第91話 TS少女と期末試験
期末試験、筆記は無事終了。
手ごたえは上々。まず赤点ってことはないだろうと思う。なんなら、『デウス・ロ・ウルト』のバックアップが合った分、中間よりできたくらいだ。
緑谷にも聞いてみたけど、大体そんな感じだったみたい。この分なら、中間と同じく上位は狙えると見ていいかな、私達2人共。
そんな感じで筆記は終わったってことで……残る『実技演習』の方に、これから挑むわけだが。
各自コスチュームに着替えて、集合場所であるバス乗り場に集まった私達。
ここ最近の間に、コスチュームの改良を進めた者はそれなりに多くいたようで……以前見たコスチュームと違うデザインだな、って見てわかる者が何人かいた。
口田がつけてるマスクや、上鳴が腕に着けてる……何かの機械っぽいガジェット。耳郎がつけてるヘッドホンに……切島も、こないだの件の時に気づいたけど、微妙にデザインとか変えてるな。
ちなみに私は、『個性』のコントロールと地力の強化に重点を置いていたので、そんなに変わってない。微調整した程度だ。
対して緑谷は……細かいところが色々と変わってる。工房にちょくちょく言って、ラバーやパワーローダー先生、それにサポート科の発目とも仲良くなって、色々弄ってるみたいだった。
それでも、まず今できる改良にとどめていて、本番は夏休み入ってかららしいけど。
ともあれ、準備万端で試験開始を待っている状態なわけだが……ちと気になることが1つ。
「……? 先生多いな……?」
と、ぽつりとつぶやくように言った耳郎は……どうやら、私と同じ感想を抱いたらしい。
その横にいる葉隠が、数えるようなジェスチャーをしていて……相澤先生を含めて、この場に8人もの先生――無論、全員プロヒーローである――がいることを不思議に思っていた。
相澤先生にマイク先生、ミッドナイト先生にエクトプラズム先生、パワーローダー先生にセメントス先生、13号先生にスナイプ先生か……
……嫌な予感がする。
何人か勘のいい連中は、そのことに違和感を抱きつつある中……いつも通りの気だるげな様子のまま、相澤先生が説明を始める。
「さて、それじゃあ演習試験を始めていく。諸君なら事前に何か知ら情報を仕入れて、何するか薄々わかってるとは思うが……」
「入試みてえなロボ無双だろ!」
「花火! カレー! 肝試しー!」
と、上鳴と芦戸の2人がハイテンションで答える。
2人とも、八百万に勉強教えてもらって、懸念だった筆記テストが大丈夫だったからこそのテンションだな……こっちの実技の方は、上鳴いわくところの『ロボ無双』だって聞いてるし、こっちはむしろ楽勝だととらえている様子。
芦戸は……発言内容からして、すでに頭の中が林間合宿に飛んでいってしまっているらしい。まー楽しそうに、ぶんぶんと腕を振って、明るい未来に思いをはせているが……
「残念! 色々あって今年から内容を変更しちゃうのさ!」
相澤先生の首元、マフラーみたいになってる捕縛布の下から突如現れた校長先生の一言に、2人とも、ビデオの一時停止のボタンを押されたかのような見事な硬直。
ショックの大きさが伝わってくる……哀れな。
まあ、大体予想ついてたけどね……そんな単純な課題じゃないだろうって。
今の私達なら、個性の相性にもよるけど、ロボなんて対して敵じゃないし……そもそも相澤先生曰く、戦闘能力しか見れない『合理的でない』試験らしいからな、アレ。
「校長先生、変更って……?」
不安げに聞き返す八百万。
尋ねられた校長先生は、捕縛布をロープ代わりにしてよいしょ、よいしょ、と相澤先生の肩から地面に降りる。その背後で、滑って落ちないように支える手をスタンバイしてた13号先生の心遣いは流石というか、見た目がアレだから微笑ましい光景に見えなくもなかったというか。
まあそれは置いといて……校長先生曰く、私の考えた通り、ロボを使った演習は実戦的ではないという話になったそうで。
昨今の『敵』の活性化状況や、今年度特別カリキュラムの実施で大きく伸びている私達の実力も考慮し、対人戦闘・活動を見据えた、より実戦に近い形式の教えを重視するとのこと。
