ぼーーーっと、ただグラウンドを眺めていた。
私の唇に残っているのはさっき一瞬触れた唇の感触。
そこ一点だけが異様な熱を帯びていて、その熱が顔全体に伝搬していくようだ。
視線の先では紅音が陸上部の活動をしている。紅音が時々私の方をちらちらと見てくれるけど、さっきの今では目を合わせるのがちょっと照れくさくてサッと目を逸らす。
そんなことを、ただただ繰り返していた。
まだ頭の中はぐちゃぐちゃで、気持ちの整理もつかなくて。
「……きゅぅ」
私の頭はついにオーバーヒートしてしまったようだ。
日の出てる日に長時間外でボーっと突っ立っていて、体温の上がり切った私の体はついに限界を迎えた。
人はそれを俗に『熱中症』と呼ぶらしい。
「………大丈夫ですか??」
「…あたまいたい」
紅音に連れられて何とか帰ってきた自宅のベッドの上でガンガンと響く頭を抱える。もともと私みたいにまともな暑さ耐性のない引きこもり予備軍がたとえ陽が沈みかけていたと言っても十分暑い中で水分も取らずにずっと突っ立っていたら、それはこうもなってしまうのだろう。
「はぁ…帰りが遅いと思ったら…」
「…ごめん」
「別に謝んなくてもいいんだけどさ」
「夏蓮さんは何も気にせずに休んでいてください!!」
「…ん」
紅音がそう言いながら冷えたタオルを私の額に乗せてくれた。それがとても気持ちよくて少し気が楽になる。
「それでも夏蓮も少しは反省しなよ。隠岐さんに迷惑かけちゃだめだよ」
「…わかってる。ごめん紅音」
「私は全然大丈夫ですよ!!その…
「……ウッ」
……唐突にその話題はずるいと思う。照れる。必死に冷やしていた顔がまた少し熱くなった。
「…何かあった?」
「…“ちょっと”ね」
葉が「???」と首をかしげているが、あまり赤裸々に語るのも恥ずかしい。察して。
「確かに
「………今度ね」
「はい!!!」
葉が「???」と首を傾げ続けているけどこれ以上語るつもりもないので早く興味をなくしてほしい。早く察して。
…仕方ない。強引に話題を逸らすしかないか。
「葉も浮かれてた気分に水を差して悪かったね。それはそれとしておめでとう」
「…ッ!?!?」
「…!!そうでした!!葉さん、おめでとうございます!!!」
「えっちょっ…」
唐突に話題を向けられて顔を赤くする葉。よし。このまま押し通してしまえ。
「おめでとう」
「おめでとうございます!!」
「まってまって、まって!?」
葉が急に祝われることなんて
「な…なんで知ってるのさ!?」
「覗いてたし」
「はぁ!?」
「全部」
「全部!?」
赤い顔を更に赤らめて頭を抱える葉。どうやら、今まで私達の味わってきた見られる側の気持ちが少しは分かったらしい。
そして、私は見る側の楽しさが少しわかった。これ楽しい。
「私も見たかったなぁ…なんて…」
「勘弁して…ちなみに隠岐さんはどうやって知ったの?」
「部活終わったら燈花ちゃんからメッセが入っていました!」
「あぁ…まぁ隠すつもりもないからいいんだけどね…」
「おめでとうございます!!」
「うん、ありがと」
その時ふっ…と葉が微笑んだ。
良かったね、葉。
すっ…
胸の奥でつかえてた何かが、取れた気がした。
多分これは…………
「…いてて」
「…大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫」
頭痛が不意に激しくなる。この手の頭痛は、他の事を考える時はあまり気にならないのに、頭痛が気にならないことに気づくと途端に激しくなるから厄介だ。
「夏蓮、もう寝な」
「うん」
「隠岐さんはどうする?」
「もう少しここにいます!」
「じゃあ、なにかここでも食べやすそうなものを持ってくるよ」
「ありがとうございます!」
葉が部屋を出ていく。
紅音と二人残されて、寝ようと努力はするものの、何も話していないと、目が自然と紅音の唇に吸い寄せられる。また顔が少し熱くなった。目を瞑れば、今度は私の唇に熱がこもるようば感覚がして、更に顔が熱くなった。
あぁ、これ、しばらく寝れないな…
「………」
「………スゥ…」
「………」
紅音の夕食を持って葉が戻ってきた。
…が、肝心の紅音は既に私の足の上に頭を乗せて寝息を立てていた。
「……これ、どうしようか」
「そこらへんに置いておけば?」
「そうだね」
葉が食事を側において紅音の隣に座る。
「濡れタオル替えるよ」
「ありがと」
葉が私の額にのっけていたタオルを取り替える。キンキンに冷えたタオルが心地良い。
「……じゃ、夏蓮も早く寝な」
「…わかってる」
私は再び目を閉じる。
葉は動かない。恐らくしばらく私の側にいてくれるつもりなんだろう。少なくとも、私が寝るか、紅音が起きるまでは。
「………」
「………」
そういう面倒見のいいところは流石は葉って言った感じだ。
「ねぇ」
「なに?」
「日暮さんの事、好き?」
「……ン”フッ」
なんの脈絡のない質問に葉が吹き出した。
「…どうしたのさ急に」
「いいから」
「…まだわかんないよ」
「そっか」
頭痛が鳴り止まなくて、頭がうまく働かない。そんな中で、口は勝手に私の心の趣くままに、言うつもりのなかった事まで話し続ける。
