った車のタイヤをパンクさせて走行不能にするものなんだそうだ。
通常、車のタイヤは、パンクしてもしばらくは……ひどく走りづらくはなるけど、空気がある程度中に残っていれば走ることができる。そういう風に、車もタイヤも作られている。
しかしあの道具を使うと、パンクの傷が大きく、さらにタイヤ内の空気が一気に抜けるため、即走行不能になるくらいの即効性があるんだそうだ。そんなものまでよく知ってるな、八百万さん。
『おー、流石ですね。えーと、ウワバミさんのところの……クリエティちゃん? 助かるよ、俺の『剛翼』じゃあ、改造車両止めるにはパワー不足だからね』
『お、おほめにあずかり光栄ですわ、ホークス』
『では他の事務所の方々、後はお願いします。私達ウワバミ事務所はバックアップに回りますので』
『おうさ! こっからは荒事、ファットさんらの出番やで! サンイーター!
『押忍! ファット! 全力で行きます!』
『はい、全力で行きます……緊張と乗り物酔いなんかに負けません……』
2台ともがそれを踏んでしまい、走行不能になって止まる車。
加えて、後ろからは続々と警察車両が追いついてきて……『八斉衆』はやむなく、車を捨てて足で逃げることを選択した。
強行突破して入り組んだ住宅街に入ればまだ望みはある、と踏んだんだろう……実際、警察じゃあ検問も突破されてしまったように、戦闘能力に不安が残るわけだし。
そして、そこをカバーするために僕らが、ヒーローがいる。
そこからは、迅速に事が進んだ。
もともと荒事は、ヒーローの専門分野みたいなものだし……そこで後れを取ることはなかった。
もっとも、相手もさるもの……一筋縄じゃ行かない連中だったけど。
誰が合図するでもなく、一斉に、何もさせずに無力化すべく行動を開始する。
車から出て来た構成員達――『八斉衆』だけじゃなく、その雑用的な部下たちも何人か一緒だったみたいだ――が、意気込んでこっちに拳銃とか凶器を向けたり、『個性』で攻撃しようとしてくるも……
「オラァ来んな! 来たら……」
「先制必縛、ウルシ鎖牢!」
「言ってる暇あったら逃げりゃいいのに……いやまあ、逃げられても困るんすけど」
言ってる間に、構成員の大半が、シンリンカムイの伸ばした樹木で拘束され、それを逃れた面々は、今度こそ残らずホークスの『剛翼』ですくい上げるように飛ばされ、武器を取り落とされた上で警察車両のど真ん中に放り捨てられた。当然そのまま御用である。
残るは『八斉衆』のメンバーのみ……その時点で確認できたのは、4人。
その全員が、死に物狂いで徹底抗戦するような構えで……その覚悟が見受けられる目をして、こっちに向かって来たけど……その瞬間、僕の、あのよくわからない感覚が働いた。
(……誰だ……誰の『声』だ!?)