「というわけで、諸君にはこれから……2人1組で、ここにいる教師1人と模擬戦を行ってもらう!」
「先生方と……!?」
驚いて聞き返す麗日。
もっとも、麗日以外の黙っている面々も、同じような感想を抱いているようだけども。場の緊張感が、否応なしに高まっていくのを感じる。
私としても……予想しないじゃなかったけど、やっぱりそうだと突きつけられると……驚きはともかくとして、緊張はせざるを得ない。
ロボはそもそも問題として見ちゃいなかったが……相手が先生方となると……その難易度は段違いどころじゃないからな。そりゃまあ……緊張もする。
細かいルールなんかはまだ説明されてないが、楽な試験ではないだろう、間違いなく。
なお、組み合わせは既に決定されているらしい。個々の抱える課題とか、相性なんかを考慮して……その相手まで含めて、職員会議の中で独断で決めたとのこと。
発表された組み合わせは、以下の通り。
轟・八百万VSイレイザーヘッド
耳郎・口田VSプレゼント・マイク
瀬呂・峰田VSミッドナイト
蛙吹・常闇VSエクトプラズム
飯田・尾白VSパワーローダー
砂藤・切島VSセメントス
葉隠・障子VSスナイプ
芦戸・上鳴VS校長
麗日・栄陽院VS13号
緑谷・爆豪VSオールマイト
なお、オールマイト先生は、発表される段階になって突然現れた。そういう演出好きだよねこの人。
またなんか……安定してそうな組み合わせから、不安しかない組み合わせまで色々と……
飯田と尾白、梅雨ちゃんと常闇みたいに、2人共真面目だったり冷静で、連携取る分には問題なさそうなところもあるけど……反対に、緑谷と爆豪みたいに、『よりにもよってこの2人かよ』って言うしかないようなペアまで……
先生方曰く、これらのペア全て、それぞれに抱えている『課題』ってものがあるらしいんだが……それがわかりやすいペアもいれば、全然わからんペアもいる。
私の場合は、麗日とのペアで、相手は13号先生か……。
課題は……わかるような、わからないような……多分これかなってのは、一応あるな。
「以上の組み合わせで行う。それぞれステージを用意してあり、試験は10組一斉にスタートする。試験の内容については、各々の対戦相手から現地で説明がある。移動は学内バスだ、時間がもったいない、速やかに乗れ。以上」
だってさ。じゃ……移動しますか。
「よろしくね、永久ちゃん」
「おう、よろしく。13号先生も、よろしくお願いします。どうぞお手柔らかに」
「ははは、手は抜かないけどきっちりやらせてもらいますよ。よろしく、2人共」
☆☆☆
会場であるUSJに到着し――よりにもよってここかよ――試験開始前に、13号先生からルールの説明。麗日も私も、襟を正して聞く。
「それでは、今回の試験のルールについて説明しますね。まず、今回の試験ですが、普段ヒーロー基礎学などでやっているであろう戦闘訓練と同様、『勝利条件』……すなわち、あなた方が目指す目的が2つ、設定されています。1つは、このハンドカフスを僕にかけること」
そう言って、13号先生は、手錠みたいな形のツールを取り出し、私らに渡してくる。
「これを、僕の体のどこにでも、2つある輪っかの1つだけで構いません、かけることができればそれでクリアです。そしてもう1つの目的は……決められた出入口からの脱出。すなわち、逃げることです」
「え……逃げてもええんですか?」
「はい、もちろんです。というのも……さっき校長先生が言っていた通り、今回の模擬戦は、可能な限り実戦を意識したものになっています。要するに、君達生徒は、僕ら教員を『敵』そのものだと思って対処することになる……その場合、どういった対応を取るのが正解か」
「……なるほど。敵に遭遇して、そのまま戦って勝てればよし。しかし、時には自分の実力では手に負えないような敵と遭遇することもある。その時にどうすべきか……ということですか」
