ガンダムビルドダイバーズ -once more- 作:雷電丸
「間もなく降下ポイントだ。準備はいいかね?」
「はい、もちろんです。なんでしたら、オムツ持参でお供します」
通信越しに聞こえる穏やかな声に、シンヤは頷き返す。その返答に彼は満足そうに微笑んだ。モニターに映るのは人間のアバターではなく、真っ白な小動物のもの。一見して愛らしいフェレットだが、発せられる声はとてもダンディーで冷静を保っているのが分かる。
フォース、第七機甲師団の筆頭であり智将の二つ名をもつ彼の名は、ロンメル。チャンピオンであるキョウヤの友人にして、フォース戦で最後まで熱戦を繰り広げたライバルでもある。
そんなロンメルとシンヤが、どうして共にいるのか。事の発端は、数日前に遡る。
「マスダイバー、か」
ロンメルの目の前に広げられた、複数枚の写真。ブレイクデカールを駆使して圧倒的な力を振るうマスダイバーの脅威はいつも頻発していた。それはロンメルのように強大なフォースを率いる者にとって、とても感化できるものではなかった。幸い、フォース内部ではブレイクデカールに手を出した者はいないが、かつて苦楽を共にした仲間のすぐ傍で、その悪魔が姿を見せてしまう。
第七機甲師団を立ち上げたばかりの頃、ロンメルのもとで研鑽を積んだ仲間、ガルド。彼は今、第七機甲師団から抜けて自分のフォースを立ち上げたばかりだ。しかし、戦績はお世辞にもいいとは言えず、遂にはブレイクデカールを使うにまで至ったらしい。そのことを相談しに、先程までガルドが来ていたのだ。
当然だが、マスダイバーを放置するなどできない。ましてやかつて仲間だった同胞が立ち上げたフォースだ。見過ごすことなどできようはずもない。しかし、ロンメルには1つだけ危惧していることがある。それを考えると、二つ返事で引き受けることはできなかった。
「ふむ、ここは彼を頼らせてもらおうか」
タイガーウルフ、シャフリヤール、マギー、そしてキョウヤ。錚々たるダイバーと面識を持ち、なおかつ彼らが口にする評価は中々。上出来とまではいかないが、及第点らしいその人物こそ、シンヤに他ならない。全幅の信頼を寄せるにはまだ早く、なにより自分の目で確かめなくてはその気にすらならない。
マギーを通じてシンヤに連絡を取り、予めガルドから聞いていた日程と都合の良い日を擦り合わせる。ロンメルも、それまでに作戦を練ったりフォースメンバーの戦力向上に努めたりと慌ただしい日々が続いたため、事前にシンヤの実力を知るには今までの戦闘記録を動画で見るしかできなかった。それでも、作戦の要を任せられるだけの実力は伴っていると判断し、当日となった今日、2人はガルダと呼ばれる輸送機の中でそれぞれのモビルスーツで待機していた。
「改めて作戦を説明しよう。今回、ガルドからの依頼で我々は彼が設立したフォース、アルティメイトとフォース戦を行う。目的は、アルティメイト内でどれだけのマスダイバーがいるかの調査、及びそれらの殲滅だ」
フォース戦の内容は至ってシンプルな掃討戦。倒すか倒されるか、ただそれだけ。しかしこちらはロンメルと言う実力者を出す代わりに、出撃できるメンバーには限りが設けられている。ロンメルと彼の右腕とも言うべきクルト、そしてシンヤの3人だけ。対して、アルティメイトは筆頭をつとめるガルドの他に5人おり、合計で6人とロンメル側の倍の人数で挑んでくる。
「戦闘中、ガルドだけは我々に手を出さないと言っているが、油断は禁物だ。彼らは陸海空にそれぞれ2機ずつのガンプラを配している。そのため、我々もそれらにできる限り対応しなくてはならない。陸に関しては全員が対応できるだろうから、後回しで構わん」
