「なるほど……やっぱり蛙吹もだったか」
「けろ。でもびっくりしたわ……取陰ちゃん。休憩時間に入ったと思ったら、いきなり、緑谷ちゃんのことが好きか聞いてくるなんて」
「あははは、ごめんごめん……中々聞ける機会ないもんだから、ついね。あー、わかっちゃいたけど手強い恋敵多いなあ……」
はいコレお詫び、と差し出された、売店か何かで買ったと思しきファストフードを受け取りながら、蛙吹梅雨はモニターに視線を戻した。
試験明け、気分転換もかねてセルキー事務所に『ワーキングホリデー』に来た2人――来たのは拳藤もだが、今ここにいるのは2人である――だが、両名にはある共通点があった。
同じヒーロー科に在籍する……蛙吹にとっては同級生である、緑谷出久という男子生徒を、異性として意識している、あるいは好いている、という共通点が。
付け加えて言えば、そのきっかけになったのも、どちらも『敵』から助けられ、それをきっかけに意識していって徐々に好きになった……という点も似ていたが。
今2人が見ているのは、昨日の日中に行った『追試』の最中、自分達3人が緑谷の足止めをするために戦っている場面を記録した映像である。戦闘の振り返りを行うための資料として、セルキー及び雄英側からも許可をもらって見返しているのだ。もう何度も。
実際に戦っている身ではあるが、こうしてあらためて映像で見直すと気づける点というのもいくつもあるものだ。
そして蛙吹も取陰も、見るたびに……映像の中でもわかる、緑谷の戦闘能力の高さに舌を巻く。
「こうして見てるとさ、緑谷が最初弱かったとか信じられないんだけど……蛙吹はクラスメイトだから、緑谷の入学当初のこと知ってるよね? マジでそうだったの?」
「そうね……お世辞にも動けるとは言えなかったわ。戦術眼とか度胸はあったと思うけど、『個性』も全く制御できてなかったから、『個性把握テスト』も最下位だったし。でも、USJの事件の前後くらいからかしら、急激に強くなっていって……体育祭では、クラスメイトの大半が驚かされたわ」
「1ヶ月ちょっとくらいでってことだよねそれ……何度聞いても信じらんないわ……今にしても、入学から4か月経ってないのに、こんな動きするようになるなんてね……すご」
画面の中で緑谷は、驚異的な反応速度で、四方八方から襲い来る取陰の体のパーツをよけたり弾いたりして防いでいる。それも、全部防ごうとするのは効率が悪いとして、移動の邪魔になるものや、急所あるいはその近くに当たりそうなものだけを選んで。
それに紛れて飛んでくる蛙吹の舌をも難なくかわし、それらを援護射撃に接敵した拳藤の拳も、余裕を持って迎え撃つ。
見ていると、攻撃の苛烈さゆえにこちらが押しているように見えなくもないが、実際には全くの逆。接近戦では完全に拳藤を手玉に取っていて、その上で蛙吹と取陰の援護攻撃もさばききり、痛打になる攻撃をほとんど浴びずに戦い続けている。
拳藤は女子だてらに、『個性』を生かすために格闘戦技能を相応に鍛え上げており、『大拳』から繰り出される一撃は威力的にもかなり強力なのだが、それでも緑谷には全くと言っていいほど通じていない。全て防がれ、流され、酷い時は動く前に出足を潰されていることすらあった。
ただ時折、ドキッとしたような表情になってわずかに隙を見せることがあり、その時にまれに拳藤の拳や蛙吹の舌がクリーンヒットすることがあった。
その時は大体、意図して取陰が、ある特定の部分のパーツを緑谷の手や顔に当たるように飛ばした時であり、触れてしまって察した緑谷が顔を赤くして取陰に――胸部や腰部周辺がちょうど分裂してどこかに行っている状態である――抗議するような視線を向けるのでわかりやすい。
しかしそんな時折混じるハプニング展開を差し引いても、やはり緑谷の戦闘技能は、自分達と比べてなお一線を画するものである。
「ひょっとしたら、『個性』を上手く扱えなかったから足踏みしてただけで、元々才能はあったとかかな? 課題だった部分が解決して、一気に進歩したとか」
「どうかしら……戦闘技能そのものも、最初のうちは拙かった印象があるけど……でも確かに、初期の緑谷ちゃんは、弱いというより危なっかしいの印象が強かったわね。考える前に体が動くっていうような性格だったし、自分そっちのけで他人を気遣ったりもするし。……その性格自体は、今も変わってはいないようなのよね。でも……」
「でも?」
ふと、会話が途切れる。
