TSから始まるヒロインアカデミア   作:破戒僧

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第97話 TS少女と課題達成(ひとまず)

 

Side.緑谷出久

 

 瀬呂君と最初に向かったアトラクション……というか試験場というか……まあいいや。

 

 そこは『アマゾンシップ』という名前の乗り物系アトラクションだった。

 

 よくあるタイプの……コースに沿って動く船に乗って移動し、道中の景色とかギミックを見て楽しむという奴だ。添乗員さんが小粋なトークなんかを挟んできて受けを取ったりすることもある。

 

 筏みたいな形の船に乗って、コースを一周する。船はコース上を自動で動くので、操作する必要はない。およそ15分ほどで一周するそうだ。

 

 そんなアトラクションで行われる僕らの、というか瀬呂君の『試験』だが……もちろんただ乗っていればいい、なんてわけがない。乗っている最中にきちんとやることがあって、その部分がきっちり『模擬戦』であり……瀬呂君の課題に通じていた。

 

 ここの試験官を担当していたのは、海難ヒーロー・セルキーだった。梅雨ちゃんの職場体験とワーキングホリデー先であり、先の『オーバーホール事件』の際に共闘した事務所でもある。

 18人っていう動員人数にも驚いたけど、教員以外のヒーローもいるなんて……重ねて驚いた。

 

 それはともかく、このコースにおける勝利条件は……『(ヴィラン)の捕縛及び護送』である。

 

 このステージでは、セルキー以外にも、事務所のサイドキックなどを動員していて、7人の『敵』がエリア内に潜んでいるらしい。それらの『敵』役を捕縛して船に乗せ、その状態でゴールする=ゲートをくぐるというのが達成条件だ。それで初めて『護送完了』扱いになる。

 

 瀬呂君の個性である『テープ』……期末試験でペアだった峰田君と同様、拘束能力に定評がある個性であると言える。また、飛ばして巻き取ることで移動にも使用でき、応用幅は広い。

 恐らくそれに関連した『課題』であり、それが期末でこなせなかったからこそ、ここでもそれを求められてるんだろう。

 

 なお、一周15分かかるってのはさっき言った通りだが、この試験の制限時間は1時間。

 すなわち、船はオートで動き、このコースを4周する。その間に、セルキーを含め7人いる『敵』役のうち、3人を『護送完了』にすれば達成だ。

 

 だが、一旦捕まえて船に乗せても、ゴールのゲートをくぐる前に奪還されて、あるいは逃げられてしまえば意味はない。また逆に言えば、船がゴールする直前に捕縛して船に乗せ、そのまま達成、とかでも問題ない。できるならば。

 

 要するに、船がゲートをくぐる瞬間に、船に乗せて捕縛できていればいいわけだ。

 

 また、僕らは常に船に乗っていなければならないわけじゃない。

 そもそも、僕らは船を降りて陸地や水路を歩いて、『敵』を見つけて交戦、捕縛しなきゃいけないわけだからな……逆に船に乗っているのは、捕縛した『敵』の護送中、それを取り返されないように守る間だけでも十分なわけだ……というか、むしろそっちの方がいいかもしれないな。

 

 そんな感じで、さあ頑張ろう、と意気込んで出発した僕らだったんだが……開始から5分も経たないうちに、状況は大きく動いた。

 

 お互いの死角をカバーしつつ、密林……に似せて作ったエリア内を、『敵』を探して歩いていたんだけど……ふいに、僕の背後を見た瀬呂君がはっとした表情になって、

 

「緑谷、危ねえ!」

 

 そう言って、僕を押しのけて背後に向けてテープを伸ばす瀬呂君。

 とっさに僕もその視線を追いかけて先を見ると、そこにいたのはなんと……

 

「お前っ、B組の……」

 

「取陰さん!?」

 

「やっほー、頑張ってるかいお2人さん?」

 

 この間の『ワーキングホリデー』でも一緒になった、B組の推薦入学枠、取陰さんがいた。

 いつものように、体にぴったりと密着する、煽情的な……って言えそうなくらいのセクシー系なコスチュームに身を包んでいる彼女だが、そこには腰のあたりから上だけが浮かんでいた。射出された瀬呂君のテープを、ひらりと交わした姿勢で。

 

 ていうか、何で彼女がここに……と思った瞬間、僕の腰に何かが絡み付く感触があったと同時に……取陰さんとはまた、全く別な方向に勢いよく引っ張られた。

 そっちに視線をやると、絡みついてるのは……舌!? っていうか……

 

