鉄華団団長オルガ・イツカの異世界転生(転移?)からはや1ヶ月が経った。
桜はすっかり散りきって青々とした若葉を枝に垂らし、日差しは穏やかなものから少し暑く感じるようになった。
人の流れは相変わらずで忙しなく、都内ともなればそれも尚増している。
そんな季節のただ中、オルガはと言うと……。
「オルガさん!そっちの資料纏まりました!?」
「こっちは問題ねえ、だがコピーがまだだ!そっちは!」
「後五分!!」
修羅場っていた。
手は残像が見えるほど俊敏に動かしながら次から次へと来る仕事を「友人A」と皆から呼ばれる本名不明──但し忌むべき過去に名乗っていた「飛鳥」という名だけ何故か知れ渡っている先輩と処理していた。
あの後、社長であるYAGOOと電話会談をした所、「行く当て無いならウチ来る?」なんて軽い調子でホロライブに雇用が決定。
あれよあれよと言っている内に戸籍やら仮住まいやらを用意して貰い、友人Aに仕事を教えて貰い今に至る。
まあその間にもホロライブの面々に魔界に連れて行かれたり、魂抜かれかけたり、自分が実は「ガンダムシリーズ」とか言う創作上の人物だったとか色々あったが今日もオルガ・イツカは元気(ナチュラル・ハイ)です。
「ハッ、この感じは久々だな……!」
徹夜特有のよく分からない高揚感を感じながらキーボードを叩く。
この1ヶ月、現代知識から仕事内容まで必死に頭に叩き込んできた結果としてそれなり以上に仕事が出来るようになっていた。
これも一重に「雇ってくれたYAGOOの親父に恩返しがしたい」というオルガの義理堅さ故だろう。
おかげでホロライブ徹夜勤務記録ホルダーとかいう不名誉通り越して辞退したいレベルの称号を持つ友人Aの仕事に着いて行けている。
更にプラスしてスタジオ機材の搬入や他スタッフとの協力しての力作業をこなしているのが今のオルガの勤務内容である。
尚、それを知ったホロライブのVtubarの面々からは「友人BもといO」「ワーカーホリックならぬワーカージャンキー」「見た目ヤ●ザのブラック社畜」等々、散々な言われようである。
「よし、こっちも終わりです」
「俺の方も終了だ……今回は一徹で済んだな」
「フッ……朝日が眩しいぜ……」
一仕事を終え、ブラインドから射し込む陽射しに目を細める友人Aにオルガは苦笑した。
胸元に「hololive」とプリントされた以外は何もない黒いTシャツにジーンズパンツのラフな格好だが、さながら歴戦の戦士のようにも見える。
時計を見れば朝の8時。そろそろ他のスタッフやVtubarがやってくる頃合いだ。
「……コーヒーでも飲むか?先輩」
「キツめのブラックでお願いします……」
「おう」
草臥れたボルドーのスーツを羽織り、オルガは給湯室へと向かった。
その背中を見送って、友人Aは机に突っ伏した。
彼女から見たオルガの印象は、見た目に反してとても仲間思いで義理堅い、と言った所だ。
きっちり先輩後輩の距離感を持ちながらも直ぐにホロライブの面々と打ち解け、それでいながら必ず借りは返す義理堅さ。
必死に仕事を覚えたのも、社長に恩返しがしたいと言う一念のみでそうしたらしい。
見た目と言動と格好はどう見てもヤ●ザだが。
この前来ていた社外の人なんて完全にビビっていたし。
「良い人、なんだろうけどなぁ…」
「何がだ?」
どうにも引っ掛かる違和感に嘆息していると、傍らに湯気の立つカップが置かれた。
その元を辿ると、オルガがコーヒー片手に何時もの仏頂面で立っていた。
「ありがとうございます……あっっっつ!」
「いや見りゃわかんだろ……」
礼を言いつつ口をつけると熱過ぎる感覚に口を離した。
おかげで目は覚めたが。
そのせいか、先程まで有った違和感の答えをぽんと口にした。
「オルガさんはなんでそんなに──」
「ダイナミィィィィィィィック……」
全てを言いきろうとしたその直前。
「エントリィィィィィィィィィィィィ!!」
赤色のやべーヤツが窓ガラスをぶち破って入ってきた。
「「…………」」
割れた窓から射す太陽を背に立ち上がったそいつの名は──。
「宝鐘マリン……出 社 ! ! 」
「じゃねえよバカ」
「あだぁ!!」
ホロライブ3期生「ホロライブファンタジー」メンバー、宝鐘マリンである。
赤髪にこれまた赤を基調とした服装に、特徴的な海賊帽を被っている。