「私さ、安心したんだよ。二人が付き合うことになって」
「へぇ…安心。どうして?」
私の口は止まらない。語り続ける。………ちょっと恥ずかしいけど、頭痛でブレーキを失った私の口は、決して止まらない。
「今までずっと葉と二人でいて、二人でネフホロをやるのが『今が人生のピークなんだろうな』ってくらい楽しかった」
「で、葉とはずっと二人でいるものだと思ってた。ずーっと二人でいてずーっとゲームを一緒に遊ぶ。そのままなし崩し的に付き合ったり、結婚なんかしたりっていうのもやぶさかじゃなかったと思う」
「…実際、そんな想像もしてた。そうやって生きていくつもりだった」
「でも、紅音と付き合い始めた。後悔はしてない。毎日が楽しい。葉との日々にも負けないくらい楽しい。もう戻れないくらい」
「じゃあさ、葉はどうなるんだろ。私より仲のいい女子なんていないし。そもそも友達の多いタイプでもないし。私のせいで生涯独身を貫く羽目になるんじゃないかとさえ思った」
「だから、葉と日暮さんが付き合い始めてすごく安心した」
「…ありがと」
…今私の口が紡いだのは、「私が気にするときっと葉が気にしてしまうから」と、考えないようにしてきたこと。ずっと私の中につっかかっていて、さっき外れてくれた楔。照れくさいから言いたくはなかったけど、全部本心だ。
「どういたしまして。……っていうのも変だけどね」
「知ってる」
「…でも、まぁ、夏蓮の言うこともわからなくはないかな。前も僕は似たようなこと考えてたし」
「うん」
「…でも、もう違うでしょ?」
そう問いかけた葉の声は確信と安心で満ちていて、今を、私が紅音と一緒にいて、葉が日暮さんと一緒にいる現状を、これで良かったんだって改めて思わせてくれる。
「……うん」
「僕は燈花と付き合ってる。夏蓮は隠岐さんと付き合ってる。それでいて僕と夏蓮もちゃんと一緒にいる。最高だよ、今が」
「私も」
一つ何かが違えば来るはずだった
「葉」
「ん?」
「日暮さん、手放しちゃだめだよ」
「…当然」
ずっと、4人でいるために。ずっと、みんなでいるために。
「燈花が居たほうが、もっと、ずっと、楽しいしね」
「………ぅん」
………ふぅん、『燈花』ねぇ。
私以外の女子とはそもそもあまり関わらないから、今までは私以外の女子を
……本当に、よかった。
「………」
安心して、気が抜けて、一気に睡魔が襲ってきた。
頭痛も治まらないし気分こそ悪いけれど、とても気分よく眠れてしまいそうだ。
…本当によかった。
……本当に、おめでとう。
……………………………………………。
「本当に、夏蓮と隠岐さんのおかげだよ。本当にありがとう、二人とも」
目が覚めた。
一度寝てしまえば頭はスッキリとしていて、頭痛も治まっていた。試しに起き上がってみるが、体に不調は感じられない。
枕元に置いてあったポカリを一口飲むと、部屋の外から物音が聞こえてきた。玄関の方だろうか。
「それじゃあ、お邪魔しました!」
「気をつけてね」
「はい!」
玄関を覗くと既に紅音が帰ってしまう所だった。部屋の中の時計を遠目で確認すると既に夜も遅かったので、仕方がないとは思う。
…くぅ?あと30分早く起きれたら。
「あ、夏蓮さん!起きたんですね!」
紅音が扉に手をかけようとする間際に私を見つけた。そのまま会話に入る。
「おはよう。調子はどう?」
「寝たら楽になったから、もう平気」
「でもまだ無理は禁物ですよ!ちゃんと水分とって休んでくださいね!」
「うん」
「怖いんですから。……
やけに
「……紅音、外出て見送る」
「ありがとうございますっ!!」
紅音のやけに嬉しそうな表情を見て、私は頬を緩め、葉は首を傾げた。
そんな葉を放っておいて玄関を出て扉を閉めると、くるりと、紅音が振り返る。
「夏蓮さん、いいんですか?」
「恥ずかしいから、一回だけね」
「やった!」
もしかしてとは思ったが、やはりそういう事らしい。
『熱中症』というワード、今のこの暑い夏場だからこそ危険な物として注目を集めているが、単に『熱中症』と言われれば、もう一つ頭に浮かんでるくものがある。
とても幼い発想。ただの幼稚な言葉遊び。
でも、夕方にグラウンドの隅でしたことが忘れられない私達にとっては、紅音が
「じゃあ、紅音」
「……はい」
「……
「はい!!!」
病み上がりで未だ本調子ではない私の体は、全身の沸騰するかのような熱には耐えられず、私はもう一度倒れた。
はい。このダジャレがやりたいだけのこの話でした。実は作者、この猛暑の中で実際に熱中症になりまして、そこから着想を得ました。普通にしんどかったですが、この小説にこぎつけたのでおっけーとします。みなさんも熱中症には気をつけてくだだいね!!本当に気がついたらなってますから!!
ルスモルはお互いの手にした幸せを心の底から祝福できるし、この世界の誰よりも祝福してほしいという風に思います。例えどのような形であっても、『二人の幸せ』を追い続けると。それがルスモルのくっつく形でなくても、ちゃんと二人共幸せになれる形を追い求めるのだろうなと思いますし、そうあってほしいですね。