「ゆーと、先週はどうだったの」
「ん、そうだな。多分次、レギュラー取れる」
「やるじゃん」
それは、週に1度の逢瀬。誰も居ない文芸部の部室で2人きり。
私は、自らの幼馴染であり弟の様な存在でもある
「別にやってない。三年が引退したから俺がレギュラーってだけ。新入部員にめぼしいのが居ないし、順当な結果だ」
「でも、次の試合からはゆーとが主力なんだろ?」
「ま、まぁな」
「頑張りなよ。応援してるから」
彼とは、たまたま同じ幼稚園出身で。家も近く、同じ小学校に入学してからは家族ぐるみの付き合いに発展した。
同い年にしては少しお馬鹿で子供っぽいところがあるけど、根は優しくて素直な良い子である。
「お前の方はどうなんだよ」
「私は変わらずかな。部活じゃゆーとをモデルにしたサッカーの小説、のんびりと書き続けているよ」
「やめて欲しいんだがなぁ。俺の名前は出すなよ、絶対」
「うんうん、分かってるさ」
そう、私は文芸部の部員。だから部室の合い鍵も持っているし、こうしてこっそりゆーととお昼を過ごす空間を手に入れることが出来ている。
いやあ、話の分かる部長で良かった。
「ねぇ、学校は楽しい?」
「まーまーだな」
「そっか」
少し不愛想で、それでいて幼い彼が『私の手作り弁当』を食すのを眺めながら。ニコニコと、他愛のない話を続けていく。
そんな二人ははたから見れば、まさに─────。
「まだ付き合ってないんかい!」
そうなのだ。
「え、そこまでやってあげてるのに付き合ってないのヒマリン」
「……アイツ、本当に意気地なしでね。何度も告白するチャンスあげてるのに、いざ告白ってなると噛み噛みになって『や、やっぱ何でもない!!』とか言って逃げ出しよる」
「あーね。なんかそれ、目に浮かぶわ」
その放課後、私は仲の良い女子グループと喫茶店で駄弁っていた。話題は、私の恋バナである。
「でも、優斗っちはヒマリンにゾッコンでしょ」
「だよねー」
私の友人たちは、クスクスとからかうように私を見て。私も、にたりと勝ち誇った笑みを返してやる。
まぁそうだろう、見ていればわかる。ゆーとは間違いなく、私を意識している。
この私が言うのだから間違いはない。
私とゆーとは10年以上、幼馴染としてずっと仲良く2人で過ごしてきた。最近、急に彼の様子が変わったことくらいバレバレだ。
「やっとゆーとも思春期に入ってくれたのねぇ。長年にわたる私の献身もやっと報われるってワケ」
「10年越しの初恋っしょ? ヒマリンもヒマリンでめっちゃ一途だよね。てか、ヒマリンから告白しないの?」
「今までの奴なら考えたけどね。もう向こうが私を好きなのはもう分かってるんだ。後は構えていれば釣れるでしょ」
「お、悪女」
「いいなー。私も彼氏欲しーなー」
……気軽に悪女とか言うな、めっちゃ苦労したんだぞ。長かった。実に、実に長い勝負だった。
あのバカは生粋のサッカー小僧で、小学校時代は私に女子マネをやらせて好き放題にサッカーに打ち込んでいた。色恋? 何それ美味しいのって感じだ。
あのバカは、シューズ磨いてあげたりご飯用意してあげたり洗濯手伝ってあげたり宿題写させてあげたり、もう滅茶苦茶に私を手伝わせておいて「好きな女? うーんと、なでしこジャパン代表のSAW●選手!!」と満面の笑みで答える様な奴だ。
あの時は流石に手が出そうだった。ずっとお前を支えてきた可愛い幼馴染がすぐ後ろにいるやろがい。
とはいえ、男の精神的な成長は遅い。精神年齢で言えば、男子と女子は3-4歳は差がある。この馬鹿はまだガキんちょなだけだと、当時の私は必死で怒りを押し殺したものだ。
そんなサッカー馬鹿は、中学校に入ってもまっすぐサッカー部を選び。本当は文芸に興味のあった私は、散々尽くしてやっても応えてくれない馬鹿の為にサッカー部マネを引き受ける気になれず文芸部に入部した。
……私がマネを辞めると告げたその時のゆーとは、まるで見捨てられた子犬の様な顔だった。そんなに凹むなよ、罪悪感湧くじゃないか。
