中々に波乱だった1日が終わり、私と緑谷……それに、切島と八百万の4人は、そろって電車で帰路についていた。
皆、程度に差はあるが、決して少なくはない疲労を身に抱えて。電車に揺られている。
さっきまで、大捕り物に参加してたわけだから、当たり前だけど。
それでも皆、眠る様子はないのは……さっきまでの戦いの高揚感が収まっていないのに加えて、話題に事欠かないから、なのかもな。
特に今こうして、興奮気味に緑谷に話しかけてる切島見てると、そう思う。
「緑谷お前、演習の時もちょくちょく思ってたけど、また強くなったんじゃね? 武闘派で有名なファットガムでも苦戦してた相手なのに、もうなんか途中から完全に圧倒してたじゃんかよ!」
「確かに……完全に相手を手玉に取っていましたわね……。あれほどの回避能力と……いえ、それ以上に先読みの力でしょうか? どのようなトレーニングの末に会得されたのですか? その……もしよければ、参考までに教えていただきたいと……」
切島だけじゃないな、八百万もか。
2人共、向上心豊かだからな……
「あーうん、ありがとう。えーっと……理由があって詳しくは話せないんだけど、とにかく経験あるのみ、って感じだったかな」
そんな感じで、向上心溢れる若人たちの会話がしばらく続いたわけだが……それが途切れたあたりで、ふと私の目は、切島の両腕に巻かれた包帯に行った。
「そーだ切島、腕の調子どう? いや、さっき怪我しといてどうも何もないかもだけど」
「んあ? おう、心配いらねーよ、もう痛みもほとんどねーし、手も普通に動くから、すこぶる快調って感じだぜ! 多分だけど、この感じなら……明日か明後日にはもうすっかり治ってると思う。栄陽院がやってくれたアレも結構効いた感じするしな!」
最後の戦いの時、乱破とかいう奴の拳を受けて『硬化』による防御を抜かれ、体を割られてしまった切島だったが、応急処置として消毒やら何やら済ませて包帯を巻いた後、私の『コンセントヒール』で治癒力を促進させてある。効果はあったようで何よりだ。
結構多めに『エネルギー』を流し込んだのに加え、強めに『流れ』も作っておいたから、治癒力の強化もしばらく続くはずだ。
私の見立てでも、もうあと数時間から十数時間もかければ自然治癒で大体治るくらいにはなってたと思う。間違ってないといいが。
治りそうだってんなら何よりだ。何せ……
「ならよかった。もう明後日から期末試験だからな……2日目には実技演習もあるし、それまでに治らなかったらヤバそうだなってちょっと心配してたんだよ」
「ははは、ありがとな栄陽院。安心しろって、そのくらいで力を出せなくなるほどやわじゃねーよ俺は! 筆記も準備バッチリだし、実技も今日までの経験を生かして絶対合格するつもりだぜ!」
「……そう言えば、切島さん……今更言うのもなんですが、筆記の方の勉強は大丈夫だったんですの? 先日、教室で話題になった時には、その……少し不安げにしておられたようですが……」
八百万の言葉を聞いて、私と緑谷も思いだす。そう言えばそうだったなと。
私達が言うのもなんだが、今日は期末試験の前々日なのだ。こんな時期になってまで『ワーキングホリデー』に行くなんて、特別な事情がある私や緑谷くらいだろうと実は思ってたから……切島と八百万に現地で会った時は正直、驚いたんだよな。
普通の高校生なら、試験直前は少しでも勉強しておくものだろうから。私も前世はそうだった。
ホークスのところに常闇が、ウワバミのところに拳藤が、シンリンカムイのところに塩崎が来ていなかったのはそういう理由である。たぶん。
通形先輩と天喰先輩は……どうなんだろ、よく知らん。3年生は勝手が違うのかな?
まあ、八百万(筆記中間1位)はともかく、どっちかっていうと切島もそっちの類だったように記憶してたので、私も正直そこ心配してたんだが……
「おう、抜かりねえぜそのへんは。こないだの週末に爆豪からみっちり教えてもらったからよ! 頭いいだけじゃなくて、意外と教えるの上手いのなアイツ」
「あーうん、かっちゃんって基本的に何でもそつなくこなすからね……敬語とか態度以外」
「そうなんだよな。で、みっちり教えてもらったんだけど……その後自分で復習とかもして、割と準備万端になったはいいけど、頭ばっか使いすぎて体動かしたくなってよ……。そんなときに、前にも一度『ワーキングホリデー』で世話になってたファットガムから『ちょっと手が必要やさかい手伝わへん?』って誘いが来たから、気分転換もかねて乗ったんだ」
「そういうことだったのですね……私の場合は、筆記についてはそれなりに自信がありましたので、今の自分にとって課題である実技に生かせそうな経験を積む目的で、今回参加したのですが……」
何かもの言いたげな八百万。
……今回、ウワバミ事務所はバックアップ担当というか……矢面には立たずに、避難誘導とかトラップの設置を中心に立ち回ってたから、それに関してかな?