不自然に思って取陰が蛙吹の方を見ると、蛙吹の目は、画面の中の緑谷にくぎ付けになったまま動かない。
表情は……変わったようには見えない。もともと無表情なのでわかりづらいだけかもしれないが。
画面の中では、ちょうど取陰が緑谷への攻め方を『寝技』に変えたあたりだ。
接触、というか密着が多くなる展開に顔を赤くして攻めあぐねる緑谷。そんな緑谷に、バラバラにしたパーツを『技をかけている形の体』で、まるで装着するように再構築することで一瞬で寝技をかける、という取陰の奇策が猛威を振るっている場面だ。
過程をすっ飛ばして拘束技を完成させるため、難易度や完成度自体は無駄に高い。
もっとも、しっかり胸や太ももを緑谷に押し付けているところからもわかるように……やっている取陰の思惑自体は邪だと言わざるを得ないが。
しかし、蛙吹は別にそれを注視しているわけでもないようで、どちらかというとぼーっとして、あるいは考え事でもしているかのようだった。
暫くの間、そのまま沈黙していた蛙吹だったが、少しして、やはり表情を動かさないままに、
「取陰ちゃん、さっき『恋敵が多い』って言ってたわよね? それってもしかして、永久ちゃんやお茶子ちゃんのことかしら?」
「あれ、蛙吹も知ってたの? そのへん全員緑谷が好きだって」
「クラスメイトだもの。それに、2人共結構わかりやすいし……注意してみていれば分かるわ。……気持ちも理解できるから、猶更ね」
実際にはそこにB組の塩崎も加わるのだが、さすがにそこまでは把握してないか、と取陰は納得していた。クラス間の交流が少ないのだから、それは仕方がない。
しかし、それがどうしたのだろう。緑谷がモテるということが、何か今の……気のせいでなければ、妙に緊張感がある空白と関係あるのだろうか?
そう問いかけるより早く、蛙吹は再び口を開く。
「……お茶子ちゃんはともかく、永久ちゃんは……時々、不思議な風に見えることがあるの。最近緑谷ちゃんは、戦闘能力や、真面目で優しい性格なんかが徐々に知られてきて……女の子の間でも人気が出てきているでしょ? 中には、本気かどうかはわからないけど、緑谷ちゃんを好きだって言う子も結構いるのよ」
「うん、そうだね。私も結構よく聞くよ、最近。そう言う話」
「そういうのを目に、あるいは耳にしたりすると、お茶子ちゃんは少し辛そうにするの。私も少し不安になるわ。緑谷ちゃんが評価されるのは嬉しいけど……だからって、自分が諦めたいわけじゃないから」
でもね、と続ける蛙吹。
「……永久ちゃんだけは、そういう話を聞いて……つらそうにしてる様子がほとんどないの。むしろ、緑谷ちゃんが人気が出れば出るほど、彼の周りに人が増えれば増えるほど、嬉しそうにするの」
(あ、ああ~……なるほどなあ、そりゃ不思議にも感じるか……自分の好きな男の周りにね、女が増えればね、そりゃ普通はね……でも栄陽院の場合、性癖が特殊すぎるからなあ……)
あの『ワーキングホリデー』の場に……正確には、あのカミングアウト温泉にいなかった蛙吹は、永久の『ハーレムOK』というとんでもない性癖を知らない。知るはずもない。予想できるはずもない。できてたまるか。
ならば、そういう態度を不思議に思うのも当然だろうと、取陰は半分呆れながら(呆れはもちろん永久に向けてのものだ)思ったが……話はそこで終わらなかった。
「それでね。どうしてかしら……そういう反応をする永久ちゃんを見ると、なぜか不安になるの。よくわからないけど……すごく『危うい』雰囲気を感じるのよ」
「…………?」
取陰は心の中で、『まあハーレムって相当危うい考え方ではあるけど……』と思っていたが、どうも様子がおかしい。
自分が認識している『危うい』と、彼女が言う『危うい』の意味は違う気がする。そんな感覚があった。彼女の、あまり変わらない表情からでも何となく読み取れる緊張感から、そう感じた。
「まるで、初期の緑谷ちゃんみたいな……放っておいてはいけなさそうな、誰かが見ていて、止めてあげなきゃいけないような……ごめんなさい、上手く言えないわ。何か根拠があるわけでもないし……私の気のせいかもしれない」
「…………?」
一体、蛙吹は緑谷……ではなく、緑谷を見ている時の彼女・栄陽院永久から、何を感じ取っているのだろう。
(……何か、あるの? 栄陽院の心の中には……緑谷への好意や、あのとんでもない性癖以外に……私達の知らない何かが、まだ…………?)