とはいえ、そのまま奴がサッカー部に打ち込んでしまえば私との接点がなくなる。下校の時間も違うし、教室でも男女で正面切って話す機会はそんなに多くない。奴はサッカー部グループ、私は仲良し女子グループを形成してしまったのでクラス内の別勢力になってしまったからだ。
なので、
「最近趣味で料理を始めてみた。週に一度、私の作った弁当を食べないか」
と、私は半ば無理やりに週1でこの鈍感バカとの逢瀬の時間を捻出した。
その甲斐があったのだろうか。はたまた、私が意図的に流布した「日葵と優斗が二人きりで手作り弁当を食べ合っている」という真実の噂でサッカー部内でからかわれたのか。
徐々にあの男は私を意識し始めたらしく、今年から目を合わせると逸らすようになったり頬が赤くなったりし、ついに先月「お前って誰か好きな奴とかいんの?」というセリフを頂戴した。どう考えても私を意識しまくりですね、はい。
「優斗っちってところがまた絶妙にいいとこだよねヒマリン。ギリギリ女子の人気が出無さそうで争いにならず、かつブサくないスポーツマンと言うね」
「まぁ、モテる感じの奴じゃないからなゆーと。いい子なんだけどちょっと無愛想」
「ヒマリン幼馴染なんでしょ? 実は向こうももう、アンタを嫁内定みたいに見てたんじゃないの」
「……いや、まっっっったく見てなかったよあの馬鹿。それで私がどれだけ苦労したか」
「そうか。おう、なんかスマン」
そんな糞鈍感なゆーとも性に興味のあるお年頃になり。そして、やっと気付いてくれたわけだ。
幸運なことにいつもいつも、ゆーとのすぐ傍に可愛くて献身的な幼馴染が付き添っていてくれたことに。
「はぁー。早く告白してこないかなぁ、ゆーと」
「あれじゃない? もうすぐサッカー部は大会でしょ? 大会で結果出して、それで告白! とか考えてるんじゃない」
「うわ、ありそう。男ってその辺単純だよね」
「んー、まぁ大会期間中は忙しいしデートも出来んだろうし。まぁ待ってやるか」
そもそも本当に告白できるのかね、アイツ。
この前なんか、アイツの部屋で2人きりになってまでチャンスをあげたのに。危ないから送ってやる、とか言って私の家の玄関までついて来たのに。顔真っ赤にして「ま、また明日な!」だもん、流石にため息が出たわ。
次、私から少し誘導かけてやるか? それくらいせんと、童貞は告白できんのかもしれん。
「付き合い始めたら報告してよ? お祝い会やろ、お祝い会」
「ヒマリン10年越しの初恋実ったカラオケ大会SP! ラブソングしか歌っちゃいけない縛り!」
「おーおー。ま、その時は報告するさ」
よし。そろそろ私からも仕留めにかかるとするか。
告白するか否かの一番甘酸っぱい時期、確かに恋愛では一番楽しい時期だけれど、そろそろお預けを食らうのにも飽きてきた。
ちょっと、過激に誘惑をしかけてみるかな。
「じゃ、解散! 明日、学校でね」
「おう」
「じゃーねぇ~」
こうして、私はいつも通りの日常の中。きっと告白して来るだろう可愛い弟分のその顔を思い浮かべて悦に入り、共と別れ家へと帰るのだった。
だが。この時の私は、考えが甘かったと言わざるを得なかった。
こんな、薄氷の上に乗ったような『日常』などいつ壊されるかも分からない。現実とは、ほんの小さなきっかけで何もかもをぶち壊す。
この時の私は、そんな簡単なことも理解していなかった。
それは漫画やアニメーションのような、現実ではありえない空想の世界の話の様な。だが、現実としてそれは起こりうるのだと知っておかねばならなかった。
翌日。
私がいつも通りに登校すると、教室で嫌に疲れた顔のゆーとを見つけた。
「……どうしたの? 朝練きつかったの?」
「いや、何というか。すまん日葵、放っておいてくれ」
「……? 分かった、何か困りごとなら相談してよ」
「何でも無いんだ」