前線で敵と戦った私らと比べて、自分の方は経験としては劇的なものがなかったことを少し考えている感じだろうか……けど、それだって立派な仕事なのはわかってるから、口に出すのははばかられる……ってところか? 難儀な悩みだなあ……
そもそもというか、八百万って体育祭あたりからこっち、何かにつけて自信なさげにしてるシーンが多い気がするんだよな……少し気になってた。
「まーともあれ、皆大きなケガもなく終われてよかったってことでいいだろ。さっき言ったように明後日から私ら期末試験だし、そこまで疲れその他諸々残らないようにしないとな……つーわけで車内販売のおねーさん、駅弁ください」
「いやどんなわけだよ……あーでも俺も腹減ったわ。食お」
「よく見たらもう夕飯の時間なんだね。僕も買おうかな」
「あ、では私も……」
そんな感じで、軽い感じの雑談を交わしつつ、それぞれの目的地まで、しばし駅弁をつつきながら談笑しつつ、私達はその日の『ワーキングホリデー』を終えたのだった。
しっかり食べて、今日明日はもうゆっくり休んで、試験に備えないとな。
ちなみに駅弁は、緑谷がトンカツ弁当で、切島が焼肉弁当、八百万が牡蠣飯弁当っていうちょっと高いのを買ってた。私は生姜焼き弁当とから揚げ弁当の2つを買った。
せっかくなので、ちょっとずつおかず交換とかした。切島に貰った焼き肉が、思いのほかジューシーで美味しかった。
☆☆☆
明けて翌日。
今日は期末試験直前ってことで、トレーニングは最低限である。きっちり食べて、ゆっくり休んで、英気を養う時間に充てることになっているので。
そんな日になんだが、私は気分転換もかねて……っていうと若干不謹慎かもしれないが、病院に来ていた。ある用事で。
隣には、相澤先生。いつもの黒のツナギを着て、ヒーローとしてのいでたちである。……誰にも気づかれてないっぽいけど。トレードマーク? のゴーグルも首元の布に隠れてるし。
何でこの私達2人が病院に来ているのかというと……ヒーローとしての仕事である。
私の場合、まだ仮免も持っていない『卵』なので、相澤先生はその引率としての役割もある。
この病院には……あの、『死穢八斉会』から保護した女の子……壊理ちゃんが入院しているのだ。
色々と詳細に検査してもらった結果と、『死穢八斉会』の残党連中から聞き出した情報、押収した資料なんかから得た情報をまとめると……壊理ちゃんの『個性』は、両親のどちらとも異なる形で発現した『突然変異』らしく……暫定的にではあるが、『巻き戻し』と名付けられた。
壊理ちゃんは、その体から発する何かしらのエネルギーによって、触れた相手の時間を巻き戻すことができる。
例えば、怪我した人に触れた場合、傷を治す……ではなく、傷を負う前の状態に『戻す』のだ。
この例えだけなら『治癒系の目的に使えるいい個性じゃん』と思うかもしれないが、そんな単純な話ではなく……この『個性』は、言っちゃなんだが、もっと強力で、凶悪なものだった。
フィクションとかでよくある話だが……人間の時間を巻き戻していくと何が起こると思う?
怪我が治る? 不治の病や、病気の後遺症、消えない傷や欠損が治る?
単に若返る? お肌がつやつやになる? 諦めていた毛根が復活する? 青春時代をもう一度?
……うん、まあ、夢のあっていい話だし、一部それを想像して喜びそうな大人もいそうな話ではある。……水色のコスチュームの猫さんとか。
けど、そんな生易しい話じゃないんだなコレが……
人間が『成長』していく時間そのもの。それを巻き戻していくとどうなると思う?
大人が子供になり、子供が赤ん坊になり……やがて胎児に……そして、生まれる前に戻って消えてしまう、なんてホラー展開を聞いたことはないだろうか?