「その通り! その場合は、逃げて応援を呼ぶ、様子を見るなどの対応も立派に選択肢のうちの1つとなります。戦闘能力以外に、そのあたりの判断力や観察力もまた、試される項目です。……こう言っては何ですが、栄陽院さんは……流石にそのあたりの理解がありますね」
少し言いづらそうに言う13号先生。
麗日は隣で『どういう意味?』みたいな感じになってたが……私にはすぐ分かった。
……まあ、私とか緑谷とかは……そういう場面というか、ガチでヤバい敵に遭遇した頻度や回数が、結構なもんになってるからな……
ここUSJで最初の襲撃があった時もそうだし……保須市でのヒーロー殺しの一件もそう。さらには、ついこの間の『オーバーホール』の一件も……
どれも、私達『有精卵』の手には余る敵との遭遇。交戦すること自体が得策とは言えず、結局……時間を稼ぐなりなんなりして、その場に駆けつけたプロヒーローに助けられた。もちろん、それが間違った対応だったとかではないが。
USJではオールマイト先生が、保須市ではエンデヴァーとジーニストが(ってことになってる)、そして『オーバーホール』の時は、サー・ナイトアイとルミリオンが、それぞれ助けてくれた。
だからこそ、私は……私達は、手に負えない、どうしようもないような敵との経験をいくつも積んでいて……その場合に取るべき行動もよくわかってる。
……もちろん、そのままでいいわけもない、ってこともだが。
「それでも……こういう言い方は面白くないかもしれませんが、教師である僕達と、あなた達生徒の間には、思っているよりも大きな差があります。なので僕達は、ハンデとしてコレを装着します」
「……? 腕輪、ですか?」
「重りです。腕輪型のね。かなりの重量が超圧縮されたもので、これを僕ら教員は、自分の体重の半分の重さだけ身に着けて模擬戦に臨みます」
なるほど……戦闘を視野に入れさせるためか。
自分の体重の半分ともなれば、人にもよるが結構な負担だ。大きく動くような戦い方が主体のヒーローには、かなりの負荷になるだろう。
……中には、そのくらいじゃハンデにならなそうな人もいるが。
ガン無視できてしまえそうなくらいの怪力持ちのオールマイト先生とか、そもそも大きく動くことが少ないであろうセメントス先生とか……。
目の前で『わわっ、思ったより重い』なんて、ちょっとかわいいリアクションをしながら腕輪を装着している13号先生を見ながら、この人はどっちだろうと考えるけど……わからん。
「そしてもう1つ。今回の試験、制限時間が当然設定されていますが……全員一律で、試験時間は30分間。何もできずにタイムアップになってしまえば、もちろん赤点、不合格です。ただ、基本的に途中で試験が終わることはないので、最後の1秒まで諦めずにトライしてくることを期待します。まあ、ドクターストップなんかの、どうしようもない例外はありますけどね」
その他、色々と質疑応答何かを経て……事前説明は終了。
開始時間が迫っているってことで、13号先生とは別れ、それぞれスタンバイに入る。
今回は生徒というか、コンビごとに試験会場は違うが……全員共通して、生徒は会場の中心からスタートする。
それに対して、教員はどこからスタートしてもいい。出口を塞ぐってことで、ゲート付近に陣取ってるかもしれないし、奇襲をかけるために近づいてきている可能性もある。
そのあたりの見極め、対策、対応なんかも評価対象ってわけね。
作戦タイム、可能な限りのことは話して決めた……後は、精一杯やるだけだ。
「がんばろうね、永久ちゃん! 私なんかじゃ、あんまり役に立てへんかもやけど……」
「そんなことないよ……いや、むしろそれが、私らの場合の『課題』かもだし、考えても仕方ないというか……とにかくよろしく、麗日。今は試験に集中! 絶対林間合宿行こうな!」
「うん!」
そんなやり取りを交わしたところで、アナウンスが響く。
リカバリーガールが救護係を兼ねて、試験監督をやってくれてるらしいから……彼女の声だ。
『それじゃ今から、雄英高校1年A組、1学期期末試験開始するよ! レディ――…………ゴォ!!』