ロンメルが駆るのは、グリモアレッドベレー。多くのダイバーがガンダムタイプを扱う中、量産機のグリモアをベースとするロンメルのガンプラは、他の量産機主体のダイバーから多くの信頼と希望を集めている。さらに彼の率いる第七機甲師団は誰もが量産機を使っているから、なおさらだ。
「まずは空から潰す。クルト、水中戦はひとまず任せた」
「承知しました、大佐」
クルトと呼ばれた壮年の男。彼は普段のガンプラと違ってゼー・ズールに乗り込んでいた。ロンメルが空中の敵を相手取る最中に奇襲されないよう、水中へ身を投じる役目を任されている。いつもと違うガンプラ。そして勝手がまるで変わる水中戦。しかも相手の方が数が多いと言う数的不利な状況まである。にもかかわらず、クルトは緊張も感じさせないハキハキとした声で返事をする。
「ではシンヤくん。君はまず、私と共に空中戦に臨んで欲しい。敵機を減らした後は、すぐ水中戦に移行してクルトの援護を頼む」
「分かりました」
「緊張する必要はないが、常に気は張っておいてくれたまえ」
「はい!」
シンヤが返事をした瞬間、出撃の合図が響き渡る。ガルダの後部ハッチが開放し、まずはロンメルが空中へと身を躍らせた。
「グリモアレッドベレー、出るぞ!」
「ゼー・ズール、参ります!」
そして進路上の安全を確保したところで、クルトとゼー・ズールが空中へ、そして水中へと身を潜めた。
「アトラスガンダム、行きます!」
最後に出撃したシンヤが乗り込んだのは、アトラスガンダム。地上戦に特化しながら、水中戦も可能とした高い汎用性を誇る機体だ。【機動戦士ガンダム サンダーボルト】に登場する球体関節が珍しいガンダムだが、最たる特徴と言えば腰部にアームで接続されているサブレッグだろう。これを活用することで、水中での潜航を始め、大気圏内でありながら飛行も可能となっている。
シンヤはガルダから飛び出ると、すぐに件のサブレッグを可動させて足裏に接続する。そうすることで推進力を飛躍的に向上させて飛行できるようになるからだ。接続するまでに下がった高度を取り戻すように、一気に上昇する。
「では行くぞっ!」
「はい!」
先行するグリモアレッドベレーの後ろに並びながら、シンヤはいつでもレールガンを撃てるように準備する。相手が使ってくるのはアッザムとカオスガンダムだと事前に聞かされているので、まずは図体の大きいアッザムをレールガンで早々に潰してしまおうと言うわけだ。
「見えたぞ。あれだな」
「こちらも視認しました。ですが……」
「あぁ。どうやら、向こうも同じ考えのようだ」
ロンメルらの視線の先には、情報通りアッザムとカオスガンダムが控えている。しかしその機体は既に紫色のドス黒いオーラを纏っていた。
「先んじてブレイクデカールを使ったか!」
それでも攻撃の手段は変えない。ロンメルがグリモアレッドベレーを駆ってカオスの注意を逸らす。その一瞬を狙い、シンヤはレールガンを解き放った。独特な発射音。流星のように瞬く間に駆け抜ける弾丸。シンヤの予想よりも僅かに弾道に違いはあったものの、それは確かにアッザムの巨体に命中した。しかし───
「くっ……!」
───悲しいかな、ブレイクデカールで堅固となった装甲を打ち破ることは叶わず、お返しとばかりにビーム砲が牙を向いた。放たれる砲火を掻い潜り、1度離れて距離を取る。そうやってできた隙間に割り込むように、カオスが滑り込んでくる。ツインアイが不気味に光った──そう認識した時には、光条を浴びせようと何度もビームライフルから熱線が放たれていた。
「ロンメルさんは?」
閃く閃光をブレードシールドで防ぎ、或いは避る。視線はカオスとレーダーを常に行ったり来たりだが、シンヤは冷静にロンメルの位置を確認する。
(離されてる! 2対1にするつもりか!)