壊理ちゃんはこれができる。できてしまう。
現に彼女は、彼女の父親――『死穢八斉会』の組長の娘婿にあたる――や、世話係として関わった何人もの大人を『消して』いる。生まれる前に戻してしまっているそうだ。
組員からの聞き取りの情報の段階で、その証拠があるわけじゃないけど……確かにそれらの人物の中は、一時期を境に消息が追えなくなり、失踪扱いになっている人が何人もいた。
さらに、もっと別な概念で『戻す』ということすらも、使い方によってはできてしまうという。
さっきは、時間的な『成長』を例に取った。それだけでも驚くべきことだが……彼女の場合は、もっと別な『時間』を戻すこともできるというのだ。
例えば……人間の『進化』の時間を巻き戻していけば……人間は進化する前の類人猿や、猿にまで戻ってしまうかもしれない。
人間の中身……『記憶』だけを巻き戻していけば、知識も常識も何もかも欠落した、見た目は大人、中身は子供、なんていう状態になってしまうかもしれない。
想像するだけでも恐ろしい話だが、壊理ちゃんならば出来うることらしい。
そして、その『恐ろしい話』の最たるものが……人間を『超常』以前に巻き戻すというものだ。
最早、概念的な話になってしまっているが、人間が『個性』を使い始めるようになる以前……私の前世の記憶の中にあるような、『普通の人間社会』だった頃に、人間の状態を巻き戻す、ということが、彼女の個性を使えば可能になってしまうのだ。
……今、私は……先の2つの例と違って、『可能になる』と断言したが……それは、既にその事例が確認されているからである。
思い出した人もいるだろう。クルーズ船でのマンダレイだ。
あの時彼女は、『オーバーホール』の部下、『ミミック』こと本部長・入中が不意打ちで放った妙な弾丸を受け、その結果、一時的に『個性』が使えなくなった。
あの、先端が注射針みたいになっている、いかにもな弾丸だが……実は、その時に押収した残りの弾丸を分析した結果、未使用のそれの中から……人間の体組織らしきものが検出されている。
……もうお分かりだろう。あの弾丸の材料が何だったのか。
オーバーホールは、壊理ちゃんの体……血液や細胞組織を採取して弾丸に加工していたのだ。『個性』を破壊する兵器の材料として。
ゆくゆくは、一定時間で復活するようなものじゃなく、完全に『個性』を消滅させる弾丸を作るつもりだったらしい。海外の違法な研究所ともつながりのあるとされる『キュレーター』と取引を行っていたのも、あるいはそれが目的か。
その上で、それを治療して『個性』を復活させるための『血清』と組み合わせて売りさばくことで、巨額の利益を得ようとしていたようだ。
……もうなんか、色々と言いたいことはあるが、何から言ったもんかわからん。
オーバーホールの外道っぷりとか、壊理ちゃんがかわいそうだとか、キュレーターにその研究のデータが一部渡ってるんじゃないかとか色々あるけど……その大半は、警察やプロヒーローの領分だし、私が首や口を突っ込むことじゃないから、まずおいとく。
ひとまず今はそれより……私、と相澤先生がこの病院に呼ばれた理由の方に行こう。
一通り壊理ちゃんの『個性』について説明したが……先に話した個性事故の件で察していると思うが、壊理ちゃんは現在、まだこの『個性』をまともに扱えていない。
自分で制御しきれず、暴走させてしまう。その結果、望まぬ被害を出してしまう。
自分の父親を消してしまった件もそうだし……あの日、事件解決間際で起こっていたこともそうだ。暴走したエネルギーの奔流にさらし、危うく通形先輩と玄野、そして緑谷を『巻き戻し』に巻き込んでしまう所だった。
そして壊理ちゃんは、オーバーホールがその事実を利用して『お前は触れるだけで人を傷つける』『俺だけがお前と一緒にいられる』『お前は外に出ちゃダメなんだ』って洗脳教育じみたことを吹き込んでいたせいで、ひどく精神的に追い詰められている。絶許。
もちろん、克服するための個性訓練なんかもさせていない。利用するつもりだったんだから、そんな親切なことはしないか。
そのため、余計に不安定なまま今に至っているのだ。
これを抑えられるのは、現時点では2人……いや、3人しかいない。
見るだけで『個性』を消せる、『抹消』を持つ相澤先生。
そして、エネルギーの流れを操って現象そのものを鎮静化できる、私……と、母さんだ。
現にこないだの現場では、そうやって壊理ちゃんの暴走を抑えて、緑谷と壊理ちゃんを助けたわけだし。行けそうだと思ったんだけど……私の『エネルギー』と混ぜ合わせて操れたんだよね。
それで、徐々に沈静化させるイメージで動かしてやったら、収まった。ただ、発動しかけていた分のエネルギーは、大部分が霧散しちゃったけど。
というわけで、私達がこうしてここに呼ばれた理由は、そこなわけだ。何かあっても、壊理ちゃんを抑え込めるから。母さんは、諸用で留守にしていて来れなかったので、私に白羽の矢が立った。
被害者である女の子を……危険物扱いしてしまっているようで、いい気はしないけど。
そのまま病室に行くと、壊理ちゃんはかわいいピンク色の病人着を着てベッドに座っていて……私のことを覚えていたらしく、『あ……』と、驚いたような顔になっていた。
部屋には他に、ナイトアイ事務所のサイドキックのバブルガールや、警察の人も何人かいた。
サー・ナイトアイも……あれ、いない? 今日、彼も来るはずじゃなかったっけ?