声が、届いた。助けを求める声が。
咄嗟にそっちの方向を見ると……扉が固く閉じられたまま、曇りガラスで中の様子をうかがい知ることもできない、バンの片割れがあって……
「……ん? あの車の……」
「ナイトアイ、その車です! 多分……保護対象の子!」
「中に……お?」
後になってから聞いたんだけど、この時、ホークスは『剛翼』による振動感知で、あの車の中に、子供(のような高い声)の存在を確認して、それを伝えようとして……しかし、ほぼ同時にそれに気づいた僕の言葉に、少なからず驚いていたんだそうだ。
そんなわずかな間にも、目まぐるしく状況は動く。
「キメラクラーケン!!」
「
まず、『八斉衆』の中でも、事前調査資料にあった2人……窃野って奴と、宝生って奴。
それぞれ、相手が身に着けている者を奪い取る『個性』と、体から硬質の結晶を生み出す『個性』の持ち主だけど……窃野は何かする前に、無数のタコの足みたいな触手に叩き伏せられた。
通形先輩と同じ、雄英『ビッグ3』の1人であり、ファットガムの事務所に『インターン』に出ている、天喰先輩の技だ。
もう片方の宝生は、拳を結晶で固めて殴ってきたものの、ファットガムの『脂肪吸着』によってその拳をからめとられて動けなくなったところに、拳を硬質化させた切島君に殴られ、硬度負けして結晶を砕かれ、昏倒。
その直後、その場にいたほぼ全員が、平衡感覚を失い……まるで、酩酊状態になったみたいに、上手く動けなくなった。
突然、敵(ヒーローや警察)の前にいるにもかかわらず、酒を飲み始めた男の『個性』だ。
「ウィ~……! ほらぁ、来るんじゃねーぞぉ、ポリ公共にヒーロー共ォ! おぉ、俺の近くに来るとよォ、酔っ払っちまァァァアア~~ァア!?」
「あっそ、じゃあんたちょっと離れててくれ」
どうやら、周囲にいる人間を強制的に酩酊状態にする『個性』らしかった。
そのトリガーとして自分も酒を飲んで酔っ払う必要があったのか、それともただ単にアルコール中毒なのかは分かんないけど……しかしどっちにせよ、その活躍も短かった。
ホークスが飛ばした翼(大きめ)に服を引っ掛けられて、そのままぐんぐん空中へ飛ばされて行って……あっという間に、僕らはその『個性』の射程圏外になった。
男は飛ばされたまま、空中で止まっている。あのままにしとけば……なるほど、こっちにもう『個性』は届かない。さすがだ……さっきから大活躍だな、ホークス。さすがNo.3。
残る敵は……頭陀袋みたいなのを、目と口の部分に穴をあけていた小柄な男だ。とりわけ不気味な見た目のこいつは、資料では……確か、何でも食いちぎって食べてしまう『個性』だったはず。
口をガバッと開けて、ファットガム目掛けて食らいつこうとしたその瞬間……ナイトアイが横から飛ばした超質量印が顎に直撃してそのまま昏倒させられた。あっさりと。
まあでも、無理もない……か。口を大きく開いた……すなわち、歯を食いしばって耐えるってことができないタイミングで、しかも顎にあんな重量級の一撃を食らったとなれば……うん。
しかしその直前、僕が注目していた車の扉が開いて……中から、男が3人と……そのうちの1人の脇に抱えられるようにして、小さな女の子が、泣きそうな顔で……恐怖を押し殺すように、歯を食いしばっていた。
その、涙を湛えた目がこっちを見て……目が合った瞬間、僕と通形先輩は走り出していた。
しかし、当然のように……残る2人の男がその前に立ちはだかる。
僕の前には、手に手甲みたいなものをつけた大柄な男が。
通形先輩の前には、着物だか浴衣みたいな服に身を包んだ壮年の男が。
通形先輩の相手の男は、どうやらバリアの個性持ちらしく……僕が大柄な男と戦おうとした際、その体に拳が届くことなく、透明な壁みたいなものに阻まれて……しかし、そのせいで相手の拳も阻まれてしまっていた。
「おい、俺の喧嘩だ、余計なことすんな! このバリア解け!」
「熱くなるな、乱破! この局面、私欲を滅し奉公の心に殉ずる覚悟なくば乗り切れんぞ……オーバーホール様の宿願のために、貴様が矛、私が盾という役割を……」
「POWERRRRRR!!」
「理解しぶぐほぁっ!?」
「あーあー……長々くっちゃべってっから……」
通形先輩に普通に殴り倒される壮年男性。そして、それを見て呆れる栄陽院さん。
僕も同じ感じになってたと思うけど。
まあ……障壁系の『個性』って、通形先輩相手にするとなると、相性最悪だからなあ……普通に『透過』して殴られるわけだから……
そして、立ちふさがる敵が、大柄な男1人になり……そこからは、僕の戦いだ。
リストになかったから個性の詳細はわからないけど……どうやら単純な増強系か、あるいは何らかの形で打撃攻撃……それも、威力だけじゃなく、繰り出す速さをも強化するものらしかった。目にも留まらぬ速さで、とんでもない威力のパンチを繰り出してくる。
一発まともに食らって、吹き飛ばされてしまった。
息が詰まって転がる僕を助けるため、飛び込んで盾になってくれた切島君や、ファットガムの防御すら抜かれて吹き飛ばされてしまったことからも、そのすさまじさがわかる。
アレは……受けようとしたらいけない。防御力自慢の2人でもだめなら……手数と威力で削り殺される。拳だけど、チェーンソーみたいなもんだな。鍔迫り合いが相手に有利に傾く。
(だったら……受けなければいい!)