明らかに何かがあったらしい、ゲッソリした幼馴染。だが、私に聞かれたくない類の話の様だ。
ならば、無理に聞き出さない。何でもかんでも介入しないのが、いい女の条件なのだ。
「おーい、お前ら席につけ」
「お、はーい」
そんなくたびれた教師の掛け声とともに、私達はいつもの席に座る。
窓際の席のゆーとと、最前列の私は離れ離れになってしまう。いつもの事ながら、少し寂しいもんだ。
「お前ら、よく聞け。今日は何と、転校生を紹介するぞー」
「「えっ!!」」
教師の一声で、教室が騒がしくなる。
この時期に転校生、か。2学期の初めだし、まぁ時期的にはそんなにおかしくは無いのか? 夏休みで引っ越して、やっと手続きが終わったと言ったところか。
「何しかも何と、海外出身だ。フランス人とのハーフだそうだけど、日本語ペラペラだから安心しろ。じゃ、入ってシャロッテさん」
「「ハ-フ!?」」
しかも外国人か。また、凄いのが転校してきたな。
日本語がぺらぺらと言う事は、日本に住んで長いのだろうか。一体どんな人なんだろう。
「はい、先生。……お、おほん!」
そんな、クラス中の注目を集めて入って来たのは。金髪碧眼ツインテールという、何もかもが完ぺきな美少女だった。
なんだあれ。あんなのが現実に存在するのか? 存在して良いのか? どっかのアニメから間違って現実に迷い込んできたんじゃないのか?
長い睫毛、整った挑発、人形の様な肌に流石フランス人いう美形。その、圧倒的な存在感に私は思わず空気を飲まれ。
「皆さんこんにちは。ただいまご紹介に預かりました、私はシャロッテ・レイ・ウィンバードと……」
その透き通るような声での自己紹介に聞き惚れていると。
「「ああっー!!!」」
なんと。ゆーとと、そのシャロッテさんが見つめ合って同時に叫びだした。
「あ、あなたは朝の変態痴漢ヤロー!!」
「うーわ何でお前がこんなとこにいるんだ言いがかり女!!」
「やっと見つけましたわ、警察、警察!! あんな、お父様にも触られたことの無い私の胸を……」
「うるっせー!! 完全に徹頭徹尾俺に責任のない事故だろうが!!」
しかも。2人は何やら顔見知りらしく、ぎゃあぎゃあと睨み合って喧嘩を始めたではないか。
これは、これは一体。
「なんだ。知り合いかお前ら」
「違います!! 誰がこんなのと!!」
「私は被害者です!! もみもみもみと、三回も胸を揉まれたんですよ!!」
「事故だってば!!」
「嘘おっしゃい!! 1回や2回ならともかく、三度も……」
「……それは周囲の状況が分かんなくて、とりあえずなんか柔らかいのがあるなって!!」
そう、醜く言い争う転校生と幼馴染の二人を見て。私は、かつてない謎の恐怖心に支配された。
なんだか、ヤバい気がする。何というか、これは……。
これはまるで、
「喧嘩は後にしろ、さっさと席に就け。あー、席は、うん。茂手優斗、その男子の隣しか空いてないな。シャロッテさんの席は優斗の隣で」
「はあああ!? 私の隣は痴漢なのですか!!」
「ふざけんな!! こんな自意識過剰女が隣とか勘弁してくれよ先生!!」
咳が隣になっただと。私が毎回、神に祈りをささげても隣になれなかったゆーとの隣をそんなにあっさり獲得しただと。
「教科書はまだ持って無いみたいだからな。茂手、見せてやれ」
「……えー!」
しかも、席を密着して教科書の見せあいっこだと。
ベキン。
「ん? 何の音だ?」
「な、何の音だろうね先生」
いかん。気付いたら机の下で鉛筆を一本へし折ってしまっていた。
落ち着け。落ち着け私。まだ、別に何か致命的な事が起こったわけではない。
なんか、ゆーとと相性の悪そうな外国人転校生が転校してきただけだ。そう、それだけ。
大丈夫。大丈夫だ、決してヤツは
……。なんか鼻の下伸びてないか? ヤツの巨乳の感触思い出してんじゃないのか、ふざけんなよ? 巨乳が偉いとか昭和の前時代的思想してんじゃないぞあの鈍感。
ベキベキッ!!
