振り返ってみると、オルガ・イツカの人生は何時も未知の経験と苦難ばかりだった。
今更な話だが、最期の辺りはもう少しやりようはあったと思わないでもないが。
それはさておき、今の状況はそんな人生を歩んできた中で最も未知と言うべきだろう。
「どうするか……か」
これまでの常識が一切通じず、頼れる仲間も兄貴分も居ない全くの一人で今後の身の振りを決めなくてはならないとはついぞ考えた事がなかった。
「……戸籍もなけりゃコネもねぇんじゃなぁ」
最早前提からして詰んでいる。
仕事を探すにしても戸籍は居るし、物乞いした所でこの国じゃろくすっぽ集まらないらしいし、野宿でもしようものならお縄につく可能性が高いと来た。
スバル曰く、『異世界転生の主人公は大抵すごい力で無双してる』らしいが、絶対そいつらがおかしいだけだろう。
こちとら死に際に女神やら神様なんてもんに会っては居ないし、頑強な肉体やらとんでもない力が有るわけでもない。
精々、一般的な人間より身体を鍛えているのと、死線を何度か超えた程度でしかない。
「…………」
だからと言って野垂れ死ぬつもりは無い……無いのだが良い案が思い付かない。
ちょこ達もどうやら考えてくれているようだが、やはり良案が有るわけではないらしい。
そうして揃って苦悩していると。
「──ここで働くなんてどうかな?」
天から声が聞こえた。
「は?」
その声に上を向くと……眼鏡を掛けた少女と目が合った。
「はろーぼー、ロボ子さんだよっ」
気の抜けるような耳障りの良い声で自己紹介して来た。『天井からぶら下がったまま』。
「ロボ子先輩、おはようございます!」
「おはよ~」
スバルの反応を見るに、どうやらここの所属らしいが……。
「何で天井からぶら下がってんの?」
ミオが代わりに聞いてくれた。
「ん~……ノリで」
「ノリかぁ、じゃあ仕方ないかぁ」
「まあノリなら仕方nいや仕方なくないだろ、止まり掛けたぞ俺の心臓」
若干納得しそうになってしまった。
ノリと勢いで止められそうになった心臓がバクバク煩いんだがどうしてくれる。
「ロボ子先輩いつの間に来てたんです?」
「ん?最初から居たけど?」
「えっ」
フブキの問いにしれっと答えているが、こんな目立つ見た目を見逃す筈がないのだが、今までの場面で居ただろうか?
「天井に」
「「わかるかぁ!!」」
思わずフブキと同時にツッコミを入れてしまう。
いや何が「えへへ~」だ褒めてないぞ照れるな。
閑話休題。
「……んで。ロボ子、だっけか?ここで働くってのはどういう意味なんだ?」
一旦、場を落ち着かせてから再度ロボ子に真意を問う。
「言葉通りの意味だけど……」
ピンクのパーカーの紐をいじりながらロボ子が説明を始めた。
「現状、オルガ君は完全に世界から孤立している訳だし、このまま事務所から出ちゃうとほぼ確実に何も出来ずに死んじゃうよね?」
「だな」
改めて他人から事実を突き付けられ、現実を再認識する。
「こっちの常識も何もわからない以上、そうなるな」
「うん。で、ボク達側としても折角助けたのにそのまま誰とも知らず死なれるかもしれないってなると寝覚めが悪いわけ。でしょ?」
「そうね……やっぱり良い気分にはなれないわ」
頭を振ってそう返すちょこにロボ子は頷く。
「だからまあ、それだったらウチで働きつつこの世界について学べれば良いんじゃないかなぁって」
「……有難い提案だが、戸籍とかはどうするんだ?流石に無いと不味いだろ」
先ほど、ちょこ達との知識の擦り合わせの際に聞いたが、それが無いとこの国ではまともに動けないようだが。
「まあそこはどうにかなるよ~ちゃんと手続き踏めばね~」
「……」
やんわりとした笑顔で言ってロボ子は天井から見事に着地した。
「まあ、働くにしてもYAGOOの許可が降りないと、だけどね」
「YAGOO?」
ここに来てまた増えたワードに流石に頭が痛くなってくる。
それを知ってか知らずか、ロボ子が人差し指をピンと立てて笑った。
「ウチの社長のことだよ」
それから暫く、主にロボ子達が所属する『ホロライブ』について聞かされ、今。
「──アイドル、か……」
オルガは何時もの癖で右目を閉じて考えていた。
如何せん情報が多過ぎるので一度頭の中で整理する。
まず第一に自分は(おそらく)一度死んでいて、この世界に転生、或いは転移した。但し、スバルが言うような特別な力は無く、この世界の知識も無い。
第二に此処は日本という国の、東京という都市であること。
第三に今自分が居るのはバーチャルYouTuber、略してVtubar所属事務所のホロライブで、主に配信?での活動やアイドル活動何てのをしているらしく、普通の人間はじめ、魔界やら異世界(フブキ曰くファンタジー世界)やらから来ているのも居るらしい。
そしてそんなホロライブのトップがYAGOOと呼ばれる人物。
一体どんな傑物なのか。
……ともあれ、最初にロボ子が話した通り、まずはこの世界での生活の土台が必要なのは確かだ。
ロボ子の誘いは渡りに船と言える。
ここで乗らなければ完全に『詰み』だろう。
肚は決まった。
両目を開いてロボ子を見る。
「……頼む、YAGOOって人と連絡させてくれ」
そう言って頭を下げようとした瞬間、事務所のドアがガチャリと開いた。
「お疲れ様で~………………す?」
「「「「「……………」」」」」
ドアを開けた張本人は何とも言えない雰囲気に気まずそうに首を傾げ、ロボ子達はロボ子達で苦笑するしかなかった。
…………何だろうか、この微妙な羞恥心。
「え、えーと……あ、目が覚めたんですね」
「お、おう」
紺色の髪に眼鏡を掛けた女性の問いに頷く。
「身体は大丈夫ですか?」
「ああ……なんでか知らねえが無事だ」
「なら良かった」
「Aちゃんさん、どうしたんすか?」
ドアを閉めてこちらに近付いてくる女性──Aちゃんさん?──にスバルが訊ねるとAちゃんさんは何やら携帯端末らしきものを取り出すとオルガに差し出した。
「ウチの社長──YAGOOから、貴方に話があるそうです」
次回からシリアスは長期休暇に入ります