確かに、目にも留まらないほど……速い。
けど……まだ、反応できる速さだ。僕なら。
(ターニャさんの弾丸よりは遅い! ビスケさんの拳や蹴りよりは読みやすい!)
見てから反応するんじゃ遅い……『観』て、予測しろ。
次の相手の動きを読んで……相手が動く前に、最善の動きをする。
考えるより早く動け! いや、考えるな! 感じろ! 今の僕なら、それができる!
パンドラズ・アクターにもらった、幾十、幾百の戦闘経験……そこから学んだこと。
相手の動きを見たその刹那、頭に最善手を組み上げる。考えるよりも早く体を動かす技。
(『直観力』! どれだけ速かろうが関係ない……その上を行ってみせる!)
☆☆☆
「チェスや将棋の世界において、プロの棋士はほとんどノータイム、あるいはそれに近い早さで、テンポよく駒を進めていくことが多くあります。しかし、彼らは決して適当に打っているわけではない……なぜそれほど早く打てるのかわかりますか、デク君?」
「あ、はい、聞いたことがあります。たしか、長期間の訓練や膨大な経験の中で、一般人、ないしアマチュアにはない脳の神経回路が発達していて、それを使っているからとか……」
「その通り! 言うなれば、プロは考えない……感じるのです。そういった思考技術は『直観力』と呼ばれます……。これが、君が私との修行の中で習得すべき力です」
「直観力……ですか」
「そう。『勘』ではなく『観』です。膨大な経験が可能にする、思考のショートカット技術……と言うと大仰に聞こえますが、実際にはそこまで非日常じみたものと考えなくていい。箸と茶碗を使って食事をする際、意識が食事ではなく、箸を、手を動かすことにいっている人はいないでしょう? それと同じ……経験、繰り返しによって、余分な思考と体の無駄な力みをそぎ落とす。いちいち考えずに、あるいは考えている自覚なしに、無意識にできるようになること。それが目標です」
「で、できるんでしょうか、そんなことが……日常生活の動作ならともかく、戦闘で……」
「その考え方がすでによくない。自分を疑わない、信じること、それが『直観』の第一歩だ」
「? 信じる……?」
「そう。まあ、難しいのもわかります。こういうのはえてして、気付けばできるようになっている……できることが当たり前になっているもの。意識してそれをやり、さらにその先で意識せずにやるというのは、ある種の矛盾を孕んでおり、確かに体得は容易ではない。ですが安心なさい……既にあなたは、その扉に手をかけているのですよ?」
「?」
「デグレチャフ女史との訓練……その中であなたは、相手の動きを『予測』する術を、独学ではあるが身に着けた。戦闘中の高速思考と並列思考、戦いながら考える力……『戦闘洞察力』をビスケ女史から学び、ラバー女史の指導でそういった負荷に耐えきる精神を練り上げた。すでにピースは揃っています。後はそれを、考えずにできるようになるだけ……ならばあとは、練習あるのみ」
「……練習……『経験』ですね」
「その通り! 私との、いやあえてこう言いましょう……私『達』との戦いの中で、それを学びなさい。考えることすら面倒になるまで、戦い続けるのです! いつしかあなたが考えることをやめた時……あなたの体は、真の意味で全力を出して戦えるようになるでしょう……!」
☆☆☆
拳が飛んでくる。避ける。
また飛んでくる。避ける。
大きくは動かない。最低限の動きで……少し体をずらすだけ。
また飛んでくる……今度は避けられない。
飛んでくる拳に、こっちの拳をぶつけて弾く。軌道がそれる。
隙が大きい……反撃できる。こっちの拳を叩き込む。
また飛んでくる。これはブラフ。最初から当たらない。
直後に飛んでくるもう片方。これが本命。避ける。