「な、何か凄い音したぞ!?」
「気のせいでは?」
む、いかん。鉛筆が四散してしまったか。
「……で?」
「あの金髪転校生、熱心なサッカーファンらしくて。サッカー部マネになったんだって」
……。
「ねぇ。大丈夫なのヒマリン」
「いや、そういうのは創作の世界だって知ってんだけどね。何というか、漫画みたいな出会い方してんなあの2人って凄い話題になってるよ」
「なんでも、川の土手で自主練してた優斗君が、散歩中の飼い犬に紐を引かれバランスを崩したシャロッテさんを抱きかかえたらしいの。でもその際に優斗君はコケて頭を打って、一瞬意識が飛んだらしく」
「シャロッテさんからしたら、倒れかかった人間に3度も胸を揉みしだかれたという感想らしい。優斗君からしたら、彼女を助けに入ったらコケて気を失って、意識戻ったら目の前に激怒しているシャロッテさんがいたと」
「……いつの間にそんなエロ猿に、ゆーとめ」
おかしいだろ。
あとちょっとで、多分1週間以内にはモノにできただろう幼馴染に。
何でいきなり金髪ツンデレツインテールと強烈なフラグが立ってるのか。
「めっちゃ美形だったね。シャロッテさん」
「フランス人形みたいというか、美術品みたいというか」
「……う、うううぅ」
あんまりだ。こんなのあんまりだ。今日もゆーとはサッカー部の練習、つまりサッカー部に入りやがったあの女と付きっ切り。
まさかシャロッテさんめ、あんななりして生粋のサッカーファンとか。文芸部なんか選ばず素直にサッカーのマネ続けていればよかった。でもサッカー興味ないのにマネやるのもなぁ。
「ちょ、落ち着きなって。流石に、優斗君もいきなりあんなのには靡かないでしょ」
「ゆーとは……、アイツが隠してたエロ本は金髪外人モノだった……。くっ!!」
「把握してやるなよそんな事」
まさか現実に金髪外人が来るとか予想してないから、当時は見て見ぬふりしてやったのに。裏目ったかちくしょう!!
「10年だよ。10年越しの付き合いだよヒマリンと優斗君」
「ダメだ……。恐ろしい、おぞましい……。あのツインテールは幼馴染を刈り取る形をしている……」
「落ち着けヒマリン」
……行くか? 致命的な事態になる前に、いっそ私から告白してやるか?