考えても、取陰の脳内に、これという答えは浮かんでこなかったし、蛙吹もついぞ、それを上手く言葉にしてはくれないまま……トイレに行って席を外していた拳藤が戻ってきて、その話は終わりになった。
☆☆☆
ところ変わって……場所は、市街地のようなエリア。それも単なる市街地ではなく、中世のヨーロッパ、あるいはファンタジックな世界を思わせる、やや前時代的な街並みだ。
『演習場φ』内部にあるここは、もちろん普段人が暮らしているような町であるわけもなく。
演習場そのもののコンセプトが『テーマパーク』であるということもあって、そういった場所によくある、見て楽しむ街並みのようなものを作ってある、というエリアだ。
ただし、あくまで演習場。普通のテーマパークであれば、その内部は土産物屋やレストランなどの商業施設になっているのだろうが、ここは外側だけが作りこまれていて、中はほとんど空っぽであるため、見た目だけの街並みでしかない。それでも、見て楽しむ分には十分だろうが。
そんな街並みを歩いているのは、芦戸と永久の2人である。
何をしているかといえば当然、自らの対戦相手を探しているのだ。
「見つからないねー、緑谷と瀬呂」
「まあ……雄英敷地内でも屈指の広さを誇る『φ』だからな……歩いて探そうと思ったらそりゃ、何時間かかるか……向こうも移動してるならなおさらだ」
「……試験内容、設定ミスじゃない? それ……最悪、遭遇出来ないままタイムアップしちゃうんじゃ……」
「そうならないように探してるんだけどな……多分だけど、この広い敷地内でどう相手を見つけるかっていうのも、評価基準な気がするし」
「だからさっきから『オールマイト展』とか『オールマイトの像』なんかがある場所を重点的に探してるんだよね。緑谷がいそうだから?」
……はい、そんなとこ回ってました。
「……より正確に言うなら、緑谷がいそうだ……って私が思いそうだって緑谷も思いそうだから、だろうな。こっちを見つけたいのはあっちも一緒だ。だったら、自分がいそうなところに相手……つまり私達が来るだろうと踏んで、あえてわかりやすい場所に隠れている方が可能性がある」
「なるほど、向こうから来てもらうような作戦ってわけだ……朝のアレみたいなもん?」
「かもしれないけど……あれは正直、私もどうかと思う。いや、あいつらしいっちゃそうだけど」
朝一番、午前7時くらいだ、突然、園内放送で……
『砂藤ォ! 障子ィ! 俺だ、B組の鉄哲だ! おめーらの対戦相手だ! 探してんだろ俺らをよ! 逃げも隠れもしねえ、待っててやるから○○まで来いやァ!!』
『……うん、とりあえずうちの相方こんな感じなのでホントに待ってます。来てね』
(放送設備ジャックして宣戦布告て……やることがすげーな、流石は脳みそ金属(本人にとってはほめ言葉))。
「なるほど……それで今度は、この先にある『オールマイト通り』って奴か……でもそれ、待ち伏せのリスク高いよね?」
「まあな。でも、来るとわかってればある程度……」
と、永久が言いかけた瞬間……家の影、ないし路地裏といっていい暗がりの位置から、高速で長い何かが……瀬呂のそれと思しきテープが射出されてきた。
咄嗟に防ごうとした永久の腕に巻き付いたそれは、直後、巻き取られたか引っ張られたか、ぴんとたわみ1つなく張り、その巻き付いた永久の腕を強く引っ張った。