「梅雨ちゃん!? それに……B組の拳藤さんも!?」

 

「はぁ、梅雨ちゃんにB組の委員長!? おい、一体どうなってんだよ!?」

 

「けろ、悪いけど話している暇はないから……緑谷ちゃんもらっていくわね。拳藤ちゃん」

 

「あいよ。よいしょっとぉ!」

 

 梅雨ちゃんが舌を引っ込めるのに合わせて、拳藤さんが『大拳』を発動し、持ち前のパワーで一気に僕のことを引っ張り抜いて……そのまま投げ飛ばして向こうの水路に落とした。

 そこからは、水中がホームグラウンドの梅雨ちゃんに、あっという間に瀬呂君から遠く離れた位置まで運ばれて、その姿すら見えなくなってしまった。

 

 瀬呂君は、攫われていく僕を助けようとテープを飛ばそうとしていたけど、無数に分裂した取陰さんの体の破片が縦横無尽に飛び回ってそれを妨害し、結局無理だった。

 

 

 

 そして、今に至る。

 梅雨ちゃん、取陰さん、拳藤さんの3人を相手に、僕は今戦っている。

 

 1人1人を相手にするのであれば、多分……戦闘能力では勝っているし、3人同時でも勝てなくはないと思う。

 けど、3人は必ずしも、僕と戦うというか、ノックアウトするような感じじゃなく……あくまで僕を『逃がさない』ことを目的に戦っている。いわば、足止めに徹している感じだ。

 

 近距離戦で威力を発揮する『大拳』を持つ拳藤さんに、縦横無尽の動きと冷静な判断力、長い舌で中距離からの支援をこなす梅雨ちゃん、分裂させたパーツを飛ばして遠距離からちまちまといやらしく攻めてくる取陰さん……なんて厄介なんだ! コンビネーションもばっちりだし!

 

 というか、何でこの3人がここにいるのかってまずは聞いたんだけど……なんと、『ワーキングホリデー』だそうだ。セルキー事務所の。

 この、雄英の試験官をやる仕事の際のエキストラとして募集が……というか、直接梅雨ちゃんに話が持ち込まれたんだって。職場体験からのつながりで、どうかって。

 

 さらにその梅雨ちゃんが、こないだの一件でつながりのできた取陰さんに声をかけ、さらに取陰さんが、戦闘の際のバランス的にインファイターが欲しいなってことで、拳藤さんに声をかけた。

 結果、近距離、中距離、遠距離の3個性が揃った凶悪なトリオが結成されたわけ。

 

「緑谷ちゃんにも瀬呂ちゃんにも恨みはないけど、これもお仕事だから、許してね」

 

「それは理解したし、仕方ないと思うけどっ……僕をさらったのって、戦力の分断が目的?」

 

「それもなくはないよ。けど、本命の目的は……瀬呂が期末の時にやらかしたっていう失敗をきちんと顧みて、反省点として生かしてるかの確認だって……さ!」

 

 インパクトの瞬間に拳を巨大化させ、かなりの威力にして殴りつけてくる拳藤さん。

 受け流すように防御したおかげで、さして痛打にはなってないけど、その合間に、あるいは援護するような形で梅雨ちゃんと取陰さんの攻撃来るからやりづらい……

 

 梅雨ちゃんの鞭みたいにしなる舌はもちろん、細かく分裂した取陰さんのパーツが怒涛のようにぶつかってくるのも……威力は大したことないけど、鬱陶しいし、視界も遮る……数が多すぎるわ死角から飛んでくるわで、『直観力』でもよけきれないし……

 

 それに、さっきから……

 

(なんか取陰さんの体のパーツ、『バシッ』とか『ズドッ』って突っ込んでくるのに交じって……時々妙にやわらかい部分が『ぷにょん』って突っ込んでくるんだけど!? 狙ってる!? 狙ってやってるコレ!? いや確かにっていうかまさに、僕の集中力を削るには有効な手段だけども―――)

 

 

「ふ――っ」

 

「ひょわああぁぁあ!?」

 

 耳に! 耳に息が! ぞくってなっあ痛っ!? 怯んだ瞬間に梅雨ちゃんの舌……そして間髪入れずに接近してきた拳藤さんの一撃があ痛ぁっ!?

 

 さっきからこんな感じで、色んな意味で『いやらしい』攻撃とかコンボが多い……っ!