声が●彦だったりミ●トさんだったりチ●ッパーだったりする、海賊(仮)だ。
「レディの頭をいきなり殴る普通!?」
「窓ぶち破って出社するような奴が普通なワケねえだろ」
「えっ」
「えっ……じゃねぇよ、何で驚いてんだ。てか窓どうすんだこれ」
マリンが破壊した窓を見てオルガは頭を抱える。
徹夜明けの疲労感が尚増したような気がする。ついでに胃も痛くなってきた。
「段ボールとかで塞ぐしかないですね、これは……」
「ああ、それなら大丈夫大丈夫」
同じく頭を抱える友人Aに対し、マリンは肩に掛けていた大きめのカバンを下ろすとそのチャックを開けた。
中に入っていたのは……
「「シ、シオン(さん)……!?」」
「タスケテー」
何故か縄で亀甲縛りにされたホロライブ2期生の紫咲シオンだった。
名前の通りの紫を基調とした服と淡い紫が混ざった白髪と金の瞳を持つ、本人曰く「魔法使い」。
出会った当初は眉唾だとオルガは思っていたがリアル「いしのなかにいる」やら事務所ごと成層圏に転移したりと見せられたので嫌でも信じてしまった。
そんな彼女の姿を見てオルガは合点がいった。
「シオンに直させんのか?」
「YES!!」
いやYESじゃないが。
シオンをカバンから抱えだし、縄をほどくとゲッソリとした顔で「あ゛~~~……」と唸り声をあげた。
猫か。
「朝から災難だな」
「徹夜で魔法の研究してたらいきなり船長がやってきてさ……明日サプライズ仕掛けるから手伝って!とか言われて……めんどくさいから断ったらさぁ」
「ならば海賊らしく、いただいてゆく!!」
「……ってな感じで連行されましたとさ」
「「もはや強盗じゃねえか(ないですか)」」
海賊と言うよりもはや山賊や野盗の所業である。
これには流石に同情を禁じ得ない。
「まあ、とりあえず……窓、よろしくな」
「あ゛~~~……私の研究時間~~~……」
嘆くシオンの叫びが事務所にこだました……。
「おっはようございまーーーーーーーーーーッス!ってなんじゃこりゃあ!?」
「おう、おはよう。それか?……赤髪危機一髪」
「なにそれ楽しそう」
「助けるという選択肢すらないんですかスバル先輩!?」
シオンが窓を修復している最中、やってきた大空スバルが樽に詰められたマリンを見て目を輝かせていた。
その視線は樽の傍らに無造作に置いてある段ボール製の剣に注がれている。
もうぶっ刺す気満々である。
「おはようございま~す、って船長何してんの?」
続いてやってきた金髪碧眼の少女、ホロライブ一期生の「赤井はあと」が異様な光景に驚いていた。
「サプライズを仕掛けたと思ったら樽に詰められたなう」
「なるほどわからない」
マリンの事情説明に冷静にツッコミを入れ、はあとは肩に掛けていた荷物を下ろすと、樽の傍らの剣を徐に持ち上げた。
「で、どこに刺すの?」
「最早刺すことに躊躇が無い!?助けてオルガ団長ぉ!!」
「ちなみに当たりを引くと今日の買い出しで好きな甘いもんを一つマリンが奢る」
「よし当てよう!」
「救いはないんですかぁ!!」
ケジメなのでそんな物は無い。
「お~、なんか面白そうなことしてるね~」
「船長が樽に詰まっとるwww」
と、そこに猫耳を生やしたライラックの髪の少女と犬耳に焦げ茶の髪の少女がマリンの惨状を見て笑いを堪えていた。
猫耳の少女はホロライブゲーマーズ所属の「猫又おかゆ」、犬耳の少女は同じくゲーマーズ所属の「戌神ころね」である。
二人はお互い顔を見合わせるとニヤリと笑い、そして。
「よおし刺すぞ~」
「船長どこがいい?」
流れに乗っかった。
「お助けを~~……!」
「……賑やかになったな」
「樽に詰めたのオルガさんですけどね」
「ケジメはキッチリつけねぇとな」
わいのわいのと騒がしくなった事務所を眺めるオルガに友人Aがコーヒー片手にツッコミを入れる。
「オルガさんもすっかり染まりましたね、ウチに」
「……慣れってのは、怖ぇな」
肩を竦めて苦笑する。
ここ1ヶ月、突拍子もないことだらけだったのだから慣れない方が無理だろう。
思い悩むこともあったが、
今ではご覧の通り、そこそこ楽しめている。
血生臭い人生だったが、ここはそれを忘れるくらいに騒がしく、そして面白い。
「ま、悪くねぇか」
片目を瞑り、笑う。
「よぉし、お前ら!今日も始めるぞ!!」
※ちなみに当たりはおかゆんが引きました