しかし永久は、多少腕を引っ張られただけで、びくともしない……
「わ、早速来た!?」
「みたいだな。だがまあ、この程度のパワーじゃ、私は引っ張られぁああぁ!?」
……かに思われた次の瞬間、想像以上に強い力で引っ張られた永久は、なんと力負けして踏ん張り切れず、裏路地に引っ張りこまれていく。勢いよく……それこそ、地面に足がつかないくらいの勢いで。
突然のことに驚く永久と芦戸。
しかしそんな芦戸の背後から、またしても『テープ』が伸び……芦戸のコスチュームの背中部分にペタッとくっついて、こちらも強く引っ張る。
逆方向に引っ張られて大きく距離を開けられた2人。
そしてその瞬間、その間にあった家々が、強い衝撃が叩き込まれたかのように崩れて瓦礫の山になり、2人を完全に分断した。
「よっし、上手くいった……」
「あれ!? こっちに瀬呂……え、でもさっき永久の腕にもテープ……え、何で!?」
テープによって永久が引っ張られていったと思ったら、自分もテープによって後ろに引っ張られて離れ離れにされた。
しかも、自分が引っ張られた先には瀬呂がいる。しかし、同じように永久もテープによって引っ張られていたはず。これはいったいどういうことかと、芦戸は困惑していた。
「そーいう作戦だよ。テープを飛ばしたのはどっちも俺。でも、その後栄陽院を引っ張ったのと……家をぶっ壊して道を塞いだのは、緑谷だ。この状況を作るためにな」
仕組みは単純である。
瀬呂はテープを飛ばしてくっつける他に、巻き取って回収することもできる。体育祭の騎馬戦では、その機能を生かして、何度も騎馬を置き去りにして飛んでいく爆豪を、何度も回収していた。
それを生かし、瀬呂はあらかじめ、極力物陰を通して目立たないようにし、道路の反対側に端を張り付けたテープを伸ばしていた。
その状態で物陰に隠れ、永久がちょうどいい位置に来たところで、もう片方の腕からテープを射出、捕縛する。
そしてその直後、ある程度引っ張って力を誤認させると同時に、肘からテープを切り離して緑谷にパス。それを今度は、永久に負けないフィジカルを持つ緑谷が思い切り引く。
同時に瀬呂はもう片方の、伸ばしていたテープを巻き取ることで一瞬で横断し――この時、予想外のパワーに驚いた永久と芦戸に気づかれないかは運次第――反対側から芦戸の背中にテープをくっつけて引き寄せる。
この時、腕や足にテープを巻きつけてしまうと、即座に『酸』で溶かされる可能性が高いため、コスチュームのインナーとアウターを間に挟み、分泌した『酸』が染み渡って届くまでに時間を要するであろう背中にくっつけることでその時間をカバーする狙いもあった。
最後に、距離が離れたところで緑谷が間にある家を壊して分断すれば……この状況の完成だ。
2対2というより、1対1が2つという構図。すなわち、瀬呂たちの狙いは……
「各個撃破、ってこと?」
「そういうこと。俺の『個性』はどっちかっていうと拘束やトラップ向きだけど、お前ら2人が相手だと相性悪すぎるし、かといって正面から戦うには、それはそれでリスク高いし……なら、実力が近い者同士でぶつかって対処した方がいい、っていう緑谷の意見を参考にした」
「なるほどねー……こりゃ一本とられたなー。てことは今、永久は……」
――ズゥゥウウ……ゥン……!