読む。避ける。あるいは弾く。
その繰り返しで……合間合間にカウンターをねじ込んで、徹底回避型のインファイトで、ガトリングみたいな拳の乱打に渡り合う。
考えてる暇なんてない。なら考えない。見えたまま、起こると思ったままに体を動かし、戦う。
「なんや……あの拳の乱打、捌きよるんか……!? エラいの同級生におるな、
「いやあ……俺もビックリしてるっす……。緑谷、スゲー……」
「サー……緑谷君のあれって……」
「ああ、『予測』による動きだ……まだ粗削りではあるが、それを補って余りある反応と思い切りの良さでカバーしているようだな……」
(まだ、君を過小評価していたということか、私は……)
意識の端に、ファットガムや切島君、通形先輩やナイトアイの声が聞こえる。
ヒュウ、と、ホークスのそれであろう口笛の音も聞こえた。
それをきちんと認識しつつも、戦闘に支障は出さない。反応速度を落とさずに戦い続ける。
「初めてだぜ、お前みたいな奴! 俺を相手にここまで粘って、ここまで長く戦ったのも……ここまで拳が当たらねえって経験も!」
そう言いつつ、男――乱破、って呼ばれてたっけ?――は微塵も動揺した様子はなくて……むしろ歓喜しているのが伝わってくる。声だけじゃなく、心が震えるような『感情』が……
(……まただ。よくわからないけど、相手の『感情』がそのままわかるこの感覚……『助けを求める意思』だけじゃなく、それ以外の感情まで拾うようになったのか?)
――ヂッ!
「っ!?」
「おぉっと、今掠ったなあ!? 集中力続かなくなってきたか!? 俺はむしろようやく肩があったまってきたところだぜ!?」
……っ……一瞬、余分なこと考えて、反応が鈍っちゃったか……いや、それだけじゃない。
今言った通り、だんだん拳が速くなってきてる……こっちが反撃するために使う時間が、隙が、もうないくらいに。
今の僕じゃ……今のままじゃ、この弾幕みたいなパンチを超えて、コイツを倒すだけの攻撃を放つことができない。それこそ捨て身の特攻にでも出なければ……いや、出たところで押し切られるだけだ、無理だな。
でも、それなら……手はある。
単純な話だ。今までの僕を超えればいい。
(今の、この時間を……この『経験』を力に変えろ! コイツの動きを覚えて、慣れて、読め!)
「おい、何かこのコ……」
「まだ速くなるのか……すごいな」
「……っ……!?」
徐々に、加速する。乱破だけじゃなく、僕も。
コイツの拳に慣れて……反応するまでに、読むまでに必要な時間が、どんどん短くなっていく。
ファットガムとホークスの、感心したような、驚いたような声がどこか遠くに聞こえる。最後に聞こえた息をのむような音は……ナイトアイだろうか。
目の前の戦いに集中して……しかし、考えるまではしないで、どんどん思考を、そして体の動きを最適化させていく。
「がふっ、こいつ……!」
僕の拳が、乱破って男の……ペストマスクでおおわれた顔に当たる。
割り込む余裕ができて来た。カウンターでの反撃……その頻度……どんどん増していく!
『フルカウル』の光がどんどん強くなる。眩いばかりに、火花もバチバチ散って……
しかし気にしない。気にはならない。見ているのは……目の前の敵だけ!
もっと、もっと……もっと速く、もっと疾く! もっと多く! もっと強く!
数打ちゃ当たるとかそういうんじゃなく、1発1発を全力で! 1秒前よりも進化させろ! 進化しろ! 相手を置き去りにして強くなれ! 今の自分を超えていけ!
いつだったかな……オールマイトも言っていたじゃないか!
危機も、逆境も……ヒーローは、全て乗り越えて、ぶち壊していくものだって!
だからこその……そう!
「Plus……Ultraァ!!!」
―――ズドガシャアァァアアン!!