早くもブレイクデカールを使い、時間がかかってしまっている今、水中戦をクルトだけに任せきりにする訳にもいかない。
「どいてもらう!」
ビームサーベルを抜いたカオスに対し、シンヤもアトラスにビームサーベルを握らせる。互いの距離は瞬く間に縮まり、刃と刃とが交錯し合う。火花を散らす光刃同士だったが、アトラスはサブレッグから片足だけ接続を外すとカオスの胴体目掛けて蹴り込んだ。バランスを崩し、機体の姿勢制御に気が向いたその一瞬の内に、アトラスはすかさずレールガンを構え直していた。
走る閃光。舞い上がる黒煙。砕けた破片が大海へと落ちていく。
「仕留め損ねた……!」
が、撃ち砕いたのはシールドだけ。ゼロ距離で解き放てばブレイクデカールで守られていようと致命傷になったのだろうが、カオスは寸前でシールドを割り込ませて難を逃れてしまった。幸い、バランスを失ったカオスはきりもみしながら海へ真っ逆さまだが、これを追撃するには距離が離れすぎてしまっている。なにより、元々はアッザムの排除が優先されているため、シンヤは後ろ髪を引かれながらもロンメルと合流すべくアトラスを駆った。
降り注ぐビームの雨を掻い潜り、アサルトライフルで的確な射撃を繰り出すグリモアレッドベレー。ブレイクデカールの前には雀の涙ほどのダメージすらないように思えたが、接地用のダンパーの関節部を立て続けに狙っているのが分かる。シンヤも彼に倣い、レールガンから連射性に優れたアサルトライフルに切り替えて関節部へと火力を集中させた。
「何っ!?」
が、周囲を駆け巡る2機に苛立ちを募らせたのか、アッザムはその巨体をもってしてダメージを与えようとグリモアレッドベレーに突撃を仕掛ける。それはあまりに突然で、避けようにも目の前にまで迫った巨躯がそれを許そうとしなかった。
そして、アッザムがグリモアレッドベレーを丸呑みした───
「……ふっ、わざわざ懐に入れてもらえるとはな」
───そんな風に見えたのは、一瞬だけ。目をこらすと、アッザムの脚に食らいついたグリモアレッドベレーが。膝部分に格納されたシザークロウと呼ばれる武器で、アッザムに取り付いたのだ。
「遠慮なく、叩かせてもらう!」
眼前にある関節部目掛けて、アサルトライフルが即座に火を噴いた。鋭利な弾丸を浴びせられ、見る見る内に被害を大きくしていく。
「ロンメルさんの邪魔はさせない!」
小賢しいと言いたげに機体を揺らすアッザムだが、シンヤがアトラスを駆って少しでも意識を自分へ向けさせる。アサルトライフルを連射し、反撃のために動きを止めたところでレールガンに構え直す。狙うはロンメルが取り付いていない接地ダンパーに備わったビーム砲。ロンメルがあの接地ダンパーを破壊するまで、そう時間はかからないだろうから、シンヤは自分のできることをやるだけだ。
「終わりだな」
淡々と言い、ロンメルがプラズマナイフを突き立てた瞬間、接地ダンパーの1つが火の手をあげてアッザムから切り離されていく。あまりに早く、そして唐突に起こったそれは、機体のバランスを狂わせるのに充分過ぎた。グリモアレッドベレーはすかさず離脱するとアッザムの天辺に陣取り、プラズマナイフを閃かせる。
「うおおおぉぉっ!!」
十文字が刻まれ、続いてアトラスがその中央に狙いを定めてレールガンを放つ。1発、2発と寸分違わず命中したのを確認してから、シンヤは再びビームサーベルを引き抜いて深々と突き立てた。
「クルト、今からシンヤくんに合流してもらう」
「了解しました、大佐」
爆発を繰り返すアッザムから離れ、シンヤはアトラスを駆ってクルトから送られてきた座標を目指す。しかし、その行手を阻む光が幾度も目の前を走り、機体を掠めていく。
「カオス!」
「それは私が引き受けよう!」
水中に移ろうとするアトラスに向けてビームライフルが連射される。かわし、或いはシールドで弾き、少しでも早く水面へ近づこうとするシンヤ。ロンメルも援護しようと駆けつけてくれる。
「変形した!?」
しかしロンメルの装備する武器が射程に入るより早く、カオスはモビルアーマーへと変形して背部センサーに備えられたカリドゥス改複相ビーム砲を解き放つ。
「間に合え!」
入水を急ぐアトラスを見越して、僅かに射線を下にして放たれた砲火。シンヤはスラスターを最大限にふかしてやり過ごし、そのままアトラスをカオスの真上まで持ってくる。
(サブレッグとの接続を解除してたら、やられてた……!)