と、言いかけた芦戸の疑問に答えを返すように……地響きにも似た衝撃音が、芦戸と瀬呂のいる場所まで響いてきた。
☆☆☆
時を同じくして……テーマパークの各所で、戦いは始まっていた。
「『俺拳』!!」
「『シュガーラッシュ』!!」
砂藤と鉄哲の拳がぶつかり合う。
手数と威力で勝る砂藤が打ち合いを押し切るが、反面『スティール』の個性で防御に優れる鉄哲は、その乱打にさらされてなお健在。怯むことなく睨み返している。
砂藤は鉄哲の『個性』について、体育祭の時の切島との戦いを見ていて、鉄分の補給なしでは、いずれ『金属疲労』で強度や力を保てなくなると知っていた。試験の際に組んでいた相手が、似た個性を持つ切島でもあったため、そして自分も同様に『継戦能力』に課題がある身であったため、突き崩すならそこであろうことも。
もちろん、それは糖分が切れればパワーダウンしてしまう自分にも言えることではあったが。
だが、そのラッシュが途切れたその一瞬の隙に、2人の立っている場所の地面がぐにゃりとぬかるんだようになり、2人共『うおっ!?』と驚いて足を取られる。
それが骨抜……鉄哲のパートナーの『個性』だと気付くと同時に、砂藤の足元の地面から潜行していた骨抜が飛び出し、足をつかんで引きずり込もうとする。
が、間一髪その射程外から、触腕を伸ばして手を複製した障子が、砂藤の腕をつかんでその底なし沼から救出した。
「っ、悪ぃ障子、助かった!」
「こちらこそすまん。警戒はしていたのだが……抜かれた。さすがに地面に潜られると……音で位置はわかっても手が出せん……では、俺は引き続き骨抜を警戒する」
「ああ。パワーなら俺達が勝てるが……あっちもそれはわかってるはずだ。あいつの個性で各個撃破、ないし拘束されちまうのが一番怖いからな……それに、俺の方の糖分切れを狙ってくるだろうし……それへの警戒も要る。糖分と、警戒……二重の意味で根競べだ」
一方、砂藤の捕獲に失敗した骨抜は、周囲の地面を柔らかくして追撃を交わしつつ、鉄哲を連れてこちらも射程外に離れるところだった。
「くそぁ、もどかしいぜ……一対一で正々堂々殴り合えないなんてよぉ!」
「悪いね、邪魔しちまって……でも、消耗戦に弱いのはお前も同じだし、あっちのチームはシンプルな分対応が難しい。俺と鉄哲、どっちかでも欠けると勝つのは難しいんだよ」
「いや、補給なしでの活動時間は俺の方が砂藤より長ぇが、攻撃力じゃ劣る……それはわかってるんだ。あのままじゃ俺が押し切られてたってことも……悪いのは力が足りねえばっかりに、やりたい戦い方ができない俺だ! 骨抜、ありがとう!」
「おう。力が足りないのは俺も同じさ……だから、今の俺達は今の俺達にできることをやろう」
一方、既に勝負がついてしまった組み合わせもまた、あった。
「くぅっ……無念!」
「ウェ……ウェイ……」
塩崎の『ツル』で雁字搦めにされて動けなくなっている飯田と、それ以上の量のツルで……最早繭のように閉じ込められている上鳴が力なく呻く。
飯田は『レシプロ』の発動後でエンジンが黒煙を吹き、上鳴にいたっては、既に脳がショートするほど放電しつくして、顔が作画崩壊してアホになってしまっていた。見えないが。
その2人共が、既に身に着けた『カード』を割られてしまっている。すなわち、敗北だ。
周囲一帯に広がる『ツル』の中心では、ふぅ、と緊張が途切れて一息ついている塩崎と、その傍らには八百万も立っている。
「さすがですわ塩崎さん。何もさせずにあの2人を捕らえてしまえるなんて……私が作った絶縁シートも、結局出番はありませんでしたし」
「いえ、先程も申しましたように、この作戦は八百万さんというブレーンがいてこそ意味を持つもの……私だけでもぎ取れたものではありません」
「言い訳するような形になってしまうが……確かにそうだな。僕ら2人も見事に騙されてしまった……ああそうだ、君達は何も騙すことなどしていなかったのに、勝手に騙されたわけだ」
「裏の裏をかかれたってわけか……あー、悔し……ウェイ」