え、何、バブルガール? ……急用で来れなくなった? あ、そうなんですか……
その時丁度、壊理ちゃんの左の額にある角から、僅かに個性の光が出ていたのを見て……壊理ちゃんが慌ててそれを隠そうと、あるは手で押さえようとしたと同時に、先生が『抹消』を発動。
その瞬間、光は消えて……壊理ちゃんが今度は『?』になっていた。
「……なるほど、俺の個性でもきちんと消せるようだな」
「角が関係あるようではありますが、異形型のカテゴリーじゃなく、きちんと見た目通り発動型みたいですね……よかったです。……しかし、昨日より角、小さくなってるような……?」
「……? あ、あの……」
おっと、壊理ちゃん放っといて私達だけで放してたらダメだね、きちんと話してあげなきゃ。
それからしばらく、私は壊理ちゃんと一緒に色んな事を話しつつ、試してみていた。後者に関しては、バブルガールや先生、警察の人からの指示をもらいつつ。
その結果、わかったことが1つ。
「なるほど。それなら栄陽院……彼女に対して、お前の『無限エネルギー』なら、有事の際の抑制と、個性自体の訓練・指導の両方を担える力を持ってると見ていいわけか」
「今日試した感じではそうですね。彼女の体の中のエネルギーの掌握も、さほど苦労しませんでしたし。外部から指向性を持たせて操作するまでは流石に無理そうですが」
「『抑える』と『教える』。その2点さえどうにかなるなら十分な収穫だ」
今の会話の通り……私が今日、ここに来た目的はもう1つある。
壊理ちゃんの『個性』と、私の『個性』の類似性について、相澤先生や医療関係者立ち会いの元で色々と検証し……私が彼女に、エネルギーの……ひいては『個性』の使い方について指導できるかどうかを調べるためだ。
暴走した壊理ちゃんの『個性』を私が沈静化できたことから、エネルギーの扱いそのものを指導できる可能性が浮上したもんで。
結論としては、壊理ちゃんの体内のエネルギーの扱いそのもの……暴走させないように循環し鎮静化させたりする程度であれば、私が外部からやる要領で教えられそうだ。
エネルギーそのものの性質は全く違いそうだから、ホントの意味で『使い方』を教えるのは難しいけど……相澤先生の言う通り、最大の懸念だった『暴走』をどうにかできるなら十分か。
また、その過程でわかったことなんだけど、壊理ちゃんのエネルギーはため込みすぎると暴走してしまう性質であるらしい。
私の『個性』を使えば、ため込まれているエネルギーに干渉して、余剰分をある程度霧散させることもできるので、そのへんも役に立てる、かな。
そのことを話したら、壊理ちゃんも……見ていたバブルガールや警察の人、医療関係者なんかも、ほっとしたような表情になっていた。
皆、心配だったんだな。壊理ちゃんのこと。
今後、壊理ちゃんの容体がきちんと安定して、退院した後になると思うけど……ちょいちょい私か母さんが、『エネルギー』の扱いを教えていく役目を負うことになりそうだ。
訓練は大変だけど、きちんと『個性』を使えるようになれば、普通の生活を送れるようになるよ、的なことを言ってあげたら、『がんばる!』と意気込んでいた。えらいえらい。
が、その後、ふと思いついたように……
「あの……あの人、とも、また会える?」
「? あの人って……どの人?」
「その……私を、助けてくれた人……。永久さんと、一緒に」
……私と一緒に壊理ちゃんを助けた人……ああ、緑谷か。
会えるよ、大丈夫、って教えてあげたら、嬉しそうにしてた。
なんだ、緑谷……懐かれたのかな? よかったじゃないの、こんなかわいい子に……本人知らないだろうけど。
……後になってから事情聴いて知ったんだけど、壊理ちゃんはその危険かつ制御不能な『個性』のせいで、他人から触れることも近づくことも避けられて今まで過ごしていたらしい。
彼女を利用しようとしていたオーバーホールやその部下ですら、必要以上には彼女に触れようとはしなかったそうだ。
そのため、何のためらいもなく自分に触れてくれた緑谷や私に、他の人以上に懐いてるのかもしれない、無意識の好感みたいなものがあるのかもしれない、というのが、バブルガールや警察の人の見立てだった。
嬉しいは嬉しいんだけど……くっついてきた理由部分が思いのほか重い……。
壊理ちゃんにはぜひ今後、きちんと『個性』のコントロールを覚えて幸せになってもらいたいもんである。