潜航に適した形態に変更していれば、間違いなく先程のビーム砲に貫かれていただろう。ギリギリまで飛行形態を維持しておいて正解だった。
アトラスは太陽光を背に受けながら、アサルトライフルを連射しつつビームサーベルを構え直す。先刻とは真逆でふかしたスラスターを全てカットし、姿勢制御に僅かにスラスターを使うと機体を垂直落下させてカオスへ襲いかかる。カオスはモビルアーマー形態のまま冷静に今いる位置から離れると、アトラスのビームサーベルが空を薙いだ瞬間、反撃に転じようと両膝と爪先のクローからビームクローを展開する。
「させんよ!」
それを阻んだのは、ロンメルが駆るグリモアレッドベレー。アサルトライフルでカオスの行先を乱し、肉薄していく。
「ロンメルさん!」
「こちらは任せたまえ」
心配は無用だ──声音からそう言っていると分かった。彼が言うのだから、ここは従うべきだろう。なにより、クルトもずっと1人で戦っているのだから、合流を急ぐ他にない。
アトラスを潜航形態に切り換える。サブレッグとの接続を解除して反転させ、その中央にブレードシールドをセットする。そして水中へと身を潜めた。
「ここの地形は……」
水中戦で重要になっていくのは、ガンプラの仕上がりだけではない。地形も大きな影響を与えてくる。まずガンプラは、作り込みが甘いと影響が出てくるのも早くなる。水圧に耐えられず、あちこちが軋み、やがて圧壊してしまう。また、例えGBNで設定できる水中ステージであろうと深くに潜ればガンプラが耐えられないのは変わらない。
そしてシンヤが気にした地形。今回、彼が臨んだステージは陸に近い位置もあり、そこは当然ながら近づくにつれた浅瀬になっていく。そこを潜航形態のまま突っ込めば敵のいい的だ。シンヤが水中用のマップを眺めていると、敵にロックされたアラートが響き始めた。
「速い!」
迫りくる脅威。アサルトライフルを構えるが、標的はシンヤの想像を凌駕するスピードで脇を通り抜けていく。威嚇か──そう思ったが、未だにアラートが鳴り響いていることを考えると敵はアトラスからロックを外さないまま駆け抜けていったことになる。
(またすぐに反転する……? いや、違う!)
水中ではガンプラの動きが想像以上に鈍くなる。その中でわざわざ反転して改めて攻撃するのは、時間がかかってしまう悪手と言える。なにより、シンヤはついさっき水中へ身を潜めたばかり。狙うには格好の的だったはずだ。
「来る!」
シンヤの予想を称賛するように、何か爆ぜたような眩しさが一瞬だけ目に映る。それはアトラスの脇を駆けた軌道を逆走するように迫りくる。
「間に合えっ!」
襲来する実弾はあまりに速く、今からアサルトライフルで迎撃するのは厳しいと判断し、レールガンを電磁パルス・ガードとして活用して既の所でやり過ごす。
しかし相手はそれを読んでいたのか、実弾を放ってすぐにアトラスへ向かって転身。すぐ傍まで迫っていた。
甲羅のような堅固なシールドを纏った潜水艇──否、モビルアーマーがその姿をモビルスーツへと変えていく。ガンダムタイプに違わぬ頭部、鋭利な刃を持つ槍、散見される重火器。それらは、カオスと同じ作品に登場し、同時期に開発された水中戦を得意とするガンダム。
「アビスか……!」
深淵の名を冠したガンダム、アビスが切り裂こうとビームランスを振り上げるのだった。が、その一閃が振り下ろされるより早く、2機の間にゼー・ズールが割り込んだ。ビームランスを受け止め、下から浮上した勢いを使って僅かに押し返す。その合間に、シンヤは少しでもダメージを与えようとアサルトライフルを2挺持ってひたすらに放つ。
「くっ! やっぱり通りが悪い!」
ブレイクデカールを使っている上に、アビスはVPS装甲と呼ばれる実弾に対して強い防御力を誇る装甲を持っている。的確に関節部やスラスターを狙わない限りは大きなダメージに繋がらないだろう。
アビスはゼー・ズールとの迫合いを止めて蹴飛ばし、少し離れた瞬間に両肩にあるシールドの先端部から魚雷を4つ放つ。すかさずシンヤがアサルトライフルで叩き落とすが、爆発によって巻き起こった泡が周囲の景色を塗りつぶしていく。その目眩しを利用し、アビスはモビルアーマーへと変形。機体の下部にマウントしたビームランスの先端を突き立てるべく、その身をアトラスへ向けて走らせる。
「ぐぅっ!」
寸前でアビスの動きに気づいたシンヤはアトラスを起こし、サブレッグに挟むように接続されているブレードシールドで受け止める。突撃してきたアビスをなんとか受け止めるが、その速度は簡単には緩まない。このまま押し込むだけでは済まないだろう。ビームランスで仕留められなかったのなら、次は魚雷を使ってくるはずだ。
先に動いたのは、アトラスだった。サブレッグは長いアームで接続されているため、潜航中でもアトラスはある程度なら身動きが取れる。アサルトライフルで与えられるのは微々たるダメージであろうと、魚雷を間近で撃たれるよりはマシだ。
しかし引き鉄を引くより数瞬だけ早く、別方向からの接近を報せるアラートが耳をつんざく。確認に視線を向けた矢先、手にしていたアサルトライフルが急に炸裂、バラバラと破片となって海底へ消えていく。破壊されたそれを気にする余裕はない。
真横から迫るソレは、構えたライフルの先端に光を集束させていく。ビームの光だ──瞬時に理解したシンヤはスラスターを片側だけ強くふかし、アビスに押される力と合わせて背中から一回転。すぐにその場をやり過ごすべく深く潜る。一拍遅れて、アトラスの頭上をビームが閃いた。
仕留めきれなかったのを察して、距離を詰めるのをやめた敵機は中距離を維持しつつ独特な形状のカバーがついたビームライフルに再び光を集束していく。
(水中型ガンダム……!)