 

 けど、そんなこと言ったところで言い訳でしかない。どんな攻撃であろうと通じているのは事実……『痛いところがあるなら突いていく』っていうのは、戦闘において常に頭に、冷徹に置いておくべき思考だって、相澤先生やターニャさんも言ってた。

 

 ひとまず落ち着け、動揺してたら思うつぼだ。

 集中は切らさずに、かつ、動揺する原因になった事柄は考えないように……そういや、話がまだ途中だったな……ちょうどいい。

 

 体勢を立て直して構えつつ、さっきまで喋っていた拳藤さんに問い返す。

 

「反省点って……瀬呂君のだよね?」

 

「ん? ああ、そうだよ。この仕事に当たって、私らも瀬呂と峰田の期末のVTR見せてもらったんだけど……瀬呂、峰田をかばってミッドナイト先生の『眠り香』食らってただろ?」

 

「自己犠牲の精神はヒーローにとって大なり小なり必要なものなのは確かよ。ただ、それで一時的に脅威をしのげたとしても、それが『次』に続かない、戦況を悪化させるだけの結果にしかならなければ、それは正しい判断だとは言えないわ」

 

「『拘束系の能力の生かし方』とはまた微妙に別枠の課題だけど、瀬呂の場合はそのへんも重要な評価点なんだってさ。で、多少なりともそのへんを反省して、今回という『次』に生かせるようにしていたかの確認だったんだけど……残念ながら、緑谷攫われちゃったね」

 

 っ……さっきのでマイナス評価になったかもしれないのか、瀬呂君……

 

 確かにさっき、僕を突き飛ばしてテープを放って、取陰さんから助けてはくれたけど、それまで瀬呂君が見張っていた方向がそれによってノーマークになって、そっちから隠れてきていた梅雨ちゃんに僕、捕まっちゃったからなあ……あそこでの正解は、僕の背後をけん制しつつ、自分の周囲及び受け持っている範囲も疎かにはしない、って感じの判断だったのか。

 

 評価担当者であるセルキーもそれは承知しているはず。幸先の悪いスタートになったかな……

 

 でも……

 

(大丈夫だ。瀬呂君なら……きっと挽回できる。彼はもう多分、課題自体には気づいてるはずだ!)

 

 船に乗る前……何ならその前の移動中からの雑談の中で、そういう……『次に続かない自己犠牲』が間違いであり、失敗にしかならないことは、瀬呂君はもう認識していた。

 奇しくも、入学直後あたりの僕もまた、その辺に関して同じように甘い考え方を持っていたから、よくわかる。そのことを、相澤先生から『個性把握テスト』で指摘されたんだっけな。

 

 ただ、とっさの、反射的な動きの改善まではどうしてもできていなかった。そのせいで今回はこういう結果になっちゃったんだと思う。

 

 連れ去られる瞬間に見えた瀬呂君の顔……はコスチュームのマスクで見えなかったから、声だけだけど……すごく悔しそうな感じだった気がしたから。

 多分、してやられたこと以上に……教訓を生かせず、同じ部類の失敗をしてしまったことを悔やんでたんだと思う。

 

 そのことをセルキーが気づいているかどうかはわからないけど、ここからでも十分挽回は可能なはずだ。そのためにも、一刻も早く戻って合流しないと!

 

 彼を信じないわけじゃないけど、だからって僕も何もしないでいて気が済むほど、僕も物分かりがよくはない。どうせなら、ここにいる足止め役の3人のうち、1人か2人でも捕まえて持ち帰れれば――字面が酷いな、他の表現探そう――課題達成に貢献出来て、十分なリカバリーになる。

 

 後ろ向きにばかり考えても仕方ない。瀬呂君もそうするだろうと信じて、今できる全力を尽くせ!

 

「……アレ、なんか面構え変わったけど……」

 

「けど……どうやら、逆境で逆に火がついちゃったみたいね。……ここから大変よ、2人共」

 

「みたいだね……体育祭優勝者が本気になったか。……上等! 元々緑谷、格闘型のあんたとは一度戦ってみたいと思ってたんだ、挑ませてもらうよ!」

 

「一佳ってそんなバトルジャンキーみたいなとこあったっけ?」

 

「単純な向上心だと思うわ。いずれにしても油断しないで取陰ちゃん。あの目になった緑谷ちゃんは本当に強いから。ぼーっとしてると……全滅もあり得るわ。警戒して」

 

「了解。しかし……よく見てんねー蛙吹、緑谷のこと。さすがはクラスメイトって奴?」

 

「…………けろ」

 

 ……なんか少し気になる会話をしてた気がするけど、まあいい。

 皆、真剣にこの試験に挑んでるはずだ。だったら……多少アレなやり方で攻めてこられようとも構うもんか。僕もヒーローの卵として、今出せる全部で瀬呂君と一緒に戦ってやる!