「恋愛とは好きになった方の負けである」とかうちの生徒会長が言ってた気がするけど、私の負けで良いから最低限ゆーとの隣だけは確保したい。
ここで攻めなければ。さんざん告白できずに受け身で待った挙句、あっさり金髪ヒロインに想い人を奪われ結婚式でケーキを作らされたり子供同士が一切付き合いのないくらいに疎遠な関係になったりすることになる。
10年間たっぷり熟成した私の恋心、そうやすやすと金髪ツインテに譲り渡すつもりなどない。
「……いや、普通にシャロッテさん牽制しとけばよくね?」
「あーね。ヒマリンのお手付きだって話をしとけば、手を出す事はないでしょ」
「ヒマリンの関係知ってて優斗奪ったらマジで、女子から村八分モノだし」
あ、そうか。そうだった、ここは漫画ではなく現実。女子鉄則のの掟を忘れていた。人の男を奪うのは基本的にナシよりのナシ。
現に私はクラスの各グループの女子に『優斗を狙ってます』と情報は流している。そして現在、対抗馬は居ないため『まぁ茂手優斗なら奪い合わなくていいかな』と静観を決め込んでくれている。
クラス内で、恐らく他にゆーとにちょっかいを掛ける女子は居ない筈。後はシャロッテさん本人にそれを告げれば、ゆーとは金髪ツインテからアタックを受けることはなくなるはずだ。
勝てる。変に焦らなくとも、シャロッテさんを抱き込めば私の勝ちなのだ。
「じゃ、明日放課後、シャロッテさんをお茶に誘ってみる?」
「良いんじゃね」
「賛成だ」
よっしゃ。後はシャロッテさんと話をするだけだ。
まぁ、今朝の感じだと危険はすこぶる薄いだろう。見たかんじお互いに毛嫌いしあってる、私の邪魔をしてくることはないはずだ。
「……え。待ってシャロッテさん、大阪出身なの」
「生まれこそフランスですけど、育ちはずっと大阪ですわ。こんな風に敬語にしていないと、すぐ関西弁が出てしまって。せっかくのイメージが崩れるのでこんな堅苦しい喋りに」
「イメージ気にしてるんだ!?」
「え、てかずっと関西?」
「生まれも育ちも西成(※日本一治安の悪い町)ですわ」
「思った以上に大阪だこの娘!!」
翌日、シャロッテはあっさり喫茶店について来た。そこで実際に話して分かったのだが、彼女の現実離れした印象とは違い、彼女はは思った以上に気さくでフランクな女子だった。
「え、ちょっと地で喋ってみて」
「勘弁してや。ハズいねん、これホンマ」
「関西弁だ!! 関西弁の金髪美形だ!!」
明るく、美人で、ノリも良い。これは……コイツはモテ女の匂いがプンプンするぜ。
「もうよろしいでしょうか? こっちの方が見た目のイメージに合っているので、私としては好ましいのです」
「それ本当ウケル! 猫被りすぎじゃね!」
「猫と言うか、フランス人形被ってると言うか。へー、びっくりしたなぁ」
「キャ、キャラが濃い」
これは、モテるだろうな。ひょっとして彼氏とかいるんじゃないか? まぁ居たとしても、ゆーとは美人に弱いから油断してると持ってかれそう。
いかん、考えただけでもゾワリとする。
「あ、じゃあちょっとさ。シャロッテさん、今日の本題いっていい?」
「本題?」
「まぁ、ちょっと女子らしい話しようやって事。なー、ヒマリン」
「ま、まぁね」
目の前のエセ外国人のポテンシャルに恐怖していると、友人に急に話を振られてハッとなった。そうだ、今日は彼女とただ仲良くなりに来たわけではない。
ちゃんと彼女に牽制し、協力を頂かないと。
「女子らしい話、ですか?」
「あーね。シャロッテさん、その。サッカー部の茂手って男子の事なんだけど」
万が一。万が一、ゆーとがコロっと逝った時には彼女からバッサリ振って貰うのだ。それで、私の心の安寧が保たれる。
大丈夫だと思うけど。最近のアイツの態度を見ていると、絶対に私に気が有ると思うけど! 念のため、ね!
「も、茂手優斗さんの話ですか……」
ゆーとの話を振った途端。彼女は急に頬を染め、モジモジと指を交差し始めた。
…………は?
「え。何、その反応」
「あ、いえ何でもないんですよ!? まぁ、ちょっと昨日色々とありまして? その、彼とは少し仲良くなったというか」
……………………はぁ!?
「え。ちょっと何があったし」
「それはシャレにならん、マジで何があったの」
「い、言えませんわ!! それが彼との約束でもありますし!」
「……ゆーととの、約束?」
「え? ええ、まぁ」
え、何それは。朝、めっちゃ喧嘩してたじゃん。相性最悪って感じだったじゃん。
何で頬を染めてるんだこの女は!! 嘘だろ、一晩だぞ。一晩で何しやがったあの鈍感男!!