蒼を基調とした水中戦に特化した機体。水中でも使えるように調整された偏向ビームライフルを携行しており、高い汎用性を誇る。可変機構を持つアビスや、潜航形態へサブレッグを組み替えられるアトラスとは違い、水中での高速戦闘は望めないが、ハンドアンカーやハープーンガンなど水中戦をそつなくこなせるよう標準的な武装を装備している。
アトラスのアサルトライフルは、水中型ガンダムの左腕に装備されているハープーンガンによって破壊されたに違いない。残る武装はレールガンとアサルトライフルが1挺、そしてビームサーベルだが、水中にいてはビームサーベルをうまく取り回せないだろう。しかし悩み、思案する時間はない。再び迫るアビスの突進をかわし、二の矢をつとめる水中型ガンダムを睨んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さすがに速いな」
アサルトライフルを眼下を駆けるカオスに向けて連射するが、右に左にかわし、或いはさらに加速してやり過ごす。グリモアレッドベレーも飛行戦を想定してティルトローターパックを装備しているが、メインスラスターと機動兵装ポッドの推進力には追随を許してもらえそうにない。
「ならば!」
少しでもその動きを鈍らせようと、ミサイルを放つ。左右3発ずつの計6発のミサイルは不規則な機動を描いて接近していく。カオスはそれぞれのミサイルとの距離を見直したのか、海面に背を向けて相対し、頭部と胸部にそれぞれ備わっているバルカンで全てのミサイルを撃ち落とす。
そうやって齎された、僅かな静止時間。爆煙が立ち上ろうと構わず、その中を突っ切ってきたグリモアレッドベレーが身を躍らせる。両の手にチェーンソーを構え、肉薄する姿にたじろいだのかどうかは知らないが、今からビームサーベルを取ろうとしてももう遅い。
「その首……もらったぁっ!」
振り上げた刃。煌く刀身。メインカメラを切り裂こうと唸り声を上げる猛獣の牙が、今正にカオスの首に迫ろうとした、その時───
「むぅっ!?」
───ティルトローターパックの片側がビームによって貫かれた。レーダーと目視で確認できる範囲に敵性反応はない。しかし、現に彼は背後から攻撃を受けたばかり。
「ガルド……“やはり”か」
自分を撃ち抜こうとしたであろう人物の名を呟き、ロンメルは小さく毒づいた。協力を求めてきたはずのガルドが使うガンプラは、狙撃に特化したジム・スナイパーをベースとしたもの。カオスとの戦闘中に孤島へと近づいていたロンメルは、密林に身を潜めていたジム・スナイパーから手熱い歓迎を受けた訳だが、裏切りにあってもなお彼はあまりに冷静だった。なにせガルドが裏切ることは“予想通りの行動”なのだから。
とは言え、ティルトローターパックの片側を失って、目の前のカオスと未だに姿を見せないジム・スナイパー、そして残る1機にあたるガイアガンダムの3機を同時に相手取るのは骨が折れそうだ。
「なぁに、キョウヤ(彼)を前にするよりは気楽さ」
自分に言い聞かせながら、終生のライバルであり友人を思い浮かべる。あの熱い激戦を思えば、今の状況など恐るるに足りない。不敵に笑い、ロンメルはまずカオスへと肉薄する。機体バランスは明らかに悪く、スピードも普段よりもかなり鈍い。
「だからどうした!」
喚いたところで、嘆いたところで、状況はまるで変わらない。ならばがむしゃらにでもやるしかない。泥臭かろうが、情けなかろうが、この不利を脱するだけの何かがあると信じて。
悠々とグリモアレッドベレーが繰り出した一閃をかわすカオス。ビームライフルが何度か光条を放つが、そのどれも照準は甘いもので、ロンメルを弄んでいるのが分かる。が、その程度はロンメルにとって挑発にすら値しない。火線を掻い潜り、再び接近を試みると真横から木々を薙ぎ払いながら何かが飛びかかってきた。陽光を受けてこそ艶めく黒い毛並みを思わせる装甲。4つの健脚と背中に大きな刃を携えた猛獣が──ガイアがグリモアレッドベレーに取り付く。