上鳴と飯田も、何も無策で突っ込んで塩崎にとらえられたわけではない。むしろ、塩崎と八百万のコンビネーションによるいくつものトラップの可能性を考慮し、警戒していた。
一つの能力だけで汎用性が無類にある塩崎と、『創造』による様々な手を繰り出してくる八百万の組み合わせは凶悪の一言。読み違えれば罠に絡めとられてしまう。
だからこそ、何かさせる前に速攻で決着をつけるべく、上鳴が囮になっている間に、飯田が最高速度で、八百万の確保、ないし撃破に動いた。体育祭の時に常闇がやったように、何もする暇を与えず終わらせるために。
しかし、それが既に女子2人の術中だった。
色々と思わせぶりなものを作っていた八百万であったが、それらは全てはったりであり――もちろん、使おうと思えば使えるものではあるが――八百万を警戒して速攻をかけて来た飯田を、塩崎が正面から高速で展開したツルにより、網にかけるようにして一瞬でとらえ……それと入れ違いで、八百万は脱出用に用意されていたツルに捕まってその場を離れた。見事にカウンターを取られて、捕縛と相成った。
1人残された上鳴は、絶縁シートを持っている八百万を狙っても意味がないと、塩崎に全力放電を仕掛けるが、多量の『ツル』で封じられてしまい、彼女の本人には届かず。
そのまま捕まり、締め上げられてカードを圧壊されたのだ。
結局、深読みしすぎて『罠はないという罠』にかかったがゆえの結末だった。
素直に敗北を受け入れて反省し、今後に生かすことを誓う飯田と上鳴を見ながら……塩崎は、ふぅ、とため息をついていた。
「自らも謀を使い、また相手の謀に頼らざるを得なかった……これもまた私の弱さなのですね」
「そういえば、塩崎さんは作戦や謀の類がお嫌いだと聞いていましたが……必要に応じてこういったこともできるのですね。少し意外でしたわ」
交流の中で、塩崎が意思が強く、また意外と頑固であることも知っていた八百万は、事前に聞いていた彼女の性格とは少し違っていた点について、何の気なしにそう尋ねていた。
職場体験で一緒になった拳藤から時々聞く話の中にあったのだが、塩崎は過剰に実直な部分があり、そういう『謀』を、たとえ戦いの中であろうと用いるのを嫌うという話だった。
しかし今回の模擬戦では、『作戦はないという作戦』という形であれ、飯田と上鳴を捕縛するのに見事に作戦勝ちをもぎ取って見せた。
それ自体に文句などないが、単に少し気になったのだった。
それに対して塩崎は、
「いえ、今でもそれは変わりません。『謀は悪に通ずる』というのは、私の信条の1つです……ですが、それにかまけてやるべきことから目を背け、成すべきことを成せないのでは本末転倒ですから……既に私は2度、そのせいで失敗しています」
1度目は、ワーキングホリデーの現場。融通の利かない考え方が原因で、ヴィランに応援を呼ばれて取り囲まれる事態になり……取陰を危険にさらした。
2度目は、期末試験。鉄哲と組むことになった彼女は、『1度目』の経験を踏まえて、作戦や謀というものに対して柔軟に、寛容に構えようとするも……パートナーである鉄哲もまたそういう性格だったことが災いし、とる作戦が自然と『正々堂々』に近いものに。
自分だけでなく鉄哲も望んでいるなら、と思ってしまったのも大きい。そして、悪かった。
結果、セメントスを相手に物量戦を挑んでしまい、鉄哲は鉄分が、塩崎は水分が足りなくなって『個性』を使えなくなったところで、コンクリートに閉じ込められて日光までほぼ遮断されてしまい、あえなく赤点となってしまったのだ。
「格上を相手に考えなしに戦い、思考をやめて被害を拡大させるなど許されません。いえ、最終的にはそれを目指すとしても……今の未熟な私には、そんな『我儘』を言うことなどまだ許されない……今回の『謀での勝利』は、その事実の証明。肝に銘じて、精進していくつもりです」
力強くそう言い切る彼女の姿に、八百万のみならず、飯田と上鳴も、まだまだ自分達には課題が……何より、自分のなりたいヒーローになるために、どうにかすべき点がいくらでもあるのだな、と実感するのだった。