気が付けば……ひと際大ぶりの拳の一撃を繰り出した形で、僕の姿勢は止まっていて。
殴り飛ばした乱破って奴は、今まで乗っていた車にたたきつけられて気絶していた。
人型にひしゃげて凹んでる……ちょっと強くやり過ぎたかな。ぴくぴく動いてるから、きちんと生きてはいるみたいだけど……。
潮が引くように、気分の高揚が収まっていく。体から発せられていた光も、収まっていく。
急速に戻っていく思考。周囲のことを『考える』という余裕が、僕に戻って来る中……
「……オール……マイ、ト……!?」
ナイトアイが、恐らくは無意識でぽつりと言ったのであろう、そんな言葉が……妙に、僕の耳に残った感じがした。
……色々と気になるけど、今はいい……まだ、やるべきことがある。
あの、壊理ちゃんって子……彼女を、助けないと!
☆☆☆
その後……無事に僕たちは、壊理ちゃんを助けることに成功した。
僕が戦っている途中……今の僕を超えようとし始めたあたりから、乱破を僕に任せて、通形先輩がすでに助けに走っていた。
残る最後の『八斉衆』……事前資料にあった、玄野って奴も倒して。
ただ、その時にひと悶着あったんだよね……
どうも、壊理ちゃんが『個性』を暴走させてしまったみたいで……その時、ちょうど壊理ちゃんに触れていた通形先輩が苦しみ出して……とっさに、壊理ちゃんが彼から離れた。
助けてほしい、と願っていた子が……恐らくは、通形先輩を苦しめているのが自分だと悟って、自分から離れたのだ。……すごく辛そうな、苦しそうな顔で。
それでも、先輩を傷つけまいと、自分から離れたんだ。
それが放っておけなくて、思わず僕はその小さな体を抱き抱えて……その瞬間、壊理ちゃんが『ダメ、離れて! 死んじゃう!』と、耳元で叫ぶように言って……それを認識するかどうかってくらい早く、まるで、体が内側から引っ張られるような感覚が襲ってきて……けどそれでも、僕は彼女を1人にしまいと、『大丈夫!』と声をかけて、ぎゅっと抱きしめて……
その瞬間、ぽん、と僕の背中……と、壊理ちゃんの背中に、栄陽院さんの手が置かれて……次の瞬間、急激にその感覚が収まっていった。
その時、壊理ちゃんは、驚いたような、不思議そうな顔をしていて……けど、僕や……自分に触れている栄陽院さんが無事だってことを理解すると、ゆっくりと目を閉じた。
どうやら、疲れがたまっていたらしく……気絶してしまったみたいだった。
後から聞いたんだけど、あの時栄陽院さんは、壊理ちゃんの体の中のエネルギーを操作して、暴走状態にあった『個性』を鎮静化させたらしい。
そんなこともできるのか……修業して応用幅が広まったのは知ってたけど……すごいな。相澤先生みたいなことまでできるようになったなんて。
……あのまま僕が、壊理ちゃんの『個性』の暴走にさらされていたら、最終的にはどうなったんだろう……? そもそも、壊理ちゃんの『個性』がどういうものなのかも、わからないんだよな、僕、まだ……。聞かされてないから。
ただ、玄野って奴が、暴走状態の壊理ちゃんを前にして、酷く怯えてたから……少し、いやかなり危険な力だったのかもしれない、な。
その後壊理ちゃんは、救急車で運ばれた。容体は安定しているそうだ。
なぜか、保護した時よりも、頭に生えていた角が縮んでいたらしいけど。
こうして、波乱は色々あったものの、僕と栄陽院さんの、サー・ナイトアイ事務所への『ワーキングホリデー』と、そこで扱った『死穢八斉会』の事件の後始末は、無事に終わったのだった。
『オーバーホール』に連なっていた構成員全員を無事逮捕し、1人の女の子を、無事に保護することができたという結果で。
……僕が知っている範囲では、だけどね……。今のところ。
なんかやたら駆け足になりました。ナイトアイ事務所編。
船ではあんまりでなかったデク君のバトルシーンも無事出せた上で……壊理ちゃんも無事保護です。めでたしめでたし。