「ぐぅっ!」
土手っ腹に突き刺さるような衝撃が走り、そのまま浅瀬に叩きつけられる。幸い、ガイアは押し倒して真下に組み敷いた敵に対してすぐ撃墜に追い込むほどの武装は持ち合わせていない。巻き起こる波飛沫を目眩しに、役に立たなくなったティルトローターパックを切り離してその場を離脱する。それから僅か数秒遅れる形で、グリモアレッドベレーが倒れていた場所をビームサーベルが切り裂いた。モビルアーマーからモビルスーツへと変形したガイアによる一閃だ。
(ひとまず、立て直すか)
ビームサーベルによって破壊されたティルトローターパックから、大量の煙りが立ち上り始めた。もしものためにと、ティルトローターパックが壊れた時はレーダーを使えなくする煙幕弾が数多く詰め込まれてあるのだ。
濛々と煙幕が立ち込める中、ロンメルも周囲への警戒を怠らずに少しずつ移動していく。早くクルトとシンヤの2人と合流すべきだが、焦ってスラスターを全開にすればすぐに居場所を特定されてしまう。しかし敵がこの数的有利をむざむざ手放すはずもなく、グリモアレッドベレーの近くをガイアがモビルアーマー形態で駆け抜けていく。だが、近いと言うだけで未だ煙幕が晴れないこともあって正確な位置までは分からない。
(やはりガイアでローラー作戦のように来るか)
ガイアはアビスと同様にVPS装甲を持ち、実弾兵器が主体のグリモアレッドベレーと真っ向からぶつかり合っても被害を抑えられる。その利点を活かして虱潰しに走り回っているのだろう。このままではジリ貧だが、自分だけでどうにかできる状況ではない。少しでもガイアから距離を取ろうとした、その矢先。爪先にビームクローを展開したカオスが直上から降ってきた。
砕かれる大地。荒れる煙幕。巻き上がる砂粒。既の所でかわせたが、咄嗟に後ろに下がったグリモアレッドベレーをビームライフルが火線をもって追いかけてくる。1射目、2射目とかわすも、立て続けに閃く光線は遂にミサイルポッドを捉えて焼き尽くすのだった。誘爆に巻き込まれる前になんとか切り離すが、その判断が僅かに遅かった。
「むっ!?」
至近距離で起こった爆発によってグリモアレッドベレーはバランスを崩し、たたらを踏んでしまう。そこへ猛スピードで突っ込んでくるガイア。背面に備えられた姿勢制御用のウィングを真横に倒す姿は猛獣でありながら、翼を広げた鳥が滑空する姿すら彷彿とさせる。そのウィングの前面に出力されるビームエッジの狙いを獲物に定め、ガイアは突進する。
ここまでか──諦めの気持ちが湧き上がった刹那、彼の脇をビームの弾丸が突風のように駆け抜ける。それは迫りくるガイアの前足を片方潰し、制御を奪い去った。放った人物の確認はしていないが、構わない。なにせ確認する必要がないのだから。
「待っていたぞ、クルト!」
「お待たせ致しました、大佐」
挨拶もそこそこに、目の前で伏せているガイアの背中に向かってチェーンソーを叩き込む。ガリガリと不気味な音を立てて装甲を削り、できた隙間に素早く銃弾を放つ。それが充分になされたと判断するや否やロンメルはすぐさまそこを離れ、ガイアの爆発に巻き込まれる前にクルトと合流を果たす。
「彼は?」
「現在、浅瀬でアビスと交戦中です。水中型ガンダムは、撃墜を確認しています」
クルトの報告に「そうか」と短く返してから、ロンメルも現状を伝える。予想通りガルドが裏切ったこと、敵がカオスとアビス、ジム・スナイパーになっていること。本来なら多対1の状況を作りたいところだが、高機動なカオスと未だに森林地帯から姿を見せないジム・スナイパーが相手では奇襲を受けかねない。
「アビスは脚部のスラスターを破壊していますので、シンヤくんだけで大丈夫でしょう」
「ならば、甘えさせてもらおう」
ふっと笑い、2人は頭上から迫り来るカオスと相対した。