「……何があったかどうしても、言えないの?」
「ご、ごめんなさい。話すわけには」
「……絶対?」
「は、はい。どうかしましたの、えっと、ヒマリさん?」
ふぅん。ふーん……。
TRRRRRRRRR‼
「どした日葵。いきなり電話って」
「今から、ゆーとの部屋に行くから。準備しといて」
「はい?」
「聞こえなかった? そっち行くから。7時くらい、待ってて」
「え、ちょっと─────」
混乱するスマホ越しのゆーとの声を尻目に、プチン、とスマホの電源を切り。
私は、目の前で唖然としているシャロッテさんに声を掛けた。
「ごめんなさい、急用が出来た」
「はい?」
「ちょ、ヒマリン?」
放置は出来ん。この女は危険だ。
ゆっくり情報を集める時間はない。私の感じるこの圧倒的な『危険センサー』が言っている、彼女はおそらく敵となるだろう。
とはいえ、シャロッテとゆーとは出会って1日。まだ、私の方が圧倒的にリードしているはずだ。
先制攻撃で、ひねりつぶしてやる。
「ごめん、ちょっと告ってくるわ」
「……あー。が、頑張れ?」
「告白? え、誰に?」
「シャロッテさんには私達から説明しとくし。頑張れヒマリン」
困惑する金髪ヒロインを押しとどめる友人二人に感謝の念を送りながら。私は、まっすぐゆーとの家へと向かうのだった。
「私が来た」
「うわっ本当に来た」
ゆーと母に顔パスで部屋に通してもらい。私は見事、浮気な幼馴染の部屋に強襲する事に成功した。
ふ、付き合いが長くないといきなり部屋に通してもらえないからな。ここが、シャロッテさんと私の差だ。
「いきなりごめん、聞きたいことがあったから来た」
「……何? な、なんか機嫌悪くねお前」
「悪くない」
突然の私の襲来に、ゆーとは若干ビビっている。何か、後ろめたい事でもあるのだろうか。
「要件なんだけど。……昨日の件、シャロッテさんから聞いたよ。どういう事?」
「……はぁ!!?」
私の威圧で。ゆーとは言葉を失い愕然としている。
やはりこの態度、ゆーとは後ろめたいことがあるに違いない。もっとカマを掛けてやれ。
ゆーとは基本的にアホだ。ちょっとカマかければペラペラと喋りだすはずだ。
「聞かせてくれるよね、ゆーとの口からも」
「……え、ちょマジ? アイツから何を聞いたの?」
「さぁね? ……嘘ついたらゆーとでも許さないから」
「え、えええ?」
さぁ、吐け。キリキリ吐け。
きのうあの金髪関西弁と、何があったかを。
「あ、いや分かった。……なぁ日葵、お前何も聞いてねぇだろ」
「……っ」
ところが。ゆーとはあっさりと、私の嘘を見破った。
なん……だと? このサッカー以外の事に一切脳みそを使わないことで有名なゆーとが、私のカマかけを見破っただと?
「シャロッテは正直な女だった、約束とか守る性格と思う。俺はあの娘をそれなりに信用してるんでな。それでお前、何も聞けなくて俺にカマかけに来たんだろ」
「……」
「違うか? ならどんな話を聞いたか、言ってみろよ日葵」
……。
「悪いな、昨日の1件はシャロッテ本人との約束もあって話せないんだわ。それに意地悪で言ってるんじゃなくてさ、話すとお前も面倒なことに巻き込む事になる」
「……」
「ま、何年お前の幼馴染やってると思ってんだ。お前の考え程度、軽くお見通しってやつだ」
……。
「う、えぇぇぇん……」
「ちょっとぉ!!?」
目頭が熱くなる。ポロポロと、抑えきれない感情の奔流が頬を伝う。
何だよこの野郎。何でいきなり、シャロッテとそんな信頼し合ってる感じになってるんだよ。幼馴染にすらいえない事って何だよ。
おかしいだろ。そもそもあんな金髪とビンビンなフラグ立ってんのに私のケアに来ないのもおかしいし。普通言い訳と化しに来るだろ。
私、実は眼中になかったの? そんなに金髪外人が良いの? 乳なの? だったらぶっ殺すぞ。
「ちょ、泣くのはやめて、殺される! 俺が親に殺されるから落ち着いて、何があった」
「うるしゃい……」
「ごめん、何か俺に気に入らないことがあったんだな、謝る! 何でも謝るから、土下座でも何でもするから泣き止んでくれ」
私が急に泣きだしたからか、物凄く慌てたゆーとが必死で頭を下げている。いい気味だ。
女の涙は最終兵器、こんなにあっさり使うつもりはなかったけど出ちゃったものは仕方ない。有効に活用させてもらおう。
「じゃあ、言って」
「あ、えっと」
「シャロッテさんと何があったの。どういう関係なの」
「あ、あーそこか! 違うから、誤解だから。えっと、そのだな?」
キッとゆーとを睨みつけてやると、しどろもどろに口をつぐむ。マジかよ、泣いてる幼馴染にすら話せないってマジかよ。
まさか、もう「合体」したのか? 西成出身らしいし、奴はビッチofビッチだったりするのか?