この勝利、あるいは敗北にとらわれ過ぎるのではなく、これを糧にして前に進んでいかねばならないのだな、と。
終わってみれば……その後の反省も含めて、4人共にとって、実りある戦いだったと言えた。
そして、また違う場所。
「やられた~……」
「あははははは! 笑っちゃうねえ、まさか! まさかだよ!? あのA組でも有名な協調性皆無の暴君が、こんないい子ちゃんになっちゃってるなんて痛ぁ!?」
物間・吹出ペア。
吹出の『コミック』による汎用性と対応力を生かして立ち回り、それによって生じる隙をついて物間が対戦相手の『個性』を『コピー』するという作戦を主軸に構築されたペアだったが……彼らは何もする暇を与えられず、カードを砕かれて敗北していた。
接敵から実に1分と経たず、まさに秒殺と言っていい速さで。
2人にとって何よりも脅威だったのは、爆豪の『爆破』という個性。その攻撃力である。
直撃すれば一撃KOもあり得るそれに耐えて懐に飛び込むには、切島の『硬化』が必要。ゆえに吹出の『コミック』で遠距離攻撃を行ったり、2人を分断させてその隙に接近を試みた。
だがそれを読んでいた爆豪は、フォローを切島に任せて突出するのではなく、裏をかいて接近された切島をかばう形で物間から守り……自分の『爆破』をあえてコピーさせた。
やむを得ず『爆破』を使ってけん制しつつその場から退避しようとした物間だったが、そこに今度は切島が突っ込み、コピーした『爆破』を正面突破して接近戦に挑む。
『爆破』がきかないのは痛手だが、むしろこれでコピーできるなら好都合だととらえた物間は、多少の被弾は覚悟の上で自分も切島目掛けて飛びこみ……
その瞬間、切島は全身を全力で硬化させ……切島ごと巻き込む形で、爆豪が横合いから放った特大爆破により、まだ『硬化』をコピーできていなかった物間だけが吹き飛ばされた。
そのままカードを破壊され、脱落となった。
そのあとは、孤立した吹出が総攻撃で撃破され、あえなく敗北、という形だ。
敗北後も得意の憎まれ口だけは止まらない物間であったが、内心、自分の見通しが悪かったことによる作戦負けについては認めていたし、反省してもいた。
それはそれとして……憎まれ口でなくとも、普通に爆豪が……本人に自覚があるかどうかはわからないにせよ、随分丸くなっていることには、素直に驚いていたが。
(確か、推薦入試の轟と一緒に、エンデヴァーの事務所にずっと『ワーキングホリデー』に行ってたんだったな……そこで色々と学んだのかな)
よく動く口の裏で、思考は冷静に。
自分の個性だけでは強くなれない物間は……その分、相手を観察して策を練り上げることには、人一倍気を配っている。その貪欲さはそれ自体が武器であり、彼はこの敗北を糧にして、また一つ自分に足りないものを見つけ出そうとしていた。
(言い訳はできないな。今回の変化は、彼が暴君でなくなったというだけ……すなわち、彼本来のスペックを遺憾なく、コンビネーションという形で発揮しただけだ。ならば、それを上回ってこそ『勝利』の2文字が真にふさわしい……)
「……誰も文句1つ言えない、完膚なきまでの勝利……か。ふふ、いいじゃないか」
「あ? 何か言ったかよテメー」
「別に? 君が負けて悔しがる顔は次の戦いまで取っておこうと思っただけさ」
「ほざけ、次も俺が勝つわ。つかテメーが俺に勝ったことなんざねーだろうが」
「アハハ! そうだねえ、体育祭でも結局は負けちゃったからねえ……いや残念だ! 君の悔しがる顔が、べそかいて歯を食いしばる顔が見れなくて! 今のところそれを見たことがあるのって、戦闘訓練で君が負けたっていう緑谷君だけかな? いやあ羨ましいな、どんな風だったんだろうなあ今度緑谷君に根掘り葉掘り聞いてみようかなその時の痛ぁい!?」
「死ね!」
「こんな時でも挑発に余念がねえってすげえな、逆に……」
「クラスメイトだけどこういうところ未だに慣れない……ポカーンだよ……」