 

「今までと同じ手は通じない、ないし対応されそうだな……よし、こっちも色々攻め方とか変えてみよう! 今度はとりま……寝技メインとかでやってみる?」

 

「寝技って……ただでさえパワータイプの緑谷を相手にするのに、それは危険だろ……」

 

「いいえ、そうでもないわ。近接格闘の中には、上手く決まれば力がどれだけ強くても抜け出せない拘束技みたいなものもあるもの。リスクはあるけど……試す価値はありそうね」

 

「……なるほど、そういう考え方もできるのか。よし……わかった。私がサポートに回るから、その技と拘束は、蛙吹と取陰にまかせる。よろしく!」

 

「「了解!」」

 

 ……なんか、また別な意味で油断できない展開になりそうではあるけど。

 

 え、マジで寝技でくるの……?

 梅雨ちゃんは真面目に言ってるのかもだけど、取陰さん、ニヤニヤ笑ってるんだけど……明らかに邪な部類の考えを抱いてるんだけど。弄られる予感しかしないんだけど!?

 

 あーもう、上等だ! 僕だって成長してるんだ、舐めるなよ!

 

 

 

 この後、ホントに寝技メインで攻めてこられて……色々ギリギリになりながらも、どうにか勝った。足止め役3人の中からは、どうにか梅雨ちゃんを捕縛することに成功した。水中を自在に動ける彼女をここで捕縛できたのは大きい。

 

 拳藤さんには、隙をついて逃げられてしまった。欲を言えば彼女も捉えたかったんだけど、まあこの際だ……贅沢は言うまい。

 

 あと、取陰さんも逃げたけど……彼女の優先度は低かったので良しとする。

 体のパーツが分裂しちゃうような個性なんて、テープを使ってどんなふうにしたら拘束できるかって話だ。一部を縛っても他の部分が分離していくらでも逃れられるだろうから。

 

 そんな感じでまずは問題ないと信じていきます。

 

 けど、感触が……梅雨ちゃんと取陰さんの体の感触が、色んな所に残って……。

 前からとか後ろからとか、抱き着いたり上に乗っかるように密着してくるし……うぅ、そのへんも課題だよなあ……

 

 そして瀬呂君は、かなり危なっかしくはあったものの、自分でも独自に色々と考えた上で行動し……僕が再度合流してからは、同じような事態は1回も起こさなかった。

 これもまた、求められている『進歩』には違いない。なんなら、きちんと課題を認識しつつ、乗り越えようとしている努力がきちんと感じられる、くらいの評価にはなるかも。そう願おう。

 

 そのまま、梅雨ちゃんを含め……どうにか3人を制限時間内に集めて『護送』することに成功。無事にセルキーからの追試項目、合格で飾ることができた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 結構時間はかかったけど、どうにか『迷路』はクリアした。

 校長先生も、今回の結果や評価点を早めに集計して示す、って言ってくれている。後はまあ……評価を待つばかりだな。やり切ったんだ、これ以上この項目に関して、私達がなんやかんや干渉できる点はない。信じて、待とう。

 

 で、私達は少しの休憩をはさんでから、もう1つのアトラクション、もとい試験官のところに赴き……

 

『条件達成! これでここの課題はクリアだ。急に細かい調整が必要になる悪条件でよくやった』

 

 パワーローダー先生のそんなアナウンス。

 よし、これでクリアだ……芦戸の『必須』課題、どっちも達成した。神経使ったけど……

 

 なお、パワーローダー先生の試験は、入試や体育祭と同じロボを相手にした戦闘だった。

 ただし、急所だけをピンポイントで破壊して壊さないといけないっていう条件付き。なんでも、爆発すると周囲に多大な被害を出す、危険な動力炉を搭載しているっていう設定だそうで。

 

 これでまず、『追試』そのものの合格についてはますます考えなくてよくなった、けど……

 

「まだ続けるんだよな? できそうな奴に目星つけて、色んな経験をこの機会に積むつもりで」

 

「そーゆーことっ! 疲れてるかもだけど、まだよろしくね、永久!」

 

「大丈夫だよまだ、全然。しこたまチャージしてきたしな。さ、次どこ行く?」

 

「んー、そうだね……」

 

 

 

 


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