「あー、もう。言えんゴメン!!」
「……」
「だから言える事だけ言う!! それで許してくれ!!」
じぃ、と恨めしそうにゆーとを睨んでいたら。何やら決心したらしいゆーとが、いきなり私を抱きしめてきた。
……ハグ? この状況で、なんで?
「シャロッテとは何もない。一緒に面倒ごとに巻き込まれて、人に言えない事情が出来ただけ!」
「……で?」
「俺が本当に好きな奴は他に居て、もうすぐ俺から告白する予定だから待ってろ!!」
……。
「その、昨日シャロッテと巻き込まれた事情ってのが結構面倒臭くてな。危険とかじゃなくて、マジの面倒ごとでさ。一段落付くまでは俺も忙しくなるし、今後はシャロッテと行動する事も多くなると思う。でも本当に誤解しないで欲しい、好きな人は別の人だ」
「……はぁ」
「お前だけには誤解してほしくない」
……お、おう。私だけには、かぁ。
「だから、ちょっと待ってろ。その、数か月もかからない筈だから」
「待ってろ、ねぇ。待ってろ?」
「ああ。お前、誰か付き合ってる男とかいないよな? そのまま待っててくれ」
……待っててくれ、と来たかぁ。
「悪いがシャロッテとの事情は話せない、約束だしな。でも、今の俺に言えるのはここまでと言うか、めっちゃ頑張っていろいろ言ったというか!! その頑張りを評価してくれないか」
「あ、その」
「だめか?」
「……あ、はい」
……。
「わかったゆーと、私ちょっと待ってる……」
「あ、ああ。ごめんな日葵」
「んーん。別にいいよ」
そんな、まくしたてる様なゆーとの言葉を聞いて。私は、どこかフワフワと浮つきながら自分の家に戻ることにした。
「お、送っていこう」
「いらない、近いし。あと、ちょっと一人になりたい」
「……そうか」
……。待ってろ、かぁ。
─────勝った!!
勝った、これは勝った。何だよ、やっぱりアイツ私にメロメロじゃないか。心配して損した、まーそうだよな私だよな。
シャロッテとどんな事情があるのかは知らないけど、今日ゆーとの話を聞いて凄く安心した。もう殆ど私に告白した様なものだろアレ。
『お前だけには誤解してほしくない』
『お前、誰か付き合ってる男とかいないよな? そのまま待っててくれ」
答えです。これが答えですよもう。私じゃん。
奴の発言からどんな有り得ない低い可能性を探しても、私以外の好きな人が出てこない。そっか、近々告白しようとしてくれてたのねゆーとは。
そうかそうか、なら待っててやろう。あそこまで私に言い切った上でゆーととシャロッテと付き合うとかありえない。外道過ぎるわ、そんなの。
ゆーとの望み通り彼氏も作らず待っててやろう。そして、何に巻き込まれてるのか知らないけどその事情とやらを解決したらゆーとはきっと……。
私に……。
いかん、ニヤニヤが止まらん。送ってもらわなくてよかった、今の顔はちょっとゆーとに見せられん。
やはり共に過ごした時間こそ正義。幼馴染こそ、最高の恋人。
ポッと出てきた金髪小娘なんぞに私とゆーとの仲を切り裂くことなど出来んのだ。それが幼馴染。それが、本物の愛っ!!
ふ、ふははははははっ!
─────なぁ日葵のパパママ!! あんたら、ちゃんと日葵のこと見てんのかよ!!
良いから。そんなこと、ゆーとが怒らなくていいから。
─────寂しい寂しいって、ウチに遊びに来て泣いてるんだぞ! 日葵がかわいそうだ!
だって、パパもママも仕事が忙しいから、しょうがないよ。
─────寂しいってのはどれだけ辛い事か大人なら知ってるだろ!!
確かに寂しかったけど、それは我慢を……。
─────子供に我慢させてんじゃねーよ!! あんな、あんな辛そうに笑う日葵を俺は見たくないんだよ!!
我慢、を……
─────そんなんだったら日葵は俺が貰うからな!!
─────日葵は、俺のモノだ!!
……うわ。随分と懐かしい夢を見た。
これは、そう。親が共働きをしていて、私が家に帰ってから親と話を全然できなかった時期の夢。
誰も居ない家の中、作り置きされた夕食を食べて、TVの音で寂しさを紛らわせながら過ごしていた小学校に入る前の話。
そして。私がゆーとを好きになった瞬間の夢。
「……初恋は実らないもの、なんて誰が決めたんだろうねぇ」
ああ。ニヤニヤが止まらない。
10年越しの恋が遂に実る。あのサッカー馬鹿が私と言う異性に興味を持っている。
なんと、なんと幸福な事だろうか。
「クラスに、実質告白受けましたって情報流しとかないと……。いや、それは野暮かな?」
ああ、早く仲間たちに話したい。日葵ちゃん大勝利なこの現実のすばらしさを世に知らしめたい。
やったぜ。ああ、今日からどんな顔してゆーとに会おうか。
……いつも通りに振る舞えるだろうか? いや、いつも通りじゃなくてもいいか。
私は私らしく、ゆーとに話しかければいいのだから。
「主様!! この女は危険です主様、どうかお気を付けを!」
「危険なのは貴女でしょう!! 昨日まで敵だった癖に何を!!」
「……勘弁してくれ」
朝。
ニヤニヤを押さえながら教室にたどり着くと、そこには年下だろう純和風の少女が制服を着てゆーとに抱き着いていた。
「私は優斗様に一生お仕えすると決めたんです!! 夷敵に優斗様の護衛など任せられるはずもありません!」
「だからって優斗に抱き着く必要ありますか!? はな、離れなさいってば」
「待って美里にシャロッテ。教室でそれはやめて、変な噂が広がるからマジで」
……。誰だその新しい女。
ロリコンか? ゆーとはまさか、年下属性に目覚めやがったのか? この間秘蔵していた年下モノのエロ本は処分した筈だが。
「主様、まさか私の忠義は迷惑なんでしょうか?」
「迷惑に決まっていますわ! 自分のクラスに帰りなさい、貴方は1年でしょう!」
「迷惑じゃない、迷惑じゃないけど離れて美里。こんなとこ、アイツに見られたら……」
「誰に何を見られたらって?」
ぷちん。私の頭の血管が、何本か切れる音がした。
「……げ!? 日葵!?」
「ふーん。何やらモテモテだねゆーと、良かったね」
「いや違う!! ほんとにこれは、その!」
「ふーん」
何だそれは。昨日あれだけ言っといて、次の日には別な女とフラグ立ってるってどういうことだ。
いつの間だ。昨夜の時点まで、影も形も無かったろその謎後輩ヒロイン!!!
「ちょ、待って日葵!」
「待たない」
「はな、話を聞いて……!」
「もうすぐHR始まるよゆーと。席に着いたら?」
……そして。私は、とうとう悟った。
ゆーとは、茂手優斗という男は。無自覚に女とフラグを立てまくる、天然ジゴロ糞野郎だと……。
「日葵!」
「うるさい席につけ」
教室のドアを開けて入ってくる教師を尻目に。私は、何やら騒いでいる幼馴染をピシャリと切って捨てた。